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タバサ 雪風の名を持つ少女 作山口多聞
ある日のトルステイン学院。この日才人は図書館にいた。最近になってこちらの世界の文字をマスターした彼は暇つぶしに本でも読もうかと思ったのだ。
ちなみに、彼のご主人様はというと、メイドのシエスタと、才人と一緒に今度の虚無の曜日のデート権を掛けて、才人手作りのトランプで神経衰弱の真剣勝負中である。
「まったく、あの2人は懲りないな。」
原因である人間がよく言うわ。
昼下がりで授業が終わっているのか、図書室には随分と生徒か集まっている。そんな中で、彼は机の隅に座り、一心不乱に本を読んでいる人間を見つけた。そんな生徒はこの学院内でただ1人であり、才人にも馴染みの人間である。
彼はその人物に近づいた。
「ようタバサ。」
才人が声を掛けた人物は、眼鏡を掛けた小柄な少女であった。タバサである。
彼女はちらっと視線を才人の方に向けたが、すぐに本へと戻した。
「て、つれないな。挨拶したんだから何か言えよ!」
すると。
「何か・・・」
タバサは才人の顔も見ずにただ一言そう言った。
「何かって・・・また使い古したギャグを。」
この少女のマイペースぶりは多分100年経っても変わらないだろうな等と考えつつ、サイトはタバサの隣の席に静かに座った。
「一体何の本を読んでるの?」
そう聞いてみると、再びタバサは視線を変えることなく答えた。
「歴史の本。」
「おもしろい?」
もし面白いのなら自分でも読んでみようかな等と考えたのだが、タバサの答えはというと。
「おもしろいかはわからない。興味がなくちゃ読まない。」
簡潔かつ素っ気無く答えるタバサ。才人はその答えにただ苦笑いするしかない。ただ、感心もしていた。歴史といえば彼の中ではお堅いイメージがある。そういう種類の本を読むということは、タバサは勉強家であるのだと考えてしまう。
と、そこで彼は自分が知っている歴史というのを考え直した。自分は地球人である。もちろんだが、この異世界の歴史など習ったこともないし、ほとんど知らない。向こうの世界の歴史にしても、かなり偏った知識しか持ち合わせていない。
タバサの様子をみていると、そんな自分の知識を考え直してしまう。もしかして、直した方が良いのではないかと。
「うーん・・・」
ついつい口に出してしまった才人。すると、タバサが反応した。
「悩み事は早く片付けると良い・・・」
その言葉にギョッとする才人。
「タバサ・・・変な所に敏感なんだね。」
(そう言えば、前にコールベル先生が鬘を落とした時にも小言言っていたよな。)
そんな事を考えたが、再び先ほどの思考を再会させる。
(うーん、歴史をもう一度覚えなおした方が良いかな?)
