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Last-modified: 2008-11-10 (月) 22:54:23 (5644d)

猫と七夕  せんたいさん

 

トリステインに夏がやってきた。
照りつける太陽。まばゆく輝く白い雲。
才人は日本よりずっと乾燥した過ごしやすいトリステインの夏を、楽しんで

「うぁっちぃ〜〜〜〜〜〜〜〜」

いなかった。
いかに空気が乾燥しているとはいえ、暑いもんは暑い。
それは日本もトリステインも同じ。
才人は比較的涼しい壁の脇の影で、デルフリンガーを抱えるようにして涼をとっていた。

「だいたい27度前後ってとこか…。七月くらいだとこんなもんかねえ…」
「なーなーあいぼー。『しちがつ』ってサウナの類かなんかかー?」
「あー。こっちじゃ言い方違うんだっけ?夏の月のことだよ。新年から数えて七番目の月だからだよ」
「へーえ。単純なんだな相棒の故郷ってなあ」
「ひでえなあ」
「分かりやすくていいんじゃないでしょうか?私はいいと思いますよー」

デルフリンガーと他愛のない話をしていると、いつのまにかシエスタが目の前に立っていた。
小脇に洗濯籠を抱えている。どうやら洗濯物を干してきた後のようだ。

「隣、いいですか?」

にっこり笑ってそう尋ねるシエスタ。
特に断る理由もないので、才人は隣の芝生をぽんぽん、と叩いて応える。

「どーぞどーぞ。ってか別に断らなくてもいいじゃんか」
「気分の問題ってやつですよ。それじゃ失礼しまーす」

必要以上にぴったりくっついて、シエスタは隣に腰掛ける。
そして、才人に話を振る。

「サイトさんの故郷にも夏ってあるんですね」
「まあね。四季折々で全く違う気候だからなあ日本は」
「それじゃあ、季節ごとにいろいろ催しなんかもあったりします?」
「うんまあ。たとえば今くらいの『七月』の話だけどもさ」

そして、才人が話したのは七夕の話。
一年に一度、仲を裂かれた恋人たちが、天の川を渡って逢瀬を重ねる、伝承の話。
それにあやかって、笹に願い事を託す話。
シエスタは才人の話を聞き終わると、言った。

「へえ。伝承も似たようなのがあるんですね」
「似たようなの?こっちにもあるの?」
「ええ。でも天の世界の話じゃなくて、騎士様と平民の娘の話ですけど」

シエスタがそう言って語ったのは、『騎士ラドクリフとアイシャの物語』。
昔、月の女神に愛された、ラドクリフという騎士がいた。
その騎士は月の女神の魔力を借りて、戦場で無敵を誇ったという。
しかし、その騎士が平民の娘、アイシャと恋に落ちたとき、悲劇は起こった。
アイシャに嫉妬した月の女神が、ラドクリフとアイシャに呪いをかけたのである。
月の魔力に囚われたラドクリフは、昼の間、蝙蝠の姿にされる呪いをかけられた。
月の光に厭われたアイシャは、夜の間、猫の姿にされる呪いをかけられた。
この呪いによって、二人は逢瀬を重ねる事が不可能になったのである。
だが、二人の嘆きの声を聞き届けた神がいた。月の女神の夫、太陽の神である。
太陽の神は妻の隙をついて、月の消える月蝕の夜、二人にかかった呪いを解いた。
しかし月の女神の魔力は強く、次の夜、二つの月が昇ると、アイシャは再び猫の姿になってしまう。
だが二人は年に一度の逢瀬を重ね、やがて二人の愛しあう姿に己が嫉妬を恥じた月の女神は、十六回目の蝕の夜、二人を赦したという。

「へえ。ハッピーエンドじゃん」

シエスタの伝承を聞き終わった才人は、感心したようにそう言う。
才人の言うとおり、七夕の織姫と牽牛は、千年経った今でも年に一度の逢瀬のまま、それも天に天の川のかからない年は逢えないという、不遇の恋に身をやつしている。

