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Last-modified: 2008-11-10 (月) 22:57:05 (5635d)

359 名前:魔王[sage] 投稿日:2006/10/23(月) 00:06:00 ID:dHz0izwc

「おお、誰だいお前さんたち。こんな辺鄙なところまでやってくるなんざ、随分と変わってるじゃあないか。
 なに、お前は誰だって。俺のこと知らねえのかい。となると外ではかなり時間が経ってるらしいね。今日の日付を言ってみてくんな。
 ふんふん。なるほどやっぱり知らねえ年号だ。こりゃ洒落にならんね全く。よくよく見るとお前さんたちの服装も見たことねえ類のもんだしな。
 で、何の用だいこんなところに。言っとくが、ここには価値のあるものなんかなーんにもありゃしねえぜ。この俺を含めて、ね。
 ところでさっきから後ろの嬢ちゃんはずいぶん驚いた顔してるね。なに、喋る剣が珍しいのかい。
 となると、あんたら魔法を知らないのかね。お、笑ったな。魔法なんて馬鹿馬鹿しいって顔だそれは。
 っつーことは、相棒の目論見は成功したってことなんだろうな。いやはやなんとも胸糞の悪い話じゃありませんかねえ。
 ああそうそう。俺のことが聞きたいんだったな。俺の名前はデルフリンガー。かつて魔王が使ってた剣さ。
 おやおや、また笑ったなお前さんたち。魔王なんて神話でしか聞いたことがない、だって。
 なるほど、あの時代のことはもう神話にまでなっちまってるってことだ。いっそその方がいいのかもしれねえな。
 よし、そんじゃ遠路はるばる来てくださったお二人のために、この俺が気の遠くなるぐらい昔の話をしてやろうかね。
 ところでお二人さんよ、サイトとルイズって名前に聞き覚えはあるかい。
 なに、ないだって。そうかね、多分俺が知る限りじゃ世界的に有名な二人のはずなんだがなあ。
 お、思い出したって顔だね嬢ちゃん。神話や伝説でなら聞いたことあるってか。};
 ほうほう、聖騎士アニエスとその恋人ジュリオに倒された魔王とその王妃か。こいつあお笑いだね。
 悪い悪い、別に馬鹿にした訳じゃねえんだよ。単に、俺が知ってる事実とは随分違った解釈がまかり通ってるみたいだからさ。
 おっと、顔が輝いてきたね兄さん。歴史学者なのかい。そりゃ興奮して当然だ。
 何せ今から俺が教えようとしてるのは、あんたらが神話だと思い込んでる事件の真相な訳だからね。
 おいおいそう焦るもんじゃないよ。慌てなくてもちゃんと一から教えてやるからよ。
 さて、それでは聞かせてやるとしようかね。魔王ヒラガサイトとその王妃、ゼロのルイズの物語をね
 事の起こりは、とある戦争が終結して数ヶ月経った頃のこと。
 ロマリアの教皇とガリアとゲルマニアの王様が何者かに暗殺されて、世間はひどく混乱していたものさ」

360 名前:魔王[sage] 投稿日:2006/10/23(月) 00:07:16 ID:dHz0izwc

 不意に意識を取り戻したルイズは、自分がどこか暗くて冷たいところに閉じ込められているのを悟った。
 頭の上に上げられた両手は壁から伸びた手枷で固定され、足首にも鉄球付きの足かせがはめ込まれている。
 まるで大罪人である。大貴族の娘として育てられてきたルイズにとっては実に屈辱的な仕打ちだった。
 そのとき、不意に暗闇の中に光が差した。その眩しさに目を細めながらルイズは素早く周囲に視線を巡らせる。
 石造りの狭苦しい部屋だった。蝋燭などの小さな照明すらなく、明り取りのための窓もない。
 何もない部屋だ。ただ、自分の自由を奪っている手枷と足枷だけが、不意に差し込んだ光に鈍く輝くのみ。
 光が差し込んだのは、誰かが入り口の扉を開けたかららしかった。
 逆光で顔がよく見えないその人物は、まるでこの部屋に光が差し込むのを恐れるかのように素早く扉を閉じた。部屋はまた暗闇に包まれる。
「誰」
 自分の置かれた状況がよく把握できない混乱と、突然の侵入者に恐怖を抱きながらも、ルイズは毅然と顔を上げてそう言った。
 貴族としての誇りと彼女自身の気性が、自分をこんなところに閉じ込めたであろう相手に弱気な態度を見せるのを許さなかったのである。
 暗闇の中で、人影が驚いたように肩を震わせたのが見えたような気がした。
「起きたのか」
 聞きなれた声だった。驚くルイズの前で、小さな明かりが灯る。
 手に小さな燭台を持ったその人物は、間違いなくルイズの使い魔である平賀才人であった。
 助けにくれたのか、と喜びの声を上げそうになって、ルイズは口を噤んだ。
 救出に来たにしては、先程の言葉は妙だった。まるで、彼自身が自分をここに閉じ込めたかのような言い草である。
「これはどういうことよ」
 燭台を手にこちらに近寄ってくる才人に、ルイズは怒りの声を上げた。
 すると才人は慌てて唇に指を押し当てた。静かにしろ、と言いたげな仕草である。
「大きな声を出すな。外に聞こえたらまずいだろ」
「じゃあやっぱりあんたなのね、わたしをこんな風にしたのは。今すぐ解きなさい。今謝るなら鞭打ち百回ぐらいで許してあげなくもないわ」
「いや、それあんま許されてる気がしないんだけど。まあ落ち着けよルイズ」
「こんな状態で落ち着ける訳がないでしょう」
 怒鳴りつけてやるが、才人は困った様子で頬を掻くだけである。ルイズは段々イライラしてきた。
 とは言え、自分を拘束したのが未知の相手でなくて幾分かほっとしたのも事実である。
 才人はなんだかんだで今まで自分を助けてきてくれた少年だ。
 今回のこともかなり異様ではあるが、何か事情があるのだろうと、ルイズは無理に自分を納得させる。
「分かった、落ち着くわ。とりあえず状況を説明しなさい」
 再び怒鳴りつけたくなる衝動を抑えながら、ルイズは簡潔にそう問う。
 才人は疲れた様子でため息を吐くと、床に燭台を置いて自身も座り込んだ。
「説明ったってな。何から説明したらいいもんだか」
 呟きながら、じっとこちらを見つめてくる。ルイズは今の己の格好を思い出した。
(こんな状況で、この馬鹿犬)
 いやらしい目で見るんじゃないと叫びそうになったルイズは、またも口を噤んだ。
 こちらを見つめる才人の瞳には、好色な色など全く含まれていなかった。
 むしろ、まるで哀れむような、あるいは気遣うような気配が滲み出ているようで、ルイズは急に不安になった。
「なによ、その目。どうしたの、一体何があったのよ」
「いや、あのな」
 才人は何か言おうと口を開きかけたが、何かを言う前に口を閉じた。立ち上がり、入り口に向かって歩いていこうとする。
「ちょっと」
「ごめんルイズ、とてもじゃねえけど俺には教えられねえよ。こんな残酷なこと」
 こちらに背をむけたまま、才人は苦しげな口調でそう言う。
 残酷なこと、とは一体なんなのか。才人の重い口調もあって、ルイズの胸中の不安はますます大きくなっていく。
「とにかく、ここでじっとしててくれ。大丈夫、俺に任せておけば全部元通りになるから」
 そう言ってドアノブに手をかけた才人に、ルイズは叫んだ。

361 名前:魔王[sage] 投稿日:2006/10/23(月) 00:08:14 ID:dHz0izwc

「待ちなさい」
 強い声音に、才人の手が止まった。
「言ってみなさいよ、その残酷なことっていうのを」
「でも」
「舐めないでよね。どんなことを聞かされたって、わたしはなんとも思わないわよ」
 才人はしばらく黙っていたが、やがてため息をつきながら振り返り、諦めたように笑った。
「相変わらずだなお前も。分かった、全部話すよ。ちょっと待っててくれ」
 それだけ言って出て行った才人は、言葉どおりすぐに戻ってきた。何やら、赤い染みがついている包みを手にして。
「ルイズ、本当にいいんだな」
 慎重な口調で、才人が問いかけてくる。
「これから俺が言うことは、お前を凄く傷つけると思う。知らなかったほうが良かったって後悔するぜ、絶対」
 普段の才人らしからぬ深刻な雰囲気に、ルイズは一瞬躊躇しかけた。しかし持ち前の気の強さを発揮し、すぐに胸を張ってみせた。
「大丈夫だって言ってるでしょう。いいから、さっさと話しなさいよ」
 才人は一つ頷くと、包みを解いて中身を床に転がした。それを見て、ルイズは悲鳴を上げた。
 人の頭だった。生首である。目を見開いた見知らぬ男の生首が、今ルイズの目の前に転がっている。
 予想していなかったものが唐突に眼前に現れた衝撃で、ルイズはまともな思考も出来ないほどに混乱した。
「なに、これ」
 それでも何とかそう言うと、才人は淡々とした口調で答えた。
「暗殺者だ」
「暗殺者って、一体」
「お前を狙ってたんだよ」
「わたしを、何のために」
 理由として思い当たることはいくつかある。自分が公爵家の娘であることや、虚無の魔法の使い手であることなど。
 しかし、公爵家の娘と言っても自分は所詮三女で、政治に深く関わっている訳でもない。
 身代金目的の誘拐というならともかく、暗殺しても大してメリットがあるとは思えなかった。
 虚無の魔法の使い手というのだって、ほとんど公にはされていない事実だ。それが原因で狙われるというのは不自然な話である。
 才人もその辺は理解していると見えて、一つ頷いてみせた。
「そうだな。俺もその辺りはよく分からなかった。だけど、こいつが夜中に部屋に侵入してきて、
 お前を殺そうとしたのは本当だ。かなり強かったから、殺すしかなかった」
 正当防衛とは言え人殺しをしてしまったことを悔やむような口調で、才人が言う。
「分かったわ。でも、それでどうしてわたしをこんな風にする必要があるの」
「それを説明する前に、よく見てくれ」
 そう言いつつ、才人は男の生首を持ち上げてルイズの眼前に突き出した。
 思わず顔を背けかけたルイズだったが、よく見てくれという才人の言葉を思い出し、何とか生首を正面から見る。
 蝋燭の灯りに照らされた男は、特徴的な顔をしていた。頬に醜い傷跡があるのだ。
 その傷を見たとき、ルイズは自分がこの男の顔を知っていることに気がついた。
「この男、確か屋敷で」
「やっぱり、か。どこかで見たような気はしてたんだけど」
 ルイズの呟きを聞き、才人は辛そうに眉根を寄せた。
 その仕草に、ルイズの不安がさらに膨れ上がった。
「なに、一体どういうこと」
「こいつがな、死ぬ間際に言ってたんだよ」
 才人はそれから数秒ほど迷うような様子を見せた後、思い切ったように言った。
「ヴァリエール公爵に依頼されて、お前を殺しに来たってな」
 ルイズは目を見開いた。ヴァリエール公爵と言えば、自分の父一人しかいない。
 つまり、父親が自分を暗殺するようにとこの男に命じたということなのか。
「嘘よ」
 ルイズはほとんど悲鳴のような声で叫んでいた。才人は否定せずに頷いてみせる。
「ああ、俺もきっと何かの間違いだと思う。こいつが出鱈目言っただけかもしれねえしな」
「サイト、今すぐわたしをここから出しなさい」
 ルイズは体の内から湧き上がる衝動に任せるままにそう叫んでいた。才人は首を振った。

362 名前:魔王[sage] 投稿日:2006/10/23(月) 00:09:17 ID:dHz0izwc

「そう言うと思ったからお前をそんな風にしとかなきゃならなかったんだよ」
「どうして」
「親父さんがってのは嘘だと思うけど、お前を殺そうとしてる奴がいるってのは紛れもない事実なんだ。
 そんな奴等がうろついてる中でお前を歩き回らせる訳にはいかねえよ。俺だって、お前を守りきれるとは限らないしな」
「でも」
「大丈夫だ、俺に任せとけ。絶対、本当のこと調べてやるよ。約束する」
 才人は真っ直ぐにルイズの瞳を見つめてそう言った。
 まだいくつか納得できないことはあるものの、才人の言うことにも一理あった。
 そう言うからには、この場所が絶対に見つからないという自信があるのだろう。
 ならば、数日ぐらい才人の調査結果を待つのが一番にも思える。
 異常な事態に自分が冷静な判断力を失っているのではないかと多少疑いながらも、ルイズは頷いた。
「分かったわ。出来るだけ早く調べなさいよ」
「ああ、もちろんだ」
「あと、これは解いていきなさい。大丈夫よ、出て行きゃしないわ」
 ルイズがそう命ずると、才人は素直に手枷と足枷を外した。
 ようやく自由になった手足を回してほぐしていると、何故か才人が直立不動になっているのに気がついた。
「なにやってんの」
「いや、勝手にこんなことしちまったから、さぞかし怒ってるだろうなあ、と」
 要するにお仕置きを待っていたらしい。こんな状況でもあまりにもいつもどおりな才人に、ルイズは思わず微笑を漏らす。
「そうね、でも」
 呟きながら、ルイズは才人の胸にしがみついた。
「ルイズ」
 驚く才人の胸に顔を埋め、ルイズは鼻をすすり上げる。
「それ以上に不安だわ。一体何がどうなってるの」
 自分でも意外なほど素直に言葉が出た。
 才人は無言でそんなルイズを抱きしめ、落ち着かせるようなゆっくりとした手つきで頭を撫で始めた。
(気持ちいい)
 胸の奥から湧き出した安堵感が不安を取り除き、ルイズの体を内側から温める。
(ずっとこうしていたい)
 しかし、才人はやがて体を離した。思わず縋りつこうとするルイズに、才人は優しい眼差しを向けてくる。
「ごめんなルイズ。出来ればお前の傍にいてやりたいけど、それじゃ調査が出来ないんだ。
 早くお前をこんなところから出してやりたいから、さ」
 謝るような口調で言う才人に、ルイズは何とか頷いた。
「分かってるわ。わたしのことは気にしないで、早く本当のこと調べてきなさいよ」
「ああ。後で毛布とか持ってくるよ。本当にごめんな。もうちょっとだけ我慢しててくれ」
 才人が生首を持って出て行った後で、ルイズは無言で膝を抱えて床に座り込んだ。
「お父様が、なんて、嘘よね」
 確認するように口に出して呟くが、何故か確信が湧いてこない。
 この石造りの部屋同様、自分を取り巻く世界全てが冷たいものに変わってしまったかのような錯覚を覚えて、ルイズは大きく身を震わせた。

