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Last-modified: 2008-11-10 (月) 22:46:18 (5638d)

632 :救国の勇者 ◆mQKcT9WQPM :2007/04/28(土) 03:08:07 ID:2l6l1C6i
虚無の力…それは、世界を蝕み、滅ぼす力。
ティファニアの力を吸収し、ロマリアの法王の力を奪ったジョセフを斃して『ただ一人の担い手』となったルイズには、その力が宿ってしまった。
その事が分かったのは…死に逝くガリア王の言葉によってだった。

二人が逃げ込んだのは、『シャイターンの門』の眠る遺跡。
トリステインやゲルマニア、ガリアの追っ手に追われ、二人は心身共に疲弊しきっていた。

「ルイズ、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないわよ…もう、疲れた…」

森で獲物を取ってきた才人は、焚き火の前で膝を抱えているルイズに言った。
弱気になりかけているルイズを、才人は慰めようと言葉を捜す。

「…もう、いいわよ…」

そんな才人を、ルイズの言葉が止めた。

「…え?」
「もういいって言ってんの!」

膝から上げたルイズの顔は…疲れと絶望に塗りつぶされていた。

「どうしろっていうのよ!必死で手に入れた力は世界を滅ぼす力で!そのせいで、ガリアも、ゲルマニアも、トリステインも…姫さまも!みんな私が邪魔だって!
 どうすりゃいいのよ!私っ!」

言って立ち上がり、ルイズは才人の胸に飛び込む。
そして、その胸板を遠慮なく拳で叩いた。

「もう、疲れた!どこにも行かない!何もしないっ!
 だからっ…だからっ…」

言葉と共にルイズの腕から力が抜けていく。
最後にとん、と才人の胸に手を置いて、ルイズの声が嗚咽に変わる。

「…もう、ほっといてよ…。私の事、ほっといてよ…」

そして、そのまま才人の胸の中で泣きじゃくる。
ルイズの泣き声を聞きながら、才人は優しくルイズの髪を撫ぜた。

「俺は、ほっとかない」

才人はきっぱりとそう言った。
ルイズははっとした顔で才人を振り仰ぐ。
才人はその視線をしっかと受け止め、続ける。

「俺はルイズの使い魔だからな。ルイズのことほっといたりしない。
 世界中の人間がお前を殺すっていうなら、俺がお前を守ってみせる」

そして、不器用にウインクしてみせる。

「なぁに、世界中の人間の数も七万の大軍も大した違いじゃないさ。
 守るのはルイズ一人。それは変わらない」

そのままルイズをぎゅっと抱きしめる。
ルイズはされるがまま、声も出さずに泣いた。
ただただ、泣いた。
二人を、静寂が優しく包む。
しかしその静寂は長く続かなかった。

633 :救国の勇者 ◆mQKcT9WQPM :2007/04/28(土) 03:09:46 ID:2l6l1C6i
「…逃亡中の焚き火は相手に居場所を知らせる事になるぞ、覚えておけ」

その声は、遺跡の入り口から聞こえた。

「アニエスさんっ!?」

そこに居たのは、トリステイン近衛騎士団、銃士隊隊長、アニエスだった。
そして、その後ろから現れたのは…。

「姫さま…!」

ルイズの瞳が絶望に見開かれる。
今の彼女は、かつてルイズが共に遊んだ幼い王女ではない。
世界の安寧のため、ルイズの命を狙うトリステイン国王、アンリエッタ女王その人だった。

「…サイト様。
 いえ。サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ。
 その者をこちらに引き渡しなさい」

あくまで冷酷に、アンリエッタはそう言い放つ。
その目は濃い疲労と深い使命感に染まっており、その言葉が嘘偽りでない事を証明していた。

「…たとえ、姫様の命でも!」

そう言って立ちふさがろうとする才人を。
ルイズの手が、止めた。

「もういいわ、サイト」
「え?」

ルイズの言葉に、才人の動きが止まる。
ルイズは動きの止まった才人の脇をすり抜けて、アンリエッタの前に立つ。

「女王陛下。お望みなら、この命、あなたに差し出しましょう。
 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、今でも貴女の忠実な臣下でございます」
「おお、ルイズ、ルイズ…!」

ルイズの言葉に、アンリエッタの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
彼女とて、親友を無碍に殺したくはない。
だが、彼女には女王としての義務があった。この世界を、民を、守るため、彼女は虚無の担い手を滅さなければならない。
そんなアンリエッタに、ルイズが言った。

