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Last-modified: 2008-11-10 (月) 22:49:41 (5645d)
702 名前: 平賀さん家へいらっしゃい [sage] 投稿日: 2007/10/09(火) 01:33:37 ID:TKjJ33zv 人の姿に化身させられたシルフィードが、タバサから借りたマント一枚羽織っただけの姿で、 「さあさ皆さん、平賀家へようこそ、だ」 おどけた風に言う才蔵のそばで、懐かしい我が家を前に、才人はふと立ち止まる。何となく、家に入るのが怖い。 「ただいまー」 気軽に言いながら、父の背中が家の中に消える。 (母ちゃん、どんな顔するだろ) そう思うと、足がすくんだように動かなくなる。 「ほら、さっさと事情説明してきなさいよ。ご主人様が夜風に吹かれて風邪引いたらどうするつもり?」 不満たらたらにそう言うルイズに、才人は苦笑した。 「分かってるよ」 才人は一度深呼吸して、思い切って歩き出した。 (ああ、俺ん家だ) 玄関の靴箱も、二階に続く階段も、居間や風呂場へ続いている廊下も、前に家を出たときと何一つ変わっていない。 「ほら、いいから出てみろって」 背後の才蔵に文句を言いかけた天華は、玄関に立つ才人を見て絶句した。 「……才人?」 懐かしい母の声に、才人は暖かさと同時に気まずさも感じた。 「えっと、あの、た、ただいま」 ようやくそれだけ言って、ぎこちなく手を挙げる。 「才人!」 目の前の現実が信じられないような表情で叫びながら、天華が駆け寄ってくる。 「……良かった。本当に、良かった」 耳の奥で、涙混じりの感極まった声がか細く震えている。 「ごめん、ごめんな、母ちゃん」 天華は優しき囁きながら体を離し、泣き笑いの表情で才人の顔を覗き込んできた。 「ホントにもう、あんたって子は……一体、今までどこに行ってたの」 これにも一言では答えられず、才人は困ってしまった。 「えっと、それは話すと長くなるんだけど」 予想以上に暖かい母の言葉で胸が一杯になり、才人は何も返せなくなってしまう。 「なんだいあんた、久しぶりに帰ってきたと思ったらずいぶん湿っぽいじゃないか」 そう思いながらも、才人は母の手を払いのけることなどできず、ただ涙を堪えて必死に言った。 「だってさ、俺、母ちゃんにも父ちゃんにも何も言わずにいなくなって」 強張っていた体が自然にほぐれていくのを感じながら、才人は涙を拭って微笑んだ。 「……馬鹿みたいにってのはひどくないか?」 才人が顔をしかめると、天華は悪戯っぽく笑った。 「ただいま、母ちゃん」 天華も優しく微笑んで、労わるように頷いた。 「お帰り、才人」 ほんの少しの気恥ずかしさを感じながら、才人は母と見詰め合う。 「ところで才人。後ろの人たちはお友達かい?」 振り返ると、玄関の扉の陰から、ルイズたちが顔を覗かせていた。 「なんだよお前ら! こっち見んな!」 ルイズは唇を尖らせて反論する。言葉に詰まりながら、才人は慌てて天華の方に振り返った。 「あーっと、母ちゃん、こいつらはさ、その……」 どう説明したものかと迷う才人の肩を、天華が軽く叩く。 「とりあえず上がってもらいなよ。話はそれから聞くからさ」 その母の言葉で、ルイズらは正式に平賀家の客人として迎え入れられることとなった。 「スカッとする食べっぷりだこと。きれいな顔して、豪快なお嬢さんだねえ」 夢中で食事に没頭するシルフィードを見て、天華は感心したように息を吐く。才人としては苦笑するしかない。 「さて、それじゃ、ボチボチ事情を説明してくれや、才人」 ネクタイを外した父が、ソファに腰掛けて言った。 「お前がこの一年間ぐらいの間、一体どこにいて何をしていたのかを、よ」 才人は頷き、異世界に行っていたことや、そこで数々の冒険をこなしてきたこと、 「大変だったんだねえ、あんたも」 話を聞き終わった天華は、感心したように大きく息を吐いた。 「え、それだけ?」 天華はきょとんとして首を傾げた。 「いや、そんなアッサリ信じてもらえるとは思ってなくてさ」 ぴらぴらと手を振りながら、母が苦笑する。 「母ちゃんたちはね、商売柄、一般的には非現実的って言われることには多少慣れてるのさ」 天華から意地悪げな視線を向けられて、才蔵は気まずげに目をそらした。 