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Last-modified: 2008-11-10 (月) 22:48:06 (5645d)
130 名前: アンリエッタの晩餐会 [sage] 投稿日: 2007/09/05(水) 01:21:07 ID:xIyUkfrg こちらに背を向けてクローゼットで服を選んでいるルイズの背後で、才人は首をかしげた。 「姫さまって、あまりそういう贅沢しないんじゃなかったか?」 「全くそういうことしないわけじゃないでしょ。それに、今回はちょっと事情があるみたいよ。 「え、わたし!? あの、わたしなんかが行っていいんですか?」 「言っとくけど同席はさすがに無理だかんね。給仕とか手伝いなさいよ。本当はそれも駄目だけど、今回は内輪の集まりらしいから」 「あ、はい、嬉しいです! そういうパーティーだと召使にも、貴族の方々の食べ残しとかでいっぱい料理がもらえるんです」 現代日本人の感覚からすると、なかなか切ない発言だが、シエスタは本気で喜んでいる。 「あの……俺は?」 ぴたりとルイズの動きが止まった。ややあって後姿が、なんだかぎしぎしと動き出す。 「置いていきたいところだけど、呼ばれてるわよ。 「あ、ああ……そうか」 「犬」 「はい」 「なにかフラチな問題を起こしたら、誓ってあんたを料理するわ。皿に盛って、地獄めがけて円盤投げするからね」 平坦な声なのが怖い。才人はカタカタ震えながら、一も二もなくうなずいた。 131 名前: アンリエッタの晩餐会 [sage] 投稿日: 2007/09/05(水) 01:21:49 ID:xIyUkfrg 「ロマリアから海沿いの地の領主が、トリステインに旅行に来たのですわ。 アンリエッタの説明を聞いた後、晩餐の時間まで王宮で待機。 マリコルヌがわかりやすく満面の笑みである。程度の差はあれ多くの人間が、南国の領主が持ってきたという食材を楽しみにしているらしかった。 「贅沢な餌で育った豚のリブの塩漬けを、ハーブといっしょに水から煮こみ、蜂蜜と赤ワインで味付けしたもの!」 男だけでなく、女性陣も楽しみにしているらしく、あっちはあっちできゃいきゃい騒いでいる。 このすべての熱から、才人は精神的に一番遠ざかったところにいた。 これまでの滞在で、こっちの上流階級の料理も多少は食べたことがある。 (たまに食うならいいけど、毎日食ってたら食傷するんだよなあ……こっち魚は種類少なくて、タラ、カレイ、サケやマスばかりだし。何かってーとすぐ塩漬けかバター焼きにするし。 132 名前: アンリエッタの晩餐会 [sage] 投稿日: 2007/09/05(水) 01:23:18 ID:xIyUkfrg 要するに、才人はそろそろ日本食が懐かしくなっていた。 そんな彼の耳に、ふと会話が飛びこんだ。アンリエッタがルイズに話しているのである。 「ええ、南海の変わった魚もありますわ。人間が横に手をひろげたよりずっと大きいのよ」 「まあ、料理される前にちょっと見てみたいですわ、姫さま……ってサイト、いきなり何よ!」 「姫さま! その魚俺にも見せて!」 「え、ええ……今頃は厨房で解凍していると思うのだけれど」 稲妻のようにすっとんでいって少ししてから、才人は駆け戻ってきてアンリエッタの肩をがっしとつかみ、目をぱちくりさせている女王に血走った目で懇願した。 「頼みます姫さま! あの魚の一部をください!」 「え? え?」 「ちょっとサイト! あんた女王陛下になんてことしてんのよ!」 ルイズに叱責され、はっと周囲の目に気づいて我にかえるも、才人の興奮はおさまらない。手を放しはしたが、土下座しそうな勢いでなおも食い下がる。 「お願い! これを逃したらきっと一生後悔するんです!」 「あ、あの……でも晩餐会で出ると思うのですが……慌てなくても」 「そこを何とか! 両手のひらに載るくらいの魚肉でいいんです!」 「は、はい……」 133 名前: アンリエッタの晩餐会 [sage] 投稿日: 2007/09/05(水) 01:23:58 ID:xIyUkfrg 夜。 南国で取れた香りのよい茸のスープ。レモンやオリーブやさまざまなベリーをふんだんに使ったタルト。 