365 名前:青銅と香水と聖女の日 ◆mQKcT9WQPM [sage] 投稿日:2007/03/04(日) 22:20:51 ID:sloCef+W
その日の明け方近く、とある人物の部屋の前には、贈り物がいくつか置いてあった。
上りかけの朝日の薄明かりに照らされたその扉の前に、ゆらりと影が立つ。

「ふん…日が上る前からこれか…。全く、何人に唾つけてるのよあの節操なしわぁ…」

影はそう呟くと、贈り物どもを手に持っていたズダ袋に放り込む。
そして、その代わりに、小さな箱を懐から取り出した。

「…ちゃんと、気づきなさいよ…」

そして、箱に軽く口付けすると、それを扉の前にそっと置いたのだった。


ギーシュは目を覚ました瞬間、がばぁっ!とシーツを跳ね上げると、寝巻きを着替えもせずに扉に駆け寄った。
そして、扉の前で深呼吸。
大丈夫だギーシュ。今年は確実じゃないか。
ケティにマリエラにルーシアにファビオラにメリッサに…。あと何人いたっけ?
大丈夫、絶対大丈夫だ!待っていてくれよレディたち!
そして、そっと扉を開ける。
するとそこにあったのは。
小さな箱が一つだけ。

「…え?一個だけ?」

それも小さい。
ギーシュはその箱を手に取ってしげしげと眺めてみるが、当然その表面には贈り主の特定できるようなものはない。
恐る恐る箱を開け、中身を確認する。
そこに入っていたのは、青い液体を満たした小瓶。
その瓶の口には、噴霧用の押し袋が付いていた。
つまりこれは香水。
で、今のギーシュに香水をプレゼントする女性といえば、一人しかいない。
のだが。

「ケティ?マリエラ?ルーシア?ファビオラ?メリッサ?それともハルナかっ?」

思い当たる数が多すぎて、逆に特定できないギーシュだった。

モンモランシーは一人で中庭で朝早くからお茶をしていた。
なぜかというと、とある人物が自分の前に現れるのを、公然と見せ付けてやりたかったから。
そうでもしないとあの節操なしは、いつまでたっても自分の、自分だけのものにならないだろう。
すっかり冷えた紅茶を流し込んで、また女子寮の方を見る。
あのバカは、今朝、ものすごい勢いで女子寮に吶喊していった。
たぶん、私を探しに行ってるのよね、とモンモランシーはため息をつく。
こんな、目に付くところにいるのに。
これはギーシュの悪い癖で、一つのことが気になると他のものが目に入らなくなる。物事に没頭しやすいのだ。
だから、あんな芝居ががった台詞を平然と放つのだ。
女子寮の出入り口を観察していたモンモランシーに、不意に悪寒が走る。

「…トイレ行ってこよ…」

朝から飲んだ紅茶は既に十杯を越えていた。

366 名前:青銅と香水と聖女の日 ◆mQKcT9WQPM [sage] 投稿日:2007/03/04(日) 22:22:25 ID:sloCef+W
モンモランシーが一階にある女子寮の共用トイレから出てくると。

「ああケティ!君だね!君こそがこの香水を僕にぃぃぃぃぃ」

ギーシュがモンモランシーのあげた香水の箱を握り締めて、後輩の女の子の腰に抱きついていた。
そして振りほどかれていた。
乱暴に振りほどかれ、ギーシュは床にみっともなく転がる。

「ひどいですわギーシュさま!私が贈ったのは手作りのケーキでしたのに!
 そんな、他の女の贈り物を持ってくるなんて!」

言って、立ち上がってきたギーシュの前で、大きく右手を振りかぶると。

「最っっっっっ低!!」

ばっしぃぃぃん、と大きな音を立て、ケティの平手がギーシュを再び床にノックダウンさせた。

「ああ、待っておくれ、ケティぃぃぃぃぃぃぃぃ」

情けない声をあげてケティを制止するギーシュだったが、もはやケティの耳には届いていない。
すたすたと振り向きもせず、女子寮の奥へと消えていった。
そんなギーシュを、モンモランシーは背中から踏み潰した。

「ぐぎゅっ」

潰れた蛙のような声をあげ、ギーシュは再び床に突っ伏した。
モンモランシーはギーシュの背中に乗せた足にぐりぐりとひねりを入れながら、話し始めた。

「ああらせっかくの聖女の日を邪魔してごめんなさいミスタ・グラモン?
 どうやら残念なことにあなたに贈られたものは彼女のものじゃなかったみたいね?
 さて、ここでミスタ・グラモンに問題を出します」

背中を踏み潰されてぐりぐりされていたため、呼吸困難に陥っていたギーシュだったが、その言葉とともにモンモランシーが少しだけ足の力を緩めてくれたので、なんとか呼吸が戻ってきた。

「も、モンモランシー。その問題に正解したら何かいいことでもあるのかい?」
「足をどけてあげます」
「も、もし不正解だったら…?」
「息が止まるまでフミグリします」

モンモランシーの声音からは本気しか伝わってこなかった。
息が止まるまでフミグリは正直勘弁願いたいので、ギーシュは絶対正解してやろうと心に決めた。 

「よ、よし言ってみたまえ」
「メイジには二つ名があります。あなたは『青銅』のギーシュ。
 さて、私の二つ名はなんでしょう?」

あまりにも簡単だ。簡単すぎて、逆に引っ掛け問題なんじゃないか、と疑いたくなる。

367 名前:青銅と香水と聖女の日 ◆mQKcT9WQPM [sage] 投稿日:2007/03/04(日) 22:23:26 ID:sloCef+W
「も、もちろん『香水』だよ、モンモランシー」
「正解です。
 さてもう一つ問題です」

まだあるのか、とギーシュは反論しようとしたが、そんな間もなくモンモランシーは次の問題を出してきた。

「あなたに贈られたものは香水でしたね?
 この意味するところを答えなさい」
「それはもちろん」

なんだ簡単じゃないか、とギーシュは心の中で胸をなでおろしていた。
それと同時に、なぜモンモランシーはこんな意味のないことをするのだろう、と思ったのだった。

「も、もちろん…?」

ちょっとだけ、ホントにちょっとだけドキドキしながら、モンモランシーは彼の言葉を促す。
そして後悔した。

「もちろん、僕を愛しているどこかのレディが僕に贈ったものさ!
 そうだ、誰か心当たりはないかいモンモランシー!?」
「…死ねっ、死んでしまえっ!」

今度こそ、本当に、遠慮なく。
ギーシュの息が止まるまで、モンモランシーは彼をフミグリしたのだった。〜fin


愛は空気のようなもの。普段は気づかないけれど、それがないと、人は死んでしまうもの。
〜聖女の言葉より〜

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