XX1-315
Last-modified: 2012-12-05 (水) 01:00:24 (4154d)
平民の料理人やメイド達は調理場と使用人寮に集められており、メンヌヴィル隊は動けば殺すと閉じ込めた後にロックをし、平民達を無視した
お陰で料理人やメイドからは、被害は殆んど出ずに済んでいる
全員メイジのメンヌヴィル隊の傭兵達相手では、武装してない平民など、草を刈るように簡単に刈れるのだ。邪魔さえしなければそれでいいのである
だが、武装している銃士隊やライフルとフライパン片手に奮戦するシエスタは攻撃対象だ
フライパンも立派な鈍器である。おまけに、軽い盾になってしまうため、中々便利だ
事実、シエスタはマジックミサイルをフライパンで回避している。勿論、エレオノール謹製の魔法強化仕様なのは、言うまでもない
「あははは、ミスヴァリエールのお陰で命拾いしましたぁ」
本部に補給の為にエレオノールと共に帰還して、シエスタは汗を垂らしながらぜえはあ息を吐いていた
倉庫と休憩所が解放されて、倉庫が治療施設、休憩所では動ける者が息を吐いている
そんな中、応急処置を終えたコルベールが休憩所に入って来た
「戦況は?」「良くない。こちらの戦力は銃士隊が7名、ゼロ機関が三名。捕まってる銃士隊の捕虜が11名、学生は解放出来たが、オスマン学院長が捕まったまま。おまけに、学生と教師の大半が負傷と恐慌を来して使えん。支援してくれる学生は、水使いの生徒僅か12名(モンモランシー含む)。後は、ツェルプストーとタバサのみ。はっきり言って、お互い削ったとは言え、傭兵隊の連中のが、戦力は上だ」
アニエスの分析に、コルベールは難しい顔をする
「03式銃のストックはもう無いですな。マスケットライフルで凌ぐしか無い」
「私が一挺持ってる。陛下への献上品を頂いた」
「では、シュヴァリエもスクウェアメイジと同等の戦力と換算出来ますな。向こうの傭兵はクラスもさる事ながら、練度が半端ない。壊滅は非常に難しい」
暫くコルベールが考え込んだが、アニエスは提案を出した
「トリスタニアに、援軍「わはははははははっ!!」アニエスの言葉に、捕虜にしたメンヌヴィル隊の男が、高々と笑い出し二人に唾を吐いたのだ
「馬鹿が、俺達が魔法学院だけにターゲットを絞っていると思ってんのか?こっちはついでだ、ついで。本命はトリスタニアに決まってんだろうが!今頃トリスタニアは本隊の襲撃で、灰になってるだろうよ!くくくくくく、あははははははは!!」
その言葉に、アニエスはおろかコルベールも唖然としてしまう。アニエスすら呆然の表情を見せたのだが、コルベールはあっさり解決策を叩き出した
「成程、では、ゼロ機関の出番ですな。ミスタバサはいらっしゃいますかな?」
コルベールの問いにタバサが進み出た
「オストラントを」コルベールの言葉にタバサが頷いて、一人扉を開いて出て行ってしまう
「さて皆さん、2時間です。2時間凌げば勝ちです。やりますよ!」「「はい!」」
その言葉に、メンヌヴィル隊の男は訝しんだが、誰も捕虜に説明する気はなかったのである
* * *
コルベール達が一息ついて居た時、メンヌヴィル隊にも一息ついてしまう時間を与えてしまっていた。あのままでは、魔法学院側の敗北になってしまった為、致し方ないと言えるだろう
メンヌヴィル隊は、魔法学院側が立て籠もったゼロ機関本部を見据える校庭を挟んだ向かいの教室に陣取り、調査をしていた
