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Last-modified: 2008-11-10 (月) 22:54:30 (5644d)

せかんど・バージン1話.『愛は暗闇の中で』(2)  ぎふと

 

(なによなによなによ! いつもならほっといても襲い掛かってくるくせに。涎垂らしてがっつくくせに。どうして今夜にかぎって何もしてこないわけ?)
 毛布にもぐりこんだルイズは、あらためて心の中で悪態をつきまくっていた。
 悔しさのあまり、握り締めた毛布をひきむしってしまいそうになる。興奮で息が荒くなる。
(それともなにかしら。私の方から誘惑しないと相手にもできないっていうの? なにそれ失礼しちゃうわ。犬のくせになによ偉そうに。犬犬バカ犬)
 そんなルイズの心配は、しかしすぐさま杞憂に変わった。
 いくらも立たないうちに、腕に何かが触れる感触がしたからだ。
 サイトだ。反射的に息を大きくのみこんだ。才人の指がほんの軽くだけど腕に触れている。
 ほっとすると同時に、嬉しさとにやにやがこみあげてきた。
 そ、そうよね。男の子だもの。やっぱりサイトだって我慢できないわよね。やだ私ったらなんて罪つくりな女の子なのかしら……、なんて思って身を固くしていると、腕に触れた指はすぐに離れてしまった。
 代わりに声がした。
「あの、ルイズ……、もう少しそっちに行っていい?」
 押し殺したような声は興奮のせいかわずかに震えている。
 ルイズは唇を噛んだ。なんでそんなこといちいち聞くのだろう。
 そんなの返事のしようがない。それともダメと言ったら諦めるんだろうか?
 きっとそうだ。勢いでも照れでも冗談でも、万が一にもそんなことを言おうものならあっさり引き下がってしまう、それが才人だった。意気地なしなんだから。
 仕方なしにルイズは言った。
「勝手にしなさいよ。でも……」
 変なことしたらゆるさないんだからね。言葉の続きは声にならずに喉の奥にのみこまれてしまった。
 するすると二本の腕が伸びてきて、強く抱きすくめられてしまったからだ。
 近頃いっそう逞しくなったような気のする身体がぴたりと密着する。
 ふわりと石鹸に混じって男っぽい香りが鼻をついた。
 え? と思うまもなく耳もとに熱い息を吹きかけられて、ルイズは慌てた。
 なにするのよ、と抵抗するつもりがどういうわけか才人の背に腕を回してしまった。強く抱きしめ返してしまった。
 耳もとで「好き……」と囁く声。吐息とともに繰り返し流しこまれる声。
 それでわずかに残っていた『慎み』という単語さえ、たちまち宇宙のかなたに吹っ飛んでしまった。
 うっとりとして、ルイズは才人の腕に身をゆだねた。
 暗闇の中。さらには毛布という狭い空間の中で。息を含んだ囁きはなににもまさる甘い媚薬だった。手もなくルイズをとろかせてしまった。
「サイト……」
 無意識につぶやいた声を飲み込むように、才人の唇がルイズの唇に押しつけられた。すぐさま舌が入りこんでくる。
 意識が朦朧としてしまう。そんな熱いキスに、ルイズはただ陶然と身を任せていた。

