リンゴーン。リンゴーン。

その街に、荘厳な鐘の音が鳴り響く。
サン・モルティエ大聖堂の鐘の音だ。白色に輝く大理石で作られたその大聖堂は、およそ二百年前に建てられ、『固定化』の魔法でその姿を朽ちることなく今に伝えている。
その鐘の音が鳴り響くのは、大きな祝い事がある場合。
新年以外で今日以前に鳴り響いたのは、一年前に教皇ヴィットーリオの来訪を祝って以来だ。
その日、サン・モルティエ大聖堂では、ある大貴族の結婚式が執り行われていたのである。
このトリステイン王国でも、三本の指に入る、ラ・ヴァリエールの娘。
そのラ・ヴァリエールの娘と、英雄サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガの結婚式である。
平民出の英雄である才人の人気は平民たちの間ではまさに始祖ブリミルをもしのぐ勢いで、今日この慶事を祝わんと、トリステイン全土から、いや、ハルケギニア中から、このサン・モルティエの街に、人が集まっていた。
そして、鐘の音を響かせ続ける大聖堂に向かう目抜き通りに、十二頭立ての、まるで小屋がそのまま動いているような、立派な白亜の馬車が現れる。
その馬車の側面には大きなラ・ヴァリエールの紋章。
それを確認した平民たちが、一斉に声を上げる。

「シュヴァリエ・サイト万歳!」
「トリステインの盾、万歳!」
「われらが英雄に幸あれ!」

紙吹雪が乱れ飛び、調子っぱずれのファンファーレが鳴り響く。
道化たちが舞い踊り、娘たちは黄色い声を上げる。
国王の成婚の儀でも、ここまで盛り上がらないだろう。
この結婚式は、それほど皆に祝福されたものであったのだ。

外から見ると。

中から見ると。

それは三ヶ月ほど前の出来事。
おなかが膨らんできて、さすがにちょっと夜のおたのしみはおなかの子に障るからき・ん・し♪と、ルイズが夜を自重し始めた時の事。
そーいやここ数ヶ月ちい姉さまたちと顔合わせてないわね、と未来のラ・ヴァリエール当主は、久しぶりに姉たちの顔を見に行くことにした。
意外なことに姉たちはラ・ヴァリエール本邸にいた。
まあ病弱で定期的に『お薬』の必要なカトレアは仕方ないが、仕事のあるはずのエレオノールまでいるとはこれいかに。

「あらルイズ。ずいぶん久しぶりね」
「ちびルイズどーしたのよその顔。まるでインプに騙されたゴブリンみたいよ」

本邸にてルイズを出迎えた二人は。
オレンジと薄いブルーというふうに色こそ違えど、揃いのマタニティに身を包み。
ルイズと揃えたように、お腹がふくらんでいた。

「ち、ちちちちちちい姉さまソレ」
「あ、これ?あはは。実はね、ルイズ孕んでからすぐ、油断してたら大当たりしちゃって。
 お姉ちゃんヒニン失敗しちゃった♪えへ」
「そんな可憐な笑顔でごまかすなああああああああああ!」

もちろん、その相手は才人である。

「そーよ、あの平民が悪いのよ。
 ちょっと『もう前もおっけーだから、遠慮しなくていいのよ』って言ったらあの平民見境なくなってさ」
「まてこらソレ誘ってんでしょ?おもっきし誘ってんでしょ?悪いのサイトじゃないじゃない!
 なんなのよ二人ともーーーーーっ!」

『最初に孕んだ者がラ・ヴァリエールの当主となる』そんな阿呆な母親の提案により、三人は才人を取り合っていたのだが。
ある日、二人の姉は才人がいればぶっちゃけラ・ヴァリエールなんてどうでもいい、という結論に達し、先に妹を半ば強制的に孕ませてしまう。
そして、めでたく才人とルイズは子を成し、ルイズがラ・ヴァリエール次期当主となってめでたしめでたし…のはずだったのだが。
中出し解禁と知るや否や、さっそく二人は才人と行為に励み。
ばっちり二人とも授かってしまってしまったというわけである。