「メンヌヴィル隊長、駄目ですわ。何かあの建物、他の建物に比べて遥かに頑丈っすね。対ゴーレム戦でも想定してんのか?砲撃でも壊せそうにねぇ」
「籠城するにはうってつけと云う訳か。炎はどうだ?」
「無理っす。隊長の白炎全開で、やっと壊せるか怪しいもんだ」
「…何だ、そのふざけた建物は?」
「知りませんよ。主成分は石灰と砂利で中に鉄棒が入ってて異常に頑丈、石灰岩はあんなに頑丈じゃねえ。一体何なんだ?あの建物」そう言って土使いの隊員は肩を竦める
「つまり攻撃は、窓と出入口のみですね。しかも、窓ガラス迄やたらに頑丈、何なんだありゃ?」「…厄介な所に籠ってくれる」
「隊長、今、貴族の女が一人、仲間を見捨てて逃げちゃいましたね。青髪だな。ガリア系の貴族か?」「攻撃は?」
「風竜に乗ってます。あっという間に射程外だ」「そうか」
メンヌヴィルは逃した事についてはそう言うに留め、目前の対処方法に頭を巡らせていた。
「奴らならどう出る?」「仲間の女共、目の前で犯せば出て来るんじゃないですかね?」
そう言う部下にメンヌヴィルは振り向いた
「狙撃される中で、やる度胸の有る奴、居るか?」「…ですよね。やっぱ駄目かぁ」
だが、メンヌヴィルは以外にも、自ら進み出た
「俺がやるなら構うまい」そう言って、捕虜の銃士隊員に見えない目を向け、隊員達は光を映さない眼球の動きに、怖気を立てたのだ
* * *
メンヌヴィルが捕虜にした銃士隊の隊員の一人を引きずり校庭の前に現れ、大声でゼロ機関に向けて叫んだ
「聞こえているか、コルベール!お前が出てこないなら、この女は、惨めに犯されて死ぬ!助けたいと思うなら、さっきの続きと行こうじゃないか?なぁ!!」
そう言って、メンヌヴィルは、外套に包んでいた女の外套を剥ぎ取る
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!?」「せいぜい泣き叫べ。助けて貰える様にな」
そう言ったメンヌヴィルは、自身の一物を取り出し、女を操りで尻を向けさせるとそのまま無理やり挿入する
「いぎっ。痛っ。助けて。助けて、隊長。アニエス隊長〜〜〜〜」
出てきたメンヌヴィルの行為に、激怒したのはアニエスだった
「糞、離せアメリー!」「落ち着いてください!マノン達が戦死したと言ったのは隊長じゃないですか!私達は女です!負けたらああなるのなんて当たり前なんです!」
アメリーの制止にも拘らず、アニエスは先程出した自身の命令も忘れて激昂しまくり、銃士隊の隊員たちが自身の隊長の激昂を抑えようと引き留めている
「落ち着くんだ、シュヴァリエ。あれは挑発だ」
「男は皆そう言う!ふざけるな!ただ殺すならともかく、あんな辱めまで受けろと言うのか?それで教師が務まるのか?だからお前は私の村を焼き捨ててるにも関わらず、こんな所でのうのうと教師をやっていられるんだ!」
制止したコルベールだが、アニエスの糾弾に固まってしまった
「離せお前達!私が行く!銃士隊隊長の首なら、奴らも無下にしない筈だ」
「考え直してください!指揮官が一隊員の為に動いたら、全員死にます」
「五月蠅い!私は隊員をあんな目に遭わせないと決めてるんだ!」
隊員達はアニエスの言葉に、拘束した腕を思わず緩めてしまう
「馬鹿ですよ…指揮官失格です」「済まない。何、私の後任にはミシェルが居る。何の心配も要らない。後は頼む」
