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Last-modified: 2008-11-10 (月) 22:51:31 (5617d)
メイドになる!前半戦
「…はっ!…はっ!」
まだ朝も明けきらない薄暗いトリステイン学院の中庭でサイトはデルフで素振りをしていた。
「相棒、あんま無理するんじゃねえぞ?」
「ん?あぁ、分かってるよデルフ!」
早朝で人気の少ない中庭を多少広めに使い、敵の動きを頭の中で想像しながら舞う様にデルフを振る。
「今日は!なんだか!早く!目が!覚めちまった!だけ!だよ!」
「最近平和だからなぁ…。ま、平和なのは良い事だが」
「もう7万の軍を1人で止めるとかはしたくねぇなぁ…」
サイトはふと2人がまだ眠っているであろう部屋の窓を見上げた。
ベッドから抜け出る時に2人の乱れたネグリジェ姿に理性を失いそうになったが、事に及んでしまうとご主人様の怒りの一撃があるだろう事が容易に想像できるので、素振りでもして気を紛らわそうと出てきたのだが。
当初は不順だった目的もやり始めるとこれはこれで気持ちがいいのか、素振りにも熱が入り始めている。
「ふー…、流石に疲れてきたなぁ」
「相棒、ここらで一休みしておいた方が良いんじゃないか?30分ぐらいやってるぞ?日も昇ってきたし」
サイトは「ああ…」と頷いてデルフを木に立て掛けて芝生に寝転がった。
最初は時折吹く風に気持ちよさを感じていただけだったが、やはり早く目覚めてしまった事と運動をして疲れた為か、サイトはうとうととし始める。
「相棒、暖かくなってきてるとは言え、こんな所で汗かいたまま寝ると風邪引いちまう」
「んー…、分かってるよ…」
そう言うが、段々とサイトの意識は薄れていった。
シエスタ視点
「ふあぁぁぁ…、何か目覚めちまったなぁ…。まだ日も出てないし、2人とも寝てるか…」
私の隣で寝ていたサイトさんが起きたらしい。
少し前に目が覚めてしまった私は慌てて寝たふりをする。
掛け布団が少し捲れ上がり、ベッドがギシっと軋む音がして床をぺたぺたと歩く音がする。
どうやらサイトさんはベッドから出てしまったらしい。
(寝ぼけたフリをして抱き付けば良かった…)
そう思っても後の祭り、私は耳を澄ました。
サイトさんが着替えてるのだろう衣擦れの音がしている。
音だけを聞いていると、否が応でもサイトさんの裸を想像してしまう。
最近また逞しくなった腕で愛され、沢山イカされた事も思い出してしまった。
(…朝からこんな妄想して、駄目ですっ!)
私はぶんぶんと頭を振る。
「よう、相棒。今日は随分と早いじゃねぇか」
デルフさんの声で我に帰った私はまた息を潜めて耳を澄ます。
「ん、あぁ…、なんか目が覚めちまってさ。折角だから中庭で素振りでもしようと思って」
「おう、早朝から自主鍛錬とは珍しい。んじゃま行きますか」
ドアを開ける音がしたので私はそっと薄目を開けた。
「…ご主人様、あまりご無理をなさいませんように。あとでタオルなどお持ちいたしますね…」
私はサイトさんに聞こえないぐらいの小さな声で呟く。
ドアが閉まり、廊下から聞こえる声が完全に消えたところで私もベッドから出た。
着替えてから厨房に寄って、少し軽食を作って行けば丁度サイトさんの鍛錬も一息つく頃だろう。
(申し訳ございません、ラ・ヴァリエール。ポイント稼がせていただきますね♪)
普段ならともかく、恋の事となると相手が誰であろうと引くわけにはいかない。
私はメイド服に着替え、心の中で数多く居るライバルの1人に謝ってから静かに部屋を出た。
ルイズ視点
「…ふぁー…ん…ふゃぁぁ〜…さいとぉ〜…」
私は起き抜けのまだはっきりとしない意識の中で大好きな人の名前を呼びながら、その人が寝ている方へわざと寝返りを打つ。
普段なら大きな胸か背中が私を受け止めてくれるのだが、今日はそのままひんやりとしたベッドが私の身体を受け止めた。
大好きな人の感触と温もりがないことを感じた私の意識が急速に目覚めていく。
嫌な記憶がよみがえる…。
アルビオン軍7万を単騎で止め、一時は生存を絶望視されていた頃の嫌な記憶が。
「――っ!?サイト!?」
私はベッドから飛び起き、部屋の中を見回した。
でも、部屋にサイトの姿は無い。
それに同じベッドで寝ているはずのシエスタの姿も無かった。
私の中である1つの考えが浮かぶ。
(ま、まさかあの犬ぅ!シエスタとどこかで盛ってるんじゃないでしょうねぇ!?)
