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Last-modified: 2012-04-10 (火) 01:07:01 (4392d)
話は、マリコルヌが配属された同時期に遡る
ギーシュ=ド=グラモン(本名カトリーヌ=シャルロット)が配属された部隊は、深刻な士官不足に陥っていた
配属されるなり、ド・ヴィヌイーユ独立銃歩兵大隊第2鉄砲中隊指揮官に任命されてしまったのだ
せめて、初陣はもうちょい気楽なポジションが良かったと、自らの運の無さを嘆いている
「どうしてこうなった?僕、士官候補生なのに……おまけに銃兵の教育受けて無いよ。エリック教官〜〜、中途半端な教育恨んでいいっすかぁ?」
練兵場の隅っこで、しゃがみこんで地面をグリグリしながら一人ぶちぶち愚痴ってるギーシュ
そんなギーシュの側に下士官が寄って話しかけて来た
「隊長殿、そんな顔すると士気に影響しますぜ」
「ニコラか。だってさ、中途半端な半個中隊で兵は老兵ばっか、おまけに銃はマッチロック(火縄式)じゃないか。こんなに旧式だとは思わなかったよ」
そしたら、ニコラが指をチッチッチッと振りだした
「おやおや、グラモンの嬢ちゃんとは思えない御言葉ですなぁ?」
思わず息が詰まるギーシュ
「何で……?」
「男臭い職場にそんな匂い撒き散らして、バレないと思ってんすか?」
更にギーシュは落ち込む
「僕の男装も地に墜ちたな……」
更にグリグリ地面を弄っている
「いやぁ、好きな人が居るんでしょ?だからバレちゃうんですよ。女は好きな相手が出来ると、匂いが誘いますからなぁ」
「そっか。やっぱり年上にはバレちゃうんだねぇ」
どうにもどんよりしてるギーシュ
どうしたもんかと、ニコラは更に語りかけた
「良いことだと思いますぜ?所で、何故志願してこんな所に?グラモン元帥の名前使えば、安全な指令部付きにでもなれたでしょうに」
ギーシュはグリグリしながら答えた
「それじゃ、僕の功績にならない。才人の隣に並べない。隣の競争は激しいんだ。負けちゃうじゃないか」
「ほほぅ、それが惚れた男ですか」
「うん。タルブの英雄で僕達グラモンの恩人」
「そいつぁ、難儀な男に惚れちゃいましたなぁ。気に入りました。是非とも手柄を立てて、凱旋しましょうや」
ばんばん背中を叩いてニコラがギーシュに気合いを入れる
だが、ギーシュの気分はまだまだどんよりだ
「マッチロックだって、捨てたもんでも無いんですぜ?ご存知無いんで?グラモンなら、一通り教育されて来たんでねぇんですかね?」
「実はサボりまくりの劣等生でね。志願時の教育で予定されてたんだけど、出撃命令出ちゃったせいでお流れになっちゃって」
ニコラが頷いた
「あぁ、成る程ねぇ。ではあっしが教育係になりやしょう。マッチロックとフリントロックの違いは何だと思います?」
「火縄と火打石の違いだろう?」
「正解。で、火縄の欠点は雨に弱いのは分かりますね?」
「うん」
「じゃあ、火打石の欠点は何だと思います?」
そこで詰まってしまったギーシュ
まさか、フリントロックに弱点が有るとは思わなかったのだ
「…何だろ?」
「不発率の高さです。実は、作動の確実性に於いては、マッチロックの方が高いんですよ」
「えぇ!?知らなかった」
ギーシュが本気で驚いている
「でしょう?ですから、より良い火打石の採用に、各国鎬を削ってるんですわ」
「お、驚いた」
「ま、裏技で黄燐塗ったりしますがね。そうすりゃ黄燐が摩擦で発火しますんで、確実に撃てますが。一回一回塗るのは面倒極まるから、雨の日以外はやりませんな。それに黄燐は吸いすぎると気持ち悪くなるから、本当に点火しない時の最後の手段でさ」
「へぇへぇへぇ」
思わず手を地面にばんばん叩いてギーシュは感心している
「ニコラは物識りだねぇ」
「傭兵稼業も長いですからなぁ」
そう言ってニコラはニヤリとしている
「さぁ、序でに銃の撃ち方訓練致しましょうや。そうすりゃ、ちったぁ気が晴れますぜ」
「ん〜そうだね。丁度良い訓練と思えばいっかぁ」
