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Last-modified: 2011-04-08 (金) 10:38:25 (4765d)
翌日、才人はコルベールと共に王宮に赴いている
夏休み前の最終週である
迎えに来たのはルネである
コルベールの研究室で、製作図面と格闘する為、ドラフターの製作を行ってた二人に、ルネが挨拶する
「おはよう才人、其にミスタコルベール。陛下よりお呼び出しが掛っております」
「お早う。そう言えばアニエスさんは?」
「シュヴァリエは先週より、別任務に付いてるよ。急な為、挨拶無しで済まないと、伝言を預かってるよ」
「そりゃ、急だねぇ。呼び出しは、この前のロケット弾の礼かね?」
「さぁ?とにかく来てくれよ。じゃないと僕がどやされる」
「ああ、それじゃしょうがないな。先生」
「うむ、才人君。この前の話、忘れて無いかね?」
「……えぇ、まぁ」
「なら、良い機会だ。良いね?」
「…まぁ、先生が良いなら」
コルベールの決意の眼に、才人は曖昧に頷いた
「無冠の騎士殿。其にミスタコルベール。呼び出しに応じて頂き、感謝致しますわ」
「いえ、で、何の用ですか?」
「シュヴァリエになって下さいまし。そして、近衛になって下さいまし」
「お断り」
「今なら、トリステイン女王もセットに付けさせて頂きますわ。とってもお徳ですわよ?」
「何処のTV通販だよ?」
才人は苦笑する
「まだ心変わりなさらないのですわね。仕方有りません。今日は貴族の在り方を、私自ら諭す為に、寝室でたっぷりとご指導させて頂きますわ」
想像したコルベールが、鼻からポタポタ血を垂らす
「あ、先生大丈夫ですか?」
「う、うむ。じ、実にけしからん。いや羨ま、あ、いや教育者として教授内容にとっても興味が、あ、いや……」
喋る度に墓穴を掘るコルベール
「コルベール先生も、好きモノですねぇ」
ゴホンと咳払いし、澄まして答えるコルベール
「女性こそ、最大の謎であり、最高の研究対象だよ。才人君」
「否定はしません」
くすくす笑い出すアンリエッタ
「サイト殿の周りは、本当に楽しそうですわね。では本題に入りましょう」
「はい、何でしょう?」
「出兵を決意しました。サイト殿とミスタコルベールに、ロケット弾の量産を命令します」
カチンとする才人
睨み返されたまま歩み出され、アンリエッタは失敗を悟る
「あぁ!!申し訳有りません!!怒らないで、お願いだからお尻ぺんぺんしないで!?」
涙を貯めてふるふる首を振るアンリエッタ
玉座に座ってるせいで逃げられない
杖の存在は失念と言うより、完全にお仕置きされモードに入っている為、使う意思が失せている
この前のお尻ぺんぺんが、相当トラウマになったらしい
すたすたすた、ぴた
才人がアンリエッタの真ん前に立つ
「あ、ごめんなさい。お願いだから叱らないでぇ!?」
言葉とは裏腹に、お仕置きに期待の眼を向けてる事をアンリエッタは気付かず、表情を見せられた才人だけが気付く
ガバッ
「きゃん!?」
「才人君、何を?」
コルベールは唖然としながら才人の行為を見守る
ぱぁん!ぱぁん!ぱぁん!