「ですね。でも、サイトさんの故郷の話もステキじゃないですか」
「そうかな」
「そうですよ」

そして二人で笑い合う。
あー、なんだかいい雰囲気ー、ちょっともたれかかっちゃおっかなー、などとシエスタが斜めになり始めた時。

「あ、こんなとこにいた!」

才人のご主人様が一体現れた。
ルイズ怒ったような顔で、はつかつかと二人めがけて寄ってくる。

「ちょ、ちょっと待って!俺まだ何も」

思わず言い訳を始める才人。
しかし、ルイズの目標は才人ではなかった。
ルイズはシエスタの腕を掴んでぐい!とひっぱったのだ。

「ほら行くわよシエスタ!女王陛下がお呼びよ」
「え?え?え?私がなんで?」
「知らないわよ!直接陛下に聞きなさいよ!」

ルイズは今朝方、アンリエッタ女王からの書簡を受け取っていた。
その書状には、シエスタを伴って王宮まで来られたし、との旨が書き記されていた。

…シエスタまで巻き込んで何するつもりなのかしら?あのわたあめ女王!

しかし疑問には思っていても、仮にも貴族の上に女王お付の女官であるルイズには、正式な書簡であるそれに従わないわけにはいかない。

…いざとなったら、あのわたあめぶっ飛ばして帰ってこよう。

などと物騒な事を考えながら、ルイズはシエスタを引きずって王都へ向かったのである。

「で…?俺は…?」
「あいぼー、たまには放置される者の悲哀を一緒に味わおうぜー」

伝説の一人と一本をほったらかしにしたまま。

ルイズが王宮に着くと、謁見の間ではなく、執務室に通された。
ということは、とりもなおさずプライベートな話。
ルイズは女王の謀を警戒しながら、シエスタを伴って王宮の廊下を歩く。

…ったくあのわたあめ、今度は何企んでるのかしらっ…!

そして執務室の扉を開けると。
そこには、既に先客がいた。
短い青い髪の小さな少女。
タバサだった。
タバサは執務室の簡素なソファに腰を下ろし、黙々と本を読んでいた。
タバサは部屋に入って来た二人に一瞬目をやるが、すぐに読んでいた本に目を落とす。
ちなみに本のタイトルは『素直になれない女主人・夏の章 〜夏のアリアドネは真っ赤に燃えて〜』である。

「…なんで、あんたがここに居るのよ」
「…これが来た」

言ってタバサは目の前の黒いローテーブルの上を指差す。
そこには、一枚の書簡。トリステイン王家の押印の入った、その書簡は、ルイズに届いたソレと同じもの。
そして、事実に気付いたのは黒髪のメイドだった。

「あれ…ひょっとして、この面子って…」
「…サイトと肉体関係のある人物」

シエスタの台詞を、タバサが追う。
あまりにもあからさまな一言だったが、確かにその通り。
ここにいる人物は全員、才人と肉体関係がある。
もちろん、この人物も。

「揃いましたね」

いつの間にか、奥の執務机のイスに、この王宮の主が座っていた。
アンリエッタ女王である。
女王は全員が部屋に入ったのを確認すると、閉じた扉にロックの魔法を掛け、部屋の周囲にサイレンスの魔法をかける。

「これで部屋の中の声は外に漏れません」

当たり前の事のようにそう言う女王に、ルイズは待ってましたとばかりに掴みかかる。

「くぉらこのわたあめ姫!何企んでるのか吐きなさいっ!」

女王の胸倉を掴んで詰め寄るなどという行為、普通ならば死罪にも等しい行為なのだが。

「あら企むなんて人聞きの悪い。
 私はちょっとしたイベントに皆さんをお誘いしようと思っただけなのに。」

女王は涼しい顔でそう応える。
しかしルイズは納得しない。女王の胸倉を掴んだまま放さない。

「それが企むっつーことでしょーが!またサイトに手を出そうってわけ?」
「そ、そうなんですか?まさか女王の特権を利用してあんなことやそんなことっ?」

そんなことを呟くシエスタ。何を想像したのか、顔が赤くなっている。
一人冷静なタバサは、ルーンを唱えていた。
詠唱の内容は『ディテクト・マジック』。対象に魔法がかかっているかどうか、判別するための呪文である。
それをタバサは、アンリエッタにかけていた。
女王が本物かどうか、スキルニルや幻術の類ではないかどうかを確かめるために。
その結果は。

「…安心して。その女王は本物」

もしアンリエッタが本気で才人をどうにかしようと思うのなら、この三人を部屋に閉じ込め、身代わりのスキルニルなどを置いて才人の下へ向かえばいい。
それをしない、という事は。
タバサは続ける。