「…本当に馬鹿」そう言ってアメリーは敬礼し、答える「指揮権、第一分隊長アメリーが引き継ぎます」
アニエスが去っていく中、コルベールは一人、立ち尽くしていた。既に、エレオノールとシエスタは、出撃していたのだ
* * *
「どどどどうしましょ?ミス。私じゃ狙えません」「私でも無理ね。私の有効射程に近づいたら、アウトレンジ出来ないじゃない」
そう言ったエレオノール達が陣取っていたのは、鐘楼を鳴らす塔である
どういう場所が良いか、才人の試射に付き合ったエレオノールは学習していたのだ
もっとも、才人自身が本職の狙撃手では無い為、ヒットアンドムーブに付いては、少々お粗末ではある。が、それでも、フライと地形を完全把握している地の利は、二人を敵に気付かせずに移動させていた。その二人に、アニエスが一人、進み出たのが見える
「ミラン?あの馬鹿。あんな単純な手に何で乗っかってるのよ?」「さあ?」
シエスタにはそう言うしか出来なかった。二人には、アニエスがどうして浅はかな行動に出るか、塔からは窺い知ることが出来なかったのだ
「とにかく援護よ。良いわね?」「はい、ミス」
* * *
ザッザッザッザ
アニエスが大地を踏みしめて歩く音が木霊し、メンヌヴィルと彼女の部下たるマノンの前に立った
「隊長。ひっひ、っく。すみ…ません」
「マノンを離してくれ。代わりに私が捕虜になる。近衛たる銃士隊隊長なら、手柄としては上々だろう?」「…コルベールはどうした?」
「臆病に、引き籠ってるよ」「…そうか。ウル・カーノ」
その言葉に、メンヌヴィルが着火を唱え、マノンの髪が燃え出した
「嫌、やだ、なんで?あ、ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁ!?」「おぉ!これだこれ!出る!」
マノンの上半身が燃え盛り、断末魔の痙攣の最中、メンヌヴィルがアニエスの目の前で射精し、目の前の惨劇に、アニエスは呆然と見詰めてしまった
「な、何を?」「ふぅ、やっぱ、女は焼くのが良い」
上半身が焼け落ちたマノンの死骸からイチモツを抜き出し、メンヌヴィルは不気味な笑みを浮かべる
「俺が来いって言ったのは、コルベールだ。お前程度の端女じゃない。まぁ、捕虜になりたいってなら、別に構わんぞ?」「…コイツ!」
アニエスは歯軋りと共に失敗を悟る。その時、アニエスに声が掛かった「シュヴァリエ!伏せて!」
思わずアニエスが伏せると、丁度頭上をフレイムアローが通過し、メンヌヴィルに襲い掛かる。が、メンヌヴィルは杖たる鉄棍を一振りしただけだった
それだけで、全ての炎の矢は漏れ出た炎によって叩き落とし、力の差を如実に見せられ、キュルケを歯噛みさせるが、それだけでは終わらない
キュルケにお返しとばかりに、フレイムアローを放ったのである
キュルケの攻撃力を削ぐ様に、付近になると炸裂し、キュルケが吹き飛んだ
声すら出ずに弾き飛ばされて横たわるキュルケ。その時、アニエスはサーベルを抜いて斬りかかっている
カシ〜〜ン
金属同士の衝突音が鳴り響き、アニエスが至近距離でメンヌヴィルを睨む
「…貴様、よくもマノンを」「たかが女一匹に何を騒ぐ?」
メンヌヴィルの方が、膂力は圧倒している。アニエスはあっという間に姿勢を崩され、鉄棍の一撃を回避する為に自ら後方に飛んだ
「今です!」シエスタがそう言って03式銃の引き金を引き、銃口から火を噴いた
ダアァン!