363 名前:魔王[sage] 投稿日:2006/10/23(月) 00:10:24 ID:dHz0izwc

 その後すぐに生活用品一式を持ってきた後、才人はしばらく姿を現さなくなった。
 まさか暗殺者に殺されてしまったのでは、などという不安が胸を押しつぶそうとする中、それでも外に出る訳にはいかず、ルイズはただひたすら才人を待っていた。
 ずっと暗闇の中で生活していると、時間の経過が分からなくなり、正常な思考や判断力も奪われていくようにすら思える。
 才人のことを心配する気持ちや、まさか本当に父親が自分を殺そうとしたのかと疑う気持ちが心をかき乱し、ルイズの精神は日に日に磨り減っていった。
 そうして正気を保ち続けるのが難しくなってくるほどにルイズの精神が疲弊した頃になってようやく、才人は帰って来た。

 何日ぶりになるか分からない外界の光が部屋に差し込んだ瞬間、ルイズは喜びのあまり立ち上がってしまっていた。
「サイト」
 だが、彼女が浮かべた笑顔は、現れた才人の姿を見て凍りついた。
 外界の光に浮かび上がる才人の体には、無数の傷が刻まれていた。
 一目見るだけで、厳しい拷問を受けたあと分かる醜い傷跡だ。
 だと言うのに、才人はルイズを見つけて傷だらけの顔に微笑を浮かべてみせた。
「ようルイズ。帰って来たぜ」
 扉を閉めて床に崩れ落ちた才人に、ルイズは悲鳴を上げながら駆け寄った。
「サイト、どうしたの、一体誰がこんなことを」
 抱え起こし膝に頭を乗せてやると、才人は薄目を開いてぼんやりとルイズを見上げ、口元に淡い微笑を浮かべた。
「お前、痩せたなあ。そりゃ干し肉なんかまずいだろうけど、ちゃんと食べないと駄目だろ」
 弱弱しい掠れ声で呟きながら、才人は傷だらけの手でルイズの頬を撫でる。
(この馬鹿、こんなになってまでわたしの心配なんかして)
 大粒の涙が流れると同時に、胸の奥からどうしようもないほどの愛おしさが溢れ出して来る。
 ルイズは涙を拭おうともせずに才人の手を握り締め、すっかり冷たくなってしまった手の甲に頬を摺り寄せた。
「泣くなよ、ルイズ。遅くなっちまってごめんな」
「いいのよ。こんなひどい怪我して帰ってきて。また、無理したんでしょう」
「そうだな、ちょっと、無理しちまったかもしれねえな」
「傷の手当て、しなくちゃ」
 ルイズは才人の体をその場に寝かせ、彼がルイズのために運んできた水桶をそばに持ってきた。
 あまり綺麗な水とは言えなかったが、この際仕方がない。自分が普通の魔法を使えない事実が、とても悔しかった。
 そうして傷口を洗い、布団代わりに使っていた布を裂いて作った包帯を全身に巻きつける頃には、才人は深い眠りに落ちてしまっていた。

364 名前:魔王[sage] 投稿日:2006/10/23(月) 00:11:08 ID:dHz0izwc

 しばらくして起き上がった彼は、まず傷の手当てに関してルイズに礼を言ったあと、事情を説明し始めた。
「あの後、他にも何人か暗殺者が来てさ。何とか全員倒したんだけど、真相は聞き出せなかったんだよ。尋問しようとすると自殺しちまってさ」
「でしょうね。暗殺者ってそういうものだわ」
「でも、やっぱりどこかで見たような顔した奴等ばっかりだったんだ」
 つまり、自分の屋敷で見かけたということだろうか。ルイズは深まる疑惑に眉根を寄せながら、才人に先を促した。
「学園じゃルイズがいなくなったって噂が広まり始めてて、俺もこのままじゃ埒が明かないと思ってさ。
 思い切って、お前の屋敷まで行ってみることにしたんだ」
「そんな無茶をしたの」
「それ以外に確かめる方法なんて思いつかなくてさ。場所は一応知ってたから、俺は夜になるのを見計らって屋敷に侵入した。そこで」
 才人は不意に言葉を切った。苦悶するように眉根を寄せ、顔を背けて数度も大きく息を吐き出す。
 余程気分の悪いものを見てきたらしい仕草だった。
「いいわ、サイト。話してちょうだい」
「だけどな、ルイズ」
「あんたのその怪我を見れば、ひどいことがあったのはいちいち言われなくても分かるわ。
 大丈夫、覚悟は出来てる。どんな辛い現実も受け止めてみせるわ」
 口を真一文字に引き結んだルイズの顔を見て、それでも才人はしばらく躊躇っていた。
 だが、やがて諦めたように息を吐き出すと、腰にくくりつけていた小さな袋から何かを取り出してみせた。
 それは、小さな青い宝玉だった。
「これは」
「風の魔法が封じ込められてるらしくてさ。音を記録しておけるんだとよ。
 俺は夜中に屋敷に侵入して、お前の家族が談笑してる部屋を見つけた。そこで交わされてた会話が、ここには全部入ってる。
 正直、お前には聞かせたくないんだけど」
「構わないわ。いいから、聞かせてちょうだい」
 その小さな宝玉の中に封じられているであろう残酷な事実を予想して体の芯が震えるのを感じながら、ルイズは無理矢理そう言った。
 才人はきつく目を閉じると、辛そうな声で何かを呟いた。同時に、小さな宝玉が輝き、聞きなれた声を流し始めた。
「聞いたかお前たち、ルイズのことを」
 鼻歌でも歌い出しそうなほどに上機嫌な父の声。
「ええ。行方不明だそうですわね」
 取り澄ました、しかし喜色を隠しきれていない母の声。
「よく言うわ、行方不明だなんて。今頃は」
 嘲るようなエレオノールの声。
「あら姉さま、ルイズは間違いなく行方不明よ。だって、あの子の死体はずーっと見つからないんだから」
 いつもどおりの優しい声音の裏に、聞いたこともないほど冷たい含みを持たせているカトレアの声。
 聞き間違えるはずもない。間違いなく、自分の家族の声だった。
 いや、間違いないという言い方は正しくないかもしれない。
 少なくとも、家族がこんな口調で話すのを、ルイズは今まで聞いたことがなかったのだから。
「やれやれ。ようやく死んでくれたか、あれも」
「本当にどうしようもない子でしたわね。あんなのが自分の娘だったと思うと恥ずかしいわ」
「魔法も使えないで、ゼロのルイズだなんて呼ばれてたんですって」
「あらあら、それはいい恥さらしだわ。そんなのが貴族だなんて、おかしくって笑ってしまいそう」
「全くだ。あんなものを外に出しておいたら我が家の名は地に落ちる」
「どうせあの子のことなど誰も気にしないでしょうし、大した騒ぎにもなりませんわ」
「そうね。魔法学院でも『うまくいかない憂さ晴らしに、遊び歩いてるんだろう』なんて、
 もう捜索は打ち切ったって話よ。一応、葬儀ぐらいはした方がいいでしょうけど」
「あら、お金と時間の無駄よそんなの。それより、『ルイズは必ず生きていると信じています』とでも言っておきましょうよ」
「なるほど、それは名案だ」
「そうすれば葬儀なんてする必要もなくなりますね」
「さすがカトレアだわ」
「ふふ、それほどでも」
「さて、それではようやく死んでくれた我が家の恥、一族で一番出来の悪かったルイズのために、せめて乾杯してやることにしようか」
 楽しげな賛同と共に、グラスが打ち合わされる音が響き渡る。

365 名前:魔王[sage] 投稿日:2006/10/23(月) 00:14:08 ID:dHz0izwc

 それまでただ無言で肩を震わせていた才人が、不意に宝玉を持ち上げて思い切り石壁に叩きつけた。
 宝玉はすぐに光を失い、同時に流れていた音もぴたりと止まる。暗闇に静寂が戻ってきた。
「すまねえ。これ以上は、とても聞かせられねえ。聞いてほしくねえ」
 絞り出すような声で吐き出す才人に、ルイズはゆっくりと首を振った。
「もういい」
「そうか。俺はこれを記録した後、逃げる途中で見つかって、散々追い掛け回されて傷を負った。
 でも、どうしてもお前に伝えなくちゃいけねえと思って、何とか逃げ戻ってきたんだ」
「そうなんだ」
「ああ」
 それきり、二人は黙り込んでしまう。
 ルイズは何も考えていなかった。いや、何も考えたくなかったと言ったほうが正しいかもしれない。
 ただ、あまりにも過酷な事実に、身も心も打ちのめされて、顔を上げることすら出来ずにいた。
 そんな彼女の体を、不意に誰かが抱きしめた。
 呆然としたままそちらに目を向けると、瞳に涙を溜めて辛そうな表情でこちらを見ている才人がいた。
「どうして泣いてるの」
 才人は数度ほど唇を戦慄かせたが、結局は何も言わなかった。いや、言えなかったのかもしれない。
 ルイズは無理矢理唇をひん曲げて微笑を作り、明るい声を出した。
「何よ、あんたがそんな顔することないじゃない。言ったでしょう。わたしは大丈夫よ。
 自分がどうしようもない役立たずで家の恥晒しだってことぐらい、ずっと前から分かってたもの」
 自身の言葉が無数の刃のように体の芯に突き刺さるのを感じながら、ルイズは大きく手を広げて立ち上がった。
「いいのよ、別に。辛いことなんか何もないわ。わたしは昔から何も変わってないし、
 わたしの家族も昔から何も変わってない。ただ、皆の本心が分かっていうだけで」
「ルイズ」
 不意に、才人が後ろから抱きしめてきた。彼の体の温かさに、ルイズは何も言えなくなってしまう。
「俺、何て言ってお前を元気付けてやればいいのか分からないけど」
「いいってば。わたしは落ち込んでなんか」
「俺だけは、どんなことがあってもお前を愛してるからさ」
 不意に涙がこみ上げてきて、ルイズの視界が滲んだ。自分を抱きしめる才人の腕に、更なる力が篭ったのが分かる。
「他の皆が敵になっちまっても、俺だけはお前の味方でいるからさ」
 大粒の涙が次々と瞳から零れ落ち、頬を熱く濡らしていく。
 ルイズは激しくしゃくり上げながら、途切れ途切れの声で背後の才人に問いかけていた。
「ほんとう」
「ああ、本当だ」
「本当に、わたしのこと愛してくれるの」
「絶対だ」
「裏切らない」
「裏切らないよ」
「わたしのこと、守ってくれる」
「死ぬまで守り抜いてみせる。なんて、俺なんかじゃ頼りないかもしれねえけど」
「サイト」
 名を呼びながら、ルイズは振り返って才人の胸に縋りついた。
 才人も、絶対に離さないとでも言うかのように、強い力でルイズを抱きしめ返す。
 家族から見捨てられ、生きる意義を失ったかに見えたルイズの胸に、再び命の炎が灯った。
(サイトだけはわたしを見捨てない。サイトだけがわたしの希望。サイトがいれば、わたしは生きていられる)
 胸の中で何度もそう繰り返しながら、ルイズはいつまでも泣き続けていた。

366 名前:魔王[sage] 投稿日:2006/10/23(月) 00:15:00 ID:dHz0izwc

 それからしばらくの間、ルイズは才人の言いつけに従って石造りの部屋に隠れ続けていた。
 敵はルイズが死んだと思っているのだ。外にいるところを誰かに目撃されたら全て水の泡だ。
「もう少し経って準備が出来たら、この部屋を抜け出して一緒に東方に行こうぜ」
「サイト、帰る方法を探すの」
「違うよ。もう帰らない。だけど、俺たちが静かに暮らしていくには、俺たちのこと誰も知らないところに行くのがいいと思うんだ。
 魔法が使えなくても誰もお前を馬鹿にしない、誰もお前を裏切らない、そんなところにさ」
「素敵」
「そうだろ。だからもうちょっと我慢してくれな」
 才人はそう言ってルイズを励ました。
 ルイズ自身は才人と一緒ならばどこにでも行ける気持ちだったので、一も二もなくそれに従った。
 また、皮肉にもこんな状況になってようやくお互いに気持ちが通じ合った二人は、
 ほとんど毎日のようにこの暗い石造りの部屋の中で互いの体を重ね合わせていた。
(才人はわたしを愛してくれる。才人だけがわたしを愛してくれる)
 才人に抱かれるたびに、ルイズの胸に溢れる想いは強くなっていった。
 才人もまだ不慣れな手つきで一生懸命にルイズの体を愛撫し、彼女を喜ばせた。
「ルイズ、愛してるぜ。俺だけはお前の味方でいてやるからな」
 体を重ねるたびに、才人は何度もルイズの耳元でそう囁いた。

