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Last-modified: 2008-11-10 (月) 22:54:46 (5639d)
猫と七夕 〜猫のシエスタ
シエスタは道に迷っていた。
慌てて窓から飛び出たのはいいが、シエスタは王宮の構造を良く知らなかったのである。
執務室のすぐ下は渡り廊下の屋根で、そこから飛び降りるには猫の身体でも少々勇気がいる。
…ち、違う所から降りられるわよね…?
とりあえず渡り廊下の屋根から飛び降りて中庭に着地するという案は保留にして、三毛猫のシエスタは渡り廊下の屋根を伝い、隣の棟の、庇の上に飛び移る。
軽くなった身体のお陰で、人の歩く幅ほどの間のあるその庇の上に、シエスタは容易く飛び乗る。
庇は等間隔に並んでいて、少し進んだ先に、大きな木が生えていた。
その木の枝の根元は馬の脚ほどに太く、飛び乗るにはちょうどよさそうだ。
シエスタはその木の所まで駆けていき、そして適当な場所に狙いをつけ、勢い良く飛び乗る。
ばき。
え。
しかし目測を誤ったのか、シエスタの乗った枝は途中からぽっきりと折れてしまう。
「ふに!?」
空中で慌ててバランスを取る猫のシエスタ。
四本の脚を地面に向け、軽く上半身を前方へ。
空気の抵抗で斜めに傾いたシエスタは、前足から地面に落ちていく。
そして全身のバネを使い、衝撃を吸収する。
たす、と殆ど音も立てず、シエスタは中庭の芝生に着地した。
その横に、折れた枝ががさがさ、と落ちてくる。
「何者だ!」
それを聞きつけたらしい一人の衛視が、王宮の窓から顔を出す。
「なーーーーっ!?」
思わず驚き、声を上げて逃げ出すシエスタ。
「…なんだ猫か」
衛視は三毛猫と折れた枝を確認し、窓の内側に顔を引っ込める。
その引っ込んだ衛視の目の前を、アニエスがすたすたと歩いていく。
「…いい加減ちゃんと文字くらい読めるようにならんものかな。
もう一介の騎士なんだから、全く」
だらしない弟を持った姉のような口調で、ぶつぶつ独り言を言いながら。
大回りをしたせいで、シエスタが王宮の外に出られたのは、昼を回ってかなり経った時刻のこと。
遅めのお茶の時間になってようやく、シエスタは西門から王宮の外へ出られた。
…サイトさん、どこかしら…?
彼が王宮にいないのは確認済みだ。
門衛の兵士が、字を読み違えて明日の予定を今日と勘違いした間抜けな黒髪のシュヴァリエの噂話をしていたからだ。
シエスタはトリスタニアで才人の行きそうな場所を考えてみる。
おそらく彼は今夜、王都で一泊するだろう。
空は曇天で今にも降り出しそうだったし、一度学院に戻るよりは王都で宿を取って明日もう一度王宮に出向いた方がいいはずだ。
そうなると、彼の今夜の宿が問題。
きっと彼は、今小銭くらいしか持ち合わせがないはず。
そうなると、彼が向かうのは、タダ、もしくはタダ同然で泊まれる場所、ということになる。
シエスタはすぐにピンときた。
王都の繁華街、チクトンネ街にある、自分の親戚の経営する酒場。
以前、ルイズと才人が女王の密名により平民として働いていた場所。
『魅惑の妖精亭』。
そこにいけば、きっとサイトさんに会える。
そう確信した三毛猫のシエスタは、チクトンネ街への道を走り始めた。
そのシエスタを追う様に、雨粒が石畳を叩き始める。
そして、雨が本格的になり始めた頃。
シエスタは濡れ鼠になる前に、『魅惑の妖精亭』に着くことが出来た。
まずは、酒場の脇にある厩舎を確認。
才人の乗ってきていた馬がいないか、確認するためだ。
いた。
シュヴァリエの紋章の入った鞍を外され、飼い葉を食む、才人の愛馬が厩舎の隅にいた。
シエスタは才人がもう酒場の中に入っていると確信した。
そのまま屋根で雨を避けながら、押し戸の下を潜り抜け、開店前の前準備を始めている『魅惑の妖精亭』に入り込む。
「…間抜けだねえ、相変わらず」
「相変わらずは余計だっつーの。それよりさ、屋根裏貸してくんない?」
「…いいけど、交換条件つきだよ?」
聞きなれた、従姉妹と主人の声。
開店準備中の酒場の隅で、ジェシカと才人が仲よさそうに話しをしている。
どうやら、才人の宿の無心に、ジェシカが何か条件を突きつけようとしているらしい。
シエスタはその傍に寄っていく。
「…なんだよ。俺明日用事があるからあんまムチャはできないぞ」
「うん分かってるよ。だからさ。ディナータイムが終わるまで、皿洗いしてくんないかな」
「待て待て!一番忙しい時間に働けってか!」
「…何言ってんの。一番忙しい時間だから人手が欲しいんでしょうに」
どうやら、繁忙期の皿洗いがその交換条件のようだ。
シエスタはそんなやり取りを聞きながら、才人の少し後ろに控える。
「分かった、分かりました。手伝えばいいんだろ」
「さっすがサイト君いい男っ!惚れ惚れするねぃっ!」
気安くばしんばしんとシュヴァリエの肩を叩きながら、酒場娘は労働力を手に入れたことに満面の笑顔になる。
そして、気安く肩を組むと、これから始まる労働にうなだれる才人に、語りかける。
「あ、そういや今日は一緒じゃないんだね」
「へ?あ、ルイズ?」
「…もだけどさ。シエスタ。連れて来てないの?」
その声と同時に。
ぽふん。
才人のすぐ右斜め後ろで、そんな軽い音とともに、薄青い煙が沸きあがる。
二人がその音に反応して後ろを向くと。
そこには、シエスタがいた。
ただし、いつものメイド服に、頭に三毛の猫耳、いつの間にか大きくスリットの入ったスカートのお尻から、三毛の尻尾の生えた。
シエスタが、きょとん、と驚いた顔で立っていた。
それ以上に、ジェシカとサイトは目を点にしていたが。
「…シエスタ…?なんでここに?
