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Last-modified: 2008-11-10 (月) 22:54:50 (5617d)
せかんど・バージン1話.『愛は暗闇の中で』(6) ぎふと氏
頭がぼうっとする。体がふわふわする。なんだろう、この感じ。
サイトが何か言ってる。え、なにを言ってるの?
泣いてる? 私が?
そんなわけないじゃない。
涙なんて出るはずない。だってこんなに幸せなんだもの。
いまの私ね、すっごく幸せなの。
だってサイトがそばにいてくれるから。
サイトが好きって言ってくれるから。
私はサイトの特別なの。たった一人だけの特別。
だから他の子は見ないでね? 私だけ見ていてね?
よそみなんてしないで。どこにも行かないで。離れていかないで。
ね、サイト。もし……。
もし私が好きって言ったら……。
どこにも行かないでくれる? ずっとそばにいてくれる?
+ + +
「……ルイズ?」
ルイズの尋常ならぬ様子に、ようやく才人は気がついた。
その頬に触れると、ぐっしょりと涙で濡れている。
ぼんやり見開かれたルイズの鳶色の瞳からは、次から次へと、とめどなく新しい涙が盛り上がり、それは頬を伝って重力のままに流れ落ちていた。まるで体中の水分をすべて涙に変えてしまおうという勢いだった。
「なんだよ、お前どうしちゃったんだよ」
才人はルイズの肩に手をおいてゆさぶった。ところがルイズはなんの抵抗もなく揺さぶられるままだ。
その手に、濡れて張りついた髪の感触をみとめて、心臓が止まりそうになった。
……いつから? いつからルイズはこんなふうに?
考えるまでもない。心当たりは一つしかない。
ルイズの口がふたたび開く。
「私……私……」
「どうした?」
少しでも優しく届くようにと、そう祈りながら尋ねる。
「私ね……サイトのことが……」
続く声はなかった。
ルイズはなにか恐ろしい物を振り払うように首をふった。ただ涙だけが止まることなくあふれ続ける。
「いいから……、もうそれ以上言うな」
泣き続けるルイズの頭を抱きしめた。
涙がひんやりと才人の胸を濡らす。それが自分を責めているように思える。
(当たり前だよな。それだけのことをしたんだから……)
初めて体を許した相手が、好きな男が、行為の真っ最中に別の女の子のことを考えていた。これ以上の酷い仕打ちがあるだろうか。容易には消えない傷になったはずだ。
胸に触れた時、その記憶が一気に蘇ってきたのだろう。
(……でも、だったらどうしろって言うんだよ?)
まだ謝り足りないっていうのか? たくさん謝ればどうなるってもんじゃない。一度受けた傷は消えない。
信じてもらうほかない。俺が好きなのはルイズ、お前だけだって。
ルイズだけだ、何度もまっすぐにそう告げている。他の誰でもない。他の誰にもそんな言葉は口にしたことはない。なのになぜ信じてくれない。
……なぜ? どうして?
「サイト、サイト……」
ルイズがうわ言のように繰り返している。
「聞いて、私ね……」
ぜんまい仕掛けの人形のように、同じ言葉を繰り返す。何度も、何度も……。
もはやどう声をかけていいのかわからなかった。
こんなルイズ、とても見ていられない。
俺の知ってるルイズはこんなんじゃない。
魔法を使えなくとも、毅然としてゴーレムに立ち向かっていったルイズ。
殺されるのを承知で、堂々とトリステインからの使者だと名乗ったルイズ。
どんな時でも敢然と立ち向かうのがお前じゃなかったのかよ? だって……、貴族なんだろ、お前?
+ + +
才人はゆらりとベッドから立ち上がった。そしてルイズを見下ろし……、言い放った。
「おい、ぺったんこ! ぺったんこのご主人様! ったくいつまでも泣いてんじゃねーよ。めそめそうるせーんだよ。少しはなあ、俺の気持ちも考えろっつの。俺だって泣きたい気分なんだよ!」
びくっとルイズは顔を上げた。涙でぐしょぐしょになった顔だ。
心の内にあるなにかが止めようとするのを振り切って、さらに才人は続けた。
「だいたいお前、貴族なんだろ? ならもっと胸張れっての! 胸張って立ち向かえっての! それがお前だろが。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、俺の好きになったルイズだろうが!」
ルイズの体が震えを帯びた。それは段々と激しくなった。その手がシーツをきつく握りしめた。
「……な、ななな……」
甘さの欠片もない、しっかりと意思を帯びた声がルイズの口から漏れた。
「なな、なにがぺったんこよ。どどどうせ、張るほどないわよ。ばばばバカにしないでよね」
それは実に見慣れたルイズの姿と声だった。とたん安堵の気持ちが才人の胸に湧きおこる。
ルイズは手でぐいっと自分の顔をぬぐった。
「泣きたいのは私だわよ。あんたと一緒にしないで。あんたなんか、あんたなんて、いっつもフラフラしていっつも他の子のむむ、む……」
それ以上言うことができずに、ルイズは悔しげに顔をゆがめた。荒れ狂う感情に押しつぶされそうだった。今すぐ目の前の使い魔を絞め殺してやりたいと思うぐらいに。
その瞬間、才人は理解した。自分とルイズの間に立ちはだかるラスボスの存在を。
その名は『胸』。
魅了の魔法を操るモンスターだ。正直に言えばその魔法に抗いたくはなかった。でも自分はガンダールヴだ。いや、勇者イーヴァルディだ!
