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Last-modified: 2008-11-10 (月) 22:54:15 (5637d)

命の価値は  せんたいさん

 

※このSSは原作にほとんど準拠していません。オリ設定バリバリの厨SSです。
『原作汚すなカス』と思われる方は読まないほうが精神衛生上よいものと思われます。

※あとえろぬきです。

 

国境を越えるというのは、容易なことではない。
しかもそれが、正式な手段に則ったものではなく、違法に、それも誰にも知られずに、となると。
さらに今、ガリアとトリステインの国境、ラグドリアン湖の周辺には、飛竜を主力とした斥候部隊が駐屯していた。
戦争をするわけでもないのに、この厳重な警戒は何ゆえか。
国境を警備する兵士達にその真相は知らされてはいない。
ただ、『外患罪を犯した大罪人が、国境を越えるかもしれない』との情報が流されていた。
そう、彼らは『ガリアから逃げ出そうとしている外患誘致の大罪人』を捕らえる為にここにいる。
トリステイン王家にもその通達は成されており、彼らの行動を妨げる者は法的には存在しなかった。
しかし真実は違う。
タバサ達一行を、たった四人を止める為に、彼らはガリア王の謀によって国境を守らされているのだ。

「…迂回しましょう」

すでに街道から外れた台地を平たく削っただけの側道で、一行は休憩を取りながら、今後の事について話し合っていた。
四人はそろいの濃緑のマントとフードに頭からすっぽりと身を包んでいる。遠目には、誰なのかはわからないだろう。、
そこでタバサの出した結論は、街道を大きくはずれ、ラグドリアン湖を西から迂回することだった。

「待ってよ!」

タバサの指したルートに、異議を唱えるルイズ。
青い髪の少女が指したルートは。
鬱蒼としたアルデンの森を、街道も使わずに抜ける、危険極まりないルートだった。
特にこの時期、アルデンの森の動物たちは活発に動く。もちろん、その中には大型の肉食獣だっている。
グリフォン、マンティコア、レッサードラゴンなど、大型の動物を好んで捕食する幻獣も当然その中に入る。
ルイズはそんな危険な道を通るくらいなら、ラグドリアン湖を抜けて、駐屯している飛竜部隊とやりあった方が気楽よ、と言う。

「それに、サイトの力だってあるし」

言ってルイズは、同じように地図を囲む、自分と同じ境遇の少女達を見る。
才人と、使い魔の契約を交わした二人の少女を。
彼女らは、才人に『使い魔の刻印』に口付けを受けることで、ガンダールヴの力を宿し、人外の力を行使できる。
旅の途中、六千年の記憶を持つ剣は、二人の力についてこう語った。

『ちっこい嬢ちゃんの力な、アレは多分絶対零度ってヤツだ』
『絶対零度…。あらゆるものが凍りつく温度…』
『現象のイミは知ってるみてえだな。まあ俺っちも見るのは初めてだが』
『でも。理論で存在が証明されただけで、実際には…』
『じゃあありゃ絶対零度以外のなんだってんだ?飛び掛ってきたヤツが、一瞬で動きを止めた。運動すら凍らせる力っつったらそれ以外にゃねえよ』

そしてシエスタの力。

『で、メイドの嬢ちゃんの力だが。ありゃ単純に肉体能力を限界まで引き出してるだけだ』
『え、でも。あの黒い炎みたいなのはなんなんですか?』
『たぶんな、ありゃ余った力で体の周りの慣性を制御してんだよ。その力が溢れて炎みたいに見えるんだ』
『かんせい?』
『分かりやすく言うと、物の運動する力だ。物を投げたりすると飛んでくだろ?そういう力だよ。
 たぶんだが、嬢ちゃんの力で体を動かすと、体の方がもたねえんだと思う。それを保護するために、ああいう力が作用してるんじゃないかねえ』

しかし。
二人の力を使うことに、タバサが反対した。

「それはだめ」
「どうして?」
「…サイトが、動けなくなる…」

この力には大きな問題がある。
発動後、その行使した力の補填のため、使い魔へ主人から精を注がなくてはならないのだ。
それも、才人の腰が抜けそうになるほど大量に。
そのため、力を使ってしまうと三日は移動と、才人の戦闘への参加が不可能になってしまう。

