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Last-modified: 2011-04-30 (土) 10:44:28 (4743d)

エレオノールは、才人に付いて助手を始めて気付いたのが、この平民は、他にも訓練や仕事を抱えまくっていると云う事だ
正直、アカデミーで研究してた自分よりも働いている
研究職ですら、もうちょい余裕がある
だが、この平民は稽古なら極限迄やり、図面も合間に大量に書きまくっており、コルベールやギーシュが、図面を基に配管の錬金を始め、研究室は配管置き場になり、隙間が無くなってきている
エレオノール自身は銅精錬の練習を命じられ、日々純度を上げるべく、単調に錬金を繰り返している
はっきり言って、苦痛極まりない
ドットに全く及ばないと切り捨てられ、しかも事実だからだ
「平民」
「何だ?」
才人は図面を書きながら答える
「何で、そんなに仕事抱えてんのよ?」
「あぁ、世話になった相手だし、使い魔の仕事もあっからな」
「ルイズを守る仕事?」
「そうだよ。究極的には、ゼロ機関の仕事も、使い魔としての仕事に合致する。一応全部ケリつけないと、次のステップに進めないからな」
カチカチ、シャッシャッ
ドラフターが動き、ペンが走る
「次?」
「あぁ。此処で俺が種を蒔く。果実を上手く収穫する方法迄は伝授する。その後はトリステイン次第だ。そうすりゃ、俺は安心して行ける」
「出て行く積もり?」
「あぁ。今有る依頼と約束全部片付けたら、俺は帰る路を探す旅に出る。その為の新型空船だ」
「ふうん。ルイズが平民の事、どう思ってるのか知ってるの?ヴァリエールとしては許し難いけど、気持ちだけは自由なのよ?」
「さあな。その時は、姉に任せるさ。俺は、所詮異物だよ」
知らないか、知ってて敢えて無視してるか、とぼけた口調にエレオノールは判断がつかない
更にエレオノールは食い下がる。一応可愛い妹の為である
「使い魔の仕事は、生涯主人を守る事よ?」
「俺の人生は、ルイズに会う前から、他の人間のモノだ。俺は通りすがりの旅人だよ」
決意が少しも揺らがない様に、溜め息を付く
「平民には恋人が居るんだ?」
「ノーコメントって、事にしといてくれ。あんまり騒がれると困る」
「どういう事よ?」
「……俺の周りに何人居るか知ってるか?」
頻繁に顔を出す相手は覚えたエレオノール
「ルイズ以外に、メイド含めて4人?」
「…まだ居る」
「この、最低男」
「その通りだよ。俺は最低さ」
「はぁ、何でこんな最低の平民の助手なんかやらないといけないのよ?何時も何時も単調な錬金ばかり。参ってしまうわ」
「じゃあ、解雇すっから帰って良いぞ?」
「愚痴位言わせなさい。平民の部下なんて屈辱、陛下の命令じゃないなら、蹴ってたわよ」
「あっそ。だから、帰って構わないって言ってるだろ?」
「此処で帰ると、ヴァリエールと私の経歴に傷が付くのよ?無理に決まってるでしょ?」
「嫌々やってたら効率落ちるし、足手まといなんだよ。だから帰れって、言ってるんだが?」
「…平民。私に更に屈辱を味あわせる積もり?」
「知らんよそんなもん。勝手に誇りだなんだ言ってて、仕事も愚痴ばっかで、数日経っても未だに合格品を出せない落ちこぼれなんざに同情する程、俺は仕事に甘く無いんでね」
うぐっと、声を詰まらせるエレオノール
仕事に関しては、この平民は本当に容赦が無い
コルベールにも言われたのだ
『仕事中の才人君は鬼だ。ミスヴァリエールが何れだけアカデミーで実績を出したか知らないが、才人君は不合格なら、ずっと不合格を出し続けるだろう』