「きゃん、あん、あん」
才人は三発だけやると、アンリエッタを玉座に下ろす
アンリエッタはぽぅっとしながら、才人を見つめ、小さく呟いた
「‥‥もっと」
「今なんて言いました?姫様?」
「‥‥は、いえ、何でも有りません」
慌てて、アンリエッタは言い繕う
才人が立ち位置に戻ると、改めてアンリエッタが言い直す
「コホン‥‥では改めて。サイト殿、ロケット弾の量産化に協力出来ないでしょうか?」
「ん〜、どうすっかな?コルベール先生は?」
「そうですな。王政府がきちんと協力を確約出来るなら、才人君と共に、技術提供をするのも吝かでは有りませんな」
「例えば?」
「実はですな、我々は現在新型空船の設計開発を行っておりますが、資金と人手に問題が有るのですよ」
「新型の空船?」
「はい、具体的には風竜は無理でも、火竜レベルの速度は出せる空船です。遠距離航行能力と運搬能力を伴い、現在の帆船等、あっという間に時代遅れになりますな」
がたり
アンリエッタは思わず立ち上がり、王冠を取り落とす
「‥‥そんな事が、可能なのですか?」
「我々が、才人君の設計を実現させる事が出来れば可能です」
流石にアンリエッタは首を振る
「また、ご冗談を」
「仕方有りません。では、話をツェルプストーに持って行きましょう。ゲルマニアなら、我々はキュルケ嬢と言うパイプを持っており、二つ返事で頷いてくれますでしょうな。なんせ才人君に最も信頼を寄せる一人です。実績を伴って、そのままゲルマニア貴族にするでしょうな」
「だ、駄目です!!」
アンリエッタは堪らず悲鳴を上げる
せっかく見つけたトリステイン発展の鍵、同盟なんぞいつ解消されるか解らない
言った通りの性能が出た場合、仮にツェルプストーが母港になり、そのままトリステインに向けられたら、あっさりトリステインは陥落、滅亡する
アンリエッタには絶対に飲めない
正に目の前に居るのは、使い方を誤れば、全てを壊す爆弾だ
暗殺もちらつくが、直ぐに頭の中で首を振る
『返り討ちにしてしまいますわね。其にヴァリエールが敵対してしまいます。味方以外に路が有りません』
今でも彼の機嫌を損ね無いように綱渡り。何て頭が痛い
ルイズが暗殺しそうと言い、自分が本当にそう考え、自己嫌悪に陥る
「まぁまぁ、先生。あんまり苛めるのもあれですし」
「私は夢が実現出来れば、パトロンは誰でも構わないのだがね」
「と、言う訳で、姫様がコルベール先生に協力を確約出来るってなら、俺も多少は融通しましょう」
「‥本当ですか?」
「俺は、約束は守りますよ?」
アンリエッタは玉座に座り考える
資金の問題さえクリア出来れば、産業発展のチャンスである
科学を実際に見せられたので、説得力は有る
乗った方が良いと、頭が囁く
「サイト殿。質問が有ります」
「どうぞ?」
「何故、今になって提供を?」
「コルベール先生の夢だから。俺の目的と水の精霊の依頼内容にも合致する。別に断っても構わない。トリステインに最初に話を持ち込んだのは、ルイズや世話になった人達に対する義理だね」
答えを頭の中で反芻する
嘘を付いてる様には見えない。基本的に嘘が嫌いなのは、ルイズからの手紙とアニエスの報告で、散々に知っている
『義理を果たす人だから、トリステインに持って来てくれた。なら、利用するのが政治で、それを知ってるからこそ、サイト殿は何処でも良いと』
『断れば、トリステインがどうなるか迄、完璧に予測しての‥‥本当に曲者。一つも美辞麗句も威嚇も虚飾も無い脅しだなんて‥‥初めて』
アンリエッタは考えをまとめ、結論を出す
「解りました。結論を言います」
コルベールはごくりと息を飲み、才人は漂々とする
