XX1-785
Last-modified: 2017-09-03 (日) 21:55:48 (2426d)
オストラントの周囲では、ジョルジュ率いるグラモン伯軍が鉄騎兵連隊に対し防戦を強いられていて、平民主体のグラモン伯軍はどんどん削られて消耗して行き、苦戦にジョルジュが指揮を執っている
「伯爵。このままでは全滅です!撤退の指示を」「却下だ。このまま現場を死守せよ」「しかし」「つべこべ言わず守れ!突破されたら終わりだ!」「ウィ!」
部下の進言に否を出すが、メイジ部隊との戦力差は覆い難いものが有る
チャージで前線を削られ、そのまま離脱して戦場を周回し、また突撃を繰り返す本物のカラコール。みるみる間に防衛線が崩壊し、ジョルジュの本陣が引きずり出され、ジョルジュに鉄騎兵の先陣が迫る
「伯爵を守れ〜」「仕留めろ!」
本陣の近衛兵が鉄騎兵と戦闘を始め、ジョルジュに一際派手な鎧の騎士が騎馬で歩み寄る
「グラモン伯とお見受けする。その首、貰いうける」「丁度良かった。あんたの首が欲しかった所だ、よ!」言った瞬間、グラモン伯は軍杖を抜いて、フライで飛び上がったのだ
空中で姿勢を変えて一気に飛び込むジョルジュ、そんなジョルジュにハムデンはトルネードを詠唱して杖を向ける
「貰った」竜巻がジョルジュを直撃し、巻き込まれたジョルジュが死んだかに見えたが、竜巻を突破してハムデンに突貫し、ハムデンが驚くも、竜巻で軌道を逸らされて命中せずに着地し、すくりと立ち上がりつつ、杖を横薙ぎにざっと振るったのだ
「硬化で固めたか」「グラモンがこの程度で殺られるか!ついでに言うと終わりだ!」
言った瞬間に地面に魔力の侵透する光が走り、地面から石の槍が鉄騎兵達を貫いたのだ
不意を突かれ、攻撃に魔法を使っていた鉄騎兵達が貫かれ、ハムデンは騎馬のみ貫かれ落馬し、石槍の森に囲まれる。土メイジの本当に恐ろしいのは、操作できる最大質量が他三系統に比べ、圧倒的に多い点に有る。ゴーレムの運用は、応用に過ぎないのだ
「どうやら、あんたは俺と同じトライアングルみたいだな。ライン以下は半径50メイルは壊滅したぞ」「…貴様ぁ」
ハムデンは逃げられない事態に歯噛みし、自身のフルプレートアーマーに包まれた装備に汗を垂らす。自身は騎乗でこそ発揮される重鎧、グラモンは軍服、土使いの魔法相手じゃフルプレートは紙も同然、機動性を損なう枷でしかない
そんな中、反対側から攻めていた鉄騎兵部隊から援護が入る。ワルド率いる第二隊だ
率先するのはワルド自身で、偏在の分身がジョルジュの背後を狙って宙に飛び出すが、正にその瞬間を巨大な影が飛び去り、口にワルドの分身が咥えられ、そのまま噛み潰される
巨大な影を操る金髪の青年にちょっと届かない少年は、眼を厳しくしたまま旋回し、今度は騎竜に命令したのだ
「アズーロ、ブレスだ」竜騎士は地上部隊に対しては一騎当千、そのまま鉄騎兵の魔法弾幕の中、急降下して行きながら、アズーロと言われた風竜がブレスの予備動作をして、口から炎が漏れ、一気に火炎を吐いたのだ
戦争に使われる竜種は消耗が激しい為、中々成体にはならない。なる前に戦場で命を落とす。必然的に、野生の竜の成体の方が遥かに強い。アズーロが強いのは、貴重な成竜だからだ
火竜にも劣らないブレスに見舞われ、部隊の1/3が火葬され、態勢立て直しの為、ワルドの部隊が離脱し、ハムデンへの支援が途絶える。様子を見たジョルジュが軍杖たるサーベルを胸の前で直立させ、かちゃりと剣の平をハムデンに見せる。伝統的な一騎打ちの作法。受けねば、ハムデンの将軍としての地位は失墜だ。ハムデンも同じく兜を脱ぎ捨て、騎士の作法として軍杖を同じように掲げて見せた
一騎打ち成立。周りの者達も固唾を飲みつつ邪魔はしない。貴族の名誉を汚す者は、敵味方問わず、死を賜るだけだ
「アルビオン鉄騎兵連隊連隊長、ジョン=ハムデン」「トリステイン、グラモン伯軍司令、ジェラール=ド=グラモン」
互いに名乗りを上げ、討ち取る相手の名誉を汚さぬ様、相手の顔を見据える。同じ呼吸の元「「…参る!」」
彼我の差5メイル。メイジとしては外しようの無い必殺距離。非常に見え辛い風魔法に対し、ジョルジュはブレッドの散弾で攻撃し走ると、同じ様に考えてたハムデンが同じ方向に走って来た。フルプレートなのにジョルジュに負けておらず、風が渦巻いている
