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Last-modified: 2008-11-10 (月) 22:54:23 (5637d)

平賀さん家へいらっしゃい〜初めの夜〜  205

 

 謎の男に自慢のゴーレムを撃破された後、ミョズニトニルンは必死こいて夜の街を逃げ惑っていた。

(一体何者なんだい、あの男は!?)

 何故だか知らないが、背後からあの男が追いかけてくるような気がして、その恐怖のためになかなか止まることが出来ない。
 ようやっと足を止めたときには、明りも眩い町の中に入ってしまっていた。

(つ、疲れた……)

 膝に両手を置いて、ぜいぜいと息をする。
 元々、ほぼ何もかもマジックアイテム頼りでロクに運動もしてこなかったような女である。体力がないのは当然であった。
 いや、どれだけ体力のある人間でも、これだけ逃げ回っていたら疲れるのが当たり前かもしれないが。

(ちょっと、休もうかね)

 近くに噴水を見つけ、その前に設置されたベンチに腰を下ろす。ふーっと息を吐き出す。全身が重かった。

(……ん?)

 休んでいる内に、ふと気がついた。道を行く人々が、何やら怪訝そうな顔で自分を見ていくことに。
 中にはあからさまに嘲笑を浮かべている者もいる。

(……なんだ?)

 自分の格好を見下ろしてみたが、特におかしなところはない。いつも通りのローブ姿だ。
 だがすぐに、周りを歩いていく連中が、見たこともない格好をしていることに気がつく。
 どうやら、見慣れない格好の女を珍しがっていただけのようだ。

(なるほど。どうやら、ハルケギニアとはかなり文化が違う場所に飛ばされちまったようだね)

 疲労が取れて少し冷静さが戻ってきたらしい。
 ミョズニトニルンは、座ったまま自分の置かれた状況を分析し始める。

(まずいね。ヨルムンガントの試験中だったから、ロクなマジック・アイテムを持っちゃいないし)

 幸い、周りから聞こえてくる声や、妙な旋律に乗った歌声などは普通に聞き取れるから、言語的な問題は特になさそうだ。
 となると、まずはなんとかしてこの地での活動基盤を築かなければならない。

(わたしもガリアの後ろ盾を失っているが、それはあの連中とて同じことだろうからねえ。
 さっきの妙な男にさえ気をつければ、何人かは始末できるだろうよ)

 こんな不可解な状況においても、ジョゼフへの忠誠心は全く翳りを見せない。
 そんな自分の精神的な強さに満足しつつ、ミョズニトニルンは顎に手をやって思案する。

(さて、まずはどうするか。とりあえずは武器……いや、その前に食料とアジトの確保といこうかね。
 言葉は通じるようだから、なんとかして協力者を作って……)

 そのとき、ミョズニトニルンはローブの中に何か硬い感触があるのに気がついた。
 何かと思って取り出してみると、それはメイドの姿を象ったと思しき小さな人形だった。

(なんだい、こりゃ?)

 首を傾げたミョズニトニルンだったが、すぐに思い出す。

(ああ、そう言えば、試験前に部下が『これなんかのマジック・アイテムですかね』とか言って届けに来たんだったか。
 忙しかったから後でゆっくり見ようと思って、ローブの中に突っ込んでおいたんだった)

 何か役に立つアイテムならいいが、と少し期待して、『神の頭脳』たるミョズニトニルンの力を発動させる。
 が、それで分かったこの人形の用途は、正直言って期待外れなものだった。

(メイドアルヴィー、ね。使い手の身の回りの世話を焼いてくれる人形ってか)

 落胆し、肩を落とす。せめて攻撃に使えるものだったら、多少は役に立ったのだが。
 とは言えこんな状況であるから、何でも利用するに越したことはない。
 そう思い直し、ミョズニトニルンは手の中の人形を路上に置くと、封じられた力を発動させた。
 人形から眩い光が放たれた、と思ったときには、もう既にそこに人形は存在せず、代わりに小柄な少女が一人立っていた。
 やたらと明るい色使いの、奇抜なデザインのメイド服に身を包んだ、ショートカットの少女である。
 髪の色は緑色で、両耳に何か白い板のような物体をつけているという、奇妙な出で立ちであった。
 その少女はミョズニトニルンを見てにっこり笑うと、深々と頭を下げる。

「はじめましてご主人様、私、マル」
「能書きはいいんだよ!」

 バチーン! と、ミョズニトニルンは少女の頭を遠慮なく手で叩く。
 少女はたちまち悲鳴を上げて、涙目になりながら両手で頭を押さえた。

「な、なにをなさるんですかー」
「うるさいんだよ! こっちはお前の名前になんざ全く興味がないってのに。大体」

 ミョズニトニルンは、少女のメイド服をじろじろと眺める。
 所々にリボンやらフリルやらをあしらった、無駄に凝ったデザインだった。
 少なくとも、ハルケギニアではこんなデザインのメイド服は見たことがない。