 そうして月日は瞬く間に過ぎ去った。才人の話では、彼が帰還してからおおよそ一ヶ月ほどの月日が経ったとのことである。
 その間に彼は準備を済ませ、いよいよ明日東方へ旅立とうとルイズに打ち明けていた。
「なあ、ルイズ」
 不意に才人が話しかけてきたのは、いつものように彼と交わった後、しばらくしてからのことである。
 互いに体を寄せ合って座っているため、才人の顔はすぐそばにある。
「なあに、サイト」
 甘えるようにそう答えたルイズは、才人の横顔に浮かぶ表情がとても硬いことに気がついた。
 ひょっとして何か彼の気に入らないことをしてしまったのだろうか。ルイズの心が恐怖で凍りついた。
「ごめんなさい」
 泣きながらそう言うと、才人は驚いたようにこちらに振り向いた。
「どうした、急に」
「わたし、何か悪いことしたんでしょう。謝るから、悪いところがあるなら直すから、嫌いにならないで」
 縋りつくルイズに優しい微笑を向けて、才人は彼女の体を抱きしめた。
「ルイズに悪いところなんかないさ。俺がルイズを嫌いになることなんかあり得ない。安心しろよ」
「本当」
「本当だって」
 そう言いつつ、才人はルイズの顔や首筋に何度も唇を寄せる。
 自分は愛されているのだという実感が湧いてきて、ルイズの心はとろけそうなほどに熱くなる。

367 名前:魔王[sage] 投稿日:2006/10/23(月) 00:17:59 ID:dHz0izwc
「俺が言いたかったのはそういうんじゃなくてな。俺たちは、明日東方に行こうとしてる訳だろ。
 だけど、本当にそれでいいのかって思ったんだ」
 どういう意味だろう、とルイズが首を傾げると、才人は真剣な表情でルイズの瞳を覗き込んできた。
「なあルイズ、お前、悔しくないか」
 才人が何を言いたいのか、ルイズにはすぐに分かった。才人の瞳を直視できず、ルイズはつい俯いてしまう。
「魔法が使えないなんて下らない理由でお前を捨てた家族が、友達が、周りの連中が憎いだろう」
「それは、少しはそう思うけど」
 今のルイズにとって、そんなことは些細なことだった。
 才人と一緒にいられるなら、家族に捨てられたことなどどうでもいいとさえ思っていた。しかし、才人は違ったらしい。
「俺は憎い」
 一言、短い声でそう言った才人の顔を、ルイズは驚いて見上げた。
 彼の顔は抑えきれない激情で歪み、触れるだけで切れそうなほどに危険な雰囲気を発していた。
「サイト、怒ってるの」
「当たり前だろ」
 才人が急に怒鳴ったので、ルイズはびくりと身を縮ませた。才人の怒鳴り声を聞くだけで、体が不安に震え、涙がこみ上げてくる。
「ごめんなさい」
「あ、悪い。お前に怒ってる訳じゃないんだ」
 才人は慌てたようにそう弁解しながら、ルイズの体を強く抱きしめる。
「俺はなルイズ。俺の大好きなルイズをゴミみたいに扱った奴等がどうしても許せないんだ。
 そんな悪い奴等は罰を受けるべきだろう」
「罰」
「そう。だけど神様って奴はそんな奴等に罰を与えてくれない。
 それどころか、ルイズみたいにたくさん傷つけられた人たちをもっと辛い目に遭わせようとする。
 そんなのおかしいだろ。割に合わないだろ。間違ってるだろ」
「うん」
「だからなルイズ、俺たちで罰を与えやろうぜ。あんなに頑張ったルイズを認めなかった奴等に、俺たちの手で罰を与えてやるんだ。
 お前にはその権利があるんだ。復讐する権利がな」
「復讐」
 思わず呟いたその言葉が、ルイズの体の方々に散らばっていた怒りと憎しみの心を呼び集めた。
 怒りは炎なって燃え盛り、憎しみは氷の刃として研ぎ澄まされる。
 今までに感じたこともないような激情が、ルイズの心の中で暴れ出した。
 そんなルイズの内心を感じ取ったように、才人は彼女の耳元で囁いた。
「ルイズ、教えてくれ。お前は、お前にひどいことをした奴等をどうしてやりたい」
「殺したい」
「ただ殺すだけでいいのか」
「ううん。足元に這いつくばらせて出来るだけ苦しませて、わたしを捨てたことを何度でも謝らせて、
 そうしてから体をバラバラにして殺してやりたい」
 迸る激情に任せるままに、ルイズは一瞬の躊躇いもなくそう言い切った。
 言ってしまってから、不意に怖くなる。こんなことを言う自分を、才人は嫌いにならないだろうかと。
 しかし、恐る恐る見上げた才人の顔は、この上もなく優しい微笑を浮かべていた。
「そうか、そんな風にしてやりたいのか」
 声音もまた包み込むような優しさを保っている。ルイズは安心しきって何度も頷いた。
「じゃあ、そうしてやろうぜ」
 そう言われて、ルイズの心にわずかな躊躇が生まれる。
 まだ心のどこかで「何かの間違いなんじゃないか」とかすかな希望を抱いている愚かな自分がいるらしい。
 ルイズの葛藤を見抜いたように、才人は彼女の頭を撫でながら囁いた。
「分かった。それじゃあ、奴等に弁解するチャンスを与えてやろうぜ」
「弁解」
「そう。いいかルイズ、これから俺が言うことをよく聞くんだ。
 そうすれば、奴等がどうしようもないクズどもかどうかってことがよく分かるからな」
 ルイズに指示を出したあと、才人は一層強い力でルイズの体を抱きしめた。
「よし、それじゃあ行こうかルイズ。お前を認めなかった世界を滅茶苦茶にしてやるために、な」
「うまくできるかしら」
 不安に思ってそう言うと、才人はルイズを安心させるように微笑んだ。
「大丈夫だよ。いざってときは俺が助けてやる。俺はお前の望みを叶えてやりたいんだ。
 お前以上に優先するべきことなんか俺にとっては一つも存在しねえ。
 俺は、お前のためだったら、悪魔にでも魔王にでもなってみせる」
 才人はルイズを抱きかかえて、石造りの部屋の扉を開けた。
 差し込む光が、自分の体を何か別の強い物に作り変えていくかのように感じる。
 それは、とても心地よい感覚だった。

575 名前:魔王[sage] 投稿日:2006/10/28(土) 23:04:55 ID:E87PMrL0

 魔法学院に通っている妹が行方不明になったという報が届いて、既に二ヶ月ほどの時間が経っている。
 カトレアは自室の椅子に座ったまま、物憂げなため息を吐き出した。
 体が弱く、屋敷の外に出ることをほとんど許されていない自分のところに入ってくる情報は、決して多くはない。
 それでも、まだ妹が見つかっていないことだけははっきりしている。
(わたしの小さなルイズ)
 妹の姿を脳裏に思い浮かべ、カトレアは両手を強く握り合わせる。
 先日の戦争の前この家に帰って来たとき、もう少し話を聞いておくのだったと後悔する。
 ひょっとしたら、妹は女王からの極秘任務を託され、その途上で行方不明になってしまったのではないだろうか。
(あの子は、とても頑張り屋さんだから)
 幼い頃から魔法が使えずに馬鹿にされ、必死になって勉強していたルイズ。
 彼女が他人に認められたいと願っていることは、カトレア自身よく知っていた。
 だから、無理をしてしまったのかもしれない。出来ないことを出来ると言い張ったりして。
(どうしてわたしは、「魔法なんか使えなくてもいいんだよ」って強く言ってあげなかったんだろう)
 何度か、そう言ってあげようかと考えたことはあった。
 しかし、歯を食いしばって魔法の勉強に励むルイズの姿に、どうしてもそう言って慰めるのを躊躇ってしまったのだ。
 カトレアはため息を吐いて立ち上がった。部屋にいても何も分からないし、気が滅入るだけだった。
 部屋を出て、ある場所へ向かう。そこは、前にルイズが帰って来たとき、使い魔の少年が寝泊りしていた部屋だった。
 木の扉を開けて、中に入る。以前よりも片付けられたその部屋というか物置には、今一人の少年が滞在している。
 いや、滞在しているという言い方は正しくないかもしれない。何せ、彼はこの屋敷に運び込まれて以来ずっと眠ったままなのだから。
 そっと部屋に入り、ベッドに歩み寄る。少年は今日も変わらず目を閉じたままだった。
 美しい顔立ちの、金髪の少年である。まるで天才的な腕を持った芸術家が作り上げた繊細な彫刻のような、人間離れした美しさ。
 この少年は、妹が失踪するより一ヶ月ほども前に、この屋敷に現れたのだ。
 現れた、と言っても、そのとき少年は既に意識を失っていた。
 その日の夜半、何となく眠れずにいたカトレアは、窓の向こうの夜空に何かが飛んでいるのを発見した。
 胸騒ぎを覚えて窓を開くと、その影は静かにゆっくりと近づいてきて、窓のすぐ前で止まった。
 立派な体躯を持つ、風竜だった。その竜が、今カトレアの目の前で眠っている少年を背に乗せていたのだ。
 竜は少年をカトレアに託すと、何処かへと飛び去ってしまった。
 少年はひどい傷を負っていた。カトレアがすぐに水魔法で治療を施さなければ手遅れになったであろう、深い切り傷だった。
 身元も分からない少年を屋敷に置いておくことなど、きっと父が許さないだろうと判断したカトレアは、
 迷った末に信頼できる使用人を呼びつけ、相談した結果彼をこの物置に隠すことにしたのだ。
 この物置なら滅多に人が近寄らない区画にあるから、きっと見つからないだろうという判断だった。
 実際、そもそもが広すぎる屋敷であるので、この少年のことは今のところ誰にもばれていないようであった。

576 名前:魔王[sage] 投稿日:2006/10/28(土) 23:06:09 ID:E87PMrL0

「まだ目を覚まさないのね」
 一人、呟く。答える者はいない。カトレアはため息を吐いて、ベッドの傍の椅子に腰を下ろした。
 頭に浮かぶのは、やはり妹のことである。最近では、何をしていてもそのことばかり考えてしまう。
 ルイズのことといいこの少年のことといい、胸をざわつかせることばかりが続くものである。
 おかしなことはカトレアの周りだけに留まらない。
 ここ数ヶ月というもの、ハルケギニアを取り巻く状況は、カトレアにも分かるぐらいに乱れてきていた。
 事の起こりはロマリアの教皇が暗殺されたことである。若いが優秀だった教皇の死はロマリアに大きな混乱をもたらし、
 枢機卿たちは今でも後継者を決めかねて内乱じみた争いを繰り返しているという。
 それから一ヶ月も経たない内に、今度はガリアとゲルマニアの王が相次いで変死した。
 そうなると当然起きるのは後継者争いである。
 ガリアでは謀殺と暗殺が流行し、ゲルマニアでは既に有力な貴族たちが地方の貴族たちを傘下にいれて刃を交えているとのことであった。
 トリステインでも女王周辺の警護が物々しくなってきており、ぴりぴりした危険な雰囲気が流れているそうだ。
 父もまた様々な雑事に忙殺されて疲れ果てており、そこに娘の失踪が追い討ちをかけて今にも倒れるのではないかと危惧されるほどに疲弊していた。
 エレオノールも妹の失踪や王都の危険な状況のためにこの屋敷に戻ってきており、母と共に父を助けている。
(なのに、わたしは何もできないでいる。大切な家族が、皆大変な状況に置かれているのに)
 自分の無力が悔しく、不完全な体が心底憎らしい。
 気付くと、瞳から涙が零れていた。これほど弱気な気分になったのは久しぶりだった。
(駄目ね。せめて、元気な顔をしていないと)
 そう思って涙を拭ったとき、不意に知らない誰かの声が響いた。
「どうしてそんな風に涙を零されるのですか」
 はっとして目を開くと、目の前の少年が薄い微笑を浮かべてじっとこちらを見上げていた。
(月目だわ)
 左右で色が違う少年の瞳を見て少し驚きながらも、カトレアは慌てて涙を拭い、にっこりと微笑んだ。
「気がついたのね。良かった、数ヶ月もずっと眠っていたのよ、あなた」
「それでは、あなたが助けて下さったのですか。これは感激だ、あなたのような美しい女性に命を救っていただけるとは」
 起きるなりこれである。カトレアは口元に手を当てて小さく笑った。
「あらあら、お上手なのね」
「いえ、ぼくなどが万の言葉を尽くしたところで、あなたの美しさを言い表すことはできないでしょう。
 申し遅れました、ぼくはジュリオ・チェザーレと申します。よろしければお手をお許し頂きたいのですが」
 カトレアはにっこり笑って手を差し出す。ジュリオは慣れた仕草でカトレアの手の甲に接吻した。
「以後お見知りおきを、お嬢様」
「わたしはカトレアよ。よろしくね、ジュリオ」

