XX1-211
Last-modified: 2012-09-05 (水) 21:48:13 (4249d)
レドゥタブールの艦上のメインマストトップスルでは、すっかり馴れた感でスティックスが双眼鏡片手に毛布をひっかぶり、見張りをこなしていた
宵闇が明けようとして空が紅く染め上がっている様は、辛い見張りの中で発見した数少ない良い事の一つである
「ふぅ、やっぱり年末は寒ぃ」
連戦をこなして、すっかり精悍な顔付きが出来ており、不安要素は敵に回すと凶暴、味方にすると最高のマンティコア隊が、空の護衛をしてくれない点だけである
「近衛だから空っぽのトリスタニア防衛って、しゃあないってのは解るけどさぁ、もうちょい融通利かしてくれても良いんじゃね?せめて、グラモン隊長位寄越してくれたって…」
そう言ってブツブツ言ってると、交代要員が上がって来た
「先輩、何ブツブツ言ってるんですか?聴こえて来ましたよ?」
そう言ってお約束のワインを持ってマリコルヌがやって来て瓶を渡すとスティックスは当然として受け取った
「お、持って来たのは空になってね、助かるよ」
「飲んだら返して下さいよ。僕も飲むんですから」
マリコルヌの声を背に煽るスティックス
「……くぁ〜〜〜!効いたぁ!!酒ないと本当に辛いぜ。何で軍人が飲兵衛ばかりか良く解るよ」
「本当ですよね。どうすか、見張りの方は?」
「さっぱり何も。夜だったから鳥すら見えない」
「そうですか。まぁそう簡単に……」
そう言って見回してマリコルヌが黙って硬直するのを、スティックスが不審に思って見た方向を見て同じく固まり、双眼鏡を見て唸った
「……見えてるかな?」
「此方が見えてるんです。見えてるでしょうね」
「……だね。報告!高度3500!距離一万!艦影多数!レコンキスタ確認。敵襲!」
スティックスの大声に、当直の甲板員達が一気に走り回り、全員異口同音に叫び出した
「敵襲!敵襲だ!総員起こし〜〜!急げ〜!」
此処に、ロサイスへの進路を開く為の一大会戦が始まったのである
* * *
「敵艦影から推測するに、ロイヤルソブリン級3、スタンダード30です」
「ほぅ……全艦出して来たな」
そう言ってボーウッドは暫し思考に耽り、指示を下し始めた
「此方の命令は損害無視での絶対突破だ。総司令部に伝令。我、会敵セリ、コレヲ突破セントス」
「ウィ、復唱します。我、会敵セリ、コレヲ突破セントス」
「行け」「はっ」
伝令が退出し、ボーウッドも退出する
「私も艦上に出る」
「はっ」
ボーウッドはそのまま矢継ぎ早に指示を下しながら歩いて行き、そのまま艦上に出た
ボーウッドが出た時には艦隊は整列をするために艦列を移動中であり、ボーウッドはその様を眺めながら破顔する
「どうにも駄目だな。かつての味方とは言え、顔がどうしても弛んでしまう」
根っからの軍人のボーウッドには、この大会戦に対して指揮を振るえる事の方が、かつての味方に相対する気まずさに勝ってしまう
どうしようもない、軍人としての性である
「ゲルマニアの駆逐艦群はどうだ?」
「は、上手く艦影に紛れてる筈です」
「遊撃が知られたらアウトだ。きちんと隠せ」
「ウィ」
「上下三段二列縦隊、整列完了。相対高度、合いました」
「両舷砲戦準備完了。どの様な機動も追随出来ます」
次々に指示と報告が交錯し、ボーウッドは一際唇の端を持ち上げ、指揮棒として杖を抜いて上方に持ち上げ、そのまま前方に振り下ろした
「アサルト」
「突撃!突撃だぁ!」「総員持ち場死守!メイジは杖を、水兵は銃を持てぇ!」
* * *
整然とした整列は、そのまま艦隊運用に於ける指揮能力の高さの表れだ
そして用兵は指揮官の色がどうしても出てしまう
ホレイショは何度もぶつかった相手が大部隊を統率しきる技量に、本気で感嘆し舌を巻いていた
「全く、流石かつての僕の司令官だ。敵に回すには惜しすぎますよ、ボーウッド殿。竜騎士部隊全騎発艦、対艦弾の牽引忘れるな。ロイヤルソブリン三艦は有効射程に入り次第支援砲撃開始。スタンダード艦隊はそのまま有効射程迄突撃。大盤振る舞いを許可する。火薬を使いきれ」
「イエス・サー」
ここを突破されたら、艦隊は半分以上無用になるからこその使いきりの指示だ
味方領地の市街戦で艦砲を無闇にぶっぱなす訳にはいかないからだ
こうしてロイヤルソブリン級から竜騎士部隊が発艦と同時に砲撃を開始し、火蓋は射程の長いアルビオン側から切って落とされた
ドオン!ドオン!