「仕方ねえだろ、息子がピンチだってのに正体明かさないでいる訳にもいかなかったし」 からかうように笑ったあと、天華は安心させるように才人に言った。 「父ちゃんから聞いてると思うけど、母ちゃんたちは普通の人たちとはちょっと違う仕事もやっててね。 ミョズニトニルンを倒したときの、人間離れした父の戦いぶりを思い出しながら問いかけると、 「まあ、そういうことも多少は出来なくはないけどね。わたしは少し別かねえ」 両親がそんな人種だったなどとは夢にも思っていなかったので、才人は感心するやら呆れるやらである。 「ごめんね、今まで内緒にしてて」 才人は慌てて手を振った。 「いや、別に怒ったりはしてねえよ。ただ、あんまり話が急展開すぎてついていけないだけでよ」 天華と才蔵は、顔を見合わせて苦笑した。 「まあそうだろうね」 母も父も調子を取り戻したようで、才人はほっとする。 「あの」 と、そのとき、黙って話を聞いていたルイズが会話に割り込んできた。 「あら、あなたは」 才蔵と天華の問いかけに、ルイズは淑やかに頷いた。 「はい。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します」 立ち上がる二人の前に、思いつめたような顔で歩み出てきたルイズは、黙ってその場に膝をつき、静かに頭を垂れた。 「おいルイズ、一体何を」 慌てて止めようとする才人の声を無視して、ルイズは厳かに切り出した。 「……故意ではなかったにせよ、私はお二人のご子息を本人の意思とは無関係に異世界に連れ去り、 ルイズはさらに深く、頭を下げる。 「ルイズさん。それを言ったら」 からかうように、才蔵が笑った。 「ウチの馬鹿息子は、ここにいらっしゃる皆さんに同じことをしてしまったことになりませんかな」 ルイズははっとしたように顔を上げた。 「いえ、それは確かにそうかもしれませんが……」 口ごもるルイズの顔を、天華がいたわるように覗き込む。 「いいんですよ、そんな風に思いつめなくても」 反論しかけるルイズを、天華はやんわりと遮った。 「才人がちゃんと無事に帰ってきてくれただけで、満足しているんです。 ここぞとばかりに、才人もフォローに入った。 「そりゃ確かに、最初に召喚されたときは迷惑な話だと思ったけどよ。 才蔵と天華も、何度か頷いて才人の言葉を肯定した。 「そうですよ。この馬鹿はどんな危ないとこでも平気ではしゃぐような、いい加減な奴なんですから」 再会したときの温かさはどこへやら、早速以前同様息子をこき下ろす両親に、才人は少々げんなりする。 「ねーねー、もうなくなっちゃったのねー」 見ると、テーブルの上に並んだいくつもの皿が、ほとんど空になっている。 「あら、ホントに豪快な食べっぷりだね」 目を丸くする天華の脇をすり抜けたタバサが、手にした杖を思いっきりシルフィードの頭に振り下ろした。 「いたいのね、何なさるのお姉さま!」 ゴン、ゴン! と鈍い音が響き渡り、シルフィードは頭を押さえてさらに悲鳴を上げる。 「いたいいたいいたいいたい!」 ゴン、ゴン! と使い魔を何度も殴ったあと、タバサは天華に向かって頭を下げた。 「ごめんなさい」 天華は苦笑してタバサをなだめた。 「いいんですよ、ウチの男どもは注文がうるさいから、こんな風に綺麗に食べてもらったらむしろ嬉しいぐらいだもの」 珍しく強い口調で食い下がるタバサを、天華は優しい目で見つめた。 「ルイズさんもそうだけど、異世界のお嬢さんはまだお若いのに、皆礼儀正しいみたいね。 微笑みながら、天華は自然な手つきでタバサの頭を撫でる。 「あらごめんなさいわたしったら」 天華は慌てて手を引っ込めた。 「ついつい自然に手が……気を悪くしないでちょうだいね」 タバサは気恥ずかしげに、頬を染めて俯いてしまう。 「でも、確かにちょっと困っちゃったね」 慌てて断ろうとするアンリエッタに、天華が気楽そうに手を振る。 「いえいえ、息子がお世話になったお礼もありますし、遠慮なく召し上がってくださいな。 そんな風に言われて、アンリエッタは困ったように傍らのアニエスを見る。 「恐れながら、ここはお言葉に甘えさせてもらった方がよろしいかと。 アンリエッタがまだ迷う素振りを見せたとき、不意に誰かの腹が盛大に鳴った。 「や、これは失敬」 ギーシュが照れたように頭をかいている。 