だが、ガンダールヴでなく訓練もしていないシエスタの狙撃は逸れ、メンヌヴィルの側の土を、盛大に抉るに留まった。そして、メンヌヴィルに位置がばれてしまう
「鐘楼だ、やれ」「了解」
「隊長を守れ!撃てぇ!」シエスタの狙撃が合図になり、乱戦が始まった
パパパパン
窓から飛び出たマスケット銃の軽快な銃声が木霊し、メイジ達が対抗の詠唱を唱え、先程の静寂から一変し、一気に喧騒に包まれた
アニエスは一旦下がり、キュルケを起こす
「大丈夫か?」「平気って、言いたいとこだけど、ちょっと無理かな?」
「下がるぞ、治療しろ」「りょうかい」
肩を貸したキュルケ自身は不貞腐れた返事をしている。ここまでの苦戦は、生涯初なのだろう
「ダーリンが居れば」「言うな」
アニエスの制止にキュルケも気付く、アニエスも喉から出かかってるのだと。キュルケはこの戦いの最中、二度と才人の事を口にしなかった
その時、狙撃手を潰すべく、メンヌヴィル隊の隊員三人が、三方向から鐘楼に向かって飛び、シエスタは慌てている
「わわわわ、三方向からなんて、ずるいです!」
慌てて引き金を引くも、全く当たらない
「やだ、来ないで来ないで!」
すっかり涙目なシエスタの耳に、詠唱が詠われた
「イル・アース・デル・ソーン・イス」
詠と共に優雅に杖が流れ、それとは裏腹の凶悪な魔法が炸裂したのである
辺りに破砕音が轟いて、鐘楼から石の槍が針鼠の様に突出し、厄介なスナイパーを潰すべく突入した男達をまとめて串刺しにしたのだ
シエスタはこんな威力を持つにも関わらず、それでもナンバー3のエレオノールの能力に感心しつつ、つい文句を言ってしまう
「…ミス、そんな魔法有るなら、私なんか銃使わなくても良いじゃないですか」
「ストーンパイクみたいなトライアングルスペルを連発したら、あっという間に魔力切れよ。それより、脱出するわ」
そう言って、エレオノールはシエスタを鐘楼の外にぽいって突き落とし、自身も一緒に抱き抱えて落ちながら、フライを唱える
「わ、わ、わ、何ですかぁ!?」そう言ったシエスタは見てしまった
ストーンパイクで建材を使われた鐘楼が音を立てて崩れ落ちて行ってしまい、エレオノールが何故使いたがらないか理解した
土使いは周りの固体が材料であり、無暗に使うとあちこちに被害が拡大してしまうのである
特にエレオノールは、固定化を凌駕して魔力を浸透させる事が出来る。正に、地形も建物も思いのままに、変えてしまうだ
上空から、ちらりとメンヌヴィルの方を見たエレオノールは、コルベールが歩いて行くのが見えたが、本部に死角から襲おうとしている隊員に気付いて、そちらに注意を払い、シエスタと共に木に降りた
* * *
コルベールは、一人メンヌヴィルの下に歩いて対峙した。開けた校庭に一対一で向い合い、コルベールは無表情、メンヌヴィルは歓喜の表情を呈している
トリステインもアルビオンも、二人の争いに介入出来るほどの余裕は無く、目の前の生死のやり取りで手一杯である
「ようやっと来たか。尻に火が付くのが遅いぞ」「…あの時、お前の目を焼いたのは、やり直しをさせる為だった」
その言葉に、メンヌヴィルは喜悦の表情で返答する
「あれは感謝してるぜ、隊長。お陰で、温度を見る事で、目に頼らずに見れるようになったぜ」「…まさか、視力を失っても、戦いを辞めぬとは思わなかったよ」
そう言って、コルベールは嘆息する
「私のツケは、払わねばなるまい」「出来るのか?」「やるさ。昔に戻るだけだ」
メンヌヴィルは笑みを深くする。彼が待ち望んだ本物の炎蛇が、目の前にようやく表れるのだ
そして、コルベールの動きが目に見えて変わる。ゆらりと動いたと思った瞬間、一気に動く。そう、蛇の緩急を付けた動作は、見る者に錯覚を起こすのだ
流石のメンヌヴィルでも対応が後手に回り、コルベールの猛攻が始まった