「協力を確約しましょう。ですが条件が有ります」
「何でしょう?」
「生産技術をトリステインで独占させて頂きます。此が条件です」
「ま、妥当だね。では此方からも」
「何でしょう?」
「生産用品が足らず、外国から輸入しなければならない場合、技術向上が必要な場合のみ、提供を許可して欲しい」
少し考え込み、答える
「‥相手によります。アルビオン、ガリア、ネフテスには止めて欲しいですね」
「ネフテス?」
「エルフ達の国ですよ」
「つまり、今以上に強くなられても、困る相手と」
「えぇ、ゲルマニアは同盟国なので仕方有りませんが、なるべく国内のみにして欲しいです」
「成程ね。ロマリアは?」
「あの国では、異端扱いするでしょう。するだけ無駄です」
「其処まで酷いのか」
才人は苦笑する
「じゃあ、交渉成立かな?」
「はい、では名称を決めましょう。具体的には何をお作りになりますの?」
「蒸気機関船だね。後は応用で、蒸気機関式工作機械他」
「機関ですか‥‥そしたら、ゼロの使い魔が機関を作るので、ゼロ機関に致しましょう。サイト殿は初代所長でミスタコルベールは福所長に任命します。上下に問題は有りますか?」
「コルベール先生が「問題有りません。女王陛下」
「では、給与は‥‥残念ですが支払い出来ません」
ガクリと二人して傾き、コルベールが堪らず問い正す
「陛下、何故ですか?」
「貴方達がやるのは新しい試みです。伝統を重んじる他の貴族には面白くないでしょう。その代わり、王命で必要な人材を集め、製作指導するのは保証しますし、集めた資材、工人には支払いましょう」
「貴方達は新しい道具を開発し、量産手段を王政府にレポートを付けて提出して頂き、利便度を基準に査定、買い上げさせて頂きます。つまり、開発に成功しなければ、貴方達には払いません。失敗した場合、王政府と共に損害を被って頂きます。私が出来る、最大限の譲歩です」
「ヒュ〜、お見事」
パチパチパチパチ
才人が思わず拍手を送る
「ミスタコルベール、異論は?降りても構いませんよ?」
「……いや、才人君が喜んだ。其だけやり甲斐が有ると言う事だ。勿論、答えはウィ、だ」
「ではサイト殿。一番最初に必要なモノは何でしょう?」
「あぁ、書類製作に必要なんで、秘書兼有能な土メイジを専属で一人欲しい。後は必要ならまたお願いするよ。その人には、給与払ってくれるかい?」
「えぇ、解りましたわ。では、ミスタコルベール。先に退出お願いします」
「解りました陛下。ではお先に失礼致します」
礼をしたコルベールが退出し、謁見の間はアンリエッタと才人が残される
「出兵……決意されたんですね?」
「‥はい」
「…復讐ですか?」
「はい」
「達成しても、得るのは有りませんよ?」
「‥ご存知ですの?」
「まぁ……ね」
「では、ご存知ですね?」
「…えぇ、止めても無駄だってね」
「助けて‥‥下さいまし」
「……資金は?」
「デムリ財務卿に試算させてます。一応大丈夫かと」
「どんな状態?」
「増税です」
才人は即答する
「あぁ、駄目だ。トリステインが疲弊する。勝っても負けても衰退一直線だ。デムリ財務卿とマザリーニ宰相に取り次げる?異国の経済を、参考にしてみないかって?」
「‥宜しいのですか?」
「……俺はね、女のコの涙に弱いんだ」
頭をぼりぼりかきながら答える
「今の姫様。涙を流してる時より泣いてるよ」
アンリエッタはハッとし、才人を見上げる
才人は背を向け、ひらひら手を振りながら、退出する最中だった
アンリエッタは急いで小姓を呼ぶ
「誰か、今直ぐマザリーニとデムリを案内して、サイト殿と共に会議室へ。急ぎなさい!!サイト殿の時間を浪費させる事は、許しません!!」
「ウ、ウィ!!」