ギーシュはそう言って、立ち上がってぱっぱっと尻に付いた埃を払った
「良いケツしてますなぁ」
思わずうんうん頷いてるニコラに、にこりとしてギーシュは言ったのだ
「あ、僕に手を出そうとしたら、名誉の戦死を今するからね」
「いやいや、絶対にしませんぜ。グラモンは敵にしたく無いんでね」
そう言って、ニコラはギーシュの理解者として、あれこれ世話を焼いてくれる事になり、ギーシュは下士官に恵まれる幸運を得たのである
* * *
そんなギーシュ達の連隊の所に新型銃が届いた
その銃にはゼロの意匠が刻まれており、短銃と長銃が一人一丁ずつだ
「ド・ヴィヌイーユ独立銃歩兵大隊に補給だ。傭兵が含まれていると言えども、女王陛下からの貸与だ。有り難く受け取る様に」
そう言って補給部隊の隊長が大量の銃を持って来たのだ
「各中隊長以上は前に」
「はっ」
ギーシュ含めた中隊長達が前に出る
すると、同じ仕様なのだが、何故か区分けされた銃が、中隊指揮官に配られたのである
「あの、同じ銃だと思うんですが?」
若さでギーシュが質問すると、補給隊が答えた
「調整を入れたスミスが違う。指揮官用は命中精度が他の奴より高い銃だ。これで指揮官自身の身を守って欲しいと、開発者からの言伝てである」
「有り難く拝領致します」
全員が敬礼し、銃を受け取ったのだ
そして皆が新型銃を見て頭を捻っている
銃口を覗くと溝が掘ってあり、銃口自体が小さい
「……何だこれ?」
ニコラ迄怪訝な顔をしてたのだが、マニュアルが付いてたので、開いて読んでみた
01式並びに02式銃は従来型マスケット銃と使い方は一緒で、擲弾の使用と銃剣がオプションで付属されている
火打石を更なる発火しやすい配合を行い、更なる確実性に富んだ仕様になっている
詳しくは図解を参照の事
これで少しでも兵士の命が守られる事を願って
尚、指揮官用銃は私自身で調整し、命中精度を上げている。狙われ易い指揮官の命が守られる様、祈願するものである
ゼロ機関所長
文字は別の人間の文字だったが、その名前で一気にギーシュは舞い上がった
「才人だ!才人だよ!ニコラ見てみてこれ!才人が僕にくれたんだ!はははは!やっぱり才人は最高だ!」
そう言ってギーシュは銃身に頬擦りをすりすりし、うっとりし始めた
はっきり言って、中身が女と判っていても非常に気持ち悪い
「……隊長殿。ちょっと気持ち悪いですぜ?」
そう言って、いやぁな顔をするニコラ
「だって、才人の愛が僕に届いたんだよ?僕って、こんなに愛されてるんだぁ」
「……気のせいだと思いますがね」
ニコラの呟きは、ギーシュには聴こえていなかった
うっとりと目を閉じて、銃身に頬擦りするのが忙しかったからだ
うん、そろそろ此方に戻って来て欲しい
ニコラはゲッソリしながら、何とか肩をポンポン叩いて、ギーシュが戻って来る迄、たっぷり5分は掛かったのである
「さてと、仕切り直しになっちまいましたね。弾が小さい」
ニコラがそう言い、ギーシュも頷いた
「うん。で、火薬量も少ない」
「こんなんで威力出るんですかねぇ?」
「皆に試して貰おうよ」
そう言って皆が渡された銃を持って射撃練習場に並び、通常より長い300メイル位置に並ぶ
「本当に射程300も有るんですかね?」
ニコラが怪訝な顔をしながら朔杖を持って火薬を固めて弾を込めようとした所で驚いた
「何だこりゃ?銃口に落ちねぇ」
「えっと、弾が入り難いのは仕様です。朔杖で詰めて下さい。だってさ」
「クロスボウみたいに面倒な銃だな、こりゃ」
だが鉛弾の為且つ、あんまり強く咬ませていない為に、あっさり朔杖で底まで入る
「抵抗は有るけど問題は無しっと。誰か弾が入らねえ奴は居るか?」
何と、一人も手を挙げなかった
才人の徹底した工程管理の賜である
具体的には、銃身と弾丸双方にゲージを作り、規格に合わない部品は容赦なく跳ね、ヤスリ等で修正した後ゲージで合わせ、合格した奴だけ出荷してるのだ
ちなみに削り過ぎても最小ゲージ検査で不合格で、また鋳造品に回される。職人にとって、この不合格が一番屈辱だ
「撃ち方ぁ用意ぃ。てぇぇぇぇ!」
パパパパーン!