+ + +

 結果オーライ。そんな言葉が才人の頭をよぎった。
 どうやらここまでは予定通りに運んでいるようだ。ほっと胸の中で息をつく。
 腕の中のルイズはすっかり出来上がってるみたいで、才人の与える深いキスにしっかりと自分から応えてくる。絡め合わせてくるその舌使いにくらりとした。
 なんだこれ。ルイズって甘い砂糖菓子か何かでできてるんじゃないだろうか。
 無意識なのだろうが、その上達ぶりはなかなかのものだった。
(やだやだ言ってるわりに、ルイズもけっこうやらしいよなあ)
 本人にバレたらおそらくぶん殴られるじゃ済まないようなことを、にやにやしながら才人は考えていた。
(それに態度がさ、丸わかりなんだよな)
 ベッドにもぐりこむまでは半信半疑だったのも確かである。せっかく久しぶりに二人きりになれたのに、盛り上がってるのは自分だけかよと悲しくなってしまった。
 そりゃ無理に押し倒せばそういう雰囲気になるかもしれないけど、どうせなら望んでそうなってもらいたい。甘ったるい感傷かもしれないけど、こういうのはお互いの気持ちが大事なんじゃなかろうか。
 でもカーテンを閉めた時点で、ルイズの負け。気持ちばればれ。
 その行動の意味するところを聡くも汲みとった才人のテンションは一気にMAXに跳ね上がった。
 そろそろと指を伸ばして、とりあえずルイズの場所を確かめた。
 触れた途端、息をのむ音が聞こえた。普段なら気づかないほどのわずかな。けれど闇の中で手ぐすねひいて待っていた才人の耳には十分すぎた。
 カチッ。発火点すれすれのハートにあっさり火がつく。自分にGOサインを出した。
 そこからは才人の独壇場である。
 抱きしめて囁いてキスをして。慣れたものである。ここまでは。しかし未知の領域にさしかかって、はたと勢いが止まった。
 キスを続けたまま、ルイズの胸に向かって手を伸ばす。けれどあと一歩というところでためらってしまう。
(やっぱり嫌がるかな? だったらいっそ……)
 ここはスルーすべきかと悩んでしまった。
 ルイズから自分に向けられる想いにようやく確信が持てるようになったのは、ほんのつい最近のこと。
 そうなるといろんなことが見えてきた。霧が晴れるようにその行動理由だの思考回路だのがわかってきた。
 さすがに毎日一緒にいるだけあって、こう動いたらこうくる、こう言ったらこうなる、そんな決まりゴトは逐一インプット済みである。うちのご主人様、こう言っちゃなんだがわりと単純なのである。
 その最たるものがあれだ。胸。
 ゼロとまでは言わないが、ルイズのそれは実につつましやかな代物だ。
 そのことに並々ならぬコンプレックスを抱いている。その原因の一端は、いや、かなりの部分は才人自身によるものなのだが。
 仕方ねーよな。大きいのに目がいくのは本能だし。自己弁護するように呟く。
 でもだからといって胸に命かけたりはしない。胸のために異世界に未練を感じたりはしない。
 そこんとこなんでわかってくれないかな。男のロマンと現実の恋愛感情とは別ものなのである。
 ええいままよ。才人は自分に渇を入れなおした。今ここでやれずにいつやるってんだ。
(男平賀才人いきます!)
 恐る恐るネグリジェごしに胸に手を伸ばした。
 そっと手のひらで触れた。すると驚いたことにルイズは抵抗する素振りをみせない。闇の中なら少しは恥ずかしさも薄らぐのだろうか?
 ごくりと唾を飲み、才人は一層大胆になった。 

