XX1-776
Last-modified: 2017-08-27 (日) 21:09:15 (2433d)
撤退
「糞っ、一体何がどうなっている?」「とにかく撤退だ。こんな乱戦で、しかも裏切り続出じゃ、誰が味方か判ったもんじゃない」「同感」
最高司令官がいきなり戦死したサウスゴータのトリステイン=ゲルマニア連合軍は、部隊単位での撤退作業を始め、民間人はいきなりの事態に右往左往する事になり、目端の利く者は手荷物のみ纏めて資材を全て捨て去る決断を強いて、従業員に言ったのだ
「皆、最小限の手荷物だけ持って逃げるわよ!仲間割れが発生してるみたいで、民間人にも出てるらしいわ。とにかく急いで纏めなさい。仲間でも襲って来たら、躊躇なく対応する事。良いわね?」「はい、ミ・マドモアゼル」
目端の利く者の一人、スカロンは従業員の妖精さんを手早くまとめて指示を出し、財産の
酒類を全て捨てる決断をする
「もう、冗談じゃないわよ!大損じゃないの!」「そんな事よりお父さん、何処に逃げるの?」
「決まってるじゃない。ゼロ級よ。朝一便が停泊してるのに乗るの」「うん、解った」
ジェシカが皆に伝えて落ち着きを取り戻させる
「皆、ゼロ級に乗るわ。あの船なら逃げられるから、慌てず急いで集団行動ね」「は〜い」
あくまで明るく答えた妖精さん達は、何時もの手際で荷物を纏めて行き、右往左往している民間人の群れの中で率先して歩き出し、逃げる者達が続いて行ったのだ
* * *
ルイズは仕事ばかりの才人の邪魔にならぬ様、ギーシュの部隊に残されていて、幸い部隊離反者が出ていない地域らしく、暫く事態が掴めずぽかんとしていた
辺りが慌しく行き来してるのを怪訝に思ってたのだが、ギーシュが天幕に入って来て、ルイズに難しい顔をしながら告げる
「反逆者とサウスゴータ市民の反乱に遭った。今から全部隊を撤退させる」「…嘘でしょ?」
ルイズの言葉に、ギーシュが髪を掻きむしって怒鳴り出す
「僕だってそう信じたいさ!でも事実なんだよ!サウスゴータに展開してた部隊の5割、2万がアルビオンに付いたんだ!もう、この戦争は負けだ!今はとにかく退くだけだ。御託は生き延びてからからだ!さっさと引き払え!良いか、これは部隊長たる僕の命令だ!反逆は処断する。良いね?」「…了解」
ルイズはそう言うので精一杯で、そのまま身繕いを始めて、ギーシュに付いて行った
ギーシュの怒号が辺りに響く
「第二鉄砲中隊整列!撤退開始!ニコラ、委細任せる!」「ウィ、マム!」
ニコラの返事にルイズが怪訝な顔して呟いた「…何でマム(母)なのよ?」
今だに、知らぬが仏である
* * *
才人はたまたまオストラントが停泊していた為に、宿泊を女性陣によってしっかり捕縛されてしまい、艦長室のベッドで繋がったまま寝ていた
ヴァリエール姉妹は二人揃うと困った事に対抗心を出してしまい、際限が無い。更に困った事に、シエスタ迄対抗してしまい、非常に大変だ。トドメの理由が、美女と美少女揃いで、本人の意思とは関係無しに、本能は彼女達に軍配を上げてしまう事にある。本当に困ったものだ
「今回は、ワタクシが3回出して貰って、10回イッたから、ワタクシが一番ですわ」
桃髪の美女が口に手を当てて二人を見回し目元で二人を見下し、勝利の笑みを湛えるが、金髪の美女と、黒髪の少女も負けてない
「はっ、10回なんて数が数えられるなんて、まだまだ甘いわ。最近のトレンドはイキっ放しに決まってるじゃない!身体の開発が甘いんじゃないの?」
「そうですよね〜。薬なんか使わなくても、才人さんが出涸らしになっても、私の中でイキっ放しが最高ですもんね。ねぇ、才人さぁん」
二人がグリンとシエスタを見て、才人はシエスタの胸で頭部を支えられつつ、ぜえはあと無言のまま、シエスタにキスの雨を受け、二人は涙目だ
そんな時の事である
カンカンと伝声管が鳴らされたので、才人が出ると<艦長大変です。返事して下さい>
「どうした?」<トリステインの市民達が大挙して来ます。何かあったのでは?>