『才人君はあれでも相当我慢している。多分、君がルイズ君の姉だからだ。才人君なりに、一応貴族の名誉に配慮してるのだよ』
『他の人間なら、2日目で解雇通知を出して蹴り出してる筈だ。才人君は、仕事に対しては、非情だ。何時もの才人君を知ってると、落差に戸惑う事になるだろうね』
『実際に、ルイズ君は仕事中の才人君に近付かなくなった。君には逆に、何時もの才人君と接して欲しいと思うよ』
『その、何時もの平民って、どんな感じよ?』
エレオノールは溜め息を付きつつ、才人の製図を見守る
エレオノールが見てる才人は、仕事中の才人しか無いのだ
妹の言う、優しい笑顔の才人を、一度も見ていないのである
『何処でなら、見られるのかしらね……馬鹿じゃない?私にはバーガンディ伯爵が居るのに、こんな平民の仕草なんか、気にする必要無いじゃない』
『まぁ、仕事中の背中は……認めなくもないわね。正直、こんな背中見た事無い。ルイズは、背中がカッコイイって言ってたっけ。道具を扱う様も綺麗。機能美って、こう言う事言うのね。貴族じゃマントに隠れて、背中をきちんと見た事無いものね』
『強さは……規格外。母様や父様と戦っても勝てそう。二人共軍人だったし、今でも本当に強いし』
『そしてツェルプストーとも仲が良く、ヴァリエールの縁者であるって、私達の代でも取り合いしろとの神と始祖のお告げですか?しかも平民よ?今の所、ヴァリエールが全敗なのに……』
はぁっと溜め息を付いて、配管群に腰を降ろし、膝の上に肘を立て、両手で顎を支えて才人の背中を見守る
既に、本日分の魔力は使い果たしている
すると、才人から声がかかる
「ふぅ、とりあえずボイラー周りと機関はある程度出来た。此方来て座れ。使い方を教える」
「……あ、はい」
エレオノールが立ち上がり、才人がドラフターからどき、エレオノールが座る
才人はエレオノールの左手を掴み、ドラフターに触らせる
「良いか、こうやって動かすと、バネでリンクが固定されるから、その場に置ける。このスイッチを押すと、定規の角度が変わるんだ。解るな?」
才人に左手を添えられ、顔が横に間近に迫り、思わずエレオノールは赤面する
「ち、近いわよ?」
「何下らねぇ事言ってんだ?初めての道具に集中しろ」
「う……はい」
才人にレクチャーを受け、そのまま罫線のやり方を教わり、右手で等間隔で線を引いていく
そのままコンパスを教わり、コンパスを利用した分角、等分ピッチのやり方を教わり、けがく
「ほぅ…正確だな。素質あるぞ?」
「…本当?」
「ああ、本当だ。このまま基礎を教える。頑張って覚えてくれ」
才人がエレオノールに微笑む
エレオノールは、初めて見る才人の微笑みにどきりとする
「さ、さっき迄と、態度違うじゃない?」
「俺は認める所は認める主義。褒める所が有れば、沢山褒めるぞ?」
才人がエレオノールの頭をくしゃりと撫でると、エレオノールはびっくりする
「なっ!?貴族の子女に、何してんのよ?」
「ん?嫌か?」
エレオノールの剣幕を無視して撫でる才人
エレオノールは段々自分自身の剣幕が馬鹿らしくなり、やるに任せる
『この平民には、何言っても無駄ね。自分のペースでしか動いてないわ。にしても、何か気持ち良い』
エレオノールはルイズと違い、あまりスキンシップをとってない
長女として、模範を叩き込まれたからである
物心付く頃に産まれたカトレアが病弱だった為、更に疎遠になってしまった
才人の距離間に過敏に反応してしまう
学院に来てから、振り回されっぱなしである
素直に上司として認めてしまえば本当に楽なのは解るのだが、誇りが邪魔をする
そして、こんな境遇に追い込まれた自身を呪い半分、どんな事になるか面白半分で見る様になる