遠方から飛んで来る砲弾と砲声が、大空が戦場である事を教え、朝日の陽光が両艦隊を照らして爽やかに眩しい
既に馴れてるボーウッド率いる中核部隊はちっとも動揺しないが、今回初参戦の部隊はロイヤルソブリンの砲声に完全に浮き足立った
「うわぁ!?なんて砲だ!」
「落ち着け!あんな距離では当たらん!何度も対戦した司令官部隊はちっとも動揺しておらん!当たらん事を知ってるんだ!」
「りょ、了解!」
旗艦が全く動揺しない為、落ち着きが全部隊に伝播し、逆に士気が高揚し始める
そう、歴戦の雄が指揮をしているのだ
自分達が間抜けを晒したら戦線が崩壊する
「司令官に続け〜〜!!」
「ロイヤルソブリン恐るるに足らず!女王アンリエッタ万歳!」
だが、そんな声が聞こえて来たボーウッドは眉をしかめる
「……入れ込み過ぎだ。人員を少しずつローテーションするべきだったな。ツェルプストーに繋がるか?」
伝令に聞くと伝令が魔法通信機を差し出した
「此方をお使い下さい。ゼロ機関の魔法通信機です。司令用は各艦隊指揮官に通じます。総司令部とは距離が離れ過ぎて使えませんが」
「ほぅ……」
ボーウッドは付け方が解らないので身に付けさせると、マイクが拡声器と判断して口元に持っていって声を掛ける
「此方ボーウッド。ド=ゴール、フォン=ツェルプストー。応答しろ」
〈此方ツェルプストー。成る程、便利だ〉〈聞こえている〉
「ド=ゴールに右分艦隊を任せる。ツェルプストー、何時でも出られるな?」
〈アルビオンの雄はツェルプストーの戦い方に付いて来れるのか?〉〈委細承知〉
ボーウッドはまだ若いツェルプストーの応答に思わず破顔し、ド=ゴール提督の寡黙な姿勢に感心する
「遊撃のタイミングは任せる。ド=ゴール、我々の舞台は派手に行くぞ」
〈ウィ〉〈ヤー〉
その時、アルビオンは既に先手を打っていた
「竜騎士接近中!二頭で何かを牽引……焼き討ち船です!」
「散弾並びに榴弾。鶴瓶撃ちしろ!」
砲術士官が指示を下す中、航海士がボーウッドに回避を進言するが
「舵固定。進路まま」
「司令!このままでは大損害です!」
「良いからやれ。我々は輸送艦隊の露払いだ。損害も任務の内である」
ボーウッドの冷徹な指示に流石に鼻白む航海士官だが、すかさず命令を伝播させる
「舵固定、進路まま!当たらん様に神と始祖ブリミルの加護に祈っとけ!」
困った時こそ神頼み。だが、甲板長や水兵達は、往生際がすこぶる悪かった
「水兵並びにメイジ、射撃開始!敵竜騎士を迎撃しろ!撃て撃て撃て!」
次々に戦場に銃声と魔法が飛び始め、その中を竜騎士達が導火線に点火した牽引弾の牽引索を同時に切り落とした
高空から飛行速度に自由落下速度を上乗せした焼き討ち船が上段艦隊に向かって落ちて行き、重心が前のめりになっている鉄で鎧った尖端のラム(衝角)が甲板に突き刺さって、砲列甲板に落ち込んだ
そのまま爆発を起こすと火薬に引火し、不幸な戦列艦は一瞬にして爆散、乗員は全員投げ出されるか炎に巻き込まれてしまう
マリコルヌは中段艦隊に居る自身の旗艦から、人がゴミとして落下していく様を見て青くしてしまった
「な……一発じゃないか」
そして、落下していく人の中に落下速度が遅くなった人を確認して、思わずルーンを唱えてしまった
「スリサーズ・デル・ウィンデ!撃沈された人達、腰のマジックアイテム叩くんだ!付近の人にジェスチャーで教えて上げてくれ!」
マリコルヌの絶叫に甲板長が頷いている
竜騎士部隊の急降下爆撃により、あっという間に5隻轟沈。全員青ざめるが、それでもボーウッドは当たり前の事として指揮を続ける