駆け寄った小姓が慌てて飛び出す
才人は自分自身に絡んだしがらみを、肩をすくめて受け入れようとしてくれてる
気が変わらない内に、お願いするしかない
* * *
「無冠の騎士殿。我々を、仕事を中断させて呼び出すとは、偉くなったものですな」
デムリと一緒に会議をすっ飛ばして呼び出され、つい皮肉を言うマザリーニ
何せ財政問題を協議中に叩き切られたのだ
しかも、無位無冠の異国の人間である
強さならば確実に負けるが、政治のなんたるかを知らない青二才に小間使いされる謂われは無いと、二人して雄弁に物語っている
「あぁ、すいません。邪魔する積もり無かったんですけど。姫様どう言う命令出したんだ?あ、其からゼロ機関所長ってのを先程承けちゃいましたんで、ゼロ機関のお仕事って事で一つ」
「ほう、どういう風の吹き回しかな?」
「まぁ、俺にも目的が有るんですよ」
「ふむ、利害の一致か。此もそうかね?」
「そういう事。では、質問です。今の財政状態を教えて下さい」
「ふん、平民の所長殿に理解出来るか?」
デムリが答え、財政の大まかな歳入歳出を書いて行く
才人が気になったのが、数字が二つ有る事だ
「ちょっと待って」
「何だ?もうギブアップかね?所長殿」
デムリが皮肉を混ぜながら答える
「いやぁ、だって変じゃないか。何で数字が二種類有るんだい?エキューって二単位有るのか?」
余りに余りの基本的な質問に、マザリーニが愕然とする
「そんな事も知らないのか平民?」
だが、デムリは目を光らせる
「…何か理由が有りそうだな。理由は金本位制で、旧エキューと新エキューで、価格差が生じてるからだ」
才人は途端に目を点にする
「は、何で?」
「だから、金の含有量がエキューの価値を定めるからだ」
マザリーニが吐き捨てる
才人の言い分は、経済素人の言い分と断じたのだ
「無駄だ無駄。帰るぞ、デムリ殿」
「ちょっと待って下さい、マザリーニ殿。彼の言い分聞いてからでも、遅く有りますまい」
「何か引っかかるのか?」
「えぇ」
立ち上がったマザリーニは、またドスンと腰を下ろす
才人は様子を見ると喋りだす
「じゃあ良いかい?そもそも、新エキューも旧エキューも、1エキューは1エキューだ。価格差が生じてる事自体が間違ってる」
「……何を馬鹿な」
「いえ、続けてくれ、所長殿」
デムリが促す
「つまり、新旧でエキューが有るのは改鋳したって事だよね?最近の話?」
「あぁ、そうだ」
マザリーニが答える
「改鋳したって事は、其だけ貨幣が必要だって事だよね?つまり、市場経済の成長に貨幣が追い付かずデフレが発生していた。ウィ?ノン?」
「ウィだ」
マザリーニが答え、デムリが感心する
「所長の言葉に聞く価値があると、私は判断します。宰相は?」
「聞くだけは聞いても構うまい。判断は別だがな」
才人は口笛を吹く
「ヒュ〜、流石宰相、冷静だ。あんたが居ればトリステインは安泰だね」
「世辞は良い。我々も時間が惜しい。続けてくれたまえ」
「了解。デフレの理由は、封建貴族の過剰な蓄財じゃないか?其で市場の貨幣が減った。ウィ?ノン?」
「ウィだ」
才人はニヤリとする
「とりあえず、現状の把握は出来た。じゃあ、次にエキューの価格差が何故問題かを説明するよ」
才人は黒板に簡単な数字を書く
「えっと、此処で書かれた数字を換算すると旧:新の価格差が、1:1.5か。此がもし、1:1になったらどうなる?」
「1.5倍の貨幣が余剰し、国庫に1.5倍の資金が入るだな」
マザリーニが答えるとデムリが反論する
「違いますぞ、宰相。流通貨幣量は、国家予算より遥かに多いです。つまり、国家予算を2倍以上に丸々拡大出来ますぞ」
「なっ!?」