577 名前:魔王[sage] 投稿日:2006/10/28(土) 23:07:05 ID:E87PMrL0

「ところで、一体どのような難事があなたのお心を悩ませているのでしょう。ぼくでよろしければお力になりますが」
 気障な笑顔を浮かべて甘い声で囁きかけるジュリオに、カトレアは薄く微笑んでこう返した。
「ありがとう。でも、助けが必要なのはわたしではなくてあなたの方だわ」
「ぼくでしたら大丈夫、あなたの献身的な看護で体はすっかり」
「体ではなく、心よ」
 ジュリオはわずかに目を見張る。予想もしていなかったことを言われたかのように。
 カトレアは彼の両手をそっと握り締め、声をひそめて囁きかけた。
「悲しいことがあったのね。自分の生きる意義を見失ってしまうほどに、悲しいことが」
 ジュリオが鋭く息を呑んだ。一瞬その端正な顔から表情が消えかけ、すぐに微笑を取り戻す。
 先程までの、余裕と自信に溢れた気障な笑みではなかった。
 それは、自分の弱さを必死で隠そうとしている人間特有の、ぎこちなく弱弱しい笑みだった。
「神は実に気まぐれだ。あなたのような美しいお人に、優しさだけでなく鋭さもお与えになるとは。
 天はニ物を与えずなどという戯言を世に広めたのは一体誰なのでしょうね」
 カトレアは何も言わずにただじっとジュリオを見つめる。
 ジュリオはそれでもなお何か軽口を叩こうとするかのように、何度か口を開いたり閉じたりしていたが、それ以上は何も言うことができなかった。
 やがて彼の顔から微笑が消えた。自らの内面を見つめるように俯いた横顔は、深い悲しみで彩られていた。
「主を、失ったのです」
 か細い呟きと共に、ジュリオの瞳から涙が溢れ出した。
「あの方のためなら、この命を投げ出してもいいとすら思っていたのに」
 互いに色の違う両目から同じ色の涙が零れ落ち、硬く握り締められた手の甲を静かに濡らしていく。
「ぼくはなにもできなかった。あの方が目の前で殺されたというのに、なにも」
 カトレアは小さくしゃくり上げているジュリオをそっと胸元に抱き寄せた。
 声を殺して泣き続ける少年を抱きしめ、カトレアはただ黙って彼の頭を撫で続けた。

578 名前:魔王[sage] 投稿日:2006/10/28(土) 23:08:03 ID:E87PMrL0

「申し訳ありません、お恥ずかしいところをお見せしてしまったようですね」
 しばらくして元の調子を取り戻したジュリオは、まだ赤い目許を恥じるような照れ笑いを浮かべていた。
 カトレアはゆっくりと首を振ってジュリオに笑いかける。
「恥ずかしくなんかないわ。悲しいときにちゃんと泣いておかないと、涙は心に溜まって胸を重くしてしまうものよ」
「そう、ですね」
 ジュリオは目を閉じ、疲労に満ちた重い息を吐き出した。
 落ち着いてはいるが決して悲しみが消えた訳ではない彼の横顔を見つめながら、カトレアは静かに問いかける。
「これから、どうするの」
「まだ分かりません」
 ジュリオは迷うようにそう言ったが、ゆっくりと開かれた瞳には強い決意の光が宿っていた。
「ですが、出来るならば仇を討ちたいと思っています」
「大切な人の」
「はい。それが、今の僕に出来る唯一のことでしょうから」
「そう」
 カトレアは目を伏せて、ただ一言だけそう言った。
 部屋を覆う沈黙の中、ジュリオは探るような視線でカトレアを見ていたが、やがて不思議そうに口を開いた。
「意外ですね。てっきり、ぼくの行為を無意味だと言ってお止めになるかと思っていたのですが」
「止めてほしいの」
 ジュリオは首を横に振る。カトレアは目を細めて言った。
「あなたの苦しみや悲しみは、あなただけのもの。他人が完全に理解することなんて不可能だわ。
 あなたが苦しみ、悩み抜いてその道を選んだのなら、わたしには止める権利なんてない。
 もちろん、わたし個人としては危ないことはしないでほしいけどね」
 ジュリオは少し苦しげに目を閉じた。
「ぼくも、頭では分かっているのです。そんなことをしてもあの方は蘇らないし、喜びもしないだろうと。
 ですが、どれだけ心に言い聞かせようとも、この胸の中で暴れるどす黒い感情は少しも治まってくれない」
 布団の上で握り締められた拳が細かく震えていた。ジュリオは肩を落とし、重苦しい息を吐き出した。
「申し訳ありません、カトレア様。やはり僕は、この愚かな決意を収めることが出来ないようです」
 カトレアは微笑み、ジュリオの拳を自分の両手でそっと包み込んだ。
「いいのよ。自分の気持ちは大事にするべきだわ。だけど、まだしばらくは動けないでしょう。
 元気になるまではここでゆっくり休んで、その間にいろいろと考えるといいわ。
 ひょっとしたらその気持ちが治まってくれるかもしれないし、何か他にもその人のために出来ることを思いつくかもしれないし」
 ジュリオは少し目を伏せてカトレアの言葉を聞いていた。だが、その内に諦めの混じった苦笑いを漏らし、ふっと肩の力を抜いた。

579 名前:魔王[sage] 投稿日:2006/10/28(土) 23:09:04 ID:E87PMrL0

「不思議だな」
 カトレアが首を傾げると、ジュリオは少し眩しそうに目を細めて、じっとカトレアを見つめた。
「あなたと話していると、何故か自分の本心をさらけ出してしまう。
 本心を隠すために嘘を吐くことも、弱さを悟られないために表情を取り繕うこともできない。
 自分がこんな風になるだなんて、ぼくは今まで想像したこともありませんでした。
 あなたには何か、人智を超えた不思議な力があるようですね。そう、まるで神話の中の女神のように」
 色の違う左右の瞳に、半ば崇拝めいている憧憬の情が浮かんでいる。カトレアは口元に手をやって苦笑した。
「それはきっと、わたしの力ではないわ。疲れ果て、弱りきったあなたの心が、他人の存在を強く求めているせいよ。
 少し休んで元気になれば、こんなつまらない女のことなんて何とも思わなくなるわ」
「そんなことはありません」
 ジュリオは強い口調で断言しながら、カトレアの手を取って身を乗り出してきた。
 真摯な光を宿している色違いの双眸に真っ直ぐ見つめられ、カトレアの胸がほんの少しだけ高鳴った。
「あなたは素晴らしい女性です。見かけの美しさは元より」
 そこまで言って、ジュリオは不意に眉をひそめた。
 何かおかしなものを見たような、あるいは何かを思い出そうとしているような表情で、じっとカトレアの顔を凝視する。
 最初はてっきり彼が口説き文句に詰まったのかと思って内心苦笑したカトレアも、ジュリオの表情の急変に何か胸騒ぎを感じ、黙って彼の言葉を待つ。
「あなたは」
 不意に、ジュリオが目を見張った。信じられないものを見ているような表情。
「まさか。いや、そうか。だが、何故最初に気付かなかったんだ、ぼくは。
 ということは、まだ間に合うのか。いや、それはまだ分からないか」
 一人、混乱しているかのように呟き続けるジュリオの顔には、愕然とした表情が浮かんでいる。
 困惑するカトレアに、ジュリオは深刻な表情を浮かべて問いかけてきた。
「カトレア様、あなたにはひょっとしてルイズという名の妹君がいらっしゃるのではありませんか」
 驚いたカトレアの表情を見て、自分の想像が正しかったことを確信したらしい。ジュリオは思案げな表情を浮かべた。
「やはり。それで、最近、彼女に何か変わったことは」
 と、ジュリオが焦った声音で言いかけたとき、不意に入り口のドアが勢いよく開かれた。
「ああ、カトレアお嬢様、やはりこちらにおいででございましたか」
 そう言ったのは、ジュリオをこの物置に隠すようにと勧めた使用人だった。恰幅のいい、いかにも気の良さそうな老婦である。
 老婦は髪と服を乱し、全力で走ってきたように息を荒げていた。明らかに慌てている様子の彼女を、カトレアは立ち上がってなだめた。
「どうしたの、そんなに慌てて。何かあったの」
「それが、大変なんでございます、カトレアお嬢様」
「大変なのはお前を見れば分かるわ。落ち着いて話してちょうだい」
 カトレアの穏やかな声音に、老婦はほんの少しだけ落ち着いたようだった。
 しかし、その顔はまだ興奮に赤らんでおり、余程驚くべき事態が起きたのであろうことを窺わせた。
 老婦は数度ほども深呼吸したあと、腕を震わせながら廊下の向こうを指差した。
「つい先程、ルイズお嬢様がお帰りになられたそうで」
「まあ、本当なの」
 カトレアは驚き、思わず老婦の肩をつかんでそう問いかけていた。
 老婦もまた興奮がぶり返してきたようで、声を詰まらせながら叫ぶ。
「本当でございます。ひどく沈んだご様子でいらっしゃいましたが、ご無事だそうでございます」
「今はどこに」
「談話室の方で、旦那様と奥様、それにエレオノールお嬢様とお会いになっておられるそうで。お急ぎくださいませ」
「ええ、分かったわ」
 そう言って駆け出そうとしたカトレアを、後方からの声が止めた。
「お待ちください、カトレア様」
 叫びながら身を乗り出したジュリオが、ベッドの上から転がり落ちる。
 外傷は既にないものの、ずっと眠っていたせいで体力がほとんど空になっているのだ。
 カトレアは一瞬振り返り、ジュリオを見た。ジュリオは何かを訴えかけるような切実な瞳でこちらを見上げている。
 彼のことも気になるが、今は一刻も早くルイズの無事を確認したい。
「彼をお願い」
 カトレアは老婦に一言だけ頼んで、制止の声も聞かずに駆け出していた。

580 名前:魔王[sage] 投稿日:2006/10/28(土) 23:11:51 ID:E87PMrL0

「カトレア様、お待ちください、お待ちを」
 ジュリオは無様に地べたに這いずったまま、遠ざかっていくカトレアの靴音を絶望的な気分で聞いていた。
「ほら立ちなあんた、折角カトレアお嬢様が治療して下さったのにまた怪我でもしたらどうするんだい」
 呆れた声で言いながら肩を貸す老婦に、ジュリオは必死に問いかけた。
「さっき、ルイズお嬢様がお帰りになられたと仰っていましたが」
「何だいあんた、カトレアお嬢様からルイズお嬢様のこと聞いたのかい。
 そうだよ。ここしばらくの間行方知れずになってたルイズお嬢様が、ついさっきふらっとお見えになられてねえ」
 行方知れず、という単語が、ジュリオの焦燥感をさらに掻き立てた。
「ここしばらく、とは、どれぐらいですか」
「そうだねえ、二ヶ月ぐらいかね。あんたがここに現れてから一ヶ月ぐらい経ってからさ、ルイズお嬢様が行方知れずになったのは」
(つまり、三ヶ月間も何もせずに眠っていたのか、ぼくは)
 ジュリオは内心歯軋りした。意識を失う直前に見た光景が、一瞬で脳裏に蘇る。
 赤い月を背に薄ら笑いを浮かべる男。その手に握られた禍々しい剣と、刃から滴り落ちる主の血。
 そして、男の両手で眩く光り輝いていた二つのルーン。
 ジュリオはちらりと自分の右手に目をやる。
 病的なほどに白い手の甲には、何の文様も描かれてはいなかった。
「ほら、あんたもさっさと元気になってカトレアお嬢様の悩みの種を一つでも消しとくれよ」
「休んでいる暇などありません」
 自分を寝かしつけようとする老婦の手を振り解いて、ジュリオは再びベッドから抜け出そうともがく。
 しかし、やはり体に力が入らず、床に倒れ伏してしまう。
(僕はまた、何もできずに)
 ジュリオは必死に叫んだ。
「カトレア様」
 不甲斐なさと焦燥感に苛まれながら、ジュリオは必死に床を這い進む。
「どうか、お逃げください」
 少し前まで確かに自分の目の前にあったカトレアの笑顔が、頭の中に浮かんでは消えていく。
「あの男は、悪魔です」
 必死に絞り出した叫びは、しかし誰にも届くことなく空しく消えていった。

