青春時代  ツンデレ王子


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 チクトンネ街中央広場、噴水前にサイトは立っていた。先日アニエスより 
呼び出しを受けたのだ。 

(アニエスさん、遅いなぁ) 

 待ち合わせ時間は12時、今はそれを10分ほど過ぎている。彼はここで 
30分待っていた。 

(20分も早く着いた俺が悪いのかの知れねーけどさ) 

 何故呼び出されたのか、理由は聞いていない。ただ一言、ここで待てと言 
われただけなのだ。用があるなら直接王宮に出向いた方が早いと思うのだ 
が。 
 彼女の意図がわからず思案していると、声を掛けられた。 

「サイトくん、お待たせ」 

 声のするほうを振り返ってみると、そこには一人の少女が僅かに頬を染め 
てこちらを見上げている。いつぞやシエスタに送ったのと同じ様な水兵の服 
を着込み、紺色のプリーツスカート(膝上20cm程)、黄色いリボンでツイン 
テールに結ばれた栗色の髪、細い銀縁の眼鏡を掛けているその少女に記 
憶を探るが思い出せず、サイトはぽかんと口を開けたまま固まってしまった。 

「えっと…どちら様でしょう?」 
「分からない?」 

 悪戯っぽく微笑むと、ついと眼鏡をずらして小さく舌を出す。 
 その薄いブルーの瞳を見た瞬間、サイトはその少女が誰なのか漸く思い至 
った様である。 

「ひんぐ…!」 

 大声を出しそうになったサイトの口を、少女は慌てて両手で押さえる。 

「しっ!ここでそう呼ばないで下さい」 

 コクコク… 
 首を上下に振り了承の意を示す。 
 少女はホッと息を吐くもサイトの口を押さえていた手を外すのを忘れており、息 
苦しくなった彼はぺろりとその指に舌を這わした。 



「きゃっ!」 
「あ…ご、ごめん」 
「い、いえ…」 
「でも、どうしたんですか?そんな格好で…」 

 少女の正体を見破ったサイトは、彼女がその様な格好でこの場に居るのが不 
思議で堪らなかった。 

「だって…この服はサイトくんの思い入れのある物なんでしょ?」 

 サイトの故郷、そこでは彼と同年代の少女達がこういった服装で学校に通って 
いる――それはシエスタにこの服を送ったときに教えた事。それを彼女から聞 

き 
出したのだと言う。 

「で?今日は一体何をしてるんですか?」 

 彼女の説明は今の服装を知る経緯であり、今ここでわざわざその格好をして 

い 
る説明にはなっていない。しかも自分の事を“くん”付けで呼んだり、格段と打ち 
解けた感じ―悪く言えば馴れ馴れしい―で話しかけたりと、普段の彼女からは 
考えも付かない事だらけなのだ。 
 額に手をやり、やれやれと言った感じで頭を振るサイトに少女は腕を絡ませる 
と、生地を押し上げる豊満な乳房を押し付けながら囁いた。 

「デートしよ♪」 
「…は?」 
(何言ってんだ、この人は) 
「勉強したのよ、サイトくんとデートしたくて。喋り方も変装も」 

 喋り方、確かに街娘の様にくだけたものになっている。 
 変装、これも初め自分ですら分からなかったのだ。彼女の事を近くで見る機 
会の少ない者が見たところで、彼女がこの国の王女だと気付かれる事は無い 
だろう。 

「その為にアニエスに協力してもらって、貴方を呼び出したのよ?」 

 何日も前から計画し、執務を終わらせていたのだと言う。 
 そこまで言われては、サイトとしては無下に断るわけにいかなくなってしまう。 

(ま、いっか。これはこれで新鮮だし) 

 しぶしぶながらも頷くと、アンリエッタは満面の笑みを浮かべる。サイトの前に 
くるりとターンしながら出ると、手を後ろに組み上半身を屈めた。 

「行こ♪」 

 回転によってふわりと持ち上がるプリーツ。 
 それと同時にチラリと目に飛び込んでくるスカートの生地と相俟ってより一層 
眩しく映る絶対領域。 
 ニーソックスに包まれた、今にも頬ずりしたくなる脚。 
 襟元から覗く三角地帯。 

 それらへと一瞬にして視線を這わすと、サイズが合ってないのか少しずり落 
ちた眼鏡の間から上目使いに見上げる視線から逃れるように目をそらす。彼 
女の頭に手をやってクシャクシャと撫でると、そのまま肩を抱いて歩き出すの 
だった。背後から自分たちを見詰める視線に気付かぬままに―― 



