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Last-modified: 2008-11-10 (月) 22:46:14 (5643d)
44 名前:220 1/3[sage] 投稿日:2007/04/09(月) 00:00:36 ID:SuOW14ld
あの時から私の時は止まっている。
愛す事の出来た祖国の郷里と、今は真に幸せと感じられる時を、失ってから。
父と、母と過ごせた時間は望んでも戻らない。
口より心で、あの憎き国王を誰よりも誇って語り、私に明るい未来を見せてくれた父。あの時は父が、明るい未来を見せてくれた。
胸元に抱き寄せては、幼い頃は膝の上に乗せてくれた母。体温以上の温もりを私の全身に満たしてくれた。
それは一瞬で消え失せた。いや、失せたのでは無い。目の前でこれ以上ない程に、壊された。
もう直せない。取り戻せない。分かっている。分かっている。分かってイル…
分かったのなら、諦められる。私は冷静に、取り戻せない事を理解している。
自惚れだった。分かっているから、諦められるなど。
だから、その気持ちは閉じ込めた。自らの操る雪風より、遥かに冷たい零度の中に閉じ込めて
いつか、解凍できる瞬間を信じている。
「バカ…」
彼は、そんな私の心にどれほど影響を与えているか知らないだろう。苦労して封印した私の心は、簡単に溶け出してしまった。
似つかわしくない言葉をついたのも、そのせいだ。
「バカ…バカ…せっかく頑張ってたのに…」
45 名前:220 2/3[sage] 投稿日:2007/04/09(月) 00:01:40 ID:SuOW14ld
クラスメイトが聞いたら驚くような言葉を、私は呟き続けている。誰も私がそんな思いを持つなんて思わない。同じ年頃の男の子から目が離せないなんて。
最近は私の手にする本の傾向が変わっている、と言う忠告を受けた。そういう事に敏感な友人。
「あら、タバサ?今日もそういう本を読んでるのね?」
「…」
沈黙で返したのは隠しそびれたからだ。彼女とそういう話をすると…あまり良くない事態が起こる気がする。それこそ私らしくない行動をさせられる羽目になる。
「えっと…日なたとその人…良いタイトルね。あなたに限って」
「…」
案の定だった。
図書室に本を借りに来た。上段の本が欲しいのだが、自分の身長では届かず、やむなく下段の本を取ってしまう。踏み台らしいものが壊れていては仕方がなかった。一応距離をとって背表紙を確認するが、やはり取れそうにない。
そんな私に気付いた、奇特な人間が現れた。
「よう。タバサ」
「あ…」
「あの本が欲しいんじゃないのか?」
いきなり声を掛けられた事と、その相手に驚いて返事が出来なかった。かろうじて出来たのは首を縦に降る事。
「どれだ?」
「あ…え…と」
「って、俺じゃ文字が読めないんだったな。じゃあ…」
46 名前:220 3/3[sage] 投稿日:2007/04/09(月) 00:03:20 ID:SuOW14ld
なんの躊躇いも無く彼は私の前にしゃがみ込み、私を持ち上げた。私の脚の間に頭を割り入れて、安定をさせて。
「や…あ」
「どうだ、これで取れるだろ」
「…え…え」
太ももで彼の頭を締め付けそうになりながら右、左と誘導し、私は本を取り出していく。彼とコンタクトを取りながら、わざと間違えたりなどして。
「こんなもんか?」
「…降ろして…いい」
「ああ。よっと」
一気に視点が低くなった。
「いつも苦労してたみたいだったからさ」
「…見てた?」
「ああ。言えば良かったのに」
「あなた…ご主人様は?」
「いいだろ。俺も人間なんだし、自由時間も要るって」
「…」
「また、何かあったら言えよ。手伝うからさ」
私は、こういう時頭が回ってしまう。
「…明日」
「ん?」
「明日も借りるから…」
「え?いいけど、読み切れるのか?」
調子に乗って手にしてしまったのは、貸し出し数ギリギリの数の冊子。
それでも、私は。
「これくらい…すぐ」
「そっか。いつも本読んでるんなら、慣れてるよな」
「だから…明日も来て」
「わかった」
「あ…あと」
「うん?」
「ありがとう…さ、さ…」
「良いって。サイトで」
「…サイト」
手にしている本が、軽く感じられた。
終