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Last-modified: 2010-11-29 (月) 09:13:49 (4890d)

それはとある夜のことである。
場所は町郊外の小屋、距離にして10キロメイルほどである。
町の光は遠くに見える程度、魔法で灯された街灯の光がぼんやりと見える程度である。
「明日、町の金貸しを襲う」
隊長、いや元隊長は仲間たちに目をやって、そう言った。
その目にかつて澄んでいた色はなく、荒み切った凄みしかない。
「で、ですが隊長!」
「もう、俺は隊長ではない」
元隊長、ロイク=ドゥ=コルヴェは血走った目でこちらを睨みつけた。
「そして俺たちはもう、アルビオンの騎士ではない。ただの山賊だ」
「ですが! 無辜の市民を殺すのはあれが最後だと!」
「もう俺たちには仕える国も無い。かつて仕えた国は滅びた。そしてかつては勇猛と歌われた我らの友はすでに冥界に旅立っている」
スティーブは荒々しく酒瓶を煽った。ジェフ=ドゥ=ケイゼルは隣りに座っているバジルを見た。彼は下を向き、拳を握りしめている。他の連中も似たような者だった。
家族をすべて、レコンキスタに殺され、我が身一つになったアルビオンのかつての貴族騎士たち。
そしてレコンキスタとの戦いで死なず、むざむざと生き残った亡霊ども。
「俺たちは……本当はあの時に死ぬ筈だった。今や住むところも、金も、国も、愛する者さえ失った。もはや我々は堕ちるところまで堕ちたのだ」
彼らの心にはもう、虚無感しかなかった。
今まで忠誠を誓って愛していた国を、むざむざと失った。
愛した祖国の惨状は目を覆うばかりだった。
そして、このトリステインに逃げ延びるまで、何人もの追手を既に斬っている。
立ちふさがる者は容赦なく斬り捨てて来た。
そして路銀を稼ぐために、山賊や海賊の類を殺し、金を奪い取って来た。
そうして、トリステインの大きな街の近くまでやって来た。
だが、もう彼らにはわからなかった。山賊を殺して金を奪っている自分たちと、市民を虐げて殺し回っている山賊と。
そして何より、我々を追放したレコンキスタの連中と。
やってることに、なんの違いがある?
人を殺しまくっているだけじゃないか。
隊長は、そう絞り出すように言った。
そして三日前、我々はなんの関係もない、隊商を襲い、そして――
「いいか、明日、俺たちはトリスタニアの街で人を殺す。もう、そうやって生きてくしか無いんだ。嫌なら、去れ」
去る者は、いなかった。

******

「でなんでサイトはトリスタニアに来たんだ?」
「いや、せっかくだからたまにはこういう虚無の日の過ごし方もいいかなと思ってさ。
アニエスこそ、別に無理してくる必要なかったんだぜ?」
「ふん、どうせおまえとの訓練がなけりゃ暇な身だしな。
それに、久しぶりに街に来るのも一興だしな」
「まぁ、アニエスさんとのデートだと思えば」
「お、お、おまえはまたそう言う冗談を」
サイトはアニエスに一瞥をくれると、優しく笑った。
それに対してほんの少しだけ頬を赤らめるアニエス。
サイトからしてみると、冗談半分だとしても、アニエスのこういう顔が楽しくて仕方が無いのである。

ちなみに今日のアニエスは普段着である。
いつものようなライトアーマも着けず、簡素な街娘のような格好である。
もっとも、その凛々しさは幾分も失われていないので、ただの街娘には見えないが。
「アニエスを可愛いと思ってるのはなんの冗談でもないんだけどね」
サイトとアニエスの二人はちょうど街の入り口に入ったところだった。

