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Last-modified: 2008-11-10 (月) 22:53:54 (5643d)
授業中の図書室。 「そろそろかな?」 独り言のように呟かれた言葉に、傍らのタバサが頷いた。 時計の在る生活に慣れきっているサイトと違い、この世界の住人の時間感覚はとても優秀だ。 本の読める様になったサイトにとって、図書室は時間をつぶすのに丁度良かったが、ここにいる理由はそれだけではなかった。 ――コンコン ドアが小さな音を立てる。 「どうぞ」 サイトの言葉と同時に、教師の目を避けた人影がすばやく部屋の中に滑り込む。 「……分かったの?」 にこにことサイトが応じると、無言でテーブルに金貨が乗せられた。 「校舎裏、放課後……今日も約束済み」 目の前でプレッシャーが膨れ上がる。 「ねぇ、サイト言うまでもないけど」 浮気を知った直後のモンモランシーと会話するのは、サイトにも多大なストレスがかかる。 「あんた達がこんな事してるなんて、誰にも言わないわよ」 相手の弱みを握っていると言う安心感が、モンモランシーの視線を和らげ、サイトもようやく一息ついた。 「でも、どうやって調べてるのよ?」 傍らで、タバサがこくこくと首を振っていた。 「今度こそ、別れてやるっ」 勢いよく振り向くと、二人を残して立ち去った。 「……ギーシュも良くやるよなぁ……こわくねーのかよ」 サイトは自分のことを棚に上げた。 モンモランシーが立ち去ったドアを、心配そうに見つめているタバサに気付いたサイトは、安心させる為に話しかけた。 「別れたりはしねーだろ、なんだかんだ言って仲良いし」 無言のままサイトの方を見たタバサが、軽く息を吸うと一息にしゃべり始めた。 「でもでも、これでギーシュさまが困ると、ヴェルダンデに怒られるかもなの! きゅい」 ……タバサではなかった少女は、そわそわと読むフリをしていた手の中の本を玩ぶ。 「大丈夫だって、モンモンがギーシュの事調べさせるのは、別れたいからじゃなくて手綱握りたいからだって」 サイトの手から本を奪い返すと、その本でばしばしとサイトを叩く。 「ちょっ、あーもう、落ち着け」 本を取り上げても埒が明かないと感じたサイトは、シルフィードがタバサの姿であることを利用して、 「大丈夫だって、これで何度目だと思ってるんだよ」 サイトに拘束されながらも、もぞもぞと抵抗を続けていたシルフィードがふと思うついたように呟いた。 「エッチなの、きゅい」 絡み合ったまま耳元で囁かれる言葉に、真っ赤になったサイトは弾かれるように身を離した。 「な、なっ、なにをっ」 ……サイトの脳裏には、『ロリコン』の十字架を背負った自分が、これから孤独に学園生活を送る様が…… それ以前に、物理的な意味での生命の危機が…… 「ま、待ってくれっ」 事の起こりは使い魔同士の気安さから、シルフィが他の使い魔達と会話できることをサイトに話した時だった。 「サイトも使い魔だから、皆に言いたいことが在るなら、シルフィが通訳してあげるの」 そんな親切心からの申し出だったが、サイトはそれを利用した。 「使い魔って事は、主人の側にずっと居るんだよな……」 今更ながら、サイトはお金が無い。 騎士隊副隊長に昇格し部下も出来た。 が、お金が無い。 「じゃあ……さ、皆にこういう事を聞いてもらいたいんだけど……」 ――情報は、お金に成った。 情報屋として有名に成りすぎると、情報の入手経路を不振がられるだろうからと、 そして…… 「これ、お礼な、ありがとうシルフィード」 単なる食材が、高価な情報に化ける錬金術。 「あ、ヴェルダンデの分はどばどばミミズの詰め合わせが良いらしいのっ」 何もかもが順調だったが…… 「シルフィは、たいぐーの改善をよーきゅーするのっ、きゅい」 なんだかいきなりピンチだった。 「お肉最初の一回だけじゃ、物足りないの」 シルフィは謎の踊りを踊っている。 「も、もう……い、一頭?」 サイトは崩れ落ちた。 「あとー、お姉さまの姿は窮屈なの、いつもの格好がいいの」 むーと、頬を膨らませたシルフィードが、怒った様に続けた。 「サイトも、ないぺたなお胸より、ぽよぽよが側に有った方が嬉しいに決まってるの」 ルイズかタバサの耳に入れば、その場で抹殺されそうな事をシルフィードは容赦なく口にする。 「お、落ち着いてくれ、シルフィード……俺はっ……俺はっ」 身を裂かれるような苦悶の後、サイトは一つの言葉を口にしていた。 「無いほーが好きなんだぁぁぁぁぁ」 ――サイトの中で、取り返しのつかない何かが砕けた。 が、 「じゃー、仕様が無いの、お姉さまで我慢するの……あ、ルイズにしとく?」 ぐったりと脱力したサイトは、何も考えられないままそう伝え…… 「じゃー、お馬さんは明日買っといてねー」 ――その追い討ちは、サイトの財布を直撃し、 「あ、赤字だぁぁぁぁぁ」 悪銭身に付かずを体現したサイトは、次の日泣きながら近所の農家に馬を買いに行ったとか。 タバサは首を傾げていた。 (おかしい……) サイトを始め、数人がシルフィードの人間化を知った以上、これから人間の姿を取る回数が増えることを予想したタバサは、シルフィードの服を作るため人間の姿をとらせた。 