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ヴァリエール家の牝犬
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たらいの中の水をじゃぶじゃぶとかき混ぜて洗濯しながら、才人は暗澹とした気分に浸っていた。
異世界ハルケギニアに召喚されてから、早一ヶ月ほど。可憐ながら横暴な主人ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの彼に対する扱いはマシになるどころか更にひどくなっていくようであり、最近ではちょっとした言動にもいちいち鞭が飛んでくる。
心身ともに疲れきるというのは、まさしく今の才人のために用意された言葉である。疲労は全身を重苦しく感じさせ、今や常時重たい鎧でも身につけているような気分だった。
「大体あの女、ちょっと可愛いからって人を犬、犬ってよお」
今や何とも感じなくなってしまったルイズのパンツを洗いながら、才人は一人愚痴を零す。
「犬って呼ぶならせめて犬らしく可愛がれっつーの。地球で飼い犬を鞭で叩いたりしたら動物愛護団体に殺されたって文句言えねーぜ、ったく」
しかしここはハルケギニア。虐待される動物を介護する団体などいる訳もない。下手をすれば平民が貴族に殺されても全く問題なしとされかねない、厳しい階級社会がスタンダードなのである。
要するに、お先真っ暗なのだった。一応ガンダールヴとかいう伝説の使い魔になって武器を自由自在に操れるようにはなったものの、それがどうしたというのだろうか。ルイズの庇護を離れれば戸籍すらも存在しない無力な身の上、下克上を起こすことなど出来るはずもない。
「大体、いくら何でも女の子ぶっ叩く訳にはいかねえしなあ」
自分がそんなことをしている光景など、想像しただけでも体に震えが走る才人である。これではルイズに対して抗議するなど夢のまた夢だ。
「ああ、俺一生このまんまルイズの犬として生活していかなけりゃならないのかなあ」
ガクッと肩を落としたとき、不意に後ろから呼びかけられた。
「サイトさん」
振り向くと、メイド服の少女が立っていて、はにかむような笑みを浮かべてこちらを見ていた。この学院で働くメイドの少女、シエスタだ。才人がこの世界に現れた直後、ほぼ唯一彼に優しく接してくれた平民の少女である。自分と同じ黒髪と、どことなく懐かしい雰囲気を持つこの少女に、才人は深い親近感を抱いていた。
笑顔を浮かべて近づいてくるシエスタに、才人もまた笑顔で答えた。
「シエスタ、どうしたの。厨房の方はいいのか」
「ええ。今ちょっと休憩をいれてるところで。それよりサイトさん、またミス・ヴァリエールのお洋服を洗濯なさってるんですね」
心配そうな表情で自分の手元を覗き込んでくるシエスタに、才人は照れ笑いを浮かべた。
「ああ。情けない話だけど、ご主人様には逆らえないからなあ」
「でも、ミス・ヴァリエールもあんまりですよ。いくら使い魔だからって、サイトさんを四六時中こき使って」
「ま、こっちも飯と寝る場所用意してもらってる以上、あんまり強くは出られないしね」
「だけどこんなんじゃ、ゆっくりお話する時間だってないじゃないですか」
シエスタは不満げに唇を尖らせた。
「わたしだって、出来ることならずっとサイトさんと一緒にいたいのに」
ちらりと流し目を送ってくるシエスタに、才人は曖昧に笑い返すしかなかった。
(いきなり何を言い出すのかなこの娘は)
どうも、シエスタは好意の表し方が大袈裟すぎるような気がする。才人はたびたび、自分が男として彼女に好かれているように勘違いしてしまうのである。
(でもそんな訳ねえよな。俺別にシエスタに格好いいところなんか見せてねえし。こっち来てから会うたびにルイズのパンツ洗ったりルイズのパンツ洗ったりルイズのパンツ洗ったり)