171 名前:魔王[sage] 投稿日:2006/11/09(木) 13:41:24 ID:uyJJ/S+U

 弱い体に必死の思いで鞭を打ち、カトレアは自分でも驚くほどに素早く、談話室に駆け込んだ。
 普段は家族の憩いの場として使われる部屋である。カトレアが足を踏み入れると、部屋の中にいた人間たちが一斉に振り向いた。
 父と母と姉がいた。皆、心からの安堵と、何故か多少の困惑を顔に浮かべてこちらを見ている。
 そして暖炉のそばの椅子には、ここ数ヶ月カトレアが一番会いたかった小柄な少女が座っていた。
「ああ、わたしの小さなルイズ」
 カトレアは歓喜に声を震わせながらルイズに駆け寄ろうとして、足を止めた。
 妹が、見たこともない表情を浮かべている。
 こちらを警戒するような、あるいは恐れるような、露骨な猜疑と不安に満ちた表情。
 それは、間違いなくこちらに対する敵意の色だった。
 先程から家族が浮かべている戸惑いの表情の意味を悟り、カトレアは衝撃を受ける。
 行方知れずになっている期間に、何かしら彼女を急変させるような事態が起きたに違いない。
 外傷は見当たらないし、多少痩せたように見えるが顔色も悪くはない。
 ただ、大貴族の令嬢らしい美貌に浮かぶ警戒の表情と、鳶色の瞳が放つ敵意の色だけが、彼女が以前とは全く違う人間になってしまったことを示している。
 この少女は本当にルイズなのだろうか。頭に浮かんだ疑念を、カトレアは慌てて打ち消した。
 きっと、行方知れずになっている期間に余程辛い目に遭ったに違いない。
 その経験が家族すら疑わせるほどに彼女を追い詰めたのだと、カトレアは推測した。
「この子ったら、何も喋らないのよ」
 部屋の真ん中で立ち止まったカトレアに、エレオノールが呆れたような口調で言った。
「先程から、一体何があったのかと何度も聞いているのだがな」
 父もまた、疲労に満ちた声でそう呟く。
 カトレアは少し迷いながらも、ルイズの前に立った。
 椅子に座ったルイズは、やはり相手の真意を探るような疑いの視線でカトレアを見上げ、唇を真一文字に引き結んでいる。
 以前ならば真っ直ぐに自分の胸に飛び込んできた小さな妹の変貌に、カトレアは言いようのない悲しみと締め付けられるような胸の痛みを覚えた。
 だが、ここで優先すべきは自分の感情ではない。
 自分は姉なのだから、傷ついた妹を優しく迎え入れ、頑なになった心をゆっくりと解きほぐしてやらねばならない。
 カトレアはそう決意し、微笑を浮かべてそっとルイズを抱きしめた。

172 名前:魔王[sage] 投稿日:2006/11/09(木) 13:43:28 ID:uyJJ/S+U

「お帰りなさい、わたしの小さなルイズ」
 抱きしめた腕の中で、ルイズが体を固くするのが分かる。
 まるでこのまま体をへし折られるのではないかと警戒しているようなその反応に、カトレアの心の悲しみはますます大きくなっていく。
 しかしそれを顔には出さず、カトレアは優しく囁きかける。
「可哀想に、何か辛いことがあったのね。大丈夫、話したくないなら何も話さなくていいから、
 今はゆっくり休みなさい。ここはあなたの家なんですからね」
「ちいねえさま」
 ようやく、ルイズが小さく口を開いた。声はか細く弱弱しかったが、以前と何も変わっていない。
 そのことがとても嬉しく、カトレアは自然と腕の中のルイズに微笑みかけていた。
「そうですね。確かに、事情を聞くのは後からでも構いませんね」
 今ようやくその事実に気付いたかのように、母が言う。父も少し居心地悪そうに咳払いをした。
「そうだな。そのとおりだ。すまんなルイズ。お前がようやく帰ってきてくれたという安堵で、少し気が動転していたようだ。許しておくれ」
 エレオノールは何も言わず、ただ苦笑を浮かべてため息を吐いた。それだけでも、彼女がカトレアの言に賛同したことが伝わってくる。
 ルイズは目だけを動かして不安げに家族を見回し、長い悪夢から目覚めたような弱弱しい微笑を浮かべかけた。
 しかしそれは本当に一瞬のことで、その顔はすぐに元の警戒と猜疑の色に塗りつぶされる。
 カトレアは内心ため息を吐いたが、とにかく今は妹を休ませてやろうと、そっとルイズの肩に手を置いて立ち上がった。
「さ、とりあえず部屋に行きましょう。今夜はゆっくり眠るといいわ。構いませんね、お父様」
 父が重々しく頷きかけたとき、不意にルイズが口を開いた。
「待って」
 追い詰められた人間のような、余裕のない硬い声である。
 驚くカトレアの前で、ルイズはゆっくりと立ち上がり、家族から距離を置くように壁の方に歩いていく。
 一体何をするつもりなのかと家族が困惑して顔を見合わせる中、ルイズは瞬き一つしない硬い表情で言った。
「見てもらいたいものがあるの」
 凍りついたように見開かれたその瞳を見たとき、カトレアの背筋に悪寒が走った。
 この子は何か、危険なことをしようとしている。そんな予感が頭の中を駆け回る。
 しかしカトレアが止めるよりも早く、ルイズは杖を取り出していた。以前から愛用していた指揮棒のような小さな杖である。
 愛用していると言っても、彼女がその杖によって魔法を成功させたことはほとんどないはずだった。
 にも関わらず、ルイズは小さな声で呪文の詠唱を始める。
 聞いたことのない呪文だった。少なくとも、四系統に属する魔法ではない。
 息を詰めて事の推移を見守る家族の前で、詠唱を終えたらしいルイズが静かに杖を振り下ろした。
 その瞬間、周囲の景色が一変した。
 気付くとカトレアは重苦しく厚い雲に覆われた空の下、見知らぬ場所で見知らぬ群集に囲まれていた。
 状況が把握できずに困惑するカトレアを、憎悪に満ちたいくつもの瞳が睨みつける。
 彼らは口々に何かを叫びながら、手を振り上げて一斉に石を投げつけてきた。
 カトレアは咄嗟に目を瞑って両手で顔を庇ったが、痛みはいつまで経ってもやって来ない。
 恐る恐る目を開けると、景色は元に戻っていた。そこは自分の屋敷の談話室で、見知らぬ群集などどこにも見当たらない。

173 名前:魔王[sage] 投稿日:2006/11/09(木) 13:44:01 ID:uyJJ/S+U

「なに、今のは」
 エレオノールがこわごわと言う。見ると、父と母も眉根を寄せて周囲を見回していた。
 どうやら、先程の光景を目にしたのは自分だけではないらしい。
(じゃあ、今のは)
 カトレアは信じられない思いで、壁際の妹に目を向ける。
 ルイズは杖を振り下ろした姿勢のまま、硬い表情でこちらを見つめていた。
「ルイズ、今のはあなたが」
 今ひとつ確信が持てないまま問いかけると、ルイズは小さく頷いた。
 どうやら、彼女が魔法で幻影を作り出したらしい。カトレアはそう判断する。
 しかし、幻影を作り出す魔法など聞いたこともない。
 エレオノールの方を見ると、彼女も心当たりがないらしく、疑わしげな眼差しをルイズに向けていた。
「本当なの。王立魔法研究所の所員のわたしでも、そんな魔法は聞いたことも」
「知らなくて当然よ」
 ルイズはゆっくりと杖を下げながら言った。
「さっきの魔法はイリュージョン。虚無系統の魔法だもの」
 カトレアは目を見張った。背後から、姉と父母が息を呑む気配が伝わってくる。
 虚無と言えば、現在はもう失われてしまったという伝説の系統である。
 四系統のいずれにも属さず、その全てを超越するという最強の魔法。
 にわかには信じ難い。
 だが、先程の未知の魔法といい聞いたこともない詠唱といい、ルイズが四系統以外の魔法を唱えたらしいことは事実なのだ。
(じゃあ、今のは本当に)
 カトレアの胸の奥から様々な感情が湧き出してきた。
 妹が虚無系統に目覚めたことに対する純粋な驚きもある。
 何故ルイズがわざわざあんな恐ろしい幻影を作ったのかという疑問もある。
 だがそれ以上に、喜びが大きかった。
 全身を駆け巡る歓喜に任せるままに、カトレアはルイズに抱きついた。
「おめでとう、ルイズ」
 妹の小さな体を抱きしめ、心の底から祝福の言葉を呟く。
 陰で馬鹿にされても、何度失敗してもひたすら勉強を重ねていたルイズ。
 その努力がようやく報われたのだと思うと、本人でもないのに感極まって涙が出そうになるほど嬉しくなってしまう。
 カトレアの素直な祝福に心を動かされたのか、背後で困惑していた姉と父母もまたぎこちなくルイズを褒め始めた。
「そうね。なんだかよく分からないことばかりだけど、ルイズが魔法を扱えるようになったっていうのは、喜ぶべきことよね」
「おめでとう、ルイズ。これであなたも一人前の貴族ね」
「そうだな。その上伝説の虚無の系統に目覚めたとはな。お前はヴァリエール家の誇りだよ、ルイズ」
 ルイズを賞賛する家族の声を、カトレアは微笑みながら聞いていた。

174 名前:魔王[sage] 投稿日:2006/11/09(木) 13:45:08 ID:uyJJ/S+U

 だが、腕の中のルイズが小刻みに肩を震わせているのに気付いて、眉をひそめる。
 嬉し涙を流しているのかとも思ったが、違う。
 顔を伏せているために表情はよく見えないが、ルイズはこみ上げる激情を堪えるかのように歯を食いしばっていたのだ。
 そのために戦慄いている妹の口元を見たとき、またカトレアの背筋に悪寒が走った。
 今、目の前で、何かとても悪いことが起きようとしている気がする。
 そんな不吉な予感を振り払うように、カトレアは努めて優しい声でルイズに囁きかけた。
「どうしたの、ルイズ。どこか具合でも」
 そのとき、不意にルイズが顔を上げた。
 眉間に幾筋もの深い縦皺が刻まれた凄まじい形相で、ルイズはカトレアを睨みつけていた。
 カトレアは目を見開いて硬直する。何が起きたのかと考え始めたときには既にルイズに突き飛ばされ、床に尻餅を突いていた。
「ふざけるな」
 室内の空気が凍りつくのが肌で分かるほどに、ルイズの低い声音は敵意に満ちていた。
 いや、敵意などという生易しいものではない。憎悪と憤怒に塗りつぶされたその声は、殺意と表現できるほどに冷たく、重い。
 勝気な姉も威厳ある母も、豪胆な父ですら、ルイズの豹変に何も反応できず、ただ立ち尽くしている。
「魔法を使えなかったときはゴミだとか恥だとか言っておいて、魔法を使えるようになった途端に我が家の誇りですって。
 馬鹿にしないで。わたしが何も知らないとでも思ってるの。わたしを殺す相談しながら皆で笑ってたくせに」
 怒りのためか悲しみのためか、ルイズの声は激しく震えていた。鳶色の瞳から涙が溢れ出す。
「本当は、全部嘘なんじゃないかって思ってた。でも今のではっきりしたわ。
 皆にとってわたしは家の面汚しで、ただ目障りなだけのゴミみたいな存在でしかなかったんだってことが」
 ルイズはしゃくり上げながら言った。カトレアの胸が締め付けられるように痛む。
 何故だか分からないが、ルイズはひどい誤解をしているようだった。
 カトレアは本当のことを知っている。
 口では酷いことを言うエレオノールだが、本人のいないところではいつもルイズのことを心配していた。
 厳しい態度を崩さない母も、しかし瞳には優しい色を浮かべてルイズのことを見守っていた。
 厳格な父に至っては、一生魔法が使えなかったとしてもそれはそれで構わないとまで言っていたのだ。
 ルイズのことをゴミだの邪魔だの家の恥などと言っていた者は一人もいないし、考えたことすらなかっただろう。
 誰かがルイズに残酷な嘘を吹き込んだのだ。そして、何故かルイズはそれを信じ込んでしまっている。
 とにかくまずは誤解を解かなければならない。カトレアは立ち上がった。
「ルイズ、聞いて」
「でもいいの」
 カトレアの説得を遮るように、ルイズは一際高い声で叫んだ。
 先程までの殺意に満ちた声音ではない。深く揺るぎない安心感に満ちた、恍惚とした声だった。
 ルイズは焦点の合わない瞳を頭上に向けた。涙の跡が残る頬に薄い微笑を浮かべて、陶然と呟き続ける。
「だってわたしにはサイトがいるんだもの。サイトはわたしを抱きしめてくれる。サイトはわたしを愛してくれる。
 サイトはわたしを裏切らない。サイトはわたしを傷つけない。サイトがいれば悲しいことも苦しいことももうどうでもいい。
 サイトがいてくれればいいの。サイトだけがいてくれればいいの。サイトだけがいてくれればあとはもうなんにもいらない」
 不意に、ルイズの声が途切れた。焦点の合わない瞳も形だけの微笑みもそのまま、ゆっくりと顔をこちらに向ける。
「だからもう、みんないらない」
 寒々しいほどに平坦な声で呟いたあと、ルイズは何気ない動作で杖を振り上げ、小さく何かを唱え始めた。
 カトレアの背筋に再び悪寒が走った。もう手遅れだ、間に合わない。そのことだけが、はっきりと感じ取れる。
 それでも最後の望みを捨てきれず、カトレアは必死に叫んだ。
「ルイズ、やめ」
「死んじゃえ」
 ルイズが無造作に杖を振り下ろした。
 爆風と共に視界が真っ白に染まり、カトレアは軽々と吹き飛ばされて幾度も床に叩きつけられる。
 頭を強かに打ちつけたために、意識が朦朧としてくる。
 無理矢理開いた目蓋の向こうに見えたのは、バラバラになって散らばる家族の死体と、燃え盛る炎の中に無表情で立ち尽くすルイズの姿。
(どうして、こんなことに)
 無念と後悔に苛まれながら、カトレアは必死に手を伸ばす。
 しかし、カトレアの腕は短すぎて、その指先ですらルイズに届くことはない。
 震える腕から力が抜ける。カトレアの意識は途切れた。

