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Last-modified: 2008-11-10 (月) 22:45:50 (5638d)

492 名前:キュルケメイドする。の巻 ◆mQKcT9WQPM [sage] 投稿日:2007/04/06(金) 18:21:15 ID:TJdcq1GE
キュルケが主人に選んだのはもちろんこの人。

「ダーリーーーーン♪」

メイド姿のキュルケは、そう叫んでコルベールの私室のドアを勢いよく開いた。
開いたドアの向こう側では、コルベールが机の上で書類を整理していた。
もちろん目が点になっている。

「あ、あの?ミス・ツェルプストー?」

学院長から実習の事は聞いていたが、まさか自分がターゲットになるとは思っていなかった炎蛇であった。
全くもって認識の甘い中年である。
コルベールの時間を凍りつかせたまま、キュルケは無遠慮にコルベールの私室に入り込み、さらに無遠慮にコルベールに抱きつく。

「あら嫌だ、キュルケとお呼びになって♪」
「そうじゃなくてですねえっ」

首に回された手を乱暴に振り払うコルベール。
首筋に当たるやわらかい何かが気持ちよかったが、とりあえず無視しておくことにした。

「なんですかその格好っ」

まさか自分がターゲットになるとは露ほども思っていなかったので、当然実習の内容までは聞いていなかったコルベールだった。
全くもって、どうしようもなく認識の甘い中年である。

「あら、ご存知なくて?これは選択必修科目の『メイド実習』の一環ですのよ」

言ってキュルケは、にっこり笑ってくるりと回ってみせる。
長いエプロンドレスがひらりと舞い、黒と白と褐色と紅のコントラストが目に眩しい。

「帰ってください」

しかし数多の戦場を駆け抜けてきたこの男には通じないらしい。
コルベールはそれだけ言うと、そっぽを向いて書類の整理に戻ってしまった。
そのコルベールの態度に、キュルケは唖然とした。
自分でも行けると思ったのに。
普段見慣れない格好で気になるあの人に急接近!
恋愛のテクニックとしては中級クラスの技である。
普通の男なら、これでくらっとこないはずはないのだ。
いい例がルイズと才人である。
普段口うるさく騒ぎ立てるだけのルイズが、ちょっとドレス着てしおらしくしているだけで、才人の見る目は270度ほど変わる。
あのぺったんこのラ・ヴァリエールですらあの鈍感魔人を反応させられるのに!
このツェルプストーが!『微熱』のキュルケが!
こんな冴えない中年一人反応させられないなんてっ!
自分の想い人だというのに酷い言い草である。

493 名前:キュルケメイドする。の巻 ◆mQKcT9WQPM [sage] 投稿日:2007/04/06(金) 18:22:19 ID:TJdcq1GE
しかしふと思い直してみる。
この実習、主に選ばれたものに拒否権は無い。実習開始時にシエスタからそうつたえられ、学院の教師や生徒にもその旨は伝わっているらしい。
ちらりとコルベールを見る。
視線が合った。
するとコルベールは、慌てて目を逸らす。
ははーん。
やはり学院長のお触れは、この冴えない中年教師にも伝わっているらしい。
コルベールの頬に伝った冷や汗が、その証だった。

「ねえセンセ」

キュルケの口がにやりと笑みの形に歪む。

「な、なんでしょうかミス」

コルベールはキュルケとは視線を合わさず、冷や汗をだらだらと垂らしている。

「学院長の指示を無視した教師はどうなるのかしら、先生?」

コルベールの汗の量が倍になる。
その場合、よくて減給、下手をすれば配置転換である。
復帰したばかりで色々物入りで、さらに自分の研究もあるコルベールには、どちらも勘弁願いたかった。

「そ、それはですねえ」
「何も先生を困らせるつもりはありませんわ。実習の間だけ、私の主になっていただきたいのです」

そう言ってまた、コルベールの背後に回りこみ、首筋に手を回す。
本当に、仕様がありませんねえ…。
コルベールは覚悟を決める。

「分かりました、その話お受けしましょう。
 ただし条件があります」
「なぁにダーリン?」
「無用な接近と過度のスキンシップは禁止とします。
 あと、『ダーリン』も禁止です」
「えぇ〜?」
「じゃないと合格は認めません」

そのコルベールの言葉に、キュルケは慌ててコルベールの首から腕を離す。
そして尋ねた。

「じゃあ、なんと呼んだらいいのかしら?」
「そうですねえ」

コルベールは少し考える。
『ダーリン』もまずいが、メイド姿のキュルケに『ご主人様♪』も相当まずい。
…そうなると、答えは一つ。

「『先生』とお呼びください」
「えー」
「反論は認めません。嫌なら不合格にするまでです」
「…それじゃあ、こちらからも交換条件を」
「なんですか?」
「実習の間は私はあなたのメイドです。キュルケ、とお呼びくださいまし」
「え、でも」
「反論は認めません♪」