会うたびにご主人様にへいこらしてパンツを洗っているような男を女の子が好きになるはずがない。
それが、才人の頭の中での常識である。
(大した理由もなく好かれるなんて、ギャルゲーかなんかじゃあるまいし)
自分の甘い考えを才人が内心で笑ったとき、何かを考え込んでいたシエスタが不意に呼びかけてきた。
「ねえサイトさん」
「なんだ」
返事をしてシエスタと目を合わせたとき、才人は奇妙な違和感を感じた。
目の前の少女の雰囲気が、様変わりしているような気がしたのだ。
実際には、何も変わっていないはずである。胸に手を添える淑やかな仕草も、瑞々しい唇が形作る穏やかな微笑みも。
だが、何故だろう。今、細められている彼女の黒い瞳が、やけに深くなった気がする。
まるで夜の海のように、飲み込まれれば二度と浮き上がってこられないような薄ら寒さを感じるのだ。
吸い寄せられるようにその深い瞳を見つめていると、シエスタが小さく首を傾げた。
「どうかしましたか」
才人ははっとして「なんでもないよ」と手を振る。我に返ってみると、やはりシエスタはいつも通りだ。声の調子も動作も、何もかも変わったところなどない。
(疲れてんのかな、俺)
小さくかぶりを振ったあと、才人は「で、なに」とシエスタに問いかけた。
「はい。あの、わたしがどうにかしましょうか」
少々躊躇いがちに申し出たシエスタの言葉を、才人は一瞬理解できなかった。
が、今までの会話の流れを思い出し、どうやら彼女が「どうにかする」と言っているのはルイズのことらしいと気付いて、慌てて首を振った。
「ダメダメ、ダメだよ。シエスタが親切なのは分かるけどさ、命は大切にしなくちゃ」
「でも、このままじゃサイトさんがあんまり可哀想で。急に訳も分からず召喚されちゃったのに、こんな辛い目に遭わなくちゃならないだなんて」
シエスタの目に涙が浮かぶ。才人は焦って立ち上がり、彼女をなだめた。
「いや、別に大したこっちゃないって。辛い目ったって、せいぜいパンツ洗うとき水が冷たいぐらいのもんだし、ここの生活自体はこれでも楽しんでるんだぜ、俺」
「またそうやって無理して。いいんですよ、辛いのなら辛いって言ってくださっても」
「そりゃ、ちょっとはキツいけどさ」
「ほら、やっぱり辛いんじゃありませんか」
シエスタは勢いごんで顔を近づけてきた。
「わたしに任せてください。大丈夫、絶対、悪いようにはしませんから」
「はあ。いや、だけどな」
シエスタの剣幕に気圧されそうになりつつも、才人はどうしても彼女の申し出を受けることが出来なかった。
ここは貴族などという身分が実在するような封建社会である。平民のシエスタが貴族であるルイズに逆らったらどうなるかなど、想像もしたくない。
そんな才人の心配を見抜いたのか、シエスタは安心させるような力強い笑みを浮かべてみせた。
「大丈夫、わたしだって貴族は恐いですし、危なくなったら引き下がりますから」
だったら最初から抗議なんてしないでくれよと思いつつ、才人は結局曖昧に頷いてしまった。
シエスタが手を叩いて喜びを露わにする。
「本当ですか。嬉しいな、サイトさん、わたしを頼ってくださるんですね」
半ば強制的にそうさせておいてこの言い草である。この子も結構強引なところあるよなあと苦笑しつつ、才人は念を押しておくことにした。
「でもシエスタ、本当に危ないことはしないでくれな。そもそも本当は当事者である俺が文句言わなくちゃならないのに」
「いいえ。こういう問題を解決するのには冷静な第三者の視点が必要なんですよ」
あのルイズに挑もうとしている時点でその第三者はあまり冷静ではないんじゃないかと考えつつも、才人は何度か頷いて感謝の意を示しておいた。
「ありがとうよシエスタ。でもさ、本当に危ないことは」
「大丈夫ですって。わたし、手伝ってくれる人だって知ってますし」
やけに自信ありげな口調だった。
(手伝ってくれる人って、誰だ。っつーか何の手伝い?)
