XX1-239
Last-modified: 2012-09-28 (金) 14:04:08 (4221d)
砲煙と血と汗と小便と涙にまみれ、マリコルヌはルーンを唱えては出ない魔法を奮っていた
「おい坊主!戦闘終了だ」
「デル・ウィンデ」
「正気に戻れ!この阿呆が」
バキッと叩かれて、やっと正気に戻るマリコルヌ
「……あっ」
「正気に戻ったか?戦闘終了だ、後始末すんぞ。相方呼んで来い」
「あ、はい。先輩、スティックス先輩!」
言われた通り、死体の散乱する甲板を、迎撃ポジションに居た辺りを探すマリコルヌ
其所には、マストに背中を預けてスティックスが座り込んで居た
「良かった先輩。生きてたんですね。僕だけ生き残ったものかと……」
マリコルヌがそう言ってスティックスの肩に手を置くと、そのままぐらりとスティックスは倒れた
「…先輩?」
スティックスの胸には大穴が空いており、マント迄突き抜けているのが見える
魔法か砲弾かは判断がつかない。余りに損壊が酷いのだ
「スティックス先輩……そんな……」
愕然とする中、ボーイが衛生兵と共に走るのを見掛けて声を掛けた
「ええと、ジュリアンだったっけ?士官候補生のアラン先輩とパシェ先輩はどちらに居るか知ってるかい?」
黒髪の少年は立ち止まり、マリコルヌを見て驚愕に目を見開いた
「候補生の皆さん、てっきり全滅したのかと……」
「…どういう事だ?」
「貴方を除いて、全員の戦死を確認しました。僕達ボーイも2/3が死にました。では失礼します」
「ボーイ、何してんだ早く来い」
「はい、すいません、今行きます!今は生き残りの治療を優先して下さい」
そう言ってジュリアンは衛生兵の手伝いに行き、マリコルヌは一人残された
ぽつんと暫し立って居たマリコルヌは、そのままガクンと膝が折れて座り込み、そして涙を流し始め
「そんな……封鎖戦も皆で突破出来てたじゃないか!僕達なら生き残れるって、ボーウッド提督の元なら、皆死なないって、笑い合ってたのに……嘘だ……嘘だぁ!!!!」
そんな絶叫も、撃沈された味方が多数の空域では、虚しく響いただけだった
双方の激突の結果、アルビオン艦隊は76門艦5隻と竜騎士隊5騎を残し壊滅
トリステイン=ゲルマニア同盟艦隊は駆逐艦4隻、戦列艦25隻を失い、更に竜騎士隊も一気に20も損失し、しかも艦隊損失の約半数と竜騎士隊の損失の大部分はロイヤルソブリン級旗艦ゴータが殿を務めた時の戦果であり、ハルケギニア最強艦の称号と共に沈み、ホレイショの名は最後迄味方を支援した名提督として、アルビオンの戦史に刻まれたのである
人的な損失は双方共に一万を越え、お互いに作戦目的を完遂した上での戦果である事を、この時点のトリステイン=ゲルマニア同盟側は把握していない
* * *
才人達は、戦列艦の会敵の報の前には出撃していた
零戦の護衛に付くのは第一竜騎士中隊。別名雛鳥隊である
元々訓練中の竜騎士を壊滅と共に繰り上げた為にそう呼称されていて、本人達も他の竜騎士達より未熟で有る事を知っていた為に、特に文句は言わない様にした。勿論表面上は……である
才人と共に全員に魔法通信機が渡され、全員が未熟な魔法技術を補う為に装備を優先して支給されていて、才人はお陰で助かったと胸を撫で下ろしている
「こちらゼロ。応答願う」
〈雛鳥1、良く聞こえてる〉〈雛鳥2、感度良好〉
次々に空中で返事が来て、才人は頷いた
「此方は全員対空誘導弾だ。使い方考えないと味方に当たるぞ?」
〈じゃあ、開発者の才人が指示をしてくれよ。僕達より詳しいだろ?〉
「…それもそうだな。ゼロがタイミングを指示する」〈了解〉
才人を誘導すべく竜騎士達が先頭に立って飛んでいて、デルフと同時に通信が入った
「相棒、お客さんだ」〈雛鳥10、敵竜騎士発見!右前方上方だ。数20〉
「右翼竜騎士。距離500切ったら発射」
〈了解〉
