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Last-modified: 2008-11-10 (月) 22:49:51 (5638d)

350 名前: 平賀さん家へいらっしゃい〜初めの夜〜 [sage] 投稿日: 2007/10/23(火) 01:11:17 ID:wgl8rEN/
 飲みすぎたためか緊張から解放されたためか、ハルケギニアの面々はそのほとんどが十二時前には
寝入ってしまっていた。
 唯一アニエスだけは正気を保ち、すやすやと眠っているアンリエッタを、才人の両親の寝室に運び
込んだ。今夜は寝ずの番をするという。
 コルベール、マリコルヌ、ギーシュは隣の部屋で雑魚寝、キュルケとシルフィードとティファニア
は空き部屋に布団を敷き、ルイズとシエスタとタバサは才人の部屋で休んでもらうことになっている。

「やっと終わったか」

 ルイズたちを自分の部屋に運び終えた才人は、居間に戻ってきてほっと一息吐いた。
 平賀親子は、今夜はこの部屋に布団を敷いて雑魚寝する予定になっている。
 才人としては久々に自分の部屋のベッドで寝たいというのが本音だったが、さすがに親の手前、同
年代の女の子と同じ部屋で眠る訳にはいかないのだった。

「でも、びっくりしたよ母ちゃんは」

 台所で洗い物をしながら、天華がおかしそうに笑う。

「あんた、女の子たちをひょいひょい運んじゃうんだもんね」
「皆が軽いんだよ」
「いやいや、それでも、前までのあんたならあそこまで軽々とは運べないはずだよ。
 ホント、いろいろあったんだねえ」

 母のしみじみとした言葉に少々照れくささを覚えながら、才人はテーブルに座った。

「よ、お疲れさん。まあ飲めよ」

 向側に座った才蔵が、赤い顔で缶ビールを勧めてくる。幸せそうなその顔に、少々呆れてしまう。

「おい酔っ払い。俺は一応まだ高校生だぜ」
「何言ってやがる、異世界じゃ散々飲んだくれてたらしいじゃねえか」
「うわ、誰から聞いたんだそんなこと」
「あの色男……ギーシュ君だったか? 彼が、異世界でのお前の様子を嬉しそうに話してくれたのさ」
「あの野郎、明日の目覚ましはパワーボムにしてやる」

 ブツブツとギーシュへの恨み言を呟きつつも、才人は缶ビールのプルタブを開ける。
 才蔵が嬉しそうに自分の缶ビールを持ち上げた。

「よし。じゃ、我が家の馬鹿息子の帰還に乾杯だな!」
「おう。麗しき馬鹿親父殿との再会に乾杯だぜ」

 軽く缶を合わせたあと、一口だけ飲む。
 ハルケギニアでは基本的にワインばかり飲んでいたから、ビールの苦味はなかなか新鮮だった。

「しっかしまあ、ビックリしたなあ」
「何がだよ」
「父ちゃんたちだよ。まさか、俺がしらないところで、あんな漫画みたいなことやってるとはなあ……」
「ああ、そのことな」

 父は顔の前で両手を合わせた。

「内緒にしてて、ホント、すまんかった! お前には平穏無事な人生を歩んでほしかったもんでなあ」
「いや、別にいいんだけどさ、ただ」
「ただ?」

 不安だった。
 目の前の父は、以前の無口な(振りだったらしいが)サラリーマンとは、かなりかけ離れている。
 副業が忍者だったことといい、ひょっとしたら中身も自分の知っている父とは全く違うのではない
かと思うと、怖かった。
 言葉が続けられなくなってしまったとき、才人の後ろから細い腕が伸びてきた。
351 名前: 平賀さん家へいらっしゃい〜初めの夜〜 [sage] 投稿日: 2007/10/23(火) 01:12:45 ID:wgl8rEN/