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 彼等の後姿を涙ぐみながら見詰める初老の男が1人。 

「陛下、良くお似合いですぞ」 

 くっくっと嗚咽を漏らしながらボソボソと呟く。 
 近くを歩いていた子供が『あのおじちゃん、どうしたの?』と指を差すと、母 
親らしき人物が『見てはいけません』と言って連れ去っていく。他にも数人か 
ら異様なものを見る目で遠巻きに見られている。 

(特訓の成果がありましたな) 

 ズズズと鼻をすすり、男性は空を見上げる。 
 遠い目をして何やら思い出している様だ。 



――特訓 

 それは数日前に遡る。 

 王宮の一室、そこで彼―マザリーニ―はアンリエッタに指導を施していた。 

「もっと柔らかく!」 

 彼の目前にはアンリエッタとアニエスが腕を組んでいる。 

「陛下、ちょっと宜しいですかな」 

 マザリーニはアンリエッタを押し退けると、代わって自分がアニエスに腕を絡 
める。身長差はあるものの、それを全く感じさせない雰囲気を纏っている。 

「こう、良く見ていてくだされ」 

 絡めた腕を解くと、半歩前に出てクルリと180度ターン。 

「ここで…こうです。 
 ただ、気を付けてくだされ。回転速度が弱すぎてはスカートが持ち上がりま 
 せぬ。逆に強すぎては持ち上がりすぎて興醒めですぞ。力加減が難しいの 
 です」 
「は、はい」 


「ではアニエス君、一度やってみなさい」 
「…は?」 

 いきなり振られて反応出来ず、間抜けな声を漏らす銃士隊隊長。 
 この日の彼女は何時もの甲冑ではなく、萌葱のシャツにエンジ色のプリーツ 
スカートといった出で立ちである。もちろんミニスカートだ。 

(この姿でやるのか、あれを) 

 普段人前には出す事の無い肌を晒しているだけでも恥ずかしいのに、幾ら 
アンリエッタの為とは言えこれは彼女にとっては拷問に近いものがあった。 

「何をしておる、早くせぬか」 

 しかしながら、今“監督”のオーラを纏った彼には彼女の心のうちなど見抜け 
るはずもなく、声を荒げて促すのみ。 
 腑に落ちないながらも立ち位置を入れ替えると、アニエスはマザリーニの腕 
に自分の腕を絡める。彼女の決して小さいとは言えない胸が薄い生地越しに 
腕に押し付けられ、マザリーニは鼻の下を伸ばすがそれも一瞬の事。再びキ 
リリと表情を引き締めると、先程自分が見せたようにやってみなさいと彼女を 
促した。 

「陛下、ご覧になりましたか。今の様ですとスカートが捲れ上がりが少なすぎて 
 彼のような人物の関心を惹く事は出来ませぬ!アニエス君、もう一度じゃ」 

 次は先程より強めに回転するアニエス。 
 今度は反動が強すぎて、下着までもが見えてしまった。 

「この様に強すぎても、スカートの中が見えすぎて逆に白けてしまいます。 
 微妙な力加減が大切なのですぞ」 

 力説する彼に呆れた顔を向けるアニエス。それとは打って変わって真剣に 
頷き、その場で回る練習をし始めるアンリエッタ。 

「では陛下、やってみてくだされ」 

 アニエスを男役に腕を絡めるアンリエッタ。 
 さすが王女と言うべきであろうか。やはり社交ダンスの経験がものを言うの 
か、感覚を掴むのはマザリーニの想像より格段と早かった。 


「では次ですが…」 

 アンリエッタを下がらせアニエスの前に出ると、再度ターン。上半身をおよそ 
30度屈めてアニエスを見上げる。 

「この時、あまり上半身を屈め過ぎないように!当日陛下がお召しになる水 
兵の服は胸元が開いております。あまりに上半身を落としすぎると、胸元が 
見えすぎてしまいます」 

 今度は自分の前で直接やってみるようにアンリエッタに命じる。 

「それでは上げすぎです。もっと上半身を落として」 

 角度が大事ですぞ、と何度も何度も繰り返す。 
 アンリエッタの服装もアニエスが来ているものと相違ないものであった為、 
練習中チラリチラリと彼女の胸元がマザリーニの目に飛び込んでくるのだ。 
その都度、彼は目尻を下げて口元をだらしなく緩ませる。 

