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Last-modified: 2008-11-10 (月) 22:52:08 (5644d)

 ここは…………どこ……だ?
 見知らぬ天井、見覚えの無い室内、窓の外には見慣れない風景。

 頭が……痛い?

 酷く痛むと言うわけではないが、焦燥すら感じるほどの違和感に居てもたっても居られなくなる。

「大丈夫?」

 静かな声に驚いてそちらを見ると、綺麗な女性が……

「エルフ!」

 慌てて部屋の反対端まで距離を取ると、どこか傷ついた表情で俯いたエルフが黙って部屋を出る。

 なんだ?
 ここはどこなんだ?
 どうして、エルフがここに居るんだ?

 …………それより……俺は?

「誰……だ?」

 言葉も分かる、今まで過ごしたこの国の名前も、一般常識も欠けてはいない。

 が……自分の事も、ほんの5分前まで自分が何をしていたのかも思い出せない。

「なんだ? なんなんだよ? ……エルフか? さっきのエルフなのか?」

 自分と関わった記憶は無いはずなのに、エルフという言葉に喚起される恐怖が自分の中に確かに存在した。

 自分の中に存在するはずの、自分の過去。
 失われるはずの無いそれが、どれだけ記憶を探ろうと見つからない。

 何を信じたら良いのか分からない。
 悪い夢を見ているような感覚、しかし俺は今間違いなく目覚めている。

 気が狂ったのか?
 どことも知れぬ場所で、これから先どうやって生きていく?
 思わず叫びだしそうな自分を必死に押さえているその時、

「大丈夫ですか?」

 何処かで聞いた事の有る声が俺を救う。

「あ……あなたは……じょ、女王へ……」

 陛下、そう綴ろうとした俺の唇が、柔らかい指先で封じられる。

「アン、そう呼んで下さいまし、以前……そう言いましたよ? 使い魔さん……いいえ……サイトさん」

 ……俺の……名……なのか?

「記憶は大丈夫ですか?」

 優しい瞳がじっと俺を見つめるだけで、無意識のうちに膝が折れその場に跪く。
 この人は女王陛下だ、間違いない。
 穴だらけの俺の記憶、その中でも消えてなかった一般常識が、
 この方の素性を俺に知らせる。

「……大丈夫なのですか?」

 恐れ多くて声が出ない。
 緊張で喋れない俺の頬に、軽く冷たい感触が触れる。

「じょ、女王陛下っ」

 俺の頬に触れるのは、緊張に震える陛下の両手。
 逃れようとする俺の頭が優しく抱きしめられ、何も考えられなくなった。

「良いのですよ、もう何も考えなくても良いのです。
 帰れなくなってしまったのですもの、昔の事など忘れたい。
 そう仰ったのは貴方自身です」

 頭の奥が痺れるような、甘い衝動に身を任せたまま、
 陛下の言葉を繰り返す。

「帰……る?」
「あぁ……忘れてしまったのですね。少し……長くなりますけれど、
 わたくしが教えて差し上げますわ」

 それは、とても信じられない話。
 俺は異世界から無理矢理連れてこられたのだと、苦難の末に見つけた帰る方法は、
 自らの主の手によって破壊され、最早俺はこの世界で暮らすしかなくなった。
 悲嘆にくれる俺は、記憶を消すことの出来るメイジに、全ての過去を消し去るように頼んだと言う。

「あの……ど、どうして陛下……が?」
「貴方は、わたくしの英雄ですもの、
 覚えていませんか? アルビオンかの地にて、貴方は7万の大軍を退けました。
 思い出してください、貴方は彼女の為に…………それなのに……」

 アルビオンの退却戦……聞いた事が……有る……あれは……俺が?