「あら別にいいじゃない。私とお姉さまは愛妾扱いでおっけーよ」

にっこり笑って身を引く、ような台詞を吐くカトレア。
それに、エレオノールが続ける。

「そそ。だから領地経営とかその他もろもろのめんどいとこは全部まかせた次期当主」

さわやかな笑顔で親指なんぞ立てながら、ぽん、とルイズの肩に手を置く。

「あんたらあああああああ!ハナっからそれが目的かあああああああああああ!」

長女の手を乱暴に振り払い激昂するルイズ。
そう、ふたりの狙いはまさにそれ。
面倒なことを全部ルイズに押し付け、二人して才人との愛欲の日々に溺れる気満々なのである。
ルイズが二人と喧々諤々やりあっていると。

「煩いわよルイズ。静かになさい」

そこへ現れたのは、ラ・ヴァリエールにおいて、最も巨大な権力を実質上掌握する女性がいた。
三人の母親にして、ラ・ヴァリエール最強の人…カリーヌ・デジレその人である。

「お腹の子に障るでしょ」

もちろん、その言葉は娘のお腹の中にいる我が孫の事を心配しての事

「…おかーさまの、でしょ」

ではなかった。
呆れた声で、半眼の呆れた目で、母親を見つめるルイズ。
四十も半ばをすぎ、しかしその見た目は三十でも十分通じるカリーヌもまた。
いや、三人の娘以上に、大きく丸くお腹が膨らんでいた。

「なんで出てきてんのよ!もうすぐ産まれるんでしょ!
 ってーかおかーさまの正気を疑うわ!十七も年の離れたきょうだいとか!」
「また娘ですって。ほんと、ウチは男の子に恵まれないわねえ」

ほう、とため息をつくカリーヌ。論点が見事にずれている。
彼女もまた、次期当主がルイズに決まる少し前。
盛り上がる娘たちにあおられ、あのテこのテで男として枯れ始めていたヴァリエール卿を炊きつけ。
ヴァリエール卿が腰痛で施療院に通うようになったころ、見事に当たりを引き当てたのである。
そして、カリーヌは隣で幽霊のように立ちすくむ、以前に比べ二割ほど目方の減った夫に、にっこり笑いかける。

「あなた、次は男の子がんばりましょーね♪」
「は、ははは…も、もういいんじゃないかなあ、カリーヌや?」

ヴァリエール卿の言うとおり、さすがに二人とも年も年だ。
しかし、カリーヌは続ける。

「ああら、あなた新婚の時に言った言葉をお忘れですか?
 『一個中隊が組めるほど子供がほしいな』って言ってたじゃない♪このスキモノ♪」

にっこり笑顔で期待に満ちた台詞。
その顔は、新婚時代のツヤとハリを取り戻しつつあるように見えた。

「いやまてちょっとまってソレ言葉のアヤっていうか若気の至りっていうか!」

慌てて否定するヴァリエール卿。その顔は青ざめ、シワの目立ち始めたその表情は少し老けて見えた。
そんな二人のやりとりを、呆れ返った目で見つめる三姉妹。

「認めたくないものね、若さゆえの過ちというものを…」
「若さ、若さってなんでしょうね…」
「なんなのこの状況?バカなの?死ぬの!?」

そうして結局うやむやのうちに時間は流れ。

産む前に式だけは済ませておけ、というヴァリエール卿の最期の言葉に沿って。
今、盛大な結婚式が執り行われている。

馬車の中はまさに針の筵だった。
才人にとっては。
ピンク色の、マタニティのウエディングドレス、というちょっと異常な出で立ちのルイズが、その目の前に座り、満面の笑顔で殺気を放っている。
才人の右隣で、純白のこれまたマタニティのウエディングドレスに身を包んだカトレアが、にこにこしながら才人の肩に頭を載せている。
その逆サイドでは、薄い紫のまたまたマタニティのウエディングドレスに身を包んだエレオノールが、すまし顔で手元のノートに目を落としている。
そのレオノールが口を開く。

「ねえカトレア、男の子だったらロッソ、女の子はシオン、でどうかしら」
「あらお姉さま、水魔法の鑑定はなされていないの?それに旦那様に聞くのが筋じゃなくって?」
「…産まれる前から分かってたらつまんないじゃない。このどっちかわかんないドキドキ感がいいのよ。
 で、このバカ旦那に決めさせるのは間違い。昨日聞いたら『タロウ』とか『ハナコ』とか何ソレってカンジ」
「…サイト君、それは正直ないわー」
「正直ないのはアンタらだっ!」