才人の言葉に竜騎士が返事をすると同時に、デルフが更に報告する
「相棒、周り込まれちまったみたいだねぇ。後方に20だ」
才人が振り返ると、確かに竜騎士の部隊が飛んで居た
「参ったねどうも。後ろはゼロが始末する。竜騎士の発射と同時にゼロは急旋回する」
〈了解……発射!〉
竜騎士のラックから蛇君が次々に飛ぶのを見ると、才人は急旋回で一度離れて後方部隊と接近し、そのまま左右投下レバーを倒すとまた急旋回で離脱した
誤爆防止の識別範囲から離れた時には、相対速度差で敵竜騎士に突貫した方が弾着がどちらも早い為に、真っ直ぐ飛んで狙い通りに着弾し、爆発が轟いた
一旦竜騎士達が速度を落として才人の合流を待つ中、才人が合流をすると、そのまま飛行を重ねる
新しく来た竜騎士達が怯み、接近を躊躇した様だ
「逃げてくれると楽なんだがねぇ」
才人はそんな事を言いながら、後ろを振り返ると、ルイズは詠唱の為に集中している
今は雑音を聴かせるべきじゃないと判断し、才人はまた前方に意識を戻した
〈ちょっとちょっと、どういう事だ?あれだけ居るのに撤退していくぞ?〉
〈本当だ、何なんだよ?あれ?ハルケギニア最強部隊じゃないのかよ?〉
才人もいぶかしむが、逃げてくれるなら有り難い
「強力な火力見て、今は攻撃止めたんじゃないか?」
〈あ〜、そうかも〉〈才人見たら撤退しろと命令されてるんじゃない?一戦単騎で26騎撃墜なんざ、普通無理だもん〉
才人は笑おうとして、固まった
ジークと積乱雲見たら撤退して良いと、実際に米軍が命令していたのを思い出したのだ
「あ〜うん、ダータルネスへの道が開いた。警戒しながら行こうか」
〈雛鳥1、了解。全員警戒だ〉〈ウィ〉
才人達は空飛ぶ使い魔達に監視される中、あっさりとダータルネスに到着し、ルイズは大艦隊の幻影を出す事に成功し、寡兵による陽動に成功、地上部隊の吸引に成功すると、あっさりと撤退し、竜母に帰還したのである
才人達は竜騎士達の航法に誘導を頼んで竜母に着艦し、4番デッキに降りると歓声が上がっていた
「陽動成功です。今、ロサイスに敵部隊は居ないと、連絡入りました」
「お、やったね。ルイズ、今回は文句無しだってよ」
そう言って振り返ると、ルイズは大魔力を行使した反動で、後部座席で熟睡していた
才人は村雨とデルフを身に付け、そんなルイズを抱え上げると抱っこをしながら軽く降り立ち、そのまま歩きながら甲板員に喋った
「活躍したお姫様はこの通りだ。後は任せる」
「了解だ、艦長」
「この船の艦長じゃねぇよ」
「じゃ、女たらし」
才人は鳩が豆鉄砲を食らった表情をしてしまい
「…あのな」
「合ってるだろ?」
「…言い返せねぇ」
そう言って、苦笑しながら歩き去った
* * *
アンリエッタは政務の傍ら、喪服に身を包み、祈りを捧げる様になっていた
何に対し、誰に祈っているのかは、アンリエッタ本人しか知らない
聖堂で聖具に向けて祈りを捧げているアンリエッタに対し、マザリーニが探しに来たのは、昼休みの事だった
「陛下……政務が少し楽になったのは確かですが、祈りの回数が多く有りませんかな?」
「‥‥マザリーニ、貴方に何が判るのですか?」
「ふむ……私に判るのは、陛下は黒より白が似合うという事ですな」
「‥白では喪服になりませぬ」
そう言って、祈りを止めないアンリエッタ
放っておくと、政務を全て押し付けられる
それも構わないが、女王として成長を続けるアンリエッタを、我が子の様に見ていたい願望が強いマザリーニは、彼女を現実に引き戻すべく、言葉を紡がねばならなかった
諌める役割は、そろそろ彼の男に譲りたいと思わないでもない
「総司令部より報告が来ました」
ピクンと反応するアンリエッタ
「アルビオン艦隊精強ナルモ、我、撃チ破ラン。突破に成功した模様です」
「本当ですか?」
バッと振り返り、一気にマザリーニに詰め寄るアンリエッタ
マザリーニは髭をしごいて、頷いたのだ