*  *  *
才人達がボイラーを組む為に、着々と配管を用意してると、夏休みに入った
休みの期間は2ヶ月
だが、ゼロ機関には休みは無い
ルイズは才人の仕事の邪魔にならない様に、仕事中は決して近寄らず、モンモランシーに手編みのレクチャーを受けながら、必死に編み物を編んでいると、一通の手紙が届いた
『女官ヴァリエール、トリスタニアにて、平民に混じり、王政の風評を調査すべし』
「何これ?あたしとサイトは別々の任務じゃない?」
「どうしたのよ?ルイズ」
「仕事が出来た。サイトに声を掛けて来る」
使い魔と一緒に居られる時間は寝る時間だけであり、其すらこの任務で無くなりそうだ
ルイズに取っては、大問題である
ルイズが研究室に向かい、扉を開けるとコルベールとギーシュが石炭からガソリンを錬金をしている最中、才人がエレオノールに付きっきりで、ドラフターで製図を教え、エレオノールが真剣に図面を引いている
「お、そうそう。本当に上達早いな」
「ふん、平民の下手くそな手書き絵図、何とかしなさいよ?解析すんのに、時間掛かるわよ?」
「ワザとだ、ワザと」
「嘘付きなさい。文字汚いじゃない」
二人してぷっと笑う
大分打ち解けて来た様だ
『むぅ。姉さまと仲良くなるのは良いけど、何か嫌なのは何でだろ?』
年齢が近い二人の姿は、ルイズには眩しく見える
そんな中、ルイズは才人に声を掛ける
「ねぇ、サイト」
「お、何だルイズ?」
ルイズに振り向いた瞬間に、柔和な表情を浮かべる才人
エレオノールはハッとする
『私にそんな表情、見せてない。此が優しい平民?』
「これ、読んで」
「あぁ………単独任務か?」
「サイトに付いて来て欲しい」
「ちょっと、無理だな。此から、グラモンに向かわないとならん」
「グラモンに?何で?」
「ギーシュの所は武門だろ?製鉄から大砲や時計製作もやってんだと。グラモンの職人借りに行くんだよ。そしたら次は、モンモランシに行かないとなんねぇ」
「……ヴァリエールじゃ、駄目なの?」
「う〜ん。ヴァリエールは、今でも充分に権勢誇ってるんだろ?」
「うん」
「ギーシュに頼まれてんだよ。領内の立て直し。俺が出来る所なら、今回は姫様の名前使えるし、職人雇えばその分グラモンの税収になるだろ?」
「……ヴァリエールは、どうでも良いの?」
ルイズに視線を合わせる為にしゃがみ、才人はルイズを説得する
「そんな事無いぞ、ルイズ。グラモンからヴァリエールに発注が掛かるかも知れない。他の領内が立て直しが出来ると、経済全体の底上げになる可能性が高いんだ」
「……そうなの?」
「あぁ。だから悪いけど、一人で頑張れるか?」
ルイズを抱き寄せ、頭を撫でる
「サイトが居ないの…ヤだ」
「任務だろ?俺もそうだ」
「……うん」
「大丈夫、ルイズなら出来る。姫様もルイズだから、お願いしてるんだ。解るな?」
「…うん」
「大丈夫、ルイズならやれる。俺の可愛いご主人様。立派に任務を果たして、俺に武勇伝を聞かせてくれ」
「うん。頑張って来る」
明るくなったルイズが、そのまま飛び出して行く
「馬鹿犬!!絶対凄い話作って来るんだからね!!楽しみにしてなさい!!」
「おぅ、楽しみにしてるわ」
ルイズに手を振り、見送る
エレオノールはそんな二人のやり取りを見て、モヤモヤしたものを感じる
「ねぇ、平民」
「何だ?」
「何で私には、ああいう態度で接しないのよ?」
「子供扱いされたいのか?」
言われて、むむむと唸るエレオノール
「そ、そうよね。ルイズは、まだまだ子供だから……」
才人はそんなエレオノールを見てふっと笑い、ふわりとエレオノールを抱き締め、頭を撫でる
不意打ちになったエレオノールは、真っ赤になり硬直してしまう
「なっなっなっ!?」
「はい、終わり」
離した後は、才人がニヤリと笑い、ギーシュ達に声を掛ける
「さてと、燃料を零戦に入れたら行こうか。タバサ呼んで来るよ」
才人はすたすた歩き去り、三人が残ると、ギーシュがガソリンをレビテーションで無言で運び、コルベールがエレオノールに話しかけた
「此が何時もの才人君だよ。どんな感じかね?」
「……何なの、あれ?」
「さぁ?」
そう言うと、コルベールもレビテーションで運び出した

