XX1-713
Last-modified: 2013-10-03 (木) 22:28:07 (3850d)

才人の一日は、休戦しても休みは無かった。ゼロ級の運用監督を依頼されてしまい、ゼロ機関の長としては断れない
ルイズに言ったら、唇を少し噛み締めてから軽く頷き、ご主人様の許可を得る事に何とか成功する
ゼロ機関のゼロ級まで召集されたと言われ、才人は難しい顔をする「ち、こっちに仕事させない気かよ」
理由など解っている。あちらを立てればこちらが立たず。それだけの事だ
で、トリスタニア=ロサイス=サウスゴータ間の臨時直通便がゼロ級にて行われ、才人は保守点検の監督をせざるを得なくなったのだ
何せ、乗る人間全員が禁止されているのに関わらず、物珍しさにあちこち触ってしまうのだ。ハインリッヒの法則(事故発生の法則。一件の大災害には、複数の小さな災害や更に多くのヒヤリとする事象が有るピラミッドを形成する)上、最悪の環境と言える
当然、サウスゴータに着くと毎回才人の怒号が艦長に飛ぶ
「何で怪我人出してんだ馬鹿たれ!乗客に禁止事項守らせんのが仕事だろうが!きちんと徹底しやがれ!」「す、すいません!!」
「統計取ってるが、オストラントじゃ怪我人出してねえぞ?禁止事項は全艦同じなのに何やってんだ?」
これには真っ青だ。グラフを見せられ、艦長はぐうの音も出ない
「運航に俺が入ってないから、全艦トリステイン人で条件は一緒。むしろゼロ機関は四肢を失った連中が多い。言い訳にならんな」「…おっしゃる通りで」
「国民(くにたみ)を守るのが軍人の本懐だろ?なら、ゼロ級の危険な場所から、乗客を守れ。良いな?」「はっ、了解であります」
軍人の心をくすぐる一言に敬礼で答える艦長。そんな中、事故の報告が入って来る

すいません監督。またゴーレム操者がミスりました。損傷してます>
伝声管で伝えられた事故報告に、才人は溜め息一つ吐いてから、伝声管に伝える
「解った、直ぐ行く。周囲の蒸気弁は閉めてるな?」<すいません、まだです>
「今直ぐやれ」<了解>
こんな感じで、叱咤、事故対応、修理。定刻運行に向けた点検作業。細かいトラブルは山積みで、正に休む暇が無かったのだ
離陸する様を見て一息入れると、やっと休憩に入る
「ふぅ、やっと離陸した」一日三便とは言え、いつもてんやわんや。身体を動かすと、ゴキゴキと音が鳴る
「お疲れさん」声を掛けて来たののはジョルジュだ。手には酒瓶を持っていて、一本を才人に投げ、才人がパシリと受け取り、コルクを抜いて飲みだした
「お〜お疲れ。毎回ゴーレムはジョルジュがやってくれないか?他の連中、毎回壊しやがる」
「やりたい所だけど、指揮官は変事に備えて自粛すべしって通達が回っててね」
「ったく、この貸しは高えぞ、こんちくしょう」
二人して、臨時の離着陸場の原っぱに大の字で寝転がり、そよ風を楽しむ
「…良い風だ」「ああ、白の国の風は良いな…なあ兄弟」「…んあ?」「カトリーヌとは、上手くいってるか?」
少し黙って、才人は答える
「…多分な」「ちょっと拗ねてたぞ。仕事ばっかで構ってくれないって」「しょうがねえだろ、仕事なんだから。俺だって本気で休みてぇわ」「…出来過ぎる男は辛い所だな」
立ち上がったジョルジュは埃を払ってニカッと笑みを浮かべ
「だから言ってやったのさ。隙あらば突撃せよってね」「…ふうん」
立ち上がってパンパンと埃を払ったジョルジュは、手を軽く振って歩いて行く
「出来る事が有るなら声掛けてくれ。グラモン諸侯軍はゼロ機関に全面協力を確約してるからな」「今でも随分助けて貰ってるよ」「…そう言ってくれると人足出してる甲斐があるな」
言いながら去って行き、才人はそのまま原っぱに大の字で、天幕にも戻らずに暫く風に任せていると、手がにゅっと伸びて来て、目を塞がれる
「…誰だ?」「誰でしょう?」
楽しそうに言った発音に少し考え、回答してみる
「カトリーヌ?」「正解」言いながら塞いでた両手を退けてカトリーヌが微笑んでいる
カトリーヌの服装はいつもの男装ではなく、パンツルックだが女物の服装だ
「へえ、やっぱり似合うな」「本当?はは、古着買ってみたんだ」そう言って、カトリーヌは嬉しそうだ
「ねえ、次の便まで時間有るんでしょ?」「…まあ」「少し付合ってよ」
才人は寝転がったまま、首を振って待機してる作業員に向けると、作業員は手を振って行け行けと促している。普段は才人が率先して残り、作業員達に休憩を促してるので、今回は譲ってくれるとの事らしい
才人は起き上がってパンパンと埃を払うと、頷いた
「判った。仕事ばっかで碌に街も見回ってないからな」「そう来なくっちゃ」
そう言って、カトリーヌは腕を回して、才人と組んで歩き出したのだ