「ふん、このタイミングか。見つかったから当然と言った所だな」
ボーウッドはそう言って、ツェルプストー旗を掲げた新型駆逐艦ワルキューレ級の急速上昇と飛び出しに帽子を被り直し、戦局はまだ緒戦と引き締めた
* * *
「ふぅ、ったく、いきなり新型艦の運用やれとか、新型砲使えとか、今回からツェルプストー名乗って良しとか、相変わらず滅茶苦茶だな、糞親父め。お前もそう思うだろ?なぁフレイム」
「きゅるるるるる」
「そうかそうか、やっぱりそう思うよなぁ。ツェルプストーに恥をかかせるなとか、散々名乗るの禁止しといて、ざけんじゃねぇ」
そう言いながら、キュルケの使い魔たるサラマンダーの頭を撫でながら、カール=フォン=ツェルプストーはゼロ機関の技術提供を用いて造られた、新型駆逐艦ワルキューレ級艦隊旗艦、ブリュンヒルデの甲板にて悪態を付いていた
ワルキューレの個人名を冠された9艦は、艦首に主砲4門を備え、防御砲列を一列のみ備え、ゼロ級と同じく主翼尾翼と垂直尾翼を備えた急降下砲撃艦である
最も、ワルキューレ級の主翼は前方に有り、ゼロ級とは重心の配置が異なる
前方固定砲は、可動砲に較べて命中率が高い。つまり、戦闘機の前方投射能力を艦に付随させる試作艦と言える
本来はゲルマニアに引き渡されたレキシントンの主砲を搭載すべく、皇帝アルブレヒトとツェルプストー伯の丁々発止のやり取りが繰り広げられていたのだが、才人が86ミリ砲の先行量産型を自分達よりツェルプストー伯に卸してしまい、急遽主砲の変更を行った急造艦である
これにより、より軽量になり、機動を重視する駆逐艦に更に機動力が付加される事になった
「主砲、弾込めとけよ。弾種は……榴弾しか無かったな」
そんな事を命令しながら、竜騎士が一撃離脱をしていくのを見て瞬時に判断する
「ヤバイ、後衛に隠れてたの見付かった。上昇、高度4200越えろ。タッキング繰り返せ!一気に詰める。目標は後ろのデカブツだ」
「ヤー」
自身の判断ミスか、それとも戦列艦を盾にする当初の作戦通りかは考えない様にし、カールは矢継ぎ早に指示を下し始めた
「対竜騎士戦用意!突っ込むぞ!」
軽量たる駆逐艦のメリットは、帆船と言えども足が非常に速い事だ
一気に風を掴んでぐんぐん増速し、あっという間に味方艦隊を引き離しつつ、寄ってこようとする竜騎士部隊に、可動砲にて散弾を撒き散らした
敵スタンダード艦隊を追い越し、竜騎士の到達高度を越えた位置から更に指示を飛ばす
「帆を畳め!滑空するぞ!」
「ヤー!帆を畳め!急げ〜〜!」
バタバタと甲板員があっという間に帆を畳み、マストががらんとしている中、更に指示が飛んだ
「風石停止」
「風石停止!」
「操舵手、腕の見せ所だ!」
「待ってました!」
「突撃!」
「突撃ぃ〜〜〜!」
ブリュンヒルデを筆頭に、ゲルヒルデ、オルトリンデ、ヴァルトラウテ、シュヴェルトラウテ、ヘルムヴィーゲ、ジークルーネ、グリムゲルデ、ロスヴァイセの9姉妹がヴァルハラに戦士を誘うべく、戦場を駈けはじめた
「艦正面、ロイヤルソブリン!」
「主砲、ファイエル!」
カールの命令に、86ミリ砲が火を吹く
ブリュンヒルデの砲声を合図に、火線をずらし竜騎士同様3艦一小隊とした9艦は、竜騎士の様に急降下砲撃を開始した
主砲を担当している砲兵は急降下中の傾斜に四苦八苦しつつ、4つの車輪にロープを張っただけの簡素な架台に乗った新型砲身の後装弾を、艦体に縦に備え付けられた弾を外して装填し、尾栓を閉めてはトリガーに繋がったロープを引っ張り、その度にドレッドノート弾特有の砲声を轟かせて、砲身から火を吹いた
ズガァァァン!