「でも、その前に。
 最後に、最後に、私の使い魔と、今生の別れをさせてください。
 彼にはまだ、伝えていない事が、あります」

そして、返事も待たずに才人を振り向く。
アンリエッタは何も言わなかった。

「サイト。今までありがとう。
 そして、ごめんね。
 巻き込んじゃって。私たちの世界に、私たちの戦争に、私たちの問題に。
 ごめんね。
 最後までワガママで、かわいくなくて、自分勝手な私で。
 …最後に、一つだけ、言わせて。
 私。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは。
 あなたを愛しています。これからもずっと」

そして才人に駆け寄り、素早く唇を奪った。

634 :救国の勇者 ◆mQKcT9WQPM :2007/04/28(土) 03:10:21 ID:2l6l1C6i
「ごめんね」

そして身体を離す。
才人はそれまで金縛りにかかったように動かなかったが、ルイズが離れたとたんに、口を開いた。

「納得いかねえよ…」
「え?」
「納得いかねえって言ってんだよ!」

そしてルイズとアンリエッタの間に、大の字になって割り込む。

「なんでだよ!なんで何もしてないルイズが力もっただけで殺されなきゃなんねえんだよ!」

そんな才人を、アニエスが諭す。

「ならばお前に問う。お前は燃え広がると分かっていて、藁束の傍で燃える焚き火を放っておくのか?」
「な、それは…」
「ヴァリエール嬢はその焚き火なんだよ。望むと望まざるとに関わらず、虚無の力は世界を蝕み、そして藁束のように容易く燃え尽きる」

そしてアニエスは剣を鞘から抜き、構える。

「その焚き火で暖を取らなければいけなかった。しかしもう焚き火は必要ない。
 必要のない力は、御せる間に消してしまわなければならない。
 そこを退け、サイト。退かねば…わかっているな」

その切っ先は真っ直ぐ才人の喉笛を狙っている。アニエスは本気だ。
才人はその切っ先と視線を受け、それでも退かない。

「アニエスさんの言ってることが正しいのはわかる…でも」

そして才人はデルフリンガーに手を掛けて、引き抜こうとした。
しかし、できなかった。

ぱぁん!

乾いた音が遺跡に響く。
前に回りこんだルイズが、才人の頬を張ったのだ。
ルイズは振り切った手を震わせ、俯いていた。
才人は驚愕に固まり、ルイズを見つめる

「な、ルイズ…?」
「わかりなさいよっ、この、バカ犬っ!」

そして顔を上げたルイズは。
泣いていた。

「私はっ、わたしはっ!
 この世界も、姫さまも、みんなも、アンタも、大好きなのっ!
 誰も失いたくない、何もなくしたくないのっ!
 私がいなくなってこの世界が助かるんだったらっ…だったらっ…」

言葉が途中から、嗚咽に変わる。
そのルイズの言葉に、才人が応えた。

「じゃあ、俺はどうなるんだよ!」

そう叫んで、ルイズの肩を掴む。

「勝手に呼んで!勝手にこき使って!勝手に惚れさせといて!
 お前この責任なんも取ってねえじゃねえかよ!」

635 :救国の勇者 ◆mQKcT9WQPM :2007/04/28(土) 03:11:02 ID:2l6l1C6i
ルイズは応えない。応えられない。
どちらの言い分も正しい。
だが、結果の重さを考えるなら。
自分が消えるのが、一番なのだ…。
それを才人にも分かってほしい。でも、才人は理解しない。
いや、理解しても。才人は彼女を守るだろう。それが彼の役割なのだから。

「…ったく、しょうがねえなあ」

その時。
才人の背に背負われたデルフリンガーが口を開いた。

「…デルフ?」

才人はデルフリンガーの呼びかけに応える。
デルフリンガーはそのまま続ける。

「なあ嬢ちゃん。相棒と一緒なら、生きていけるかい?」

今度はルイズに語りかけた。
その言葉に、ルイズは。
素直に首を縦に振る。

「じゃあもう一つ聞くぜ。死ぬ覚悟はあるんだな?」

その言葉にも。
ルイズは黙って首を縦に振った。

「こら待てよデルフ!お前までルイズを」
「話は最後まで聞けよ、相棒。
 ついでだ、そこの二人も聞いときな。
 今から俺が相棒と嬢ちゃんを相棒の世界に送り込む方法を教えてやる」

