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Last-modified: 2008-11-10 (月) 22:46:55 (5644d)
14 名前:1/6[sage] 投稿日:2007/05/30(水) 02:56:36 ID:Kao6l/pG 平穏とは程遠い人生を送ってきた、ジャン・コルベールだったが、 「せんせー、あのぉ……この問題なんですけどぉ」 モテる。 メンヌヴィルを倒した所を見た生徒は居なかったが、アニエスを助ける所は、数人の生徒が見ていた。 ――コルベール先生はキュルケとタバサが敵わなかった相手を下すほどの凄いメイジで、 そんな評判が広まると日頃のコルベールが温厚さが、更にその評価を強める。 コルベールの生還から、人気自体は密かに上昇し続けていたのだが、 『教師が生徒を助ける。まったくもって当然じゃないか』 キュルケによって伝えられたその言葉と、 ……密かな人気は留まる事は無かったが、それでも女生徒に取り囲まれるような事は無かった。 こんな事態になったのは…… 「あの、お昼一緒しませんか?」 キュルケの不在。 「こ、困りましたぞぉぉぉぉ」 よもや彼女に一刻も早く戻ってきて欲しいと思う事態がこようとは…… 15 名前:2/6[sage] 投稿日:2007/05/30(水) 02:57:24 ID:Kao6l/pG 授業の開始時間になって、ようやく研究室から女の子が居なくなった。 「どーして、うれしそうだったのですかな?」 きゃーきゃー悲鳴を上げながら女の子は散っていった。 「わしと替わらんか? コルベール」 溜息を付きながら上司に笑いかける。 「わたしは学院長ほど、女性の扱いが上手くないのでして」 混じりけ無しの本気なのだが…… ミス・ツェルプストーが持ち込んだ葉っぱは、質が良いものが多く、 (むぅ……いけませんな、ミス・ツェルプストーに依存してしまうようですな) そう思いながらも、来客中だと言う言い訳をして、二人分のお茶を入れる。 「……こりゃコルベール、どうせなら女の子が居る時に出さんか、気の効かん」 口調は本気で怒っているようだが、学院長の目は笑っている。 (自分達の手に負えない事が有って、わたしに出来る事が有れば、彼女が連絡をくれるでしょうしな) 前しか見ていないサイトや、思い込みの強いルイズと違う、しなやかな強さ。 (本人には聞かせられませんな) 湯気の向こうで、何もかも悟ったような学院長が笑っていた。 16 名前:3/6[sage] 投稿日:2007/05/30(水) 02:58:09 ID:Kao6l/pG お茶が冷め始めた頃、学院長が口を開いた。 うすうす何かを感じていたコルベールは、黙って先を促した。 「グラモンもサイトも居らんでな……暫定的に応援が来る事に成った」 騎士隊の隊長と副隊長、揃って居なくなる辺り、彼らはまだまだ子供だ。 目の前に居る学院長から学んだことだった。 「本来なら、騎士隊の中から臨時の隊長を選ぶのだろうが…… サイトの桁外れの武勲にも驚いたが、紋章を与えられるほど活躍する生徒が出たのは意外だった。 「しかし……それは良い事なのではないですかな?」 自分の全てを知るこの人に、気を使わせてしまったようだ。 「彼女なら問題なく任務を果たすと思いますぞ、学院長」 もし問題があれば、自分の所で止める。 「お気遣いを……」 ……この人には、いつまで経っても勝てないかもしれないな。 17 名前:4/6[sage] 投稿日:2007/05/30(水) 02:58:52 ID:Kao6l/pG 『彼女には幸せになってもらいたいですなぁ』 周りの雑音を全て切捨て、コルベールは誰にも聞こえないように呟いた。 血塗られた自分の手が、かつて一つだけ救い出せた命。 ……あの時、自分は死ぬつもりだったのに…… 背中に乗せた小さな命が、それを救うことが出来ると言う事実がコルベールを生かした。 『わたしの恩人ですからな』 かつて彼女になら殺されても良い、その言葉に偽りはなかった。 アニエスを助けた後も人を助ける事が出来たと言う事は、その後のコルベールの人生を支え続けたのだから。 