結果を見て、一気に周りがどよめいた
「…届いた」「嘘だろ?」「不発チェック!不発した者は?」
また誰も居ない。ニコラの顔が真剣になり始めた
「全員撃たないと分からないな。交代しろ!」
次々に撃ち方をやり、不発率が5%未満を他の部隊含めて叩き出し、ニコラは性能の高さに驚いたのである
しかも不発しても、また引金を引けば直ぐに発射される
基本不発無しと言って良い
「なんつう銃だ。既存のマスケット銃の性能を越えている。すいません、ちょっと隊長の銃を貸して貰えます?」
ギーシュが素直に渡した
やはり、歴戦の人間が判定した方が良いと判断したのだ
ニコラが自身の長銃で狙い、先ずは10発撃った
最初にちょっと外れた分を修正し、狙った的にきちんと当たる
「こいつぁ、マジですげぇ……次は隊長のカスタムを」
また狙い、10発撃ったのである
やはり最初はちょっとずれたが、直ぐに修正し、命中弾は的の中央に完全に集約されたのである
才人のガンダールヴによる試射の繰り返しに、ヤスリとエレオノールの錬金での過少部分の肉盛りで、ばっちり照準を出したのだ
ここら辺は完全にセンスと器用さの為に、誰でも出来るという訳ではない
数がこなせないから、中隊長行きが決められている
「うわ、マジかよ。こんなに狙撃出来る銃なんざ初めてだ」
周りでも、特にカスタムの凄さがざわめくが、今度は貫通力である
兜が用意されて皆が撃ち、命中弾は最大射程で余裕で撃ち抜いたのだ
余りの成果に中隊長達に下士官や兵が詰め寄った
「ちょっとそれ、俺に使わせて下さい!中隊長は使わんでしょ?」
「ばっかもん!コイツは俺んだ!お前達の銃だって充分規格外だろうが!」
しっしっしっしっと銃を抱えて部下達を追い払う
その中に、ギーシュが居たのである
「ちょっと隊長殿。その銃、俺に」
ニコラがそう言い
「あ〜げないよ〜!だから言ったじゃん!僕は才人に愛されてるんだって」
そう言って、射撃して過熱してたにも関わらず銃身に頬擦りをし
「うわちゃあ!」
そう言って、ギーシュは頬を軽く焼き、ニコラはガクンと首を傾けたのである
「どうにもグラモンの血筋は馬鹿が染み付いてんのは、仕様なんですかねぇ?」
その通りだから仕方ない
* * *
射撃場で弾は再回収され、また練習に使おうかとされたが、ライフルの螺旋痕の為にささくれ立ち、またグラモンに回された
替わりの弾丸を要求したら続々と届き、全員新しい玩具に夢中になったのだ
とにかくピカピカに磨くのが流行ったが、銃口内の清掃は手順を守る事が厳命されている
柔らかい真鍮ブラシで、掃除し過ぎ無いように掃除しろと、言われてるのだ
普段の清掃は清掃棒に綿をくくりつけて、煤を拭き取るだけで終わりと厳命されている
だが、当然やっちゃう奴が居て、ギーシュはその一人になっている
「ふんふんふ〜ん」
キュッキュッ
ギーシュが、この前とうってかわって上機嫌だ
何せ、01式並びに02式才人カスタムのお陰で、射撃成績が隊で上位になってしまった
勿論全員01式の命中率が良い為に、この状態を維持するメンテナンスに力が入っている
万年劣等生だったギーシュには、中々胸がすく事象である
「隊長殿。清掃は適宜で、あんまり銃口内は磨くなってマニュアルに書いてたじゃないですか。あの噛み具合が威力と射程の元だから、磨り減らすなって注意書きがでかでかと書いてますぜ。磨り減りは修理が効かないから、基本交換だって」
「あ、しまった。ついつい」
ギーシュがそう言って手を止め、乾拭きで何度も丹念に磨いた銃身にまた頬擦りしている
流石に見馴れたとはいえ、やっぱり気持ち悪い