「ほら、お飲みよサイト」

 目の前に椀を一つ置いた天華が、にっこりと笑う。
 椀から立ち上る懐かしい香りが、才人の鼻腔をくすぐった。自然と背筋が震えてくる。

「味噌汁、か」

 呟く声も震えている。天華が才蔵の隣に座りながら苦笑した。

「あんた、ずいぶん母ちゃんの味噌汁飲みたがってたそうじゃないか。
 女の子達が、すぐにでも作って食べさせてあげてって頼んできたぐらいさ」
「へえ。やっぱ、外に出りゃ家が恋しくなるんだな」

 からかうような才蔵の台詞に、冗談を返す余裕もなかった。
 才人は震える手をお椀に伸ばし、一口、口をつける。塩辛い味噌の風味が口いっぱいに広がった。
 目に涙が浮かんでくる。

「おいおい、味噌汁飲んだだけで泣くなよな」
「だってよ、ずっと食ってなかったからさ」

 才人は目元を乱暴に拭いながら照れ笑いを浮かべた。もう一口味噌汁を啜って、大きく息を吐く。

「やっぱ、母ちゃんの味噌汁はうめえや」

 あまり長々と感想を言うと本格的に泣き出してしまいそうだったので、才人は何とかそれだけ言った。
 その様子を見た天華と才蔵が、どこか安心したようにほっと息を吐いた。

「どうしたんだ?」

 怪訝に思って聞くと、両親は顔を見合わせて決まり悪そうに微笑んだ。

「いや、なんだな」
「なんかね、安心したんだよ」
「安心って、何が?」
「ほら、お前、なんか異世界でいろいろ危ない目に遭ってたって言うからよ」

 才蔵が頭を掻く。

「なんか、中身の方も殺伐とした感じに変わっちまってるんじゃねえかって、おっかなくてよ」
「だよね。でも安心したよ。あんたは相変わらず、間の抜けた平賀才人君みたいだね」

 両親が揃って才人を見る。眼差しには深い優しさと労わりがあった。

「間の抜けた、って、ひでえなあ」

 遠慮のない評価に少し笑ったとき、未だかすかに残っていた緊張が、体から完全に消え去るのを感じた。

(俺が、父ちゃんや母ちゃんが変わっちまったんじゃねえかって怖かったのと一緒で、
 父ちゃんや母ちゃんも、俺が変わっちまったんじゃねえかって怖かったんだな)

 だが、現実は優しかった。
 自分は殺伐とした性格になどなっていないし、父や母も自分の知らなかった一面があるというだけで、
眼差しの暖かさは以前と全く変わっていない。
 もっとも、以前は両親の眼差しの暖かさなどには全く気付いていなかったのだが。

(それに、何より)

 才人はまた味噌汁を一口啜った。
352 名前: 平賀さん家へいらっしゃい〜初めの夜〜 [sage] 投稿日: 2007/10/23(火) 01:13:59 ID:wgl8rEN/
(味噌汁の味、少しも変わってねえもんな。帰ってきたんだなあ)

 しみじみと改めて実感する。

「あ」

 と、才人は不意にあることに気がついた。

「やべえ、そういえば」
「なんだ」
「どうしたの」

 両親が驚き、身を乗り出してくる。才人は椀を置き、顎に手を当てて思案し始めた。

「どうしようかな。やべえよなあ、これ」
「なんだってんだよ」
「なんか、危ないことなのかい?」

 才人に合わせて、両親の声と表情もどんどん深刻なものになっていく。

「いや、あいつらのさ」
「おう」
「なんだい」

 一言も聞き漏らすまいとするかのように顔を寄せる両親に、才人はゴクリと唾を飲み込み、言った。

「飯の話なんだけど」

 一瞬の間の後、

「……は?」
「なんだって?」

 両親が聞き返してきた。才人は繰り返す。

「だから、飯の話」
「飯だぁ?」
「どういうことさ」
「いや、俺もホームシックにかかって味噌汁飲みたくなったしさ。
 あいつらも、ハルケギニアにいたときと同じようなもの食いたくなるんじゃないかなーって。
 どう考えたって、日本食が口に合う訳ねえしなあ……いや、シエスタならあるいは……」