それにしても今日は人が多いようだった。
一度、剣を買いにきた時に比べて、明らかに人が増えているようだった。
道端には幟が立っている。文字には......
「アニエス、サーカスみたいだぞ」
「サーカス?」
アニエスもポスタに気付いたようだった。
「アニエス、こういうの好き?」
「いや、私はこういうものを見たことがないんだ」
アニエスはそのポスタから目を離すようにして言う。
サイトはその目の中にある暗い光に気付いていたが、何も言わなかった。
それはきっとアニエスの抱える闇なんだろう。
そしてそれはまだ、サイトの知るところではない。
どうして、アニエスがこの若さで銃士隊を率いるような女傑の道を進んでいるのか。
サイトはまだ、それを聞かされてはいなかった。
いつか、言いたくなった時に、彼女から言うだろうと信じて。
サイトはアニエスが本当に笑えるようになるためには、その闇を乗り越える必要があることに気付いていた。
だが、それを今言っても仕方が無い。
そしてアニエスは、まだこれからでももっと幸せになる道がある筈だ、
「なあ! 見に行こうぜ」
「え」
アニエスはサイトの方を少し驚いたように見た。
「俺も実はあんまり見たことなくってさ、アニエスも見たこと無いなら見に行こうぜ」
「わ、私は」
「いいだろ、ほら」
そういうとサイトはアニエスの手を掴んで、人ごみの中をずんずん進み始めた。
アニエスの手は温かかった。
「うおおお、すげええええ」
「確かに……凄いな」
サーカスはちょうど街の広場でやっていた。
団員たちはその身軽な体術で人間離れした動きをしている。
バク転側転からトランポリンや縄を使って飛び上がり跳ね上がり、輪をくぐり、縄を操る。
全身のバネがいかに強靭か、わかるようだ。
「だけどサイトだって、剣を握ればあれくらいできるんじゃないか?」
「だからこそだ。俺だって生身じゃ到底無理なのをあいつらはやってるんだぜ」
サイトは目を輝かせている。
案外、子供っぽいところもあるんだな、とアニエスは小さく笑う。
そしてずっと握りっぱなしになっている自分の左手で、胸が熱くなる。

いつからだったろう。
サイトと一緒にいる時間が、自分にとってかけがえも無く気が楽になる時間だと気付いたのは。
サイトとのは稽古は、稽古という名の対話だった。
毎日繰り返される剣の交わりの中で、サイトは確実にアニエスに話しかけているようだった。
今では、サイトがどういう男か、わかる。
今まで会って来たどんな男とも違う。
貴族のようでもない。庶民のようでもない。商人でもない。まして、軍人でもない。
この男は私という血で塗れ、汚れた、庶民の、シュヴァリエの女を、ただの人間としてしか見ていない。
軽蔑でも、恐怖でもない、ただの人間として扱っている。
今日だって、本当はサイトが街に来るだけで、アニエスがついてくる必要などなかったのである。
断れば引き下がっただろう。それを知りつつ、こいつは私と街に来てサーカスに誘った。
きっと、私の心も、この不思議な男にはお見通しなのだ。
ただ、一緒にサーカスを見ているだけで。
いや、一緒にいるだけで、アニエスの心は癒されている。
――だが……私は……
「人殺しだああああああああ」
悲鳴は広場からはちょっとだけ離れた、サイト達群衆の後ろで起こった。
そして続く女の衣を割くような悲鳴。
観衆の声援が止まる。
サーカスの団員も、その動きを止めた。
アニエスがはっとサイトを見た時には、彼は鋭く後ろを見つめていた。
アニエスも振り向く。
人々が邪魔でよく見えなかった。
「サイト!」
「……どうやら強盗か何かのようだ」
異世界人のサイトはこの時代の人間に比べて明らかに身長が高い。
背伸びをすれば、人ごみの向こうで起こっていることも見える筈だった。
「人死にが出てるのか?」
「よく……見えない。こういう時、いったい誰が犯罪人を取り締まるんだ?」
「たいていは街の警吏だな。手に負えぬ場合は街の衛士が来るが」
「静観……がいいか?」
「ああ、今日の私は丸腰だ」
「こんなことになるなら、アニエスも一応帯剣させておくんだったなぁ」
「お前が言ったんだろう」
そう、アニエスがサイトに同行するにあったって、丸腰になるという条件をつけたのだ。
「それも、そうだけどな」
そう言いながらちゃっかり自分はあのインテリジェンスソードを帯剣している。
周りの群衆もざわざわと騒いでいる。
遠くからは断続的に悲鳴が聞こえて、群衆は徐々にその騒ぎから遠のく方向に動き始めていた。
その流れの中でアニエスとサイトだけが棒立ちになって逆らっていた。
「……おい、あれ」
閃光、そして爆音。
「魔法だ!」
「メイジだと!?」
ことこの世界において犯罪にメイジが関わることは珍しいと言えた。
そもそも魔法を使えるのは貴族であり、そして貴族は余程でない限り、犯罪には関わらないからだ。
いまや広場は悲鳴の嵐だった。
魔法、というだけでこの世界の庶民のほとんどは恐れおののいてしまうのだ。
男も女も、一斉に騒ぎから逃げようとしている。
逆にサイトとアニエスはその騒ぎの元へ近づいて行く。
騒音の中、剣戟の音も聞こえる。
「サイト!」
いまや二人は走っていた。そして手は、いつの間にか離されていた。