真正面からブレイドでの斬撃にメンヌヴィルが鉄棍で受け止めると、既に詠唱を終えていたコルベールは、ディレイスペルを発動させる。そう、メンヌヴィルの背後からだ
だが、メンヌヴィルにはこの程度は想定内であり、あっさり杖たる鉄棍を背後に振ってフレイムシールドで防御すると、既にコルベールはメンヌヴィルの爪先を踏み拉き、そのまま熊手で掌底打を、下から上に全体重を乗せて打貫いたのだ
「がっ」
爪先を踏まれたせいで、自ら跳んで逃がす事も出来ずにたたらを踏むメンヌヴィル。コルベールは既に次の動作に入っていた。掌底を打った時に唱えていたフライを解放し、飛び上がり様、くるりと一回転しながら踵蹴りでメンヌヴィルの後頭部に叩き込み、前のめりで地面に叩きつけたのだ
「…ぎ」「ウル・カーノ・スフィア」「!?」
コルベールの追撃にメンヌヴィルは無理やり身体を動かして転がり、僅かの時間で生死の明暗を分けたことを確信した
ボンと音を立てて、今迄寝転がって居た所がフレイムボールで蒸発していたのだ
「しぶといな、メンヌヴィル」「…」
鼻血と共に、メンヌヴィルの額に冷や汗が垂れる。コルベールは、全く衰えていなかった。寧ろ、冷徹さはそのままに、体術と魔法の練り具合は更に進化している。何処まで行けば追い着くのか、メンヌヴィルはつい歯軋りしてしまう
「メンヌヴィル、前から言ってるだろう?魔法は、決して魔力だけではないと。君への授業はこれで最後だ。思えば、君は、私が担当した一番最初の生徒だったよ」
ぎりっと歯軋りするメンヌヴィル
「君が此処まで歪んでしまったのは、教師たる私の責任だ。だから今、私が責任を果たす時だ。最後にお願いを一つだけ聞いて上げるよ。私は生徒のお願いに弱いんだ」
「舐めるなコルベール!俺の願いは、お前を焼く事だ!」
「やってみればいい」
メンヌヴィルの望みは叶えられた。そう、コルベールは、魔法の撃ち合いに応じてくれたのだ
本来なら、そんな事する必要がないにも関わらず、だ。メンヌヴィルはつい、舌舐めずりをし、白炎を唱える
「俺にチャンスを与えるとは、老いたなコルベール!以前のお前なら、問答無用で燃やした筈だ!」
既に『炎蛇』の二つ名を持つ男は、炎の蛇を出していた
メンヌヴィルは、さっきの衝突で解った事があった。火力だけなら、コルベールより自分の炎のが上である。つまり、力押しなら、決して自分は負けないのだ
「クククク!ハハハハハハハ!! 貴様の炎など、俺の炎で飲み込んでやる!」
事実、メンヌヴィルは白炎の輝く炎で躍りかかる炎蛇の咢に飛び込み、そのまま炎を同化させて自身の炎にすると、勢いを増してコルベールにぶつけ、杖を持ったコルベールの右腕を飲み込み、破裂音が周囲に轟く
「杖を失った貴様は終わりだ!」
メンヌヴィルの一撃を右腕を犠牲にしつつ回避したコルベールの左腕には、先程右腕事焼いた杖が有った。咄嗟に持ち替えていたのだ
「な…に…?」
右腕を失ったにも関わらず、コルベールは涼しい顔で杖を振い、メンヌヴィルは背後に発生した炎蛇が、咢を開いてばくんと丸呑みする様をスローモーションで感じてしまった
「やっぱり、あんたは最高だ。コルベール…た…い…ちょ…う」
最後の呟きは、炎の蛇の腹の中であり、誰にも気付かれない
コルベールは火葬をしながら、死せるメンヌヴィルに呟く
「私が操る炎蛇が一頭だけとは言ってないぞ、メンヌヴィル」
そして、コルベールは他の支援を行おうとして歩きだし、そのまま前のめりに倒れた
「あ……れ?まだ、動く筈ですが?おかしいな、以前なら…」
コルベールは、白炎の熱量を真正面から浴びた右半身が焼け爛れているのに気付いておらず、左半身だけで這っていた
既に、痛みも感じていないのだ
* * *
「えっと、ミスタトビ。この様な場合は、私は何をすれば宜しいのでしょうか?」
「出撃せよと、命令すりゃ良いです。後は任せて下さい」