魚もちゃんと出た。 パン粉をつけて揚げたスズキのフライに、塩味をつけたアーモンドミルクを回しかけたもの。 才人は決して、これらの料理を食べたくないわけではない。むしろ、いざ食事が始まればしっかり人一倍はつめこんでいただろう。 「なんだね君! 食べないのかあ! じゃ、そこのカタツムリをくれ」 「嫌だ。ギーシュお前、そろそろ飲みすぎじゃないか? テンション高いぞ」 「君はいったいなにを言っているんだね? 見ろよこの幾種類ものワイン! 「お前が陰気な酒を飲むのを見たことがねえぞ。それは後から飲むからとっといて。 134 名前: アンリエッタの晩餐会 [sage] 投稿日: 2007/09/05(水) 01:24:33 ID:xIyUkfrg 才人が出て行くのを視界の端に見たルイズは、どうにも気になって仕方なくなった。 あいつは何をしに行ったんだろう。順当に考えればトイレにでも立ったのだろうが、どうも出て行く間際のあの顔はそんな感じじゃなかった。 逢い引き、という言葉が浮かび上がってきたが、いやいやそんなこともあるまいと思い返す。 (だって姫さまならここにいるし……って、あれ? そういえば……) 「あーっ!!」 絶叫して、ルイズは椅子をけたてて立ち上がった。 (メイド! メイドを忘れてた!) まだむせこんでいるアンリエッタに、「すみません、ちょっと犬料理を」とかなんとか言って席を離れる。 ほどなくして、足取りも軽くせかせかと歩く少年の後ろ姿が目に入った。 なにをそんなにウキウキしてんのよ、と毒づいて、そっと見つからないように後をつける。 135 名前: アンリエッタの晩餐会 [sage] 投稿日: 2007/09/05(水) 01:25:04 ID:xIyUkfrg しかし、事態はルイズの想像を超えた。 「な、何してんのよあいつ……」 足音を立てないように、抜き足差し足で厨房の入り口に近寄る。 「なにしてるんですか? ミス・ヴァリエール」 「あ、あんたね、もうちょっと人にわかりやすく近寄って……まあいいわ。 「え? サイトさんですか? ちがいますよ。わたしたち召使は、あっちの第一厨房にいるんです。 「そうなんだけどね、なんだか様子が変なのよ」 そこまで小声で話したとき、厨房の中からぎゃー! と悲鳴が聞こえた。 「ほ、ほんとにあいつ何してんの!?」 「あ、わたしも見ます、ミス・ヴァリエール!」 136 名前: アンリエッタの晩餐会 [sage] 投稿日: 2007/09/05(水) 01:25:36 ID:xIyUkfrg 才人は至福の瞬間を迎えようとしていた。 「忘れてた、畜生! 醤油がねえ!」 この重要な瞬間に、それはわりと致命的だった。が、無いものは無い。 「へ? ルイズ、それにシエスタ? お前らなにしてんの?」 「……なにしてんのか、ってね。こっちが聞きたいんだけど……あの……その、魚……」 ルイズの指し示したほうを振り向き、ああこれ? と才人は苦笑する。 「まあ、でかい魚の解体しかけってインパクト強いよな。俺が食ってるのは、姫さまにもらった部分だから。大トロって言うんだぜ、これ」 背は非常に濃い青色で、腹は銀白色。高度な遊泳生活に適応して、丸々と太った紡錘形の体型。 その魚の横にはデルフリンガーが置かれ、『サカナ! サカナ斬りやがった! 俺でッ!』と震えている。人間なら泡でも吹いている状態なのだろう。 「あーいやデルフ悪い、だって包丁よりお前持ったときのほうが力出るし」 『ガンダールヴの力を、サカナ斬るために発揮してんじゃねえ! 魚臭い! 誰か洗って! 今すぐ洗って!』 剣の絶叫を聞き流し、才人はぱくっと手ににぎりしめた大トロにかぶりついた。 「んむ……おお、なんという柔らかさ……すげえ、口の中で溶けるって本当だったんだな! というか手の中ですでにふるふるいってやがる!」 感極まって叫ぶ。大トロの塊にかぶりつけるなんて……ああ幸せ、と才人は感涙した。日本でもこんなことはたぶん出来まい。 137 名前: アンリエッタの晩餐会 [sage] 投稿日: 2007/09/05(水) 01:26:12 ID:xIyUkfrg そこで、唐突に我にかえった。目の前で、二人の少女が手を取りあって震えている。 