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Last-modified: 2008-11-10 (月) 22:45:14 (5638d)
イザベラ慣らし 2部 191の者氏
『あまり気乗りはしませんが、陛下からのご依頼という形なら努力しましょう』
「お前が納得するならなんでもいいわ、好きなように建前なりなんなりお付け。
その代わりしくじったら三ヶ月はガリア一天候の悪い地方の一番高い建物の先に括りつけてやるから覚悟おし」
覇気の薄い地下水に憤慨しつつイザベラはスキルニルの準備にかかる。
―あの夜、賊は魔法らしい魔法は直接使ってこなかった。
メイジでないなら当然だけど、そんな平民に突破されるほどプチ・トロワの警備は緩くない。
なら、あいつは…自らの得意系統を明かさずにそこまでやってのけられる程のメイジなのかもしれない―
そう考えるとイザベラは何故か少し嬉しかった。
利用されようとしているだけかもしれないが、それにも増して、それほどの相手が自分を評価し、交渉に応じるか否かの選択権も寄越してくれたのである。
「随分と嬉しそうですわね、姫殿下。
落ち込んでいるのではとのジョゼフさまのご配慮も無用だったのかしら」
「ミューズ……いくらお父様の信あつい貴女でも王族にはそれなりの礼があるんじゃない?」
思考に割って入ってきた声の主に向き直る。
相変わらず目深に被ったフードから黒髪を覗かせ不遜な気配をまとった女性が目に入る。
脇に控えた侍女は訪問者の可否を仰げず、主の不興を買ったのではないかと怯えていたがイザベラの下がれという仕草に逃げるように扉の向うへ消えた。
「それで、今日は何の用?私はお父様から直々に賜った任務で忙しいのよ」
「私もジョゼフさま直々のおいいつけで伺ったのです。
でなければわざわざこちらまで出向いて殿下の貴重なお時間を邪魔したりは致しませんわ」
いやみなやつ、とでもいわんばかりに睨みつけて来るイザベラを軽くいなし女は言葉を続ける。
「殿下のお役に立つものを届けよ、とのことでコレをお持ちしました」
言いながら持っていた小箱を差し出してくる。獣の牙よりも幾分青みがかった牙が数本入っている。
「地に撒けば並のガーゴイルなど比べ物にならない駒となります。
添え付けのルーンを唱えれば差し違えてでも相手を仕留めますわ」
「それを使って勝ったとしても私の功績にならないんじゃない」
「あくまで保険ですわ。もし使われたとしても、彼我の力量を見定め機を逃さぬ才のうち、と
ジョゼフさまも申されておりました」
気に入らない相手からの助力の申し出に不満はあったが父からの配慮となれば無碍にもできない。
「いいわ、保険として預かっておく。これで貴女の顔もたつでしょ」
「ありがとうございます、ついでといってはなんですが一つ謎掛けなどさせていただきたいのですがお付き合いいただけますか?」
「なによ?」
「チェスで最も強い駒はなんでございましょう?そしてその強弱はどこで決められるのでしょう?」
ようやく追い払えるかと思えばまだ居座るつもりらしい。半ばうんざりしつつ答える。
「クィーンとでも答えると思ったの?駒に強弱なんて無いわ、あるとすれば活きてるか死んでるか。
それだけよ。使えない駒なんて無いのと同じよ」
「流石ですわ。ジョゼフさまも同じ事を申されていました」
ミューズはそういい残し退室していく。
その後姿を見送りながらも内心に薄ら寒いものを感じずにはいられなかった。
父からの助力の品を届けに来た場で、わざわざする話題ではない。それは、つまり……
ガーゴイルへの指示と配置を終えると、日没には起こすよう侍女に伝え寝所に入る。
言いつけどおりに起こされ、軽い食事を取る。使用人たちには今夜一晩は部屋から出ないように命じ自らは庭園―今夜の舞台とする場所―が見渡せる部屋に移った。