 ブツブツと口に出しながら考える才人の前で、両親は顔を見合わせて呆れたように笑った。

「なんだ、そんなことかよ」
「そんなこと? 深刻な問題だろこれは」
「世の中には、そんなことよりもっと深刻な問題があるんだよ」

 天華が言うと、才蔵が「そうそう」と頷いた。

「俺はてっきり、さっきのあの妙な姉ちゃんがまた襲ってくるとか、そういうのかと思ったんだぜ」
「妙な姉ちゃん? ああ、ミョズニトニルンね」
「ミョズ……なんだって?」

 眉をひそめる才蔵に、才人はミョズニトニルンのことを簡単に説明してやった。

「ふーん。マジックアイテムを自由に使う残酷な女、ねえ。やっぱ危ねえ女だったんだな」
「っつっても、こっちの世界にはマジックアイテムなんかねえし、ほとんど無力なんじゃねえの?」

 才人が言うと、才蔵は真面目な顔で首を横に振った。
353 名前: 平賀さん家へいらっしゃい〜初めの夜〜 [sage] 投稿日: 2007/10/23(火) 01:15:24 ID:wgl8rEN/
「いや、そんなの関係ねえだろ。問題は、その女がこっちに殺意持ってるってことなんだからよ。
 別に、マジックアイテムなんかなくたって、ナイフ一本ありゃ人は殺せるんだぜ?」
「……それもそうか」

 才人は唸った。確かに、早計だったかもしれない。
 あの無茶苦茶に強いゴーレムを倒したから、もうミョズニトニルンなど相手にならないなどと思い込んでいた。

(でも確かに、あんだけズルっこくて、ジョゼフに忠誠誓ってる女だもんな。
 オマケに俺らに殺意持ってんだ。こっちの世界でも、何かえげつない手を使ってくるかもしれねえ)

 飯のことなど考えている場合ではなかった、と反省する才人に、才蔵が苦笑した。

「なんだ、その辺全然気にしてなかったのかよお前」
「だってよ、いろいろありすぎたし」
「ま、無理もねえか。しかし、そうだなあ」

 才蔵が顔をしかめながら、頭の後ろで腕を組む。

「そういう危険があるってんじゃ、やっぱこの家だといろいろ不便だよな」
「不便っつーと?」
「庭狭いから、仕掛けられるトラップにも限度があるだろ」
「トラップって」

 聞きなれない単語である。
 だが、父の正体を知ってしまった今となっては、驚くべきことだとも思わなかった。

「それに、俺ら三人だけならともかく、こんだけ人数が増えたんじゃ、全員には手が回らんかもしれんからな」
「そんなもんか?」

 ヨルムンガンドを破壊したときの漫画じみた戦い方を思い出すと、たとえどんな敵が何人来ようが
平気で叩きのめそうな気がする。
 そんな才人の期待じみた予想に反して、才蔵は困ったように頬を掻いた。

「いくら俺が鍛えてたって、一人でやれることには限界があるんだよ。
 一人守ってる間にもう一人がやられました、じゃお話にならんからな」
「そうだよ。平賀家は、異世界の皆さんのことを預かる立場になった訳だからね。
 責任持って、あの人たちの身の安全を確保しなけりゃならないよ」
「そうか。そうだな、その通りだ」

 両親の言葉に同意はしたものの、才人には分からないことがあった。

「でもよ、具体的にはどうすんの? この家じゃ、皆を守るのは難しいんだろ?」
「一応、考えはあるさ」
「っていうと」
「親父の力を借りる」
「親父って、源じーちゃんか?」