そのまま、二人共相手に向かって飛び、軍杖にブレイドを纏わせて相手に斬りかかり、激突する
「やはり、騎士たる者」「ブレイド…だろ?」お互いに相手の顔を至近にニヤリと笑い、バッと離れると、縦横にブレイドを振り出した
キィン、キン、ギィン
ブレイドがぶつかる度に音が鳴り、風を纏ったハムデンのブレイドでも杖に完全に触れさせる事は出来ずに、ジョルジュのルビーを纏わせた魔力の光が煌めくブレイドを刀身に受けてしまい、更に鎧が切裂かれ、その度に血飛沫を出し、鮮血に染まりつつ鈍って行く
やはり、装備の重量が決め手になった様だ。ぼろぼろになったハムデンの前に半身で紅く煌めくブレイドをブンと翻して呼吸を整え、反撃の暇を与えずに、一気に飛び込み喉元に突立てた
「貴卿の奮戦、我がルビーの光で称える。グラモンに討たれた事、ヴァルハラでの自慢にせよ」決着の瞬間静寂が訪れ、ジョルジュがすっとブレイドを引き抜き、ハムデンは前のめりに倒れた
一呼吸置いた瞬間、トリステイン側から歓声が爆発する
「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」」「「「グラモン!グラモン!グラモン!」」」
天に突き上げられた拳と得物に合わせて、一斉に足踏みが鳴らされ、勝者に最大の賛辞が贈られ、一気に士気が盛り上がったのだ
「ようし、グラモン伯軍、守りきるぞ!」「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」
ジョルジュの声に、得物を手に続々と唱和し、更に激しい防戦が繰り広げられる事になったのだ
* * *
ジャケットの内側から滲む血を無視し、才人は街の全景を思い出しながら、あちこちに有る鐘楼に昇っていた
03式の銃身に格納出来る様にしていた三脚を引き出し、スコープを取り付けて手元に置く
「相棒、確かに進軍するならこの経路だろうけどよ?逃げられなくないか?」「さっき馬かっさらったろ?」
「逃げられるとは思えんけどね。まぁ、それしか無ぇか。良いか、おさらいすんぞ?」「ああ」
「指揮官狙撃したら、とっとと逃走。次の狙撃ポイント迄後退。基本この繰り返しだ」「…だな」
「今の相棒は負傷してる。極力斬り結ぶな」「ああ」
「残弾は?」「大してねえよ。赤弾7、緑弾47」「最悪じゃねぇか」「いや、全く」
正に撤退戦の苦しみだ。才人が鐘楼から見ていると、部隊が前進して来た。すかさず構えてスコープを覗く
「ちっ、トリステイン部隊だ」「やる事は変わらねぇよ、相棒」「…そうだな」
指揮官を一人と一振りで探し出し、狙いを定めて引き金を引いた
ダン!
指揮官の頭が撃ち抜かれたのを確認すると一気に走り出し、階段を駆け降りて馬に飛び乗り、離脱したのだ
* * *
才人の攻撃により、アルビオン部隊側は、進軍を止められ、思う様に進軍出来ずに居た
「ホーキンス将軍、敵の殿の遅滞防御により、上手く進軍出来ません」「どう云う事だ?」
「指揮官が頭を撃ち抜かれて部隊が麻痺。代理指揮官を立てるにも時間が掛かり、どうにもなりません」「…どうすれば麻痺するか良く解っている、頭だけじゃ無いな。だが、銃で狙撃が出来るとは、聞いた事が無いぞ?」
「将軍、例の黒髪の男では?」「確認出来たので無いなら、断定は出来ん。銃なら誰でも使えるぞ?」
「はっ」「軽騎兵と竜騎士を出せ。索敵を厳にしろ」「イエス・サー」
* * *
才人は移動して別のポイントに居ると、騎兵が展開されるのを確認して歯噛みし、空には竜騎士が展開されてるのを見て舌打ちした
「ちっ、騎兵を展開して来やがった」「ありゃあ、索敵だな。攻めて来ないぜ?どうする相棒?」「索敵なら放置か、全部潰すかの二択だな」「潰したら、居場所教えるようなもんだぜ?」「注意がこっちに向くだろ?」「あ、なる」
殿としては、食いついて貰わないとならない。じゃなければ、殿にならないのだ
「見た所、貴族兵無し。平民の軽騎兵だな」「なら、コイツで充分」そう言って、コンパウンドボウを取り出した
立ち止まっては路地を探す騎兵達には実に災難だった。展開していた20騎の一騎に矢が突き立ったと思ったら、ものの30秒で全員仕留められたのだ
ガンダールヴの連射であっさり壊滅されたのを、低空でゆっくりと旋回していた上空の竜騎士は見ており、旋回して帰陣しようとした所、銃声が辺りに轟いた
ダァン!
