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Last-modified: 2008-11-10 (月) 22:55:20 (5617d)
魔道武闘伝ヨルムンファイト せんたいさん
溶鉱炉の赤い光が、レンガ造りの工廠内を紅く照らし出す。
地響きのような音を立てながら、黒い大きな機械が鉄を砕き、人足たちがそれを大きなトロッコで運ぶ。
ここは、ガリア王直轄の、ヨルムンガントの工廠。
今、その試作一号が完成し、そのお披露目にガリア王ジョゼフ一世は立ち会っていた。
「ここにございます」
恭しく頭を垂れ、見目麗しい女性がそう告げる。
ジョゼフの使い魔、ミョズニトニルン…シェフィールドであった。
頭を垂れた彼女の額の『使い魔の刻印』が光り輝く。
それに合わせ、彼女の後ろのとてつもなく大きな、ガリア王城グラン・トロワの正門よりも大きな門が重い音を立てて開く。
複数のマジック・アイテムを組み合わせて作った、自動扉である。
そして、その大きな扉の向こうには。
ハルケギニア始まって以来の巨大な、そして強力なマジック・アイテム…巨大な騎士人形…ヨルムンガントの試作一号が、まるで王の前で畏まる騎士のように、立っていた。
「おお…これが、ヨルムンガントか…」
溜息をつき、ジョゼフはヨルムンガントを見上げる。
その瞳は新しい玩具を与えられた幼子のように光り輝き、目の前の巨大な騎士を見つめる。
再び、その喉から熱い溜息が漏れる。
この巨大な騎士が動き、戦うさまを想像し、ジョゼフは興奮を隠し切れないでいた。
そんなジョゼフを見て、シェフィールドは、ただのマジック・アイテムでしかないヨルムンガントに軽い嫉妬を覚えた。
しかし、すぐにその考えを打ち払う。
…馬鹿馬鹿しい。
ジョゼフはしばらくその巨大な騎士人形に見入っていたが。
すぐに、ある事に気付く。
「…ん?奥にも、まだあるのか…?」
試作一号、と聞いていたので、てっきり一体だけだと思っていたヨルムンガントは、奥に連なるように、5体が並んでいた。
「…差し出がましいとは思いましたが、試作一号の動作が良好だったため、すぐに同じものを5体、作らせました…。
申し訳ありません、我が王」
深々と頭を垂れ、自らの身勝手を詫びるシェフィールド。
そんな己が使い魔に、しかしジョゼフは。
「かまわん!かまわん!いい判断だ!お前は素晴らしい使い魔だ、余のミューズよ!!」
「お褒めに預かり恐悦至極にございます、ジョゼフ様」
上機嫌で己が使い魔を褒める。
そんなジョゼフの中で、膨らみ始めるある妄想。
それは、大きな機械を目の前にした男なら、誰しも思うこと。
…乗って、動かしたい。
ジョゼフは、ミョズニトニルンに命を下した。
「…すぐ、これを人が乗って動かせるように改造いたせ」
「…はい?」
シェフィールドはジョゼフの意図がつかめず、そう聞き返してしまう。
「人が乗れるようにと言ったぞ、ミューズよ。そうだな、手足を連動させて動かせればなおよいぞ!」
「…し、しかしジョゼフ様。
人が乗ってどうしようというのです?所詮ヨルムンガントは巨大なゴーレムに過ぎませぬ。人の代わりに動く者に過ぎませぬ」
シェフィールドの言葉に、ジョゼフはしかし。
「これは命令だミューズ。乗って動かせるようにしろ」
その瞳に宿る光りは尋常ではなかった。
シェフィールドは故人の言ったある言葉を思い出していた。
『大人の男と子供の男の違いは、オモチャの値段だけだ』
全く持ってそのとおり。
この我侭な王は、この巨大な玩具に、虜になってしまったのだ。
はぁ、と溜息をつき、シェフィールドは王に言った。
「委細承知いたしました、我が王。
では、私は早速操作方法を考えてまいります」
…また、専門書と設計技師と格闘する日々が始まるのね…。
ヨルムンガントを作った濃い技術者たちの事を思い出しながら、ミョズニトニルンはヨルムンガントの部屋をあとにする。
…後に、シェフィールドはその事をひどく後悔することになる…。
「そうだな!折角だからこいつらを闘わせてみよう!面白いぞきっと!
しかしガリアだけでやっていたらまるで一人遊びでいかんせん面白くないな。
…そうだ!素体になるヨルムンガントを各国に送りつけてやろう!そして、それで世界の覇権を争うのだ!
うむうむうむ、燃えてきた!よーし、開催者としてやはりルールは決めねばなるまい!
そうだな、出場できるのは操作する者と、補佐をする者のペアで…」
一人、ヨルムンガントの部屋で盛り上がるガリア王。
その姿は、まるで面白い遊びを思いついた小さな男の子のようだった。
それから一ヶ月ほどして。
ハルケギニアの各国、エルフの国にも、一通の手紙と、巨大なヨルムンガントが送りつけられた。
手紙にはこうあった。
『世界の覇権が欲しければ、ヨルムンガントを駆り、王都リュティスまで来い────────。
世界の全てを、そこに置いてきた! ガリア王 ジョゼフ』
なんのこっちゃい、と思った各国首脳だったが、その手紙の裏を見て目の色を変えた。
一つ、ヨルムンガントに乗れるのは各国代表2名。操縦者と、補佐者のみ。
一つ、ヨルムンガント同士以外の戦闘を禁ずる。ヨルムンガント同士以外の戦闘に用いた場合、その機能の全てを失う。
一つ、ヨルムンガントへの改造の制限はない。ただしその大きさを著しく変えてはならない。良識の範囲内で。
一つ、唯一残ったヨルムンガントが世界の王となる。以降、十年ごとにこの行事を行い王を変える事とする。
なお、従わない場合には他のヨルムンガントが貴君の国を滅ぼすであろう。
手紙を運んできたヨルムンガントに一切歯が立たなかった各国首脳は、その条件を飲む事になる。
そして、王都リュティスでは、既に準備万端整ったジョゼフが、真っ黒な鎧のヨルムンガントに乗り込み、叫んでいた。
「遠からん者は音に聞け!近くば寄って目にも見よ!
未だ敗けを知らぬはこのガリア王ジョゼフよ!
負けたいヤツから…かかって来いっ!」
びし、ばし、とポーズを決め、ジョゼフの乗るヨルムンガント『マスターヴァジュラ』は最後に腕を組み、構える。
「ふはははは!どうだミューズよ!かっこよかろう!しびれるだろう!
これが男の浪漫というものよ!」
シェフィールドはそんな王を見上げながら思った。
──────────どこで、間違えたんだろう──────────────。
と。
しかし時の輪は容赦なく回り。
ハルケギニア中を巻き込んだ、『ヨルムンガント・ファイト』の幕は、切って落とされるのであった────。
※続く※
…ワケガナイ。