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Last-modified: 2008-11-10 (月) 22:54:03 (5617d)
サイトの眠りは今日も浅い。 その日も夜中にふと目覚めた。 (真っ暗だ……) 頭の芯が痺れる様に重い。 サイトを毎夜睡眠不足に陥られる原因の一つが、身体の左側でころりと転がる。 ただの寝返り。 すっかり眠り込んでいるシエスタの、邪気の無い行動がサイトの腕に豊かな実りを押し付ける。 (あぁああぁっぁっっああぁあっ) 上がってしまいそうな悲鳴を、サイトは身体を反らせて耐える。 寝返りの勢いのままサイトの身体の上に送られたシエスタの腕が、据わりのよい場所を求めさわさわと胸元を這い回り、耐える事に必死なサイトの腕を自分の胸元に手繰り寄せる。 (ま、まってく……) サイトの体温を感じ、安心するように微笑んだシエスタがその腕を抱き寄せる。 いつかの言葉と感触、それに続いた甘い唇。 (お、思い出すなぁぁぁぁっ) サイトは知っている、起きている時ならば彼女は抵抗しないことを。 腕に続いて足が、サイトの腕に絡められる。 ――太ももに挟まれた手のひらが、布一枚を隔てて『未知』との遭遇を果たしていた。 (があぁぁぁっぁあっっ) 凶暴な衝動が、サイトの中を暴れまわる。 そして、それぞれの持つ熱のハーモニー。 「んっ……」 シエスタのこぼした吐息一つに、サイトの理性が手放されそうになっていた。 サイトの正気を取り戻したのは小さな、だが強烈な効果を持つ一撃だった。 シエスタが動いたことで布団の中に風が入り、ルイズも熱を求めて動き始めていて、その足が『たまたま』体積を増していたサイトのデリケートな所を直撃した。 そう、『たまたま』 (のぉぉおっっうぅぅっ) 効果的過ぎる一撃を繰り出した足は、そのままサイトに絡められたが、そこにある『ナニか硬いモノ』の上を不審げに往復。 「むにゃ?」 サイトの恐慌をよそに、ルイズの手が布団の中に有る『異物』を無意識に探り、つかみ出そうと…… (ひぃっ……、ちょっ……あ……っ……) 眠ったままの指にさして強い力が有るわけは無く、結果としてやわやわと握られ、布越しに甘く擦られる。 「っ……あ……」 嬌声に限りなく近い悲鳴、若しくは悲鳴に限りなく近い嬌声。 我慢しきれなくなったサイトの喉から、無理やりに喘ぎ声が搾り出されるが、 が、眠っているルイズはサイトの苦闘など知らず……もう一度掴みなおした。 (……! っあーっ……) くにくにと根元から絞るように掴み、動かすたびに手から離れるソレを掴みなおす。 (まっ……ひぃっ……あっ……) サイトが身を捩ると、今度はシエスタが小さく身を揺する。 「……や、やめ……」 慌てたサイトは、僅かに自由の利く右腕でルイズを身体の上から下ろした。 「……んっ?」 そんな小さな刺激だけで、ルイズの目はうっすらと開かれていた。 「ご、ごめ……ルイズ、これはっ……」 半ば眠ったままの瞳で、ルイズはじっとサイトの手……そして自分の胸を見ていた。 ――サイトにとって数時間にも匹敵する緊張と共に、数十秒の時が流れる。 じっと見つめていた手に、ルイズの両手が添えられて……幸せそうに微笑んだ。 起きている時には、ほんの数回しか見たことの無いほどの純粋な笑み。 「サイトが触って……るぅ……」 サイトを信じきった顔のまま、ルイズがもう一度眠りに落ちる。 言葉ではなく態度で、そんな想いが伝わってくる。 ――俺……は…… 冷水を浴びせられた気持ちだった。 冷静になった頭でもう一度二人を見る。 ――俺は…… 小さく収まったとはいえ、未だ胸の奥で燃え続ける怪しい炎が今にも目の前の二人を汚そうとしている。 そんな恐怖に、サイトは部屋から逃げ出していた。 人気の無い廊下を、全力で走る。 そのまま寮の外まで駆け出すと、足を緩めないまま食堂に駆け込んだ。 「っ……はぁ……はあ……は……っぁ……」 荒い息のまま、手近な椅子に腰掛ける。 