っていうかその格好は…?」
驚く従姉妹に、シエスタは状況を飲み込むと。
叫んだ。
「ジェシカが呼んだら意味ないじゃないのーっ!」
いよいよ二人は目を点にする。
いきなり猫耳で現れて、いきなりそんなことを言われても。
何のことやらさっぱりであった。
猫耳のシエスタを見て半ば呆然となったジェシカだったが。
シエスタの発した台詞で現実に戻り、すぐに思考を回転させる。
そして、酒場の女給頭としてのジェシカは、すぐに答えを導き出した。
「シエスタ。今晩あんたウチで女給なさい」
「え?いきなり何?」
ジェシカから見てもシエスタはそんじょそこらの街娘なんぞ比較対象にならないほどいい女だ。
しかも、トリステイン魔法学院でメイドをしはじめてからは、そのレベルはさらに上がっている。
さらに、才人にメイドとして仕えはじめてからは、その魅力はうなぎのぼりだ。
『女』として目覚めた彼女の魅力は、同じ女であるジェシカが一番よく分かっている。
そのシエスタが、事もあろうに猫耳と尻尾を生やしている。
これに、『魅惑の妖精亭』ご自慢のビスチェもどきの女給服を着せたなら。
その価格──────────プライスレス。
「主人のサイト君が皿洗い。だからメイドのあんたはホールで女給。あゆおけ?」
とんとん拍子に進む話に、シエスタ自身が待ったをかける。
「ちょ、ちょっと待ってよ!事情とか聞かないでいきなりそんな」
「事情なんかどうでもいい。可愛い女の子が猫耳生やして目の前にいるんだ。
雇わない道理がどこにあるっ!」
シエスタの反論にしかし、ジェシカは全く耳を貸さない。
血走った目でシエスタに詰め寄り、力説する。
今、逃すわけには行かない。こんな、巨大な金のなる木を…!
「あ、あの〜。サイトさん〜?」
半分涙目で、隣に控える才人に助けを求めるシエスタ。
しかし。
主人の好色を半ば忘れていたことを、その直後シエスタは実感する羽目になる。
「い、いいんじゃないかなあ」
助けを求める視線から目を逸らし、明後日の方に向かってそうのたまうシエスタのご主人様。
援軍の望めないシエスタは、もう諦めの境地だった。
はぁ、と溜息をついて、ジェシカに言う。
「分かった、手伝うわ。でも今夜だけだからね?」
ジェシカはその言葉を聞いてにんまりと笑う。
今宵の客の財布は、シエスタのお陰でずいぶん紐が緩くなる事だろう。
ジェシカはそうと決まれば、と早速シエスタを衣装部屋へと拉致していった。
ジェシカは己の先見の明とコーディネイトの才能に戦慄さえ覚えた。
「か、完璧だわ…!」
着替えさせている最中に、シエスタが女王様がどうの、猫の指輪がどうの言っていたがそんな些細な事はどうでもいい。
ジェシカは震える指で、最後の紐を綺麗な蝶の形に結ぶ。
少しきつめに締められたトップスで、シエスタの脱いだら凄い胸がぎゅっと締められる様は、とても扇情的だった。
しかし、そんなものは問題ではない。
この程度の破壊力なら、ジェシカでも、むしろ他の女給でも達成可能だ。
その頭に載った三毛の猫耳。それと、ぎりぎりのローライズのお尻から生えた、三毛の尻尾。
あまりにも非現実的なコントラストが、シエスタの魅力を数倍にしていた。
来た!猫耳キタ!これで勝つる!