竜から騎士が落下して行き、本陣に報告が入るのが更に遅れたのである
アルビオン本陣は情報の錯綜に悩まされた
曰く、狙撃弓兵中隊が殿をしている
曰く、銃兵を鍛えに鍛えた狙撃銃兵が配置されている
曰く、鮮やかに斬り裂かれた死体が有り、配置されてるのは歴戦の凄腕の剣士隊である
「…魔法の痕跡は?」「残渣が確認されていますので、何某かのマジックアイテムは使用してるかと」
考え込むホーキンス。はっきり言って最悪だ。メイジ兵の可能性も否定出来ない。しかも死体からの観察は、どれも凄腕に違いないとの結論にしか達しないのだ
どれか一つでも、習得にかかる時間は数年単位である。どう見ても複数単位での部隊が潜伏しており、しかも痕跡は有れど姿は現れず。最早亡霊である
「…イーヴァルディ」誰かが畏怖を込めて呟き、ぎょっとした面持ちで、皆が呟いた参謀を見た
「捕虜から聞いたんだよ。トリステインにはイーヴァルディが居るって。奴に掛かれば、俺達全員皆殺しだって」「お、おい」
「だってそうだろ?こんな凄腕が部隊なら、絶対に索敵に引っかかる。一人なら、隠れるのも容易だ。俺達全員、イーヴァルディの敵になっちまったんだよ!」「…そう言えば、向こうのコードネームにイーヴァルディが居るって捕虜から…」
恐慌が伝播しそうになったので、ホーキンスが一喝「呑まれるな!それもトリステインの戦略だ!我々に恐怖を植え付ける目的のな!」
ハッとする参謀達に命令する
「精鋭の少数部隊と判断して行動する。各自横の連絡を密にし、孤立を防げ」「サー・イエス・サー」
* * *
撤退を支援する為、ゼロ級が到着し、オストラントは離陸して行った。真っ先にジュリオから降ろされたルイズを乗せて、である
ルイズは艦長室に寝かされ、眼を開けたら馴染みの自分と同じ、桃色がかったブロンドの美女と、黒髪の少女が心配そうに見ていた
「…ここは?」「気が付いたのね、ルイズ」「…ちぃ姉様?シエスタ?」「ここは、オストラントの艦長室ですよ、ミス」
ガバッと起きて、そのままカトレアに掴みかかる「サイトは?ねえサイトは?居るんでしょ?ねぇ、居るんでしょ?」
ルイズの願いは、叶えられなかった。カトレアは、ゆっくりと首を振ったのだ
「…何でよ?使い魔なんだから、あたしの側に居なきゃ駄目なんだから!そうだ、ちぃ姉様意地悪してるんでしょ?絶対そうだ!ねぇ、そうだと言ってよ?チョット位ならサイト貸すから、そんなイジワルしないで?ねぇ、お願いします!…何で、そんな顔で見るの?」
取り乱してるルイズに、シエスタは事実を突き付けたのだ
「才人さんは、皆を助ける為、殿を引き受けました。此処には居ません」
「何でよ?陛下直属のゼロ機関の長なんでしょ?こんな所で死んじゃ駄目なんでしょ?ねぇ、そうなん「いい加減にして下さい!!!!」
シエスタの剣幕に、思わず詰まるルイズ。静かにシエスタが語り出した
「何人、撤退支援で残ってると思ってるんですか?才人さんもそうですけど、ミスタグラモンの部隊なんて…」シエスタが震えを押し殺し、更に言う「ミスタグラモンの部隊なんて、全兵力の7割が、私達の目の前で死んでいったんです。それでも、まだ戦ってるんですよ?」
そう、地獄が目の前で繰り広げられながら、全員戦闘にも参加せずに見殺しにせざるを得なかった。避難民を無事に後送できなければ、全て無駄死にだからだ
マルセルとエレオノールから交戦禁止を堅く命令されて、全員歯を食い縛って味方を見捨てたのである
「才人さんは私達に、避難民の護送をお願いしたんです。私達は、才人さんの命令に違反出来ません…」
ルイズの瞳は暗かった「…一人にして」
二人は言われた通りに出て行き、ルイズはベッドの上にぽつんと残された
「…勇敢な使い魔なんて、イラナイ……有能な使い魔なんて、イラナイ………伝説の使い魔なんて、イラナイ…………馬鹿でイイ……使えなくてイイ…命令なんか従わなくてもイイ。ただ……ずっと…側に……」
* * *