「おい、この服は一体なんの冗談なんだい?」
「え、なにか変ですかー」

 少女は不思議そうに自分の格好を見下ろす。どうやら、それが変な服だと認識していないらしい。

(なんか、頭の緩そうな子だね)

 若干、というかかなり不安になってきたので、一応確認してみることにした。

「おい、マル」
「へ? いえ、わたしはマル」
「名前なんざどうでもいいんだよ。わたしがマルって決めたんだからお前はマルだ。
 で、マル。あんた、自分の役目がなんなのかは分かってるんだろうね?」
「はい、もちろんですー」

 マルは自分の薄い胸を誇らしげに叩いた。

「私はメイド・アルヴィーですので、ご主人様の身の回りのお世話をするのが役目ですー」
「ふむ。具体的には?」
「掃除洗濯お料理、それから」

 と、何故か顔を赤らめて、メイド服のスカートの裾を摘まんでモジモジと身じろぎし始める。

「夜のお世話、とかー」
「……」
「あ、そんな怖い顔しちゃいやですー」
「うるさいんだよ!」

 バシーン! と、ミョズニトニルンは再びマルの頭をブッ叩く。

「はわわ、いたいですー」

 だのと涙声で言いながらその場に蹲るアルヴィーを見ていると、むしろこっちの頭が痛くなりそうだった。

(落ち着け、わたし。なに、こんな奴でも一応アルヴィーだ、命令すればちゃんと自分の役目を果たすともさ)

 自分にそう言い聞かせ、「元に戻した方がいいんじゃないか」という心の声を無視して、命じてみる。

「よし、じゃあ初仕事だ」
「はい、なんですか、ご主人様!」

 マルがびしりと背を伸ばし、目を輝かせて叫ぶ。どうやらやる気は十分なようだが、それだけになおさら不安だった。

「ええと、なにか、食い物を持ってこい」
「はい、分かりましたー!」

 何ら疑問を口にすることなく、マルは全速力で夜の街に消えていく。
 あの奇抜なメイド服の背中が雑踏に紛れるのを、ミョズニトニルンは不安な気持ちで見送った。

(やれやれ、妙なことになっちまったねえ)

 頬杖を突きながら、ぼんやりと夜の街を眺める。
 改めて見てみると、夜だというのにずいぶん明るい町だ。
 店、と思しき四角い建物が所狭しと立ち並び、そのほぼ全てから明るい光が漏れ出している。
 マジック・アイテムによるものなのかどうかは知らないが、驚嘆すべき技術である。
 通りを歩いている人間もかなり多く、みすぼらしい格好をしている者など一人もいない。

(なんにせよ、かなり文明が進んだところ、らしいねえ)

 そのことは、彼女にとっては好都合だった。

(これだけ裕福なら、金が余ってる人間もかなりいるだろう。
 あることないことでっち上げて、適当に儲け話の匂い漂わせれば、
 体制を整えるのはそう難しいことじゃないかもしれないね。それに)

 少し安堵して、ミョズニトニルンは息を吐く。

(これだけ豊かそうなところなら、さっきのバカも難なく食料を持ってくるだろう。変な問題は起こらないに決まって)
「ご主人様ー!」

 先ほど放ったメイド・アルヴィー……マルが、何か包みのようなものを大事そうに抱えて小走りに走ってきた。

「お待たせしました、食料ですー」

 差し出したものを受け取る。見慣れない素材で作られた袋だった。
 表面にピエロのような不気味な男が描かれたその袋の中を覗いてみると、確かに食料らしきものが入っていた、が。

「おい、マル」

 ミョズニトニルンは自分の頬が引きつるのを感じながら、目の前の少女に問いかける。

「お前、これ、どっから持ってきた?」
「あそこですー」

 マルが嬉しそうに指差した先には、四角い鉄の箱のようなものがいくつかくっついて並んでいた。
 通りかかった男が、手に持っていた何かを無造作にその箱の中に放り投げた。どうやらゴミ箱らしい。
 そしてもう一度、袋の中身に目を戻す。
 中には紙に包まれた二つの塊が入っていた。二つとも、パンで肉や野菜を挟んだ食べ物である。
 問題は、その食べ物が二つとも食べかけだということであった。

「誰が乞食の真似事をしろと言ったんだい!」

 パコーン、と再び殴りつけると、マルは頭を押さえながら必死に答えた。

「だって、食べ物たくさん売ってるお店に行ったら、『お金がない人には何も売れません』って」
「盗んでくりゃいいだろうが」
「はわわ、そんなこと言っちゃダメですー」

 マルが両手をブンブンと振り回す。

「盗みはいけないことですから、どんなに心が貧しくてもやっちゃいけないです。
 悪い人になっちゃったらブリミル様の御許へ行けないですー」
「あのねえ」

 ミョズニトニルンは額を抑えた。どうも、この少女と話していると調子が狂う。

(ま、こんな奴の相手なんざ、まともにする必要もないか)