「な、なら私の力ならどう?」

言ってルイズは、自分のうなじに刻まれた、桃色の羽の刻印、自分の使い魔の刻印を撫でる。
まだ、ルイズは才人と融合したことはない。彼女の力は未知数だといえた。

「やめといたほうがいいぜー」

今度は才人の背中からデルフリンガーが反論する。

「どうしてよ!」
「この二人の『力』の質から考えるに、相棒と融合して使える力は、その人間が持ってる力を引き出してるんだと思う。
 そして嬢ちゃんの力は『虚無』だ。はっきり言うが、相棒と融合して限界以上に『虚無』の力を引き出したりしたら、ラグドリアン湖が消えてなくなるぜ」
「それに、まだ問題があるんだ」

今度は才人が反論した。

「サイトまで…」
「飛竜部隊とやりあったりしたら、俺たちの居場所がばれちまうだろ。
 せっかく、スキルニルを置いてきたっていうのに」

四人は出立の際、ラ・ヴァリエールに立ち寄っていた。
そしてそこで、自分達の分身をスキルニルで作り出し、置いてきたのだ。
そのスキルニルの管理は、カトレアに任せてある。
すべての事情を了解した彼女は、快くその任を受けてくれた。
何故そんなことをしたのかといえば、これから命を狙う相手に、自分達の所在を気取られないため。
ガリア王ジョゼフ一世に、自分達の存在を気取られてはならないのだ。
ルイズはとりあえず納得したのか、引き下がる。
タバサは今一度目の前に広げられた世界地図の、ラグドリアン湖の西を、つい、となぞった。

「アルデンの森を抜けて、ガリアに入る。しばらくは野宿になる」
「しょうがないわね…」
「まあ、なんとかなるでしょう」

最初は野宿について色々と文句を吐いていたルイズだったが、何泊か野宿を重ねた今や、文句も言わなくなった。
それに、使い魔として心の通じるようになったタバサの心を、ルイズが知ってしまった事もその理由の一つだった。
タバサの内に渦巻いていたのは恐怖。
大切な人を、友達を、失う恐怖。
その友愛は、才人はおろかルイズやシエスタにも向けられていた。

…まあ、友達の頼みじゃしょうがないわね。

そう考え、ルイズは渋々、野宿を容認していた。
そしてその夜。
アルデンの森迎えた最初の夜に、ルイズは初めて野宿を後悔することになる。

バキバキバキっ!

耳障りな音をたて、樹齢百年近い樹木があっさりとなぎ倒される。
目標ではなく、特に興味もない木立に突っ込まされた苛立ちを、グリフォンは鳴き声で現す。

ヒュイーーーーーーーーッ!

その雄叫びはとりもなおさず、ここが彼のテリトリーであることを現していた。
雄叫びと共に、高空から、グリフォンの巨大な前肢が振り下ろされる。
目の前の、自分の縄張りを侵した愚かな小さな命を摘み取るべく。
しかし、その目論見は脆くも崩れ去る。
グリフォンの鋭い爪と全体重の乗った前肢による一撃を、才人はデルフリンガーで脇の地面に受け流す。
落ち葉と下生えに固められている緑の大地を、グリフォンの右前肢があっさりと貫く。
しかしそれでグリフォンの動きが止まる事はなく、第二関節まで埋まってしまった右前肢をあっさりと引き抜き、才人に対峙する。

「くっそ、寝かせてももらえねえのか!」

不幸なことに、一行の野宿に選んだ場所は、グリフォンのテリトリーだった。
幻獣の中でも特に縄張り意識の強いグリフォンが、その進入を許すはずもなく。
四人の人間を、今宵の晩餐に決めたのは、四人が晩餐を終えて、就寝の準備を始めた所だった。
才人は剣を取ってグリフォンの前に立ちはだかり、タバサは魔法の風でルイズとシエスタを守っていた。
グリフォンは爪の弾かれるやっかいな少女達はとりあえず置いておき、自分を狩りに来た愚かな騎士たちと同じ鉄の棒切れを持つ、黒髪の少年に目を付けたのだった。

バキン!

ヒュイィィーッ!?

才人の鋭い一撃が、引かれかけたグリフォンの右前肢を捉え、右端の爪を砕いた。
自らの武器の一つを破壊され、たじろぐグリフォン。
この人間は危険だ。
彼の中の本能がそう囁く。
しかし、幻獣としてのプライドが、この小さな命に屈することを良しとはしなかった。

「くっそ、まだだめかっ…!」

改めてデルフリンガーを構えなおし、前肢から血を流しながらも対峙をやめないグリフォンに、才人は辟易する。
しかし、次の瞬間。

「目を閉じて!」

バシンっ!