*  *  *
ルイズは平民に混じる為、徒歩と乗り合い馬車を利用してトリスタニアに向かい、シエスタは才人が帰りにタルブの寄るのをきちんと約束させてから、タルブに帰省する
グラモンに出発するメンバーは、才人,コルベール,エレオノール,ギーシュ,タバサ,キュルケ,モンモランシーである
タバサとキュルケは、国境越えが面倒と、学院残留組であり
ギーシュとモンモランシーも同様だったのだが、才人が学院内で仕事を始めてしまった為、興味津々で手伝う積もりでもある
特に精錬をきちんと練習してたギーシュの存在は、才人のボイラー製作に欠かせないものになった
エレオノールは竜籠を使おうと提案したのだが、才人が却下し、増設した零戦の後部座席に詰め込んだ
とにかく、移動にもスピード重視で行く積もりである
後のメンバーは、シルフィードに乗って移動である
複数の竜に荷物を吊って、同調させて使う竜籠より、単騎の竜の方が速度が速いのだ
夏だし涼しいと言う理由もある
最も、巡航200リーグを越える風は非常に痛い
タバサとコルベールがエアシールドを弱くかけて、そよ風程度になるようにしている

座席に放り込まれたエレオノールは、見たことない代物に焦る
「ちょちょちょっと、平民。何これ?」
「零戦だよ。ずっと、研究室前に止まってたろ?」
「玩具じゃなかったの?」
「玩具だよ。人殺しのな。良いからシートベルト締めろ」
才人がそう言って、エレオノールにジャケットを着せ、席のベルトをカチリと締める
「きつかったり、緩かったりしないか?」
「ん、大丈夫」
そうすると、才人はマフラーをふわりとエレオノールに巻き付ける
「ちょっと平民、暑い」
「空は寒いから我慢しろ。杖は緊急脱出時に必要だ。きちんと抜ける様にしてくれ」
「ん、解った」
「コルベール先生、回して下さい」
「了解」
才人がゴーグルとグローブをし、零戦が起動すると一気に離陸
その後をシルフィードが離陸し、零戦に先行して空の道案内をする
一路、一機と一騎でグラモン伯領を目指す
エレオノールは、玩具が飛ぶ事に仰天する
「な、何これ?何でこんなに速く飛ぶの?」
「科学だよ。俺達がやってるのは、こういうのを作る事」
「…材料の質に煩いのは、強度が要るから?」
「そうだよ。納得したか?」
「……しました」
「ちなみに、今は最高速の半分な」
「まだ、スピード出るの?」
「そうだよ」
「……」
エレオノールは唖然として、声が出ない
『うう、まさかこんなの作るだなんて、思いもしなかったわ。この平民、トリステインを、いえ、ハルケギニアをひっくり返す気?』
自分が加担してる代物が、前代未聞の代物だと言う事に驚き、其を実行しようとする女王と、実際に行動してる才人とコルベールに戦慄する
同時に、ワクワクもしてくる
『この平民に付いて行くと、今までとは違う風景が見れるかも知れない。まるで夢の宝箱みたい。何でルイズがあんなに甘えまくってるのか、解っちゃった』
『でも、私にはバーガンディ伯爵が居るのよ?こんな平民なんざ、道端の石ころなんだから、一々意識しないの!!』
「暫くシートベルト外して構わないぞ」
「え、えぇ」
才人に声をかけられ、シートベルトを外す
「ねぇ、この服、何?」
「ライディングジャケット」
「何で私に着せたの?」
「女のコは冷え性だろ?暖かくしないと駄目だ」
そっけない態度に、気遣いが籠っている
エレオノールには、良くも悪くも声をかける男性は居なかった
婚約してた貴族の男性達は、皆気性の烈しさに辟易し、あっさり婚約解消していった
貴族としては扱って貰えないが、女性としては扱って貰える
エレオノールの心中は複雑だ
『本当に規格外。理解も出来ない。一体何なの?この男』
すると、剣がカタカタ動き、話しだした
「相棒」
「何だ?デルフ」
「インテリジェンスソード!?」
「おう、嬢ちゃんの姉ちゃんか?宜しくな。俺っちは、デルフリンガー様だ」
「自分で様付けるだなんて、随分高ビーな剣ね」
すると、才人が笑いだす