デルフリンガーのその言葉に、四人は息を呑んだ。
確かに、そんな方法があるのなら、このハルケギニアが虚無に呑まれることはなくなる。
黙ったままの人間達を尻目に、デルフリンガーは続きを語る。

「虚無の力と俺っちを使えば、空間を裂いて相棒を元の世界に帰すことができる。
 それに便乗して、嬢ちゃんをあっちの世界に送り込む。
 死ぬ覚悟ってのは、そういうことだ。この世界の全ての繋がりを捨てて、相棒ん所へ行くんだからな」

デルフリンガーの言葉に、二人は見つめあう。
そして二人は、一緒に頷いた。

「そっちの二人も文句はねえな?」

アンリエッタとアニエスも頷く。
二人とて、友人達を不幸に陥れるようなことはしたくない。

「分かった。
 じゃ、嬢ちゃん。俺っちの柄に『ディスペル・マジック』をかけな。
 間違えるんじゃねえぞ。刃じゃない、柄に、だ」

ルイズはそっとデルフリンガーを鞘から抜き、その柄に手を掛け、魔力を掌に注ぐ。
虚無の力を全て手に入れたルイズは、その思考だけで、虚無の魔法を操る事ができた。
虚無の魔力がデルフリンガーの柄に注ぎ込まれる。
そして、刃を止めていた留め金が次々と外れて。
大きな金属音を立て、デルフリンガーから刃が落ちた。

636 :救国の勇者 ◆mQKcT9WQPM :2007/04/28(土) 03:11:41 ID:2l6l1C6i
「で、デルフ、大丈夫なのか?」
「…ああ、俺っちの本体は柄の方だからな。
 さて、こっからが本番だ。
 相棒、俺を持って空を切れ」

才人は言われるまま、デルフリンガーをルイズから受け取る。
その重さはいつもの半分もなく、才人を不安にさせた。

「おいデルフ、本当に」
「大丈夫だっつってんだろ。
 さあ構えな相棒。こっからが本番だ」
「あ、ああ」

デルフリンガーに言われるまま、才人は剣の柄だけを上段に構える。
柄だけのデルフリンガーは、ルイズに指示を飛ばす。

「さあ嬢ちゃん、今だ!俺っちに『エクスプロージョン』を!」
「は、はい!」

ルイズの意識が収束し、滅びのイメージをデルフリンガーに送る。

バキィン!

そして巨大なガラスの割れる音が響き。
デルフリンガーの柄から、真っ黒な刃が生えていた。

「これが、『虚無の剣』。世界を切り裂く、闇の刃だ」

デルフリンガーはそう言って、続いて才人に指示を出した。

「相棒、今だ、空を切れ!」
「おう!」

その指示通りに才人は、なにもない空間に虚無の刃を振り下ろす。
才人の手に、奇妙な感触が伝わってくる。
それはまるで、縦に吊るした皮を切り裂くような。
刃が地面に着くと、才人の目の前には。
人一人が通れそうなほどの、黒い裂け目ができていた。

「ここを通れば、相棒は元の世界に帰れる」
「ちょ、待てよデルフ!こんな方法があるなら今までどうして」
「嬢ちゃんが最後の担い手にならんと、この力は使えねえんだよ。
 これは、担い手の邪魔をする奴らを倒す、究極の手段でもあるんだ。
 どんな盾でも、『世界』を切り裂く刃は防げないからな」

その声は、どこか自嘲を含んでいた。

「さ、急ぎな二人とも。この裂け目は三十分程度しか持たん。通れるうちに行っちまえ」

そしてそれきり、デルフリンガーは黙りこくった。
才人は、ルイズを見る。
ルイズはその視線を受け、愛すべき幼馴染とその護り手を振り返る。

637 :救国の勇者 ◆mQKcT9WQPM :2007/04/28(土) 03:12:25 ID:2l6l1C6i
「…姫様」
「…なにかしら。ルイズ・フランソワーズ」
「…世間には、『虚無の担い手は死んだ』とご公表ください。そして私の家族にも、『ルイズは死んだ』とお伝えください」
「…わかりました。そう、伝えましょう」
「学院の友達にも。シエスタにも、そう伝えてください。
 でも、一つだけ、付け加えておいてください」
「…なにかしら」
「…ルイズは幸せでしたと。そして、幸せに逝ったのだと、お伝えください」
「…わかったわ。ルイズ・フランソワーズ。私の愛しいともだち…」