*** ***

「隊長! 警吏は退けましたが、急がないと衛士が……」
金貸し屋の、奥の部屋を覗き込んだジェフは言葉を失った。
それは絶句もするだろう。
「た、隊長、い、いったい何を!」
その男は、縛り上げていた店の者を全員切り刻んでいた。
始めに捉え、無力化していた彼らを。
「隊長!」
ジェフはその肩を掴む。
「ジェフか……、いやな、こんなとこにレコンキスタがいたんだよ」
振り返った隊長は、ジェフを見ながら、そう言う。
「は?」
こんなところにレコンキスタがいるはずがない。
ここはトルステインのど真ん中の首都で、しかも適当に選んで押し入った金貸し屋だ。
そう偶然アルビオンのレコンキスタどもがいるはずがない。
そして目が合った瞬間、ジェフは毛が逆立つのを感じた。
もう、隊長の目はジェフすら見ていなかった。

「剣を突きつけて聞いたんだ。『おまえはレコンキスタだろう』ってな。
すると『違う』と答えやがった。だから突き殺した。違う奴にも聞いたんだ。
『おまえは!』嘘をついたからまた殺した。三人目でな、『そうだ』って言ったんだ。
『全員レコンキスタか』って聞いたらな、『そうだ』って言ったんだ。
だから、全員殺した」
隊長は剣を振って血を払い、鞘に納めた。そして、血に濡れた手で杖を掴む。
「もうそろそろレコンキスタに尻尾を振った衛士どもが来るんだろ? なら俺が出る」
「た、隊長……」
「大丈夫だ、お前にも残しといてやる」
もう、隊長は正気を失っている。
「レコンキスタなんて!」
「大丈夫だ、仇を取ってやる。そうだろ、俺は騎士なんだ。レコンキスタから国を守らねばならない」
もう既に正常な判断を失っている。
「行くぞ、敵はそこにいる」
その男はかつてアルビオン騎士団で武勇を轟かせた炎のトアイアングルメイジだった。
そう、誇り高き騎士として。
「ウル・カーノ・ジルトル・フォーラ!」
そして、今はどうしようもなく、呪われた殺人鬼だった。

*** ***

「アニエス! やばい!」
目の前に広がる惨状を見て、サイトが叫ぶ。
そこは既に戦場だった。
石造の建物こそ燃えていないが窓ガラスが割れ散って。
地面には小さなクレーターすら出来ていた。
そして何より、転がっている焼死体。
恐らく衛士隊だったのだろう。
燃え残った制服が、それを物語っていた。
人が焼ける、あの嫌な匂いが鼻につく。
――あの忌まわしい過去の。
――あの匂いだ。
――燃える。
――みんな燃えていく。
「アニエス!!!」
気がつくと、サイトがアニエスの肩を揺さぶっていた。
それも、そのクレータから離れた路地で、座りこんでいた。
サイトがアニエスを運んだのだろう。

「アニエス、しっかりしろ! おい!」
「あ、ああ、大丈夫だ。ちょっと昔のことを思い出して」
(馬鹿野郎。顔面蒼白で大丈夫なわけないだろ)
サイトはもう一度現場に目を向ける。
あそこで炭になっているのは恐らくかけつけた衛士だろう。
生き残った衛士が増援を呼ぶ声が聞こえる。
物見台では危急を知らせる金が打ち続けられ、辺りには人々がパニックを起こした時のあの独特の躁な空気が漂っている。
そこかに燃え移ったのかもうもうと煙が上がり、今度は火事を知らせる鐘まで鳴らされ始めた。
そんな中、一人佇んでいる男が見えた。
あいつが、杖を持っている!