「何かもうあれですな。銃が恋人になってますなぁ」
「そりゃあね〜。大好きな人からのプレゼントだからね〜」
「いや、だから隊長殿個人にプレゼントした訳じゃ」
だが、ギーシュは全く聞いてない
「…聞いちゃいねぇよ。全く」
はぁ〜〜とニコラは溜め息を付き、どうにかこのお嬢ちゃんを現実に引き戻す為に、これからも苦労する事になる
そして、擲弾の到着と共に、擲弾の射撃訓練も始まり、銃兵の癖に更なる火力を持って、全員が驚いたのである
「うひょ〜!俺達メイジ並の火力じゃね?」
「やべ、アルビオンが気の毒だわ」
「この銃欲しいわぁ。売ってくれねぇかな?」
「ばっかもん!女王陛下の所有物だ!欲しければ更なる量産を待て!まだまだ全然数が無い代物だ。あんまり無茶言うな」
ちなみに才人率いるゼロ機関は弾丸生産を独占すれば良いだけなので、主力製品として輸出も視野に入っていたりする
販売時に旧式銃を持ち込むと値引きするという悪魔の商法で、既にゲルマニア装甲擲弾兵からの値引き型での注文が届いている
そう、新しい銃が敢えて規格を変えて有るのは、戦争のコントロールの為も含まれている
粗悪なハルケギニアでの生産技術では、コピー弾丸の生産すら覚束無い事を知った才人の戦略だ
規格外コピー弾丸では、軽量の為に風等で捲れて当たらない為に今迄と大して変わらないか、詰まって発射が出来なくなるのである
他の国々が気付くのは、マスケット銃として楽に弾丸が製造出来ると勘違いした各国が、国内銃が全て切り替わった後になる
そう、才人の掌は、歓迎と共に浸透していった
戦争のコントロールとは、世界征服を意味している事を、誰も把握していない
* * *
所変わってウィンドボナのゲルマニア皇宮
時期は鉄鉱山攻略戦から二日後だ
「……貸せと言ったから貸したのに、負けて兵を減らしただと?」
アルブレヒトが正面に立っているヒンデンブルグ伯の顔を、冷たい顔で見る
「くっ、奴め、イーヴァルディを味方にしたとか嘯きよった」
「なら、イーヴァルディなのだろうよ。偽名なぞ、いくらでもおるではないか」
「ぐっ……」
ヒンデンブルグ伯の負けだ
何せ、一番偽名を使うのが貴族である
「寧ろ、どう負けたか聞きたいのだが?それでチャラは無理でも、多少は値引きしてやる」
「私は最深部で兵の邪魔にならぬ様にしていただけだ」
ヒンデンブルグ伯の答えは悪くない
知りもしない仕事に口出しして悪化させる人間なんかより、遥かに良い
「……まぁ、無難だな。装甲擲弾兵は人材豊富なゲルマニアと言えども中々適格者が居ない貴重な近衛だ。この貸し、高く付くと思え」
「……解っている」
そう言って、ヒンデンブルグ伯は退出し、替わりに生き残りの装甲擲弾兵が顔を出して来た
「怪我を押して済まぬな。どうにも報告が聞きたくて」
「はっ」
「で、イーヴァルディを名乗った男は?」
「黒髪の見慣れぬ衣装を纏った異国人でした。剣では我々は誰も太刀打ち出来ず、装甲事紙の様に斬り捨てられ、我々の装甲を撃ち抜く銃迄用いました。既存マスケット銃では無理です。正にイーヴァルディかと」
「…その名に偽り無しか」
「はっ」
「休んで良い、下がれ。後で報告書を認めてくれ」
「はっ、失礼致します」
近衛が去った後、ツェルプストー伯からの手紙を見て、暫く考え、その考えに報告書が重なり、アルブレヒトは苦笑を始めた
「あの時の外交手腕の辣腕ぶりが嘘みたいだな、アンリエッタ。随分稚拙なミスをする。こんな所に女官を送り込むなど、我が国の諜報能力を、知らぬ訳ではあるまいに」
そう言って、アルブレヒトは口を歪める