ついにルイズがキレた。

「ちい姉さまもっ!姉さまもっ!何で私たちの結婚式にっ!
 ってーかうちで大人しくしてなさいよ!お腹の子に障るでしょうよ!何ヶ月だと思ってんの!」
「ルイズー。おちつこー。『天に唾を吐く』って意味わかるかしらー?」
「せっかくだから私らもウエディング着たいのよ。まあ式は無理だけどさ。形だけでもってイミで」
「むっきいいいいいいいいいいいいい!」

ヴェールを振り乱し、頭を掻き毟るルイズを見かねて、才人は言った。

「な、なあ落ち着こうぜルイズ?
 俺が一番愛してるのはお前だから」

そしてそれが墓穴となる。

「じゃあ私にばんー」
「私さんばんー」

ぎゅむ、と両側から、ラ・ヴァリエールの美人姉妹の腕が才人の頭を抱え込み、妊娠によって張りを増した胸でサンドイッチにする。
ぴた、とルイズの動きが止まった。
爆発五秒前。

「ああそう」

四秒前。

「そういう態度なわけ」

三秒前。

「い、いや待って落ち着こう!二人の門出を祝う式じゃないか!ねえ!」

二秒前。

「あらイヤだ。子供も含めると七人よ。いきなり大家族ね♪」

一秒前。

「安心なさいルイズ、お乳なら私たちが余るほど出せるから。
 でもフシギねえ、ここまで大きくなっても膨らみすらしないとか」

ゼロ。

「お前らいっぺん死んでこぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉい!」

極大の虚無の花が、サン・モルティエの大通りの一部と、白亜の馬車を吹き飛ばした。

その頃、ヴァリエール別邸。
才人とルイズの、通称『愛の巣』。
その中庭で、鼻歌など歌いながら、黒髪のメイド長が、今日も日課の洗濯物干しに精を出していた。

「ふ〜んふ〜ん、ふ〜んふ〜ん、私の夫は〜英雄さ〜ん♪」

シエスタはパンッ、と小気味いい音を立て、白いシャツの水気を払い、物干しに掛ける。
その瞬間。

びええええええええええええ!

物干し台の近くに置かれていた大きなかごから、泣き声が轟いた。

「あ、もうそんな時間なの?ごめんなさいねえ」

慌ててシエスタは籠に駆け寄る。
そして、以前より簡単に前の開くデザインに改造されたメイド服の胸のボタンをぱちん、と外し。
溢れた母乳で服を汚さぬよう当てられた胸当てを外し。
ぽろん、と飛び出た以前より数段サイズを増した乳房を放り出して。

「ほらハヤト、ごはんでちゅよー」

籠の中の、黒髪の赤子を抱き上げ、膨らんで母乳の零れだす乳首をその口に持っていく。
ハヤトと呼ばれた赤子は母の臭いに泣き止むと、その大きな乳房を掴み、口に桃色の授乳器官を含んだ。
んくんくんくとおちちを飲みだしたハヤトを、聖母の微笑で見つめるシエスタ。
そう、ハヤトは。
シエスタと才人の子供である。
ルイズが孕むもう二ヶ月以上前から、シエスタは妊娠していたのである。
ルイズやラ・ヴァリエールの姉妹と違い、彼女は避妊なんぞしちゃいなかったのである。
それを知ったルイズに、才人はもちろんさんざん折檻を受けた。
しかしシエスタはそこで言ったのである。

『私はメイドでいいですよー。サイトさんの傍にいられれば、結婚してようが気にしませんし。
 あ、でもこの子といる時は『パパ』って呼びますけど』

もちろんその後才人はルイズに踏み潰された。
まあそんなこんなで、出産後もシエスタはこのヴァリエール別邸でメイド長兼才人の愛妾として働いている。
そして、ハヤトがお乳を飲み終わり、すやすやと眠り始めた時。
南西の方角で、空が光った。
見慣れた光。虚無の爆発の光だ。

「…あー。だから気をつけてって言ったのにサイトさんてば。
 八ヶ月で気が立ってるから余計になのにねえ」

シエスタはハヤトの面倒をみなきゃいけないから、とルイズに誘われた結婚式への参加を辞退していた。
もちろん、彼女とて女の子。才人との結婚式を夢見ないわけではない。
しかし。