「アニエス、相手はトライアングルレベルだ。丸腰のアニエスさんには何も出来ない!」
「だが!」
「俺はデルフを持っている。そして今新たに衛士がかけつけても、消し炭にされるだけだ。
あいつは一般兵の手に終える奴じゃない」
「私も手伝う!」
「無理だ。銃も剣も持たないアニエスはただの女の子だ!」
ただの女の子……あの時と同じ。私は何もできずに見ているだけ……!
「嫌だ、そんなのは嫌だ! 忘れたのか私は銃士隊隊長だ! ただの小娘と――」
アニエスの抗弁は、サイトによって止められた。
口づけという方法で。

52 名前:火、祭り 7/13[sage] 投稿日:2010/11/29(月) 02:44:05 ID:fr6CUP1v [8/13]
サイトはまるでアニエスから何かを奪い取るように、激しい口づけをする。
周りが炎と煙で揺らぐ中、今までしたことのないような乱暴なキスを。
ゆっくりと唇を離した二人の間に、銀色の橋がかかる。
アニエスは、驚きを隠せないまま、サイトを見つめている。
「アニエス」
サイトは優しく右手でアニエスの頬を撫でる。
「俺に任せろ」
静かな……、キスとは対照的なくらい静かな、口調だった。
「もうお前は一人じゃない。俺が、俺がいる」
サイトは右手でアニエスを抱えて、一気に抱きしめた。
なす術なく抱きしめられるアニエス。
「今日だけでいい。アニエスの過去は知らない。何があったか、俺は聞かない。
だが、一つだけ言っておく。今日という今には、俺がいる」
サイトは耳元で囁く。
――だから、俺に任せろ。
それだけ言うと立ち上がった。
アニエスは座ったまま、それを見上げる。
「どうしてだ……? 私みたいな女を……」
「アニエスはまぎれも無く、トリステイン最高の誇り高い騎士だ。
だけどな、女を守りたいというのは、男の願望なんだよ」
サイトはアニエスを見ないまま、そう言って男に近づいて行った。

「デルフ」
「おう、相棒」
サイトはデルフリンガーを抜き放った。
「事情はわかるか」
「ああ、わかってるぜ。だが、ずいぶんと”心が震えてる”じゃねぇか。どうしたってんだ、相棒」
サイトは苦笑いをしてその右手の剣を見た。
「アニエスがな、あのアニエスが泣いてたんだ」
「ほぉ、あの姉ちゃんがか」
「ああ、ほんの一粒。それも一瞬だっけどな」
「それで?」
「アニエスの過去を俺は知らないんだよ。いつか教えてくれるかもって、俺は思ってるがな。だが、あいつは何かを思い出して、恐れている。そしてあいつはそれに立ち向かおうって、一人で走り込もうとする奴なんだ」
「よくわかってんな」
「そりゃああれだけ剣を交えれば、わかるっての。そしてそれだけの度胸も力もあるんだ。それがよいことかは別にして。だけど、俺はそんなことして欲しくはねぇんだ」
敵まであと50メイル。
「なんでだよ」
「さぁ、なんでだろうなぁ。女だから、っていうわけでもないんだ」
「惚れたか?」
「馬鹿言え」
「俺っちとしては使い手が子供ぽんぽん作ってくれた方が嬉しいんだぜ」
「たぶん、辛い顔が見たくないんだろうなぁ」
サイトは上を向く。
灰色の煙の向こうに青空が見えた。
「今まで辛いことしかなかったんだろうって、そうやって思うと、俺はアニエスに笑って欲しくなるんだ。泣きながら人を斬って欲しくないんだ」
「余計なお世話って言われるぜ」
「ああ、だから俺が代わりに出る。代わりになれなくても、一緒にいてやる。それくらい、師匠のためにして当然だろう?」
デルフはカクカクと笑った。
「さあ、トライアングルだぜ、デルフ」
「いいぜ、ガンダールヴ!」
サイトは残りを一気に駆けた。
左手のルーンが、光る。