266 名前:魔王[sage] 投稿日:2006/11/12(日) 06:55:05 ID:a2aMTn3w

 その二人はヴァリエール邸から少し離れた丘の上で、燃え上がる屋敷を見下ろしていた。
「うまくいきましたね」
 そう呟きながら微笑んだのは、魔法学院で働いているメイドの少女、シエスタである。
 傍らには、彼女と同様満足げな微笑を浮かべている才人の姿がある。
 愛しい少年の横顔を盗み見たあと、シエスタは再びヴァリエール邸に目を戻した。
 炎はますます火勢を増し、今や屋敷全体を包まんばかりに燃え広がっている。 
 シエスタには、その激しい炎が自分たちの行く手を祝福してくれているようにすら思えるのだった。
 事の起こりは数ヶ月前。世界が今のように乱れた状態になるより少し前の時期。
 アルビオンとの戦争がようやく終結し、才人も無事に帰ってきて一息吐いていた頃。
 シエスタは、ある相談を才人から持ちかけられたのだった。
「もう耐えられない」
 人気のない場所にシエスタを呼び出した才人は、疲れ切った顔でそう切り出した。
 彼の話すところでは、魔法学院に戻ってきて以来ルイズの態度が日に日に酷くなっているのだという。
 長い間主人のことを放っていたお仕置きだなどと称して、無意味に鞭で打ったりマジック・アイテムで手酷く嬲ったりするのだという。
 才人が行方不明だった時期のルイズの憔悴ぶりを知っていたシエスタは、これを聞いて驚き、その驚きはすぐに怒りに変わった。
 すぐに直談判しようと提案したシエスタを、才人は引き留めた。
 そんなことをしてシエスタまでルイズに嬲られるようになってはいけないというのである。
 ただ、あまりにもルイズの虐待が酷すぎるために誰かに愚痴を言いたかっただけなのだと。
 シエスタは仕方なく才人を慰め、そうこうしている内に二人は自然と互いの体を求め合っていた。
 そんな風にルイズに隠れて逢瀬を重ねている内に、才人が思いつめた顔で言い出したのだ。
「ルイズを殺そう」
 と。その顔は溜まりに溜まった怒りに満ちており、シエスタが何度止めても聞きはしなかった。
 才人はシエスタにも協力を求めた。
 シエスタは最初こそ拒んだものの、
「何もかも忘れて二人だけで暮らそう」
「そうするためにはどうしてもルイズを殺さなければならない」
 という才人の再三に渡る説得と甘い囁きに心を揺り動かされ、ついにルイズ殺害に手を貸すことを決意した。

267 名前:魔王[sage] 投稿日:2006/11/12(日) 06:56:01 ID:a2aMTn3w

 その後は才人の指示通り至って冷静に行動したつもりである。
 他人には絶対に見つからないであろう石造りの部屋を探し当てたり、保存食を用意したり、才人が不在中のルイズの監視を行ったり。
 そうしている間、シエスタ胸の中は薄暗い喜びに満たされていた。
 シエスタ自身、ルイズに対してはあまりいい感情を抱いていなかったのだ。
 高慢なところが気に入らないのは当然として、才人に対する彼女の仕打ちには常に怒りを抱いていた。
 何よりも許せなかったのは、そんな風に才人を嬲っておきながら彼の恋慕の情を独占していたことである。
 そんなルイズが自分の存在意義を疑って悶え苦しんでいるのを見るのは実に気分が良かったし、
 騙されているとも知らずに才人に縋りついていたときには、笑いを堪えるのに苦労した程である。
 根の暗い喜び方だったが、ルイズが今までしてきたことを思えばそういう後ろめたさなど取るに足らないものであった。
 そんな訳で、シエスタは何の躊躇もなくルイズの苦しみや滑稽さを笑っていられたのであった。
 ただ一つ不満だったのは、才人がシエスタだけでなくルイズも抱いていたことだったが、
「今はルイズを信用させる必要があるんだ。安心しろよ、あいつのことなんざなんとも思っちゃいねえ。
 あんな痩せっぽち、抱いたって気持ちよくもなんともねえしな。俺が愛してるのはシエスタだけさ。体だけじゃなくて、心もな。
 なに、今だけだよ。その内にルイズを殺したら、シエスタ以外の女なんかには構わねえよ。約束する」
 という才人の言葉に、一応は納得することにした。
 実際、才人はその言葉どおりに着々と計画を進めていった。
 彼の目的は、今まで自分が受けてきた痛みを全てルイズに与えた後、徹底的なまでに彼女を破滅させることだった。
 ルイズに嘘の情報を教え込んで才人だけが味方であると思い込ませ、彼女自身の手で家族を殺害させる。
 そうした後に真実を全て明かして身も心も地獄の底に叩き落す。
 計画は嘘のようにうまく進み、今まさに最終段階を迎えつつある。
 あとは才人の言いつけ通りに家族を殺害して嬉々として帰ってくるルイズに、真実を突きつけてやるだけである。
 全てを失ったルイズが浮かべる絶望的な表情を想像して、シエスタは口元の微笑を一層深くした。
「シエスタ」
 不意にそう囁きながら、傍らの才人がシエスタの体を抱き寄せた。
 自分の肩に回された才人の腕の力強さにうっとりしながら、シエスタは笑顔で彼の顔を見上げる。
「なんですか、サイトさん」
「あれ、見ろよ」
 才人が指差した先に目をやると、屋敷の正門からルイズらしき小さな人影が出てくるところだった。
 遠くてよく見えないが、何やら大きな袋らしきものを引きずって歩いてくる。
「さあ、いよいよ幕引きだ。あの馬鹿女に本当のことを全部教えてやろうぜ」
「はい、サイトさん」
「それにしても、シエスタがいてくれて助かったよ。シエスタがいなけりゃ、この計画は成功しなかっただろうしな」
 シエスタの頭を撫でながら、才人は優しい口調で囁く。シエスタはにっこり笑って頷いた。
「こんなの、どうってことないです。わたし、サイトさんのためなら何だってしちゃいますよ」
「そうか、何だってするのか」
「はい、もちろんです」
「じゃあ、死んでくれ」
「え」
 才人が笑顔で言い放った言葉をシエスタが聞き返すよりも早く、彼の手が動いていた。
 突如として自分の体を貫いた鋭い衝撃に、シエスタは目を見開く。信じられない思いで下を見ると、自分の体を一本の剣が貫いていた。
 どうして、という言葉の代わりに、喉の奥から大量の血が溢れ出した。
 才人は剣を捻って念入りにシエスタの体を抉り、先程と全く変わらぬ微笑を浮かべたまま囁いた。
「悪いな、シエスタ。お前のことはそんなに嫌いじゃなかったけど、一つだけどうしても許せないことがあったんだ」
 そう言いながら、不意に汚らわしい物を見るように顔をしかめて、シエスタの体を突き放す。
「臭いんだよ、お前。都会育ちの俺にはとても耐えられねえぐらいにな」
 愛しい人の冷たい声を闇の向こうに聞きながら、シエスタは永遠に覚めない悪夢の中に落ちていった。

268 名前:魔王[sage] 投稿日:2006/11/12(日) 06:57:00 ID:a2aMTn3w

「さて、と。後は本当に最後の仕上げを残すのみだな。ったく、ここまで来るのに思った以上に時間喰っちまった」
 目を見開いたまま横たわるシエスタの死体を顧みることもなく、才人は疲れたように肩を回しながら一人ごちた。
「相棒よ」
 不意に、硬い声がした。才人は笑顔で応じる。
「何だデルフ。ああ、そういやお前を使うのも久しぶりだっけなあ」
「俺に騒がれちゃ困るからだろう」
 シエスタの血に汚れた刀身から、怒りを抑えているような低い声音が響く。
 常人ならば威圧感で動けなくなるようなその声に、しかし才人は軽く笑うだけだった。
「そりゃそうだ。何だかんだで口うるせえもんな、お前」
 デルフリンガーは少し黙り込んだあと、絞り出すような声で問いかけてきた。
「何を考えてる」
「そうだな、ルイズがここに来るまでまだちょっとかかるだろうし、お前には全部バラしてやってもいいか」
 才人はデルフリンガーを地に突き立て、近くにあった石に腰掛けながら話し始めた。
「事の発端は先生だ。正確にはあのコッパゲのコルベール先生が黴臭い本を一冊引っ張り出してきたことだな。
 始祖ブリミルとその使い魔についてあれこれと書かれた本さ。今まで見つからなかったのが俺としては不思議なんだが、
 先生の話だと図書館の隠し部屋に厳重に封印されてたんだとさ。先生が蔵書漁ってるときに偶然発見したんだとよ。
 で、その本の中には驚くべき秘密がたくさん書いてあった訳だ。虚無系統の魔法の詳しい効果とか、な
 その中には異世界に関わる魔法もいくつかあった。たとえば異世界に自由に移動できる魔法とか、
 異世界の物を自由自在に召喚できる魔法とかだ。嘘臭いほど便利なんだな、虚無系統の魔法ってのは。
 で、先生は興奮しながらそれを俺に見せてきた。虚無の魔法が使えれば君の世界に帰れるってな。
 だが俺にとって重要だったのはそこじゃねえ。いや、地球に帰れるってのは確かにそのときの俺にとっては魅力的だったけど、
 今となっちゃもうどうでもいいんだ。虚無の使い魔に関する秘密を知った、今となっちゃな」
「その秘密ってのは、何だね」
 才人は意識して唇を吊り上げながら、右手で前髪を上げてみせる。
 才人自身の目には見えないが、右手の甲と額にそれぞれルーンが刻まれているはずである。
 神の右手ヴィンダールヴのルーンと、神の頭脳ミョズニトニルンのルーン。
 以前は別の人間のものだったルーンである。
「主人である虚無の担い手が死ねば、その使い魔のルーンは消滅し、他の虚無の担い手の使い魔に移るってな。
 なるほど、始祖ブリミルって奴も考えたもんだ。こういう仕組みにしときゃ、一組の虚無が消滅しても他の一組に機能が受け継がれるも

んな。
 虚無系統の魔法自体は遺物に依存するものだから、担い手によって使える種類が決まってるって訳じゃねえらしいし。
 ああ、この辺は説明する必要もねえか。どうせお前は知ってたんだろ、デルフ」
 デルフリンガーは何も答えなかった。その沈黙を肯定と受け取り、才人は話を続ける。
「俺は震えたね。ガンダールヴは武器を使えるだけだから、単体同士の戦闘じゃ強いが多数を相手にしたらそれ程強い訳じゃねえ。
 だが、そういう意味じゃヴィンダールヴとミョズニトニルンは圧倒的だ。奴等自身には大した戦闘能力はねえが、
 ヴィンダールヴはドラゴンみたいな強力な魔獣でも思い通りに操れるし、
 ミョズニトニルンだってアルヴィーやらガーゴイルやら揃えりゃ一国の軍隊にも負けやしねえ。
 何より、あのゾンビを作る指輪みたいな面白いマジック・アイテムも使い放題だしな。
 この三つのルーンを一人で操れば、マジで天下取るのも夢じゃないだろうよ。
 そう思ったら、元の世界のことなんかどうでも良くなったんだ。
 男として生まれたら、一度はそういうデカい夢を見たくなるだろ。この気持ち、お前になら分かってもらえると思うんだけどな」
「さっぱり理解できんね」

269 名前:魔王[sage] 投稿日:2006/11/12(日) 06:57:45 ID:a2aMTn3w

「つれねえ奴だな。まあいいや、後は知っての通りだ。俺は早速行動を開始した。
 まずは虚無の担い手の情報を集めて、そいつらがそれぞれロマリアの教皇とガリアの国王だってことを突き止めた。
 最初に狙ったのはロマリアの教皇だ。ヴィンダールヴ、ジュリオの主人だな。こっちは案外楽だった。
 教皇庁なんて言っても、中身はドロドロしたもんだ。教皇と対立してる枢機卿の一人に暗殺の話持ちかけたら、あっさり了承してくれたぜ。
 で、お次はガリアだ。こっちに関してもヴィンダールヴのルーンがあったから、そんなに難しくはなかったね。
 魔獣集めて騒ぎを起こさせて、兵やらミョズニトニルンやらの目がそっちにいってる間に、ガリアの王を直接狙ってぶっ殺した。
 虚無の担い手が残ってると後々面倒なことになるだろうから、今の内に殺せたのは一石二鳥ってやつだな」
 そこまで言って、才人は不意に顔をしかめた。
「誤算だったのはジュリオやミョズニトニルンを逃がしちまったことだな。
 まあルーンを失ったあの連中に何かが出来るとも思えねえし、別に放っておいても問題はねえだろけどな。
 で、計画はいよいよ最終段階だ。閉じ込めておいたルイズに、例の会話を聞かせた。
 マジック・アイテムが使えりゃ、あの偽者の家族の会話を用意するのは実に楽な作業だったよ。
 風魔法で声を記録できるなら、同じ原理で声を作ることだって出来る訳だからな。
 最も、慣れない作業だったからちっとばかり手間取っちまったがな」
「その辺が一番解せねえところだ」
 デルフリンガーがいかにも不可解そうな口調で呟いた。
「何であの嬢ちゃんはあんなにアッサリお前さんの嘘を信じちまったんだ。
 風魔法で声を作れるってことぐらい、勉強家のお嬢ちゃんなら分かってたはずだろうに」
「暗いところに一人で閉じ込められてて判断力が鈍ったってのもあるがね」
 才人は含み笑いを漏らした。
「結局のところ、あいつ自身も確信が持てずにいたのさ。
 魔法を使えない家族が、本当に自分のことを愛してくれているかどうかってことにな。
 だから、よく考えてみればすぐに見破れる嘘に騙されちまった訳だ。
 後は簡単だ。独りぼっちになったと思い込んでる寂しい女の子に、まだ俺がいるぜって囁いてやるだけだ。
 だが、それだけじゃまだ不十分だ。あの時点じゃ、ルイズ自身もまだ完全には信じ切れていなかったはずだ。
 本当に自分が家族に捨てられたのかどうかってな。だから俺は言ってやったんだ。
 『奴等の前で虚無の魔法を見せてやれ。もしも連中が喜んだら、お前のことをゴミ扱いしてたってのがはっきりするだろ。
 今までゴミだと思ってた娘に、とんでもない利用価値が出来たんだから。
 家の誇りだとか一人前の貴族だとか言い出したら、こりゃもう決定だ、連中はお前じゃなくて虚無の魔法を愛してるのさ』ってな。
 で、結果があれだ」
 才人は愉快そうに笑いながら、燃え盛るヴァリエール邸を指差した。
「そりゃ喜ぶだろ、今まで魔法使えなかった娘が魔法使えるようになって帰って来たんだから。
 だがルイズはそう考えずに、結局自分の価値は魔法が使えるかどうかだけだったんだって思い込む。
 こうして、誰にも愛されなかった孤独な少女は、憎い家族に復讐を果たし、唯一自分を愛してくれる男のところに戻ってくるって訳だ」
 そう締めくくった後、才人は堪えきれずに笑い出した。燃え盛る炎の音に混じって、才人の高笑いが響き渡る。
 ひとしきり笑ったあと、才人は不意に口を噤み、デルフリンガーを引き抜いた。
「さて、話は一旦中断させてもらうぜ。そろそろルイズが来るだろうからな。最後の仕上げを、させてもらう」
 丘を登る道の向こうに現れた小さな人影を見つめながら、才人は唇を吊り上げた。

