せかんど・バージン1話.『愛は暗闇の中で』(8)  ぎふと氏
(※7/29 改定稿)

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「ルーイズー。ここはー?」
 もう何度発されたわからないその問いに、ルイズは身をよじって瞳に涙を浮かべた。
 その唇は半開きのまま甘い息をつむぎだし続けており、また時おり過ぎた快感のせいでしがみつく才人の背にきゅっと爪をたてたりなどしている。
「どーお? 感じるー?」
 そう言いながら、今度はルイズの片足を大きく持ち上げると、ほっそりとしたふくらはぎをちううと強く吸った。そのまま膝の裏まで舌で丁寧に舐めとる。
「んんっ、んんん」
 細いルイズの体が、折れそうなぐらいに弓なりに反ってぶるぶると震えた。もはや先の質問の答えは明らかだった。が、それでも才人の口は止まらない。どこか機械的な、ややもすると退屈なめんどくさげな調子で、
「ルーイズー。どう気持ちいいー?」
 と尋ねる。なぜそんな風かと言えば……、才人は非常に眠かったのだ。睡魔と欲望は反比例するのである。
 同じく眠たげなルイズがようやく言葉らしきものを発した。
「しらない……」
「えー知らないってことはないだろ。なんだよ嫌なのかよー?」
「い、いやじゃ……ない、けど……」
「じゃあさ、惚れ薬飲んだときとどっちがいい? ほらシエスタと気持ち良さそうにしてたじゃん」
 月明かりの下で、二人の女の子が生クリーム片手に絡み合っている姿が思い出された。あれはかなりいい絵だった。
「ふぁっ……わかんない……」
 ルイズは息を喘がせながら、ふるふると首をふった。才人は不服そうな顔をこしらえると、
「そーかそーかよ。シエスタの方がいいって言うんだな。俺よりそっちがいーんだな。よしちょっとシエスタのとこ行って、ルイズの扱い方を習ってこよう」
 よいしょと身を起こした。今すぐ会いに行ってくると言わんばかりに。そのご本人は今トリスタニアの町にいる。
 だめっとルイズは、間髪いれずものすごい勢いでしがみついてきた。行かせまいと必死に首を振る。
(この単純さは、可愛さとして評価できるな。うん)
 才人は心で呟きながら、ふあと喉もとまで出かかったあくびをかみ殺した。そして集中集中、と自分を諌めた。ようやく前戯という重要単語を思い出した才人は、自分なりの解釈でそれを実行していたのである。
 その馬鹿丁寧さときたら、手足の指一本にいたるまで触れてない場所はないって具合で、おかげで才人の精神エネルギーはすっからかんだった。……実に極端な性格なのだった。
 もう寝ちまおうかな。ルイズも眠たいみたいだし。そんな気分にすらなりかけた。
 そもそも初めてってのがよろしくない。自分のような男と違い、女の子にとってのそれは一生ものらしいが、かといって手本にすべき情報もなく、ただひたすらに自分の誠実と誠意を試されている気がする。なんとも面倒な話だ。
 いやいや、そうでもないぞ? 別の女の子の姿が浮かんだ。メイド服のシエスタである。彼女となら同じ初めてでももう少し……、はっと我に返った。一瞬危ない橋を渡りかけた。それはこっちに置いといて……。 
(そろそろいいかな? いいよな?)
 密着した素肌ごしにルイズの火照りが伝わってくる。どうやらルイズも出来上がってきたようだし。
 それでは頂きます、と心の中で居住まいをただした。
(あー神様だか始祖さまだか知らないけど、もう邪魔はごめんですから。どうか頼みますよ)
 ルイズにならってお祈りも捧げてみた。
 言ってみれば、これが自分的に最後のチャンスだ。