「クックックック。エレオノールさんと一緒じゃねぇか」
「な、何よ?」
何時もの反発が無くなったので、才人が尋ねる
「おんや?名前言われても、嫌じゃないのか?」
「一々ミスヴァリエールじゃ、ルイズと区別付かないでしょ?もう良いわよ」
「そっか。で、何か気になる事でもあんのか?デルフ」
「いやぁ、相棒何人口説く積もりよ?俺っちは見てて面白いけど、修羅場が凄そうだねぇ」
デルフがカタカタ笑い、エレオノールがカッとする
「な、何言ってるのよ?このぼろ剣。平民、何とか黙らせなさい!?」
「自分でやってくれ。俺は操縦中」
デルフとエレオノールがぎゃあぎゃあやりだし、才人は笑いながらシルフィードに追随するべく、操舵する
空の上は平和だ

*  *  *
ギーシュの先導でグラモン伯の邸宅前にシルフィードは着陸し、才人は適当な場所を見繕って着陸する
トリステインの最西端に位置するド=グラモン伯領
海岸に面し、漁業と農業、製鉄と武具製作、造船の産地である
空船の一大産地はラ=ロシェールであり、他の領内でも個別に製作されているが、ド=グラモンは水上船が主である
風石が領内で賄えない為、高く付くのであまりやらないのだ
領内には、ラグドリアン湖を水源とする川が、ド=モンモランシ領を経由して海に流れている
当然増水の被害にあってるのだが、持ち前の脳天気で気にしていない
領内には、かつてタングルテールと言う村を新教徒用に入植したのだが、20年前に疫病が元で壊滅しており、再入植は行われていない
それらの影響か、そもそもの戦争の度に行われる放漫経営のツケか、産業は有るにも関わらず、いまいちパッとしない伯爵領である
そんな中、才人達一行は、まだ真新しい屋敷に足を踏み入れる
「へぇ、此がギーシュの家か」
「そうだよ。結構良いだろ?」
「いやぁ、俺んちよりずっとデかいわ」
「ふん、ヴァリエールに比べたらちっぽけじゃない」
「私の場合は研究室が寝所だから、一番小さい事になるな」
「ああら、ツェルプストーも大きいわよ?」
「アンタは黙ってなさい、ツェルプストー」
「何よ?一々つっかからないで貰えない?」
「何ですって?」
エレオノールの目が吊り上がり、キュルケも髪が魔力で逆立って行く
「大体何時までダーリンの服着てるのよ?アンタ何様?」
「な、此は平民が私の事を気遣って着せてくれたのよ。ヴァリエールは扱いが別格が当然じゃない」
二人して睨み合うと、才人が間に割って入る
「はい、其処まで。キュルケもエレオノールさんも喧嘩しない。俺達は仕事。キュルケは協力者。解ったら返事」
「…解ったわよ、平民」
「ダーリンのお願いじゃ、仕方ないわ」
二人共引き下がる
庭から邸内に入ると、執事と召し使いが揃って挨拶をする
「お帰りなさいませ、ギーシュ様。いらっしゃいませ、お客様」
「只今。父上と兄上は?」
「大旦那様は旦那様と共に、現在踊り子達の観覧に行っております」
「其って……」
「はい、勿論あちら方面です」
「ったく、あの糞親父共。義姉上は?」
「何時もの事と、気にしておられぬご様子」
「……本当に出来た嫁さんだよ。小さい甥っ子の顔でも見るかなぁ。其と父上と兄上に、女王陛下の使者が来たと、誰か伝えてくれないか?」
「後、皆に昼餐を提供して欲しい。其と、平民だからと言って、才人を別にしない様に。才人が女王陛下の使者筆頭だ」
「かしこまりました。では、お客様方、此方に」