「サ……サイト……アンタ何ヤッテルノ……」 「ソソソソレ、生デスヨネ?」 「……いや……あの……待って? 生魚って美味しいよ?」 才人は前に手をのばす。 「あのね、サイト……生魚はさすがにないわ……」 「だって生魚ですよ、生の魚……」 「マッテヨ! 美味しいんだよ本当に! くそう、現代だと世界に認められてるのに! シエスタがはっ、という感じで目を見開いた。 「そういえば、うちのひいおじいちゃんも、時々川でとった魚を生で食べる奇癖があったって聞きました」 それを聞いて、ルイズがなにやら想像したのか顔をしかめた。 「ルイズ! 違う! 『妖怪ガンギ小僧』みたいなのが頭から魚をかじっている光景を思い浮かべんな! 切るから、普通は綺麗に切るから!」 138 名前: アンリエッタの晩餐会 [sage] 投稿日: 2007/09/05(水) 01:26:51 ID:xIyUkfrg ルイズを連れ、ぐったり疲れて食卓に才人がもどると、となりのギーシュが酒で赤い顔をしかめた。 「……ん? 魚臭くないか?」 「気にするな……しかしなあ、こうして考えるといろいろ食べたいものが出てきたなあ。 味噌汁。納豆。漬け物各種。海苔巻き。寿司。というか白米。 「米食いてぇなぁ……」 間が悪いというべきか、食卓での周囲の会話の多くがいったん途切れていたときだったので、そのしみじみした声はテーブルの上をすべって響いていった。 才人は慌てた。 「あれ? いや、すみません、聞き流してください。ちょっと故郷の食べ物で」 と、上座のアンリエッタが「あのう……」と発言する。 「お米なら、南国の方から送られた食材の中にありましたけど」 「マジデスカ!?」 才人の声がひっくり返る。アンリエッタはなるほどとうなずいた。 「そうね、お米ってハルケギニアの南のほうの一部でしか作らないですから、北のトリステインではちょっと見つけるのも困難ですわね。 「YES! 断じてYES!」 139 名前: アンリエッタの晩餐会 [sage] 投稿日: 2007/09/05(水) 01:27:23 ID:xIyUkfrg アンリエッタはにっこり微笑んだ。 「それなら、もうすぐ出てきますよ」 才人はとりあえず、始祖だか神だかに感謝した。食前の祈りよりよっぽど敬虔な感情である。南国の領主とやらにもGJと親指を立てておく。 「なあギーシュ、お前米って食ったことある?」 「ん? ああ、あるぞ。何度か、こうした晩餐会で食べた」 「どんな感じ?」 「どうって……ムール貝、鶏肉、タマネギなどの具を入れてパラパラって感じで炒めてあったり、鍋に入れてたっぷりのスープでふやけるまで煮込んであったりな」 なるほど、と才人はうなずいた。欲を言えば一番食べたいのは何をおいても白米だが、どうやらただ炊いただけというのは無いらしい。 だが、晩餐会のメニューの皿は進んでいくが、じりじりとその時を待つ才人をあざ笑うように、米料理はなかなか出てこない。 いい加減にしびれが切れたころ、アンリエッタが才人をちらりと見て、給仕している召使に声をかけた。 「そろそろデザートを持ってきてくださいまし」 才人に微笑む。 「待ちくたびれている人もいるようですから」 女王陛下の好意をたまわるという、ギーシュあたりだったら感激で座ったまま失神しそうなシチュエーションだったが、才人は猛烈に嫌な予感がした。 140 名前: アンリエッタの晩餐会 [sage] 投稿日: 2007/09/05(水) 01:28:28 ID:xIyUkfrg 「お米のプディングでございます」 「ぷ……ぷでぃんぐ……?」 才人は目の前に置かれたものを一目見て、言葉を失った。 「そうそう、プディングにするという料理法もあったな。うん、いい卵と生クリームを使っている。砂糖もたっぷりだ」 あまりのことに茫然自失しながらも、恐る恐る才人は震える手でスプーンを持ち、口に運んだ。 「サイト殿、いかがでしょうか?」 「……………………スゴク…………甘イデス……」 「なんだサイト、きみ泣いてるのかね? 陛下の温情にほだされたかね、それとも故郷を思い出したのかね?」 |
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