才人は聞いた瞬間に指示を出す「総員起こし、ボイラーアイドリング、離陸準備。戦闘準備急げ」<ウィ、総員起こし、戦闘準備入ります>
才人がバッと跳ね起き、装備を整え出したのを見て、遅れて三人も着替え出したのだ
* * *
「状況は?」艦橋に出て来た才人がすかさず聞き、当直のマルセル=アルベールが難しい顔で報告する
「不味いな、休戦が破られたと見て良いだろう。全員着の身着のままだ」
双眼鏡片手に答えるアルベールに、才人も頷く
「なるたけ全員収容したい。何とかなるか?」「さあて、1000人以上は無理すりゃ乗るのは艦長が一番知ってるだろう?問題は」「…追撃」「って事だ」
才人の返事にアルベールが頷いて、才人が指示を出す
「ゼロ機関職員は、民間人の退避に全力を出せ」「了解、艦長は?」
才人は艦橋から降りて行きながら、答えたのだ
「誰かが殿しなきゃならんのだろ?」「…死ぬなよ」「俺は臆病者でね。お先に逃げるわ」
そう言って、才人は降りて行ったのだ
* * *
「相棒、どうすんだ?」「どうすんだって、どうすっかねぇ…」
カンカンカンと階段を下りながらデルフの問いに考えてる振りで答える才人
そんな才人がアッパーデッキに出ようとすると、金髪眼鏡の美女が、扉の前に立ちはだかった
「…」無言で才人を睨む。才人はそんな美人の肩にポンと手を置くと、避けて出て行こうとし、振り返らない美女は、去ろうとする才人にやっと口を開く
「…行くのね」「…あぁ」才人は話しかけられ、つい歩みを止めてしまう
そう、一旦決めたら梃子でも動かない才人を止める力を、エレオノールは身に着けていた。だが、エレオノールはそんな事に気付きもしない
「艦長の仕事、充分に有るわよ。避難民の誘導、艦の適切な退避、安全に後方輸送の指揮監督。それはもう、腐る程よ」「任せる。ゼロ機関の連中なら、俺なんざ居なくても、やり遂げられるさ」
顔をぐしゃぐしゃに歪めたエレオノールは、とうとう我慢出来ずに振り返ってしまった
「あんたって、いっつもそう!やせ我慢してる癖に!泣きたい癖に!!逃げ出したい癖に!!!」「…」
才人は背中を向けたまま、黙って立っている
「なのに…何で……何で…一番辛い役割、いっつも一人でやろうとするのよ?……」「…」
そのまま、才人の背中に額を預けしばし嗚咽し、才人は黙って立っていた
「必ず…帰って来なさいよ」「…あぁ」
才人が扉を開いて出て行き、心配げに見ていたカトレアとシエスタ、それにアミアスとダルシニが階段を上がって来ると、カトレアの姿を見た瞬間、エレオノールは盛大に泣き出したのだ
「がどれあ〜。ごめん、ワダシィ、い、いえながっだぁ」「姉様…」
カトレアがエレオノールを抱き締めると、エレオノールが抱き締め、ずっと泣いていた
「行がないでって、言おうどじだのに、いっじょにみんなをだずげるのも立派なじごとだって、いおうどじだのにぃぃぃぃぃぃ!!わだじのばがぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
そう、その場に居た、女性達の分全ての涙を、エレオノールは一人、流した
* * *
才人は避難民でごった返す街道を一人、逆方向に向けて走っている
「相棒、戦場に行ってもどうにもならんぞ?」「まだルイズ達が戻って来てない」
そう言ってひたすら走るが、避難民が居るせいで上手くいかない。才人は意を決して屋根に上り、密集した家屋の屋根を走り始める
「糞、間に合えよ」「相棒、竜騎士だ」「ざけんなクソッタレがあ!!」
言いながら03式を取り出してガチンと弾込めし、狙いを付けようとするが、デルフが制止する
「ちょっと待て相棒、味方だ」「何っ?」
降りて来たのは青い身体が特徴の風竜で、身体の大きさが成竜のそれだ
「やあ、才人。話は後、乗りな」「あぁ、助かった」
才人を拾い上げたジュリオは短く情報を交わす事に専念し、才人も手短だ
「何処に行くんだい?皆、撤退始めてる」「ルイズの所だ」「…全く、使い魔ってのは…」
ジュリオはそう言うだけで、ルイズ達が撤退してるだろう先にアズーロを向けたのだ