+ + +

 ルイズの背中越しにそろそろと手を滑らせていくと、マシュマロのような手触りの柔らかな膨らみに遭遇した。まだルイズが自分のパーカーを羽織って眠っていた時分に無意識に使用していた武器である。
 ああそんなこともあったなあ、と感慨深げに撫でさすっていると、唐突に世間一般で痴漢と呼び習わされている行為の真理が降りてきた。
 イメージされるのはもちろん電車の中だ。目の前で澄まして立っている可愛い女の子のお尻を、人ごみに押された勢いで偶然を装ってさわさわと……。
 い、いかん。俺もいつかやってしまうかもしれない。
 セーラー服姿のルイズ(もちろん履いてない)と……お外で痴漢ごっこ……。
 ごふっと吐血しそうになったのを堪えて、震える指をその白い膨らみを割るように背後から差し入れた。ルイズの口から熱いため息が漏れる。
 その場所は……熱くとろけきっていた。ルイズが言葉ではくれなかった答えが蜜のように指に絡んでくる。触覚を最大限に高めて、初めて触れる場所を一つずつ確かめていった。するとある場所でルイズの体がひときわ大きく跳ねた。
「だ、だ、だめっ。そこだめっ!」
 熱く柔らかな部分を指で押し広げた場所で小さな実が息づいていた。指の腹が掠めただけでそれはひくひくと震えて才人の指を逃れようとする。さらに調子づいて指で可愛がっていると肩をがぶりとやられた。
 甘噛みというには少し激しすぎた。いてて、なんでこう暴力的かな。才人は顔をしかめてぼやいた。
「どーしてお前ってば、そう加減てものをしらねーのよ」
「だって」
「だってもなにも。気持ちよさそーじゃん」
「ち、ち、ちがうんだもん。だめなんだもん……、強すぎるんだもん」
 泣き出しそうな声で訴える。
 なにそれ。強すぎるってどういうこと?
「……もっと、そっとしてくれなくちゃ……だめなんだから。死んじゃうんだから」
 待てルイズ・フランソワーズ。どんな顔してそんな台詞を言ってる。
 俺の方こそ死んじゃいそうです。
 じわりと熱が呼び覚まされた。げんなりうな垂れていた物が起き出した。それは雨後の竹の子のように一気にすくっと育ちきった。よしいい感じの勢いだ。
 半端なく気合の入っていた才人は、それでも焦らず騒がずに飴細工職人のように注意深く指を操った。聖なる櫃の内部を押し広げ徐々に慣らしていく。そこは誰も触れたことのない、おそらくルイズ自身も知らない場所だ。
 言うなれば穢れなき純白のキャンバス。自分の形を刻みつけていく聖なる空間。つまり自分は創造主だ。いわば神。
 徐々に熱は高まってきた。自分の物を手に取る。OK。いける。
「……あの、いい?」
 声をかけた。いちいち確認を取らないと先に進めないのは、もう才人の性分だ。加えて童貞だから仕方がないんだ。そこは諦めて欲しい。
 でもってルイズは返事をしなかった。
 こんな時、女の子は黙っているものだよな? 普通だよな?
 しかし嫌な予感というのは妙に当たるものだ。
「ルイズ?」
 もう一度声をかけてみたが、やはり返事はない。胸の上に手をおくと穏やかな鼓動がかえってきた。
(………………寝てる?)
 ふつふつと、才人の中に行き場のないむなしさと怒りが沸いてきた。
 なんだよなんだよどーゆーことよ。そりゃないでしょ? これ以上まだ俺をいじめるわけ?
 目の前のルイズに罪はない。わかってる。むにゃむにゃという寝言すら、まことに可愛らしいものだ。でもそれなら……、この気持ちはどこにぶつけたらいいのだ?
 才人は思いつく限りの神と自然の摂理と運命とに、積もり積もったを苛立たしさをぶつけた。
 なんだよ、俺の手際のせい? YES。すいませんね童貞なんだよでも最初は誰だって同じだろ?
 ルイズを深く傷つけた? YES。でもちゃんと謝ったじゃねーかよ。身悶えするぐらいヒーロー気取ったよ!
 ルイズまだお子様だから? YES。ちゃんと了解とっただろが。だいたい本人だってすっかりその気だっただろ!? 
 だからなんだ! させろよ! やらせろよ! それが生物学的に正常なんだよ! 我慢しまくりで溜まってんだよ!
(ちくしょお、さーーーせーーーろーーーよおぉぉぉぉぉ……)
 才人は限界にきていた。とにかく疲れきっていた。いいかげん熱く叫ぶ気力さえなくなっていた。
 ぱたり……、うっ伏して動かなくなった。
 ルイズを押しつぶすわけにはいかないので、ぎりぎりそれぐらいの心遣いは持ち合わせていたので、ごろんと横に転がった。
 真っ暗な天井をぼんやりと見つめる。
(もういいや俺。一生童貞さんでいいよ……)
 涙さえもう浮かばなかった。