次々と避難民を乗せていく中、ジョルジュの部隊は漸減して行き、部隊の態を成していなかった
尤も、同じ事は鉄騎兵連隊にも言えた事である
生き残りの最高指揮官たるワルドは、何とか部隊を糾合させると、何十回目か判らない突撃をしており、迎えるグラモン伯軍も銃と弓で応戦していた
「はは…ここいらが潮時か?」「兄さん!」「ギーシュ。撤退出来たのか?」「今は後。戦闘配置急げ!」
聞きなれた声と共に50にも満たない銃兵が開いた戦線に展開し、正面に突撃して来る部隊に次々と照準を定めた
「01式の優位性を見せるぞ!…アン撃て!」150メイルの距離にてパパパ〜ンと銃声が鳴り響き、命中した騎馬がもんどりうって倒れてる最中、ギーシュは更に命令を続け様に放つ
「アン下がれ、ドゥ撃て!」更に銃声が轟き、続いて下す「ドゥ下がれ、トロワ撃て!」
落馬した騎士の数が増え、突撃を中断して旋回していく鉄騎兵
ジョルジュは見ていて舌を巻いた
「銃兵を上手く使いこなせてるじゃないか」「そう?兄さんが魔力切れにしたからでしょ?」
流石に戦闘限界に達したと判断したのか、そのまま撤退して行く鉄騎兵を見て、二人は顔を見合わせ、ふうと溜息を吐いたのだ
「総員、交替で休みつつ警戒を解くな。最後の一人が避難を終える迄、気を抜くなよ」
* * *
グラモン伯軍の奮戦と撤退軍の合流により、ゼロ級の周辺には熱い防御網が敷かれ、避難民の犠牲は殆んど出なくなったのだが、思ったよりも進軍の遅さが幸いしてるのも事実だ
進軍が止まってるのは、ジュリオが偵察に出てありのままを報告し、一刻も早く撤退を完了させる為の行動が急がれた
数万に上る避難民を整然とした撤退をさせたのは、ひとえにゼロ級の全開のピストン輸送に他ならない
ロサイスに降ろした後、通常型輸送船に乗り換えさせ、ゼロ級はまた戦地に向かい、一気に乗せて離陸する
「皆さん、静かに整然と歩いて下さい!決して走らぬ様に!乗れなくても、後続が直ぐに来ますから大丈夫です!」
人の大量移動時の鉄則は、決して走らせたり、パニックに陥らせない事。整然たる歩きこそが、最も早く移動出来る
行軍で慣れてる軍は徹底し、騒ぐ者はサイレンスや念力で無理やり口を塞いだ。緊急事態なので、なりふり構っていられないのだ。パニックが伝染したら終了なのである
そうして、整然と撤退をしていると昼過ぎになっており、6時間は経過していた
「民間人は?」「撤退完了しました。後は我々だけです」
「良し、総員撤収だ。ゼロ級なら撤退中の我々を拾ってくれる。本部にそう連絡しろ」「了解」
そう言って全員が長くて短い行軍を開始しようとした所、更に悪い報告が入ったのである
「西の山脈から艦影多数〜〜〜!!」「何…だと?アルビオンの艦戦力は全て叩いた筈だ」
全員が絶望の淵に追い込まれたが、更に船と竜騎士がロサイス方面から来たのである
「援軍だ!あれは…ワルキューレ級」
駆逐艦の快足を生かして、ワルキューレ級が到着したのだ。そのままタッキングをしながら、新しく現れた艦影に飛び込んで行く
「ちっと遅刻しちまったな。やっと補給したから勘弁してくれよ?」
そう言いながら、カール=フォン=ツェルプストーは誰にともなく呟き、撤退戦の第二幕が開始されようとしていた
* * *
「何だ、あの駆逐艦は?」「ゲルマニア旗を掲げています。ゲルマニアの駆逐艦ですね」
「我が軍の立場は?」「中立です」
「中立の軍が交戦地域に現れたのをなんと見るかな?」「参戦の意思あり、でしょうな。戦闘旗も掲げていますし、文句言えません」
「迎撃しろ」「ウィ」
望遠鏡の中を覗きながら努めて事務的に指示を下し、クラヴィルは表情一つ乱さなかった
努めて整然と迎撃準備がされて行き、竜騎士の第一撃から交戦が始まったのだ
竜騎士のブレスと魔法と砲弾が交差し、迎撃の光が針鼠の様に飛び交い、竜騎士が撤退させる部隊への行き足を防いでいる間、ワルキューレ級が到着して急降下砲撃を始め、魔法防御の施された船体にも少なくない被害が出て、クラヴィルが舌打ちする