声と共に才人の背後の茂みから、鉄製の円筒が飛び出し、グリフォンの目の前で、炸裂音と共にすさまじい光が弾ける。

キュイィーーーーっ!?

今までと違う、苦痛の篭った声がグリフォンの喉から滑り出る。
グリフォンの視神経を、閃光が焼いたのである。
声に気づいた才人たちは、慌てて目を閉じたため、被害はなかったが。
もろに光を目に入れたグリフォンはただではすまない。
苦痛に身をよじりながら、才人から離れていく。
一刻も早く、棲家に帰って、体勢を整えなければならない。
そうしてグリフォンは、才人たちの目の前から消えたのである。

「…助かりました。ありがとうございます」

才人はデルフリンガーを鞘に納めながら、背後の茂みに向かってそう言う。
閃光を放った円筒が放たれたのがそこだったから。
そして、その茂みを掻き分け、現れたのは。
二十代後半であろう、妙齢の美女。
長いブルネットをポニーテールに纏め上げ、動きやすい茶褐色の狩衣に身を包んでいる。
すこしそばかすの目立つその顔は、そばかすが気にならないほど整っていた。
その美しい顔を笑顔で満たし、美女は才人に言う。

「お礼なんかいいわよ。それより、君達なんでこんなとこに?」

それは才人こそ聞きたい言葉であったが、彼女の立ち居振る舞いを見るに、どうやら彼女はこの森を狩場にする狩人のようだ。
…どうしよ。正直に理由話したもんかなあ?
才人の心の疑問符に、青い髪の使い魔が心で応える。
…迷ったと伝えて。彼女が何者かは分からない。
才人は、その言葉に従う。

「道に迷って。とりあえずここで野宿を」

その言葉を聞いた美女の目が点になる。

「は?この森で野宿?やめたほうがいいわよ」

そして彼女は、いかにこの森が危険な場所か、四人に講釈を始めた。
曰く、今は繁殖期で、森の動物自体が騒いでいること。
曰く、このあたりは幻獣のテリトリーが多く、並の人間では生きて帰るのも難しいこと。
だから早く来た道を戻りなさい、と彼女は言う。
しかし。
その言葉に、タバサが応える。

「…私たちは、この森を抜けてガリアに行く必要がある」

その瞳に強い意志を宿して、タバサは美女を見つめる。
そして、彼女は。
ふーん、と言って細い顎に手をあて、宙を見つめて考える素振りをする。
少しの間。
やがて考えがまとまったのか、彼女は才人たちに言った。

「なら今夜はこの奥にある、私の家で休んでいきなさい」

わけありか何かは知らないけど、せっかく助けた子に死なれちゃ後味悪いわ、と付け加えて。
そして彼女はさらに付け加える。

「私の名前はクリスティナ。クリスでいいわ」

 

一行が案内されたのは、森の一角、小川の脇に建てられた、丸太で組まれた家。
その前には手入れの行き届いた菜園がある。
家の周囲の四方には、奇妙な札の貼られた背の低い針葉樹が植えられている。どうやらこれが結界の役目を果たし、獣の侵入を防いでいるようだった。

「それだけじゃないんだけどね」

札の貼られた木を見ていたタバサに、クリスが話しかける。

「この家の周囲には、一定間隔で獣避けの符が貼ってあるのよ。
 おかげでウチにはやっかいな獣は寄ってこないってわけ」

獣は自ら厭な音のする方には向かっていかない。
それは野生で生きるための術である。『好奇心が猫を殺す』とはよく言ったものだ。
しかし、その親切な説明にも、タバサの中の疑念が失せる事はない。

…どうしたんだシャルロット?