才人がその疑問を口にする前に、「それに」とシエスタが両手で頬を挟んでもじもじし始めた。
「わたし、愛する人のためだったら何だって出来ちゃいますから」
才人は硬直した。モロに「愛する人」と言われて仰天したというのもあるが、理由はそれだけではない。
シエスタの言葉を聞いたとき、何故か全身に嫌な震えが走ったのだ。
(え、なに、何で今、悪寒が)
混乱する才人をよそに、シエスタは「きゃっ、言っちゃった」などとひとしきり恥ずかしがった後、元気よく一礼した。
「それじゃ、サイトさん。結果を楽しみに待っててくださいね」
スカートを翻して駆け去っていくシエスタを、才人はとうとう止め損なってしまったのであった。
シエスタと話をした翌日から、状況は目に見えて変わり始めた。
まず、ルイズがいなくなった。あの日の授業が終わった後、寮に帰る途中で忽然と姿を消してしまったのである。
当然怨恨の線から才人の犯行が疑われたが、その日はシエスタの言動が気にかかって洗濯を終えるのにかなり時間がかかってしまい、またその姿を何人もの生徒に目撃されていたためにアリバイは完璧。無罪放免となった。実際に身に覚えがなかったので、疑いが晴れたのにはほっとした。
それも束の間、才人は途方に暮れてしまった。主人であるルイズがいない現状、使い魔である自分は一体何をすればいいのだろう。とりあえずいつルイズが帰ってきてもいいようにと部屋は綺麗に掃除してあるものの、それ以外にはやることがない。
「君も使い魔なら、ミス・ヴァリエールの消息が少しでもいいから分からんのかね」
などとオールド・オスマンに訊ねられたりもしたが、元からそんな能力が備わっていないかのごとく、ルイズの存在など微塵も感じ取れなかった。
こうして彼女の消息は完全に不明となってしまったが、この問題は今のところ学院の外には出ていない。もしもこの件がヴァリエール公爵の耳に入ったら、下手をすれば学院取り潰しである。公表する訳にはいかず、生徒たちにもルイズは急病のため実家に帰ったということにしてあるらしい。
そして、いなくなったのはルイズだけではない。同時に、シエスタも姿を消していた。とは言え、それに気付いているのは才人だけのようだった。何故か、コック長のマルトーを初めとする厨房の面々は、シエスタがいないことを上に届けていないらしいのだ。一度それとなくシエスタの所在を聞き出そうとしてみたが、うまくはぐらかされてしまった。
だが同時に、確信を持つこともできた。やはり、ルイズとシエスタが同時に失踪したことには、互いに何らかの関係があるらしい。
しかし、具体的に何が起きているのかは、結局分からないままであった。
綺麗に掃除された部屋に、眩い朝日が差し込んでくる。才人は目を細めて窓の外を見やりながら、複雑な気持ちを噛み締めていた。
主であるルイズがいなくなってから、既に二ヶ月もの時間が経過している。季節は初夏を迎え、蒸し暑さを感じる時期となっていた。
(ルイズがいたら、暑い暑いって文句言いながら、扇げとか命令してくるんだろうな)
自分の想像に小さく笑みを漏らしたあと、才人は唇を噛む。
(俺が、シエスタを止めていれば)
何がどうなっているのかは未だに分からないが、シエスタがルイズをどうにかしたのだということはほぼ間違いない。才人はあのとき間違いなく嫌な予感を感じていたが、まさかそれがこんな形で現実のものとなってしまうとは。
(二人とも、一体どこに行っちまったんだ。俺はどうすればいい)
自分の無力感に才人が歯噛みしたとき、唐突に部屋の扉が開け放たれた。
「おお、ここにいたかサイト君」
と、飛び込んできたのは教師のコルベールであった。禿げ上がった頭部が印象的な、研究者肌の男である。彼は才人の左手に刻まれたガンダールヴのルーンに興味を持っているらしく、たびたび話しかけてくるのだ。今回もルイズがいなくなって落ち込んでいる才人を、あれこれと励ましてくれていた善人である。
「どうしたんですか先生」
「いやはや、実に驚くべきことがあってね。なんと、ミス・ヴァリエールが発見されたんだよ」