距離が縮む事に命中率がはね上がり、接触式榴弾が着弾と同時に炸裂し、周囲に鉛弾と爆炎をばら蒔き、甲板に居た兵も物も穴だらけにする
36門の一斉射撃で、連射速度は前装砲の比でない
上を取られたロイヤルソブリンのアッパーデッキは、あっという間にパニックだ
「竜騎士、竜騎士に迎撃させろ!」
「負傷者収容急げ!」
竜騎士と同様の自由落下式の急降下砲撃である
竜騎士には既に行き足の付いた9人の戦乙女に追随する術が無かった為、上昇時を狙う様に進路を変更、カールは急上昇に備えて指示を飛ばしていた
「舵、反転上昇だ!置き土産忘れるな!上昇と同時に風石可動!一気に高さを稼ぐ!」
「ヤー!!」
「舵起こせ!」
「引き起こし、ようそろ!」
艦尾では重ね合わせの鉄板に火薬と鉛弾を積めた樽が用意され、最接近点で次々に投下されていき、導火線の火が樽に入った途端、一気に炸裂する
「土産の爆雷だ。つりは要らねぇよ!」
盛大な連鎖爆裂音が鳴り響き、ロイヤルソブリン級が一艦傾いた
それを見ていたホレイショは舌打ちする
「ちっ、ハンプシャーが大破か、不味いですね」
「司令、ハンプシャーに退艦命令が出ました」
「そのまま脱出させなさい」
「サー」
そして今砲撃を重ね、そのまま上昇していった駆逐艦を見てにやりとした
「流石、我が竜騎士隊。対応が上手い」
上昇予測点には既に火竜騎士達が先回りしており、降下を始めて居たのだ
その数15、半数が戦乙女に襲いかかるフェンリルと化したのだ
対面降下と艦上空から背後に回って挟み撃つ竜騎士隊に、カールは風石を稼働を更に上げさせながら、インメルマンターンをして竜騎士達の思惑を外そうと試みた
「教わった奴、インメルマンターンとか言ったな、上昇ターン行け!」
「ヤー!」
水平旋回は互いに読み易いが故に、風石と云う上昇動力を用いた縦運動の回避だ
小型艦隊とは言え、艦隊が高機動を行うのは例が無い。カールの指示は成功したかに見えた
驚いた竜騎士隊は、あっさり認識を改めて対処した。つまり、対竜騎士に考えを改めたのだ
「あれは艦隊と言うより、我々竜騎士に近い。ドッグファイトだ」
竜騎士隊はバックに取り付いた小隊が機動の遅れた後続艦に対しきっちり食い付き、ブレス射程に捉える
当然、彼我の攻撃が命中しうる、必中の距離である
上昇中の艦にロープで括り付いた水兵達のマスケット銃と魔法の対空攻撃と火竜の凶悪なブレスが重なった
射撃音とブレスが空気を爆ぜる音を後ろに置いて行きながら、そこに爆発の狂想曲が鳴り響き、更に爆炎が戦場を彩った
食い付かれた後続艦の事に、カール達他艦の乗組員も気にしていられる余裕は無かった
対面から来た小隊達がふわりと後方に食い付いており、戦々恐々としながら対処中だったのだ
「こんな所でやられるかよ!ウル・カーノ・ソウイル・イーサ・ウィンデ!」
カールはフレイムアローを一際高く、朗々と唄い上げ、火竜がブレス射程に収まる一歩手前で一気に竜騎士小隊に向かって杖を振り下ろして放つ
後方に対し吸い込まれる様に飛んで言った炎の矢は、ブレスを吐く為に開いた口に飛び込み、竜の頭が自身の持つ火炎燃料に誘爆し、熟れすぎた果物の様に爆ぜる
其所を更に水兵達が銃と魔法の対抗射撃で竜騎士達にも命中させ、騎士達も墜落していった
たった一合、時間にして僅か30秒に達するかどうかの交錯で、ワルキューレ級三艦、竜騎士6騎が喪われ、戦場の露と消える
その様は戦場の一戦局でしか無く、メインの艦隊戦は更に変化していた