*  *  *
結局屋敷の主人達が帰宅したのは夜であり
才人達は待ち惚けを食らわされた
「旦那様方のお帰り〜〜!!」
竜籠で帰宅した二人は、踊り子達の話題で盛り上がっている
「父上の相手したあの栗色の娘、中々良かったですな。ちきしょう、良い所持っていきやがって」
「ふん、老い先短い年寄りに良いもん寄越せ」

「この糞爺。俺の彼女にそう言って手を出そうとしたの、忘れてねぇぞ!!」
「ふん、儂の息子なら杖で防がんかい、杖で」
エントランスを大声で下品な話題で歩く二人にワルキューレが現れ、盛大な突っ込みが入った
ボグッ!!
見事な放物線を描いて吹き飛ぶ二人
ダダァン!!
床に叩き付けられるが、二人共むくりと起き出し、当たり前の様に声をかける
「帰ったか、ギーシュ」
「息子や、お前の挨拶は相変わらずキッツイのぉ」
二人共杖を手にしており、何事も無かった様に話しかける
控えた執事達は眉すら動かさない、グラモン家の日常である
そんな二人を前に、ワナワナしながら仁王立ちになるギーシュ
「二人共しゃんとしてくれよ!!僕が恥ずかしいじゃないか!!」
「何を言ってるんだ、ギーシュ?人生を楽しむ事の何が悪い?人生とは、酒と女と伊達と粋狂だ。陛下への忠誠と戦争は、午後のお茶って所だろ?」
ギーシュの一番上の兄であるジョルジュが、しれっと答える
「ちょっと黙れ、この糞兄貴!!」
一応軍人の修練として、格闘技も仕込まれてるギーシュ
ちなみに成績は兄達と違い、落第だ
ハイキックをジョルジュに決め、ジョルジュは見事にKOされる
普段はさっぱりなのだが、どうやら家族限定で切れ味が増すらしい
そんな様を見ながら、モンモランシーはクスクス笑う
「相変わらずねぇ、ギーシュの家族は」
「なんつうか、馬鹿の一族?」
一目みたキュルケが呆れた様に言い、タバサが無言で頷く
「ウチとは大違いね」
エレオノールが言い、才人は笑いを堪えるのに必死だ
「クックックック、駄目だ、腹痛ぇ」

*  *  *
とりあえず威厳を整えた二人が、才人達ゼロ機関の人間を書斎に通す
だが、入る前にエレオノールは才人を壁に押し付け、声を潜めて話しかけた
当然身体は触れている
そんな様を、コルベールは注意深く見守る
「平民は黙ってなさい。私がやるわ。貴族相手の折衝は、平民じゃ駄目ね」
「あららん、随分と積極的」
「ふん、私は職務に忠実よ。馬鹿にしないで頂戴」
「期待してるよ」
身体を自ら触れた事に赤面しながら、エレオノールが先頭切って入室し、名乗る