そして二人は柔らかく抱き合う。
すぐにルイズはアンリエッタとの抱擁を止めると、傍らに控えるアニエスに手を差し出した。

「アニエスさん。剣を貸してください」
「どうするんだ?」

アニエスはルイズが女王を襲う事を一瞬危惧したが、ここで彼女がそうする理由が思い浮かばない。
それに、もしそうしたとしても、自分なら止められるだろう。
アニエスはそう考え、ルイズに剣を手渡した。
ルイズは剣を受け取ると。
その美しい髪に手を掛け、肩口から剣で一時に切り落とした。
その髪の束と剣を、ルイズはアニエスに手渡す。

「この髪を、私の死の証としてください」
「ああ、わかったよ」

アニエスはそれを受け取り、大事に両手に捧げ持つ。
髪を切り落としたルイズは、どこか吹っ切れたような、清清しい顔をしていた。

「…じゃ、行きましょ。サイト」
「…ちょっとまって」

才人も、二人に言いたい事があった。

「今までありがとう、姫さま、アニエスさん。俺、最初ここに呼ばれたときはどうしようって思ったけど…。
 俺、みんなと会えてよかったよ。
 学院や、城のみんな、コルベール先生とかタバサとかギーシュとかキュルケとかテファとかシエスタとか。
 みんなにも、お礼が言いたい。でも、時間ないから…。二人が、伝えといて」
「わかりましたわ」
「確かに承った」

そして才人は、ルイズと手を繋ぐ。

「じゃ、行こうか」
「うん」

そして、二人は『門』をくぐろうとした。
しかし、それを才人の左手に握られたデルフリンガーが止めた。

「待ちな、俺っちは置いてってもらおうか」
「え?なんで?」
「俺っちがこの門を潜れば、門が閉じちまう。相棒が向こうに着くまで、俺っちが維持してなきゃならんのさ」
「そうなのか…」
「だから、な、ホラ。んな泣きそうなツラすんなよ!
 俺っちはこっちでよろしくやるからさ。お前らも向こうで元気でな」
「ああ」

才人はそう答え、デルフリンガーをアニエスに手渡した。

638 :救国の勇者 ◆mQKcT9WQPM :2007/04/28(土) 03:13:49 ID:2l6l1C6i
「それじゃあ、本当にさよならだ」
「さよなら、姫さま」
「「さよなら」」

二人の声が溶け合うように聞こえ…。
『門』の向こうに一歩を踏み出した二人は、一瞬で姿を消した。

「行って…しまいましたね」
「…ええ…」

トリスタニアに帰った二人は、ルイズに言われたとおり、世界に向けて『虚無の恐怖は潰えた』と発表する。
それにより、ハルケギニアには千年の安寧が訪れる事になる…。
しかしそれには、もう一つの犠牲が必要だったのだ。

「さて。俺っちもこのへんでオサラバだ」

アニエスの手の中で、デルフリンガーがそう呟く。

「何を。ただのインテリジェンスソードが一本あったところで、この世界には何も」

アニエスの言葉を、デルフリンガーが遮った。

「あのな、銃士隊の姉ちゃん。
 俺の原動力は魔力なんかじゃねえ。虚無の力なんだよ」

その言葉に、アニエスとアンリエッタがはっとなる。

「この世界にはもう、虚無の力はねえ。
 だから、俺っちの命ももうすぐ尽きるってことさ」
「ま、待て、ならどうして?」
「ああ、これが俺っちの最後の仕事だからさ。
 ブリミルの糞野郎に頼まれたのさ。
『もし未来の担い手が再び虚無を一つに纏めるような事があれば、お前が助けてやってくれ』ってな」

その言葉の合間にも、デルフリンガーの柄のそこかしこに赤錆が浮き始める。

「さ、錆だらけの柄なんか持って帰ってもしょうがねえぜ?
 …ここに…捨ててってくれ…。邪魔、に、なる……」

赤錆が一気にデルフリンガーを覆い…。そして。
それきり、おしゃべりな魔剣は一切口を利かなくなった。

トリスタニア王立博物館の最奥には、古ぼけた赤錆だらけの柄だけの剣が、国宝として奉られている。
そのガラスケースの前にある掲示板には、こう書かれていた。

『救国の勇者デルフリンガー卿 ここに眠る』


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Last-modified: 2008-11-10 (月) 22:46:18 (5638d)

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