彼女が自分を憎むのは当然、嫌うのも当然、殺された所で恨むつもりもない。 が、 「お前にも手伝ってもらう、来い! ミスタ・コルベール」 これは無い。 「しかしですな、わたしは一介の教師でして」 ……ごもっとも。 「生徒に教えるのが嫌なら、わたしの部隊の教官としてでも良い。 嫌いな自分に頭を下げるほどに、彼女は力を欲しているらしい。 しかし…… 『強くなった所で、何の意味もありませんぞ』 力を求めているものには、決して納得できない言葉。 ……彼女には幸せに成って欲しかった。 「……ならっ、一本だ、一本勝負でわたしが勝ったら言う事を聞け!」 コルベールはアニエスに聞こえないように、小さく溜息を付いた。 18 名前:5/6[sage] 投稿日:2007/05/30(水) 02:59:38 ID:Kao6l/pG 「お前に怪我をさせるわけにはいかないからな、勝負はどちらかが武器を落とすまでだ」 勝算はある、『炎蛇』のコルベール。 (しかし……この男は……) 自分に向けて炎を放たない。 (ならば……十分に勝てる!) 詠唱前に間合いを詰めれば、剣の方が早い。 そもそもこの距離なら、魔法を撃つ前に切りかかれると言うのに、 「で、いつ始めるのですかな?」 舐められてる。 「今すぐだっ!」 奇襲によって更に勝利を確固たるものに……その……つもりだった。 黙ったままのコルベールが杖を振るう。 (詠唱も無く? 馬鹿なっ!) 威力の低い魔法で距離を稼ぐつもりか? 勢い良く踏み込んで、一気に加速を…… 「ぎゃっ」 地を這ったのはアニエスだった。 19 名前:6/6[sage] 投稿日:2007/05/30(水) 03:00:40 ID:Kao6l/pG ざくざくと草を分けながら、コルベールが近づいてくる。 (待て? 何故だ? そんな筈無い、お前詠唱は?) 詠唱を終了させた後、死にたくないなら投降しろと、 「炎が得意なメイジだからといって、火の系統魔法しか使えないわけではありませんからな、 ……読まれて……いた…… 「さて、これでわたしの勝ちですな」 力の入らない手から、するりと剣が抜きとら……れ…… しまったっ、……何言った? さっきわたしは何を言った? 『やぁぁぁぁぁっ、寄るなっ、こっち来るなっ……いやっ……止めて……』 必死で逃げようとしても、身体にはまったく力が入らない。 『……や……だ……こんなの……こんなの……』 メイジが相手でも勝てると、リッシュモンを倒した時から自分は驕っていた。 「何でも言う事を聞いてもらえるんでしたかな?」 杖と剣を持った男が、無力なわたしを見つめて…… 『いやぁぁぁぁぁ……って?』 どこか懐かしい背中に乗せられて、わたしは医務室の方に運ばれていた。 『な、なんで?』 喋れないわたしに、不器用なウィンクと共に告げられたのは、 「女性があんな事を口にしてはいけませんな、以後二度と言ってはなりませんぞ……と、言う事でいかがですかな?」 格好つけすぎだ…… でも……両手に力が入らないのが…… 182 名前:1/5[sage] 投稿日:2007/06/02(土) 01:27:13 ID:tGzrXQVA 「さあっ、今日こそ手伝ってもらうからな」 アニエスは今日も元気だ。 「折角のチャンスを棒に振ったのはお前だ、わたしはわたしの好きなようにやらせてもらうぞ」 早まったかもしれない、毎日押しかけられると流石に挫けそうになる。 「こまりましたな……」 深々と溜息を付いたコルベールに、今こそ攻め時とばかりにアニエスは詰め寄った。 「こんな事なら、別の事を頼んで置けばよかったですな」 ポソリとこぼした台詞は、コルベールの考えもしない効果を生んで、 「なぁっ、なっ、何を言っているっ、何をさせるつもりだっ」 胸の辺りを手で押さえたアニエスは、その姿勢のまま壁際まで逃げ出した。 「あー、あのですな、シュヴァリエ・アニエス」 ……彼女の頭の中で、自分はどんな存在なんだ? 183 名前:2/5[sage] 投稿日:2007/06/02(土) 01:28:03 ID:tGzrXQVA 『まるで覗いていた』様なタイミングで学院長が現れて、 「……で、おぬし、何をした?」 