*  *  *
才人の腕を組んで歩くカトリーヌは非常に楽しそうで、才人としては、こんな事で喜んでくれるなら良いかと好きにさせていて、市が立つ中をカトリーヌの為すがままにしている
カトリーヌは、才人の腕を引っ張っては出店を冷やかし、「へえ、こんなのどうかな?」「あ、こっちも素敵だなぁ」と、才人に似合うモノを物色していて、才人としてはちょっと変に思えて来た
「なんで自分の選ばないんだ?」「良いんだ、僕は」「何で?」「買っても身に着ける時なんか無いしさ」そう言って涼しげだが、以前の喜び様を知ってる才人は訝しむ
「嘘だろ?」びくりと止まるカトリーヌ
やっぱりかと溜息吐きつつ、才人はカトリーヌがちらちら視線を送っていた出店に寄って物色し始め、カトリーヌがおずおずと聞いて来た
「…良いの?」「まだまだ甘いな。物欲しそうに視線送ってたのバレバレだ」「あはは…」
言いながら頭を照れ隠しに掻き、どうにも自分の意志力が甘い事に項垂れる
「才人には本当に敵わないな。きっと、こう言う所がばれる原因なんだろうな」「何を言ってるんだ?カトリーヌは美少女だろう?気にするな」
「面きって言われると、流石に照れるや」本当に照れてる姿は、年相応の少女で、実に可愛らしい。才人はそんなカトリーヌに見繕い、エメラルドの装飾が施されている髪飾りを付けて見せた。元々顔立ちに気品がある為、髪飾りに負けずに非常に似合っている
「エメラルドとはドコの掘り出し物だよ?」「アルビオン内戦の没落貴族からの流れ物さ。中々良いだろ?」「全くだ。幾らだ?」「真っ先にウチの掘り出し物見繕いやがって、ちいっと、お高いね」
商人が平民の平均年収の6割を提示すると、才人は2割からのスタート。お互いに喧々諤々の値段の応酬に、トドメを刺したのは才人だ。商人の席に大量の支払手形が置いてあるのに気付いたのである
「その支払いに使われている大量の紙、もしかして軍票か?」ギクッとする商人。才人はははんと言い出した
「って事は、現金の持ち合わせあんま無いな、おたく」「いえ、嫌だなあ。そんな事無いですよ?」冷や汗掻きながらも、しれっと言う商人
「そっか、じゃあ金貨を軍票に両替して来るからちょっと待っててくれ」「わあ!?待って待って待って!」
才人がくるりと翻して去ろうとしたのを強引に掴み留め、頭を下げ始めたのだ
「勘弁して下さいよ!もう持ってけ泥棒!兄さんの言い値の3割増しのコイツでどうだ?悪いけどもう負けらんね」
指を三本びしっと出して汗ダラダラ、才人は頷いたのだ
「オッケー、商談成立。コイツをトリステイン王立銀行サウスゴータ臨時出張所に持って行ってくれ」「足元見やがって、コン畜生」商人が才人から額面を書かれた小切手を受け取ると舌打ちし、才人は箱を受け取るとカトリーヌに渡す
その間、カトリーヌは全く口を出さなかった。商売に疎いからだ
「ねえ、才人、良いの?」「ああ、良いの良いの。俺が後生大事に溜め込んでも意味無いしね」
嬉しいが、言い分はカトリーヌにはかなり複雑だ。才人は現金を溜める意味が無いと云う事は、永住する積もりが無い事の証だからだ。ものすごく高い買い物してくれたのに、イマイチ喜べないのが表情に出てしまい、才人が覗き込む
「嫌だったか?」「ううん、そんな事無い。すんごく嬉しい」慌てて首を振ってにこやかになるカトリーヌ。嬉しいのは本当だ。でも、本当に欲しいのだけは決してくれない。届きそうなのに、決して届かない。その差がとても悔しい
嬉しいけど不満、乙女の心はフクザツなのだ
才人に髪留めを付けて貰ったまま二人は歩き出し、市に立ってる露店で食べ物を買って食べながら歩く
「…アルビオンの食い物は、何でこんなに不味いんだ?」
カトリーヌがフィッシュ&チップス片手に難しい顔をしているが、才人も苦笑している
「こっちもやっぱりか」
才人の言い分に興味を抱いたカトリーヌが聞いて来た
「え?どういう事?」「いや、似た国が有ってさ、やっぱり飯が不味くて有名なんだ」
才人の答えに思わず吹いてしまうカトリーヌ
「ぷっ、あはははははは!じゃあ、才人の国みたいな所も有るんじゃ無いかな?」「かもね」
そう言って、才人は東の方に顔を向け、横顔をカトリーヌは眺めて、小さく溜息を吐いた