その疑念を感じ取り、才人が心の声でタバサに呼びかける。
才人の心に疑念はない。当然だろう。クリスは才人たちを助けた相手だ。
でも。
どうやってこのような所にこんな家を。どうやってこんな結界を。
そして、どうしてこんな所に住んでいるのか。
タバサの疑念の尽きることはなかった。
しかしそれはあくまで仮定でしかない。

…なんでもない。少し不思議に思っただけ。

タバサはあえて疑念を覆い隠す。
今は、才人を休ませてあげたい。
もし可能性が現実になるとしたら、その時は自分から動けばいい。
今日、二人のともだちを守っていた時のように。

「さ、入って入って。軽く飲むもの用意するわ」

入り口からクリスがそう呼びかけた。
一行は、彼女に誘われるまま家に入っていく。

「ああ、私殺し屋だから。
 身を隠すのにここで暮らしてるの」

いきなりタバサの疑念は氷解した。
そして、クリスの言葉と同時に、一行に緊張が走る。
四人はほぼ同時に席を立った。
才人は背負ったデルフリンガーに手を伸ばし、タバサとルイズは杖を構え、シエスタを守るように動く。
しかしクリスは四人の行動など一切気にもかけず、手にしたカップを傾けてシエスタの淹れた紅茶を飲む。
そして言った。

「大丈夫よ、君達を殺したりしないわ。
 だって依頼も来てないし、そうする理由もないし」

彼女の言葉の通り、クリスからは一切の殺気が感じられない。
暢気に紅茶をすすっている。

「でも、だからって殺し屋って名乗った人を信用しろってのは…」

構えを解かない才人に、クリスは反論する。

「あら。殺し屋って意外と信用第一なのよ?
 依頼を受けない限り人は殺さないわ。まあ、依頼があったら肉親でも殺すけど」

さらりと物騒なことを言う。
その瞳に光る黒い光に、タバサは気付く。
タバサは杖を携えたまま席に戻る。

「…あなた、肉親を殺したのね」

タバサの言葉に、今度は才人が固まる。

…お、おいシャルロット!

心の声で才人は突っ込むが、タバサは怯まない。
この殺し屋がどういう人間なのか、知る必要があったから。
クリスは天井を眺め、少しの間んー、と唸っていたが。
すぐに視線をタバサに戻すと、明るい声で応えた。

「ええ。育ての親と、夫を殺したわ」

そして、彼女は堰を切ったように語りだす。

彼女は自分が、いつ、どこで生まれたのかも知らない。
物心ついたときには殺し屋の男に育てられていた。
その男は本当の親のようにクリスに接し、クリスに殺しのノウハウを叩き込んだ。
そして、クリスの殺し屋としての初仕事が、殺し屋として数多の恨みを買った男の抹殺。
育ての親を殺すことだった。
クリスはあっさりとそれをやってのけた。
殺し屋として大事なことは、依頼を確実にこなすこと。こなせなければ死ぬしかないこと。
それが彼女に植えつけられた倫理だったから。
親を殺したクリスは、殺し屋としての人生を歩み始める。

そして、彼女は夫と出会う。
夫も殺し屋だった。それも、毒殺を得意とする陰険なタイプ。自ら手を汚さず、目標を葬る、クリスのあまり好きではないタイプ。
その夫との出会いも、やはり殺しの依頼だった。
しかしそれは、彼女の受けた依頼ではない。親と同じように、数多の恨みを買ったクリスを抹殺せよと、夫となる男は依頼を受けたのである。
その男は街で見かけたクリスに、毒を盛ることに成功する。
食堂の給仕に痺れ薬入りの水を届けさせ、動けなくなったクリスを拉致したのだ。
そして、クリスは依頼主とその男に、想像を絶する陵辱を受ける事になる。
男の調合した薬で性感を数百倍にされ、何も考えられなくなるほどの快感の中で、毎日依頼主に犯されたのだ。
ほとんど意思を無くし、廃人になりかけたクリスに飽きた依頼主が彼女を放り出した時、彼が彼女を譲り受けたのだ。
彼女の第二の人生が始まったのは、そこからである。
彼は己の得意とする毒薬の知識で以って、死にかけていた彼女の意思を元に戻す。
意外に彼に対する恨みはなかった。
彼は依頼に従っただけで、殺しの倫理には外れていない。
彼女は彼についていくことにした。
二人の生活はそれなりに上手くいっていた。二人で同じ依頼を受けることもあったし、二人で別々の依頼をこなすこともあった。
そして、転機が訪れる。
彼女の下に、夫を殺せという依頼が入る。それは、かつて彼女を陵辱し、そして夫に毒殺された依頼主の娘からの依頼。
またしても、恨みが彼女の人生に絡みつく。
彼女はその夜、ベッドの上で夫の胸に短剣を突き立てた。
そして、夫の遺品から、彼もクリスを殺せと依頼を受けていたことを知る。
その依頼主は、クリスの依頼主と同じ娘だった。

