マリコルヌの冒険(その3)  痴女109号氏

注)若干、NTRぎみです。

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(死にたくねえ……、死にたくねえよ) 

 トリステイン魔法学院学院長室。 
 マリコルヌ・ド・グランドプレは、そのドアを前にして、真っ青な顔をしていた。 
 何度逃げ出そうかと思ったか分からない。 
 だが、逃げたところで逃げきれる相手ではない。 
 オールド・オスマン……トリステインはおろか、ハルケギニアでも屈指の魔力と知識を所有する賢者。過去にさかのぼっても、オスマンほどのメイジは、おそらく五人もいまい。 
 そして、オスマンの背後には、無限の寿命と高度な文明を誇る『人類の敵』エルフがいる。 

(って言うか……それ以前の話なんだよなぁぁぁぁ) 
 恥も外聞も投げ捨てて行方をくらますには、あまりにも時期が悪すぎる。 
――女王陛下暗殺計画。 
 この風聞が都を騒がせ、そしてオスマンに召喚されるまで、警備の人員に編成されていたマリコルヌが、いま出奔すればどうなるか。 
(取り潰しくらいじゃ済まないだろ、普通……) 
 言うまでも無い。 
 正当な理由も無く、王都警備の任務を放り出しすなど、敵前逃亡以外の何者でもない。 
 グランドプレ家は確実に廃絶され、彼はオスマンという“個人”ではなく、国家から追われる身分になってしまう。いやいや、それだけではない。下手をすれば、残された家族もマリコルヌに連座して、監獄に叩き込まれる事になるだろう。 

――つまり、八方塞がり。 

(何でぼくがこんな目に……!!) 
 オスマンからの召喚状を受理してから、数百回目になる疑問を思い浮かべる。 
(何で……ぼくが……!!) 
 答えは出ない。 
 始祖も、神も、家族も、友人も、誰も、――答えられない問い。 
 無理やり答えをひねろうとすれば、出て来る回答はある。 
――運が悪かった。 
――覗きなんぞやっていた、おまえが悪い。 
 それ以外に出せる答えはない。 

 膝がマラリアにかかったように、震えている。 
 朝からもう六回も小用を済ませたはずなのに、いまだに恐怖は尿意を喚起する。 
 だが、それでも、 
――ぎりっ!! 
 マリコルヌの奥歯が鳴る。 
(じたばたしても始まらない) 
 そう思うだけの分別は、彼に残されていた。 

 こんこん。 
 震えが止まらない手が、分厚い学院長室のドアを叩く。 



「入りたまえ」 



 眼前がぐにゃりと歪む。 
 聞き覚えのある老人の声。 
 齢三百を数えるドルイドとは思えぬほどに飄々とした響き。 
 震えは止まらない。 
 だが、身体の動きはもっと止まらない。 
 脂汗で濡れそぼった掌はドアノブを回し、弾けるように笑い続ける膝は、彼の肥満体をに運ぶ。 
 ふかふかの絨毯が敷かれた死刑台――学院長室へと。 

「よく来たの、ミスタ・グランドプレ」 

 老人は笑った。 
 孫に贈り物をしたいんじゃ。――そう言いだしても可笑しくは無いような、屈託のない笑顔。 
 その笑顔にこそ、マリコルヌは背骨を引っこ抜かれるような恐怖を覚えた。 
『悪魔は滅多に怒らない。怒った顔では人を騙せないからだ』 
 かつて年少の頃、母に読んでもらった一冊の絵本。そこに書かれていたフレーズを、マリコルヌは思い出していた。 

「なるほど、それがおぬしの使い魔か」 
 オスマンの目が、マリコルヌが下げていた鳥かごに注がれる。 
「“風”のドットじゃと聞いたが、なかなかいい使い魔を召喚したの」 
 その瞬間、老人の目に鋭い光が宿った。 


「じゃが……覗きはいかんの」 


「〜〜〜〜〜〜〜ッッッ」 
 マリコルヌはへたり込んだ。 
 彼があげた悲鳴は、声の形すら取れない。極度の緊張が声帯を締め上げ、金属をこすったような音を発したのみだ。 
(ころされる、ころされる、ころされる、ころされる、ころされる、ころされる、ころ……っっっ) 
 そんなマリコルヌに、オスマンはにっこり笑いかけた。 
「ふっはっはっはっ、野暮な事を言うたの! 何を隠そう、このワシとて使い魔の目を使った覗きにかけては、なかなかの現役じゃによってな。ミス・ロングビルがおった頃はよく目の保養をさせてもろうたもんじゃよ、はっはっはっはっはっ!!」 
「……」 
「どうじゃ、今度ええポイントを教えてもらえんか? ワシのモートソグニルは、おぬしのフクロウと違って、夜中に窓から覗くことは出来んが、こっそり室内に忍び込む事にかけては、なかなかのものじゃぞ」 