195 名前:魔王[sage] 投稿日:2006/11/25(土) 02:36:12 ID:0nmWgt15

 赤く染まった重い袋を引き摺りながら丘を登りきったルイズは、そこに予想もしていなかった光景を見た。
 二人の人間がいる。一人は地に倒れ伏してぴくりとも動かないメイド服姿の少女であり、
 もう一人はそのそばに膝を突いてうなだれている黒髪の少年である。
 この、ヴァリエール邸のすぐそばにある小高い丘は、ルイズが行動を起こした後に才人と落ち合うことになっていた場所である。
 だから才人がいるのは当然として、何故魔法学院のメイドであるシエスタがそこにいるのかが分からない。
 その上、シエスタは倒れたまま身じろぎもしないし、胸の辺りから赤黒い液体が広がっているのを見るに、
 どうやらもう既に事切れているらしい。
 混乱しながらも、ルイズはこちらに気付いていない才人に恐る恐る声をかけた。
「サイト」
 才人がゆっくりとこちらに顔を向ける。ひどくぼんやりした表情で、頬には一筋の涙の跡があった。
「ああ、ルイズ。無事だったか」
 才人の顔に疲れたような微笑が浮かぶ。
 才人が何よりもまず自分の心配をしてくれていることに喜びを感じながら、ルイズは才人に歩み寄った。
「これは、なに」
 言葉に迷った末にそう問うと、才人は苦悩するように眉根を寄せて唇を噛んだ。
「シエスタも、連中とグルだったんだ」
 予想もしない言葉に、ルイズは目を見開いた。才人は今にも泣き出しそうな声で続けた。
「ここでルイズを待ってたら、急にシエスタがやってきたんだ」
 どうしてこんなところに、と驚く才人に、シエスタは自分がルイズの暗殺を依頼されていたことを明かした。
 殺す機会を窺っていたところ、才人がルイズを隠してしまったので新たな好機を待っていたのだという。
 そこまで説明した後、シエスタは才人にもルイズ殺しを持ちかけてきた。
 邪魔なルイズを殺して二人でどこか遠いところで暮らそう、と。
 才人は拒んだがシエスタはなおも才人に詰め寄り、
 最後には「これでルイズを殺す」と短剣を見せてきたので、才人は思わずシエスタを刺し殺してしまった、と。
 そう語り終えたあと、才人は深く重いため息を吐いて黙り込んでしまった。
 突然の事態に頭が混乱して、うまく考えることができない。
(だけど、サイトがわたしに嘘を吐くはずがないわ)
 自分に向かって一言そう言い聞かせた途端、ルイズの頭の中に散在していた様々な疑問が一瞬で消し飛んだ。
(そうよ、サイトはわたしに嘘なんか吐かない。シエスタは本当にわたしを殺そうとしてたんだわ。でも)
 一つだけ、大きな不安が残っている。ルイズはまだ黙り込んでいる才人に慎重に問いかけた。
「後悔してるの」
「どうして」
 才人は驚いたように顔を上げた。ルイズはちらりとシエスタの死体を見やった。
「才人、シエスタのこと好きだったんでしょう」
「馬鹿言うな」
 才人は怒鳴りながら立ち上がった。たじろぐルイズをきつく抱きしめ、耳元で囁く。
「何度も言わせるなよ。俺が愛してるのはルイズだけだ」
 愛してる、という言葉を聞いた瞬間、ルイズの背筋が歓喜に震えた。
 体の力が抜けそうになるほどの圧倒的な幸福感にうっとりと身を委ねながら、ルイズは甘え声で才人に問いかける。
「ねえサイト、本当にわたしのこと愛してる」
「ああ、もちろんだ。愛してるよ、ルイズ」
「サイトはわたしのこと裏切らないよね。ずっとそばにいてくれるよね。死ぬまで愛してくれるよね」
 胸の中の不安を完全に消し去りたい一心でそう問いかけると、才人は力強く頷き返した。
「ああ。お前を愛してる。お前だけを愛してるぞ、ルイズ。お前さえいてくれれば後はもう何もいらない。
 シエスタはお前を殺そうとしたんだ、そんな女が死んだって悲しくも何ともないさ。
 むしろ今殺せてよかったと思ってる。これでこの女がルイズを悲しませることはもうないだろうからな」
 お前だけを愛してる、という言葉を、ルイズは頭の中で何度も繰り返した。
 一度、二度と繰り返すたびに胸を覆っていた不安が少しずつ溶けていき、代わりに歌い出しそうになるほど心が弾んでくる。

196 名前:魔王[sage] 投稿日:2006/11/25(土) 02:36:58 ID:0nmWgt15

「そう。そうよね」
 笑いながら呟き、ルイズは才人から体を離す。
 シエスタの死体のそばにしゃがみ込むと、確かに才人の言うとおり、彼女の右手には短剣が一本握られていた。
(馬鹿な女)
 ルイズは含み笑いを浮かべた。
(才人が愛してるのはわたしだけなのよ。そんなことも知らないで「どこか遠いところで暮らそう」ですって。
 本当に、可哀想になってくるぐらい馬鹿な女)
 堪えきれずに嘲笑を漏らしながら、ルイズは無造作にシエスタの死体を蹴飛ばして仰向けにさせた。
 虚ろに見開かれた瞳は何も映さず、半開きになった口からは言葉ではなく赤黒い血だけが溢れ出している。
 もうこの瞳が媚びた視線を才人に送ることはないし、この唇が才人を誘惑する汚らわしい言葉を吐き出すこともない。
 そんなことを考えていると、ルイズの胸にふつふつと怒りが湧き上がってきた。
(そうだったわね。あんた、薄汚い農民の豚娘のくせに散々わたしの才人を誘惑してくれたわよね)
 ルイズは再びしゃがみこむと、シエスタの手から短剣を取り上げて両手で握り締めた。
 そのまま力一杯振り下ろし、シエスタの顔と言わず手と言わず、ただ目についた箇所を何度も何度も何度も抉る。
(死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。
 水の精霊でも蘇らせられないぐらいに完全に完璧に完膚なきまでに、死ね!)
 特に豊かな乳房を念入りに潰した。何度も短剣を振り下ろして余分な脂肪を削り取ると、シエスタの胸はルイズの平坦なそれよりも凹ん

でしまい、その段階になってようやくルイズは満足感を覚えた。
(いい気味だわ。豚のくせに身の程知らずなこと考えるからこうなるのよ)
 ルイズは立ち上がって自分の仕事を見下ろしたが、そうやって見ている内にまた不満が出てきた。
 才人に媚びた視線を送った瞳が気に入らない。豚の癖に整った顔立ちが気に入らない。
 胸と同じように才人を誘惑した足も気に入らないし、べたべたと気安く才人に触りまくった汚らしい手も気に入らない。
「全部潰そう」
 呟き、ルイズは再び仕事に没頭し始めた。
 目玉を抉り顔を潰し足を切り裂き手を刻む。
 そうして原型を留めないぐらいにシエスタの死体を潰し終わって、仕事はようやく完了した。
 先程よりももっと深い満足感に吐息を吐きながら、ルイズは汗を拭って振り返る。
「サイト、見て」
 はしゃいで才人を呼ぶ。「どうした」と歩み寄ってきた才人は、ぐちゃぐちゃになったシエスタの死体を見て苦笑した。
「また派手にやったなあ」
「どうサイト、これ見てもまだシエスタが綺麗だとか思う」
 期待して問いかけると、才人は大げさに肩を竦めてみせた。
「まさか。こんなの野良犬の餌にもならねえよ」
「そうよね、そうよね」
 才人の腕に絡み付いて、ルイズは頬を綻ばせる。
 これでもう才人はシエスタの色香に惑わされることもないのだ、と思うと胸が安堵感で一杯になった。
「そうだ」
 と、才人が急に思いついたように言って、崩れきったシエスタの死体を指差した。
「再利用するか、これ」
「再利用って」
「アンドバリの指輪あったろ。あれで操ったらどうだ。身の回りの世話する専属のメイドとか欲しくない、お前」
 まるでアンドバリの指輪を持っているかのような才人の口ぶりを少し不思議に思いながらも、ルイズは首を振った。
「いらない。汚いもん」
「そうかあ」
 才人は少し残念そうに呟く。ルイズは内心焦った。
 シエスタを復活させたら、この哀れで汚らしい姿をダシにして才人を泣き落とそうとするかもしれない。
(そしたら優しい才人はまたシエスタの方を見ちゃう)
 そんなことになったら自分はまた一人ぼっちになってしまう、とルイズは恐怖に身を震わせた。
 焦って才人から体を離し、「いらないったら」と叫びながら、シエスタの死体を思い切り蹴り飛ばす。
 肉が削がれてかなり軽くなったシエスタの死体は、ごろごろと丘を転がり落ちてその内見えなくなってしまった。

197 名前:魔王[sage] 投稿日:2006/11/25(土) 02:37:57 ID:0nmWgt15

 転がり落ちていくシエスタの死体を見ながら満足げに頷いているルイズの背後で、才人は笑いをかみ殺していた。
「うまくやったもんだな」
 背中から、嫌悪感を隠そうともしない声が聞こえてくる。才人はちらりとデルフリンガーを見やった。
「そういやずいぶん静かだったなデルフ。てっきりルイズに事情をばらすもんかと思ってたが」
「馬鹿言うな、ここで事情をばらそうもんなら、あの子は本当に壊れちまうよ。いっそその方がいいのかもしれんが、
 ここで嬢ちゃんが壊れちまったって、お前さんはこの愚行を止めるつもりはないんだろう」
 陰鬱な声で訊くデルフリンガーに、才人は「もちろんだ」と頷いた。
「虚無の魔法ってのは確かに魅力的だが、俺の計画にはどうしても必要って訳じゃねえからな」
「なら黙っておくさ。どの道、単なる剣に過ぎねえ俺の手じゃ、お前さんは止めようがねえしな」
「下手な冗談だな。手なんかねえくせに」
「うるせえや。んで、こっからどうするんだね」
 デルフリンガーは皮肉げな口調で訊いてきた。
「虚無系統の担い手が一人に、三つの能力を手に入れた使い魔がいたって、世界全部を相手にするにはまだ足りねえぜ」
「そいつはどうかな」
 まるでシエスタが這い登ってこないか恐れるように丘の下を覗き込んでいるルイズを眺めながら、才人は言う。
「一応、いろいろと手は打ってある。他の虚無の担い手殺して回ったときにな。教えてやるよ」
「知りたかねえがね」
「そう言うなよ。まず、さっき言ってた再利用って奴だがな、ありゃ冗談じゃねえんだ」
 言って、才人は懐から指輪を一つ取り出した。
「アンドバリの指輪は俺の手の中にある。ぶっ殺したガリア王もロマリア王も、いざとなりゃ俺の意思一つで動かせる訳だ。
 それにこの指輪には人の心を操る機能もついてる。今ゲルマニアで内乱繰り返してる連中も、
 俺の命令ですぐに矛を収めてトリステインを目指すようになるのさ。
 ヴィンダールヴの力で魔獣も一個軍団作れるぐらいにゃ操れるし、ここまで揃えりゃトリステインに勝ち目はないわな。
 で、いざ戦争となったら戦場突っ切ってとっととお姫様とっ捕まえりゃ、それだけで俺の勝利って訳だ」
「随分とまあ周到なこって」
 吐き捨てるように言ったあと、デルフリンガーは問いかけてきた。
「で、その後はどうすんだね」
「ハルケギニアの国を全部潰したら、統一国家を作って俺が王になる。
 その後はまあゾンビども操って適当に国治めさせて、反乱が起きたら潰してって流れかな。ああそうそう、これが一番重要だ」
 才人は人差し指を立てた。
「メイジはルイズ以外全員殺す」
 その宣言に、デルフリンガーは一拍間を置いて返してきた。
「お前さんに勝てる可能性があるからかい」
「ま、そんなことだな。そして俺はハルケギニアの魔王になるって訳だ。
 爽快な気分だねえデルフ。ニ、三年もすりゃ、どいつもこいつも震えながら俺の名前を口にするようになる。
 俺の名前が歴史の教科書に載って、千年二千年先の人間にまで語り継がれるようになるんだ。
 想像しただけでも震えるってもんだ、なあ」
「そのためにはお前さんの友人も殺すって訳かい」
「尊い犠牲って奴さ」
 才人がさらりと返すと、デルフリンガーは長い長いため息を吐いた。
「力に溺れたな、相棒」
「なに、見てろよ。立派に泳ぎきってみせるさ」
「最後に、一つだけいいか」
「なんだ」
「反吐が出るぜ」
「いい褒め言葉だな」
 嫌悪感を隠そうともしないデルフリンガーに笑って答えたあと、才人はふとヴァリエール邸の方を見やって眉をひそめた。
 激しい炎に包まれている屋敷の一角から、見覚えのある竜が一頭飛び立ったのだ。
「しくじりやがったな、ルイズの奴。まあいいか」
 才人がため息を吐くのと同時に、ルイズが赤く染まった大きな袋を引き摺りながら歩み寄ってきた。