これ以上望んだら、ルイズとも険悪になっちゃうし。私はこの辺が分相応だと思いますしー。
…それにどーせ式場は戦場になるから、ハヤト危なくて連れて行けないですし。

ハヤトを籠に戻しながら、そんなことを考える。
そして、この屋敷の主人たちが帰ってくるまでに、かかりつけのお医者様に連絡を取らなきゃだわ、と今日の予定を変更するメイド長だった。


「ほらっ、始めなさい!」

ボロボロのウエディングドレスに身を包み、ルイズは消し炭になりかけている才人を、聖堂の祭壇の前に放り投げた。
祭壇の上には、おびえた顔のひげ面の司祭。サン・モルティエ大聖堂を取り仕切る、ウェイン司祭である。
ちなみに、あれだけいた観客たちは人っ子一人いない。虚無の爆発に恐怖し、一斉に逃げ出したのである。
がらんどうの聖堂に、司祭は一人だけ気丈にも残っていた、のではない。
腰が抜けて動けなくなったのである。
もう七十も超えようというおじいちゃんは、長い人生で最大の恐怖を味わっていた。
目の前に鬼神がいた。
お腹の大きな、桃色の髪の鬼神である。
その鬼神は魔力を操り、全てを破壊する。
そう、まるで始祖の書にあった伝説の悪魔のようではないか。
がくがくと震える哀れな老人に、ルイズはパキパキと炭の爆ぜるような音を立てて放電を続ける杖を突きつけた。
ルイズの湧き出る怒りが、彼女の魔力を無尽蔵に増幅していたのである。

「早く、祝詞を唱えろっつってんのよ!」

半眼で睨まれると司祭はもうどうにでもなれ、とばかりに祝詞を始めた。

「わ、わが始祖は全てを見守られ」
「そのへんはパスよ。誓いのとこだけでいいから」
「し、しかし」
「いーから早くなさい!」
「は、はい!」

圧倒的な暴力の前に、力なきものはただひれ伏すしかなかった。
司祭は黒こげの才人を見下ろして、言っていいのかな、なんて思いながら言った。

「で、では汝に問う。新郎は新婦と永久にあることを誓えるか?」

その言葉に才人は答えない。消し炭になりかけていれば当然っちゃ当然である。

「コイツの意思は私のものだから、そこは『はい』でいいわ。次」

反論しようと思ったがそれは意味がないと悟った司祭は、その言葉のとおりに続ける。

「新婦に問う。汝は新婦と永久を添い遂げる事を誓えるか?」
「添い遂げる?はぁ?なんで私がこんな駄犬と!」

げし、と黒くこげたのか元々なのかわからなくなってしまった才人の頭を踏みつけながらそうのたまうルイズ。
じゃあなんで式なんかしてんだよ、と司祭は思わず年甲斐もなく心の中で突っ込んだ。
そして、ルイズは続けた。

「でも、私が傍にいないとこの駄犬このハルケギニア中の女に手をつけるつもりだから。
 私が責任を持って、死ぬまで鎖をつけて飼うわ。ま、仕方ないから夫って体裁だけは保ってあげることにします。
 だからとりあえず、その質問には『はい』」

まあ一応新郎新婦ともに意思の確認はした。新郎の意識は儀式の始めから最後までなかったが。
司祭はルイズの『さあ、続けて』といわんばかりの視線に怯えつつ、儀式を続ける。

「で、では始祖ブリミルの加護のもと、汝らを夫婦として祝福する。
 汝らの魂が、双つの月の如く永遠に共にあらんことを」

儀式は完了し、祝福の聖水を、夫婦に振りかける司祭。
これで儀式は完了し、二人は晴れて夫婦となったわけである。

「さーてそれじゃあお屋敷に帰るわよ駄犬。
 あと二ヶ月もしたら産まれるんだから、身体大事にしないとだし」

そう言いながら、消し炭をずるずる引きずって聖堂から出て行く虚無の魔人。
司祭は、それを目で追いながら思ったのだった。
もう二度と、結婚式の祝詞役なんか引き受けないぞ、と。

これが、後の世に語り継がれる『サン・モルティエの悪夢』の顛末である。


そして。
無事に生還した才人は、晴れてラ・ヴァリエールの入り婿となり。
三姉妹とともに、いろんな意味で波乱万丈の人生を歩んでいくのだが。

それはまた、別の、話。〜fin



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