ずっと平気だった筈なのに、ここ数週間で急速に膨れ上がる欲求に対処できなくなっていた。 あの二人の側にいることが辛くなり始めていた。 何より許せないのは…… (誰でも良いから気持ち良くなりたいってなんだよ……) 自分の中の本能は好きな相手と契る事よりも、即物的な快楽を要求していること。 ルイズが好きだ。 自分がおかしい。サイトは悩み続ける。 ひょっとしたらその少し前から、サイトは自分の変調に気付き始めていた。 ルイズやシエスタだけではない。 いや……キュルケやモンモランシー、それどころか廊下ですれ違うだけの、見知らぬ女生徒にまで、 「……何時からだよ……」 ぽそりと零れた言葉に、柔らかい声が重ねられた。 「どうしたのかね?」 水差しと、二人分のコップを持った、ジャン・コルベールがそこに居た。 「研究が長引いてしまってね」 最近昼間は仕事に成りませんからな。苦笑いしながらコルベールは二つのコップに水を注ぐ。 「……すいません……先生」 簡単に説明できる事柄ではなかった。だが同時に相談できるとすれば、相手はこの人しか居ない。 追い詰められているサイトは、自分の変調について淡々と説明した。 「ふむ……理由は簡単ですな」 喋っただけでも随分と楽になった。あとは気休めを言われて終わりだろう。 「春の使い魔召還は、広場で一斉に行いますが、おかしいと考えたことは有りませんかな?」 コルベールは、相談者から教育者の顔に成り、にこにことサイトに問いかける。 「え……と、その……魔法のことは良く分らないんで……」 でもそれは、コントラクトとか言う……サイトの言葉は笑って遮られた。 「順序が逆ですな、召還直後に暴れるようなら契約は出来ません。つまりですな……使い魔は召還された時点で、『条件付け』をされているのですな」 ――さもなければ、ドラゴンやサラマンダーやらが現れる儀式の引率が教師一人で出来るはずも無かった。(コルベールに限れば、大概のものを殺せそうでは有ったが) 「『条件付け』には、主及び主と同種にたやすく危害を加えない事などが有りまして……」 どうやら本当に判明するらしい理由に、サイトは手をひざの上に置きじっとコルベールの話に聞き入った。 「その、危害には生殖行為が含まれるのですな」 余りの展開に、サイトは思わず大声を出していた。 「いえ……今年は居りませんでしたが、数年に一度サキュバスを召還する生徒も居りますし、生徒を預かっておる以上、あのような騒ぎを何度も起こすわけには……」 ……昔何が有ったんだ…… 「この制約を受けた使い魔は、主及びその同類に対して『コト』に及べなくなりますな。やっとその気になったと思ったら、相手の両親が遠くで見ていたりですな」 「千載一遇の機会であっても、ついつい言い訳をしてしまったりしますな、あー例えば『嘘に成りそうな気がしてー』とかですな」 「絶対言うべきではないことを口走ったりですな……『これが胸?』等など」 「見てたんですか?」 多少の問答の後に、サイトはようやく自分に起こった事を納得した。 「つ、つまり……」 それが正常だ。 部屋では今もシエスタとルイズが眠っている。 が、理由が分かったところで二人の魅力に耐え切れないことには変わりは無い。 「な、何でこんな事に……」 有り得ないほどの美少女揃いのこの世界で、女の子に言い寄られて耐え切る方法など存在…… 「あれ?」 そういえば……一人……居た。 「先生」 目の前のコルベールは、キュルケに言い寄られても微動だにしていない。 「どうしてキュルケに誘惑されても平気なんですか?」 サイトがその質問をぶつけると、コルベールのこめかみがピクリと震えた。 「平気……ですと?」 あれ? 地雷踏んだ? 変わり始めたコルベールの様子にサイトは冷や汗を掻きながら、知らないと答えた。 「彼女はですな、あの、あのけしからぬ胸を、胸をですぞ! 正面から覗けば見えるように、わざわざ、授業開始と同時に大きく開くのですぞ!」 ……そ、それは…… 「の、覗けないんですか?」 ……既成事実が一つ出来上がるわけだ。 「わ、わたしには責任があるのですぞ! 