「ちょっとは空気読みなさいよあんた」 モンモランシーがいつものようにギーシュをはたき、その場が明るい笑い声に包まれた。 「じゃ、決まりだね。才人、父ちゃんと一緒にスーパーまで買い物に行ってきておくれ」 ほぼ同時に不平を唱えるダメ親子を、天華が一喝した。 「黙りなこのぐーたらども! はるばる異世界からいらっしゃったお客様に、買い物を押し付けるつもりかいあんたらは!」 そう言われては断ることも出来ず、二人は渋々買い物に出かけることになった。 4 名前: 平賀さん家へいらっしゃい [sage] 投稿日: 2007/10/09(火) 01:54:06 ID:TKjJ33zv 夜の静けさの中、才人と才蔵は近所にある24時間営業のスーパーにやって来た。 「ったく、帰ってきたばっかだってのに人使いが荒いぜ母ちゃんは」 いまいち納得できないでいる才人の隣で、才蔵はキャベツ片手に首を傾げた。 「なあ才人。お前の友達はこっちの世界の食いもん食えるのか?」 そんな取りとめもない会話を交わしていた才人は、ふと何気なく周囲に目をやった。 「ん、どうした?」 才人はむず痒いような感覚を覚えながら首を振った。 「なんかさ、ホントに帰ってきたんだなあって思ってよ。 才蔵がトマトを買い物籠に放り込みながら苦笑する。 「なあ父ちゃん、さっき、母ちゃんは忍者じゃねえって言ってたけど」 才蔵は一応返事をしたが、二つの玉ねぎの内どちらが大きいかを見極める方に神経を注いでいるらしい。 「でも、やっぱりなんか漫画みてえな力持ってんだろ」 才蔵はいやなことでも思い出すように、ゴボウを選びながらうんざりとため息を吐いた。 「少なくとも、俺は素手じゃ母ちゃんには勝てん」 才人はごくりと唾を飲み干した。 「母ちゃんも、メイジなのか!?」 思わぬところでハルケギニアと地球との接点を見つけたかと思いきや、才蔵はあっさりと首を横に振った。 才蔵は苦笑した。 「なに、その内嫌でも分かるさ」 そう言ってから、ふとどこか遠くを見るような眼差しで、才人を見つめた。 「本当は、お前には一生隠し通すつもりだったんだがな」 その瞳が深い哀しみを湛えているように見えて、才人は少しどきりとする。 「ま、今更言っても始まらねえけどよ」 だが、その表情は一瞬だけで、才蔵はすぐに意地悪そうな笑みを浮かべた。 「しっかし、お前も相変わらず抜けてるよなあ」 何のことか分からず、才人は困惑する。 「何がだよ」 くくっとかみ殺すように笑いながら、才蔵は食料品が一杯に詰まった買い物籠をレジに載せる。 食料品でパンパンになったスーパーのビニール袋を持って、才人と才蔵は帰宅した。 「何やってんの、皆」 声をかけた段になってようやく才人たちが帰ってきたことに気付いたらしく、友人達は一斉に顔を上げてこちらを見る。 「なんだよお前ら、その顔は」 嫌な予感を覚える才人に、ルイズがニヤニヤしながら言った。 「サイト。あんた、七つになるまでおねしょが治らなかったんだって?」 続いてギーシュが肩を震わせながら言った。 「八つのときには探検に出かけて、沼で溺れかけたそうじゃないか」 天華がケラケラ笑った。 「母ちゃん、何俺の恥ずかしい秘密をばらしてんのよ!?」 天華は怒る才人の目の前で、これ見よがしにアルバムを捲っている。 「止めろよぉぉぉぉっ!」 才人は叫びながら飛び掛ったが、天華は片手でアルバムをつかみ、余裕の動作でヒラヒラ避ける。 「なに恥ずかしがってんの。誰にだって子供の頃はあるじゃないの」 才人は必死に追いかけるが、どうしても天華に翻弄されてしまう。 「おやおや、しばらく見ない内にずいぶん動きが良くなったみたいじゃないか」 その追いかけっこは才人がバテるまで続いたが、結局アルバムを奪取することは出来なかった。 「ちくしょう、なんで捕まえられねえんだ」 ぜぇぜぇ言いながら床に横たわる才人に、天華がからかうような笑い声を降らせてくる。 「じゃ、後は皆さんで楽しんでちょうだいな」 天華はまたテーブルにアルバムをおくと、張り切った様子でエプロンの紐を結びなおした。 「さ、それじゃあ晩御飯の支度をしましょうかね」 台所に向かう天華を、シエスタとティファニアが追いかける。 「あら、ごめんなさいね。それじゃお言葉に甘えちゃおうかしら」 台所から楽しげな声と共に、包丁で食材を刻む音などが聞こえてくる。 