庭には剣、矛、ダガーを携えたガーゴイル、プチ・トロワの屋上にも弓や槍で武装した有翼のガーゴイルが控えている。
そしてプチ・トロワ正面に切り札を待機させ完成した布陣を見下ろしつつ一人呟く。
「さぁ、歓迎してあげるわ。この前のお礼も兼ねてね……そして私が認められるために」
『あ〜なんか向うさんもはりきってるみたいだねぇ』
「だな」
『前庭丸ごと戦場にしますっていわんばかりにガーゴイルがいるねぇ』
「いるな」
『なんか屋根のも飾りじゃない感じがするし』
「そうだな」
『それでも相棒は突っ込むんだろう?』
背負いの大剣が相手の力の入れようを確認した上で、呆れ半分楽しみ半分に問いかけてくるが答えは決まっていた。
「当然。レディを待たせるのは紳士の流儀に反するからな」
『らしくねぇ…そんなセリフ、らしくねぇよ、ってもう着けてたのかソレ。
じゃぁ一つだけ頼むわ』
「なんだよ?」
『あいつらの武器ふんだくって使ってもいいけど俺を忘れないでくれよ?』
「努力する」
『こういうときは普通、確約するもんだぜ…』
抗議を聞き流し門の前へと進むと脇に控えていた一対のゴーレムが早速反応する。
だがゴーレム達は只門を開くだけで襲ってくる気配もない。
「戦場はこの先、って事か」
武装した仮面の訪問者が門をくぐり、ゴーレム達の横を過ぎ数歩といった所、背後から門扉の閉まる音がした。
振り返ると先程のゴーレム達は青白い燐光を放ちながら崩れ落ちていく。と、同時に庭園内の随所にしつらえられたかがり火が点火されていく。
『ようやく開幕らしいぜ、相棒』
だが返事は無かった。代わりに自分を掴む手とその甲に輝くルーンを察知…できたかどうかと表現したくなるような移動の勢いがデルフを襲う。
矢、ではなく投擲槍が数本、門とサイトを分断するかのように地面に突き立っていた。
感知範囲に入ったのか近接系の武装ガーゴイルが動き始める。
「懐に入って来いってさ。あんまりわめくと舌噛むぞ!」
『俺に舌なんてねぇ!』
「そうかい!」
最後の軽口とばかりのやりとりとともに一人と一本は突風となって切り込んだ。
「始まったようね」
灯りを落とした室内から庭園を見ていたイザベラは、門に配置したゴーレム達が狼煙代わりの燐光をあげるのを目にし、一人呟いた。
まだ遠目にガーゴイル達が集結していくのがわかる程度だがそれで止まるような相手ではないだろう。
遠距離・間接系のものたちで賊の行動範囲を制限し、近距離型で誘導する、それが第一陣。
第一波が庭園中程まで押し込まれる頃合で合流しはじめるのが第二陣である。
「やっぱり、魔法は使ってないみたいね。となるとメイジではないのかしら?」
『であれば、私が出るまでも無く次で終わりでありましょうな』
観察を続けるイザベラに傍らの影が応える。
「騎士殺しの霞=c随分と大層な名前だったからいくつか仕掛けておいたけどどれほどのものかしら」
『じきに判るでしょう』
「そうね、でもココでの観戦時間はこれで終わりよ、霞が効かなければ後は私たちなのだから。
いいこと?止めを刺すのは私、お前はあくまで動きを封じるだけよ」
『それはもう何度も打ち合わせたじゃない。いい加減耳にたこが出来そうよ』
「いきなり切り替えられてもね…」
口調を豹変させた相手に軽くため息をこぼす。
「まぁいいわ、じゃぁ持ち場に付くとしましょう」
『そうね』
そう、隣の人影は一点を除いてイザベラと瓜二つであった。
一方が小箱を持ち、もう一方がナイフを持っている、ただそれだけの相違。
二人とも杖を持ってはいるが影のそれはダミーでしかなかった。
イザベラとスキルニルに携えられた地下水は階下へと降りると二手に別れる。
地下水は正面へ、イザベラは普段は衛士の詰め所へと。
宮殿の主達が戦況を語る間も一人と一本は動いていた。