* * *
ゼロ機関は避難民を受け入れて大わらわだ。更に拍車を掛けたのは軍が乗り入れを要求し、エレオノールとマルセルが絶対拒否をしていて、押し問答の真っただ中に陥ってしまった事が、事態の混乱に拍車を掛けていたのである
「我々を先に乗せろ!」「はぁ?寝言は寝て言いなさい!!民間人が先に決まってるでしょ!!」
「我々が全滅したら誰がその民間人を守る力を持つと言うのだ?」「今此処で民間人を守る為に死ぬのが軍人の本懐だろうが!貴様それでも軍人か?俺が所属してた時代に、んな事言う屑は居なかったぞ!!」
本気で激昂したマルセルがぶんと03式を軍人の額に当てて撃鉄をガチリと引く
「お前の様な屑は生かしておけん。此処で死ね」「やれるもんならやってみろ、此処で俺の部隊と激突するか?あぁ?」
指揮官の後ろでガチャガチャと武装する音が響き、一触即発だ
「双方とも止めんかぁ!」
現れた人物は、軍人なら知らぬ者は居ない、グラモン伯ジョルジュその人だ。思わず二人共ジョルジュを見る
「マルセル、こんな奴に弾を使うな。弾が勿体無いだろうが」「…あぁ」「んだとう?」
指揮官の方が火に油を注がれ、更に剣呑になるが、ジョルジュはそんな指揮官に顎でしゃくって促したのだ
「お前ら傭兵だな。良いから行け」「…何だ。話が判るじゃねえか」
そのまま乗り込もうとした傭兵に、更に声を掛ける
「但しっ!全員武装を放棄しろ。これが条件だ。そしたら全員民間人扱いしても良い。問題無いな、エレオノール」
話を振られたエレオノールが頷いて見せた「えぇ、武装解除は重量軽減の為に必要ね。あんた達、墜落したくないなら従いなさい」
流石に虚を突かれた傭兵達が、文句を言い出したのだ
「装備は俺達の商売道具だぜ。そいつを捨てろってのかよ?」「そうよ。全員命あっての物種でしょ?」
そんなエレオノールに援護射撃が入る
「何よ?商売道具を捨てて来たのはあんた達だけじゃ無いわよ!」「そうだそうだ。一人でも多く逃げ出す為に協力しろや、兵隊さん」
流石に民間人達が参加したら数に負ける。指揮官は部下達に指示を下したのだ
「…全員武装を捨てろ」「…了解」
装備を捨てた傭兵隊がタラップに乗る列に混じり、避難民を続々と受け入れてる中、エレオノールはジョルジュに礼をしている
「助かったわ、ジョルジュ」「あんなのにいちいち構うな。傭兵はああいう手合いばっかだぞ。マルセルもいちいち突っかかる癖を直せ。今度は腕を無くすぞ」「…大きなお世話だ」
ペッと唾を吐くマルセルに苦笑するジョルジュ。そんなジョルジュに、エレオノールが今後の行動を気になったので聞く
「所でジョルジュはどうするの?」「そんな事は決まってる。ゼロ級のピストン輸送を全力で支援すんのさ。既に竜騎士の急使がロサイスに向かってるし、本国にも撤退の打診をしている。一人でも多く脱出させるぞ」
「ええ。死なないでよ?」「当たり前だ。グラモン伯ジョルジュの死に場所は、レティシアの腕の中って決まってるんだよ」
「…ご馳走様」こんな事をさらりと言えるのが、グラモンである
* * *
才人を乗せたジュリオは、撤退戦を行っているド・ヴィヌイーユ独立銃歩兵大隊に出くわし、ジュリオが問いかけた
「どうする才人?」「ちょっと待て…何だあれは?」
今迄大隊がアルビオンと交戦しながら次々に撤退する様を見ていた二人だが、突然部隊が同士討ちを始めたのに出くわし、二人して唖然としたのだ
「コイツは一体何の冗談だよ…」才人の問いに、ジュリオが答える
「魔法だよ…多分ね。こんな広域に浸透させるなんて、どうやったんだか…」
流石のジュリオも唖然とし、その様を見送ってると、敵竜騎士が攻撃して来た為に、手綱を操り始める
「おわっ」才人の声は完全に無視し、無言でアズーリを駆り、ブレスで撃墜する
「これで、26騎撃墜っと。君の記録に並んだかな?」「ばっか、相棒の空戦記録なら、既に70騎越えてるわ」「ホントかい?流石化け物と言われるだけあるね」