*  *  *
才人の休憩時間に合わせて、カトリーヌは引っ張って一件の宿に入った
才人は中に入るとマッチを使って火を付け、薪をくべて暖炉に投げ入れ、暖炉からは鮮やかな炎が照らされ、二人を橙色の明かりで照らし始めた
才人に寄り添い、口を開いた
「ねえ、才人。戦争、勝てるかな?」「解らん」「…そっか。才人もそこまでは見渡せないか」
才人の言い方にクスッとするカトリーヌ。才人は更に言葉を繋げる
「魔法がおっかねえんだよ。俺の常識じゃ、全く計れねえ」「僕から見たら、才人の方が計れないのにね」
そう言いながら、涙を浮かべながら訴え出した
「ねえ、もしさ、負けたら、僕の事は良いから、才人だけは逃げて。僕は大丈夫だから。僕が居なくても、代わりは沢山居るから…」「…」
才人は何も言えずにカトリーヌの顔を見る
「でもね、才人の代わりは居ないんだ。だから僕、才人の為なら、喜んで」パン
頬を叩かれて、呆然とするカトリーヌ。才人はそのまま抱き締める
「そう言う事…言うな」
頭を抱き締め、濡れた感覚が僅かに伝わると、カトリーヌは両腕を回し、瞳を閉じて頷いた
「…うん…ゴメン」
本当の才人はとても弱い。そう、とてもとても弱い。ちょっとだけ見せてくれたそんな弱さが、カトリーヌには、とても大事なモノの様に見えた
彼の大事なモノを包み込むべく、カトリーヌは彼を下から誘い、全てを受け入れるべく、口づけを交わした

*  *  *
アルビオン周回域の外海に、戦列艦の一団が整然と荒波に揉まれている
ザパ〜ン、ザパンと、大波が甲板にぶち撒けられ、その度に船員達が荒波をもろに被り、怒号が飛ぶ
「索は絶対に離すな!!流された奴は居ないか?」
甲板長の命令にメインマストトップスルのワッチから怒号が飛ぶ
「スターボート(右舷)海面に人影有り!流されてます!」「救出しろ!」「ウィ!」
メイジの船員がフライで飛んで荒波に揉まれている船員を救出しようとするも、荒れた海面が盛り上がり、二人が海に呑み込まれ、続いて白い巨体が荒波に現れ、盛大な音と飛沫を立てて、フジツボの付いた水平の尾鰭を後に海面に消えて行き、船員達が畏怖の声を上げる
「…モビーディック」「…どうすんだよ?海魔の領域に入っちまった…」
ハルケギニアで沿岸のみしか航行しない最たる理由が、荒れ海と、強大な海魔の餌食になるからだ。風石に頼るには航続距離が短すぎ、別の土地を探しに行く訳には行かないのだ
「司令!浮上を命じて下さい!」「ノンだ。陛下の命令に従え」
堪りかねた艦長が直談判するが、総司令のクラヴィルはただ首を振るだけだ
「このままでは船員が海魔の餌として消えてしまい、陛下の命令を実行出来ませんぞ!直ちに浮上を!」「陛下の命を完璧にこなすのが、我が任務だ。貴様は艦長風情で、私の代わりに責任が取れるのか?」
言い方にカチンと来た艦長が、顔を目前まで近づけて鬼気迫る表情で睨みつけ
「そんな事で、俺の部下を無駄に死なせるな!」「そんな事は解っている!我が部下でもある。ポイント到達まで耐えろ」
「これ以上部下が死んだら、お前を簀巻きにしてクラーケンの供物に捧げてやる!」「やれるものならやってみろ!」
互いが一気に下がって距離を取って杖を抜いた瞬間、伝令が飛び込んで来た
報告します!指定ポイント到達しました!指示を!」
鬼気迫る二人が報告に居住まいを正し、わざとらしく咳払いをしながら制帽を被り直して命令する
「浮上だ。艦長、風石稼動開始」「ウィ。風石室、風石稼動しろ」
伝令が雰囲気を無視して敬礼し去って行くと、艦長も咳払いして立ち去り際、小さく呟いた「…命拾いしたな」
バタンと扉が乱暴に閉じられた後に、クラヴィルは吐き捨てたのだ
「…命拾いしたのはお前の方だ」