 言いながら、才人は遠くで暮らしている祖父の姿を思い浮かべる。
 常に人懐っこい笑みを浮かべている皺だらけの顔。
 年の割に子供っぽい老人で、遊びに行ったときはよく才人の相手をしてくれたものだ。

354 名前: 平賀さん家へいらっしゃい〜初めの夜〜 [sage] 投稿日: 2007/10/23(火) 01:16:30 ID:wgl8rEN/

「ひょっとして、源じーちゃんも、実は凄い人だったりすんの?」

 訊くと、才蔵はにやりと笑って頷いた。

「そうだ。本当は、かなりエキセントリックな爺さんなんだぜ」
「エキセントリック、ねえ。具体的には、どんなの?」
「源じーちゃんの名前を思い出せば、大体分かるだろ」
「やっぱそうか」

 才人は半ば呆れ混じりに、感嘆のため息を吐いた。
 祖父の名前は、平賀源内なのである。
 それだけで、本当はどんな人物なのか多少想像がつくというものだった。
 源内は今現在はアメリカのアーカムというところに行っていて、日本にいないらしい。

「なんか、知り合いのなんとかって博士に会ってくるとか言ってたっけかな。
 ま、あの親父がこんな面白いこと放っておくはずねえし、呼べばすぐに飛んでくるだろうよ」

 とにもかくにも、明日源内を呼んで相談してから決めることになった。
 その日の平賀家家族会議はそれでお開きである。
 才人は早々に居間に敷かれた布団の中に潜り込み、すぐにグースカと寝息を立て始めた。

「相変わらず、変に図太い奴だなあ」

 呆れる才蔵の隣で、天華が穏やかに目を細める。

「いいじゃない。本当に、無事に帰ってきてくれてよかったよ」
「まあな。しかし、異世界か。俺やお袋の情報網でも探し出せなかったから、どこに行ってるのかと思いきや」

 才蔵は憂鬱な気分になった。

「こいつには、平穏無事な人生を送ってもらうつもりだったんだがな。
 結局変なことに巻き込まれちまったのは、やっぱり血筋なのかねえ」
「そうかもしれないね。これからも、たくさん危険な目に遭うかもしれないよ」

 天華の眼差しに憂いの色が混じる。才蔵は努めて気楽に笑いながら、そっと妻の肩を抱いた。

「こいつなら大丈夫だよ。さすが俺達の息子だ。
 何も教えてねえのに、向こうでも案外たくましくやってたみたいだしな」
「そうねえ。ルイズさんやシエスタさんも、そんな風に……ああ、そうそう」

 天華が軽く手を打って、どことなく悪戯っぽい笑みを浮かべて問いかけた。

「ねえあんた。今日来た女の子たちのうち、誰がわたしらの義理の娘になってくれると思う?」

 才蔵も茶目っ気たっぷりに応じた。
355 名前: 平賀さん家へいらっしゃい〜初めの夜〜 [sage] 投稿日: 2007/10/23(火) 01:18:02 ID:wgl8rEN/
「そうだなあ。一番開けっぴろげに好意を示してるのは、やっぱあのシエスタって子だよな。
 本職のメイドさんってだけあって家事万能みたいだし、嫁にする分には申し分ねえだろうな。
 何より乳と尻もでかいし、あれはいい子を産むゲフッ」
「何馬鹿なこと言ってんだい、このセクハラ親父」