「不味いな。離脱しろ。奴らは撤退戦だ。追撃は無い」「ウィ」
そう言って指示を下すと、両用艦隊は向きを離脱コースに向け、実際に追撃は無かった
「何だ?こちらとの交戦が目的って事じゃないのか?全艦に告ぐ、深追いするな」「ヤー」
そう言ってワルキューレ級と竜騎士は部隊警護に就き、整然と撤退をして行ったのである
そう、たった一人を残して
* * *
「棒。相棒」「…んあ?」
呼ばれて目を覚ます才人。今は仮眠でも良いから取って、相手の出方に合わせて休める時に休む。どんな所でも慣れると云うのは、こんな時には便利だ
「どれ位寝てた?」「大して寝てねぇな。まぁ良いから聞け」
言われたので頷いて先を促す
「別の艦隊が現れた。こちらと一合やった後、進路を変えた」「行き先は?」「ロンディニウム」「…ふん、ガリアか?」
「当たりだ。だが問題は別に有る」「…何だ?」「味方の撤退は完了した。つまり、俺っち達は」「孤立って、所か」
そこまで言って、ふうと溜息を吐く
「…何処まで足掻けば良い?」「後半日。そうすりゃ、ロサイスの後方輸送も問題ねえだろ?」
「流石にキツイねぇ」「じゃ、降伏すっかい?」「無理だろ?」「ほう、何でそう思うんだ?相棒」
「狙撃兵は必ず殺されると聞いた事が有る。俺はやり過ぎた」「はっはっはっは、正解だ、相棒」
からから笑うデルフを置いて、死体から分捕ったポーションを飲み、傷を確認する。痛むが何とかなりそうだ
「移動する。街道沿いの鐘楼を使う」「あいよ」
そう言って、才人達は隠れていた所から飛び出して行った
* * *
アルビオンの街道沿いと云うか、ハルケギニアの街道には、連絡用の鐘楼が連なっていて、緊急連絡に使われている。主に使われるのは発光信号だ。かつて、アンリエッタ誘拐事件時にも、空港封鎖に使われている
才人はその鐘楼に昇り、部隊を展開するのを見渡せる、サウスゴータから2リーグの距離に陣取った
「さてと、こっちはもう打ち止めに近いな」「でもやるんだろ?」「ま、ね」
デルフに索敵を任せて、自身は昼寝を決め込む
「…相棒」「何だよ?寝かせろよ。後は正面から突っ込むしか無いんだよ」
「これで、相棒ともお別れかと思うとなぁ」「死なねえ方法考えろ。お休み」
こんな相棒が、デルフは好きだった。やっと出会えた、本物の戦友
『こんな思い…何時以来かねえ?なぁ、6000年も生きてっと、もう思い出せねえや』
戦友の最後の舞台が近付いている。そしたら、後は出来る事をするだけだ
* * *
運良く索敵から逃れた才人だが、アルビオン側は戦々恐々の態でサウスゴータ市街を抜けたのだ
「敵兵、撤退した模様です」「だと、良いがな。にしても、何だ?ガリアの連中は?こちらと挟撃の手筈じゃなかったのか?一合交えたらロンディニウムに進路を取りおって」
ホーキンスの言葉に答えられる者は皆無だった
ガリアの指揮権はこちらに無いのである
そんな中、追撃の準備を推し進めて、やっと市街を抜けて、平地に展開したのである
「全く手こずらせおって。全軍強行軍。付いて来れない者は後で来いと伝えろ」「イエス・サー」
ホーキンスの指示に輸送馬車と騎兵が展開し、歩兵が進路を譲り、更に1000メイル進軍した所で、鐘楼がピカッと光ったのだ
何かが起きたと思ったら、続いて閃光が走り、暫くしてから銃声が木霊し、やっと気付いた時には遅かったのだ
「騎兵連隊長戦死!近衛兵長戦死」「全軍停止!!」「全軍停止急げ〜〜!!」
勢いの付いた進軍の停止には時間が掛かる。あちこちで衝突が起き、落馬し、馬車が互いにぶつかって損壊する
「糞、やられた。敵の狙撃兵はまだ生きてるぞ!」
思わず指示した事で大惨事、思わずホーキンスは吐き捨て「ガッデム!」
その時才人は石造りの鐘楼から飛び降り、腰の箱を叩きパリンと割り裏側に置いていた騎馬に乗ると繋いでた綱をナイフで断ち切り、馬の首筋をポンと叩く