マザリーニががたりと立ち上がり、呆然とする
「だから言ったでしょ?新エキューと旧エキューで、価格差が有る事自体が、間違っていると」
マザリーニがトスンと座る
「確かに、価格差が無くなれば其に越した事は無い。だが不可能だ」
「何言ってるんですか?可能ですよ?」
「馬鹿を言うな」
才人の言い分を否定するマザリーニ
まぁ、当然である
「俺の国の貨幣はですね、紙幣です」
聞き間違いかと、マザリーニが確認する
「……今、何と言った?」
「紙ですよ、紙。金なんかで保証してません」
「な、馬鹿な!?」
流石にデムリすら唖然とする
金本位に生きている者達にすれば、夢物語だ
「そう、馬鹿な事です。貨幣なんざその程度の価値しかない。だから、交換出来る金を元にしてる。違いますか?」
「…その通りだ」
「だから、交換出来る金の含有量が減るから、エキューの価値が下がる。市場はそう判断してるのでしょう?」
「その通りですね」
デムリも頷く
「じゃあ、政府でエキュー価値を定めてしまえば良いのですよ。新旧エキューの価値は、等価ですとね」
「あ、そうか」
マザリーニはやっと納得し、ポンと手を叩く
「ですが、そんな事、市場が受け入れないでしょう?」
デムリが疑問を呈す
「その通り。だから、王政府からこう知らせます。新旧エキューの価値は等価とする。旧エキューから新エキューに政府から交換する場合、新エキューで1.1倍を支払う。さて、市場はどうなります?」
「……封建貴族含めて、全員交換するな」
「はい、此で国内の財政問題終了です」
才人がポンと両手を叩く
二人は唖然と才人を見る
「そんなに簡単に………我々が長年掛けて出来なかった問題を」
「ま、貨幣価値が国内で統一されないせいで起きてる問題なんで、使える手です。額としてはどれくらいの資産が眠っているか、解りますか?」
「封建貴族の財産迄は、把握出来てないな」
「じゃあ、俺の国で単純化しましょう。俺の国の国内総生産が50、国家予算が6、民間資産が120だとすると、(120+50)×1.5=255,255×1.1≒231.81,255-231.81=23.19。国家予算の約4倍が確保出来ますね」
「実際には旧エキューと新エキューとの流通量と固定資産を勘案しなきゃならないですから、大々2倍位ですかね?ですが、封建貴族の蓄財量が半端無いなら、当然この値は跳ね上がります」
「成程」
「次は外国との為替問題ですね?」
「う、うむ」
最早マザリーニとデムリがゴクリと唾を飲み、頷く
「外国と為替条約を結びます。旧エキューの価値に近い為替レートで一定期間…そうだな、今回の出兵期間中は固定出来る様に交渉すべきですね。此はトリステイン政府の外交力がモノを言います」
「成程、国内価値が定まっても、内外価格差が生じるから、為替レートを固定して移行期間を設けるのだな?」
「流石宰相、理解が早い。更に出兵先のアルビオンに、通貨攻撃を仕掛けます」
「何?」
「アルビオン金貨を片っ端から手に入れて、エキューに改鋳します。するとどうなります?」
マザリーニが黙考し、答える
「向こうの貨幣量が減るから、我々の問題が、そのままアルビオンに発生するな」
「その通り。一戦するより、ずっと恐ろしい攻撃です。攻撃力の高さから、通貨砲と呼称される経済攻撃です。実は、戦争よりもずっと嫌です。なんせ、相手の経済基盤を破壊しますからね」
「おおぉぉ!?」
マザリーニとデムリは、思わずガッツポーズをしてしまう
前線を越える攻撃が、まさか財政側で出来ると聞かされたのだ
普段から陰口叩かれてる立場としては、痛快過ぎる