突然の報せに、一瞬頭が真っ白になった。が、すぐに立ち直り、才人はコルベールに詰め寄った。
「ルイズが見つかったって、本当ですか。一体どこで……いや、それよりも、大丈夫なんですかあいつ。なんか、怪我とかしてないんですか」
「落ち着きたまえサイト君」
コルベールは才人をなだめたあと、どことなく気まずそうに咳払いをした。
「ミス・ヴァリエールが発見されたのは広場の片隅だよ。メイドの少女から、人が倒れているという報告があってね」
メイドの少女、という単語に嫌な感じを覚えつつも、才人はなおも問いかける。
「それで、あいつの容態は。まさか、ひどい怪我とか」
「うむ。何と説明したらいいのか、その」
コルベールは歯切れ悪く口ごもった。悩んだ末に結局自分の口から説明することを諦めたらしく、すぐに才人を部屋の外へと導いた。
「とにかく、来てくれたまえ。ミス・ヴァリエールは今、医務室にいる」
才人が足を踏み入れたとき、医務室の中はひどい有様だった。清潔なカーテンは引きちぎられ、棚に飾ってあった花瓶は床に落ちて粉々になっている。その場に集まった人々は、困惑した表情で顔を見合わせながら、寝台の一つを遠巻きに見守っている。その寝台の上で、一人の少女が怯えた子犬のように身を震わせ、必死に何か喚きながら手に持った杖を振り回している。
「近づかないで! それ以上近づいたら、この部屋ごと皆吹き飛ばすわよ!」
「ミス・ヴァリエール、落ち着きなさい、わたしたちは君に危害を加えるつもりなど」
「嘘よ! そうやって騙して、またわたしをあそこへ連れて行くんでしょう」
「いやだから、そもそも我々は君が今までどこにいたのかも知らないのであってだね」
困り果てた様子で説得を続けているのはオールド・オスマンで、訳の分からないことを喚いているのは間違いなくルイズであった。
この二ヶ月間捜し求めた少女の姿を目にして、才人はたまらず飛び出していた。
「ルイズ!」
その場にいた全員が振り返り、才人のために避けてくれる。彼らの横を通り抜けて寝台のそばに駆け寄ると、ルイズは呆然と目を見開いて才人を見返してきた。
「サイト?」
「ああ、俺だよ」
「本当に、サイト?」
「おいおいよく見ろよ、俺以外にこんな間抜け面の奴がいるかよ」
ルイズはまだ警戒するように恐々才人を見つめていた。が、やがてその鳶色の瞳に涙が浮かび始めた。
「サイト!」
か細い声で叫びながら、ルイズがこちらに両手を伸ばす。しかしその手が届く前に、体のバランスを崩して倒れかけた。才人は慌てて彼女の体を抱きとめ、驚いた。異常なほどに、重さが感じられない。
「サイト、サイト」
胸の中で泣きじゃくるルイズの背中を、出来る限り優しく撫でてやる。そして、二ヶ月ぶりに見る主の姿を、改めてじっくりと観察する。
ルイズは、二ヶ月前とはすっかり変わってしまっていた。桃色がかったブロンドの髪はすっかり艶を失ってぱさぱさになっており、健康的だった肌は瑞々しさを失い、ほとんど骨と皮だけに見えるほど痩せ細ってしまっている。胸の中からこちらを見上げてくる鳶色の瞳は、以前の明るい輝きが嘘だったかのように暗い色に染まり、ただただ恐怖に見開かれ、涙を浮かべるばかり。
(一体何があったんだ)
才人は体が芯から震えてくるのを抑えることが出来なかった。一人の人間をたった二ヶ月でここまで変えてしまうほど恐ろしい出来事とは、一体何なのだろう。
気になりはしたが、今はルイズを落ち着かせることが先決である。そう考えて、才人は彼女を安心させるように笑いかけた。
「一体どうしたんだよ、ルイズ。お前らしくもない。ここには恐いものなんか何もありゃしないぜ」
だがルイズは激しく体を震わせながら、ますます強く才人の体に縋りつくばかりだ。よほど恐ろしい目に遭ったものらしい。彼女の体の震えが直接伝わってきて、才人はひどく痛ましい気分になった。
「これはどうやら、ミス・ヴァリエールのことは君に任せた方がいいらしいのう」
一連の流れを見ていたオールド・オスマンが、白い髭をしごきながら言う。
「すまんが、彼女についていてやってくれんかね。どうも、平常心を失っておるようじゃしの」