そう言ったトビの言葉に頷いて、艦橋に立ったカトレアは素直に命令を下す
「あ、はい。では、オストラント出撃です」
「ウィ、出撃だ。もやい解け、行くぞ」
カトレアの言葉にトビが伝声管に向かって怒鳴り込み、オストラントは宙に浮き上がり、そのままプロペラ回転が上がるとふわりと浮きあがり、一路トリステイン魔法学院に向けて艦首を向けた
タバサは4番デッキに陣取り、すぐに出撃出来る様にしており、同じく待機中のマルセルが声をかける
「心配なのは解るが、一人先走っても効果は無い。今は皆と行動するべきだ」
その言葉に、タバサは頷いた
タバサ達が待つ時間はごく短く、直ぐに指示が入る
〈ドラグーン、出撃準備。アッパーデッキに出てくれ〉
「了解」
いち早く動いたのはタバサで、思わずマルセルは苦笑する
「友達か……良いものだな。お前達、少女たちの危機だ。まだ腕は錆びついて無いな?出るぞ!」「おおう!」
* * *
エレオノールはシエスタと共に学園内の樹木に居座り、狙撃と移動を繰り返して居たが、通信機に声が聞こえて来た為に立ち止まる
〈こちらオストラント。学院に砲撃は出来ない。ドラグーンを送るので、共に掃討してくれ〉
「エレオノール、了解」
そのまま、シエスタを後ろから抱える
「え?ちょっとミス?」「飛ぶわよ。イル・ソラ・フル・ウィンデ」
がさっと、二人が飛び出すと
「あいつらが狙撃手だ!二人とも殺せ!」
その言葉に、傭兵達からマジックミサイルが飛んで来る
「きゃあ!?当たる〜〜〜〜〜!!」「黙って!気が散る!」
そう言ったエレオノール達を、一瞬の交錯で巨体が浚い、更にエアシールドが展開されて、青髪の少女貴族が今時珍しいロングスタッフを縦に構えて、毅然と風竜の背に乗って居た
「ミスタバサ!助かりましたぁ!」
シエスタの声に、タバサは反応しない様に見えたが、シエスタにはちょっと照れてるのが何となくだが理解出来た
「あんた、確か、範囲魔法使えたわね?」エレオノールは礼もせずに問い、タバサは頷くのみ。互いに世辞を言ってる時ではない
「ちょっと、ミスあれ……ミスタコルベールです!」「え?ミスタ!?」
シエスタの確認で二人が倒れてるコルベールを見、そこからは一気呵成に動いた
シルフィードからタバサが飛び降りると、続けてエレオノールが飛び降り、衝突寸前でレビテーションをかけゼロ機関の屋根に降り立った瞬間、二人同時に唱えたのだ
「ラグース・ウォータル・デル・ウィンデ」
「クリスタル・デル・アース・イング・イーサ・フォーレ!」
………初めは雪の結晶が辺りを舞った。そして、地面が太陽の光を反射して煌めいた。傭兵達が異変を察知した時、凄まじい雪の嵐に見舞われて動けなくなり、次に出たのは地面からの大量の水晶の森だった
結晶化された水晶は不純物により、様々な貴石として出現する
不純物の無いロッククリスタルに始まり、アメジスト、シトリン、ローズクォーツ、タンジェリンクォーツ、イエロークォーツ、モリオン、スモーククォーツ、ミルキークォーツ、ルチルクォーツ等、正に煌びやかな水晶の森だった
だが、森に閉じ込められた者達には死の森である。人間の作った殆どの金属を貫く、魔の森だ
傭兵達の大半は、足元から串刺しにされ、脳天まで貫かれた。串刺し公ヴラド=ツェペシも手放しで称賛する、美と死の調和だった
「エレオノール=アルベルティーヌ=ル=ブラン=ド=ラ=ブロワ=ド=ラ=ヴァリエールが開発した新魔法、クリスタルフォレストよ。お気に召して?」
右手で杖を一振りしながら、左手で空中に跳んだ際にずれた眼鏡を直し、右手で指輪をきらりと光らせつつ髪を掻き上げた様は、マリコルヌでなくとも思わず平伏したくなる美しさで、エレオノールは澄まして答える。ヴァリエールに相応しい、破壊と美の饗宴に満足げではあるが、今の魔法で魔力はすっからかんで、内心は冷や汗だらだらだ