「此処迄やれば、負けても良いです。外国と為替条約結べた時点で、政治的には勝ち。後は戦死者減らす為に誘導すれば良い。本当に好景気になるのは、出征した兵達が、帰って来てからです」
暫く震えていた、マザリーニとデムリ
そのまま、マザリーニは喋り出した
「デムリ卿」
「はい、宰相」
「この案で行くぞ」
「勿論です。増税なんざ捨てましょう」
立ち上がったマザリーニが才人に振り向く
「ゼロ機関所長殿!!」
「何でしょう?宰相殿」
「貴殿の給与は私と一緒か?」
「いえ、ゼロですよ。なんせ、成功報酬なもので」
「アッハッハッハ、任せたまえ。所長殿のお陰で光明が見えた。幾らでも要求しろ。全額支払ってみせよう」
「……いやぁ、俺そんなに要らないしなぁ」
マザリーニは才人の肩をばんばん叩く
「ハッハッハ、なら任せたまえ。この策のみで、貴殿はトリステイン中興の祖になった。然るべき報酬を受け取るべく、我々が進言させて頂こう」
そういうと、マザリーニとデムリが才人に相次いで抱擁する
「あの?トリステインの習慣?」
「その通りだ、我慢しろ。最大の親愛を込めている」
「…キスは無しで」
「やられたのか?」
「…えぇまぁ」
「クックックック。しても良いぞ?」
「女のコが良いなぁ」
「アッハッハッハ。では、また何か有れば宜しく頼むぞ、所長殿。では、我々は一から組直す為に忙しくなる。感謝するぞ」
バタバタと二人は退出する。スタッフに号令をかける為だ
一気にてんてこまいになるだろう
「とりあえず、一仕事終わりっと。コルベール先生、退屈だっただろうな」
バタム
才人が部屋から出ると、コルベールが廊下で待っていた
「終わったかね?才人君。宰相達が、大急ぎで駆けて行くのが見えたが」
「えぇ、なるべく民に迷惑を与えない形で出来る様に」
才人達が廊下を歩きながら、先程のを語る
「君は、知識の宝庫だな」
「何、俺の国の常識伝えてるだけなんで、はっきり言ってズルですよ?」
「君の国に是非とも行きたいものだ。その為ならば、戦いに手を貸すのも致し方あるまい」
「じゃあ、帰りましょう。ドラフター作らないと」
「そうだな。先ずは図面を書かないと始まらない。では行こうか」
少しずつ、歯車が加速を始めてるのを、誰も気付いていない
そう、才人の傍らには、鼠が出入りしてるのを、誰も気付いていないのだ
* * *
エレオノール=アルベルティーヌ=ル=ブラン=ド=ラ=ブロワ=ド=ラ=ヴァリエールは、王立アカデミーの主席研究員で、土の名手として、アカデミーに名を轟かしている
専門研究は、始祖ブリミルの彫像の研究である
アカデミーの研究は基本的に王政府とは距離をとっており、神学がメインで有るが、たまに変な依頼が入る場合が有る
同僚の水メイジが、マジックアイテムで水の剣を作ると云う依頼を見た時、余りの馬鹿々々しい依頼に呆れたもので有る
メイジが剣士の稽古道具を作るのは、馬鹿げている
そんな彼女に魔の手が伸びたのは、才人が謁見を午前にこなした日の午後であり、アンリエッタの本気が伺える
「失礼します。エレオノール=ド=ラ=ヴァリエール。お呼びにより参りました」
「聞いております。どうぞ」
秘書にあっさり通される
普段は一悶着有るのが通常なのだが
『一体どういう風の吹き回し?』
ガチャ
「おぉ、来てくれたかね?ミスヴァリエール」
「何の用でしょうか?ゴンドラン卿」
ジロリと睨むエレオノール。ゴンドランはつい後退る
「まぁ、そう睨まないで貰えるかね?此を見て欲しい」
一通の王宮からの手紙だ
「何ですか?此」
既に封は切って有るので読み進むと、わなわな震え出す
「アカデミーより優秀な土メイジを一名、王宮経由でゼロ機関に出向されたし?何ですか?此は!!」
ダァン!!
