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Last-modified: 2008-11-10 (月) 22:54:37 (5643d)
せかんど・バージン1話.『愛は暗闇の中で』(7) ぎふと氏
――剣と魔法の国、ハルケギニア。
このファンタジー世界ではきっと、月の光すら魔力を放っているにちがいない。そう才人は思った。
それほどまでに目の前の少女が……ルイズが美しく見えたからだ。
美と清純と繊細を集めたごときその姿は、まさに春の妖精。
羽の代わりにまとっているのは、きらきらと透けるように輝く長い金の髪。淡く桃色がかって見えるのは、月明かりのせいなどではなく、そのかもし出す微妙な色合いはもはや宇宙の神秘というべきほどだ。
そして華奢な肩や白い首筋には、才人のつけた紅い花びらのような跡が踊っていた。
ところが……、その妖精さんときたらすっかりご機嫌ななめであった。つんつんぷりぷり頬をふくらませてそっぽを向いていた。
「なあ、そう怒るなよ」
才人は必死になだめたが、
「ふーんだ。どうせ私のは一生このままだもん。見る価値ないんだもん。勝手に他の子の胸見とけばいいじゃない」
と手に負えない。じろりと横目でにらむ視線が、もし見たらその時はわかってるでしょうね、と暗に脅しをかけている。
「いやいや、諦めるのはまだ早いぞ? いくらなんでも一生ってこたない。可能性はある。貴族ならどーんと当たって砕けるんだ」
頑張れルイズ。負けるなルイズ。と才人は妙な節をつけて応援した。お世辞にも本心とは思えない台詞である。
才人だってそりゃルイズの胸がおっきくなったら嬉しいなーとは思うが、いきなりムクムク育ったりはしないだろうし、その辺はわりと諦めムードなのである。もうそれでいいかと思ってしまっている。
(けど、ルイズにゃそんなことを言っても始まらねーんだろうなあ)
己の責任などすっかり棚上げして、うんうんと考え深げに腕組みする才人である。
しばらく才人をにらみつけていたルイズだったが、何を思ったか、「じゃあして」と唇をとがらせた。
「え、なにを?」
聞き返すと、なにやら赤い顔でもごもご言う。
「……いそう……」
「何だって?」
「……い……体操……」
「んー?」
「だ、だからっ、おっぱい体操!」
悲鳴のような高い声で叫ぶと、ルイズは両手で顔をおおってしまった。ごめん、実は聞こえてた。こういう時の男ってのはほんと仕方のない生き物なんです。
ではリクエストにお応えしまして、と才人はふたたびルイズの胸に手を伸ばした。ためらう必要はもうない。手のひらにすっぽりと収まってしまうほどの小さな膨らみに触れると、待っていたかのようにルイズは甘い息をこぼしはじめた。
そのしっとりした感触を味わいながらさらに力を込めていくと、今度は首に腕を絡ませてしがみついてきた。そして耳にかぷりと噛みついた。ちょっとたんま、それ困るから。ずいぶんと積極的なルイズだった。
うずく衝動を抑えつけながら、ルイズの胸の中央に咲いた蕾をきゅっとつまみあげた。するとルイズがぴくんと跳ねた。刺激が強すぎると言いたいげに、うーうーと唸りながら首を振る。
(本当に感じやすいんだなあ)
感心しながら、別の手でわき腹のあたりをつうっと指でなぞってやると、またもや切なげな息をこぼして体を震わせる。
(というか……これはそれ以上じゃないか?)