「間違い有りません」
「私の友達と‥‥」
言おうとして、飲み込んでしまったアンリエッタ
マザリーニは、そんなアンリエッタの揺れる心の理解者だった
「勿論、ゼロ機関所長とミスゼロは非公式ではありますが、戦果を上げておりますぞ」
「内容は?」
「作戦内容は極秘ですな。戦役終了迄は、女王相手でも分析が済む迄は非公開との事です。ですが一つだけ」
「はい」
「ロイヤルソブリン級を撃破出来たのは、間違いなくゼロ機関の力と、報告に添えられておりました」
「おぉ‥‥‥」
感極まったアンリエッタが涙を流している
「無事に帰って来ますよ」
「‥はい」
涙を指で拭いながらもアンリエッタが頷き、マザリーニは敢えて言わなかった
今は、20万の兵力の内、既に1万の正面戦力が喪った事を言う時では無かった
顔を知った人間も、知らない人間も、まだまだ死ぬのだ
* * *
キュルケは朝起きてフレイムと繋げると、既に戦場の風景が繰り広げられ、あちこちに視界がグルングルンする光景に、起きたまま目を回してベッドに倒れこんだ
フレイムが艦上で無茶苦茶に振り回されてるのだろう
「き、気持ち悪ぅ」
ベッドでウンウン唸るが、フレイムが態勢を立て直して前方を見つめると、なんと前方にロイヤルソブリン級のアッパーデッキが見え、其所に向けて火を吹いていたのだ
思わずそのまま手を振り上げて思い切り叫んでしまうキュルケ
「ヤー!ヤー!イケイケ兄様!イケイケツェルプストー!」
フレイムが振り返った様子から、どうもアッパーデッキに出ているらしい
きっとロープで巨体を結ばれてるのだろう
そして振り返った先は、鉄板で覆われた火薬樽が、ガイドレールを伝って艦尾から連続的に投下されるのを見、爆発と同時に艦が上昇
更にキュルケは喝采を上げた
「きゃっほ〜!!流石ダーリンとツェルプストーの愛の結晶ね!やっぱりダーリン最高!」朝からヤーヤー言ったキュルケの隣部屋から、苦情が出たのは無理からぬ事になった
* * *
朝食の席で既に上機嫌だったキュルケに、モンモランシーが怪訝な顔をしていた
その理由が判明したのは、自習時間になってからである
「ちょっとちょっと聞いて聞いて!トリステイン=ゲルマニア艦隊がアルビオンを打ち破ったわよ!」
「え?嘘?」「本当?」
「本当よ、本当。この目でしっかり見たもんね。いやぁ、すんごい戦い振りだったわぁ」
「どうやって……あ〜〜使い魔!」
「ビンゴ!!」
そう言って、パチンとウィンクするキュルケ
色気以外も、振り撒く時は振り撒くのだ。少しずつ、キュルケも変わっていた
嫌われる部分も有るが、取っ付き易さが大分滲み出ていて、以前程不興を買う事が減っている
最も、男が居ないせいで、無理に張り合う必要が無くなった部分の方が、非常にでかいのだが
「最近ツェルプストーの使い魔見ないと思ったら、軍人に預けてたの」
「そういう事よ。信頼出来る人に預けてあるから安心ね」
そう言ってホクホク顔だ
「ねぇねぇ、戦場はどうだった?」
「人がゴミの様に死んで行くわね。敵も味方も。一山幾らで死体の山」
キュルケが聞かれた事に何気無く答えた瞬間、全員凍り付いた
戦場を既に経験しているキュルケとは違い、大部分の選りすぐりのお嬢様達には無縁の世界だ
そんな世界を知る時は、彼女達は絶対絶命のピンチでしかない
知らない方が幸せなのだ
キュルケは空気がどんよりし始めたのを、才人が良くする様に頭をぽりぽりしながら言い出した
「戦争って、いやぁねぇ、ウンウン」
一人頷くキュルケに、相槌を打ってくれるクラスメイトは、モンモランシーからすらジト目で見られ皆無だった
「あぁもう、ダーリン居ないし、タバサは外出中だし、からかい甲斐のあるヴァリエールは居ないし、つまんない」
「振った話題失敗しただけじゃない」
モンモランシーに突っ込まれて、難しい顔をしてしまった
* * *