ゼロ機関での日々は、コルベールはおろか、エレオノールの魔法にも新境地を拓いていた
最初は反発していたが才人の話を理解していくにつれ、非常に有り触れた素材が、実は使い方次第で凶悪な力を発揮する事に気付いたのである。土の大半を構成するのは二酸化ケイ素、その結晶たる水晶は珪砂に含まれる非常に有り触れた素材であり、ガラスの原料になり、鉄等の金属を加工する為に使われる砥石になる、何処にでも存在する石ころだ。クラスさえあれば、大量生成も問題無い
ゴーレムの様に大質量を扱うエレオノール達土使いなら、魔力の届く範囲を水晶の槍で埋め尽くすのは、大変だが出来ない訳ではない、と、云う訳だ
窓から銃を出して応戦していた銃士隊の隊員が、突然の水晶の森と雪風にぽかんとしていて、魔力が切れて水晶が土に戻ると、空中から風切音がして、更に串刺し音と悲鳴と銃声が轟いた
ゼロドラグーン(ゼロ機関幻獣銃騎兵)の突撃だ。ゼロドラグーンに合わせて銃士隊もアニエスの号令で制圧に飛び出し、魔法学院での戦闘の趨勢はついたのである
* * *
コルベールは瀕死の状態で担ぎ込まれ、モンモランシーがゼロ機関本部の秘薬をひっくり返して懸命に治療するが、芳しくなかった。目の前に見えていたにも拘らず、激烈な攻勢の前に、銃士隊も学生達も救助に向かえなかったのだ
モンモランシーや、他の女学生達が懸命に治癒を唱えるが、一人、また一人と精神力切れで倒れていく中、ゼロ機関の水使いが到着し、一目見るなり首を振ったのだ
「済まないが手遅れだ。スクウェアでも治せん」
「パレでも無理か……」そう言ったのは、エレオノールである。ゼロ機関に志願して雇われたアンブロワーズ=パレは、魔法で治すのが一般的なハルケギニアに於いて、外科処置も行う元軍医だ。自身の魔力の少なさとクラス上昇に見切りをつけ、別の方法を探ったら外科処置に活路を見出した経歴持ちで、負傷により隻腕になると外科処置も出来ないとして退役した
つまり、数少ない魔法外科医であり、才人の技術偏重姿勢に多大な興味を抱いた一人だ
才人からは、微生物の働きの阻害で、医療は清潔にすることを学んでいる
エレオノールにより、より良い義手を誂えて貰い、以前のままとはいかないまでも、かなりの作業がこなせる様になり、今の立場も気に入ってるらしい
数多くの負傷者や致命傷の兵士を見てきた経験は、負傷により、どの魔法と秘薬と処置を組み合わせれば、持ち直すか良く解ってるのだろう。だが、モンモランシーには、受け入れ難い現実だ
「そんなこと言わないでよ!先生は、私達を助ける為に!お願いです!助けて!私の力じゃ」
「君も医者の勉強を始めたみたいだな。なら、解るだろう。重要な内臓を焼き過ぎた。肝臓が全て焼かれていて、小腸大腸も三割焼けている。これでは精霊の涙があろうと、延命にしかならん」
その言葉に、モンモランシーがぽたぽた涙を流し始めた
「先生、コルベール先生。ごめんなさい、ごめんなさい。もっと、授業をちゃんと聞きます。もっと真面目に勉強します。だから、死なないで!」
ぐしっぐしっと鼻水をすすりながら泣くモンモランシー。傍らには、水とお湯とアルコールを用意して、シエスタが指示を待っていた
「治療は無理だが、最期の言葉位は」そう言ったパレが、消毒した布を臓器が露出した患部に当て、精霊の涙をモンモランシーから受け取ると、治癒の詠唱をしながら、患部に振りまいた
荒れた呼吸を繰り返していたコルベールの息に平静さが戻り、暫くすると眼を静かに開く
「…私は…?」「悪いが致命傷だ、副所長。遺言の時間しか稼げん」「そう…ですか」
患部である右半身をベッドに付けない様に横向けに寝かせられ、右腕を動かそうとして呟く
「…あぁ、メンヌヴィルに持って行かれてましたか」
そんなコルベールに、敢えてエレオノールは努めて普段と同じように話しかけた