心の中で喝采し、ガッツポーズを取るジェシカ。
そして、専用のビスチェに着替えさせられたシエスタといえば。
「ちょ、ちょっとジェシカ!何この格好!」
姿見で自分の姿を確認して真っ赤になっていた。
無理もないだろう。シエスタは、いつもの『魅惑の妖精亭』のビスチェを着せられると思っていたのだ。
しかし、今回猫耳のシエスタのためにジェシカがコーディネイトした特別なクリーム色のビスチェはその所々が違っていた。
まず、少しきつめに締められた上着。
普通のそれは女の子が着易いように、胸の下で紐を締めるようになっている。また、背中が大きく開いて、肩甲骨やうなじといった、『背中の色気』を振り撒くようになっている。
しかしシエスタに用意されたそれは違っていた。
胸の下半分だけを綺麗に覆う小さめの布地。あと僅か下に布地がずれれば、桜色の頂が露になるだろう。
だがその先端は少しサイズを抑える事と、ジェシカによってきつめに締められていることで、背中の紐が緩められない限り、その危うい均衡を崩す事はない。
そう、この特別製のビスチェは背中で紐を締める。女の子が自分で上着を着脱しにくくなっている服なのだ。
つまり、着せてもらい、脱がせてもらう服なのである。
そして何よりも。
見せるために履く、と言われる女性の柔肌に例えられる絹製の真っ白な下穿き。
普通のそれは、形こそ様々あれど、ふくよかな女性の尻の頬を余すことなく覆い、給仕の動きで食い込んだりしにくいようになっている。
しかしジェシカの用意したそれは、大幅に違っていた。
下の毛がぎりぎり隠れるほどの、低い低い位置に布の張られたローライズ。
確かに尻の肉はその柔らかい絹からはこぼれていなかったが、まるで皿の上に乗った桃のように、小さな三角形から、シエスタの尻の頬が溢れていた。
その尻の谷間の根元からは三毛の尻尾が生えている。もちろんこの尻尾に下穿きが干渉しないためのこの形、とジェシカは説明した。
だがその本当の目的は明らかに別の所にあった。
それは上着から伸びるスカートが証明していた。
そのスカートはふわりと前に丸く広がっていたが、後ろはその布地がほとんどない。足元に落ちた物を拾おうとすれば、その扇情的な尻尾と三角の布が露になるだろう。
つまり。
シエスタの着替えたその特別製のビスチェは、三毛の猫耳と相まって、ただでさえ男の煩悩を刺激する『魅惑の妖精亭』のビスチェをはるかに越える破壊力を有していた。
ただし、その破壊力は着用者の羞恥心をも著しく刺激したが。
「こ、こんな恥ずかしい格好!サイトさんの前以外できるわけっ…!」
…サイト君の前ならできるんかい。普段どういうことやってんだお前ら。
ジェシカは心の中だけで突っ込んだが、すぐに前もって準備しておいた、『シエスタを釣るための餌』を彼女の目の前にぶら下げる。
「仕事終わったら、サイト君と『VIPルーム』使っていいからさ」
「え」
話だけは聞いたことがある。
『魅惑の妖精亭』の地下にある、音を一切漏らさない秘密の部屋。
一般の顧客には開放されないその場所は。
一晩泊まるだけで最下位の騎士が一月分かかって稼ぐ貴族年金が軽く吹き飛ぶという。
地下水脈と温泉を同時に引き、潤沢に使える湯と水。
魔法ですぐに乾いた状態に戻る、ふわふわのキングサイズのベッド。
そして何よりも、部屋に備え付けられた、ハルケギニア各地から取り寄せたという秘薬や性具たち。
男女の秘め事に使うのなら、月のないラグドリアン湖かそこが最上、と夜の事情に詳しい者なら言うだろう。
当然、シエスタも関係者としてその部屋の事は知っていた。
「え?本当?いいの?」
「しばらく不景気でさ。たまには使って埃を取らないとだしね。でもパパにはナイショだからね?」
ノってきたシエスタに、『譲歩しているのはこっち』といわんばかりにそう言い、ウインクをするジェシカ。
「よ、よし、それじゃあ頑張っちゃおうかなあ。今夜だけだし」
「そうそう今夜だけ。今夜だけだから♪」
その今夜のうちにがっつり稼いでもらうわよおおおおおおおおおおお!
ジェシカは心の中だけでそう叫んだ。
時に、何故『魅惑の妖精亭』経営者スカロンは、女給たちにチップを稼げ、とけしかけるのか。
もちろん、そのチップが酒と食事以外の『魅惑の妖精亭』の収入になるからに他ならない。
そのチップは、主に貨幣で支払われる。
もちろんどんな貨幣でもいいのだが、男の見栄からか、銀貨より小さな単位でチップが支払われる事はない。
さて。
ビスチェを着込んだ女給たちは、どこにその支払われるチップを仕舞うのか?