198 名前:魔王[sage] 投稿日:2006/11/25(土) 02:38:56 ID:0nmWgt15

「ねえサイト、見て見て」
 ルイズは嬉しそうに笑いながら、袋の中身を地面にぶちまける。
 中から転がり落ちてきたのは、手、足、頭など、人間の体の一部分である。
 才人はそれらをじっと眺め、カトレアのものと思しきパーツがないことを確認した。
「これが父様で、これが母様。エレオノール姉さまったら、こんな様じゃもうわたしのこと馬鹿にできないわよね」
 元は家族のものだった肉塊を楽しそうに弄繰り回しているルイズに、才人は笑って問いかける。
「ルイズ、一つ訊いてもいいか」
「なあに、サイト」
「この中には、お前の大好きなちいねえさまはいないみたいだけど」
 そう指摘された瞬間、ルイズの体が大きく震えた。
 やっぱりな、と内心で呆れながら、才人はしゃがみ込んでルイズの顔を覗き込む。
 ルイズは処刑前の死刑囚のように顔を青ざめさせてガタガタと震えていた。
 そんなルイズの顔を無言で見つめたあと、才人はにっこりと微笑んで訊いた。
「逃がしたのか」
「違うの」
 悲鳴のような声を上げて、ルイズは必死で弁解する。
「ちいねえさまもちゃんと殺そうとしたの。でも止めを刺す前に煙で見えなくなっちゃって、そしたらもういなくなってたの」
 つまり、その一瞬で何者かがカトレアを助け出したということになる。
(ジュリオ、か。いなくなったと思ったらこんなところに潜んでやがったとはな。まあいい)
 先程竜が飛び去った方向を見やりながら、才人は立ち上がった。
(病弱なお嬢様とルーンを失った使い魔なんかに何ができる。連中なんざ、今の俺に取っちゃ蟻んこみたいなもんさ)
 そのとき、才人はふとルイズが自分を見つめていることに気がついた。
 恐怖に見開いた瞳一杯に涙を溜めているその顔は、縋りつこうとしているようにも恐れて逃げようとしているようにも見える。
 才人が無言で見つめ返すと、ルイズは一瞬小さな悲鳴を上げかけてそれを飲み込み、
 恐慌を起こしたような勢いで必死にしがみついてきた。
「ごめんなさい、今度はうまくやるから、今度はちゃんと殺すから、わたしのこと捨てないで」
 才人は内心で高笑いを上げた。
(こいつは、もう俺の言うことならなんだって聞くな)
 そのことに対する確信を一層強めながら、才人は笑顔でルイズの頭を撫でてやった。
「何言ってんだ、どうして俺がルイズを捨てたりするんだよ」
「本当」
「もちろんさ」
 恐る恐るこちらを見上げてくるルイズに、才人は冗談めかして言った。
「でもお前、本当に殺しちまっていいのか。好きなんだろ、ちいねえさまがさ」
「そのことなんだけど、あのね」
 プレゼントをねだる小娘のようにもじもじしながら、ルイズは照れたように言った。
「ちいねえさまだけは生かしておいて、わたしの奴隷にしたいんだけど、駄目」
「お前の好きなようにすりゃいいよ」
「本当」
 ぱっと顔を輝かせるルイズに何となく興味を惹かれて、才人は「どんな風にしたいんだ」と訊いた。
「うんとね、うんとね」
 ルイズは興奮したように頬を上気させながら数秒考え、一息に捲くし立てた。
「まずはね、逃げられないように手足を切り落としてあげてね、それからいろんな男に代わる代わる犯してもらうの。
 それでちいねえさまが痛いよ痛いよって泣いてるのを慰めてあげて、
 餌を食べさせてあげておしっことかうんちとかの世話もしてあげるの。
 何度もそうしてあげたら、ちいねえさまもきっとわたしのこと好きになるわよね」
 嬉しそうに話すルイズに、才人はいちいち頷き返してやった。
「そうだな、きっとお前なしじゃ生きられなくなると思うぜ」
「本当。楽しみだなあ」
 実際にそうしているところを想像したのだろうか。
 ルイズはその内夢見るようにうっとりとした表情を浮かべてその場にしゃがみ込み、
 締まりのない笑みを浮かべながら陰部を弄くり出した。
 自慰に没頭するルイズを眺めながら、才人は満足げに大きく息を吐き出す。
(これで、準備は全部整った)
 燃え盛る炎の音と走り回る人々の悲鳴が、耳の中で祝砲のように幾度も反響していた。

199 名前:魔王[sage] 投稿日:2006/11/25(土) 02:40:38 ID:0nmWgt15

 目が覚めて痛む体を自覚したとき、カトレアは先程までの記憶が悪夢でなかったことを思い知った。
「まだ休んでいてください」
 傍らに立っているジュリオが、優しく声をかけてくる。
 目だけで周囲を見回すと、そこが鬱蒼とした森の中であることが分かった。
「ああジュリオ、教えてちょうだい、わたしの家族は、ルイズはどうなったの」
 カトレアの問いに、ジュリオは悔しげに唇を噛んで目をそらした。
「申し訳ありません、わたしがあの部屋に辿りついたときには既に。
 カトレア様を救い出すのが精一杯で、他の皆様のことはなにも」
「ああごめんなさいジュリオ。あなたを責めているのではないの。
 それにわたしには分かります。父様や母様や姉様は、きっともう死んでしまっているわ」
 厳しくも優しかった父、厳格だが慈愛に満ちていた母、勝気ながら繊細だった姉。
 それぞれの笑顔が頭に浮かんでは消えていく。カトレアは一粒涙を流したあと、それを拭うこともなくジュリオに問いかけた。
「ジュリオ、話してちょうだい」
「何をでしょうか」
「あなたの知ること、全てを」
 そう訊かれることがある程度予想できていたのだろう。
 ジュリオは何も言わずに数秒目を瞑ったあと、自分が知る限りのことを全て話し出した。
 自分の主であるロマリア王を殺した男のこと、その男の圧倒的な力のこと、
 そして恐らくルイズがその男に心酔しているのであろうことを。
 全てを聞き終えたカトレアは、そこでようやく涙を拭い、宣言した。
「ジュリオ、わたしはルイズを取り戻します」
「無理なことを仰いますね。あなたのようなか弱いお方が、あの男に勝てるとでもお思いですか」
「それでも、取り戻します。何年、何十年かかろうとも、必ず」
 カトレアは力の入らぬ体に無理矢理活を入れて立ち上がった。
 そうするだけでも息が苦しくなる。空を見上げると、金色の月があざ笑うように浮かんでいる。
「見ていなさい平賀才人。地獄に落ちるのはお前一人で十分。その道連れにルイズを連れていかせはしませんからね」
 震える足を必死に立たせ、カトレアは全身の力をかき集めて吠え立てた。

 怒りに満ちた瞳で空を睨むカトレアの姿に、ジュリオは胸の痛みを覚えてそっと目を伏せる。
(あなたの言うとおりだ、カトレア様。確かに、こんな状態の人間を止められるはずがない)
 ジュリオは自分が過ちを犯そうとしていることを自覚しながらも、黙ってその場に片膝を突いた。
「あなたの決意、しかと聞き届けました。このジュリオ・チェザーレ、及ばずながらも力になりましょう」

 この日、世界は燃え盛る炎の中から四人の英雄を産み落とした。
 
 「魔王」平賀才人。
 「破滅<ゼロ>」のルイズ。
 「悲嘆」のカトレア。
 「忘我」のジュリオ。
 
 彼らがこの先辿ることになる数奇な運命を知る者は誰一人としておらず、悲喜劇の幕はまだ上がったばかりだった。

200 名前:魔王[sage] 投稿日:2006/11/25(土) 02:41:54 ID:0nmWgt15

「とまあこんな感じかねえ。いやあずいぶん長いこと話してた気がするよ。具体的には一ヶ月ぐらい。
 なに、短ぇ上にまだ序章みたいな感じじゃないか、だと。
 馬鹿野郎、元々これ以上は話す気なんかねえっつーの。
 この先はドロドロのグチャグチャだ。胸糞悪すぎて思い出すのも気が滅入るってもんだ。
 まあ大まかに説明しとくとだな。あの後はほとんど相棒の思い通りになって、
 一ヶ月後にはトリステイン女王のアンリエッタっつー嬢ちゃんが世にも恐ろしい方法でぶち殺されて、
 晴れて魔王ヒラガサイトが統一帝国の王位についたのさ。
 で、相棒は俺に宣言したとおりのことをやったよ。反乱鎮圧やらメイジ狩りやらな。
 その方法があんまりにも残酷だったもんで、五年もする頃には相棒に逆らおうって奴は一人もいなくなってたっけなあ。
 ところが、この頃になってうまく逃げ延びてたカトレア嬢ちゃんとジュリオの小僧っ子が反撃に出てくる訳だ。
 同じく逃げ延びてた旧トリステイン銃士隊の隊長さんと一緒にな。
 まあこの辺りは血湧き肉踊る合戦がなくもなかったんで、暇なときになら話してやらんこともないぜ。
 どうだい、聞いててあんまり愉快な話じゃあなかっただろうが。
 なに、それなら話す方もあまり愉快じゃないだろうに、何故教えてくれたのかって。
 いいところに気がついた。実はな、他人に意見を聞いてみたかったんだよ。
 何かって、まあ馬鹿馬鹿しいと思うかもしれんが、笑わないで聞いてくれよ。
 俺は相棒に『メイジはルイズ以外全員殺す』って言われたとき、一瞬思ったのさ。
 『ひょっとしたら、この男は本当にルイズ・ド・ラ・ヴァリエールを愛していて、
  彼女を蔑ろにしたメイジって存在を心底憎んでるんじゃないのか。それで今回みたいな
  イカレた行動に踏み切ったんじゃないか』ってな。
 いやそんなはずはねえんだ。だから相棒にも直接尋ねたことはなかったんだがな。
 でもなあ、こんなところで埃を被ってると、ついつい『やっぱりそうだったんじゃないか』って思ったりもするわけさ。
 なにせ、あんなことになる前の相棒は本当にいい奴だったし、一途に嬢ちゃんにほれ込んでたからね。
 そんなこと考えてるところにお前さんたちが来たんだ。これは聞いてみねえといけねえなと、こう思ってな。
 で、どうだね、兄ちゃん、姉ちゃん。あんたたちの思うとおりに答えてくれよ。
 ほう。
 ふんふん。
 そうかそうか。
 なるほど、あんたたちの考えはよく分かったよ。
 いやいいんだ弁解しなくても。俺も本当はそう思ってたんだからさ。
 今日は本当にありがとうよ。また気が向いたら続きも話してやらんでもないぜ。
 本当かって。さあ、分からんね。何しろ俺は見ての通りオンボロだから、話の内容忘れちまうかもしれんねえ。
 無責任? 知らねえよ馬鹿野郎。
 まあいいや。そんじゃ、またその内会いに来てくれや。
 ああちょっと待て。最後に、もう一つだけ聞いておきたいことがあったんだ。
 どうやら相棒の念願は叶って、メイジのいない、魔法が存在しない世界ってやつがやってきてるようだが。
 その世界は、魔法があった頃の世界よりも楽しいかい?」

 男は答えた。

201 名前:205[sage] 投稿日:2006/11/25(土) 02:49:06 ID:0nmWgt15

以上、終了です。グダグダだぜチクショウ!
なんか続きがありそうな雰囲気ですが俺の脳内にしかないです。
続きを書くつもりは今のところありませんのでこれはこれで完結ということに。

ちなみに全体量80KB.これでもまだ「少女の〜」の半分もいってません。
個人的にはあっちよりも余程長く書いてた気がするんですが、うーむ。
やっぱ苦手なジャンルは書いちゃいかんっつーことですかね。いや書くのは楽しかったですけどね
具体的にはシエスタ殺すシーンとかシエスタ潰すシーンとかシエスタ転がすシーンとか。
……いやシエスタは好きですよ? ふたなりのシエスタがルイズを犯すSS書きたいと思ってるぐらいに。

とまあグダグダなまま終了。正直な感想を頂けると個人的にとても嬉しいです。ではまた次回。


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Last-modified: 2008-11-10 (月) 22:57:05 (5635d)

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