もしそうだとしたら思いっきり吹っ飛ばしてやる…。
私は急いで着替え始めた。
部屋を出る前に空気が少し篭っていた事に気付いた私はカーテンを開け、窓を開ける。
(あ…、居た…)
私が学院中探すまでも無く、あっさりと見つかったサイトは中庭の木の下で横になっていた。
すぐ傍にデルフが立て掛けてあるのを見ると素振りでもしていたのだろうか。
私は自分の怒りがさっと静まっていくのを感じた。
「まったく…、心配掛けさせるんじゃないわよぉ…」
私は苦笑しながら溜め息をつき、素振りをしてたのなら汗掻いてるわよね、と思って椅子に掛けてあったタオルを掴むと急いで中庭に走っていった。
(私が近づいても起きなかったら、抱き付いてそのまま襲っちゃうんだから!)
なんて少し不埒な事を考えながら。
ティファニア視点
「男の人はメイドに弱いもの…」
わたしは朝も明け切らぬ内から、昨日の夜ベッドの中で読んだ本の内容を反芻する。
調べ物のついでにちょっとした好奇心から一緒に借りてきてしまった、いわゆる男女のHow to本。
夜読んでる時は、内容のあまりの過激さに真っ赤になって、その…、1人でしてしまった…。
一晩経つとようやく少しは冷静に判断できるような頭になっていた。
(メイドなんて言われてもー…)
わたしはベッドの中で頭を抱えながらごろごろ転がる。傍目から見ればかなり危ない人かもしれない…。
(そりゃあ、わたしだって女の子だし…、サイトともっと色々してみたいとは思うけど…)
…少し想像してみた。
わたしがメイドになって、サイトがご主人様。
ちょっと小さめのメイド服を着ておいて、サイトに見せ付けるように動いてみたりとか…。
ご飯も作ってあげて、わざと失敗してお仕置きしてくださいとか…。
(…って!目的も手段も全部エッチな方向じゃないのっ!)
でも、そういう事をしたくないってわけじゃない…。ううん、してほしいって私も思う。
何時もはサイトから誘ってくるけど、受身ばっかりじゃ他の手強いライバル達に取られちゃうかもしれない。
(それだけは絶対に駄目。私も積極的にならないと)
わたしはベッドから起き上がり、まずは身だしなみを入念に整え始める。
顔を洗ってさっぱりしたら部屋が女の匂いで充満している事に気付いた。
(はう…、夜に何回もしちゃったから…)
慌ててカーテンと窓を全開にした。
まだ太陽も昇り始めたばかりだけど、雲ひとつ無くとても気持ちのいい朝。
わたしは1つ大きな伸びをして部屋に戻ろうとした時、視界の隅に何かを見つけた。
(あれ…、サイト?)
