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Last-modified: 2008-11-10 (月) 22:53:16 (5638d)
それは蒼から始まった物語 (7):HEAT 2 バレット氏
時は過ぎ、ハルケギニアの夜空に双月が浮かんで、太陽の代わりに仄かに地上を照らす頃。
キュルケは1人街道にて馬を走らせていた。トリスタニア散策を再開してる内に気が付けば夕食の時間帯だったのである。
城下町から学院まで馬で3〜4時間。下手をすれば日付を超えてしまいかねない。
睡眠不足はお肌の天敵だというのに、そんな事を言ってみせた自分が夜更かししてちゃ意味は無い。
ふと街道が2手に分かれている所に差し掛かった。
行きに使ったのは左側の広くきちんと整備された街道。
右側は森の中を突っ切る形の馬ぐらいは通れるが大して整ってない道だ。
しかし代わりといっては何だが、こっちの方は学院の近くまでまっすぐ道が貫いている。
左側の整備されている方は森を迂回する形で遠回りなのだ。
もちろん――――キュルケは左を選んだ。
今は走り易さよりもかかる時間である。急がば回れは彼女の性に合わない様で。
ふと何故か昼間のコルベールの注意が脳裏に過ぎったが、あえてそれを無視する事にした。
自分の情熱の証である炎なら、どんな物でも焼き尽くせる。
彼女はそう信じきっていた・・・・・・自信を通り越し、過信として。
あの時続けて言ったコルベールの警告にいたっては―――彼女はとうに忘れ去ってしまっていたのだ。
だから。
「へっ?きゃあっ!?」
突然馬の足元の地面が陥没し、馬の嘶きと共に宙へと放り出され。
いきなりの事に杖を引き抜いて己に『レビテーション』をかける暇も無く地面に背中から叩きつけられた直後・・・
黒い影に覆い被さられたのを最後の記憶に、キュルケは意識を失った。
鉄錆の臭いがした。
何かを啜り、水気の多い何かを引きずり出す異様な音でキュルケは目を覚ます。
目を開いた瞬間、焦点のハッキリしない瞳に飛び込んできたのは、カッと見開かれて生気の無い馬の眼だった。
首から下が荒々しく断ち切られていれば、当たり前だ。
「ひっ!?」
普段の気丈さが消え去った悲鳴を咄嗟に漏らす。
手をつくと雨上がりの地面のような嫌な感触。
しかし水分の正体は雨ではない。立ち込める臭いとすぐ隣に転がる馬の生首、少し粘度のある感触で悟る。
馬の血。馬の血がキュルケの周り一面にぶちまけられている。夜の地面に染み込んだ血は、土を闇よりも暗く染めているように感じる。
2色の月光が広がり、キュルケの周りを仄かに照らし出す。
今度こそキュルケの脳裏を、恐怖が瞬く間に染め上げた。
彼女が跨っていたらしい馬は解体されていた。切り裂かれた腹から胴体の中身を引きずり出され、黒い塊がそれを貪っている。
遠目からならそれはジャイアントモールに見えただろうが、近くで見るその獣は温厚な性分であるそれとはかけ離れている。
全長5メイルはあるそれが纏っているのは毛皮ではなく竜のような鱗でもない、岩そっくりの隆起した黒色の表皮。鏃の様に鋭い鼻先。
前足の爪も50サントはありそうな長さで鋭く、赤黒く染まっている。この生えた凶器で馬を掻っ捌いたのか。
オーク鬼より醜悪ではないが、代わりに暴虐さはこっちの方がよっぽどある。
顔を上げた怪物の瞳がキュルケと合った。
もう1つ普通のジャイアントモールとは違う点があった。奇妙な1対の乳白色の瞳。
「このぉっ・・・・・!」
全体像をハッキリと捉えた為か、少しは我を取り戻したキュルケは杖を引き抜こうと胸元に手をやる。
怪物の反応速度はキュルケの予想以上だった。5メイルほどの距離から1飛びでキュルケにのしかかる。馬乗りに押さえつけられる格好になった。
とにかく重い。キュルケ程度の力では振りほどけない。
杖を向けようにも、飛び掛られた衝撃で生憎杖はどこかに転がって手を離れた。これでもはやキュルケはただの少女と変わりない。
いや、幾ら洗練された豊満な肉体でも、日頃大半の作業を魔法や平民任せにしている以上、普通よりもむしろ非力かもしれない。
スカートの上から何か熱い物が押し付けられている。
思わず当たっている部分を覗き見た。すぐ後悔した。
そこには今まで何度か見た事のあるのよりよほど巨大な―何せ根元がワインの壜より太い―透明な粘液をだらだら先端から出している男の代物が、こすり付けられていたのだから。
極端に短く改造されたスカートの裾から潜り込んで、今度は下着越しに擦り付けてくる。
――――こんな事になるんなら、丈を詰めるんじゃなかった!!