嘘偽りは一切無いのに、アニエスの行動のせいで信憑性まで一切無かった。 ……どんな刑だ? 疑問には思ったが、深く踏み込まない方が良さそうだった。 「学院長、どうせ何処かでご覧に成っていたのではないですかな? やはり使用頻度は随分高いらしい。 「いや、しかしコルベール、あのシュヴァリエとはどこまでいっとるんじゃ?」 かみ合わない会話だった。 「……そうではなく、コルベールよ、あのシュヴァリエ美人じゃろ?」 生徒が通りかかったのか、廊下で何かが小さな音がした。 「元気が良くて愛らしい」 学院長は自分の認識とのギャップに悩んでいたが、コルベールが一言喋るたびに廊下から何かが倒れたり、 「……で、コルベール、どこまで行ったのじゃ?」 怪訝な顔をしているコルベールに向かって、 「で、シュヴァリエの事はどう思っておるんじゃ?」 この日破壊された廊下の備品は、じつに数十点にものぼった。 184 名前:3/5[sage] 投稿日:2007/06/02(土) 01:28:47 ID:tGzrXQVA 「っかしーな、なぁ、マリコルヌ」 ……会話の通じない状態の相手に話しかける辺り、彼もまた混乱していた。 「なーんか、今日の訓練ぬるいよな?」 学院の廊下の備品が随分減った翌日、騎士隊の訓練は何時もに比べて非常に楽だった。 「もっと……もっと、僕を苛めてくれぇぇぇぇえ」 あらぬ方を向いて、幸せそうに笑うシュヴァリエ・アニエス。 ……可愛いけど、ちょっと怖い。 「なーにがあったんだろうな?」 昨日までは、『アニエス様、苛めてください』だったのに、 「ん? あぁ、ランニング終わったのか……」 何時もは事前にトレニーングメニューを決めている、アニエスには考えられない事態。 「その……、あの……」 もじもじするアニエスを見て、 『……かわぇぇ』 こうして、密かに騎士隊内にアニエス親派が増えていった。 185 名前:4/5[sage] 投稿日:2007/06/02(土) 01:29:29 ID:tGzrXQVA しかし…… 「一度報告に戻らないとならないとは……」 その所為で、昨日はあの男に会えなかった。 「って、違うっ」 陛下に報告に戻るのだから、これは当然の仕事で、 ……もし……昨日会えて……『可愛い』って言ってくれたのはどんなつもりだったのか…… そんな事を考えていると、胸がドキドキする。 謁見の順番を待つ間も、仕事以外の事で頭の中が一杯で、 『くっ……陛下の前で、きちんと報告できるのかが不安など……』 恥さらしも良い所だ。 『陛下の特別』アニエスや、サイト、ルイズにのみ許される特別扱い。 「ルイズはまだ戻りません」 もう少し学院に居る事が出来る。 「もう少し、サイトさんの代わりを勤めてもらえますか? アニエス」 伏した姿勢も、緩みそうになる表情を隠す役に立つ。 「恋を……していますね? アニエス」 186 名前:5/5[sage] 投稿日:2007/06/02(土) 01:30:15 ID:tGzrXQVA ぱくぱくと口が開閉する。 「どんな方? 学院ですものね、年下かしら?」 ……いえ……かなり上です。 「……というところかしら、アニエス……頑張ってくださいましね」 頑張って、ナニをしろと言うんだろう、陛下は。 「でも、アニエス、わたくし少し心配です」 ……チクリと胸の奥で何かが騒ぐ。 「貴方は綺麗で、格好良いですけど……」 陛下の声が、段々遠くで聞こえる。 『騙されているのか? わたしは…… ダマサレテイルノ?』 考えるべきでは無いのに、自分の心が冷たい方へと流されてゆく。 「なぁ……」 久々に戻った親衛隊の控え室で、手近な部下を捕まえて聞いてみる。 「わたしを見て、どんな感想を持つ?」 ……数人がわたしを誉める。 どれだけ経っても、欲しい言葉は与えられない。 誰も……そんな風に私を見ていない。 そんな疑念がどうしても心から離れなくて…… 凍った心は、小さな音を立てながら罅割れを広げて行った。 |
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