 肘鉄をモロに脇腹に喰らってむせる才蔵の隣で、天華が頬に指を当てる。

「ルイズさんも、素直になれてないだけで、なかなかこの子のこと気に入ってくれてるみたいだよね。
 才人の方もどうやら本命はこの子っぽいし。まあ、尻に敷かれるのは確実だろうけどさ」
「あのタバサってちびっ子も、終始無表情な割に視線がチラチラ才人の方見てた。
 ありゃ、かなり気にしてるぜ。頭も良さそうだし、何より謙虚で控え目だ。きっと、献身的に尽くしてくれるだろうよ」
「女王様、って呼ばれてた子はどうかねえ」
「あー、あの子か。綺麗だが、なんかこう、苦労してそうな感じだったな。
 どうかね。才人にあんな子が支えられるかどうか……」
「ティファニアさんも、彫刻かなんかみたいに綺麗な割に、凄く素朴で可愛い子だったね。
 才人のことどう思う、って聞いたら、『優しくて勇敢な男の子だと思います』なんて言ってくれたっけ」
「ほう。そりゃ脈ありだな。……っつーかあの子、乳スゲェよな」
「このセクハラ親父……と言いたいとこだけど、確かにね。あれは最初見たときぶったまげたよ。
 本人気にしてるっぽかったから、顔には出さなかったけど」
「才人にあんな乳が支えきれるかどうか……」
「意味分かんないこと言ってんじゃないよ、もう……
 色黒な子と、いかにも貴族って感じのクルクル髪の子は、残念ながら他に相手がいるみたいだったね。」
「目が鋭い剣士の姉ちゃんも、年離れてるのもあって、才人と恋愛しそうな感じじゃなかったなあ。
 ま、それでもこんだけ候補がいりゃ十分だろ」
「そうねえ。このモグラ息子には勿体無いぐらいだわ。あー、そう言えば」

 天華が苦笑いを浮かべた。

「もう一人、いたよねえ」
「あー、いたな。青い髪の、大喰らいの子。あの子よ、本当は竜なんだぜ」
「竜、ってかい。たまげたねえ、こりゃ」

 天華が感心と呆れが混じったため息を吐き出した。

「でも、それで合点がいったよ。いくらなんでもありゃ食べすぎだったからね」
「だよなあ。溜め込んだ小金が食費で吹っ飛びそうな勢いだったぜ、ありゃ」
「一応女の子ではあるけど、色気より食い気って感じかね、ありゃ」
「まあなあ」

 二人はぎこちなく笑いあった。

「あの子は、とりあえず候補から外しといていいかねえ」
「だろ。さすがに、あれはねえだろうよ」
「よし、そうなると、お嫁さん候補は五人ってことだね」

 天華が張り切った様子で腕をまくる。

「こりゃ、明日から気合を入れないとねえ」
「なんだ、なんかやるつもりなのかよ」
「そりゃもちろん。このモグラ息子に、こんなチャンスだ。
 これを逃したら一生巡ってこないかもしれないんだからね。
 あの手この手を使って、さり気なく売り込むつもりよ」

 気合の入りまくっている様子の天華に才蔵が苦笑したとき、
 不意に上の方から何やらドタバタ騒ぐ音が聞こえてきた。

「何だ」
「何かしら」

 二人は揃って首を傾げ、忍び足で二階に上がっていった。
356 名前: 平賀さん家へいらっしゃい〜初めの夜〜 [sage] 投稿日: 2007/10/23(火) 01:18:45 ID:wgl8rEN/
 才人の腕に抱かれて彼の部屋に運んでもらったとき、実はルイズはまだ起きていた。
 少々酔ってしまって眠気に襲われていたのも事実だったので、少しの間目を閉じて休んでいたら、
眠ったものと判断されたらしく勝手に運ばれてしまったのである。

(要するに、いい迷惑なのよ。別に嬉しくなんかないわ。
 全くこの馬鹿犬、勝手にご主人様の体に触ってんじゃないわよ)

 と、内心で文句を言いながら、ルイズはこっそりと薄目を開けてみる。
 才人はルイズの体を両腕で抱えながら、特に苦もない顔で歩いていく。
 そのくせ階段を上るときなどは足元にかなりの注意を払っていて、ご主人様を落とさないようにと
気を配っているのがよく分かった。
 そういったところから、彼の力強さと自分への気遣いが十分すぎるほどに感じられ、口元がにやけ
そうになるのを抑えるのに苦労したほどである。