戦列艦隊が互いに突撃を行い、衝突するかに見えたが、互いの舷側がターンに間に合わないと言える距離に迄近付いた所で、トリステイン艦隊側が左分艦隊が取り舵、右分艦隊が面舵し、アルビオン艦隊は面舵を切る
彼岸の距離僅か数十から数百メイル
互いの顔迄認識しうる距離である
アルビオン艦隊とトリステイン艦隊が同時に火を吹いた
射撃命令はお互いに出していない
出すより先に興奮した兵が先に撃ってしまったのだ
「射撃命令出してないぞ!止まれ!」
「構わん、続けさせろ。もう意味は無い」
参謀が止めさせようと指示を下したが、ボーウッドは最早機は失したとやるに任せ、舌打ちを隠さない
左右展開半包囲で一気に殲滅する予定だったが、砲兵達が先に始めてしまい、一気に乱戦になってしまった
戦列艦の攻撃力は晒した舷側の面に比例する。つまり、全艦隊が目標に舷側を晒すと攻撃力が最大になるが、代わりに防御力が最小になり、被弾率が最大にはね上がる
ボーウッドの艦隊運用は、正に被害無視での絶対突破に忠実であり、アルビオン人の生真面目さが、良い感じで反映されている
アルビオン艦隊側は包囲に対し両舷砲を全力で撃ちつつ、遂に旗艦を見付けて攻撃の集中を指令した
「目標、右舷先頭中央艦。ファイア!」
敵の動きがレドゥタブールに集中を始め、他艦から指示が飛ぶ
「旗艦を守れ〜〜〜〜!全力射撃!水兵は手を止めるなぁ!」
「ウィ!旗艦を守れっ!」
ドンドンドンドン
傷付いたロイヤルソブリン級からもレドゥタブールに砲撃が集中し始め、更に竜騎士隊の攻撃も旗艦周辺の艦隊を剥ごうと旋回し、突撃を始める
「司令、不味いです。艦の移乗を!」
「何処に行けと言うのだ?」
「しかし」
「くどい!」
ボーウッドは頑なに艦移乗を拒否し、冷静に命令を下す
「敵艦隊、当艦に砲撃を集中させようとして乱れたぞ。突出した艦に集中砲火」
「はっ!目標、突出艦!撃て撃て撃て!」
ドオンドンドンドンドン
マリコルヌは甲板長に怒鳴られながら、魔法の手を緩めなかった
自ら放ったマジックミサイルが敵艦に命中したのを確認しては一人ガッツポーズをしていると、マスケット銃を手にした水兵に揶揄される
「ゲロコンビ!一々ガッツポーズしてんじゃねぇ!」
「魔法に感情必要なんすよ!」
「面倒くせぇなメイジってのは!コイツが終わったらしこたま飲むぞ、コンチクショウ!」
「是非ともお供します!」
お互いに口の端を笑いに歪め、水兵は弾を込めてはパンと撃ち、マリコルヌはルーンを唱えては魔法を放った
そんな最中、マリコルヌは上方艦がぐらりと傾いたのを視界の片隅で見た
「先輩不味いです!上方艦がやられたみたいです!」
「何とかすんだろ!良いから手を止めんな!俺達も死ぬぞ!」
「はい!」
銃弾と魔法、更に砲弾と竜騎士のブレスが飛び交い、マリコルヌは上方艦が右舷上方に飛び出したのを見た。更にロイヤルソブリン級の砲声が木霊し、命中弾がその艦に突き刺さるのを見、旗艦の盾になったのを見る
「まさか……あれ……」
そのまま高度を維持出来なくなった艦は高度を落とし、レドゥタブールとアルビオン艦隊の射線に躍り出たのだ
その艦の艦上に、見知った顔が居たのを確認したマリコルヌ
「…ロレーヌ?」
旗艦の方を見て、泣き笑いの表情をするのを見てしまった
レドゥタブールの射撃中止命令が間に合わず、発砲があちこちから起き、僚艦に砲弾が突き刺さり、更に僚艦にアルビオン艦隊からの砲撃も刺さり、そして僚艦からの砲撃は、アルビオン艦隊の戦列艦を一艦道連れにしつつ、火薬への誘爆により一気に爆炎に包まれた