「クソッ、本当に母ちゃんも人外なんだなあ」 ぼやき、嘆息しつつソファに座り直す才人の後ろから、才蔵が顔を突き出した。 「オイ才人」 父が真剣な顔でそんなこと言うので、才人はますますうんざりした。 「息子にそういう生々しい面見せるのはやめてくれよ父ちゃん」 真面目くさった顔でうんうんと頷く才蔵の顔に、才人は自分との血の繋がりを感じて切なくなる。 「なんだよ……って、コルベール先生。どうしたんスか」 見ると、コルベールが興奮した面持ちでテーブルの上のアルバムを指差している。 「サイト君。あのシャシンというのは一体どういう原理になっているのかね。 好奇心に瞳を輝かせ、コルベールは矢継ぎ早に質問してくる。才人は苦笑した。 「マイペースッスね、先生……父ちゃん、悪いけど相手頼むわ」 艶っぽい微笑を浮かべて近づいてきたキュルケを見て、才蔵が口笛を吹いた。 「やあ、こりゃまたきれいなお嬢さんだな。こちらこそ、向こうでの才人の様子についてじっくり聞きたいところで」 そのとき台所の方から包丁が飛んできた。才蔵の鼻先をかすめ、軽い音と共に壁に突き刺さる。 「父ちゃん? まさか、息子のお友達に不埒な真似しようってんじゃないよね?」 才蔵はへこへこしながら慌てて居間の隣の部屋に向かう。 (尻に敷かれてんなあ、父ちゃん) 才人はまたも変なところで父と自分の血のつながりを自覚して、少々切ない気分になる。 「サイト!」 声を揃えてそう言うのは、目を血走らせたギーシュとマリコルヌである。 「どうした、いきなり何言い出すんだよお前らは」 相変わらず正直な連中である。才人は苦笑して手を振った。 これは本当のことである。 「ははは、白を切ろうったってそうはいかないよ、君」 そんな女の子のことなど記憶にないので、才人は困惑した。 「誰のこと言ってんだ、お前ら」 才人の脳裏に一人の少女の姿が浮かぶ。 「ああ、その子なら多分お隣の千夏」 そこまで言いかけたところで、才人は不意に背筋に悪寒を感じた。 「オイ犬」 ドスの利いた声。見た目どおり、怒り心頭らしい。 「はい、なんでございましょうご主人様」 才人は自然とソファの上で正座をしていた。ハルケギニアで培われた悲しい習性である。 「これについて、何か言い訳することはありますか」 どれだ、と思って見てみて、才人の顔から血の気が引いた。 「不思議ねえ。わたしには、この、横にいるビッチの余計な脂肪をあんたが凝視しているようにしか見えないんだけど」 ルイズの言うとおりである。 (そんな過去が、まさか今この場で命の危機として立ちふさがろうとは……!) 才人の背筋を冷たい汗が滑り落ちる。 「落ち着けルイズ。そもそもこれはお前と会うずっと前の話でだな」 叫びながら、ルイズが懐から杖を取り出す。 「ふふ。あんた、そんなにあの部分につく余計な脂肪が好きなんだ。 また余計なことを言ってしまったと、才人はなおさら青ざめる。 「分かったわ。あんたのこの悪癖は、どうやら生まれついてのものらしいわね。 恐れおののく才人の前で、ルイズは杖を振り上げる。 「死にさらせこの」 背後からかかったのん気な声に、ルイズは慌てて杖を隠す。 「お、お母様!」 天華がうっとりと頬に片手を添える。 「さ、晩御飯の支度が出来ましたから、皆さんテーブルに座ってくださいな。 天の助けとばかりに才人が駆け出そうとしたところ、天華がすれ違い様に囁いた。 「あんたもホント、変なとこばっかり父ちゃんに似るね」 どうやら、何もかもお見通しらしかった。 「タバサ。どうした、何かあったか」 聞くと、彼女はいつもの無表情のまま淡々と言った。 「胸部の脂肪は激しい運動を阻害する。客観的に見て、少ないほど生物的には有利であると思われる」 意味が分からず聞き返したが、タバサは黙って踵を返し、居間に下りてしまった。 そんなこんなで、その日は騒がしい夜となった。 「いやあ、ずいぶん賑やかだねえ、相棒」 テーブルに立てかけられたデルフリンガーの声に答えつつ、才人は苦笑した。 「ま、とりあえず、父ちゃんと母ちゃんが皆を受け入れてくれてよかったよ」 そう言いつつも、とりあえず初日が平穏無事に済みそうな流れに、才人はほっと息を吐いたものである。 ――終わり。 |
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