「む、新手か?」
元隊長、ロイクはこちらに来る姿を視認した。
衛士隊は一気に彼が焼き払ったところだ。増援にしては来るのが早すぎる。
そして、何より。
「騎士、だと?」
その瞬間、まるで体の中に氷柱が生じたかのような感覚が彼を襲った。
迷いすらなく、彼はその騎士――異様に速くこちらに駆け込む影にフレイムボールを放つ。
地を這う炎の玉。
騎士はそれを避けるどころか
「薙ぎ払っただと!」
ロイクは素早く杖と持った左手ではなく、右手で剣を抜く。
その影はフレイムボールを打ち消したまま、こちらに斬り込んでくる。
ロイクはそれを受け止めた。
凄まじい剣圧。
ロイクはそれを絶え切った。にもかかわらず、2メイルは後ろに押されていた。
「貴様! 何者だ!」
「俺は、ヒラガサイトだ!」
言うや否や彼は鍔迫り合いだった剣を流し、ロイクの体勢を崩そうとする。
ロイクは逆に間合いを外す。
サイトは追随。
左下から右脇腹を狙う胴薙ぎを放つ。
それを横に払うロイク。
すると払われた瞬間にサイトはそのまま体を回転させた。
吹き飛ばすような後ろ回し蹴り。
辛うじてロイクは左手で受ける。
だが、それでも体勢を崩さざるを得ない。
左手が痺れるような痛み。
骨にヒビが入ったか。
それでも杖を離さない。
この男、強い。
「ハハハハハハハハハ」
ロイクは思わず笑い出す。
「これだ! これが俺の求めていた戦場だ!」
鋭くスペルを呟く。
左手を突き出す。
杖から一直線に炎が伸びる。
ファイアソード。
断続的に炎を出すため、長くは持たない技だ。
だがその効果範囲を剣状に凝縮させるため、凄まじい威力の剣となる。
今やロイクは両剣使いだった。
サイトはその炎の剣が体に届く寸前で地面を蹴り上げる。
ガンダールヴの脚力で一気にロイクの上を飛び越える。
だが着地地点に滑り込むよう迫る敵。
サイトが地面に着いた瞬間、
ロイクがその胴を両手の剣で薙ぎる。
サイトは敢えて退かなかった。
敵の右手に、
姿勢を低くして斬り込む。
そして右手を一瞬で斬り飛ばす。
そうやって生じた隙に、
敵の右手を駆け抜ける。
振り向きざま、足を薙ぐ。
だが敵は右手を飛ばされても顔色一つ変えない。
左手の炎剣を地面に叩き付けた。
その大きなエネルギーが爆発。
思わぬ爆発にサイトは慌てて間合いを外した。
敵も体勢を整える。
サイトはもう一度、ゆっくりと剣を正眼に構える。
敵もまた、その杖から炎剣を消した。
杖をすらりと構える。
右手を肘から先失ったにもかかわらず、
そこには騎士としての気品が見えるようだった。
まるで誇り高い騎士のように。

「おまえ、いったい何者だ」
サイトは唸るように敵に尋ねる。
「我が名はロイク=ドゥ=コルヴェ。アルビオン王国騎士団西部薔薇騎士団団長」
「アルビオン……だと?」
「そうだ。我はアルビオンの騎士だ」
「ならば名乗ろう。俺はヒラガ=サイト。トルステイン王国のシュヴァリエだ」
「なるほど、シュヴァリエか」
ロイクは頬に歪んだ笑みを浮かべる。
「ロイク、なぜお前はこのトルスタニアで暴れる! お前の敵はレコンキスタだろう!」
「レコンキスタ? なんだそれは?」
ロイドは爛々とした目をしている。
もう、狂っている目だった。
「我はアルビオンのために戦う! だから私の前に立ちはだかるお前はアルビオンの敵だ。
そうだとも! 私はお前を殺す!」
ロイクは既に右手から血をどんどん失っている筈だった。
だが、まったくその剣気は消えず、殺気も増すばかりだった。
「ならば、仕方が無い。俺……ヒラガ=サイトは、お前を殺す」
サイトは静かに剣を握り直す。
どこからかアニエスの視線を感じながら。
デルフも既に口を噤んでいた。
ロイクが口を小さく動かす。
――ルーンだ!
サイトは身を投げるように姿勢を低く、
そして矢のように走る。
そして下からの突如とした殺気。
サイトはまるでデタラメのような機動で宙に飛ぶ。
一瞬までサイトが足をつけていた地面からファイアフォールが吹き上がる。
刹那でも回避が遅れていたら、火に巻かれていたに違いない。
サイトは空中にいた。
ロイクは下から突き上げるように、
杖をサイトに向ける。
落下地点にはロイク。
このまま行けば回避運動もとれないまま串刺しだ。
だからサイトは、デルフの重みを使った。
西洋剣、というのは日本刀に比べてさらにその重さがある。
だからサイトは、
そのデルフを空中で振ることによって、
単純落下している軌道を
無理矢理に
変えた。
下から突き上がるファイアソードを
ぎりぎりで避ける。
頬を炎剣が擦る。
そしてそのままロイクに
デルフを突き立てた。

左肩口から差し込まれたデルフはそのまま体内の心臓を両断していた。
サイト自身の体重と落下の勢いで、深く突き刺さったのだろう。
ロイクの杖から出ていた炎も一瞬で消える。
即死だった。
痛みを感じる間すらない、
一撃だった。