なにしろどこに触れても敏感に反応を返してくるのだ。いったいぜんたいこんなふうでは、他の場所に触れた時はどうなってしまうんだろう。例えば……。思いついて、ごくりとつばを飲んだ。
するとルイズが耳に囁いてきた。
「ね、サイト。……キス、して?」
おねだりする声は超絶的に可愛いルイズだ。断るなんて神様だってできやしない。
了解、ご主人様。いざ香りたつ苺実のごとき唇を奪わんと、しがみつくルイズの体を離して身をかがめたその時。それは起こった。
(……くっ!……しまった)
ルイズの広げた足の間に、自分の体の一部が触れたのである。
いや触れたというのは心情的には正確ではない。美しくファンタジー的表現で言い換えるならば、才人の所持する魔法の杖の先端が、ルイズの秘めたる聖櫃の入り口をノックしたのである。その瞬間、才人は冷や汗とともに硬直した。
(ま……待て。これはいくらなんでも早すぎだって……)
いくら感じやすいルイズと言えども、胸を触ったぐらいではいどうぞってのはさすがにない。それに約束したのだ。入れないとはっきり何度も誓ってしまった。
(よ、よし、今のは気づかなかったことにしよう……)
けれど体が思い通りに動いてくれない。長いこと焦らされた男の欲望が早く早くと急かしてくる。……哀しい男の性であった。
+ + +
リビドーとアガペーの狭間で才人は戦った。
自分がルイズにしてしまったことを必死に思い起こす。
そうだ、そもそもが脳内マニュアルなんてものがよくなかったんだ。おかげで肝心のルイズの気持ちを置いてきぼりにしてしまった。なんという馬鹿者。なんという思い上がり。
愛すべき日本文化を十把一絡げに否定するつもりはないが、これに関してだけならハルケギニアの騎士連中の方がよほど格好よく清々しいじゃないか。
いやいや自分だってシュヴァリエだ。ましてや手本を見せるべき副隊長、やってやれないことはない。
とかなんとか無理やりにこじつけて、ぎりぎりと理性の全てを総動員した。……しかし伏兵は他にいた。
「……ね、まだ?」
強烈な左フックのごとき一声に才人はあえなく沈んだ。
ヴァリエール目、フランソワーズ科、学名ルイズ・ハルケギニッアハルケギニア。特別天然記念物の一声だ。
「ごめん、俺、だめ、ごめん、ルイズ、もうだめ」
理性をかなぐり捨てて飛びかかった。
前にも同じシーンがあった気がするが、さすがに今の自分ほどせっぱつまってはいなかっただろう。断言できる。
勢い込んでルイズの両足に手をかけてさらに大きくこじ開けると、そのつけ根に腰をねじ込むように押しつけた。
くちゅりと小さな水音が響いたが抵抗は想像以上に大きかった。慣らされていない上に、華奢なルイズの体はこういうことを容易に受けいれるようにはできていなかった。
それでもぐいぐいと力を込めていると、いやぁッ、と鋭い悲鳴があがった。強烈な痛みに耐えかねたルイズが才人の体をはねのけたのだ。呆然と取り残される才人の内で欲望はたちまち影を潜めた。
ぐすぐすと瞳に涙をためて、ルイズが上目づかいで見上げてくる。
「くすん。ひどい。くすん。ひどいサイト……」
「ご、ごめん。つい、我慢できなくて……」
あまりの申し訳なさに続く言葉が見つからない。ただ身をすくめて小さくなるだけだ。
すると、ルイズは涙を潤ませた瞳でこんなことを言った。
「……ね、お願いだから。優しくしてね?」
頬を染めながら、聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で。
待て落ち着け俺。まずは冷静に確認するんだ。“優しくしてて”の聞き間違いかもしれないから。
馬鹿正直に聞いてみた。
「あのぅ、いいの? 本当にしてもいいの?」
「ばかっ、そんなこと聞かないでよ!」
ルイズは顔を赤らめてむこうを向いてしまった。
才人の中の体内演算装置が冷静に計算を始め、イコールOKと弾きだした。
「ルイズ……」
才人はルイズの目を見つめた。
「サイト……」
ルイズも才人の目を見つめた。
その時、窓の外から、ばさばさっと翼が羽ばたく音が聞こえた。
流れる空気がひやりと冷たくなる。
動けないままでしばらくを過ごした。
続いて、ほぅほぅと鳴き声がした。フクロウだった。
「カ、カーテン、閉めようか……」
「そ、そうね……」
どちらからともなく言うと、才人は窓へと立ち上がった。
+ + +
カーテンを閉じようとベッドを降りた才人だったが、名残惜しい心地がして、もう一度だけルイズの方に振り向いた。
そこには……。
とんでもない光景が展開されていた。
ベッドの上にけだるげに体を投げ出しているルイズは、足をこちら側に向けて横たわっていた。
大きく広がったピンクの髪、軽く投げ出した華奢な両腕……。
両足は……、才人がそうした時のままに、左右に軽く開かれていた。
その足の合間から、つやめく白磁の下腹がなだらかに起伏を描き、さらには胸が、慎ましやかではあるが中央を淡い桜貝色に染めた胸が、続いているのが見えた。
ルイズは、照れくさそうにそっぽを向いている。
なんだか一枚の美しい絵画を見ているようだ。
けれど圧倒的に違うのは……、才人の目を釘付けにしてやまないある場所だ。