クリスの昔語りに、才人の喉がごくり、と鳴った。
とんでもない人生だ。そんな人生を、目の前の優しい瞳の女性が歩んできたとは思えない。

「狂ってるわ…!」

それまで紅茶のカップを握り締めて震えていたルイズが、そう漏らす。
それは、才人もシエスタも感じていたことだった。
クリスの人生は、狂っている。

「かもね。私も時々なんだかね、って思うけど。でもさ」

クリスはそこで言葉を止め、つい、とカップの淵を指でなぞる。

「じゃあ、世界の正気は、誰が証明してくれるのかしら?」

自嘲気味に笑ってそう言う。
ルイズが言葉に詰まる。才人も、シエスタも、その言葉に反論できない。
タバサだけは知っていた。
『正しいこと』などこの世界には存在しないのだと。

「何が正しいのかなんて、議論しても始まらないわ。
 必要なのは、そうする理由があるかどうか、だけ」

そして、もう一度紅茶に口を付ける。
どうにも気まずい空気の流れる中、紅茶を飲み干したクリスは言った。

「それじゃ、今夜はお開きにしましょ。
 この居間の奥が物置になってるから。自由に使っていいわよ」

言って、すべての元凶は、手を振りながら居間から出て行った。

 

とりあえず、物置にあった荷物を隅に避け、才人たちは四人が寝られるだけのスペースを作る。

…本当に、大丈夫なのかしら。

ルイズの不安が心の声となって、四人の間で響く。
その声に応えたのは、タバサの声だった。

「大丈夫。彼女は信用していい」

タバサは、クリスの言動に信用に足るものを感じていた。
ただそれは、普通の人間としての信用ではなく…殺し屋としての、無法者としての信用。
『依頼がなければ』『命令がなければ』、相手を殺すことはない。
それは、殺し屋も…北花壇騎士も同じ。
彼女はプロだ。
その目に宿る狂気が、声に潜む昏さが、所作の一つ一つが、クリスが生粋の殺し屋だとタバサに語っていた。
その彼女が、動機もなく、報酬もなく、人を殺すとは考えられない。
タバサはそう確信していた。
そう。自分も同じ場所にいた人間だから。
それを、声には出さずに感覚だけでその場にいる全員に伝える。

「…そういう生き方も、あるんですね」

まるで信じられない、という顔でシエスタがそう呟く。
いままで真っ当に人の道を歩んできた彼女にとって、そんな生き方は想像もつかなかった。
そして才人は提案した。

「だとすると、彼女が依頼を受ける前に…ここを出たほうがいいかもな。
 明日の朝にはここを出る。そして森を突っ切るんだ」

反論する者は、いなかった。

森の朝は、朝日に反応した小虫を捕食する鳥の声で始まる。
羽を休めに枝に降りたその鳥を、猫科の肉食獣が捕食する。
盛大に原色の羽を撒き散らし、肉を貪る肉食獣を、大型の猿が捕らえる。
一瞬で頚椎を叩き折り絶命させると、食い散らかされた鳥を添え物に、その肉食獣を喰らう。
朝餉を始めた大型の猿はしかし、朝餉を終えることはなかった。
傷ついたグリフォンが、己の傷を癒すため、タンパク源として、その猿の頭蓋を一瞬で砕き、喰らいついたからだ。
朝日と共に食物連鎖を始めたアルデンの森の奥。
結界に守られ、例外的に食物連鎖から外れた場所。
丸太で作られた家のドアが開き、中から長いブルネットの女が姿を現す。
女は家の脇にある家庭菜園から、比較的大きく実った青い実を、五つもぎ取る。
そして、そこに。
暢気な鳴き声を上げながら、一羽の鳩が菜園にやってくる。
食物連鎖を避けてきたのではない。
初めから、この鳩は、この家を目指してやってきた。
その足には、小さな足環が。
クリスは足元に下りて動かないその鳩を抱き上げ、足環から一本の紙筒を抜き取る。
クリスはそれを読み終えると、はぁ、と溜息をついた。
鳩は再び暢気な声をあげ、緑の天蓋から覗く青い空に消えていく。

「そうかぁ…せっかくのお客さんだったんだけどなぁ」

そして、青い実を一旦籠に入れると、少し離れた場所に自生している、赤い小さな花を摘んだ。
この花の花弁には、強烈な睡眠作用がある。大型の肉食獣ですら、一枚で昏倒させられる。