目を凝らしてよく見ると間違いなくサイトだった。
デルフさんを木に立て掛け、その傍で横になっている。
(素振りでもしていたのかしら…。これって積極的になるチャンスですよね)
タオルとか飲み物を持って行ったらサイトはきっと喜んでくれる。そう考えたわたしは急いで準備を始めた。
「待っててね、サイト!」
タバサ視点
私は夢を見ていた。
どこかの平原で私はその人と並んで座っている。少なくともハルケギニアでは無いように思う。
ハルケギニアには月が2つあるはずなのに、今見ている夜空には大きな月が1つしかなかったから。
少し似ているけれど、何かが違う景色に私は素直に感動した。
「綺麗…」
私はじっと月を見上げながら呟いた。
隣に座っている人はそっと私の肩を抱き寄せて「あぁ」と答えてくれた。
たったそれだけの事のはずなのに、私の胸にとても温かいものが溢れてくるのが分かる。
「…幸せってさ、こういう事なんだろうな。……シャルロットは幸せ?」
抱き寄せられた腕でそのまま私の頭を撫でてくれながら聞いてきた。
「…うん」
そう答え、私は彼の肩にもたれかかる。
とくんとくん、と彼の鼓動の音が聞こえる。
(私とこうしているだけなのに、貴方も幸せを感じてくれているんだ。)
そう感じるととても嬉しい。
「シャルロット…」
右手が私の顎を持ち上げる。彼と見つめ合い、私はゆっくりと目を閉じた。
「お姉さま!私にそんな趣味はないのねー!」
感じるはずの彼の唇は布のような感触に阻まれてしまった。
(折角の夢…)
私は怒りを抑えながら無言で杖を取り出した。
「ウィンドハンマー…」
「きゅいーーーー!?」
シルフィに至近距離でウィンドハンマーが直撃し、余波で部屋の空気が一気に爆発した。
「ひどいのね!お姉さまが寝惚けて私にキスしようとしてきたから避けただけなのに!」
言われて夢の内容を思い出した。
「サイト…」
私は夢の中で愛を囁いてくれた思い人の名前を無意識に呟いていた。
朝から押しかけて行ったら嫌われてしまうだろうか?でも、彼の主人であるルイズとメイドのシエスタには同じ部屋という、私とは比べるまでも無いアドバンテージがある。
(負けるわけにはいかない…)
「きゅいきゅい!お姉さまー、聞こえてますかーなのねー?」
私の幸せな夢をぶち壊しにしたシルフィが、ウィンドハンマーのダメージから何時の間にか回復し、能天気な声を掛けてくるが私はそれを無視してもう一度布団へともぐりこむ。
(まだ起きるような時間じゃないし、もう一度あの夢が見れるかも…)
「お姉さまー、中庭でサイトが寝てるけどお休みしてていいのー?」
「…っ!」
二度寝なんてしてる場合じゃない!私は千載一遇のチャンスに大慌てでベッドから飛び出し着替え始めた。
(サイト!サイト!)
服を畳むのももどかしくて脱ぎ散らかしていく。
「わぷっ!きゅいー、お姉さまはサイトが関わると人が変わっちゃうのねー…」
シルフィがブツブツと言ってるけど相手にする時間も勿体無いので放置しておく。
手早く服を着込んで、タオルと飲み物を手に私は部屋から飛び出した。
(サイト、今行くから…!)
サイト視点
「相棒、起きないと本当に風邪引いちまうって」
朝日を浴びながら少し休憩のつもりで寝転がったのだが、思った以上に気持ちよかった俺は少し眠っていたらしい。
デルフに心配かけさせるのもなんなので、少しぼーっとする頭を振りながら俺は起き上がった。
「分かってるよ、デルフ」
「ならいいんだがよ。おめえが風邪なんて引いちまったら娘っ子達が心配するだろ」
「分かってるって」
俺はデルフを掴んでジャンプしたり屈伸したりして体の筋肉をほぐしていく。
「なんだ?相棒、まだ続けるのか?」
「んー…、どうしようかなって考えてるところだよ」
そう言いながら軽く素振りもしてみた。
「んなに根詰めなくてもでーじょうぶだよ。鈍らない程度にやってりゃ今の相棒なら十分だ」
「まだ不安なんだよ。自分がどれだけ強いかなんてわかんねーし、ガンダールヴだから強いのか、鍛錬の成果だから強いのか」