「ミスタ、遺言は有りまして?」
そんなエレオノールの様子にクスリと微笑むコルベール
「うん、ミスヴァリエールはそのままで良い」一息付いてから、コルベールは語り出す「才人君は昔の私に似ている。いつ死んでも構わないと思ってるだろう。君達で、彼の心を癒して欲しい」「「必ず」」
はっきりと即答したのは、二人、エレオノールとキュルケで、タバサ達は頷いただけだ
「学生に犠牲者は?」「お前のお陰でゼロだ、コルベール」
つかつかと荒々しく仮眠室に入室して来たのはアニエスで憤懣やる方ないといった感じだ
「だが、銃士隊第一分隊は生き残り10名切って事実上の壊滅だ。だが、その前に」
ずかずかと踏み込んだアニエスがコルベールの胸ぐらを掴んで持ち上げようとするのを、モンモランシーが全身で妨害し、アニエスは重傷患者にする事では無いと気付いて何もしないとアピールして再度コルベールに顔を近づけた
「貴様がタングルテールを焼いたのか?」
アニエスの問いに、コルベールは頷いた「えぇ、そうです。私がタングルテールを焼きました」アニエスがかっと目を見開いてサーベルに手をかけるのを無理やり抑えたのはキュルケである
「先生は瀕死よ」憮然としながらもアニエスは憎しみに満ちた目でコルベールを睨む
「貴様が母を、村の人々を焼いたのか!貴様が!貴様が!」
「…あの時は、疫病と聞かされていた。…だから、私は陛下の杖として任務に私情を挟まず、全てを焼き払った」
辛いのだろう、暫く開いてから口を開く……彼女の為に。あの村の唯一の生き残りの彼女に
「だが、おかしいと気付いたのは小隊の水使いの調査だった。疫病など発生していないと」
コルベールの話に耳を傾けるアニエス。そのまま、コルベールは話を紡ぐ、事の真相を
「既に全てを焼いていた。私に話さないで独自に命令を受けていた者たちが居て、彼らがロマリアの女性を殺す隠れ蓑で、全てを私が焼いたのさ。その者達の筆頭が、さっきのメンヌヴィルだよ」
アニエスはその話に、神妙に聞き入っている
「奴はその後、証拠隠滅で私達全員殺す命令も受けていた。だから私が奴らを処断して、小隊は解散したと云う訳さ。後は皆が軍から離れ何処で何をしてるか解らない」
「元隊員達は、私が」「…そうですか」
コルベールは言葉を紡ぐ
「貴女には私を殺す権利が有る。ですが、もう少し、顔を見せて下さい」コルベールのお願いに、アニエスは顔を近づけると、ふふっと笑う。そしてアニエスにも、彼があの時、救ってくれた人だと理解出来た。首筋に、あの火傷の痕がある
「美しくなりましたね。こんなになるんだったら、手元に置いて育てるんだった」
コルベールは、そのままアニエスに呟くとアニエスは頷き、何かを託したのだろう事が窺え、コルベールは泣いている生徒達を見回して、明るく答える
「君達に犠牲が出なくて、本当に良かった。私が居なくなった後も、しっかり勉強して、立派なメイジ、立派な貴族になって下さいね」
涙ながらに頷く生徒達、そしてコルベールは言ったのだ
「シュヴァリエ、慈悲を」アニエスが頷いて、サーベルを抜き、剣を胸の前に掲げるとそのまま両手でコルベールの心臓を突き、コルベールの生涯がここに終わった
享年42、自分の罪に苦しみ抜き、更なる夢を見つつ、叶わぬ事にイラつき、自分の限界に絶望しながら、それでも先を目指し、平賀才人という、生涯最高のパートナーを得て自分の夢を半ばまで実現し、これからと云う所で後進に夢の続きを託し、逝った
『少し残念だけど、悪くは無かった。ヴァルハラから、楽しく見させて貰いますぞ、才人君』
コルベールなら、きっとこう言うだろう事は、エレオノールには確信出来た
後進として恥ずかしくない様に動く事を決意したエレオノールは周りに声を掛けたのだ
「さあ、ミスタに恥ずかしくしない様に!後片付けよ!」
* * *