(ま、あんたにしては上出来な態度だから、ご主人様の体に勝手に触れたことは特別に許してあげてもいいわ)

 幸せな葛藤に浸っていたとき、ちょうど才人が階段を上り終えた。
 背後から、才人の母が声をかけてくる。

「あんたの部屋に運ぶんだろ?」
「ああ。タバサはもう運んであるし、ルイズとシエスタも俺の部屋で寝てもらうよ」

 ちなみに、シエスタの方は才人の母に抱えられている。

(わたしはサイトに運んでもらって、シエスタはサイトのお母さん)

 つまり、眠り込んだ自分とシエスタを見て、才人は自分の方を優先して選んでくれたということである。
 ちょっとした優越感に、とうとう口元が緩むのを抑えられなくなる。
 単純に、万一運んでいる途中で目覚められたとき、どちらを運んだ方が波風が立たないで済むかと
か、そういう判断基準だったのではないかという気もしたが、とりあえず今は無視しておくことにする。
 蝶番が軋む音が聞こえてきて、才人がどこかの部屋の中に入ったのが分かった。会話の内容から察
するに、おそらく才人自身の部屋なのだろう。彼の部屋を今すぐこの目で見てみたいという衝動が湧
き上がってきたが、なんとか我慢する。

「で、誰をあんたのベッドに寝かせるの?」
「ルイズだな。こいつを床で寝かせたら、明日何言われるか分かったもんじゃねえや」

 そんな会話が聞こえてくる。つまり、自分は才人のベッドで寝て、シエスタは床で寝る、というこ
とになったらしい。ルイズはさらに気をよくした。

(当然と言えば当然だけどね。こいつ、何だかんだ言ってもわたしにメロメロだしー)

 得意の絶頂に上って鼻息を荒くしていたとき、ルイズの体がそっとベッドに横たえられた。

「おー、母ちゃん、俺の布団ちゃんと洗ってくれてたんだな」
「そうだよ。いつ、あんたが帰ってきてもいいようにね」

 そんな会話が聞こえてくる。
 目を瞑ったままなのでよく分からないが、体を包む柔らかい感触から察するに、どうやら才人が毛
布をかけてくれたらしい。
 彼の腕の中から離れたことを実感して、少々名残惜しさを感じてしまう。

「ほら、寝顔見てたいのは分かるけど、早く下降りるよ。起こしちゃまずいだろ」
「分かってるよ」

 小声で交わされる会話を聞いて、ルイズはある事実に気がついた。
357 名前: 平賀さん家へいらっしゃい〜初めの夜〜 [sage] 投稿日: 2007/10/23(火) 01:19:41 ID:wgl8rEN/

(ああ、そっか。今日は、才人と一緒には寝られないんだ)

 仕方がないことだ、とは思う。
 この世界の倫理観がハルケギニアと同一なのかは知らないが、さすがに結婚前の男女が同じベッド
で寝ていい、ということはないらしい。
 昨日までとは違う一人きりの夜を想像して少し寂しくなってしまったとき、ルイズの耳を吐息が
そっとくすぐった。

「お休み、ルイズ」

 心臓が爆発するかと思った。
 声が漏れそうになるのを必死にこらえ、息を止めたまま才人たちが出て行くのを待つ。
 閉められた扉の向こうから階段を降りていく二つの足音が聞こえてくる段になって、ルイズはよう
やく呼吸を再開した。
 ぜいぜい荒く息をしながら、そっと胸に手をやってみる。
 全力で走ったときよりもずっと激しく、そして熱く、薄い胸の内側で心臓が暴れ狂っている。

(なにこれ。なにこれ)