「まぁ良い。ミスには乗じさせて貰おうか」
* * *
アンリエッタはルイズとの会見が終わった後に届いた外交文書を見て、ついつい声を荒らげてしまった
「何ですか、この要求は?ゲルマニアは何もしてないじゃないですか!」
爪を噛んでぶるぶると怒りに身体を震わせており、マザリーニが取りなした
「陛下、落ち着いて下され」
「だって、何で我が国が鹵獲したレキシントンを、ゲルマニアに引き渡ししなければならないんです?あれの為に、何人死んだと思ってるんです?」
「そうですなぁ」
マザリーニは髭を捻って惚けている
「マザリーニ、他人事みたいに言わないで下さい!修復作業も終わらせた。砲だってコピーして生産し直して。全部で幾ら掛かったと思ってるんです?全ては、今回の出兵の為に‥‥」
思わず、ポタポタと涙を流すアンリエッタ
「ですが、内政干渉したのはこちらが先です。明らかにあれは不味い。我々の外交は小国であるからこそ、ミスは許されないのです。国力差的にも譲歩すべきかと存じ上げます」
暗に未熟な学生など使うな馬鹿君主と、マザリーニはアンリエッタを批判している
「もぅ!ルイズのお馬鹿〜〜〜〜〜〜!!」アンリエッタの絶叫が王宮に木霊したのである
こうしてレキシントンは同盟の名の元、実際は脅迫紛いでゲルマニアに引き渡され、ルイズのツケは、非常に高く付いたのである
トリステインの丸損である
アンリエッタは暫く不機嫌であった為に、アニエスの行動を見落としてしまっていた
その時、アニエスは銃士隊と共に国内の陰謀の対処に追われ、アンリエッタの前に姿を表したのは、終息して報告書を携えて来た時になる
* * *
こちらはアルビオンのロンデニウム
こちらはこちらで怒号が鳴り響いていた
「何だと?また封鎖されたと言うのか?」
「は、マンティコア隊が出撃し、ド=ゼッザールとワルド子爵が互角の戦いをし、艦隊戦はボーウッドがトリステインに付いたのが確認されました。司令のホレイショは、ただでさえ鈍重なロイヤルソブリン級では機動戦術に付いて行ける筈もなく、更に練度が無い為に、暫く突破は無理と断言しました。長口径砲も、当たらなければ意味が有りません」
「……何とかしろ」
「艤装と訓練は同時に出来ません。司令はとにかく艤装しなければ意味が無いと訴えてます」
「なら、徹夜で艤装させろ!さっさと終らせて、訓練航空に励め!行け!」
クロムウェルが立ち上がって怒鳴り、報告した士官が敬礼した
「サー・イエス・サー」
報告士官が退出すると、どさりと椅子に沈み込んだ
「くそ、ラ=ロシェールが奪取出来れば。グラモンめ……」
そう、ラ=ロシェールでは、初めて司令官としてフリーハンドが与えられたジェラールが、思い切り好き勝手に暴れまわっており、ラ=ロシェールの突破は無理と、報告が上がっている
完全に艦隊を掌握したジェラールは、トリステイン艦艇の比較的小型の艦形状を逆に利用し、全くと言って良いほど当たらない、機動戦術に特化してみせた
付いて来れなきゃ被弾するので、全艦必死に追随してたら、いつの間にか高速艦隊機動が出来る様になってたのである
三隊中最速のヒポグリフ同様に、速度と機動に振ったのだ
只でさえ艦砲は命中率が低い(命中率2%未満。ドレッドノート級で5%程度)のに、目標が動きっぱなしでは当たるものも当たらない
逆に円弧状に半包囲されて、一隻に大量の艦砲が集中して撃沈される体たらく
衛士隊隊長の元帥格に偽り無しを、実力を以て証明している
「待てよ?ロイヤルソブリンをラ=ロシェールにぶつけ……駄目だな。あくまで本命はガリアだ」
ダン!