思わず拳で机を叩き付け、ゴンドランがヒッとびくつく
「そう怒鳴らないでくれないかね?私とて、命令に応じるなら君以外に思いつかないのだ。何せ優秀な土メイジを御所望だ。君以外に、適任が要るかね?」
うぐっと、声を詰まらせるエレオノール
確かに一番の自負がある
だが、到底納得出来る物ではない
「えぇ、ゴンドラン卿の言う通りです。ですが、私で無くても構わないのでは?」
ギロリと睨みつけ、ゴンドランは蛇に睨まれた蛙の如くだ
「そうは言ってもだね。女王陛下直々のサインだ。君は、女王陛下に逆らうのかね?ヴァリエールは陛下に二物を抱えると?」
押されながらもトドメで有る
「……くっ、解りました。出向ですね?給与は?」
「アカデミーが支払うので問題無い。君は、彼方の所長の指示に忠実に従えば良いだけだ」
「……謹んで拝命しました。では王宮に向かいます」
バタン!!
一際強く扉が閉められ、ゴンドランは最後の最後迄びくつかされる事になる
「あらあら、都落ち?有能なのも大変ねぇ」
「ふん、帰って来るから覚悟しときなさい」
「あらやだ。怖〜〜〜〜い」
カッカッカッカッ
廊下に高らかに靴音が鳴り響く
「くっそ〜、だから大人しかったのか?帰って来たら、ケリつけたるわ」
杖すら持たずに魔力が立ち上がり、髪が逆立ち、周りの研究員がさぁっと道を拓く
怒れるエレオノールに、声を掛ける猛者等居ないのである
エレオノールが荷物をまとめ、さっさとアカデミーから竜籠で王宮に赴き、謁見する
少々順番待ちで時間が掛ったが、陛下の謁見とはそんな物で有るので、エレオノールは気にならない
「アカデミー主席研究員で間違い有りませんね?」
「はい、アカデミーから参りました」
「では、どうぞ。陛下がお待ちです」
扉が近衛に開かれ、中にはアンリエッタのみが待っている
エレオノールはアンリエッタの前に跪き、拝謁の許可を得る為、答える
「アカデミーの土の主席研究員、エレオノール=アルベルティーヌ=ル=ブラン=ド=ラ=ブロワ=ド=ラ=ヴァリエール、お呼びにより参りました」
「顔を上げなさい、ヴァリエール」
「はいっ」
エレオノールが顔を上げると懐かしい顔が微笑んでいる
「あぁ、エレオノール姉様。懐かしいですわね、何年ぶりでしょう?まさか貴女が来られるなんて、思いませんでしたわ」
「あの、どうして私に?」
「私は優秀な土メイジと指定しただけです。エレオノール姉様を指名はしていませんよ?」
「えぇ、その通りですね。で、ゼロ機関とは一体何でしょうか?」
「新しい事をやる機関です。今日設立されたばかりの新設の研究機関で、貴女には所長のサポートをお願いしたいのです」
「そんなあやふやな機関に、アカデミーの人材を投入するのですか?」
「あら、今日既に結果を出してますのよ?トリステインの財政問題が、片付きましたの」
流石にエレオノールが唖然とする
「な、たった一日で出来る筈が?」
「やってしまうのが所長なのです。実行に移すのは、まだかかりますけどね。ですから貴女も礼を尽くしなさい。会っても驚いちゃ駄目ですよ?」
「はい。では、どちらに向かえば宜しいのでしょう?」
「魔法学院です。懐かしい顔に聞いてみなさい。後は良くして下さると思いますわ。明日から、向かえば宜しいでしょう」
「はい」
エレオノールはいぶかしむ
「陛下、何をお隠しなのですか?」
「多分、貴女が驚く事ですわ」
「はぁ」
エレオノールは翌日、自身の境遇を呪う事になる
* * *