彼女を責任を持って卒業させるという。 真面目だなー、のん気にそんな事を考えながら、サイトは無言で頷いた。 暇さえあれば身体を寄せてくるだの、実は世話好きで研究室の居心地が別物のようによくなっただの、 (惚気か?) そうとしか取れない言葉が、延々とコルベールによって綴られる。 「つ、つまりですなっ、彼女はわたしなどには勿体無い女性ででしてな」 ぜえはあと、息を切らしながら一生懸命に説明するコルベールはかなり微笑ましい。 「えーつまり、先生はキュルケの事が迷惑なんですよね?」 あえて嫌がらせのような質問を振ると、コルベールは眉を吊り上げて怒り出した。 「そそそ、そんな筈無いでは有りませんか!」 何を思い出したのか、つるつるに光っているコルベールの頭まで、真っ赤に染まった。。 「お、お……おぱー……」 自分の不安を紛らわせるように、コルベールを茶化していると自分の問題を先送りできている気分になってサイトは落ち着き始めた。 「お、おぉ、おっぱ……」 コルベールは何か重大なことを口に出しかけながら、懐に手を差し込むと小さな小瓶を取り出した。 「あれ? 先生、それなんですか?」 言葉を忘れたらしいコルベールが、震える手でその瓶を開けると指先に一滴垂らし一舐めした。 「……せ、先生?」 別人のように落ち着いたコルベールが、冷静に今後の展望について語っていた。 ――どう見ても、怪しい薬だった。 「……先生」 「 そ れ よ こ せ ぇ ぇ ぇ ぇ 」 剣の無いサイトをコルベールが取り押さえるのは極々簡単なはずなのだが…… その時は1時間ほども死闘が繰り広げられた。 関節を極められたサイトが、壁に押し付けられながらも、 「くすりー、薬をよこせぇぇぇぇ」 麻薬中毒者にしか見えなかった。 「お、落ち着きたまえ、サイトくん」 じたばたと暴れるサイトに、力尽きた声でコルベールは告げた。 「差し上げるのは一向に構いませんが、説明くらい聞いた方が良いですぞ?」 ぴたりと、サイトの抵抗が止まる。 「この薬は大量に作ってありますので、分けるのは結構なのですが」 つまり、大量に使っているのだ。 ――俺がルイズ・シエスタの魅力に抗する為に使って何が悪いというんだ! 「よ、よこせぇぇぇぇ」 夢の薬だった。 「薬効は先ほどの量で半日、多少多く飲みすぎてもさして問題は有りませぬ」 「ただしっ!」 コルベールの一喝が、サイトを黙らせる。 「常用すると頭が……髪が……薄く……」 ――サイトとコルベールは声を合わせて泣いた。 白み始めた空を見ながら、重い足取りでサイトは部屋に向かう。 「恐ろしい薬……」 飲まずに耐え切るか…… 昇り始めた太陽がぴかぴかと眩しかった。 サイトが部屋の掃除をしていた頃は、扉を押すと小さな音が鳴った。 いつもなら、ルイズは兎も角シエスタは起きている時間だったが、夜半にサイトが動き回った所為で眠りが浅くなったらしく、 「おはよーごじゃーましゅ、さいとさん」 やはり眠いらしい。 「おはよう、シエスタ」 手近なテーブルに『薬』を置くと、こしこしと目を擦るシエスタの側に近寄る。 「今日は早いんですね、わたしも頑張らないと……」 シエスタの隣に腰掛けると、少女特有の香りがサイトの嗅覚を刺激する。 (っ……お、落ち着け、俺っ!) シエスタの細い肩が、そっとサイトに体重を預ける。 「えへへー、ちょっと甘えちゃいますね」 もしこの細い肩を、力ずくでベットに押し付ければどうなるだろうか? ざわざわと背筋を何かが這い回る。 「……サイト……さん?」 安心しきった瞳、サイトの腕の中がこの世界で一番安全だと信じきっているその視線に、サイト自身が耐え切れなくなった。 「ご、ごめ……ちょっと……すぐ……すぐに戻る」 ――朝の冷たい空気で頭を冷やしたサイトは、たとえ『つるつる』が待っているとしても…… 「あの薬……飲もう……」 男らしく決心をした。 ――そのころ。 「あれー、サイト気が利くじゃない」 つづきます |
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