クロムウェルは机を思い切り叩いて、ギリギリと歯軋りをする
「まだだ、まだ。奴らが食い付いて来た時が、終章だ」
クロムウェルは絶対の自信を見せていたが、手元資金が急速に減って行ってる事に気付いてない振りをしている
そう、崩壊の足音が、少しずつ聴こえて来ており、必死に背けていたのだ
* * *
北花壇騎士団からの各種報告を受け取り、更に自身の別のルートからの情報も受け取り
ジョゼフは非常に機嫌が良かった
最も、機嫌の良さは作った箱庭で人形同士を競わせて遊ぶ様にしている為に、周りから見たら只の酔狂である
そう、恐らくハルケギニアで一番事態を把握してる人間がジョゼフだ
自身の国を含めた、正にリアルタイムシミュレーションゲームをやる楽しみは、王の立場でしか味わえない醍醐味である
最も、最近良く解らないファクターが発生し、調査をしても要領を得ない報告しか上がって来ない
「だから、ゼロ機関とは何だ?わざわざ所長の暗殺依頼迄されたにも関わらず、分からないだと?」
控えているのは娘であるイザベラ、その手にはナイフが握られている
「いや、それがとんと分からないんですわ。とりあえず潜入したは良いんですが、仕事やったら訳わかんねぇ仕事やらされて、出来ないとなって毎回クビでおん出されちまって…」
地下水がばつが悪そうに報告を入れている
まさか、長生きの自分が出来ない仕事が有るとは思わなかったのだ
「長命なインテリジェンスナイフにも知らない経験だと?」
「おっしゃる通りで。関係者以外入れないんで、メイドとかじゃ駄目なんですよ。俺が乗り移ると途端に仕事止まって大騒ぎ。周りから足蹴にされるわボロクソにされるわ、とんでもねぇ所で」
恐らく地下水は幾つか工作物か機械をぶっ壊して、周りがブチ切れたのを理解してない
乗り移られた方は本当に気の毒である
だって、トップは情け容赦無い才人なのだ
きっちり減給喰らうだろう
そして、ジョゼフの身体が震え出した
「あっはっはっはっ!それでは仕方ないな。しかし、インテリジェンスナイフが全く使えんと言うのは近年稀に見る笑い話だ。その調子で笑わせろ!」
「……結構屈辱ですわ、それ」
「要は、分からぬ事が分かったのだな?」
「まぁ、そういう事ですわ」
「なら、調査はもう良い。カタチになった時に解るだろう。通常業務に戻れ」
「あいよ」
一人と一振りが退出し、ジョゼフが笑いの発作を噛み締めている
「クックックックッ。なぁシャルル、我が弟よ。お前が死んでからというものの、つまらない事ばかりだったが、なんと、俺のチェスに俺にも読めぬ差し手が現れたぞ?長々と生きてみるものだな!あっはっはっはっ!」
余りに気分が良い為に、人払いを解いたジョゼフはやって来たモリエール夫人をそのまま押し倒していきなり始め、矯声が王の間に響いたのである
* * *
才人はモンモランシに呼び出されて、職人達が指し示した惨状を見て、思わず頭を抱えた
破壊されたワーク(加工部材)の前で緊急集会だ
何故かって言うと、ゼロ機関は敵対者が多いので、妨害行為の可能性がある
「……誰だ?やったの」
古参の職人が手を挙げている
「ぼけっとしてたのか?」
「良く解らねぇんですよ。何時もならこんなの眼を瞑ってたって出来るのに、まるで俺じゃねぇみたいに……」
才人は魔法妨害の可能性を考慮してみて、エレオノールに指示を下す
「ディテクトマジック」
「了解」
エレオノールが掛けたが痕跡は出なかった
「異常無しね」
職人が非常に悔しい顔をしている
痕跡が出なければ、自身のミスになるのだ
「痕跡の残らない魔法の可能性は?」
「有りすぎて選別不能。はっきり言って悪魔の証明よ」
エレオノールはそう言って両手を広げた
「……ワークは鉄屑として破棄。お宅がミスは俺も信じられないが、ミスはミスだ。悪いがけじめ付けなきゃならん。今週分は減給だ。文句は?」
「……一ヶ月減給に較べりゃ軽い処置だ。無い」
「頼むぜ。あんた達が働いてくれてるから、俺はあちこち飛んで行けてる」
「あぁ、親方の狙われ具合に較べりゃ此方の方が軽い。何せ、命迄は狙われねぇからな」
「他の連中も気をつけてくれよ?家族の安否は怠るな。事実起きたからな。何か良からぬ事が起きたら俺に報せろ。俺の部下の家族に手を出した連中は、全員地獄に叩き落としてやる」
余りの殺気に全員息を飲んで頷いた