「ロレーヌ〜〜〜〜!」
自らの級友に攻撃し、そのまま爆炎に包まれる様迄見てしまったマリコルヌ
鼻水と涙でぐちゃぐちゃだ
「先輩、ロレーヌが……僕のクラスメイトが……」
横を向いたら、さっき迄軽口を叩いていた水兵の頭が無くなって床に血をぶち撒けていて、マリコルヌの軍服に血の斑模様が彩られおり、マリコルヌは思わずぺたぺたと自身に付いた血を確認している
「……先輩?」
「何をしている!魔法の手を休めるな!魔力が尽きたなら、戦死した水兵の銃を取れ!休むな!死ぬぞ!」
そう怒鳴り込んだ甲板員が、銃弾に貫かれて倒れ、更に視界の兵に魔法が刺さり、砲弾が甲板を砕くのを見てしまう
「あっあっ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
マリコルヌはそこから先は良く憶えていなかった
何故か魔力も精神力も尽きず、滅茶苦茶に見えるモノにひたすらルーンを唱えては、杖を振り下ろしていたのだ
マリコルヌが封鎖戦とは全く違う全面衝突に恐慌を来している中、戦場では旗艦の防御の為に次々と僚艦が繰り上げて盾を形成し始めており、前後上下を僚艦が囲い、防御陣を僚艦を喪いながらも構築していた
余計な事を、とはボーウッドは言わない
指揮官が死んだら、崩壊するのはトリステイン艦隊側である
ボーウッドは自身の戦死すら作戦の内と考えて居たのだが、同僚は自分を価値有る指揮官と認めてくれたらしい
思わず頬が綻んで来るボーウッド
『戦友に認められるというのは、やはり良い』
そして更に転機が訪れる
その転機は砲声に彩られ、陽光に影を残して青い影として現れた
そう、アズーリ(青)が風切り音と共に上空から飛来し、敵火竜騎士の翼を一合で切り裂きながら、後続の風竜騎士隊が魔法とブレスのコンボで、次々と制空権を取り戻すべく突入したのだ
「来ました!ゼロ級からの援軍です!」
「………援軍!援軍だぁ!!総員雄叫びをあげろおぉぉぉぉ!!」
「「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」」
一気にトリステイン艦隊側の士気が上がり、先鋒を勤めたジュリオ=チェザーレ率いる第三竜騎士隊は思わず口笛を吹いていた
「ぴゅう、コイツは壮観」
第三竜騎士隊は風竜のみで構成され(第六は火竜隊)、いつの間にか隊長のロマリア人のジュリオに習い、アズーリと呼称される様になっている
「無誘導弾持って来て正解だな。行くぞ!」
ジュリオが我に続けのサインをし、一気に戦場を青の風が吹き抜けた
器用に飛びつつ、一気に無誘導弾を垂直降下と共にアルビオンスタンダード艦隊に放ち、そのまま垂直降下で艦下に抜けると遅れて爆発が鳴り響き、飛行に邪魔なラックを全騎切り離し、そのまま上昇するアズーリ
「僕達の仕事は制空権の確保だ。目標、敵竜騎士」
剣を抜いて竜騎士を指すジュリオ、そのまま剣を振り下ろした
突撃を開始した竜騎士隊を、食い付かれて更に一艦を喪っていたブリュンヒルデの艦上で見ていたカールは悪態を付いた
「ざけんな!美味しい所は竜騎士が独占かよ!お前ら、あんなすかした連中に持ってかれんのは癪だ!ツェルプストーの底力見せんぞ!」
「「ヤー!」」
更に戦場に不協和音が追加され、後続の竜騎士隊が更に対艦弾と対空弾を持ってやって来、次々とアルビオン艦隊の艦底と艦上に命中させてランプ油をぶち撒け、最後尾の竜騎士がブレスで艦底部に火を付けた