「覚えなおした方が良いよな。多分。」
「何を?」
タバサが相槌を入れるように言った。
「歴史だよ歴史。俺ってこっちの世界の歴史を殆ど知らないし、おまけに自分の世界の歴史も偏った知識しか持っていないし。」
と、ここでタバサが突然本を閉じた。
「うん?タバサ?」
どこかへ行くのかと思ったら、タバサはそのまま才人の方に顔を向けた。
「聞かせて?」
「何を?」
「あなたの世界の歴史・・・」
これには才人も面食らった。いきなりこんなことを聞かれるなんて。
(タバサ意外と物好きだな。まあ、どうせ暇してたし。)
「いいぜ。」
そう安請け合いして才人は話をし始めたが、話している途中で自分の浅学を思い知らされることとなった。なにせ、彼が言える歴史は645年の大化の改新とか1192の鎌倉幕府開設とか言った語呂で覚える物や、1600年の関ヶ原の戦い等の切の良い年の物ばかりであった。おまけと来て世界史はあまり分かっていなかった。そのため、大分筒抜けになっている部分も多かった。
ここに来て、才人はしみじみと思った。
(もっと学校の授業しっかり聞いておくべきだった。)
習えるうちに習っておく。今になって改めて学校教育の偉大さを思い知らされた才人だった。
ただし、聞いているタバサのほうは例え虫食いのように穴だらけの歴史であっても、やっぱり新鮮さの方が大きく、興味深く聞いていた。
才人の話す歴史は徐々に下り、いよいよ1900年代に入った。この時代に入ると、ミリタリーマニアであったせいか、話す話題の多くが戦争関係というかなり物騒な物になった。ただし、タバサはそれらも顔色一つ変えずに聞いていた。
もっとも、タバサからしてみればやっぱり機械文明というものにピントこなかったらしい。また、戦争が何年続いたとか何万人死んだとか聞いてもやはり実感がわかなかったらしい。
しかし、才人が日本の戦争、特に太平洋戦争の事を話し始めると彼女にも少しばかり恐怖のような感情が生まれた。何故ならそれまでは暗記した内容を淡々と言っている感じだった才人の話し方が、大分熱を帯びてきたからだ。
満州事変。盧溝橋事件。日中戦争。南京事件。第二次大戦の始まり。真珠湾攻撃。ミッドウェー海戦。ガダルカナル島を巡る凄惨な戦い。
才人はこの方面の知識はあったので、詳しく具体的に話すことが出来た。
タバサは表面上は冷静を保っていたが、やはり内心では才人の世界で繰り広げられた未曾有の大戦争に対しての恐怖が増幅しつつあった。
そして、才人の話は特攻に及んだ。
「特攻って?」
聞きなれない単語に質問を連発していたタバサであったが、この時になると声に震えのような物が含まれていた。しかし、話すのに夢中な才人はそれに気付かない。
「特攻っていうのはだな、タバサも俺が乗るゼロ戦は知っているよな?」
その質問に、タバサは小さく頷いた。
「ああした飛行機に爆弾をくくりつけるんだ。そして、そのまま敵の軍艦に体当たりするんだ。パイロット、つまり操縦している人間もろともな。」
タバサは信じられない思いとなった。確かに戦いで死を前提に覚悟を決めて戦う事はある。しかしそれは決死であって必死ではない。それに殺すのは相手だ。そんな自分から死ぬような戦いをするなど気違い。
「ありえない。」
彼女はボソッと言う。
「そりゃあ普通の人間からしたらありえないけど、俺の国はそれをやったんだ。つい60年前。そして、4000人以上の人間がそうやって死んだんだ。」
「・・・」
「その後、広島と長崎っていう街に原子爆弾って言う一発で町一つを吹き飛ばす爆弾が落とされて、30万人も死んだ。そして8月15日に日本は降伏して戦争は終わった。」
「才人の国は負けたの?」
国が負けるということは、国が滅ぶ事ではないのかとタバサは考えた。
「うん、確かに負けた。けど、日本が滅んだわけじゃなかった。その後日本人は憲法で戦争を禁止して、努力して国を立て直した。おかげで世界で2番目に裕福な国になったんだ。」
最後の戦後はかなりすっ飛ばしたが、才人の歴史の話はそこで終わった。
「ごめんね、暗い歴史しか話せなくて。」
再び自分の偏った知識に恥じ入る才人。しかし、タバサは表情も変えず一言だけ言った。
「ううん。ありがとう。」