「いやぁ、今日もリノちゃんは可愛いねえ」
「やだもう旦那様ってばぁ♪妻も娘もいるくせに♪いけないオ・ト・コ」
言いながら女給は胸元を晒す。そこにあるのは、深く黒い深淵を覗かせる、眩く輝く白い谷間。
そこへ、酔客は銀貨を放り込む。
この放り込まれる銀貨の量に応じて、女給はその酔客の席に居座るのだ。
そして、女給は厨房に入るたび、自分の名前の書かれた布袋に胸元に入れられた貨幣を移すのだ。
才人は厨房で皿洗いをしながら、その様子をずっと見ていた。
もちろん、女の子たちが貨幣を取り出すたびに、ぽろんと零れる白い果実に目を奪われての事だったが。
そして、ジェシカが無理を言って働かせているシエスタはといえば。
「はい、お待たせいたしました、旦那様」
「な、ななななんだねキミは!け、けしからん、けしからんぞ!」
シエスタがそのハゲ頭の酔客のテーブルにエールを運び、目の前でかがんで見せると、必要ギリギリの布地からけしからん胸が零れそうになる。
ぴこぴこ揺れる三毛の猫耳、ゆらゆら揺れる猫の尻尾が、非現実の波となって酒の夢を見ている酔客に襲い掛かる。
「あら。けしからんと言われては猫は立ち去るしかありませんね」
「ま、待て、待ちたまえ!そ、そうだマタタビをやろう!」
去りかけたシエスタに慌てて酔客が取り出したのは、なんと金貨。
どうやらこのハゲ親父、着ている服からしても、相当がめつく儲けている商人のようだ。
シエスタはその手を包み込んで金貨だけを受け取り、にっこり微笑むと。
「あら嬉しい。でも、他のお客様もお呼びですから…。私はこれで♪」
そう言って立ち去る。
これはジェシカに指示されたコツで、、特定の席には着かないようにしているのである。
席から席へと渡り歩き、軽い会話と色気でチップを吐き出させ、そして去る。
ジェシカ直伝、『花畑を舞う蝶の如し』である。
しかし。
シエスタが背中を向けた瞬間。
「名残惜しいが仕方ない…。では、お土産にこれをやろう♪」
そう言って、その酔客は立ち去るシエスタのお尻に手を伸ばす。
「ひゃぁ!」
そして、半分見えている尻の谷間に、銀貨を追加で挟み込む。
その際、ぺろん、とシエスタの尻を撫でるのも忘れない。
しかし。
「いてっ!」
その酔客が手を引っ込める。
その手の甲には、赤い線が引かれていた。
猫となったシエスタが、反射的に爪で手の甲を引っかいたのである。
思わず怒鳴ろうとする酔客だったが、その間にジェシカが割り込んだ。
酔客の機嫌をとろうとするように満面の笑顔で、胸元を強調しながら。
「あらぁドミニコの旦那様?ウチの妖精さんたちにおさわりは厳禁ですよ?」
店のNo1の笑顔に、思わず相好を崩すハゲ親父。
ジェシカに言われた事に対し、すまない、と素直に謝り、そして注意されたことに悦びながら、拗ねるジェシカにも金貨を渡す。
ジェシカは器用にウインクして、シエスタに立ち去るようにアイコンタクトを取る。
そんなジェシカを後ろ目に見ながら、シエスタはその場を立ち去った。
そして、その一晩で、シエスタは何度かお触りをされながらも、隊を率いる騎士の貴族年金一月分ほどのチップを稼ぎ、ジェシカの期待に応えたのである。
才人を一足先にVIPルームに案内した、とジェシカが言うので、軽く食事を済ませたシエスタはジェシカに誘われ、厨房の奥へ進む。
シエスタはもちろんあのビスチェのまま。さんざんおっさんどもを誘惑したあのけしからん格好で、今度は才人を骨抜きにしようと言うのである。
厨房の一番奥、オーブンのある壁の少し手前の床板を、ジェシカは手にした金属製の小さな鉤を引っ掛け、持ち上げる。
そこには、地下に続く、大理石でできた、綺麗に磨かれた緩やかな階段があった。
話には聞いていたが、シエスタがVIPルームへ続くこの階段を見るのは初めてだった。
その事を呟くと、耳ざとくそれを聞いたジェシカが応えた。
「まあねえ。貴族か、よっぽど儲かってる商人さんくらいしか、使った事ないんだよ」
ジェシカもあまりこの扉を開く事はない。
実は、ジェシカ自身がこのVIPルームへの扉を開くのは、彼女が『魅惑の妖精亭』で働き始めてから三度しかない。
最初の一回は父に教えられて。二回目は、先輩の女給が、大貴族に誘われて入っていった。
そして三度目は自分。どうしても、とある国の王族に請われ、一夜の春をこの部屋で売ったのである。
その夜の代金は、『魅惑の妖精亭』全フロアを新築同様に改装できるほどの値段だったという。
…まあ、その王子様エラく可愛かったし、私も気持ちよかったし。