「ド=グラモン伯爵。お目にかかれて光栄です。私達は女王陛下のゼロ機関。私はゼロ機関所長秘書、エレオノール=アルベルティーヌ=ル=ブラン=ド=ラ=ブロワ=ド=ラ=ヴァリエール。女王陛下の命令により、グラモン伯の時計職人と鍛冶職人。それに製鉄の提供を賜りたく参りました」
「ほぅほぅ。ヴァリエールの御令嬢か。奴は息災かね?」
「はい、父は陛下の御威光のお陰で、健勝であります」
「いや、実に美しいな。母譲りで実に良い。どうじゃね?儂の後妻にならんか?」
すっとぼけた返答で、ぷるぷる震え始めるエレオノール。そんな様を見、才人は冷や汗を足らし始める
『暴発しそうだな、おい』
「私には婚約者がおりますので……」
「何と?それはイカン。直ぐにその何処の馬の骨か知らぬが、解消させよう。ならば問題あるまい」
「あの……ですから、先程の返事を……」
「なあに、奴との仲じゃ、この位平気じゃろう。では祝言の日付を決めねばな」
そう言って、グラモン伯は立ち上がり、エレオノールの前に進み、手を握る
流石に目上であり、ヴァリエールと同じ位格式高い伯爵である
何時もの様には出れず、エレオノールに悪寒が走り、思わず悲鳴をあげそうになると、グラモン伯が殴り飛ばされた
ドカッ!!
そして、エレオノールは別の男の胸にポフッと抱かれる
才人にはそんな事は関係無い、其がエレオノールの硬直を救った
正に異邦人だからこそ、取れる行動である
「大丈夫か?」
エレオノールはコクリと頷き、暫く身体を震わせる
「こっから先は、俺がやるわ」
才人がエレオノールを背後に回し、殴り付けたグラモン伯を睨む
エレオノールは、すっかり大人しくなってしまう
格が同等以上で、強く出れないのだ
オマケにとぼけてる為、完全に空回りがオチになる
「……平民、中々の拳じゃな」
血をペッと吐き、睨み付けるグラモン伯、余裕の表情である。ジョルジュも特に反応していない
普通はそのまま破綻してもおかしくないのだが、肝が座った伯爵家の当主達には、気にならないらしい
やはり、武門の名門は伊達では無い
「やっぱり、とぼけてただけか。俺の秘書に手を出すな。跡取り居るんだから、今人生終わらせても、悔いはあるまい」
『俺の……秘書!?』
思わずドキリとするエレオノール
平民が認めてくれた
エレオノールには初めての感慨である
「ふん……平民が所長の機関か。面白い。お若い陛下をどうやってたぶらかした?」
すると、才人がジョーク混じりで語る
「大人の玩具で」
「何と!?あのすけべな玩具でか!?」
思わず乗り出す二人に、才人はカクンと崩れる
自分で振ったが、食い付くとは思わなかったのだ
「カトリーヌが何で恥ずかしいって言ってたか、良く解るわ」
才人が苦笑しながらキーワードを呟いた途端、二人して杖を抜く
「二人共、この平民残して退出しろ」
「な、杖で脅すのはやり過ぎです!!」
エレオノールが抗議をすると、コルベールが首を振り、退出するのを促す
「大丈夫だ、才人君には考えがある様だ。其に才人君も左手を刀に添えている。詠唱より斬撃のが速い。心配するな」
「ですが、ミスタ」
「大丈夫大丈夫、俺っちも付いてる。姉ちゃんの所長は、俺っちが守るから心配すんな」デルフにも諭され、促されて退出する二人
パタン
二人が退出すると、ジョルジュがサイレンスとロックをかける

「さてと、ようやく本当の話が出来る様じゃな、まぁ座れ」
「はい」
グラモン伯に言われ、ソファーに座ると、二人が対面に座る
「杖で脅したのは謝罪しよう。ああせねば、カトリーヌの存在を周知させねばならなくなるでな」
「こちらも失礼しました。ですがまぁ、カトリーヌを女のコとして育てなかった件で、チャラで」
「ハッハッハッハ、そうかそうか。殴られておいてやる」
グラモン伯は愉快そうに笑い、不問にする
「どうも。本当に大事になされてるんですね」
「全くだ。俺達兄弟全員びっくりしたよ。手紙で『平民に惚れた。この男のモノになったから、後宜しく』って言って来たからな」
ジョルジュがその時の事を思い出し、笑っている
「で、カトリーヌの味はどうだった?」
グラモン伯が聞き、才人が苦笑しながら答える
「ったく、ジェラールといい、あんた達はそれしか無いのかよ?」
「何だ?ジェラールにも会ったのか?」
ジョルジュが驚きつつ確認する
魔法衛士隊隊長に会うのは、通常至難である
「あぁ、この前アルビオン相手に共同戦線張ったよ」
「ほぅ、どうやら本物か」
グラモン伯が髭を撫でながら感心する
「ジェラールは俺達兄弟で一番の出世頭だからな。伯爵家継いだ俺には少々羨ましいぞ」
「随分好き放題やってるみたいだけど?」