「…相棒は、ガンダールヴじゃなくても今なら十分つえーさ」
デルフは少し笑ったような感じでそう言ってくれた。
きっかけは成り行きだったのかもしれない。でも強くなりたいと思ったのは俺自身の意思だから、後悔だけはしたくない。
俺が守りたいと思う人達を、ちゃんと守る為に。
「さぁ、相棒。そろそろ終わりにしとこうぜ?日も昇ってきちまったしよ」
「そうだな」
デルフを肩に携えて中庭を後にしようとしたその時、とんでもない物が目に映った。
「サイト!」
「サイトさーん!」
「…サイト」
「サイトー!」 聞こえた声は4つ。
1つは目の前の建物のドアから。もう1つはさらにその奥、厨房のドアから。3つ目は何故か頭上から。4つ目は背後の方から。
「俺、なんかやっちまったか…?」
「…相棒。…頑張れ」
そうこうしている内にあっという間に4人に囲まれた。皆一様にタオルや軽食、飲み物などを持っている。
「ちょっと犬!これはどういう事よ!」
何故か俺の知らないところで怒り心頭のご主人様が肩で息をしながら俺に詰め寄ってきた。
「いや、その、何がでしょうか…?」
本当に分からないので素直にそう答えたのだが、どうやらご主人様は気に入らなかったようで、さらに詰め寄ってくる。
「なんで他の3人がいるのかって聞いてるのよ!」
「…何でだろう?」
「まぁまぁ、少し落ち着いてください、ラ・ヴァリエール。サイトさんは早くに目が覚めて素振りをしていただけですわ」
一向に怒りが収まらないルイズを見かねてか、シエスタが説明してくれた。
というか、気付いてたのか…。
「私とシエスタは分かるとして、この乳お化けとちびっ子は何で居るのよ!?」
今度は噛み付く相手が変わった。
「…私は起きたらサイトが中庭に居るのが見えた。だから来ただけ」
最初に答えたのはタバサ。気付かなかったけど見られてたのか。
「わ、わたしも同じです」
ちょっとおどおどしながらテファもそう答えた。
「じゃ、じゃあ、皆は俺が中庭に居るのを見たから来たって、それだけ?」
皆一様に頷く。どうやら俺が別に何かをしたわけじゃなかったらしい。ようやく安心した。
「さ、サイトさん。タオルで汗をお拭きになってください。このままではお風邪を召してしまいます」
シエスタはにっこりと微笑みながら俺にタオルを差し出してくれた。
断る理由も無いのでそれを受け取ろうとしたら別の方向からもタオルが差し出される。
「シエスタ!抜け駆けは無しよ!ほ、ほら!これ使いなさいよ!」
「…使って、サイト」
「サイトさん、よろしければ使ってください。…あ、それとも以前のように私が全身お拭きしましょうか?」
テファがそう言った瞬間、明らかに他の3人の雰囲気が変わった。
してやったりみたいな顔をするテファ。ああ…、ここは天国のようで地獄だ…。
ついさっきまではデルフと真面目な事話してたような気がするんだけど、今の俺は目の前で繰り広げられている地獄のような光景をどう回避しようかと懸命に考えていた。
「奉仕するというのなら、サイトさん専属のメイドとなっているこのシエスタ!負けるわけには参りません!」
俺の意思そっちのけでする奉仕は果たして奉仕と言えるのだろうか?なんて疑問が浮かんだが、口にするのはやめておいた。
「ぐっ…!た、たたたまには私が奉仕してあげるのも、わわわ悪くないわねっ!」
「そういう勝負なら、負けられない…」
テファの一言で火にガソリンをぶち込んだように全員は燃え盛った。
ダーレーカータースーケーテー
「…でも、全員で奉仕するとサイトが迷惑する。…ここは本人に。…ね?サイト」
「それもそうね。もちろん、ご主人様の私を選ぶわよねっ!?」
「サイトさん、専属メイドとして精一杯ご奉仕して差し上げます!」
「私を選んでくれると嬉しいな…、サイトさん」
「…相棒も大変だぁね」
最初から最後まで無言でオブジェのように固まっていたデルフが俺の背中でボソっと呟いた。
「分かった…。俺が選ぶのは…」
26-325メイドになる!〜テファの場合〜
26-437メイドになる!〜タバサの場合〜