などと扉を開けながら考えつつ、シエスタにこの部屋を使う際の注意を促す。
「薬はどんだけ使ってもいいけど、ほどほどにね。効果や注意事項はその薬の下に敷いてある羊皮紙に書いてあるから。
棚の奥の方、取り難い場所にあるやつほど基本的にヤバい薬ね。分量間違っちゃうと人としてアレなことになっちゃうようなのもあるから気をつけて。
お湯も水も使い放題。部屋の中の水場とバスタブに溜めて使ってね。
あとベッドだけど、魔法でいくら汚しても元通りになるから、基本的にナニする時はその上でね。
床は石畳になってるから床の上じゃちょっとアレだと思うけど。もし床を汚したら、掃除しといて。
あと食事が欲しい時はドアの脇のベルを鳴らしてね。一応分かってるとは思うけど食事は別料金ね」
うん、うん、と注意事項の一つ一つにに頷くシエスタ。
そのたびに三毛の猫耳がぴょこぴょこ揺れる。
正直、ジェシカから見ても猫耳のシエスタは可愛かった。
その場で押し倒して無理やり百合したくなるくらい。
ていうかおっさんどもがお触りしたくなるキモチもわかるなあ。
などと思いつつ、おっさん根性丸出しでシエスタの半分丸出しのお尻をぺろん、と撫でる。
「ひゃっ!?ちょ、ジェシカ?」
驚いて身体を縮こまらせるシエスタだったが、それ以上にジェシカが驚いたような顔をして、その事実にツッコミを入れたのだった。
部屋に入ると。
普段着の才人が部屋に備え付けの円卓の椅子にかけていた。
待たされた事に腹を立てているのか、少し不満げな顔だ。
「すいませんサイトさん、遅くなって」
そんな才人を気遣って、シエスタは彼の対面の椅子を彼の隣へ持って行き、そしてそこへ座る。
才人は笑顔を向けるシエスタに、なんとか笑顔になると、言った。
「お疲れ様、シエスタ」
しかしその笑顔はなんだかぎこちない。
無理もないだろう。今、才人の中では原因不明のムカムカが渦巻いていた。
だいたい理由は分かっていたが、しかし。
シエスタのご主人様として、そんな言葉は口にはできないのである。
そして、猫の鼻を得て匂いに敏感になったシエスタは、そんな主人の微妙な心情を嗅ぎ取った。
「あの…サイトさん?何を怒ってらっしゃるんですか?」
「…へ?」
才人の目が点になる。
そして少し焦る。自分の心の内側を見透かされたようで。
「え?な、なんでそう思うの?」
「い、いえ…。なんとなく、そんな気がして」
シエスタも上手く説明できないのか、不思議そうな顔をする。
匂いで才人の感情が分かったのだが、それを上手く説明できない。
だが、シエスタは考える。
才人のその感情の出所を。どうして、こんな風にムカムカしているのかを。
そして思い当たる。
ひょっとして。
「あ、あの、サイトさん…つかぬことを伺いますが」
「何?シエスタ?」
「ひょっとして…妬いてました?」
シエスタの指摘を聞いて、『い』の口の形で、才人が固まる。
見事に図星だった。
酔客にシエスタがお触りされるたび、というより、営業スマイルを客に向けるたび、胸元に貨幣を放り込まれるたびに。
才人は確かに嫉妬を感じていた。
しかし、男の意地から、そんなことを言うわけにもいかず。
むしろ仕事中だったので致し方なく、才人は黙々と皿洗いを続けていた。
「え、いやだなあシエスタ、俺がそんな妬いたりとか…ねえ?あはははは」
慌てて笑って誤魔化す才人。
しかし反射的にその体表に僅かながら溢れる、軽い汗。
そこから臭う牡の信号が、シエスタに才人の感情を伝えた。
図星を突かれて焦っている。
シエスタの心臓がくきゅん、と切なく鳴る。
嬉しい。すごく…嬉しい。
シエスタは自分の椅子を才人の椅子に寄せ、才人の肩に頭を預ける。
その接触した部分から、ぴくん、と震える才人の動揺が伝わる。
シエスタは潤んだ瞳で、下から才人を見上げる。
その光景を才人は拒む事ができない。
深淵を思わせる黒髪から生えた、嬉しそうにぴん、ぴん、と時折跳ねる三角形の三毛の猫耳。
歓喜に潤み、じっと自分を見上げる情熱的な黒い瞳はまるで、潮に濡れた黒真珠。
軽く興奮し、桃色に染まった、弾力に満ちた染み一つない頬。
桜色に潤んで、小さく呼吸を繰り返す唇は、まるで桜の花びらのよう。
白い肌が流れる悦びの血潮に内側から朱に染まり、ランプの妖しい橙色の明かりも相まって、健康的な鎖骨の陰影を際立たせている。
そして。
きつく締められたビスチェに拘束された、弾けそうな白い双丘。牡の欲望を限りなく刺激するその光景は、題するならまさに『夢の丘』。牡の夢と希望を詰め込んだ、生命に溢れる場所。