結構自慢していたのだが、あっさり否定されて、からからと笑っている
陰湿さが無いのが、ジュリオの憎めない所だろう
「で、どうするんだい?」「間に落としてくれ」「了解」
互いに短く指示を下し、互いに一片の迷いも無い
ジュリオはそのまま降下体勢に入って行き、混乱に更に拍車が掛かったのだ
* * *
「隊長不味い!第一と第三が裏切った!」「嫌んなるよ!こんなのどうしろってんだ?」
ギーシュとニコラが大ピンチに全力疾走を命じ、ルイズは正にピンチの真っ最中。しかも詠唱する暇が無いと来た。ひたすら前に向けて走るのみである
「っもう!こんな時に何やってるのよ!ばかいぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!さっさとご主人様を、たすけなさあぁぁぁぁぁい!」
思わず出てしまった愚痴に呼応し、ギーシュ達に影が掛かり、竜が低空で通過すると人影が着地し、すらりと背中の段平を抜き様、裏切った隊に横薙ぎに叩き付けて相手の歩みを止め、更に空中で弧を描いた竜騎士がブレスを吐いて進軍を阻止してみせたのだ
「峰打ちだ!一応味方だかんな。優しい相棒に感謝しろよ、お前ら!」
大声で憎まれ口を叩くのは何時ものインテリジェンスソード。その使い手は黙ってインテリジェンスソードを鞘に仕舞い、黒髪と異国装束を翻し、ルイズ達の方へ走って来たのだ
「才人!」「サイト!」
走って来る人影に思わず足を止めようとする二人に、ニコラから怒号が飛ぶ
「何してんだ二人共!走れ馬鹿!」怒号にまた前を向いて走り始める二人
とにかく、ギーシュ達の隊は才人とジュリオの支援により、死地からの撤退に命からがら成功したのだ
* * *
第二鉄砲中隊。度重なる連戦に、総勢40を切っている。互いに射程外の距離を稼いだ所で並足の進軍になり、ぜえはあと呼吸を荒くしながら歩く
「はあ、はあ。助かったよ、才人。流石に今回はもう駄目かと」「あぁ」
才人は短く答えたのみだ。ルイズは会話する余力は無く、ぜぇぜぇと呼吸を荒くしている
そんな中、ジュリオが偵察から帰って来て、着地すると情勢を素早く伝える
「聞いてくれ。裏切った隊はアルビオン軍との合流を待ってから進軍する積もりだ。今再編中になってる。逃げるなら今だ」
才人はギーシュとニコラに顔を向けると、二人は頷いた
「同感」「さっさと逃げましょうや」
続いてルイズを見ると、ジュリオに言ったのだ
「ジュリオ、ルイズを乗せて下がってくれ」「何でだい?殿は逃げ足の速いのが適任だろ?普通僕の仕事じゃないのか?」
ルイズはその言葉に顔を上げて才人の顔を見た。何も感情らしいモノは窺えない。ルイズの嫌いな仕事の顔だ。そう、目的達成の為ならば、自分の事すらどうでも良いと考える、冷たい思考の塊の顔である
「だったら逃走経路の確保に使ってくれ。空から全体が見れるのが竜騎士の利点だろ?」「…まあ、ね」
「ルイズは撤退戦の足手纏いだ。ジュリオに乗っけて貰ってさっさと逃げろ。それが味方の負担を減らす」「嫌よ!あたしはあんたのご主人様よ?使い魔とは死ぬまで一緒なの!!」
抗弁するルイズに近寄り、屈んでルイズの顔の高さに顔を寄せる才人。才人の仕草に、ドキリとしたルイズは顔を真っ赤にし
「な、何よ?まさか、こここんな所で、今生の別れのキキキキスなんか、ゼゼゼ絶対してあげないんだ、むぐぅ…」
じたばたもがくルイズを無理やり固定して才人はキスを続行すると、ルイズの瞳がとろんとして才人の舌を受け入れて、そのまま両手を才人の後頭部に回しながら涙を流す。結局、ルイズには使い魔との交歓に拒否が出来ないのだ
暫く才人の舌との交歓に蕩けていると、ごくんと咽が何かを飲み下し、やっと抱擁が解かれるとルイズが才人を涙目のまま睨んだ
「…一体、何を飲ませ…」キッとした目は直ぐにとろんとして身体から力が抜け、ガクリと崩れた体を才人がお姫様抱っこで抱え上げると、アズーリに向けて歩いて行き、アズーリに乗せ、一部始終を見てたジュリオから声が掛かる
「良いのかい?」「…ああ。ギーシュ、足手纏いはジュリオに任せた。後は何とかなるか?」