男ならたとえ心を殺してでも立ち向かわねばならぬ時がある。
才人は意を決して窓へと手を伸ばした。それを覆う厚いカーテンを一気に開け放った。
赤と白。ハルケギニアの二つの月の光が美しいハーモニーとなって部屋を明るく照らし出した。
+ + +
差し込んできた月光を避けるように、ルイズは身を小さくして後じさった。
才人はそんなルイズのもとにまっすぐ近寄ると、その両手首をつかんで力任せに押し倒した。小さく叫びをあげて、ルイズの体がベッドに沈んだ。
「な、なによ、バカ! なにすんのよ!」
「うっせえよ。俺はね、怒ってんの」
「なんで、なんで私が怒られなくちゃならないのよっ! 怒るのは私よ! 私の方なんだから!」
叫びながらルイズは才人の股間めがけて蹴りをいれようとした。けれどそんなのはとっくに予想済みだ。才人はルイズの足の間に体を割り込ませ、その体にのしかかった。
両足を大きく開かれて、ルイズの足はむなしく空を切った。それからもしばらく足をばたつかせていたが、左右に広げられたその足では才人の腿を打ち叩くのが精一杯だった。
才人はまっすぐにルイズの目を見つめた。目の前のたっぷりと涙を湛えたその瞳は、想像していたとおりに真っ赤っ赤だった。
声に怒りを含ませて、才人は言った。
「おい、ルイズ」
「な、なによ……」
「覚えとけ。お前がいくら逃げたって、俺は諦めねーからな。どこまでも追いかけてやる。ああ、地の果てまでも追っかけてやるよ。つかまえて服はぎとってお天道様の下にその胸さらして拝んでやる。触って揉んで吸ってやらしいことしまくってやるよ。泣こうがわめこーがかまうもんか。好きな子のおっぱいってのはなあ……、それだけ特別なんだよ! スペシャルなんだよ! 他のと一緒にすんな! 知っとけバカ!」
ひくっ、とルイズの喉から声が漏れた。
「う、嘘言わないでよ……。信じないんだから」
「じゃあ、証拠みせてやるよ」
そう言って才人はルイズの胸に顔を落とすと、その突起をそっと口に含んだ。舌を絡めるようにして優しく吸い上げる。
しばらくの間ルイズは体をよじって抵抗していたが、少しずつその力は弱まっていった。入れ替わるように、その口から吐息が漏れはじめる。
上目づかいにその表情を盗みみた。その目は涙ですっかり赤く腫れてしまっていたけれど、赤く染まった頬とあいまって激しく可愛く……そして色っぽくみえた。一気に下半身に血が集まる心地がした。
腰を動かして自分の物をルイズに押しつけた。そこはしっとりと柔らかく温かく才人を迎えてくれた。感動のあまり涙で視界が霞みそうになった。
すると腹の底から熱い固まりがこみあげて、苦しくてどうしようもなくなった。大きく息を吸って……、吐いた。そうしたら少しだけ楽になった。
「ルイズ、あのさ」
つかんでいた手首を離しても、もうルイズは逃げなかった。ぐんにゃりと体をベッドに預けて、時々ため息をついては、それに耐えるように唇を噛む。
「その顔……その感じてる顔」
穏やかな声で、ルイズに教えてやる。
なんで好きな子の胸が特別かってことを。
「それが究極のマジックアイテムなの。好きな子のそういう顔が男を狂わせるんだって……。ほんとお前ってなんも知らねーんだな……」
+ + +
今度こそ本当に幸せな気持ちで、ルイズは目をつむった。
ずっと探し続けていた才人の気持ち、それを少しだけ見つけられた気がした。
そして自分の中の気持ちも……。
それを伝えるのは簡単なことだ。でも、まだ心の中にしまっておこう。
いずれ才人は帰る方法を見つけるだろうから。その時にこそ告げればいい。
それまでは、チャームの魔法をかけ続けよう。
自分しか目に入らなくなるように、その魔法をかけ続けよう……。
+ + +
「でも本当なんだなあ」
ルイズの胸をもてあそびながら、才人は呟いた。
「ちっちゃい方が感じやすいって……。やっぱあれかな。観賞用とする用とは別ってことか」
「……鑑賞用?」
はっと才人の手が止まる。その口から乾いた笑いが漏れた。
「はは、だってほら。胸ってのは2種類あるんだよ。好きな子のとそれ以外と。な?」
「そう……つまり私のは鑑賞には値しないって、そう言いたいのね……」
「ま、まさか。あ、ほら。男を知ると胸でっかくなるっていうじゃん。俺が毎晩じっくり揉んでやるって。あれだよおっぱい体操。あれやってやるからさ。心配することないって、うん」
ルイズの瞳がぐっと才人をにらみつける。その瞬間、究極のマジックアイテムはたちまち幻と消えた。
(ああ、俺ってばなんて正直なんだろう……)
やっぱ勇者ってのは、正直者って相場が決まってるんだよな。そんなことを思いながら、嘘のつけない自分の口を呪わずにはいられない才人であった。