422 名前: 雪風の作戦 [sage] 投稿日: 2007/10/25(木) 00:53:12 ID:/51Lkj8Y
 この二週間、この日にかけて準備をしてきた。 
 全ては今日のこの日、憧れの彼であり、守るべき彼であるサイトに喜んでもらうために。 
 タバサがその行動を起こすきっかけとなったのは、二週間前のある日のことだった。 

 タバサがサイトを求めて歩いていると、その会話が聞こえてきたのだった。 
「うむむ……サイトよ。その萌えというのは奥が深いな」 
「ああ、そうだ。たとえば、キュルケだ」 
 聞こえてきたのは火の塔の裏から。普段は誰もいないはずなのに、珍しく人の声がする。 
 サイトの声だ。 
 そう認識したのが最後だった。気がついたら、私は木の後ろの隠れてサイトとギーシュの様子を覗いていた。 
「褐色の肌に素晴らしいプロポーション。挑発的な態度に自信たっぷりなあの余裕。娼婦のように艶やかなあの姿に萌えるやつだっているのさ。まあ、ほとんどの奴が欲情するだろうけどな」 
「なるほど。となると、モンモランシーにも?」 
「ああ、いるだろうぜ。浮気性な彼を持ちつつ、それをグッと我慢して健気に待つ姿。素晴らしいじゃないの」 
「それを言われると頭が痛くなるよ」 
 萌えってなんだろう……。 
 私がそうやって悩んでいると、能天気な声が上から響いてきた。 
「おねーさまー。何してるのかしらー?」 
 ……タイミングが悪すぎる。どうして私の使い魔は、空気が読めないんだろう。少し殺意を感じながら、私は空を見上げた。 
「うるさい」 
「ひどいのね!」 
 まあ、こんなやりとりをしてると、あの二人にも気づかれるわけで。 
「あれ? タバサじゃん」 
「聞かれてたようだね」 
 ばれた。 
「何を話してたの?」 
 内心では、何か文句を言われないかとドキドキしてたけど、そこはうまく隠して質問する。 
 でも、今の二人には私の質問は聞こえてなかったみたいで、また二人で話に夢中になる。 
「タバサ……この彼女にも、萌えというものはあるのかい?」 
「ああ、大有りだぜ。なんといってもまずは眼鏡だな」 
 私のことが話題になって、思わずビクッと体を震わせてしまった。 
「眼鏡は重要な萌えポイントだ。眼鏡をかけているというだけで萌えるやつもいるんだぜ」 
「なるほど、それほど重要なアイテムだったのか。……言われてみれば……う〜む、モンモランシーにも眼鏡をかけさせてみたい」 
 ……だから萌えってなんなの? そう質問しようと思ったけど、今の二人には無駄みたい。とりあえず話が終わるまで待つことにしよう。 
「あと外見的特徴は……スタイルだ。小柄な体に控えめな胸。お世辞にもスタイルがいいとは言えない! だが! 世の中にはそれに萌える男もいるのだ!」 
 なんだか随分と失礼なことを言われた気がする。小柄な体、控えめな胸……気にしてるのに……。サイト酷い! 
「随分と熱弁するね。君もそうなのかい?」 
「……否定はしないぜ」 
 否定はしない=嫌いではない=好き=好みのタイプ=私はサイトの好み=チャンスあり。 
 にへら。 
 思わず表情が緩んでしまった。この緩みを隠すために私は顔を下に向ける。小柄な私だから、サイトとギーシュからは表情が見えないはず。 
423 名前: 雪風の作戦 [sage] 投稿日: 2007/10/25(木) 00:54:15 ID:/51Lkj8Y
「ふむ、外見はわかった。だが、モンモランシーの例えを聞くに、内面的なものもあるようだね」 
「ああ、そうだ。いい所に気がついたな」 
「では、聞こうか」 
「そうだな、わかりやすいところだと……この起伏の少ない表情だ。いつも同じ表情だからこそ、時折見せる笑顔や羞恥の表情に男は心を奮わせる」 
「なるほど。となると、無口なところも?」 
「わかってるじゃねえか、ギーシュ。そこもだ!」 
「おお、なるほど! わかったよ!」 
 何かが通じ合ったのか、二人はきつく抱擁し始めた。男同士の友情ってものなのかな? よくわからないけど。 
「ところでサイトよ。彼女はあんなにも小柄なのに、おねーさまと呼ばれている。この件についてはどう思うかな?」 
「なるほどな、ギーシュ。お前の言いたいことはよくわかる」 
 後のことは鮮明に覚えてる。小さいのにお姉さまは萌えだろう、とか、考えると制服のスカートはなんていいものなのだろう、とか、そういった話。 
 結局私がわかったのは、萌えというものは奥が深いということだけ。でも、それだけで十分。 
 なぜなら、サイトを萌えさせるための必殺の作戦を思いついたから。 
 人から伝え聞いた話だと、サイトの世界には凄い服があるとか何とか。 
 そしてそれは、こっちにもあるとか。 
 ……いける。 
 そしてそれから、二週間の月日が経ったわけで……。 