「ええ。俺もそうした方がいいと」
「駄目よ!」
突然、ルイズが才人の言葉を遮って叫んだ。彼の服の裾を握り締めて、必死に言い募ってくる。
「ここは嫌。わたし、こんなところにいたくない。部屋、わたしの部屋へ行きましょう」
「でもルイズ、お前そんな体じゃ」
「お願い、サイト。わたし恐いの。ここにいたらあいつらが来てわたしを連れて行くの。お願いだから、わたしの部屋に連れて行って」
才人は困惑してオールド・オスマンを見やる。彼はじっと考え込んだあと、ため息混じりに頷いた。
「仕方ないじゃろ。ミス・ヴァリエールを頼むぞ、サイト君」
こうして許可をもらった才人は、ルイズを抱きかかえて部屋まで運んできた。誰かに見つからないか心配だったが、まだ授業中という時間帯だったから、何とか人目につかずに運ぶことができた。皮肉にも、ルイズが痩せ細っていたために、運ぶの自体はさほど苦には感じられなかった。
「さ、部屋に着いたぞ、ルイズ。懐かしいだろ、二ヶ月ぶりだもんな」
才人の胸の中で、ルイズは目だけを動かして久方ぶりに見る自室を見回した。乾ききった唇にかすかな微笑みが浮かぶ。それを見て胸を痛めながら、才人は寝台に歩み寄ってそっとルイズを横たえた。
「とりあえず、今は休め、な。話なら後でゆっくり聞いてやるからさ」
囁きかけながら布団をかけてやる途中、ルイズが震える手で才人の服の裾をつかんだ。「どうした」と聞くと、乾いた唇をかすかに開いて何かを言おうとしている。彼女の口元に耳を近づけると、消え入りそうな小さな声でこう言っているのが聞き取れた。
「いっちゃやだ。ずっとそばにいて」
才人は微笑みながらルイズの手を優しく握り返し、安心させるような柔らかい口調で答えてやった。
「安心しろ。どこにも行きゃしないよ」
「本当?」
ルイズは不安そうに瞳を潤ませる。才人は「本当だよ」と答えて、机の前から椅子を引っ張ってきて腰掛けた。
そのままずっとルイズの手を握ってやっていると、彼女もようやくほんの少しだけ安らいだ表情を見せてくれた。
「ねえサイト」
「なんだ」
「このまま、ずっと手を握っててくれる?」
「ああ、いいぜ別に」
「ありがとう。わたしね、恐いの。今にもあいつらがわたしのことを捕まえに来るんじゃないかって」
「なあルイズ」
「なあに」
ルイズがほんの少しとは言え落ち着いたのを見て取って、才人は事情を聞いてみることにした。
(どこから聞いたもんかな)
少し迷ったあと、まずはもう一つ気になっている事項とルイズの失踪に何か関係があるのか、本人に確かめてみようと決める。
「お前さ、ひょっとしてシエスタ」
その言葉を聞いた瞬間のルイズの反応は劇的であった。
あの痩せ細った体のどこにそんな力が残っていたのか、極限まで目を見開いた彼女は寝台の上で勢いよく跳ね起きた。狂ったように悲鳴を上げながら、無我夢中で何かから逃げ出そうとする。
才人は慌てて立ち上がり、ルイズを抱き押さえた。
「おい、落ち着けよルイズ」
「やだ、止めて、離して、もう許して!」
「ごめん、俺が悪かった、俺が悪かったから」
才人自身も寝台の上に乗り、暴れるルイズの体を必死で抱きしめる。腕の中で絶え間なく身を震わせながら、ルイズが壊れたように呟き続けるのが聞こえてきた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。もう反抗しません逃げたりしません大人しくしますから何でもしますから許してください叩かないでくださいいじめないでくださいわたしをこれ以上壊さないでください……!」
聞くだけで全身が震えてくるような、恐怖に満ちた声である。
(明らかに、シエスタの名前聞いてこんな風になったよな、こいつ)
ルイズの背中を撫でながら、才人はごくりと唾を飲む。
(やっぱり、あの子がルイズに何かしたのか……?)
部屋の扉が軋みながら開いたのは、ちょうどそのときであった。
「ああ、こんなところにいたんですね、ミス・ヴァリエール」
才人の腕の中で、ルイズが引き付けを起こしたような短い悲鳴を上げた。
つづく