「ええ、貴方は英雄なのです。この国において、わたくしですら敬意を払う。
 他に代えようも無い貴人です」

 いつの間にか跪いた俺と陛下の視線が同じ位置に有った。
 陛下が俺を抱きしめてくれる。

 ……俺は……英雄なんだ。

 空っぽだった俺の中に、ゆっくりと自信が満ちていった。

 生きていくことすら困難に思えていたのに、『アン』の助力があるのなら。
 ようやく一息吐き、周りを見回す。

 ……窓の外の景色を見慣れないのは当然で、ここは……

「王城?」
「ええ、そうですわ」

 優雅な身のこなしで、音もなく立ち上がった『アン』がそっと俺を引き起こす。
 恐る恐る立ち上がった俺は、『アン』と微笑を交わした。

「貴方にプレゼントが有るのです」
「プレゼント?」

 王族から送られるもの……
 想像もつかなかった。

「とーっても素敵なモノですわ」

 『アン』が俺の手を引いて、人気の無い廊下を進む。
 夕日に照らされた廊下を、二人きりで歩く。

「貴方を裏切ったモノを、用意しましたわ」
「うら……ぎり?」
「貴方の帰り道を奪った女です」

 ……俺の過去を捨てさせた原因。

「貴方のお好きになさってくださいましね」

 『アン』が開いた扉の向こうには一つのベットが有って……

 ――髪の長い女が、拘束されていた。

「これが『ルイズ』です」

 ルイズには聞こえない大きさで囁かれた声に押されるように部屋に滑り込んだ俺の脳裏には、

『貴方のお好きになさってくださいましね』

 その言葉だけが響いていた。

 豪華なベットの上に目隠しの上からでも自分の好みだと分かる女が、黒い革紐で拘束されていた。
 両手両足から一本づつそれぞれベットの四隅に伸びていて、大の字に寝かされたルイズ。

『貴方のお好きになさってくださいましね』

 コレ……を……好き……に?

 後ろを振り返ると、アンはもう居ない。
 しかも扉もしっかりと閉じていた。
 つまり、人目を気にする事も無い。

 ふらふらとルイズに近寄る。
 王城に相応しい、高価な絨毯が俺の足音を完璧に消し去っていた。
 目隠しまでされたルイズは、俺がこんな側に居ても気付かない。

「お前が……悪いんだ」

 だって、陛下がそう言ったから。
 王の言葉に間違い等ある筈も無いのだから。

 これからの自分の行動を正当化する言葉に、ベットの上のルイズは暴れだす。

「んっーーーー、んっんんんんっ」

 ……往生際の悪い女。

 薄い高価そうな寝巻きを……

「ちっ……」

 両手が拘束されていたら脱がせることが出来ない。
 何か無いか? 周りを見回す俺の目に、サイドテーブルに乗せられた鋏が写る。
 流石陛下、周到な事だ。

「これで……、楽しめそうだな」
「んっ……んんんっ! んんんっ」

 ジタバタと暴れるルイズをよそに、薄い胸元から鋏を入れる。
 ジャキジャキと響く音に、ルイズは身体を硬直させる。

「暴れたらどこが切れるか分からないな」

 聞こえる様にそう呟いてから、冷たい鋏を直接身体に押し付ける。

「ひっ……」

 たっぷりと時間かかけて、抵抗する気力を根こそぎ奪う。
 楽しい。
 記憶は無いと言うのに、どうすれば相手の心を砕けるのかを、
 俺は十分に知っているらしい。

 乳首を摘むように挟んで動きを殺したまま、空いている手を下着の中に滑り込ませる。
 言葉で嬲りながら、温度と感触を楽しむうちに、我慢が……

「あぁ、そうか……我慢なんかしなくて良いんだっけ」

 俺は好きにして良いんだ、何しろ俺は王すら敬意を払う英雄。

――夜も更けてから学院に戻ると、ルイズさんとサイトがずっと待ってくれていた。

「おかえりなさい」
「おかえり、テファ」

 二人のお出迎えがとっても嬉しい。

「ただいま、サイト、ルイズさん」

 ルイズさんが目を細めながら、『サイトが先?』って言ってる……
 次は気をつけよう。

「姫さま、何の用事だったんだ? テファ」
「うん、あのねサイト……」

 この国の女王は、とても優しい人だと分かって、凄く嬉しかった。
 わたしの魔法に、こんな使い方があるなんて、思いもしなかった。

「あのね、聞いてサイト、凄いの、わたしの魔法が自分の身を守る以外ではじめて役に立ったの」

 陛下に引き合わされたのは、重犯罪者だっていう男の人だった。

『彼の罪を許すことは出来ませんが、やり直す機会を与えてあげたいのです』

 そういって、その人の過去を全て消して欲しいと頼まれた。
 悪い事をした人でも、過去のしがらみを切って、遠くで真面目に働かせてあげたいと。
 どんな人でも、これからはやり直す機会を与えてあげられると、