 今、私の目の前にはサイトをメロメロにする魔法の服が一着。私にはちょっと大きいけど、これも一つの萌えに違いないと思って、気にしないでおく。 
 ……胸の辺りが結構余ってるのも、萌えのはずだもん……。 
 あとはこの服の下に制服のスカートをはいて、準備は万端。あとはこれをサイトに見せるだけ! 
 ちょっと恥ずかしいけど、がんばる。 
 でも、さすがにこれで外を出歩くのは恥ずかしすぎる。というよりも、サイト以外の人に見られるのが恥ずかしすぎる。どうしようかな……。  
 そこで私は、使い魔の存在を思い出した。空から飛んでいけば、人に見られずに済むはず。サイトを人の来ない場所に呼び出せば、サイト以外の人に見られる確率も少なくなるし、着替えもしやすくなる。 
 着替えていこうかとも思ったけど、それはさすがにやめておく。 
 思いついたら即実行。シルフィードを呼んで、すぐに乗る。目的地はサイトの胸の中。こんな風なことを思うほど、私の頭はお花畑。ちょっと危険な状態。 
 学院の上空を旋回して、サイトを探す。よくこんな風にして飛んでいるから、怪しまれることは無い。 
 黒い髪と目立つ服。それだけの特徴で十分。この広い学院にサイトと同じ服を着てる人はいないから。 
 数分旋回して探してると、サイトが塔から外に出てくるのが見えた。やっと見つけた。見つけるのと同時に急降下。サイトの目の前に降りて、用件を伝えようとする。 
「うわっ!? なんだ、タバサか。ビックリした」 
「……」 
「で、何の用?」 
「……ついてきて」 
 呼び出すよりも、案内したほうがいい。そう結論付けた私は、あらかじめ決めておいた人のいないポイントへと移動する。後ろをチラリと見ると、ちゃんとサイトもついてきてる。 
「何処に行くの?」 
「すぐ着く」 
 それもそのはず。場所はコルベール先生の研究小屋のすぐ近く、火の塔の裏。ここだったら目立たないし、人も来ない。コルベール先生が研究室に来るかもしれないという不安もあるけど、さすがに火の塔の裏まで来る事はないと思う。 
「ここで待ってて」 
 サイトを塔の裏で待たせて、私はサイトから見えない位置――サイトのいる位置からさらに裏――に移動する。そして、着替えを始める。急がなきゃ。サイトが見に来ちゃうかもしれない。 

「……遅いなー」 
 タバサに待てといわれて二分ほど。サイトは律儀に待っている。何か物を取りに行ったのかと思ったので、すぐに来ると予想していたが、少々遅い。 
424 名前: 雪風の作戦 [sage] 投稿日: 2007/10/25(木) 00:54:58 ID:/51Lkj8Y
 様子を見に行こうか、それともまだ待ってみようかと悩んでいるうちに、タバサの頭が見えた。 
 少々顔を赤らめて、体を火の塔で隠して、サイトの様子を窺っている。 
 いったいなんなんだ? 
 その疑問を声に出すよりも早く、タバサが意を決して、サイトの前に飛び出してきた。 
 よほど緊張していたのか、タバサの顔は真っ赤である。いつも無表情のタバサの顔が、真っ赤である。なかなか見られるものではない。 
 しかし、それよりも珍しいものを、サイトの目はロックオンしていた。 
 その服は、元は水兵服として水兵に着られていた服であった。そこから派生して、日本の女学生の制服となったのは有名なことである。 
 そう、セーラー服である。 
 目の前には、セーラー服を着たタバサが、恥ずかしそうに俯いて立っているのである。 
 手を胸の前でもじもじといじりながら、チラチラと見つめてくるタバサ。その表情は何処か不安げで、まるで何かを怖がる子どものようだ。 
 クリティカルヒットだ。サイトのHPはもう黄色である。瀕死である。普段からは考えられない、タバサの様子に、サイトはもうダウン寸前だ。 
 そして、その後に、タバサはとんでもない一言を言ったのだった。 
「……どう? お……お兄ちゃん……」 
 サイトのHPは赤くなった。 
 ダウンである。死亡確認である。サイトのライフはもうゼロである。 
 サイトはくらくらとする頭と倒れそうになる体を抑えるので必死になっていた。 

 ……作戦成功。 
 恥ずかしさを我慢したかいがあった。サイトは鼻を押さえて、空を見上げてる。よくわからないけど、たぶんいい反応。 
 どうしよう、とりあえずもう一言、必要かな? 
「……似合ってる?」 
 ここでちょっと小首を傾げてみる。 
 あ、サイトが仰け反った。そのまま膝をついて、鼻を押さえながら右手で親指を立ててる。あの指にどんな意味があるんだろう? 
 考えてもわからないから、私はサイトに追撃の言葉を送る。 
「……お兄ちゃんに。喜んでもらえた?」 
 あ、サイトが凄い勢いで頷いてる。 
 よかった……。 
 つい、ホッとしてしまう。喜んでもらえなかったら、どうしようかと思った。 
 そう、私はホッとした。そして、あまりにも安堵しすぎて、私は自制することが出来なくなった。 
「私……お兄ちゃんのためなら……」 
 あれ? 私なんでこんなことしてるんだろう? 
「何でも……出来るよ?」 
 確かに、私はサイトに全てを捧げた。だから、サイトの言うことなら何でもするし、何でも出来る。 
 でも、今はそれを言うつもりはなかった。口が、勝手に言葉をつむぎだす。 
 そして、それで終わらせるつもりだったのに、私の体は意思に反して、勝手に動き出した。 
 サイトの右手を両手でぎゅっと握って、私の胸の前に持ってくる。やや上目遣いでサイトを見つめて、切なげにため息を漏らす。 
 全て、やろうと思ったことではなかった。自覚した頃には、私はもう自分を止めることが出来なかった。 
「ねえ、お兄ちゃん……」 
 その言葉を言ったことを、私は後悔してる。後悔だけじゃないけど、やっぱり後悔してて……なんであんな事をしたんだろうと、何であんなことになったんだろうと、思い出すたびにため息をつく。 
「しよ?」 



 また一つ、私はサイトに捧げた。

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