すべてが隠されることなく、あますことなくさらけ出されていた。
思わず鼻血が出そうになった。……が、ぐっと堪えた。
いざ死ぬ間際になったとしたら、間違いなくこの光景が頭に浮かぶだろう。そんな気がした。
「どうしたの?」
ルイズが聞いた。本の挿絵がいきなり動き出したような錯覚を覚えて、才人は一瞬ぼうっとしてしまった。
「ごめん。その……、ちょっとルイズにみとれてた」
白状したら無性に照れくさくなった。聞いたルイズも一緒に照れてしまったらしい。もぞもぞと体を隠すように横を向いてしまった。
ハルケギニアの月には、やっぱり魔力があるのかもしれないな。
思いつつ、才人はカーテンに手をかけた。
そして部屋はふたたび暗闇に包まれた。
+ + +
「……あの、ありがと」
暗闇の中、抱きしめる才人の腕の中で、ぽつりとルイズは呟いた。急に何を言い出すのかと思っていたら、いきなり胸からすりよってきた。
「な、なんだよ」
動悸がワントーン跳ね上がる。ツンと立ちあがった場所に肌をくすぐられて、つい抱きしめる腕に力がこもった。
ルイズは甘えるような声で言った。
「だって才人、いつも貴族なんかってバカにしてたじゃない。……それをあんなふうに言ってくれるなんて思わなかった」
ルイズの爪が才人の胸を軽くひっかいた。
「私ね、ずっと姫さまをお助けするのが貴族である私の使命だと思ってた。でもそれは間違いだった。貴族が貴族で在る理由はそんなところにはなかった。マントをお返しした時にそれがわかったの。そして……サイトにはそんなこととっくにわかっていたのよね」
「え、あ……いや」
才人はどもった。そんなこと言われても、貴族だの名誉だのやっぱりよくわからない。以前ジュリオにも貴族らしい考え方だと言われたことはあるが、その時だって単に自分の考えの赴くままに行動しただけだ。
「んー。やっぱ、俺にはそーゆーのわかんねーよ」
でも。そういえば、貴族って前ほど嫌な言葉じゃなくなったな、とぼんやりと思った。
なぜだろう? いままで戦いだの戦争だの危険な目に巻き込まれてきたのは、その貴族の名誉とかいうやつのせいなのに。今はこの世界も悪くないなーなんて感じてしまっている。
ルイズの胸に指を滑らせながら、才人は聞いた。
「なあ、ルイズ。お前さ。まだ俺が帰る方法、探してくれるつもりなの?」
「当たり前じゃない。あんただって見つけたいでしょ、帰る方法?」
「まあなぁ」
それはそうなんだけど。……でも。それが見つかった時、自分はいったいどうするんだろう?
それはルイズと離れるということだ。
ルイズにとってもそれは同じだ。
もしその時が来て、もしもここに残るという選択肢を選ぶことになったとしたら……。
その時は。あらためてルイズに伝えるに違いない。ルイズがどれほど大きな存在かってこと。
「あ……、そういうことか」
「え?」
「いや、なんでも。俺ってほんとにぶいんだなと思って」
「なによいまさら」
ルイズが好きと言ってくれない理由がわかったような気がした。
ルイズってやつは本当に真面目で融通のきかないやつなんだ。そしてそういうルイズだから特別なんだと思った。
「ね、サイト」
ルイズがうっとりと才人を見つめる。らしくない表情にどきりとした。
「私ね……、サイトは誰よりも立派で勇敢で、そして素敵な貴族だと思うわ」
「そ……そうか?」
「そうよ。きっと姫さまもお喜びになるわね。だってシュバリエは姫さまをお守りする騎士だもの」
才人は言葉を失った。なんだか微妙な雲行きだった。なにしろアンリエッタ女王絡みでは、頭の上がらない過去がそれなりにあるのだ。
そして気がついた。ルイズが悪戯っぽい目でこちらを見ていた。どうやらからかわれたらしい。
心臓の鼓動がさらに速さを増した。ほんと自信をつけた女の子ってのは手に負えない。それで魅力が倍加するのだから余計始末に終えない。
ルイズはチャームの呪文にさらに磨きをかけたようだった。
+ + +
「なあ、ルイズ。やっぱり灯りつけない?」
ルイズの耳に舌を這わせながら、才人が言う。
「……だってルイズの感じてる顔、見てたいし」
「なっ……!」
ルイズは言葉を失った。なんて大胆なことをいう使い魔だろう。それとも男の子っていうのは、自信をもつとそうなってしまうものなのだろうか?
冗談じゃないわ! そう思うのに、動悸が高鳴ってしまうのはなぜだろう。何もかも叶えてあげたくなってしまうこの気持ちはなんだろう。
ああどうしよう、才人の言うとおりにしてあげようか。などと考えた矢先、
「あー、やっぱり灯りはいらないから」
才人が何か言いかけたので、ルイズは冷たい汗をかいた。なんだか嫌な予感がした。
「ルイズがどんなふうに感じてるかって、言葉で教えてもらうことにしようかな」
上機嫌な声で言う。うん、それいいな。俺たちもっともっと理解しあった方がいいと思うしな。そんなことを言っている。
ああ、神様……。ルイズは祈った。
どうか私をお許し下さい。私が何を口走っても、耳をふさいでお聞きにならないで下さい。そして最後につけ加えた。どうか才人にチャームの魔法が届きますように、と。