シエスタの吐く息が熱く潤み、牝の匂いをさせている。まるで彼女自身が極上の香炉になったよう。
その吐き出される桃色に染まった吐息が、意味を持った言葉を紡いだ。
「…嬉しいです」
「え」
「隠さなくていいです。サイトさんが妬いてくれて…すごく嬉しいです」
そう言ったシエスタの目尻から、つぅっ、と涙が一粒の真珠となって頬を滑り落ちる。
嬉しさに涙腺だけでなく、身体中の腺が緩んでいるのが分かった。
何も言えず固まる才人に、シエスタは続ける。
「でも、心配しなくていいですよ」
「い」
シエスタはそのまま、才人の右肘を抱え込む。
そして、涙も拭かず、極上の笑顔で才人を見上げる。
才人の胸の奥で、心の臓がずくん、と鳴った。
シエスタは笑顔のまま、才人の腕に体重を乗せる。
ビスチェに閉じ込められた極上の柔らかさが、才人の全神経を集められた腕をぐにゃり、と挟み込む。
「わたしが何されてもいいのは、サイトさんだけです。
神様でも王様でも、私をどうこうはできません。
この世界でシエスタを好きに出来るのは、サイトさんだけなんですよ」
シエスタのその言葉に、才人の中で燻っていた嫉妬の炎が消えていく。
その代わりに満たされていく、不思議なキモチ。
満たされていくのは、牡の征服欲。
神にすら膝を折らない女を手にしたという、充足感。
才人は居ても立っても堪らず、シエスタをきつく抱きしめる。
「シエスタ…」
しかし、抱きしめて名前を呼ぶだけで精一杯だった。
このまま彼女を滅茶苦茶にしたいという欲望と、誰よりも大切にしたい、という想いが、才人の中でせめぎあっていたのである。
シエスタはそんな才人の顎にひとさし指を当て、言った。
「あの、ですね。
明日に障るといけませんから…。お薬、使っておきましょ?」
これから行う行為で、才人が疲れるといけないから。そう思って、シエスタは言った。
そんな心遣いも嬉しく、才人はもう一度シエスタをきつく抱きしめた。
才人は一足先に全裸になってベッドに入る。
その隙に、シエスタはベッドの脇に備え付けてある棚から、小さな薬瓶を二つ、持ってきた。
シエスタはビスチェを着たまま、二本の瓶を持ってベッドに上がる。
そして、愛しい主人の前で、薬の説明を始めた。
「えっと。こっちの青いのが、『深淵の誘い』だそうです。体力と精力を増強するお薬らしいです。
で、こっちの赤いのは『流れる赤炎』。長時間、行為を持続させられるお薬なんですって」
シエスタはとりあえず手前側にある、才人の体力を削らなさそうな薬を選んできた。
他にもイロイロとあったのだが、そのほとんどが『アッチの世界にいっちゃったまま戻れなくなる薬』とか、『中に入れるだけでぶっ飛ぶ薬』とかそんなのばかりだった。
才人はシエスタの説明を聞いて、青いほうがよさそうだ、と判断する。
「じゃあ、青いのにするよ」
「はい、どうぞ」
才人の言うままに、シエスタは青い瓶を才人に手渡す。
才人はその瓶の蓋を開けると、一気に飲み干した。
シエスタは飲み終わった瓶を受け取ると、赤い瓶ともども、ベッド脇の小卓の上に置く。
薬を飲み終わった才人ははて、と思った。
「シエスタはいいの?飲まなくて」
「私はいいんです。だって…」
そこまで言って、ほ、と頬を染めて言葉を濁す。
なんだ一体、と思った才人は先を促した。
「だって、何?」
「お薬なんか抜きで、サイトさんを、感じたいから…」
上目遣いにそんな事を言ってのけた。
才人の心のヤバい場所に、何かまずいものが、とんでもない大音響を立てて、深々と突き刺さる。
「だ、だめ、シエスタさんそれだめ」
「え?なんかまずかったですか?」
「可愛すぎ。反則過ぎ。ええいもう、このダメイドめっ!イタズラしてやるっ!」
薬が効いてきたのか、才人は内側から溢れくる欲望と衝動のままに、猫耳のシエスタを押し倒した。
「やんっ、サイトさんてば乱暴♪」
されるがままにシエスタはベッドの上に身体を広げる。
覆いかぶさってきた才人がまずしたことは。
きつく締められたビスチェを下に無理やりずらし、シエスタの美乳を露にする事。
強引に下げられたクリーム色の布の下から、締められて紅い線の入った、白い双つの肉鞠がぽろん、とまろび出る。
「可愛そうに…こんなになるまで」
心にもない台詞を言いながら、才人はまるで母猫が仔猫を労わるように、舌でその紅い痕を嘗め回す。
「あっ…あっあっ…」
シエスタの喉が、その刺激に艶かしく踊る。
しかし、暴走する才人の欲望はこんなものでは済まない。
一通りシエスタの胸を嘗め回すと、今度はシエスタの下半身を抱き寄せ、大きく開かれたお尻の部分に手を伸ばす。