爆発とは違う炎に包まれ、三艦が一気に火達磨になって、中の人間達が焼かれる臭いが充満し、火薬に引火し爆散
木材、砲、人だったモノが風石と爆風で上方に吹き飛ばされつつ、更に四方八方に四散し、生き残りが居ない事を教えていた
ホレイショは指揮をしながら、新手の竜騎士の戦法に舌を巻いている
「アレは不味い、消火出来ない!竜騎士、迎撃させなさい!」
「無理です司令!竜騎士が10騎に減りました!敵の風竜騎士隊は歴戦です!突破を試みたら全滅します!」
「トリステインの何処にそんな戦力が……そうか、傭兵!」
ホレイショは思わず拳で手の平を叩き、更に指示を下す
「あちらは?」
「無事通過の模様です」
「良し、作戦目的は達した。此処までです!総員撤退!信号弾放て!」
「イエス・サー!」
撤退信号弾を放ち、その様をボーウッドは見逃さない
「追撃戦開始。温存させるな」
「ウィ!追撃戦開始!撤退を阻止しろ」
発光信号で命令を確認したカールは、残った五艦に命令を下した
「武装使いきるぞ!突撃!」
「突撃ぃ!宜候(ようそろう)!」
元々ワルキューレ級は弾薬搭載数が少ない
更に連射速度の高さは、そのまま弾薬の消費数を倍にも三倍にもしてしまう
駆逐艦と云う艦の規模は、一戦で弾薬を使い切る程少なかったのだ
その残った86ミリ榴弾と爆雷を全て使うべく、また突撃するブリュンヒルデ達ワルキューレ
姉妹の仇として、更にロイヤルソブリン級一艦に攻撃を集中したのだ
突撃により、砲弾が更に甲板を歩行不能に迄損壊させ、砲列甲板を剥き出しにした上で爆雷を投下し、爆裂音に火薬庫が誘爆する音が連鎖し、爆散する
「ヨーク……轟沈……しました」
「…ゴータの足が一番遅い。殿を務めます。僚艦の脱出を支援しなさい。竜騎士隊も艦隊脱出の支援を」
「司令……」
参謀が思わずホレイショの顔を見るが、ホレイショの顔は晴れやかだった
「復唱は?」
「ゴータにて殿、僚艦脱出支援後に撤退……竜騎士隊は僚艦脱出に専念」
「良いでしょう。行きなさい」
「サー・イエス・サー」
敬礼を一際強くした参謀が退出する際に、更にホレイショは付け足した
「あ、そうそう」
「……何か?」
カッと軍靴を鳴り響かせて振り向く参謀にホレイショは更に命令を付け足した
「歳若いのと参謀は退艦を命じます。士官少ないのに、無駄に減らす事も無いでしょう」
「…イエス………サー」
昔ながらの貴族の誇りに合理性を滲ませた命令に、参謀はまた敬礼をし、退艦すべく部屋を後にしたのである
「さてと、甲板に出て直接指揮をしないと。人居ませんからね」
* * *
追撃戦に移行した艦隊戦に、更に彩りを加えたのは、油を積んだ対艦弾ではなく、火薬を積めた対艦弾の後続隊だった
火竜騎士隊の防衛を潜り抜けた、対艦弾を積んだ火竜隊が次々とアルビオン艦隊に投下していき、アルビオン艦隊の生き残りが次々と爆発炎上する中、パニックに陥りながらも必死に逃げて行く
そして、撤退を支援するアルビオン艦隊旗艦ゴータの砲声が、次々と命中弾を叩き出し、轟沈する艦が続出し始めた
砲観測により、詳細なデータが上乗せされたお陰で、本来の破壊力を存分に発揮し始めたのだ
竜騎士に迄命中して、胴体をぶち抜かれたのを見た瞬間、形勢逆転を信じたトリステイン艦隊が一様に怯んだ
「不味い、砲戦を重ねたせいで命中率が上がっている。駆逐艦に駆逐させろ」
「ウィ」