「用件だけでも、聞いていいと思う」

少なくとも、現時点で自分たちに危害が及ぶことや、才人に女王の魔の手が伸びるという事はない。
ルイズはタバサの言葉にようやく、女王の胸倉から手を放す。

「…何の用事か、言ってみなさいよ」

その態度は既に女王に対するそれではなく、幼馴染の喧嘩相手に対するそれであったが。
アンリエッタは乱れた胸元を軽く直すと、執務机の上にあった木箱を、ローテーブルの上に置く。
そしてその蓋を開く。
そこには、4本の、青い宝石をあしらわれた指輪が光っていた。

「ここにあるのは『アイシャの指輪』。
 皆さん、『騎士ラドクリフとアイシャの物語』は知っていて?」

女王の言葉に、三人は頷く。
アンリエッタはそれを確認すると、続けた。

「この指輪には、変化の魔法がかけられているそうです。嵌めた者を、猫の姿に変える魔法がね」
「それとこの呼び出しと、何の関係があるっていうのよ!」

しびれを切らしたルイズがアンリエッタに詰め寄る。
アンリエッタはくすりと笑うと、右手を差し出す。その指には、大き目の水晶のあしらわれた指輪が。
『遠見の指輪』。離れた場所の様子を嵌められた水晶に映し出す、魔法の指輪。
そこには、馬を駆る才人の姿が映し出されている。三人にも、その姿がはっきりと見えた。

「サイト様に、夕刻までにトリスタニアに来るよう、呼び出しをかけました。
 さて、ここで本題です」

にっこり笑って、女王は本題を話す。

「私たちはこれからこの指輪で猫の姿になり、サイト様の下へ赴きます。
 ですが、この指輪には欠陥があって、自力では魔法を解除できません」
「…どういう事?」

ルイズの疑問符にしかし、アンリエッタは構わず続ける。

「この指輪の魔法を解くには、丸一日経つか。
 もしくは、自分の名前を呼んで貰うか、しかありません。
 猫の姿になった私たちは、本来の姿ではない状態で、サイト様に逢い、サイト様に名を呼んで戴く。
 それが、真にサイト様と繋がっているという、証明となるのです」

そう言いきったアンリエッタの瞳が、妖しく輝く。
その瞳が、表情が語っていた。

この程度の挑戦を受けられないなら、女王と同じ戦場に立つ資格はありませんわ。

乗らぬのならば、女王の力でもって排除する気まんまんであった。

そして。
最初に指輪を手にしたのはタバサ。

「…早いもの勝ち」

そう呟いて指輪を嵌めると、その身体が青い光に包まれる。
光が消えると、そこには、毛足の短い、雪のように真っ白な仔猫が、残った三人を見上げていた。
その白い仔猫は一回だけなーん、と啼くと。
開いた執務室の窓から、ひょいっ、と飛び出していってしまった。

「あ、ちょっと待ちなさいよっ!」

慌ててルイズも後を追うように指輪を手にし、嵌める。
青い光が瞬き、そしてルイズも、猫になる。
クリーム色の、耳がぺたんと倒れた、寸足らずな手足の猫になった。
その猫はふしーっ!とアンリエッタを一回威嚇して、白猫の後を追うように窓から飛び出ていく。

「さて、それじゃあ私も行きますか。
 それじゃあシエスタさん、お先に失礼」

目の前で繰り広げられる光景に呆気に取られていたシエスタにそう言い、女王は指輪を嵌める。
女王は、つややかな灰色の、長い尻尾の猫になる。
灰色の雌猫は尻尾をしゃんと立て、シエスタを一回見上げると、優雅にひらり、と窓の外へ身を躍らせる。

「あ、ちょ、ま、待ってくださいよ〜」

一人残されたシエスタは、恐る恐る指輪を嵌める。
青い光が驚くシエスタを包む。
光が消えた後に残ったのは、尻尾の短い三毛猫。
三毛猫はなんなんなん、と啼いて、慌てて先に出て行った猫たちを追った。

そして。

執務室には誰も居なくなった。

【選択肢を選んでください】
31-640猫と七夕〜猫のルイズ
32-204猫と七夕〜猫のタバサ
32-423猫と七夕〜猫のアンリエッタ
32-603猫と七夕〜猫のシエスタ


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