その欲望の赴くままに、ビスチェのスカートに申し訳程度に隠されたシエスタの尻に、手を触れる。
そして、才人の掌が触れた瞬間。
「…シエスタさん、またですか」
「えへへ。だってサイトさんこういうの好きでしょ?」
シエスタははいていなかった。
「この部屋に入る前から脱いでたんですけど。サイトさん気付かないんだもん」
シエスタの言うとおり、才人は猫耳シエスタの上半身にばかり目が行き、肝心の尻尾の生えたお尻は気にしていなかったのだ。
「おっぱい好きにも程があるゾ…この変態♪」
シエスタはにっこり笑って、まだ胸の谷間に顔を埋めてシエスタの素尻を愉しむ才人のおでこを、ひとさし指でこつん、とつつく。
「…しょうがないだろ。そんなエロい格好してくるシエスタが悪い」
言って才人はまたシエスタの谷間に顔を埋める。
その間も手は休まず、シエスタのむき出しの臀部を、ざわりざわりと撫で回し続ける。
「んっ…!そ、そのさわりかたっ…!ふっ…!え、えっちぃですよ、サイトさぁん…!」
「ひもひーれひょ」
胸の肉を嬲りながら応えているため、才人の回答はまともな声になっていない。
シエスタの柔肉に阻まれて、その声がくぐもっていた。
「キモチイイですっ…!やぁ、あっ…!あっあっあっ…!」
胸と臀部を同時にマッサージされ、シエスタの体が解れていく。
下の唇からとろとろと愛液が零れ始める。
それは柔らかい恥丘をとろりとろりと流れ、シエスタの奥尻を伝い、才人の手を間接的に汚す。
尻しか撫で回していないのに、くちゅくちゅと水音を立て始めた自分の手に、才人は胸虐をいったん止め、シエスタに言う。
「お尻、垂れて来てるよ。感じてるねシエスタ」
「は、はいぃ…で、できるなら、もう、入れて欲しいんですけどぉ…」
もう既に完全に火のついた子宮を、さらに熱い精液で鎮めて欲しい。
シエスタの身体は、既に準備を完了していた。
そして、才人も。
薬の影響か、才人の肉棒は限界まで屹立し、いつもの数倍の先走りでもって、肉褐色に濡れていた。
溢れる愛液と先走りが混じれば、とんでもない滑りを生み出すだろうことは容易に想像できた。
それに、今の才人はできるだけシエスタの言うとおりにしてやろう、と思っていた。
全てを捧げてくれるといってくれたこのメイドに、自分も何か奉仕してあげたい。そう思った。
才人はシエスタを仰向きにさせ、膝裏に手を当てて脚をM字に開かせる。
当然、そこからはベトベトに濡れた女陰はスカートの陰になって見えない。
シエスタは当然の疑問を口にする。
「あ、あの。サイトさん、これじゃ見えないんじゃあ…?」
「せっかくそんなエロい衣装に猫耳生やしてるんだ、できるだけ脱がさない方が趣があるでしょ」
まさにへんたいの理屈であった。
シエスタはくす、と笑って、また才人おでこをひとさし指でこつん、とつついた。
「こぉの、変態騎士」
「その変態にぞっこんなのはどこのエロメイドかなあ?」
お互いに罵りあって笑い合う。
そして。
「もう、御託はいいから…きてください…♪」
「ごめん。待たせた」
両手を広げたシエスタの股間を、熱く煮えたぎった才人の牡が音を立てて貫く。
普段からはありえない、ぐちゃりぐちゃりというまるで水飴をこね回すような音が、部屋の中に響く。
本来なら潤滑油の役目を果たすはずの愛液と先走りが、想定外の粘度でお互いの性器を繋ぎとめる。
その粘り気のある感覚に、才人は、一合ごとに、シエスタの身体が子宮ごと自分の肉棒に喰らいついてきているような錯覚に陥った。
シエスタは、身体が引きずられるようなその感覚に、才人の肉棒で、子宮を抉り出されるのではないかという錯覚に陥った。
「う、ぐあ、重っ、な、なんだこれっ」
しかし才人の腰は止まらない。零れる快楽を残さず貪るように腰が蠢き、愛液ごとシエスタを削っていく。
「ふぁ、ふぐ、えぐ、えぐって…ふあぁぁぁっ!」
ずるりずるりと下がっていく子宮が、まるで才人の肉棒に抉り出されるようで、シエスタは恐怖まじりの快楽に、思わず才人の腰に脚を回す。
そのせいでピストンのたびに、シエスタを覆うビスチェと、頭に生えた三毛の猫耳が淫らに揺れ、才人の視界を淫らに侵す。
「にゃぁっ、にゃぁんっ、ふにゃぁんっ」
シエスタの瞳は完全に獣欲に蕩け、声は完全に牝猫のそれになっていた。
「くぁ、し、シエスタ、も、だめだぁっ」
子宮に密着した牡がどくり、どくりと脈打ち、その体積を一気に増す。
膨らみながら精液を子宮に送り出すため、脈打つ。
そして最初の堰が、壊れる。
どぐん!