+ + +

 実のところ、ルイズの心は拒否するどころか、お空を舞っていた。
 キスの最中、首に回した手から才人の鼓動が伝わってきた。
 なんだか自分と同じぐらいに高鳴っているみたいだった。
 その脈拍がいきなり速くなった。どうしたんだろう。思っていたら、胸に手を触れてきた。
 しかもその瞬間、才人がどうしたかというと。ごくり唾をのんだのだ。
 ああ……。
 ルイズの体の奥から、何か熱いものがぐっとこみあげてきた。
 嘘じゃなかった……。
 こんなちっちゃな胸でも才人にとっては特別なのだ。大きいのよりも自分みたいなのが好みというのは、けっして言葉の勢いなどではなかった。
 ルイズには、それでもう何もかもが許せてしまう心地がした。
 それになんていうか、胸を触られるのってそう嫌な気分じゃない。
 目をつむった。
 普段は剣を握る大きな手が、ルイズのわずかなふくらみを包み込んでやんわりと揉みほぐしてゆく。
 さらに頂きを指できゅっとつまみあげたので、思わずふぁっと吐息が漏れて、ルイズは恥ずかしさのあまり死んでしまいそうになった。
 ときに優しくときに強く、休みなく与えられる刺激を、唇をかんで必死に耐えた。
 何も考えずに相手の殿方のするのに任せなさい。そんな母様の教えが唐突に思い出された。ただそれだけを支えに身を固くしてじっと耐える。
 次に才人は片方の手を下に伸ばすと、ネグリジェの裾を大きくまくりあげてきた。
 以前にヴァリエール領の小船の中で太ももをなで上げられた感触を思い出して、ルイズの身体が熱くなった。
 あの時は拒んでしまったけれど今はそうできる自信がない。
 というか、そうしてはいけない気がした。才人がそれを望んでいるのなら、甘んじてそれを受け入れよう。それだけのものを才人は自分にくれたのだから……。
 ところが才人はそうはしなかった。
 二人を覆っていた毛布を遠くに跳ねとばすと、ルイズの体を抱き起こした。
 するするっとネグリジェを巻き上げると両腕をばんざいさせて、あっというまに脱がせてしまった。恐ろしく見事な手際だった。
 そのために才人がどれだけ脳内演習を行ってたかなんてこと、ルイズは知るべくもない。
 夜は下着をつけない習慣のルイズは、それだけで生まれたままの姿になってしまった。
 ああ、もうだめ。ルイズは観念した。
 この先はもう言い訳がきかない。
 ごめんなさい、お母様。ルイズは……ルイズは……。お祈りのように口の中でつぶやき続ける。
 ルイズはすっかり遠い世界の人になっていた。

+ + +

 そんなルイズをよそに、才人は才人でこれまたルイズとは別の世界にいた。呆然と固まっていた。
 なんたって初めて目にする好きな女の子の全裸である。
 否が応にも期待が高まった。ところがである。
(何も見えねえ……)
 しばしばとまばたきして漆黒の闇に目をこらしたが、すでに慣れたはずの目にもルイズの姿はぼんやりとしたシルエットとしか映らなかった。
 才人は頭をふった。
 そりゃね恥ずかしいのもわかるよ。俺だっていろいろと恥ずかしいもの。でもねもう少しこう男としてはですね。
 灯りつけられないかな、と思ったが魔法のランプを作動できる当の人間はすっかりてんぱっているみたいで、祈りの形に両手を組んでガタガタ震えていた。
 なにやらもごもごと呟いているのがちょっと怖い。
 おかげで少し冷静になれた。
 とにかくこのまま続けよう。そのうち目が慣れてくるかもしれないし。さて次はどうすんだっけ。
 手順を反芻すべく脳内マニュアルをあらためた。
 それは主に地球時代に目にしたアレとかコレとかの集大成である。つまりは具体的に口にするのが憚られる類のモノである。
 この世界、ハルケギニアではそういったものはあまり目にしない。せいぜいが前にシエスタが見せてくれたような大人向けの本、ぶっちゃければ官能小説というやつだが、それぐらいのものだ。
 内容こそ知らないがしょせんは文字メディア。
 いったいハルケギニアの男どもはまともに女を抱けるんだろうか。才人は疑問に思った。
 気を取り直して、よっこらせとふたたびルイズの唇を塞ぎ、押し倒した。
 首筋や耳たぶにもキスを落としながら、そろりと足に手を伸ばす。
 太ももにそってなで上げるとルイズの体がぴくんと跳ねた。気をよくしてさらに上へと手を進める。
 きつく閉じられた内腿の合間に手を割り込ませながら、その付け根に指で触れた。
 じっとりと暖かく柔らかなその場所に、いよいよ来るべき時がきたと才人は身を震わせた。
 ルイズの両足に手をかけ一気に大きく開かせようとした刹那。それは起きた。
 何が起きたか一瞬わけがわからなかった。ただ目の前を星が飛び、ずきずきと鈍痛を覚えた。
「やだぁッ……」
 涙声がした。その可愛らしさと裏腹にルイズのしたことは凶悪だった。
 思いきり才人の顎を膝で蹴り上げたのである。
 いつものように股間ではなかったのが幸いというべきか。
 けれど才人にはさほど変わりあるとは思えなかった。拒否されたという一点において、それらはまったくの同意義であった。


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