 さっさと元のアルヴィーに戻そうか、と記憶を探ってみて、気がつく。
 先ほどミョズニトニルンの能力を利用して読み取った使用法の中に、このアルヴィーを元の姿に戻す方法がない。

「おい、マル」
「はい、なんですかー」

 ニコニコとバカっぽい微笑を浮かべているその顔に、嫌な予感を覚えながら問いかける。

「あんたを元の人形に戻す方法、自分で知ってるか?」
「知らないですー」

 マルはあっさりと答えた。

「私の仕事は、ご主人様の身の回りのお世話をすることですから」

 ミョズニトニルンは低い呻き声を漏らした。

(じゃあ何か。これから先、四六時中この役立たずを連れて歩かなくちゃならないってことかい)

 考えるだけで気が滅入ってくる状況である。
 にも関わらず目の前の少女がニコニコ笑っているので、余計に腹が立つ。
 いっそぶっ壊してしまおうか、とも思ったが、寸でのところで思いとどまる。

(こんなのでも、何かの役に立つかもしれない。現に、食べかけでも食料を持ってきたんだし)

 ミョズニトニルンは袋から食べかけの食料を取り出しながら、溜息混じりに言った。

「よくやった。お前もとりあえず隣に座りな」
「分かりましたー」

 マルは嬉しそうにミョズニトニルンの隣に腰掛け、ニコニコしたまま主人の食事を見守り始める。

「ところで、これ腐っていやしないだろうね」
「大丈夫です、私、そういうのはちゃんと見分ける機能が備わってますから」
「なんでそういうところだけは充実してるんだい、ったく」

 ムカついたのでマルの頭を軽く小突いたあと、ミョズニトニルンは先ほどの食料に口をつける。
 途端に、柔らかいパンと濃い味付けをされた肉の旨みが口の中に広がった。存外に、美味い。

(へえ。食べかけで捨てられるぐらいだから、相当まずいもんだと思ってたけど)

 逆に言えば、一般市民が美味なものを食べかけで捨てられるほど、この国は肥えているということだろう。

(こりゃ、案外見通しは明るいかもしれないねえ)

 ミョズニトニルンが食料をほお張りながらにやりと笑うと、隣のマルも嬉しそうに笑った。

「おいしいですか、よかったですー」
「なんも言ってないだろうが」

 だがおいしいと思っていたのは事実だったので、半ば照れ隠しにマルを横目で睨みつける。

「さて、と」

 食べ終わって、ゴミを適当に投げ捨てる。すかさずマルが拾い上げて、先ほどのゴミ箱に捨てに行った。

(律儀な奴)

 呆れつつ、これからどうするかを考える。

(とりあえずはアジトの確保か。そのためにもまずは手駒を……)

 考えている途中で、ミョズニトニルンはあることに気がついた。いや、思い出したというべきか。

「お待たせしました、ご主人様……?」

 小走りに駆け戻ってきたマルが、主人の顔を見て怪訝そうに首を傾げる。

「どうしたんですかご主人様、いいことでもあったんですかー」

 どうやら、知らない内に笑っていたらしい。いや、これが笑わずにいられようか。

(ったく、あたしも間抜けだねえ。いくら予想外の事態が続いたからって、こんな大事なもののこと忘れちまうとは)

 苦笑しつつ、ローブの中から一つの指輪を取り出す。マルが遠慮がちに問いかけた。

「ご主人様、それはなんですか」
「これかい? これはね、アンドバリの指輪と言って……
 まあ、簡単に言うと、他人を思うままに操ることが出来るマジック・アイテムなのさ」
「はわわ、すごいですー」

 マルがあまりにも単純に尊敬の念を露わにするので、ミョズニトニルンの方も少し得意な気持ちになった。

「そうだろそうだろ。なにせ、これがあればこの町の住人をみんな操って」
「慈善活動に参加させられます!」
「……その発想はある意味斬新だね」

 ちょっと感心しながら、ミョズニトニルンは自信満々に立ち上がった。
 マジック・アイテムを全て失ったと思っていたが、一番重要で便利なものは手元に残っていたわけだ。

(フフン、見てなよ小僧ども、すぐにさっきの借りを返させてもらうからねえ)

 にっと笑いながら、マルに言う。

「さあマル、そうと決まったら早速探すよ!」
「はい! ……探すって、何をですか?」
「ああ、この指輪を使うには、水源を探さなくちゃならなくてね」
「水源、ですかー?」
「そうさ。具体的には……」

 ミョズニトニルンは夜の街を見回して、首を傾げた。

「……井戸はどこだ?」


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