「ひ、にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
先走りなどよりも数倍粘っこい白い精液は、容赦なくシエスタの子宮に流れ込んでいく。
シエスタの牝が吼え、子宮口をぱくりと開き、流れ込む熱い白濁を飲み込んでいく。
そして、牡の体温が牝猫の最奥を焼いていく。
「ふに、ふにぃぃぃぃぃぃぃ!」
ぎゅ、と脚と腕で才人を抱きしめ、全身で絶頂を表すシエスタ。
ビクンビクンとシエスタの膣が震え、最初の絶頂を伝えた。
しかし。
「う、が、な、なんでだっ!」
才人の焦った声。
そして感じる、陰唇の拡張感。
才人の肉棒が、また膨らんでいる。射精の前触れだ。
「ご、ごめんシエスタっ!」
謝罪の言葉と同時に。
ごぷりごぷりと、再度、シエスタの子宮を焼いた精液が、さらに注がれる。
「ふにゃ、ぁあぁっ!?」
先ほどに倍する量に、シエスタの小さな子宮は満たされ、腰の動きと共にごぶ、と重い水音を胎内で立てる。
だが。
「う、わ、なんだこれ、と、止まらない…っ!」
まるで放尿のように、才人は精液をシエスタの中に垂れ流し続ける。
おそらく薬の影響だろう。
「や、らめ、も、はいんな、あぁぁぁぁぁぁっ!」
流れ込む大量の精液に、シエスタの子宮が肉の弾力で膨らみ、下腹部がぽこりと膨れる。
しかしそれでも才人の射精は納まらず、ぶぴ、ぶぴ、と肉の隙間を通って外に溢れ出す。
このままだと、シエスタの中が壊れる。
そう思った才人は。
「ごめん、シエスタっ!」
栓の壊れたバルブのように精液を放出する自らをシエスタから引き抜き。
そして、放心して身体をベッドに預ける三毛の猫耳のシエスタに、容赦なく放水する。
白い白濁が、三毛の耳を、黒い髪を、白い肌を、クリーム色のビスチェを、容赦なく汚していく。
「あ、ふぁ、出てるぅ、かかってるぅ、サイトさんのいっぱいぃ…」
愛しい人の熱い白濁の雨を浴びながら、シエスタは異常な幸福感に身を委ねていた。
「…で、どう使ったらこうなるわけ」
次の日。
才人の出した白濁で縮んでしまったビスチェを眺め、ジェシカは部屋から出てきた、VIPルーム備え付けの寝巻きのシエスタに、呆れたように言った。
シエスタの猫耳は『猫』が抜けたせいで元の人間の耳に戻っていた。
「…ちょ、ちょっとお薬間違えちゃって。
…その、サイトさん、射精とまんなくなっちゃって…」
結局あの後、一時間ほど才人の射精と性欲は納まらず、ベッドの上は精液のプールと化した。
しかしそこは魔法のベッド、すぐにもとの乾いたベッドになったのだが。
無事で済まなかったのはビスチェである。
才人の精液で汚され、上等な絹でできたビスチェは、ガッビガビのゴッワゴワになってしまい、もう二度と袖を通す事ができない汚れた布の塊になってしまった。
「あーあ。だから言ったのにさ。薬には気をつけなって」
肩をすくめて言ったジェシカは、懐から紙切れと木炭を取り出すと、さらさらとその紙切れに字を書いた。
「ほいこれ」
「え…ナニコレ!」
シエスタは驚いた。
そこには、才人の貴族年金半月分程度の金額が、書き込まれていたのだ。
「…決まってるでしょ。そのビスチェの代金。
いくらすると思ってんのよ」
「え、だって、これってジェシカが」
「…誰がこの服も込みだって言ったのよ」
確かに言ってない。
言ってないが。
「ま、待ってよ、こんなお金払えないわよ私!」
「…じゃあアンタのご主人に払ってもらえばいいじゃん」
シエスタはその言葉に、ちらり、とVIPルームの扉を見る。
その向こうでは、文字通り精根尽き果てた才人が、泥のように眠っている。
その才人に、シエスタは心中で謝りながら。
「…じゃあ、サイトさんにつけておいて…」
「まっいっどあり〜♪」
ジェシカはそう言ったシエスタの手からその紙切れを奪うと、さらさらとさらに書き足した。
『スペシャルなビスチェ、シュヴァリエ・サイトより代金支払い』
そして、一ヵ月後。半分に目減りした貴族年金を前に、才人は思い知らされるのである。
いい女を独占するのは、とかく金がかかるものなのだと。〜fin