『貴方のお陰ですね、ティファニア』

 そう言ってくれた。

「この国の人たちはみんな幸せね」

 そう言ったわたしの言葉に、サイトもルイズさんも、自分の事のように喜んで……

「姫様はいい人だよ」
「自慢の幼馴染ですもの」

 優しい人ばかりのこの国が、わたしはまた一つ好きになった。

 『ルイズ』を十分に味わった俺は、ようやく少し落ち着いて部屋を見回す。

 質素な部屋だった。
 部屋に使われている素材は高価なのに、調度品が少ないのが妙だ。

『貴方のお好きになさってくださいましね』

 そのあとどうすれば良いのか、陛下に聞くのを忘れていた。
 まぁ……いいか。
 なにしろ俺は英雄らしい、好きにさせても……

「貴様っ、何をしているっ!」

 見慣れない服を着た女が、問答無用で切りかかってくる。

 はっ、笑わせてくれる、7万の大軍と互する俺が……
 容易く避けて見せたはずなのに、突き抜けるような衝撃に身動きが取れなくなる。

「誰かっ、誰か集まれっ、陛下の部屋に曲者だ!」

 ちょっ、待てっ、俺は……俺はっ……

「お、俺は英雄だっ、サイトさまだっ、お前らっ、軽々しく俺にっ!!」
「嘘を吐けっ、サイトはもっと若い! この国の恩人を語るとはなんと不貞なっ!」

 は?
 アニエス隊長と呼ばれる女の言葉に、俺の思考は完全にストップする。
 次々に集まってくる女達、どうやら彼女達は近衛らしい。

 ……俺が……サイトじゃ……な……い?

 じゃあ、俺は誰なんだ?
 不安で世界が壊れそうになる中、最後の希望が部屋に現れた。

 ――アンだ。

「何が有ったのですか? アニエス」
「申し訳有りません、陛下。陛下の部屋でこの者がメイドを……」

 メ……イド?

 部屋をゆっくりと見回したアンが、真っ直ぐに……
 ベット……へ? あれ? ちょっと? ちょっと待ってくれ、俺は? 俺の所に来ないのかよ?

「かわいそうに……大丈夫?」
「へ、陛下……わ、わたし……わたし……」

 ドレスが汚れるのにも構わず、優しく優しく傷ついた女を慰める陛下。
 
 ……ちょっとまてよ……まってくれよ、なんだよ? なんだよそれは?

「お前はこっちだ」

 冷たい声で宣告され、ずるずると部屋から引きずり出される。

「へ、陛下……お洋服が……お洋服が……も、申し訳有りません」
「いいのです、わたくしの服も、わたくしも、貴方達国民の為に有るのですから」

 遠くで話し声が聞こえる。
 …………それで……俺は、いったい誰だったんだ?

「奴は貴族の政治犯でした」

 あの男は、幾つもの条件に適合する者のリストの中から、アニエスが自ら選んだ男。

「独房の中に居たはずなのですが、何者かの手引きで脱獄していたようです」

 誰にも気付かれぬよう、証拠の一つも残さぬよう、慎重に連れ出したのはアニエス。
 欲望が加速するようにと、記憶を奪う前に一服盛ったのも。

「彼の家の方はどうしましたか?」
「事の次第を説明の上、厳重な注意と……この件の『けじめ』について連絡しておきました」

 全ては陛下の指示のまま。

「問題はそれだけでは有りませんよ、アニエス」
「はっ、場所が陛下の部屋である事から、今回の凶行の目標は陛下で有った可能性が高いと思われます」

 既に貴族派の一部が、アニエス達に責任を取らせようと暗躍を始めていた。

「警備を……見直さねばなりませんね」
「その通りです陛下……例えば……」

「「信頼できる第三者によって、内部から問題点を指摘してもらう」」

 貴族や近衛の息が掛かっていない者。
 反対派の意見を封殺できるだけの、『名誉』を持つ者。

 ――女王が絶対的に信用できるもの。

 つまり……

「「アルビオンの英雄」」

 全ては彼を側に置くための……

 無言で下がるアニエスを眺めながら、アンリエッタは強く自分を抱きしめる。

『早く……早くいらして下さいまし……』

 王としての職務に、自らの心が砕き散らされる前の最後の希望。

 ――ひとりは、さみしいの、はやく、あいに、きて。

 凍える季節ではないというのに、アンリエッタの身体は自然に震えだす。

 貴方に会いたい。

 はらはらと涙を零しながら、何時までもそこに立ち尽くした王は求めるものの到着を狂おしく待った。

 全ての事は計画通りに流れ、哀れな犬が罠に落ちるまで、あとほんの数日。
 王は望みのものを一撃で手に入れるための牙を、ただ砥ぎ続ける。
 その肉を喰らい尽くす日を夢見て。


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