「その花をどうするつもり」

クリスの背後から声が聞こえた。
それは、聞こえるはずのない声。
きっと今頃寝ているだろう人物の声。
それでもクリスは慌てることはない。予想の想定外。しかし『想定外』など彼女にとっては大した意味を持たなかった。
殺すか、殺されるかの世界で生まれ、時を重ねたクリスにとっては。
花を持ったままクリスは笑顔で振り向く。そこには、彼女の予想通りの人物がいた。
青い髪の少女が、杖を構え、完全な戦闘態勢で、家の入り口に立っていた。

「ちょっと、朝食に花を添えようと思って、ね」
「その花は眠り薬の原料。それで何をするつもり」

誤魔化そうとしたクリスだったが、タバサには通用しないようだ。
タバサは、クリスを信用していた。
ただし、それは殺し屋としての信用。
依頼を受けない限りは、才人を狙うことはないという、裏の信用。
だからこそ、タバサは常にクリスの動向には気を向けていた。
そして見た。クリスが、伝書鳩から書簡を受け取る様を。

「…今の鳩が、依頼…」
「そうよ。ガリア王から、各地にいる殺し屋へのね。
 どうやって私の居場所を嗅ぎつけたかは知らないけど」

言って、クリスは手にした花をばら撒く。

タバサの視界に、赤い花で所々穴が生まれた。
そしてその穴から。
小さな、投擲用のナイフが数本、タバサに向かって投げられる。
タバサは呪文を唱えることなく、身体に向かってくる数本を、手にした大きな杖で叩き落とす。
その間に、間合いを詰めたクリスがタバサに肉薄していた。その手には、大型の狩猟用ナイフ。
大型の獲物を解体する時などにつかわれるそのナイフが、クリスの身体の下から伸び上がるように両手を添えて突き出される。
タバサはバックステップでその一撃をかわす。
クリスは伸びきった状態から今度は後ろにステップを踏む。体の伸びきった状態からの二撃目では、タバサを捉えられないと踏んだのだ。
逆にタバサは、軽く踏鞴を踏む。伸びきった状態からの二撃目にあわせて、杖による打突の準備をしていたのだが、その予想は外されてしまった。
打突の用意をしていたタバサは、呪文の用意が間に合わない。このまま格闘戦を継続せざるをえなかった。
その一瞬の隙が、クリスに再度の攻撃のチャンスを産む。
一瞬動きを止めたタバサに、今度は右手で横薙ぎの一撃。
タバサはサイドステップでそれを避ける。
その瞬間。
タバサの目の前に、銀色の投げナイフが現れた。
クリスが、右の大型ナイフで薙いだ瞬間に、空いた左手のスナップで、投げナイフを投擲したのである。
さすがに狙いは適当で、致命傷を与える軌道ではなく、その軌道はタバサの左の肩口を注していた。
しかし。ナイフの速度に対し、タバサの体は追従できない。

かわせる位置じゃない…!

硬直し、ナイフの着弾に備えるタバサ。
しかし、衝撃はいつまでたっても襲ってこなかった。

「悪ぃ、遅くなった」

タバサに刺さるはずだった投げナイフはデルフリンガーによって叩き落され、地面に突き刺さっていた。
タバサとクリスの間に、才人がデルフリンガーを構え、立つ。

「…いつの間に」

クリスは驚いていた。
タバサが大声を上げたわけでもないのに、いつの間にか才人がここにやってきていたことに。
クリスは、才人とタバサの使い魔の『絆』の事を知らない。
タバサと使い魔の契約をした才人は、心の声で、離れていてもタバサと意思の疎通が出来るのだ。
その『絆』を使って、タバサは才人に、クリスに対する警告を送っていたのだ。
そして、事のあらましも。

「そうか、あんたガリア王からの依頼を受けたってわけか」
「気持ち悪いわねあなた。どこまで知ってるのかしら」

油断なくナイフを構えなおし、クリスは才人との間合いを計る。
後ろに控えるメイジの少女よりも、クリスは才人を目標として判断する。
魔法なら、発動する際にある程度距離を取ればなんとかなる。
しかし、剣士はそういうわけにはいかない。持久戦に持ち込もうにも、大剣とナイフでは獲物に差がありすぎる。
ならば先に。地の利のあるうちに、剣士の方を黙らせるのが上策。
じりじりと間合いを計りあい、二人は菜園の中を巡る。
器用に才人を間に挟まれているために、タバサは中々手を出せないでいた。
そして、才人の体に完全にクリスが隠れた瞬間。それは起こった。

ばふん!