そうして、キュルケの『メイド実習』は幕を開けた。

494 名前:キュルケメイドする。の巻 ◆mQKcT9WQPM [sage] 投稿日:2007/04/06(金) 18:23:22 ID:TJdcq1GE
結論から言って、実習は、キュルケの思惑とは大きく外れたものになってしまった。
コルベールはいきなり、散らかった研究室の清掃・整頓をキュルケに命じた。
元々かなり散らかっていたものが、数週間の放置で埃が溜まっていた。

「…い、いつになったら終わるのよ…」

尽きない資料の山と埃の海に、キュルケは辟易していた。
掃除を始めてから、もう半日は経つだろうか。
始める前よりはずいぶんましにはなっていたが、まだコルベールの研究室は混沌の様相を呈していた。

「全く…研究熱心なのもいいけど、ちょっとは整理整頓ってものを覚えないと…」
「すいませんね昔から部屋の掃除だけは苦手でして」

いつの間にか背後にコルベールが立っていた。
はっとしてキュルケは口をつぐむ。
そんなキュルケの肩をぽんと叩いて、コルベールはすぐ近くの本の固まりを整理し始めた。

「ちょ、そんな先生、掃除は私が」
「二人で一緒にすれば早いでしょう?」

にっこり笑って、コルベールは手にした本を本棚に入れた。
そして言った。

「ね、キュルケ?」

にっこり笑って笑顔を向けられた瞬間、キュルケの頬が朱に染まる。
わ、私が、『微熱』のキュルケともあろうものが、名前を呼ばれただけで…。

「ほら、貸してください。重い本は私が」
「え、でも」

そしてキュルケの持っていた分厚い辞典を奪い取る。
相手が自分のいう事を聞かないのは少し癪だったが、好きな人に優しくされて悪い気分ではなかった。

495 名前:キュルケメイドする。の巻 ◆mQKcT9WQPM [sage] 投稿日:2007/04/06(金) 18:24:19 ID:TJdcq1GE
「ほら、早く終わったでしょう?」
「ええ、そうですわね」

二人で協力した甲斐もあって、掃除は昼を少し回った頃に終焉を迎えた。
部屋はまるで別の場所のように整理整頓されていた。
キュルケもコルベールも、掃除の疲労でヘトヘトだった。
二人で椅子の背に身体を預け、脱力していた。

ぐぎゅぅ〜っ

唐突に、犬の唸るような音が響いた。

「…あ」

キュルケの腹の虫であった。
キュルケの頬は羞恥で赤く染まる。

「お腹、すきましたね。そういえば」

言ってコルベールはにっこりと笑う。
そして立ち上がる。

「用意してきますよ、お昼」
「え」

それは本来、メイド実習中であるキュルケの役目である。
そう思ってキュルケは、コルベールを止めようとしたが。

「待ってください、それは私の」
「キュルケはここで待っていてください。命令ですよ?」

コルベールはそう言って、部屋から出て行ってしまった。

コルベールが戻ってくると、何故かキュルケは椅子の上でむくれていた。

「どうしました?」

コルベールは厨房でもらってきたサンドイッチを机の上に置くと、キュルケに尋ねた。

「どうして」
「はい?」
「どうして先生は、私に何もさせてくれないんですか?」

悲しそうな表情で、キュルケはコルベールを見上げる。
コルベールはその疑問に、笑顔で応えた。

496 名前:キュルケメイドする。の巻 ◆mQKcT9WQPM [sage] 投稿日:2007/04/06(金) 18:25:24 ID:TJdcq1GE
「してくれたじゃないですか」
「え」
「キュルケは私に仕える、そう言ってくれました」

そして、キュルケの前の椅子に腰掛けて、サンドイッチを手にした。
コルベールは続ける。

「人に仕えるという事は、何でも命令を聞くということではないんですよ。キュルケ」
「え…じゃあ、どういう事なんです?」
「人に仕えるという事は、その人の望みを叶える手伝いをするという事です。
 人の望みとは、その人の手によってのみ叶えられるもの。
 他人には決して与えられるものじゃないんですよ」

言って笑顔をキュルケに向ける。
その笑顔はどことなく泣いているようで。
キュルケに、コルベールの見ている世界の一部を垣間見せたように感じさせた。
キュルケはそんなコルベールの差し出したサンドイッチを受け取って、微笑んだ。

「…ほんと、先生って不思議な人ね」
「変な人、とはよく言われますが。不思議な人と言われたのは初めてです」

そしてそう笑顔で返す。
その笑顔には、先ほど感じた悲しみのようなものはもう感じられなかった。

「じゃあとりあえず、今の望みを聞きましょうか。ご主人様?」

笑顔でキュルケはそう尋ねた。

「そうですね。
 …キュルケと一緒に、お昼ご飯を食べること、ですかね?」

コルベールの言葉に、二人は声を出して笑ったのだった。

*キュルケ メイド実習 修了*


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