足から力を失った男が膝をつく。サイトは右手で勢い良くデルフを引き抜いた。
間を置いて吹き出る血。サイトはデルフを引き抜いた姿勢のまま、それを頭から浴びる。
支えがなくなった男の体が、地面に音を立てて倒れた。
サイトはそのまま、静かに倒れ伏した男の顔を見る。
男は、なぜか嬉しそうに笑っていた。
サイトはゆっくり顔を上げる。
敵は、まだいたはずだった。
だが、周りに人の気配は感じられなかった。
ともすれば力を失いそうな右手で、剣を握りしめ、金貸し屋の中に入る。
だが、そこには死体しか無かった。
仲間割れだろうか。
ロイクと似たような格好の男どもが、背中からやられたように全員死んでいた。
そして一人だけ、自らの心臓に剣を突き立てた男の死体があった。
サイトは知るまでもなかったが、それをやったのはジェフだった。
もう引き返すことが出来ぬことを悟った彼が、仲間を全員斬り、自殺したのだった。
サイトは膝をついて、その服のポケットを調べる。
出て来たのは、アルビオン王国の肩章。
「……こいつらも、アルビオンの連中だったのか」
サイトは一人、どうしてあれほどの腕をもった騎士が、こんな犯罪に堕ちたのかと、考えていた。
死体しかない店の中で、一人。
増援の衛士隊が駆けつけるまで……。

*** ***

サイトは、一人シャワーを浴びていた。
血を流すために借りた宿の、個室についている風呂である。

事件は結局あれで終末だったのだ。
駆けつけた衛士隊は、結局銃士隊隊長の証明書を持っていたアニエスが事情を説明することでその場を収まった。
衛士隊にその場の事後処理を任せることになり、サイトは王国のシュヴァリエとして衛士隊の支援をした、という形式になった。
事実、現場に最初に到着した警吏や衛士隊が壊滅したこと、敵がかなり腕利きのメイジであったことから、正当な判断だったろうとされた。
最低限の犠牲に留められた、と言えるだろう。
そしてアニエスはともかく、全身から血を被ったサイトはそのまま学院に戻るわけにも行かない。
サイトは宿をとって、湯を浴びることにしたのだ。

頭からシャワーを浴びる。
湯が全身を流れる。
足下を流れる湯から、血の色が徐々に薄れて来た。
あの男の血だ。
俺はこの世界に来て、いったい何人の人間を殺めたのだろう。
だが一つだけ言える。
これが最後ではないということ。
これからも、きっと自分は人を殺めるということ。
いつまで経っても、人の命を奪う感触は、慣れることが無かった。
まざまざと思い出す、最後の一撃。
肉を断ち、命を断つあの感覚。
だが、俺は――
「――後悔はしない」
「サイト!」
シャワー室の外から声がかけられた。
シャワーが長かったのだろうか。
そういえば、かなり長くシャワーを浴びていた気もする。
「どうした? アニエス?」
「いや、ずいぶん長く出てこないから、ちょっと不安になってな」
声は浴室のすぐ外から聞こえる。
そもそもそんな大きな浴室でもない。
シャワーしかない、浴槽のない浴室だった。
「大丈夫だ。ちょっと考え事してたから」
「……そうか、いや、ならいいんだ。服、適当に買って来た。
前の服は、幸い『らいだーすじゃけっと』、とかいうのでなく、こちらで買って来た服だったろう? 
あれは捨てた。さすがに、あれは落とせないと思ってな。
あと、帰りの馬も一応手配して来たが――」
サイトは無言で浴室のドアを空けた。
目の前には喋っている途中のアニエス。
驚いて、目を丸くしていた。
「サ、サイト! お、おま――」
サイトはシャワーに浴びたまま、アニエスを抱き寄せた。
むろんアニエスは服を着たまま。
「サ、サイト!?」
サイトはアニエスを抱きしめる力を大きくした。
アニエスは黙って、サイトと一緒に濡れて行く。
「ちょっとだけ」
サイトは小さく、区切るように言う。
抱きしめられたアニエスにはサイトの顔は見えない。
「このままで」
もう、疲れていた。
二人とも、考えることに。
「このままで」
そして胸の底から、何か違う熱が上がったことに、二人とも気付いていた。
獣のような、欲求が。


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Last-modified: 2010-11-29 (月) 09:13:49 (4890d)

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