「ちょっと待ってよ、才人。まさか、一人で?」「ギーシュは隊長だろ?だったら四の五の言わず、命令すりゃいいのさ」
才人が何をするか分ってた。でも、ギーシュには隊長として、部隊全体への責任が有った
顔を泣きそうにしながら、命令を下したのだ
「…イーヴァルディに殿を命じる!」「了解」
泣きそうな顔のまま、更に部隊に命令を下す
「イーヴァルディが時間を稼いでいる間に撤収する。目的地、ゼロ級停泊地」「「「ウィ」」」
整然と撤退して行こうとする部隊から、一人残る者が出た
「ニコラ、何してるんだ?さっさと撤退だ」「ええ、行って下さい」「ニコラ!」「大丈夫ですよ。ロートルでも、兄さんの盾位にはなれますって」
ニコラは言いながら隊を促し、ギーシュは顔を前に向けたのだ
「任せた!」「おう!任された!」
デルフの声に送られて、ギーシュ達は整然と撤退して行ったのである。残った才人とニコラは、今走って来た道をまた逆戻りして歩き始めたのである
「随分と損な役回りを選んだもんだね、ニコラさん」「いやいや、此れも仕事ですからねぇ」
そう言いながら、01式を抜いて銃剣を取り付け、臨戦を取り始めるニコラ。才人はガンダールヴを消耗出来ない為に、ギリギリまで抜けない
軍靴が石畳の地面を蹴る音が響く中、才人は更にニコラに話しかける
「傭兵は負け戦は逃げるんじゃなかった?」「普通はそうですよ。でも、ま、仕事料受け取っちまったら、働かなきゃならんのが辛い所でしてねぇ」
言いながら才人の右隣を自然に歩き、無造作に銃剣を才人に右から突き刺した。余りに自然な為に、才人はおろかデルフすら反応出来ず、暫く時が止まり、銃剣がぐりっと捻られて、時が動き出したのである。捻られた銃剣が引き抜かれ、一気に血に染まって行く
「…ぐぁっ!!」「…てめぇも操られたのか?」
たたらを踏んだ才人に笑みを浮かべ、ニコラは朔杖を抜きながら火薬を詰める作業しつつ、説明を始めた
「いやいや、違いますよ。あんた、傭兵隊を壊滅させた事有るでしょ?」「……あの時の…連中の仲間か?」
「いやぁ、戦場の顔馴染み程度ですわ。ですけどね、壊滅させた傭兵の一人に幼い娘が居ましてね、その子が必死に伝手を辿ってあっしに依頼したんですよ。『お父さんを殺した奴に仇を取って下さい。あたしの貯金全部です』って、銅貨一枚でね」「…」
朔杖で固めつつ、更にゆっくりと説明するニコラ。才人の肝臓を抉ったのだ。時間を掛ける余裕は有る
「連中が内職する為に、一時離脱してたのは聞いてたんですが、貴族の内輪揉めの戦いに出て返り討ちに有ったのは聞いたんですが、その後が判らねえ。で、この前の隊長殿の発言で聞いた所、ビンゴだったんですな、これが」「…」
立てた01式に弾丸を装填し、更に朔杖で詰めるニコラ。そして、才人の額に狙いを定めたのだ
「兄さんが、何をやってるかなんてのは、どうでも良い。幼い子供を蹂躙するのが許せねえ」「…」
才人は血が足りないのか、俯き始め、ニコラは勝利を確信してニヤリとし
「兄さんは銅貨一枚で死ぬんだ。お似合いだろ?」「…全くだ……よ!」
その時、才人は左手で鞘を握り、右手で柄に手を添えてガンダールヴで一気にすり足で擦り寄り、抜刀して01式を両断し、そのまま勢いで袈裟懸けに斬り降ろし、ニコラを両断して見せたのだ
両断されて、ずれる身体で血を吐きながら、ニコラは自嘲気味に呟く「ゴフッ…やっぱ…兄さんは…強ぇなぁ」
その呟きは、才人には聞こえず、才人は傷薬を飲みつつ、地面に膝を付いてしまう
「…相棒」「…クククククク、あははははははははは!!これが俺の業か?こんなのが使い魔の仕事なのか?あははははははははは!!こんなに笑えるのは久し振りだ!!あはははははは…つぅ」
傷つけられた肝臓は元に戻らず、才人は痛みに震える
「…相棒は悪くねえ…だからな…」「何言ってんだ、デルフ?すこぶる爽快だぜ!!はははははは!!」
才人は立ち上がり、歩き出したのだ。そう、敵が現れるだろう、戦場に向けて
* * *