「悪いな。もう一仕事頼むわ」馬は一声嘶いて、騎首を7万の大軍が展開する方に巡らした
ダカラ、ダカラ
馬の疾走の上で200メイル辺りで才人はコンパウンドボウを番えて中空に向け、一気に連射して一気に50メイル迄に使い切るとすかさず投げナイフを両手で構えて一気に放ち、そしてデルフの柄に手を掛け、飛び込んだと同時に抜き放って、出会い頭の騎兵を叩き斬り、そのまま馬から飛び降りた
その中に、先程の矢が降り注ぎ、投げナイフを受けた運の無い兵が倒れ、更に才人が走る
「相棒、狙うは将軍の首だ。狙撃じゃ外したが、今度はしくじるなよ?」「わあってら」
才人の代わりに馬群に突っ込んだ馬は、哀れにも魔法の犠牲となり、馬が開いた血路を才人はひた走った
才人に寄せる魔法をデルフが吸い、才人は馬の足を切るだけで通過し、騎槍は叩き斬り、弓は無視した
「弓は止せ。味方に当たる」
低く構えて疾走するたった一人の男。躱した積もりでも徐々にダメージが溜まっていく
ジャケットが切られ、露出した皮膚が焼かれ、身体のあちこちに裂傷が走り、それでもグローブをした左手から光が輝き、脚は止まらない
騎馬でみちが塞がれたら、跳躍して馬達を蹴って一気に走り走り抜けながら手傷を負わせて行く
そして才人は本陣の目の前で空間が出来た所に出た
「見えた!」「相棒不味い!突っ切れ!」
この短時間で、ホーキンスは本陣の前に空間を作り、そこに誘い込んだのだ
才人は走りながら沈み込み、一気に跳躍し更に前方の騎馬を踏み台にして、更に跳んだのだ
余りに早く動く才人に狙いが付かず、大抵の魔法は外れ、才人は跳躍のままデルフの刃を上にしてホーキンスに迫った
ブシュッ
派手に肉を貫いた音が響き、ホーキンスの右後方に着地し、膝を付いた才人の腹には、ジャケットを貫通して大穴が開いていた、対するホーキンスには、右頬が切裂かれただけだ
「何をしている?仕留めろ!」誰かが言った時には遅かった
才人はむくりと起き上がりながら腰の刀を抜き振り返り様、ホーキンスの右腕と右足を叩き落としたのだ。そして、糸の切れた人形の様にそのまま突っ伏してしまい、血溜まりの中に沈む
「……があぁぁぁぁぁ!?」「将軍しっかり!水使い、急げ!」
ムカついた近衛が降りて才人を足蹴にしてひっくり返すと、才人のだらんとした手が地面に刺さった大剣に触れ、その眼は光を失っていて、身体は弛緩していたが、剣だけは握ったままだった
「…死んでます」
応急処置を受けたホーキンスが身体を起こし、死者に敬意を払う
「お前達、英雄の死だ。敬意を払え」「はっ。総員、英雄に敬礼!」
その言葉に、その場に居た全員が敬礼し、ホーキンスが本気で悼んでいるのを、副官が問いかける
「散々我々を苦しめた男ですよ?」「…私は、将軍じゃなく、語り継がれるような英雄になりたかった。この男の戦技、身体、そして味方の為に自身の命を捧げる覚悟。全ては私が持ち得ぬものだよ。私の魔法が彼を貫けたのは、運としか言いようが無い」
「閣下…」「この様な英雄にしてやられた。全軍の行き足は完全に止められ、将軍の私も重傷だ。撤退に足る、充分な理由ではないかね?」
無事な部隊のみ先行させればまだ間に合う。だが、副官はホーキンスの敬意に同調する事にした
事実、魔法の効果は丸一日から三日程度の個人差がある程度と言われている。置いて行けば良いのだが、時間切れが近いのだ
「はっ。総員撤退準備だ。トリステイン=ゲルマニア部隊と我が軍を切り離す。動ける者、伝令に走れ」「イエス・サー」
誰もが才人注意を払わなくなった時である。ぴくっと指が動くと刀身を摘み、むくりと起き上がって柄を握ると、そのまま抜いて一気に西の森に向けて走り去ってしまったのだ
ホーキンス自体は見知っていたが、死体が動く珍事に皆が呆気に取られ、ぽかんと見送ってしまった
「…まだ生きてたのか?」「…完全に死んでましたよ?」「…まぁ、あの傷では助かるまい」
そう言うに留めたのだ
* * *