「…オホン!」 

 その度にアニエスは咳払いをして注意を促す。帯剣していないのを忘れてい 
るのか、腰に手を伸ばし空を切ってしまう事もしばしばであった。 

「完璧ですぞ、陛下」 

 漸く満足のいく結果が得られた時には、マザリーニの顔には皺が増え、アン 
リエッタは息を荒げ、アニエスは今にも飛び掛らんとするのを必死に堪えてい 
る状態だった。 



 マザリーニが涙を拭い顔を正面に向けた時には2人の姿は既にその場には 
無い。追いかけようかと1歩踏み出し……思いとどまった様だ。踵を返して戻 
って行く。 

(成功を祈っております、陛下) 

 馬車へと戻っていく彼の顔には、まるで娘を嫁に出す父親のような悲しみの 
色と、今にもスキップを始めそうな程晴れやかな色を共存させていた。 


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「なかなか美味しかったな」 

 満足そうに呟くサイト。 
 ちょっと遅めの昼食を2人で終わらせたところだった。 
 アンリエッタは会計を終わらせたサイトの手を取って指を絡ます。 

「ね、サイトくん。次はどこに行く?」 

 ニコリと微笑む彼女に見とれて、立ち止まってしまう。 

「ん?どうしたの?」 
「い、いや…」 

 店の中からは『羨ましいぜ、このやろー』や『幸せにな、シュヴァリエ』などと 
言った野次が飛んで来、照れくさそうに顔を見合わせる。 

「ありがとうございました〜」 

 店員の声を後ろに未だに聞こえてくる野次から逃げるようにして店を出ると、 
見知った顔がサイトの目に飛び込んできた。 

(やべっ) 

 見つからない様にと背を屈めるが、どうやら無駄な抵抗に終わってしまった 
様だ。人ごみを掻き分け近付いてくる。 

「げ、見つかった!」 
「どうしたの?」 
「俺の後ろに隠れてて」 

 小声で告げてアンリエッタを背後に回したところで、相手がサイトの前に到着 
した。 

「サイトじゃない、久しぶり」 
「や、やあジェシカ」 

 果たしてそれは、魅惑の妖精亭店長の一人娘ジェシカであった。 

「奇遇ね、今日はどうしたの?」 
「え、いやその、えっと…そ、そう買い物に来たんだよ、シエスタに頼まれて」 

 背後に気付かれないようにと気を配りながら何とか答えようとするが、どうに 
も良い言い訳が思い付かずしどろもどろになってしまう。 

「へー、シエちゃんにねぇ」 
「そ、そうなんだよ」 
「ふーん…ところで、後ろの娘は誰なの?」 

 何とか誤魔化せたかと思ったのも束の間、気付かれてしまった。 

「…え?」 
「髪の毛が見えてるわよ」 

 本人達にとってはしっかりと隠れたつもりだったのだろうが、サイトの肩から 
ツインテールの尻尾が見え隠れしていたのだ。 
 やはりジェシカだ、目敏い。 

「ちぇ、ジェシカには隠し事出来ねぇな」 
「そりゃそうよ、何年客商売してきてると思ってるのよ」 

 そう言いながら、ジェシカはひょいと覗き込む。 

「あら?また違う女の子連れてるのね、そんなマニアックな格好までさせて」 

 この女泣かせ〜と肘でサイトをつつくジェシカ。 
 その言葉を聞いて、アンリエッタは彼女に見られないように顔を伏せたまま 
僅かに歪めると、彼の背中を軽く抓る。 

「痛っ!あのなぁ変な事言うなよ」 
「変な事って何よ」 

 にやにやとからかう様にサイトを見上げるジェシカ。 

「またって事は無いだろ!」 
「前に連れてたのはルイズだったじゃない」 
「前にって…それだけだろが」 

 そこで漸く背中を抓る手が離れ、サイトはホッと息を吐いた。 

「シエちゃんに告げ口しちゃおうかなー」 

「ちょ、待った!それだけは勘弁してくれ」 
「クスッ、冗談よ冗談。その代り、またお店手伝ってよね」 

 ひらひらと手を振ってその場を離れていくジェシカ。 
 アンリエッタの事を深く追求されずに済み、サイトは胸を撫で下ろす。 
 背後に手を回し、それまでしがみつく様に彼の背中に張り付いていたアン 
リエッタの手を取って歩き出そうとすると、当のアンリエッタはそれに抵抗を示 
して不安そうにサイトを見上げた。 
 女王の貌に戻っている。 

「…いまの方は?」 
「ああ、魅惑の妖精亭の店長の娘さん。シエスタの従姉妹らしいんだ」 
「……」 

 何ら悪びれる事無く答えるサイトに対し、自分から聞いたにも関わらず反応を 
示さないアンリエッタ。 
 訳が分らず、サイトは彼女の顔を腰を折って覗き込む。 
 表情は街娘のそれに戻っていた。 