 顔と言わず腕と言わず、体全体が芯から燃え上がるように熱くなっている。
 皮膚一枚隔てた向こう側を、熱い血潮が物凄い勢いで駆け巡っているのが分かった。
 叫びたいほどの興奮と泣きたいほどの恥ずかしさと暴れ出したいほどの怒りと、そして何よりも、
今すぐ素っ裸で走り回りたくなるほどの、圧倒的な幸福感。それら全てがごちゃ混ぜになって、体が
内側から弾け飛んでしまいそうだ。
 どうやっても収まらぬ高揚感を無理に抑えつけるように、ルイズは体を丸めて布団の中に潜り込む。
それでも、やはり爆発的な気分の昂ぶりが抑えきれないので、彼女は布団の中でジタバタともがき始めた。

(もう、反則。これ反則。何してくれちゃってんの、あいつったら)

 限りない労わりと包み込むような優しさに満ちた、才人の囁きを思い出す。
 耳に吐息を感じるほどの距離で囁かれた「おやすみ、ルイズ」という声は、背筋を震わせるほどに
甘美で、暖かかった。

(なんなの一体。いつもはもっと素っ気ないくせに。毎晩あんな風に囁かれたら、わたし、もう)

 ルイズは目を瞑っていたことを後悔した。声音だけでこれほど心を奪われたのだ。一体、あの瞬間
の才人はどれだけ優しい笑みを浮かべていただろうか。
 なんとかそれを再現しようと、再び目を閉じて、必死に彼の微笑を思い浮かべる。闇の中に幾つも
浮かび上がった才人の顔が、一つ残らずこちらに向かって微笑みながら、甘く優しく、穏やかに囁きかける。

『おやすみ、ルイズ』

 体がとろけてしまいそうなほどの幸福感に包まれて、ルイズは思い切り顔をふやけさせた。

「えへ。えへへぇ……おやすみぃ、サイトぉ……」

 締まりのない声が口から零れるのを、どうやっても止められない。
358 名前: 平賀さん家へいらっしゃい〜初めの夜〜 [sage] 投稿日: 2007/10/23(火) 01:22:09 ID:wgl8rEN/
 そうやって、ルイズはしばらくの間一人幸せを噛み締めながら布団の中で悶えていたのだが、ふと
視界の隅に映ったものに気がついて、一瞬で現実に戻ってきた。
 それは、ベッドの端をつかんでいる誰かの手だった。
 無言で布団をどけると、床からベッドに向かって手を伸ばしているシエスタがいた。
 睨みつけてやると、彼女は不満げに唇を尖らせた。

「ずるいんじゃありませんか」
「何がよ」
「ミス・ヴァリエール、一人だけでサイトさんのベッドで眠るだなんて。わたしなんて床なのに」

 ここぞとばかりに、ルイズは勝ち誇って笑った。

「あら、当然の構図じゃない。いやよねえ、サイトったら、命令してもいないのに自然とご主人様に
 自分のベッドを提供してるんだもの。でも良かったじゃない、シエスタだって忘れずに寝床用意し
 てもらってるんだし。まあ、わたしはベッドで、あんたは床だけど。あんたは床だけど。床だけど」
「しつこく繰り返さないでください! とにかく、わたしもそっち行きますからね!」

 怒りながらシエスタがベッドに上ってこようとしたので、ルイズも負けじと彼女の体を押し返す。

「ちょっとあんた、誰の許しがあってこのベッドに上がろうとしてんの? 
 ここは貴族専用よ。貧乏臭いメイドは床で寝なさいよね」
「こんなときばっかり貴族風吹かさないでいただけますか。
 大体、サイトさんの世界に来たからには、貴族がどうとかますます関係ありませんよねえ?」
「それでもわたしたちはハルケギニアの人間でしょうが」
「あら、わたし、この世界の人の血もいくらか混じってるんですけど?」
「あ、そう。それは良かったわね。でもあんたは床で寝なさい」
「何ですかそれ! さっき悶えてたの見てましたよ。どうせ、『いやーん、サイトの残り香ー』とか
 言って興奮してたんでしょ!?」
「そんなことしないわよ、変態じゃあるまいし!」