+ + +

 ルイズは目を覚ました。普段とはどこか違う感覚を覚えたからだ。
 それは足の合間から感じられた。
 手を伸ばしてみると誰かの手がすでにその場所にあった。言うまでもなく自分の使い魔の手である。なによエロ犬、調子にのって。
 その時ぴくりとその指が動いて、ルイズの体にふたたび違和感が……甘い快感が疼いた。
「ちょ、ちょっとやめてよ。何してんのよ。このバカ犬……」
 小声で言いながら手を引っ張ると、それはすとんとベッドに落ちた。隣にいる当の本人は気持ち良さそうな顔でくうくうと寝息を立てている。
 そこではたと気がついた。部屋が暗い。シエスタがいない。そして自分は何も身に着けていない真っ裸である。
 ああそうだった、さっきまで自分は才人と……。そこまで思い出して、きゃああああ、とのたうちまわった。枕をとりあげてぼふぼふと才人を叩く。
 あんなことしてこんなことして絶対許せないんだから! ああああもう思い出すのもいやっだめっそんなのばかばかばか!
 しばらくそうして悶えた後、ようやく冷静を取り戻した。
 隣で眠っているちょっぴり間抜けた、でも愛しくてたまらない使い魔の鼻を、ぎゅっとつまむ。
(……この調子じゃもう起きないわよね)
 ため息をついた。
 毎晩一緒に寝ているからわかる。なにげに才人は眠りが深いのである。
 それも仕方のないことだった。水精霊騎士隊の副隊長となってからというもの、毎日のように激しい訓練に励んでいるのだから。しかも何やらこっそりと一人だけでやっている気配もある。
 ちゃらんぽらんに見えて、これで案外生真面目なところもあるのだ……、自分の使い魔は。
 確かに才人はガンダールヴだけれど、主人を守る、この一点においてここまで純粋に使命を果たしてくれる使い魔が他にいるだろうか。自慢の使い魔だった。ルイズにとっては代えがたい世界一の使い魔だ。
(他の女の子にしっぽふらなきゃ、もっと最高なんだけど)
 不満げにその胸をつつく。指先に裸の肌の感触がしてどきりとした。
 そういえば今日は珍しく二人きりだ。でも明日になればあのメイドがひょっこり戻ってくるかもしれない。どうせ邪魔しに来るに決まってる。
 そうしたらまた才人をはさんで川の字である。当分はこんな状況は訪れないだろう。
 ドキドキ胸を高鳴らせながら、手を伸ばした。才人の体をぺたぺたと触った。胸とか腕とか……、思いのほか筋肉がついている。さすが日々の訓練だけのことはある。さらに腹筋の具合を確かめていると……、じわりと体が熱くなった。
(や……やだ)
 顔を赤らめて周囲を見回したが、見ている者などいるはずもない。というか部屋は真っ暗だ。
 そろりと手を下へと降ろしていくと、それが手に触れた。才人が俺の物と称したもの。けれど少し感触が違った。僅かだけれど、やわらかくふにゃりとしている。
(不思議。寝てるとこんなふうなのね)
 ルイズは好奇心のままに才人の物を探り始めた。強引につかまされた時は、握るだけで精一杯で指を動かすなんて真似はできなかったけれど、こうしてじっくり確かめてみると本当に変な形をしている。
 撫でていると、少しずつ固くなってきた。……ちょっと面白い。
 才人がうーんと身じろぎをした。軽く腰を動かしてくる。きゃっとルイズは手を離した。なななんて恥ずかしい犬なのかしら。鼓動が苦しくて、顔も体も茹で上がりそうに熱い。
 でも……、きっとここが才人にとって気持ちいい場所なのだろう、と考える。思い返せばずっと自分は与えてもらってばかりだった。それなのに才人が欲しがる言葉一つ返すことができなかった。
(ごめんね、サイト……)
 心の中で呟いた。あげたい気持ちはあるけれど、恥ずかしさだけはどうしようもないのだ。
 今夜の出来事を思い出しながら、才人がしてくれたように、自分で一つずつ確かめた。唇。耳。首すじ。胸……。
 ぎゅっと目をつむって、今まで触れたことのない場所にも触れた。才人がしてくれた時のような強い感覚はない。でもじんわりと溶けるような気持ちよさだ。
 少しずつ快感の波に押し流されながら、ルイズは心の中で使い魔の名を呼んだ。吐息が漏れるのを止められなくなった。
「ん、んっ……はぁっ……」
 夢中になっていて気づかなかった。