「この、離しなさいよ!ケダモノの癖にツェルプストーを襲うなんて100年速いわよ!」
叫びが通じる訳も無く。女の力で数倍の体積で押さえ込んでくる獣を払いのけれる訳も無く。
悲鳴だけが、空ろに夜に響く。
塗りたくられた先走りの粘液で湿った下着が、獣の雄の性器で股に食い込まされる。
割れ目を今や用を成していない下着越しに荒々しく擦られ、敏感な部分を押し潰される。
反応したくないのに、何故か身体は熱を持ってキュルケの脳髄を痺れさせてくる。
――――いや、何よこれぇ、塗りたくられてる所からどんどん熱く・・・!
一部の動物が分泌する成分は、異性を性的に興奮させる媚薬としての効果がある。
この場合・・・キュルケにとって不幸な事に、塗りたくられた先走りの粘液も同じ効果を持っているらしく。
心が拒否しても、既に男を知る彼女の身体はその効果をどんどん受け入れてしまう。
「やだ、やだぁ・・・こんな・・・いやよ・・・・・・」
下着ごと中に突き込まんと、ハッキリ獣の生殖器が宛がわれる。
生娘じゃない。それでもこんな異常な状況で、人里放れた森の中たど分かっていても―――――
恥も外聞も、普段の気丈さもかなぐり捨てて叫んだ彼女を、誰が責められようか。
「誰か・・・・・・助けてっ!!」
懇願に対する返答は、闇から突如飛来した炎の蛇だった。
獣の体格と比べれは余りに細く小さな炎。
しかし岩の表面に触れた瞬間突如大きさを増し、火山のような爆炎がキュルケの身体から獣を吹き飛ばす。
すぐ下で圧し掛かられていた彼女の柔肌には火傷1つ無い。
完全な指向性を持った爆発。こんな芸当、トライアングルクラスのキュルケでもそうそう真似出来ない。
それを放った本人の姿を捉えたキュルケは、見た瞬間思わず呆然と呟きを漏らしてしまった。
それほど、昼間に出会った時からは想像も出来ないような気配を纏っていたから。
極寒の吹雪の様に冷酷で、しかし同時に溶岩よりも灼熱が混ざり合ったその気配は。
見た者全てに死を告げる、死神のそれ。
「ミスタ・・・・・・コルベー、ル?」
冴えない魔法学院の教師は、静かにキュルケの傍らで膝を突く。
「怪我はありませんか、ミス・ツェルプストー?」
「は、はい、無いみたいです・・・」
「それは良かった。ならすぐにここから離れて下さい。アレの後始末は私がしますから」
コルベールが地面に転がった獣を見やる。
一見その様子は研究対象を観察する学者のようだが、その目は感情が一欠けらも見当たらない冷酷な眼差し。
こんな目をする男を見たのは、キュルケにとって生まれて初めてだった。
と、地面に叩きつけられた獣が身体を起こしてコルベールを睨みつける。
「早く行きなさい」
「え、ええ・・・っ!」
再度の警告にキュルケは立ち上がって・・・・・すぐに膝が勝手に折れた。
足に力が入らない。その癖下腹部の内部は絶え間無く燃え盛っている。
キュルケが再び倒れた一瞬後、獣がまた巨体に似合わない俊敏さで飛び掛ったのはその時だ。
すぐ後ろにキュルケが居るから、コルベールが避ければ彼女は押し潰されるだろう。
獣が爪を振り上げる。
鮮血が、飛び散った。