暫く走っていた才人は、西の森の入り口で走るのを止めて、才人の口から才人の声じゃない声を発したのだ
「ははは、そういや、俺っち魔法を吸った分だけ使い手を動かせたんだっけ?ん〜、そいえば嬢ちゃんが暴走した時にやったっけなぁ。いやいや、すっかり忘れてた。村雨も助かった、あんたは先に寝ててくれや」
そう言って村雨をしまうと、才人の身体ががくんと崩れ落ちてしまう
「ありゃりゃりゃ、時間切れかよ。ちきしょう、せめて誰か治療出来る所に迄、動ければ…」
才人の身体が気に突っ伏し、それでもデルフは自身の柄で喋るのを止めなかった
「おい、相棒。まだ死ぬな。なぁ?俺っちに相棒のガキ見せてくれるんじゃ無かったのかよ?なぁ?誰か居ねぇのか?俺っちの相棒が死にそうなんだよ!誰か助けてくれよ。いや、実は死んでんだがね。でも先住ならまだ何とかなんだよ。誰かぁ、先住使いは居ませんかぁ?助けた礼は俺っちの相棒上げちゃう。何にでも使える、使い勝手の良い男だぜ?試しに使ってみませんかぁ?今なら俺っちも付いて更にお得度二倍ですわ、奥様」
森の木々に虚しくデルフの声は木霊した
* * *
「前線からの報告は?」シェフィールドの帰って居ない執務室にて荒々しく問いかけるクロムウェルに、伝令が報告を持って現れた
「失礼します」「礼はいい。さっさと話せ」「はっ。ガリア艦隊が西方山脈から出現後、トリステイン連合軍と一線を交えた後、首都に進路を向けた模様」
暫く硬直するクロムウェル「何だと?」
「は。複数のルートから同じ報告が届いております。間違いありません」「…何を考えている?」
「続いて本隊の進軍ですが」「ああ。とうにサウスゴータは抜けたのだろう?」
「いえ…敵の遅滞防御に遭い、サウスゴータ市内で進軍を6時間近く足止めされました。鉄騎兵連隊は、連隊長ジョン=ハムデンがグラモン伯に討ち取られ、以下700騎以上が討死。竜騎兵も遅滞防御時にかなりやられ、両部隊としては壊滅との事です」
余りの被害に呆然とするクロムウェル。更に良くない知らせが届いた
「市街を抜けた本隊は平原に展開した所、敵兵に狙撃され、主だった司令官は戦死。更に敵兵の突貫により、ホーキンス将軍重傷。多数の騎馬と馬車が破壊され、進軍は不可能と将軍は決断し撤退を指示、現在裏切ったトリステイン部隊と我々を切り離してる最中だとの事です」
「…何たる様だ…」
流石に腰をソファーに沈めるクロムウェル。すこぶる、ぞんざいに聞いたのだ。もう決着は付いたのだ。最早適当である
「そこまで完璧に殿を務めるとは、何処の部隊だ?さぞ、名の通った部隊なのだろうな?」「…いえ」「今更勿体ぶるな。さっさと話せ」
実にどうでもよい様に聞き、思い切って報告を伝えたのだ
「殿を行ったのは、たった一人です」「…何だと?」「黒髪の…異国装束を身に纏った…男だけだったと」
一気に、クロムウェルの脳裏に今迄の事が蘇った。そう、何時も何時も失敗の陰には、奴の影がちらついていたのだ
「…またか…またか!何なのだ!その男は!?」「…イーヴァルディ…と、捕虜達が口々に言って…おりました…平民の英雄…俺達のイーヴァルディが、トリステインを救ったって」
* * *
夜にロンディニウムに到着したガリア両用艦隊司令のクラヴィルは、陸戦部隊を従えて元王宮のレコンキスタの居城をずかずかと歩いていた
「待って下さい!ガリアの艦隊がこちらに赴くとは聞いておりません」
「重要な作戦案件だ。通して貰う」
クラヴィルがそう言いながら、東花壇騎士団が強引に押し通る。現在のロンディニウムのは大した戦力が残って無いのだ。アッサリと通してしまい、変事を聞きつけたクロムウェルが居る謁見の間に入って来た
「これは穏やかでは無いな、ガリアの諸君。示し合わせた作戦とは違う様だが、何事かね?」
一応下手に出て様子を伺うクロムウェル。そんなクロムウェルに、クラヴィルはつかつかと、一名の騎士のみ供に連れてクロムウェルの目前に立ち、一枚の紙を取り出した。ガリア国王のサイン入り貿易代金の督促状である