クリスは、足元にあった、粉末状になるまで粉砕した枯れ木を才人めがけて蹴り上げた。
菜園の土に混ぜるため、準備しておいたものである。菜園の隅に置いてあったそれを、目潰しに使ったのだ。

「うわっ!?」

いかに才人にガンダールヴの力があるとはいえ、一瞬で広がる微細な粉末を防ぐのは不可能だった。
目に粉末の一部が入り込み、たまらず才人は下がりながら目を閉じる。
その好機をクリスが逃すはずもない。

一瞬だけ、右横にステップすると。
才人の左側、斜め下。粉塵の向こう側から、腕を盾にされても心臓を貫けるほどの勢いで、ナイフを突き上げる。
しかし、ここでも情報の不足が勝敗を分けた。

…左下!今!

心に響く使い魔の声に応じて、才人はその場所を全力で、デルフリンガーで薙ぐ。

ざぐっ!

鋭い剣閃。響く鈍い音と、手に伝わる衝撃。

「ぎぁっ!」

獣のような声を上げ、大地に転がったのは。
クリスだった。

才人は目をぬぐい、状況を確認する。
目の前には大量の血溜まりと、その中に転がる人間の手と、それに握られた大振りの狩猟用ナイフ。
そしてその奥に、右手と大量の血液を失い、青い顔でこちらを睨む、ブルネットの美女。

「…悪い、手加減できなかった…」

才人にクリスを殺すつもりはない。
自分を狙わなければ、彼女を助けるつもりだった。
クリスには、そんな少年の心が、手に取るように分かった。

…青い。

そして彼女の中の冷静な部分が、状況を分析する。
この失血では。そして、この状況では。

「…殺しなさい。ヒラガサイト」
「…できねえよ…」
「…ほっといても助からないわ。さあ早く」
「…できねえよ…」
「…しょうがないわね。全く」

才人は殺せなかった。
例え命を狙ってきた相手だとは言え、彼女は昨日、自分達を助けて、その上寝床まで与えてくれた女性だ。
そして何より。
彼女は生きている。生きている命を奪うことは、日本に生きていた才人にとって、タブーといえた。
だが、現実は容赦なく動く。
クリスは、まだ動く左手で、腰の後ろにあった一本のナイフを取り出す。
その刃には、猛毒が塗ってある。
大型の肉食獣ですら、一刺しで毒殺できるほどの。
この毒を使って、獲物にトドメを刺すのが…彼女と、夫の、築き上げた暗殺のやり方だった。

「待て、あんた一体」

慌てて才人は手を伸ばす。
しかし、零れ落ちた水は、杯には戻らない。
クリスは笑顔を才人に向けて、手にしたナイフで自らの心臓を貫く。
そして心臓が貫かれるまでの間に、辞世の言葉を放つ。

「坊や。いい男に、なりなさいな」

毒が回る。胸と口と右腕から血を流し。
アルデンの森の暗殺者は、息絶えた。

一行は、クリスを弔うと、アルデンの森を後にする。

「俺が殺したのか」

落ち込んでいるような才人の言葉に、タバサは淡々と応えた。

「サイトは殺していない。殺せなかった」

そして続ける。
その場にいる、彼女のともだちにも向かって。

「覚えておいて。私たちが相手にしているのは、彼女みたいな人間。
 狂気の中で、狂気を自覚して、狂気に従う人間。
 狂った世界の、住人たち」

かつては自分も垣間見たその世界。
その世界に、愛する人を、ともだちを、踏み込ませるわけにはいかない。
だから。
ジョゼフを倒す。狂気の中心を、自分達を巻き込もうとする、災渦の中心を。

殺すのを躊躇わないで。彼らは死ぬことを自覚している。

決意とともに、全員に心の声で伝える。
それはきっと、人を殺すことへの欺瞞にすぎないのだろう。
でも、そうしなければ自分の大切な人が壊される。
自分の愛した世界が、蹂躙される。

そう、私は自分の我侭で叔父を殺す。

それ以上でも、以下でもない。
決意を新たに、タバサはかつて幼少を過ごした、王都リュティスを目指す。〜fin


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