「どうしたの?」 
「……」 
「正体がばれたと思った?」 

 違います、そう答えてアンリエッタはプイとそっぽを向く。 
 正体がばれたのでは無いか、と初めは心配が先立った。だが、それは無い 
だろうと思い至る。変装している上に顔は見られなかったのだ。そして次に浮 
上したのは、ジェシカと呼ばれた彼女とやけに親しげに話す、サイトへの苛立 
ち―― 

(これってもしかして…) 
「あ、ひょっとして…ヤキモチ?」 
「し、知らない!」 

 繋いだ手を振り解くと、さっさと歩き出してしまうアンリエッタ。 
 その顔はほんのりと赤くなっている。 

「ちょっと待てよ、アン」 

 サイトは早足で追い越すと、彼女を振り返って頭を下げる。 

(何かギーシュとモンモンみたいだな) 

 そんな詰まらない事を考えながらアンリエッタの機嫌を取るサイト。 
 彼女もそれほど臍を曲げてはいなかったのか、2〜3言葉を交わすと自分か 
ら指を絡めて共に歩き出した。 



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「あら?あれサイトじゃない?」 

 チクトンネ街中央広場の上空で、褐色の肌に赤い髪といった少女が指を差 
して呟く。キュルケだ。 

「……」 

 隣に座って本を読む青い髪の少女がピクリと眉を動かした。 

「珍しいわね、貴方が反応を示すなんて」 

 キュルケはそう言って彼女の頭に手を置くと、そのまま揺さぶる。視線は未 
だ手元に落としたままの少女の頭が左右にぐりぐりと動かされた。 

「でも、だれかしらあの娘。もしかしてデートだったりして」 

 丁度サイトはアンリエッタと手を繋いで1つの露天を覗いているところであっ 
た。上空からなので話し声までは聞こえないが、やけに楽しそうに笑いあって 
いるのが見て取れる。 
 キュルケの言葉に手にしていた本を閉じると、青髪の少女は彼女たちを乗 
せた風竜に命じた。 

「下降」 

 少女のポツリと漏らした一言を聞き逃さず、風竜は高度を下げ始めた。勿論 
近付きすぎると気付かれてしまうので、地上からこちらの姿がはっきりと見え 
ないくらいの高度を保ってだが。 

「あの服、メイド…じゃないわね、あの娘の髪は黒色だし…誰かしら?」 
「……」 
「しっかし、サイトもやるわね〜。どこで引っ掛けたのかしら、あんな可愛い子」 

 ま、あたしの美貌には叶わないけどね。と呟きながら隣を見る。そこには普 
段と何ら変わる事の無い無表情なままの少女が居たが、長い付き合いである 
キュルケには解っていた。彼女の纏うオーラが若干ではあるが怒りを含んで 
いる事を。 

「タバサ、どうするの?」 

 しかしタバサはキュルケの問いかけには返事を返さず、風竜に短く『あっち』 
と告げただけ。2人を乗せたままチクトンネ街の入口付近へと戻っていった。 


「ちょっとタバサ、どこ行くのよ」 

 ずんずんと先に歩いていくタバサの後を追いかけながら、キュルケが不思 
議そうに尋ねる。 

「サイトたちを追いかけるの?」 
「……」 

 小さく頭を振って否定を示すタバサ。 
 そしてある一軒の店を指差した。 

「え、洋服屋?」 
「あれに…勝つ!」 

 彼女らしかぬ強い台詞と、普段からは想像も付かない決意を秘めた眼差し。 
 お金は大丈夫なの?と要らぬ心配をしてしまう。 

 彼女たちがここに居た理由、それはタバサが新しい書物が欲しいからと 
キュルケを荷物持ちに付き合わせたのだった。 
 彼女のような貴族の興味を惹くものなら城下町ブルドンネ街のが品揃えが 
良いと思われがちなのだが、決してそうではない。掘り出し物というのはどち 
らかと言えばチクトンネの方が確率は高い。ましてや彼女の目的は書物であ 
る。マジックアイテムの類がブルドンネに比べて少ない分、数多く取り揃えら 
れているのだ。 

 キュルケも普段世話になってるからと快く承諾し、サイトたちを見かけたの 
は目的の物を購入した帰りであった。 
  
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」 

 既に店内で戦闘服を物色している親友の背を追いかけ、キュルケは自慢の 
赤い髪をなびかせながら消えていった。 



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