+ + +

 ルイズが目を覚ました時、才人はしっかり起きていた。仕方ないので自分で慰めてしまおう、そう寂しく考えていたのだ。そしたら、ルイズが起きてきた。
 寝たふりをしていたのは、出来心とでもいおうか。要はこれ以上ルイズの相手をするのが面倒臭かっただけなのだが、これが楽しいことになってきた。……つまりルイズの行為はすべて才人につつぬけだった。
 観察しているうちに段々とにやにやが止まらなくなって、どうにも我慢がきかなくなってルイズの手を上から押さえた。その指が触れているのは、ルイズのもっとも感じやすい場所だ。才人は小声で尋ねた。
「なにしてんの?」
 ルイズの頭が一瞬にして真っ白になった。出せる言葉などあるはずもない。
「ねえ、自分でしちゃってたんだ?」
「ちがっ……」
「どこがだよ。やっぱルイズってやらしーよな。前からそんな感じしてたんだけどさ」
 何もかもがいたたまれなくなって、後ろを向こうとしたそんなルイズを才人は素早く両腕で拘束する。
 ホントわかりやすいってのは、こういう時たまらない。
「どうせ俺のこと考えながらしてたんだよね? お前の妄想癖ってすごいもんなあ。ほらいつだっけか、窓から飛び降りようとしたことあったろ」
 ルイズはじたばたともがき始めた。ばれてた。才人の預かり知らぬ所で恐ろしい妄想を繰り広げているルイズである。前科を数え始めたら両手に余るかもしれない。
「ちがうもん、ちがうもん、ちがうもん!」
「あーやっぱお前いいな。やらしい最高、可愛い、大好き」
 暴れるルイズの手が少しだけ止まった。後半の言葉は少し耳に心地よかった。そこだけもっと言ってくれたらいいのに、と思った。
 だるい体に鞭打ちながら、なんとか才人はルイズの上に乗っかった。力の抜けきった声で言った。
「なあ、もうしちゃわない?」
 ルイズ可愛い。見た目だけじゃなく一応は可愛いところもある。時々忘れそうになるけど。まあ可愛い。
 ルイズ大好き。見てたらドキドキするってぐらいのもんで、言わないと時々忘れそうになるけど。まあ好き。
 女の子を好きになるなんてのは、せいぜいその程度のもんだ。それで命賭けちゃうんだから男ってのは馬鹿だよなあ、ほんと。
「いろいろ考えるのめんどくせーよ。お前が好き。抱きたい。以上」
 なんともになんともな言葉だ。ロマンスの欠片もありはしない。
 けれどこれが才人なのだった。それ以上でもそれ以下でもなく。ルイズは諦めたようにため息をついた。
「……それほんと?」
「んなの、決まってんだろ。男だもん。やりたいに決まってんじゃん」
 言いながらルイズの場所を指で探る。黄色いくまの持つ蜂蜜つぼのように温かく潤っている。
「ばか、違うわよ。その……」
「なんだよ」
 さっさと両足を抱えあげて、自分の物を近づける。
「……可愛いって、ほんと?」
「うん可愛い。やらしかったらもっと可愛い」
「……じゃあ」
 ルイズはぷいっと横を向いた。
 ……ゆるしてあげるわ。怒ったように呟いた。
 正直言えば、もう少し雰囲気ってものを考えてくれてもいいと思う。
 別にドラマチックな展開なんて期待しない。それでもこの先、何度も思い返す時の台詞がこれでは、あんまりというものだ。
 でも……、現実って案外こんなものよね。思いながら、ルイズは目をつむって力を抜いた。


〜1話・FIN〜

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