才人が指摘すると、ジョルジュは大袈裟な身振りで主張を始める
「何を言う。女は全て素晴らしい。そう思わないか?弟よ」
「確かに」
才人は苦笑する
「で、申し訳ないんだけど、ゼロ機関の件だけど」
「好きにしろ」
グラモン伯の即答に、才人は反応が遅れる
「……は?」
「陛下の命令なのじゃろう?」
「えぇ、まあ」
「カトリーヌの惚れた男が持って来た話、断る理由が無い」
グラモン伯は明快に言い放つ
「……あの、其処まで盲信されても」
「信じてるのは貴様じゃない、カトリーヌだ」
「……大変失礼しました」
思わず才人は頭を下げる
「……カトリーヌを裏切るなよ?あれは儂の最高の生き甲斐だ。もしそんな事になれば、貴様が陛下に幾ら与しようとも、全てのグラモンは貴様に杖を向けよう。覚えておけ」
歴戦の軍人の気配を叩き出した二人に、才人は肝を冷やす
才人は戦いを切り抜けたと言っても素人だ
その気配には息を飲む
「肝に命じます」
「ああ、それと」
「はい?」
「両親は何処に居る?」
「遠い遠い所ですよ。使い魔召喚で呼ばれて、帰る所は有りません」
「……そうか、済まなかったな。出来れば挨拶をと、思ったのじゃが」
グラモン伯に言われ、才人は恐縮する
「いつか、帰れる路が見つかった時にでも、お願いします」
そういうと立ち上がり、会釈して去ろうとすると、ジョルジュがアンロックし、才人が立ち去る
「ジョルジュ、晩餐のホストを頼む」
「了解です、父上」
パタム
ジョルジュが去り、グラモン伯が一人残される
「全く、挨拶したかったぞ………」
最後の声は誰にも聞こえない

ガチャ、パタム
「……平民。大丈夫だった?」
才人が扉から出ると、廊下で待ってたエレオノールが、心配そうに声をかける
中で吊されたと思ったのである
平民相手の場合、文字通り手討ちにしてもおかしくない
其が貴族社会であり、エレオノールが初対面の才人に手討ち対応したのは、驚きでも何でもない事実である
そして貴族の子弟だからこそ、学生は止めなかったのだ
いっぱしの貴族に、学生風情では口出し出来ないのである
只、才人が強かったから跳ね除けただけであり、普通は死んでいる
そして貴族に取って、強さは敬意と思慕の対象だ
子孫が受け継げば、家の繁栄と存続が約束される
エレオノールは、貴族の中の貴族たるヴァリエールであり、強烈に刷り込まれている
カトレアと言った、甘える相手が居たルイズとは違って、カトレアを支える立場だったのだ
才人の様に守ってくれた男なぞ、父以外に居なかったのである
婚約者は口ばかりであり、さっさと逃げ出すのが通例だった
「あぁ、大丈夫大丈夫。きちんと承諾して貰ったよ」
エレオノールはホッとすると同時に、お礼を言おうとして、詰まる
「あ・あ・あ・あの・その、さっきは、その」
もじもじするエレオノールに、ぽんと肩に手を乗っけて才人は微笑む
「平民に礼を言うなんざ、ヴァリエールじゃ珍しいんだろ?無理すんな」
ガチャリ
出てきたジョルジュがそんな様を見て、ピューと口笛を鳴らす
「いやぁ、貴様も足らしだな。兄弟」
そう言って、笑いながら通過する
エレオノールには何で言われるのか、さっぱり解らなかった

*  *  *


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Last-modified: 2011-04-30 (土) 10:44:28 (4743d)

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