 すっかりいつもの調子で喚きあいながら、二人はベッドの端で取っ組み合いを始める。
 そのとき、おもむろに彼女らの隣を通り過ぎようとする影があった。

「待ちなさい」

 と、ルイズが手を伸ばしてつかまえたのは、寝惚け眼のタバサであった。

「あんた、なにさり気なくわたしのベッドに入り込もうとしてるの」
「勝手に自分のものにしないでくださいよ!」

 シエスタの怒鳴り声など当然無視である。
 ルイズがタバサの答えを待っていると、彼女はぼんやりしたまま小さく首を傾げた。

「眠いから」
「だったら床で寝なさいよ」

 床にはシエスタだけでなく、タバサの布団も敷いてある。それを指差してやると、彼女は不満げに首を振った。

「寝心地が悪い」
「だからなによ」
「わたしもこっちがいい」

 呟きながら、自分をつかむ手を器用に解いて、コロンとベッドに転がり込む。ルイズは叫び声を上げた。

「ちょっと、やめなさいよ! あんたの臭いがついちゃうでしょ!?」
「やっぱり臭いのこと気にしてたんじゃないですか!」

 タバサを放り出そうとつかみかかりながら、後ろのシエスタには遠慮なく蹴りを浴びせる。
 それが戦闘開始の合図になり、三人は才人のベッド占有権を巡って夜通し騒ぎとおすこととなった。

359 名前: 平賀さん家へいらっしゃい〜初めの夜〜 [sage] 投稿日: 2007/10/23(火) 01:23:25 ID:wgl8rEN/

 そんな三人娘のみっともない騒ぎを、才蔵と天華は部屋の外からこっそりと眺めていた。

「すげえなこれ」
「だねえ。思った以上に、皆才人に夢中みたいだね」

 天華がニヤニヤ笑いながら言う。才蔵の方も、嬉しいながら少々納得いかずにブツブツと呟く。

「なんだかなー。俺の方がナイスミドルでいい男だと思うんだが、才人ばかりが何故モテる?」
「馬鹿なこと言ってないの。オジンに用はないってことだろ」
「ひでえな母ちゃん!」
「いいじゃないの」

 天華は微笑みながら、才蔵の腕に自分の腕を絡ませた。

「あんたがいい男だっていうのは、わたしだけが分かってりゃいいんだからさ」

 囁きながら、才蔵の肩に頬を寄せてくる。
 結婚し、才人が生まれてから十数年は経つが、天華は今でもたまに、こういう悪戯っぽい仕草を見
せることがある。
 そのたび何か上手いジョークで切り返してやろうと思うのだが、大抵頭が熱くなってしまって何も
言えずじまいになるのだ。
 今回もその通りになり、才蔵は金魚のように口をぱくぱくさせることしか出来なくなった。

「なに赤くなってんの」

 天華がからかうように笑いながら、楽しそうに才蔵の頬を指で突いてくる。

「うるせえな、別に何でもねえよ」
「父ちゃんったら照れちゃってもう。そういうとこ、昔っから全然変わんないよね」
「だーもう、うるせー! 布団の中で泣かすぞこら」

 破れかぶれに下品な冗談で誤魔化そうとすると、天華は艶っぽい微笑を浮かべて、上目遣いに才蔵
の顔を見上げてきた。

「あら、あんたがいいなら、こっちはいつでも準備できてるよ?」

 何となく気まずくなって、才蔵は目をそらす。

「……い、いや、今日はちょっと……ほら、才人も横で寝てる訳だし……」
「……なんで普段は下ネタ連発するくせに、いざ本番となると照れまくるのかねあんたは……」
「うるせー! いいから寝るぞ、ほら!」
「はいはい」

 才人の部屋から漏れ聞こえる喧騒を背後に、平賀夫妻は楽しげに階段を下りていった。


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