が、久々に見たその姿に、強い違和感を感じた。 「太った?」 怪しかった。 「この、ぽっこり下腹はどういうこと?」 ガス 「素直に喋る」 余分な一言だった。『サイトとお約束』を聞いた、タバサの目が細められ、きっとシルフィードを睨み付ける。 「だ、駄目なの駄目なの、内緒なの、そんな目をしても……」 シルフィードとサイトだけの秘密。 「い、痛っ」 深い怒りを湛えたタバサの様子に、シルフィードは慌ててタバサを引き止めようとした。 シルフィードはそう思い、タバサを止めるために声を張り上げた。 「サ、サイトはサイトは悪くないの、お姉さまっ」 足を止めたタバサに、畳み掛けるようにシルフィードは続けた。 「サイトは、サイトはただシルフィの肉欲を満たしてくれただけなのーーーーっ!」 ……シルフィードさん、それ意味ちがう…… ――突っ込むものは誰一人無く。 「に、肉?」 タバサが足を止めた事に勢いづいて、シルフィードはタバサの足に縋り付いた。 「お姉さまと違って、シルフィの身体は大人なの。 ――主にお腹が、きゅいきゅいと。 「そんな時、サイトはシルフィの中を満たしてくれるの、幸せにしてくれるの。 余りにも余りな使い魔の告白に、タバサは混乱していた。 「ちょっと前から、ちょくちょくサイトがくれてたの、黙っててごめんなさい、お姉さま」 完全に沈黙したタバサが、更なる説明を求めている。 「あの、あのね、お姉さま、シルフィずっとよっきゅーふまんだったの。 その一言に、ぴくりと反応したタバサが搾り出すように呟いた。 「サイトが……言い出したの?」 膨れたお腹に手を当てながら、タバサは確かめた。 「コレが……その結果?」 暴飲暴食の果てに膨れたお腹を見ながら、シルフィードも答えた。 「そうなの」 ――なにか、どこかで食い違っていた。 勘違いであって欲しいと、自分の誤解ならそれで良いと、タバサは質問を重ねた。 「サイトに、もらったの…… ど、どんな気分だった?」 興味が有って聞いているつもりは無いのに、どうしても声が震えた。 「あの……ね、暖かくて甘噛みすると、びくびく暴れて……」 ! 「咥えたまま、舌で弄ってると必死になってるのが分るの……そ、それで……」 何かを思い出して、うっとりとした様子のシルフィードを、タバサは真っ赤に成って見つめていた。 「びくんって成って、動かなくなったんだけど、シルフィまだまだ足りなかったのね」 シルフィードの幸せな記憶を反芻しながら、よだれでも垂らしそうなほどだらしなく開かれた口元に、タバサの妄想が加速されていった。 「それで、この間、たーーーっぷり貰ったの」 それからのシルフィードの言葉は、一切タバサの耳に入ることは無く、思考停止したまま、桃色エフェクトの掛かった説明が切りのいいところまで続けられた。 「と、言うことなの……あれ? お姉さま? どしたの? きゅい」 途中でタバサが腰砕けになった為、二人の立ち居地は逆転していた。 「サイトは……その……胸が好きだった?」 シルフィードに見えないところで、そっと胸元に手をやる。 (きっと、大きいのが好きなんだ) 使い魔に先を越された自虐的な思考のままに、タバサは聞いていた。 「? よく分らないけど、サイトは『無い方がすき』らしーの、きゅい」 灯った小さな希望に、タバサの胸は弾む。 あ……そう……か、ルイズの姿で…… 変幻自在の風韻竜だ。 「……ルイズに……変身した?」 ――サイトと一緒のときは、ずっとお姉さまの姿だったの―― 刻が止まった。 「……ぇ?」 んー、首を傾げたシルフィードは、ぽんと手を打つとサイトの言葉を繰り返す。 「『タバサが良いんだ』って」 何かを思い出そうとするシルフィードを、タバサは息を呑んで見守った。 「お姉さまの方が、んと、『具合が良い』らしーの」 ……ぐ? 「お姉さまが、『一番良い』って」 (ぐ、具合ってその……あの……た、試したの? って言うか……) ゆらりと立ち上がったタバサが、杖を構えた。 「あれ? お姉さま?」 「 死 ん じ ゃ え 馬 鹿 あ ぁ ぁ 」 その日、風韻竜は自分で飛ぶより遥かに速く大空を舞った。 いつもはざわざわと会話の絶えない朝の食堂が、妙な緊張感で包まれていた。 「……はぁ……」 寝不足らしいタバサが、幾度目かの溜息を吐いた。 ――な、何が有ったんだ? その日のタバサの様子は、いつもと余りにも違いすぎて…… 「ちょっ、タバサ? どうしたの? 大丈夫?」 優しい親友が慌てて駆け寄ってくるほどで、 「具合でも悪いの?」 余りにも不審だった。 キュルケが更に質問する前に、タバサが慌てて立ち上がる。 「あれ? タバサ……おはよー」 慌てふためくタバサという珍しいものを、食堂中の生徒が見守った。 ――原因はこいつか。 「っ!」 ぱたぱたと、軽い足音を立てて、居た堪れなくなったタバサの駆け去った。 何が起こったのかさっぱり理解していないサイトに、キュルケはにこやかに歩み寄る。 「ちょっと、サイト……顔貸してくれるかしら?」 「……その後は、わたしも話を聞きたいわね……」 「「「「「とぼけんなぁぁぁぁぁ」」」」」 ――学院の生徒の心が一つになった瞬間だった。 その日から、サイトの姿を見たものは………… |
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