そしてタバサは立ち上がろうとした。その時、才人はあることを思い出した。
「そう言えばタバサの二つ名って雪風だったよな?」
「そうだけど・・・それが何?」
「いやさ、さっき言ってた戦争の最中にあった軍艦で「雪風」って船があったんだ。」
タバサはそれが一体何なんだと思った。単に名前が一緒なだけではないか。
「その船は大きさが2000t位の軍艦としては小さな船だったんだ。同じ型の船も20隻ぐらい造られたんだけど、そんな中で、その「雪風」だけは幸運艦って呼ばれたんだ。」
「幸運艦?」
「そう。3年8ヶ月の戦争の中で、他の同型船が次々と沈む中、その『雪風』だけは沈まなかったんだ。そして一度も大きな損傷を被らなかったんだ。だから幸運艦って呼ばれたんだ。」
タバサは確かにそれは幸運だなと思った。戦争の最中に損傷を負わない事などよっぽどだ。
「そして、もう一つその「雪風」には伝説があるんだ。」
「何?」
「その「雪風」に乗った人間にも幸運を与えるって話だ。まあ確かに、実際にその船に乗って後々有名人になったりした人はいたらしいけど。だから今でも「雪風」ていう名前に愛着を持っている人は多いらしいぜ。もしかしたらタバサも、幸運を運ぶ魔女かもしれないな。」
その言葉を聞いて、タバサは少し黙っていたが。
「私はそんな柄じゃない。」
と素っ気なく答えた。
「そう。」
「お話ありがとう。」
「ああ、またなんか聞きたいことがあったらいつでもしてやるぜ。」
そしてタバサは立ち上がると本を持って図書室から出て行った。そんな彼女が、廊下に出て。
「幸運を運ぶ魔女か・・・」
と呟いて、微笑んだのを知る者はいない。
そして、才人はというと。
「才人!!」
「才人さん!!」
突如彼の前に喧嘩していたはずのルイズとシエスタが現れた。
「うわ!!2人とも何時の間に来てたの?」
才人の質問に2人は答えようとしなかった。その表情は笑っているが。
(目が笑っていないぜ・・・)
2人が怒っているのは明らかだ。
「才人!あなたタバサと何真剣そうに話してたの?」
「ふぇ!?何って、俺の世界の歴史を教えてただけだよ。」
「本当ですか?」
「嘘と思うならタバサに聞けばいいじゃん。」
その途端、彼は2人に首根っこを掴まれ連行された。その途端、彼はこう思った。
(おいおい、タバサはもしかして不運を運ぶ魔女か?)
そして3人はタバサの部屋に着いた。ドアをあけるなりルイズがまくし立てた。
「ちょっとタバサ。」
机で再び読書を開始していたタバサは、本を置くと突然の来客に不機嫌そうな顔を向けた。
「何?」
「才人さんに才人さんの世界の歴史を聞いていたって本当ですか?」
「そうだけど・・・」
「本当にそれだけ?」
「そう・・・」
タバサはただそれだけ言った。
一方で、才人はグロッキー寸前だった。
(頼むからその手を2人とも早く離してくれ!!)
「あ、そうだったの。」
「失礼しました。」
ルイズとシエスタは才人を引っ張って部屋からでた。そして、2人とも才人から手を離した。
「ゲホゲホ・・・」
むせる才人。
「ご、ごめん才人変に疑ったりして。」
「ごめんなさい才人さん。」
ルイズは取りあえず謝り、シエスタは頭を下げた。
「いや良いって、二人とも分かってくれたなら。人は誰でも勘違いの一つや二つするもんだから。」
その言葉に、2人とも表情が笑顔になった。そして。
「まあ才人がそう言うなら。まあ今回は私の誤解だったし、罪滅ぼしってわけじゃないけど、夕方城下町のレストランにでも連れてってあげる。」
これには才人も驚いた。滅多にない幸運である。
すると、負けじとシエスタが言う。
「ずるいですよミス・ヴァリエール!!才人さん、それよりもマルトーさんに頼んで、いつもよりも豪華な食事でおもてなししますわ。」
「え、ちょっと2人とも!そんな一遍に言われても、取りあえず今日の夜はルイズで、明日はシエスタにしてくれないかな。」
才人が妥協案を提案した。普段ならここで口論になるのだが。
「うーん、わかりました。才人さんがそう言うなら。」
(あれ?シエスタ随分簡単に引き下がったな。)
とにもかくにも、こうして才人は2日間、豪華な夕食にありつけることとなった。そして彼は思ったのである。
(やっぱり、雪風のタバサは幸運を運ぶ魔女かも)と。