初撃の後、向かってきたガーゴイルは二体、左側の一体の頭部を狙うようにデルフを振り下ろす。
当然受けてくる所で、接点を軸に刃を滑らせ受けている腕の下へもぐりこむ様に切り抜ける。
武器を持つ腕を損傷してもガーゴイルは残るバックラーで縦に殴りつけようとする動きを見せた。
『このくらいじゃ止まってくれんぜ!』
「ならこうするさ!」
潜り抜けた勢いを相殺せんとばかりにデルフを振りつつ反転、反撃せんとした相手の脚に叩きつける。
ガシャンという音とともに崩れ落ちる陰から残る一体が迫っていた。
先に損傷させて取り落とされた敵の剣を掴み迫る敵の足元に横薙ぎに投げつけ転倒させる。
ガーゴイルが起き上がろうとした次の瞬間、追い討ちを喰らわせる。
切り付け際に魔力を吸われたか、擬似意識の伝達が困難になったのか、ともかく無力化していく。
続けて横薙ぎのダガー、繰り出される槍、打ちつけられるフレイル……だがアニエスに受けた訓練と
ガンダールヴの力があわさった今のサイトが遅れを取るはずも無い。
一通りを片付け振り返った視界に、遠く出口を封鎖する一団が見えた。
「これまたあからさまに奥に来い、って感じだな」
『けど前方の連中のいくつかからおかしな気配がするぜ』
確かに庭園中央付近、円状に開けたエリアに布陣する一団がある。
その中の幾体かはあちこちの間接から煙のようなものを漂わせていた。
『バーストメイル…にしちゃぁ火系統は感じられねぇ』
「なら斬ってもいいよな」
返事を待たずに手近の一体を切り倒したその時
ボワッ!
鎧に封じられていた霞が一挙に噴き出す。同様に霞を漂わせていたものたちも噴出した霞に触れ内蔵していた霞を解放するや、一帯はたちまち濃霧に包まれてしまう。
わざわざ仕込まれていただけあり、ただ視界をさえぎるだけではないらしい。
「っ!」
咄嗟に跳び退る。
――今のはなんだ…?正面からの刺突だったはずなのに、直後に横からに――
『相棒、どうしたよ? ギリギリまで引き付けるにしたって向きがてんで見当違いだぜ』
「なぁデルフ、この霧はやっぱやばいよな」
『俺はともかく相棒の様子だと軽く幻惑の効果はあるようだな。
的が絞れんとなると数で押し込まれるぜ』
アドバイスを再現するように、視覚で捉えきれない攻撃が続く。
かろうじてかわしはするが守勢である限り勝機は遠のいてしまう。
「このままじゃ埒があかねぇ、デルフ建物の正面はわかるか?」
『あぁ、左後方8時、ご丁寧にあの姫さん直々に待ち受けてるぜ』
「よし、次の攻撃で一気に抜ける」
霞を切り裂くように振り下ろされる戦斧を半身で避けつつ方向転換、数歩駆け出したところで繰り出されるポールウェポンの柄をバネにさらに跳躍を試みる。
囲いを強行突破となれば矢ぶすまの一つもあるかと思ったが予測は外された。
ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ
舞踏会の晩、泣きながら走り去ったルイズを探していたときにも受けた魔法…
デルフを振り上げ、反動で身体をツララの群れの射線からずらし着地する。
「器用に避けたものね、でもこれはどうかしら!?」
円柱状に立ち込めた霞から飛び出してきたサイトにウィンディ・アイシクルを射掛けたイザベラは続けざまに詠唱を組み上げ発動させる。
イル・ウィンデ……ラナ・デル・ウインデ!
エア・カッターを囮にエア・ハンマーで叩き落そうというのだろう。
だがサイトは止まらない。
眼前に迫る空気の塊をデルフに任せ、その向うに歪んで映る目標に向け疾走する。
杖兼用らしきナイフから次々と魔法を繰り出してくるイザベラだが、速さではこちらに分があるらしい。
懐に飛び込むと、床に組み伏せナイフをもぎとる。
「これでようやく王手だな」
「えぇ、但しかけられたのは私ではなくお前の方だけれどね」
背後から聞こえてきたのは真下に組み伏せたはずの相手の声だった。