この男は、有言実行の男だ
どんなにいけすかないだろうと、そこだけは信頼出来る
トップとしての貫禄を才人は知らずに身に付けつつあり、エレオノールはその振舞いに満足の頷きをしたのである
そう、自身の父の振る舞いに似てきたのだ
幼い頃から憧れ、あの様になりたいと思った頼りになる背中に
女の自分では成り切れなかった、男の背中に
* * *
「‥‥何なのですか?これは?」
「何って、ゼロ機関に纏わる襲撃事件の報告です」
王の間でアニエスがアンリエッタに報告書を渡し、アンリエッタは内容を読んで顔をしかめている
「‥‥何ですか?このアサシンの数は?」
「才人が撃破したスコアです」
「‥‥100人越えてるじゃないですか」
「えぇ、100人斬り達成しちゃいましたね。最後の傭兵隊53対1なんかもう、冗談ですか?状態で」
アニエスが戦績を自分の様に誇り、アンリエッタがプルプル震えている
「アニエス!何でこんな事になる前に報告しなかったんですか!」
思い切りアニエスに怒鳴るアンリエッタ
アニエスは平然としている
「報告したらどうしたのです?」
「封建貴族を止める為に動くに決まってます!」
アニエスはやっぱりかという感じで、髪をかき上げた
「無駄ですよ。陛下の忠誠の栄誉を才人が一身に受けてる状態では、寧ろ悪化します。才人は平民なのですよ?」
アニエスは一息入れてから説明しだした
「陛下、良いですか?陛下は平民の立場をご存知無い。貴族を越える働きをごく自然にやる平民など、あってはならないんです」
「‥私が王族だから解らないと言うのですか?」
「そうです。こればかりは、才人が自身でケリをつけるしか無かったのです。私でさえ、裏で何れだけ叩かれてるか、陛下は存じ上げてる筈です」
「‥えぇ」
「それが平民です!しかも直属です!更に宰相迄噛みました!鳥の骨一派の平民如きですよ?もう、此だけで殺される理由は充分です。何故なら貴族は、平民を殺す事は塵を掃除する程度にしか思っておりません!陛下、貴女もです!」
アンリエッタはその批判に凍り付く
「私‥‥も?」
「そうです。平民上がりの私や、平民と共に戦う事に馴れてるジェラール辺りにしか分かりません!貴女達産まれながらの貴族に取って、呼吸と同じ位自然な事なのです!」
この言葉は痛い
アニエスにしか言えない諫言であり、痛すぎる
「‥私は‥‥気付けないのですか?」
「気付かないで結構。痛まないで結構。陛下は貴種であらせられれば、我々がそちらに気を回せば良いだけです。下手な同情なぞ不要だ!そんなの、全てを敵に回して、尚且つふんぞり返る気概を持った才人に対する最大限の侮辱だ!」
かろうじて、アンリエッタは言葉を紡いだ
「何も‥‥するな、と?」
「そうです。陛下は陛下として、頂点に揺らがずに居れば良い。さすれば、自ずと治まります。陛下の前で改めて言わせて頂きます!私はアイツが好きだ!汚れながらも前を向くアイツが好きだ!アイツに求婚されたい!陛下の策で近付いたが、そんなのは関係無い!私は、アイツが苦しんでる時に、側に居てやりたい!皆、アイツに頼るばっかりじゃないか!何で皆、アイツの精神が鋼で出来てると勘違いしてるんだ!」
アニエスが真顔のまま、涙が一滴、床に落ちた
「アイツは……人より多くの事を我慢してるだけの……人間なんだ。弱い……人間なんだよ。ちょっとした事で死んじゃう、人間なんだ……」
アンリエッタは黙って聴き、アニエスが言葉を紡ぐのを待った
「…無礼を働いてしまいました、お許しを」
そう言ってアニエスが礼をして立ち去ろうとし、アンリエッタが呼び止めた
「アニエス」
「はい」
「貴女はトリステインとサイト殿、どちらを取るのです?」
「勿論、両方です。私は欲張りなんですよ」
そう言って歩み出したアニエスに更にアンリエッタは声を掛けた
「安心しました。我が剣に偽り無し。これからも宜しくお願いしますよ」
アニエスが振り返って一礼した
「御意。この命に代えましても。って訳で、休暇5日位下さい。ちょっと才人を労って来ます」
そう言ってあからさまに態度を変えて、鼻歌と共に出ようとした所を、アンリエッタがプルプルと怒声を上げたのだ
「あれは全部この布石ね?こんの我が侭剣!駄目と言えないじゃないの!」
アニエスはニヤニヤとしながら背中だけでアンリエッタに返し、見事に押し通した
* * *