唖然としたクロムウェルは暫く固まってしまう
「あ、な……!?」「ま、こう云う訳で、今直ぐ代金を支払って貰わねば、作戦に同道出来ぬと我が国王陛下の仰せであります」
「ちょ……ま、待て」「待てませんな。我が国は既に二か月支払いを待っており、商取引の慣習上、貴国は破綻(債務不履行=デフォルト)したと判断します。今直ぐに手付けを払って貰いましょう」
此処まで一切の反論を許さずにクラヴィルは顎をしゃくると、護衛の騎士が素早く軍杖を抜いて、クロムウェルの首を風魔法で斬り飛ばしたのだ
「ご苦労、ダルタニャン。では、クロムウェル閣下の首で、借金の支払いを20%棒引きするとの陛下の仰せでありますので。こちら、陛下のサイン入り棒引き証明書です」
呆然としていた近くの書記官に証書を渡すと、首だけ持って用は済んだとばかりに踵を返したのである
「ま、待て、他国の中枢に乗り込んでタダで帰れると…」
クラヴィルは無関心に顎をしゃくり、ダルタニャンと呼ばれた男が部下に指示を下した
「やれ」
その言葉を合図に、ハルケギニアの魔法随一と呼ばれる花壇騎士団の騎士達の魔法が吹き荒れ、警備の騎士達が全員肉片に変わったのである
「カステルモール団長、排除完了しました」「帰るぞ」「はっ」団員にカステルモールと呼ばれたバッソ=カステルモール(通称ダルタニャン)は更に指示を下す
「そう言えばもう一つ命令を受けてたな。ミューズを回収せよとの事だが、さて、何処を探したものだか」「もう居るわ」
ぎょっとして振り返ると、黒髪の美しいメリハリの利いた身体を優美に動かす女性が立って居た
「これで陛下の命令は全て達成した訳だな。撤収するぞ」
クラヴィルが面白くなさそうに言い、ガリアは堂々と来た道を戻って行ったのである
* * *
姿を現すまでシェフィールドが何をしていたかと云うと、実はワルド達とそう変わらない時間に帰って来ていたのだが、クロムウェルの元に戻らずに彼の女の居室に来ていた
扉を開けると腹を大きくした女達を見て冷ややかな笑いを浮かべ、彼女達に種明かしを始めたのだ
「あんた達、虚無の血統の子を身籠ったって思ってるみたいだけど、あれ、嘘っぱちだから」
「…え?」「貴女達も哀れよねぇ。あんなぶっさいくな粗チンの小男に組み敷かれてさ、由緒ある貴族の子女がタダの平民、いえ、ペテン師の子を産むんだからね〜。アイツが虚無の系統ってのは真っ赤な嘘。只のマジックアイテムのお陰でしたって事」
女達が真っ青になるのをシェフィールドが嗜虐の笑みを浮かべ満足そうに言ったのだ
「あははははははは、最後の拠り所が真っ赤な嘘の感想は如何かしら?お・き・ぞ・く・さ・ま。処分しても良いけど、そのまま生きた方が面白いから生かしておいてあげるわ。クロムウェルももう死ぬしね。じゃあ、仕事有るから私はこれで、じゃあね」
一方的に言うだけ言ってバタンと扉を閉めると、中から絶叫が響いて来たのを気分良く聞きながら歩いて去って行き。祝杯を一人上げ、時間まで艦隊到着迄飲んでいたのである
* * *
森に棲む少女は、上空を艦隊を通過したのを見届けたのを思い出し、身震いしながら呟いた
「まだ、戦争終わらないのかな。やだなぁ」
そう言いながら日課の洗濯物を見て、乾き具合を確認して首を捻る
「う〜ん、イマイチ。やっぱり、冬は中々乾かないなあ」
そう言いながら、人より一本一本が細い完璧なブロンドの髪を風に靡かせ、彼女の耳が覗き、耳は尖っていた
身体は非常に華奢でありながら、尻はきっちりと主張し、腰は非常に細く、ラインの優美さは見ただけで男に欲情をもよおすに十分、しかも胸の大きさは規格外なのに、完璧な容を誇っている。正に反則を絵にするとこんな感じになるだろう
ほんの少し残念なのは、ちょっとだけたれ目気味な所で、完璧すぎない所が逆に魅力になっている
そんな彼女に、10にもならない童女が一生懸命に走って知らせに来た
「テファねぇちゃん、また人が倒れてるよ〜!」
* * *