ボーウッドの命令を発し、発光信号を受け取った信号手の報告は、芳しいものでは無かった
「返信来ました。当艦隊、弾尽キレリ。以上です」
「サノバビッチ!」
思わずスラングを発して、帽子を叩き付けてしまったボーウッド。すかさず命令を変える
「ゲルマニアめ、弾切れする程余裕の無い艦なんぞ寄越すな。今の命中率では突撃出来ん。距離を取りつつ、竜騎士隊に攻撃させろ」
「ウィ」
* * *
トリステイン艦隊の追撃の手が緩むのを双眼鏡で見て、ホレイショは口笛を吹いた
「ピュ〜〜。素晴らしい命中。どんどん撃って味方を脱出させなさい」
「イエス・サー」
「上方の駆逐艦は旋回ばかりと。弾切れですかね?上昇させなさい。撃沈します」
「イエス・サー」
命令を受けたゴータが上昇限界迄上昇する中、トリステイン竜騎士隊が砲口を物ともせずに接近し、対艦弾を放った
ロイヤルソブリン級は重量級の為に、竜騎士と同程度しか高度を稼げない
お互いに水平射撃であり、しかも対艦弾は火薬推進で有るにも関わらず重力に引かれて、命中せずに落下していった
「不味い。100メイル以内に近付かないと」
対艦弾を装備した竜騎士部隊は100メイル以内に近付き、ソコは散弾の射界になる
次々に散弾が放たれ、竜騎士に命中して撃墜されていく
「駄目です、司令。撃墜されて行きます」
「アズーリはどうした?」
言われて気付いた参謀達がきょろきょろと探すが、いつの間にか見当たらない
「居ません」
「撤退を許していないと言うのに……」
総司令部付きの竜騎士隊への指示は、艦隊司令のボーウッドでも命令権限は現場に於ける限定的なものだ
命令形態の縦割りが出たとボーウッドは舌打ちしていた
* * *
その頃、快足を活かしたアズーリ達は竜母に帰還していて、甲板に降り立つとすかさず指示を甲板員に飛ばしていた
「対空誘導弾装着急げ!味方が死ぬぞ!」
「だったら、ラック捨てて来てんじゃねぇ!良いから大人しくさせてろ!5分で装着させる!」
「頼む!」
ジュリオの指示に次々とラックと対空弾を装着させ、信号手が装着を終了させた竜を順次発艦させ、アッパーデッキではてんやわんやの大騒ぎだ
「別動隊はどうした?」
「成功らしい!後はあんた達の仕事だけだ!」
「了解!大した戦友だ!魔法通信機寄越せ!出る!」
その言葉を残し、魔法通信機を受け取ったジュリオのアズーロは、羽を拡げてもう一度大空を舞った
手信号でやり取りし、お互いの先行具合を確認したアズーリは、そのまま隊列より快足を優先し、大空を飛びながら整列、一気に戦場に戻ると通信機に何度か声を掛けた
「此方アズーリ。ロイヤルソブリン級から離れろ。誘導弾を放つ。誤爆するぞ」
〈此方ワルキューレ、了解。撤退する〉〈此方艦隊司令、了解した。総員追撃中止〉
次々に命令が伝達する中、ワルキューレが突如撤退を始めたのに肩透かしを食らったゴータに、一斉にミサイルの束が放たれた
「迎撃!」
ドンドンドンドン
ゴータから散弾と榴弾が飛ぶ中、ミサイルの飽和攻撃が段階的に殺到し、都合100発の蛇君達の何割かが迎撃されつつ、一気に爆発と魔法信管の不発弾が突き刺さりとが交叉し、爆発により誘爆、更にゴータの搭載火薬に引火し誘爆、火薬庫に誘爆を連鎖し、一際盛大な爆音を響かせた
ホレイショは爆炎に巻き込まれる最後迄指揮を続けて撤退を支援し、殿の役割を全うし、5艦の戦列艦と5騎の竜騎士の離脱を成功させた
此処に、ロサイス侵攻の露は払われたのである
* * *