*  *  *
森の中を、枯葉を踏みながら歩くは三人の影。二人の影はいつものコンビ、ワルドとフーケだ。それに付き添うは、フードを目深に被ったクロムウェルの秘書
二人は道案内兼護衛だ
「そう言えばさ、ワルド、子供が出来たんだって?」「…まあな」
「何だい?嬉しそうじゃないねえ?」「正直、私に父親が務まるとは思えん」
そんなワルドの肩をバンバン叩いて激励するが、ワルドの方はいつもの仏頂面に磨きがかかった顔をしていて、フーケはからかいのネタが出来たとキラリと目を輝かせている
「皆、最初はそんなもんだって」「だと良いがな」
「はっはっはっは、生まれて来る子供の為にも、頑張れお父さん」「…」
枯葉を踏む音が伴奏として流れ、何となく会話が途切れたまま歩き、思い出した様にフーケが話しかけた
「ここいら辺は元あたいの領地だったから詳しいけどさ、サウスゴータの水源地に案内しろだなんて、どういう風の吹き回しだい?ねぇ、シェフィールドさん?」
後ろを黙って付いて来る女に声を投げかけて、シェフィールドは短く回答する
「到着すれば解るわよ」「はいはい、そうですか」
そして到着すると、シェフィールドは指に嵌めてた指輪を見せて、何も言わずに台座の宝石を変化させて水源にぽたりと落とすと、用は済んだとばかりに翻る
「済んだわ。帰りましょう。二人共帰ったら直ぐに出撃よ」
返事を待たずにサクサク一人で帰って行くシェフィールドを見て、溜息を一つ吐いた二人は遅れて続いて行った

*  *  *
ワルド達が水源に向かった翌日、大晦日の日の朝、休戦してから賑わいを取り戻していたサウスゴータの市に異変が起こった
トリステイン=ゲルマニア側の兵がアルビオン人に挨拶しながら商品を物色していたら、突然アルビオン人達に襲われる事件が、同時多発で起き始めたのだ
「おい!?どうした?昨日まであんなに飲んで騒いだ仲じゃなかったのかよ?」
突然朝市の店主に包丁で襲われて、頬に切り傷を作って狼狽える兵
「そうか?判った!親っさんの飯と酒が不味いって言ったの根に持ってたんだな?その件に付いては謝る!ほらこの通り!な?ケイちゃんとの仲認めてくれたじゃないか。なぁ、親っさん。戦争終わったら、俺が婿に行くって喜んでくれたのに、そりゃあんまりだ!」
平謝りしながら、休戦後、急速に仲が良くなった娘の姿が見えたので、説得を続ける
「ケイも起きたのか。なあ、親っさんを宥めてくれよ?頼む!」
ケイと呼ばれた赤毛の娘は、一夜を共にした兵を見るとつかつかと歩み寄り、無造作に手にしたナイフで兵の首に突立てたのだ

*  *  *
「どうした?一体何が起こっている?」
突然の変事に、ハルデンベルグ候がベッドで同衾したアルビオン女性達と共に跳ね起きて怒鳴り、指示を下している間、女性はメイドから水を貰って寝起きの水分を取っている
「市民の一斉蜂起です!」「何だと?そんな馬鹿な事が有るか?奴らにはたらふく金を撒いたではないか!」ゲルマニアの金では無いので、ハルデンベルグの言い方には齟齬が有る
「違います!反乱です!ゲルマニア、トリステイン問わず、部隊の離反が相次ぎ、蜂起したサウスゴータ市民と合流、攻撃されてます!」
更に入って来た伝令の報告に、がなり立てる
「ふざけるな!そんな馬鹿な事が有るか!」「しかし、現実に起こってます!」
こう言われてしまっては、前線指揮官としては対応せねばならないが、流石に直ぐには命令が出ない
「ぐぬ…」「更に報告が…」「…何だ?」「ハルデンベルグ候、戦死です」
「貴様ぁ!ふざけるのも大概に…」ハルデンベルグ候は最後まで言えなかった
背後から女性達に刺され、身体が固まった所を、ブレイドを展開した伝令に首を刎ねられたのだ
「前線司令部は制圧した。さっさと残りを狩るぞ」「ウィ」

トリステイン=ゲルマニア同盟は、ツケの払い時が到来したのである

*  *  *


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