「……最悪」
 毎年恒例の魔法学院作詩大会の課題を前に、ルイズは大きな溜息をついた。この大会は学校の催しであるだけではなく、作詩学の定期試験も兼ねているから重要だ。だというのに。
「なんで恋歌なのよ!」
 ただでさえ苦手なルイズにとって恋歌は鬼門だ。教師曰くポエジーがないらしい。
「ねえルイズ、授賞式何が似合うと思う?」
 もうキュルケは優勝する気だ。だが今回ばかりはルイズも張り合う気にはなれない。男子たちに目を向けると、いつも机上の科目では低空飛行のギーシュが生き生きと語っている。
 改めて見回すとタバサがルイズを冷めた目で見つめていた。
「タバサも恋歌は苦手だよね?」
 タバサはこくりとうなずき、だがいつもの冷静な声で答えた。
「今まで詩は満点。だから、大会を落としても問題ない」
 ルイズはがっくりとうなだれて部屋に戻った。

「大好きで大好きで眠れない夜」
 呟いてはがーっと叫ぶルイズに、遂にシエスタは声をかけた。
「お熱、あります?」
 きっ、とルイズはシエスタを睨んで教科書を投げつけた。
「作詩よ作詩!課題が恋歌なの!あんたに詩なんてわかるわけないけど」
 シエスタはむっとして投げ付けられた教科書をめくる。だが、次第にシエスタの顔が輝き始めた。
”月の夜は あなたの顔
 夜の闇は あなたの髪
 夜は あなたに包まれて”
「……何よその詩」
「サイトさんのことを思ったら自然に」
 ぐっとルイズは言葉に詰まる。もうシエスタに負けてしまった。ルイズは用事を思い出したと言って慌てて部屋を飛び出した。

「それで、教えて欲しいと」
 頭を下げるルイズに、ギーシュは意外なほど真摯な態度で応えた。たぶん今まで他の教科で助けられた恩でも感じているのだろう。ギーシュは薔薇をくわえながら言った。
「素直に気持ちを曝け出す。それこそポエジーだよ。まずサイトへの気持ちを見つめてだね……」
「なななんでサイトなのよ!」
 いつものようにルイズは叫ぶ。だが今日のギーシュは珍しく一歩も退かず、薔薇をルイズの鼻先に突き付けて断言する。
「その反発も感動だよ。ポエジーだよ。見つめ直さない限り、君は赤点だ」
 ギーシュに赤点呼ばわりされるのはかなり悔しい。だが今回だけはルイズも言葉を飲み込んで自分の部屋に戻った。
 部屋を開けると、シエスタがサイトの隣に座って怪しげなことを囁いているところだった。
「サイトさん、私を参考資料に『おっぱいの詩』を書いてみませんか?」
「シエスタ!それから犬!この馬鹿犬ーっ!」
 途端にシエスタは窓から逃げ出す。逃げ遅れたサイトは一瞬で虚無で吹き飛ぶ。さらにルイズは鞭でサイトを叩こうとして、さっきのギーシュの言葉を思い出した。
「そうよ!素直に書けばいいんだわ!」
 そしてルイズは猛然とノートにペンを走らせ始めた。

 大会の日。ルイズはとりあえず課題を書き上げた安心感で惚けていた。サイトがからかい半分に読ませろと言ったが、最後まで隠し通した。課題をこなすためだけのもので、到底他人の前に曝せる作品ではないのだ。
 遂に大会委員長の修辞学教師が最高作品の発表台へ登る。ギーシュとキュルケがわずかに胸を反らす。
「今年『恋歌』で全く斬新な詩が受賞となりました。それは恋が憎悪と独占欲に変わる瞬間を描いた作品です。恋人を動物に例えるという発想も素晴らしい」
 ルイズは嫌な予感を感じた。だが教師は続けた。
「優勝はラ・ヴァリエール!作品名は『犬』!」
「イヤーッ!辞退させてーっ!」
 ルイズの叫びを無視して教師は読み上げた。

”餌付けしないで さからせないで
これは馬鹿犬 野良よりひどい 使い魔犬
剣を振るって 私を守る
はずが他の主人に 尻尾振る

馬鹿犬 馬鹿犬 私の犬
価値の最低馬鹿犬なのに
誰にも譲る気はなくて

女王が欲しがるなら 頬を打つ
始祖ブリミルが求めたら 虚無の業火で爆破する
貴族の女が求めるなら 家ごと見事取り潰す

馬鹿犬 馬鹿犬 私の犬よ
異世界に行っても
あなたは私だけの 犬”

 この後一週間、サイトには雌のシルフィードすら畏れて声を掛けなかったという。

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