 もう、意味が分からない。 
 恐怖と緊張で、半分以上機能していない脳漿を懸命に鞭打ち、最大の努力で眼前の老人の言葉を理解しようと励むマリコルヌだが……。 
(なんだ!? さっきから何を言ってるんだ、このジジイは!???) 
 事ここに至って、脅すでもなく、諭すでもなく、そして殺すでもなく、ただひたすらにスケベに関する同好の士としての言葉を、ただひたすらに並べ続けるオールド・オスマン。 
 この情況と彼の言葉とを結びつけ、老人の真意を測らんとするマリコルヌに与えられた現状解釈は、まさしく『意味不明』の一言。その混乱こそが、いよいよ彼の精神をがけっぷちの高みに蹴り上げる。 

「……ん?」 

 オスマンの瞳から、熱が消えた。 
「ふむ、ちと緊張をほぐそうとしたんじゃがの」 
 老人の目に、三百歳相応の理性と知性が戻っていた。 
「どうやら、とっとと本題に入った方がよさそうじゃな」 

『本題』 

 その言葉が、身も蓋も無い混乱と恐怖に魂を竦ませていたマリコルヌに、反射的な生存本能を喚起させた。 
「ほほう、――健気じゃな、ミスタ・グランドプレ」 
「ッッッ!?」 
 そう言われて、初めてマリコルヌは自分が、とっさに杖を構えていた事に気付いた。 
「いやいや、さもあらんさもあらん。――人として、男として、貴族として当然の行為じゃ」 
 目を細めて頷くオスマンの様子は、まるで窮鼠の抵抗を喜ぶ猫のような邪悪なものに見えた。……少なくともマリコルヌには。 

――こっ、このジジイッ!! 


 彼の心に、初めて怒りが沸いた。 
 発端は確かに、マリコルヌの犯罪的覗き行為である。 
 そして、見た。見てしまった。 
 見てはならない眺めを。人物を。場面を。 
 だが、だが、……何故それだけの理由で、このおれが、――このおれがっっっ、 
(殺されなきゃならないんだっっ!!) 
  
 マリコルヌは立ち上がった。 
 杖を構える。 
 もう震えは止まった。 
 彼は“風”のドットだ。魔法学院でも、お世辞にも優等生とは言いがたい。そんな彼が、魔法学院のすべての教師に君臨する『偉大なる』オールド・オスマンと対峙する。 
(勝てるわけが無い) 
 とは考えなかった。 
 考える余裕が無かった。 
 ただ、我が身に理不尽な死を与えんとする老人への、骨を焦がすほどの怒りが渦巻いていた。 

 彼は小心な男だった。 
 痛いのも、怖いのも、そして死ぬのも嫌いだった。 
 だが、それでも彼は貴族であった。誇りの価値は命に勝ると躾られたメイジの端くれだった。意味なき名誉のための死の愚劣さを知りながら、なお、逃れられぬ死ならば、死に方を選ばせろと叫べる蛮勇を持ち合わせた男であった。 
 生まれながらにそうだったわけではない。 
 アルビオン戦役や『聖戦』を含む二度の従軍経験。アーハンブラ城でのタバサ奪還戦。そして、才人やギーシュたちと過ごした学院での日々が、知らずして彼に、膝を屈してなお立ち上がる勇気を与えていたのだ。 


「たいしたものじゃ……いまのおぬしの魔力は、ラインの上位に迫るかも知れぬぞ」 
 だが、あくまでオスマンの笑みは消える事は無い。 


「――ッッ!!?」 
 マリコルヌの目が驚愕に見開かれた。 
 オスマンが杖を、――放り投げたのだ。少なくとも、その場から動かずには取りに行けない部屋の隅。学院長用のデスクから遠く離れた、部屋のドアの付近へと。 
「……っ、なん、でっっ!!?」 
 力が入りすぎた筋肉と情況を理解できない脳髄が、再び重心移動を阻害し、崩れ落ちるようにマリコルヌはつんのめる。 


「話を聞きなさい。ミスタ・グランドプレ」 
 そう言うオスマンの瞳に、殺気はない。 

「はなし、ですか……?」 
 マリコルヌも、自分の言葉に、ようやく敬語を交える余裕が生まれる。 
「そうじゃ、話じゃ」 
 この期に及んで何の話があるというのか? それはマリコルヌにはわからない。 
 だが、老人の目には、先程まで浮かんでいた、人を嬲るような歪んだ光はもう見えない。 
「おぬしが、その使い魔を使って何を見たのか。覗いたのか。――それをいまさら問おうとは思わん。じゃから、おぬしがワシに怯えるのも理解できるが、それはいささか礼を失しておるとは思わぬか?」 

「……?」 
 マリコルヌには、まだ話が見えない。 
 そんな彼に、諭すようにしてオスマンは言葉を続ける。 
「どうやらおぬしは、ワシに殺されると思い込んでおるようじゃが、それは大いなる勘違いじゃと言うておるのじゃ。仮にもワシは教育者じゃぞ? 教え子に手をかけるような者に見えるか?」 
「でっ、でも、――じゃあ一体……っっ!?」 
「――じゃから、口封じには、一般的に二種類あるじゃろうと言うておるんじゃ。殺害と、そして買収の、な」 

「ばい、しゅう……?」 



「かつて古(いにしえ)の賢人は言うた。――水を望む者には水を与えよ。富を望む者には富を与えよ。誉れを望む者には誉れを与えよ。教えを望む者には教えを与えよ。それこそが、最も容易き従者を得る道である。――とな」 
 オスマンの口元に、好々爺然とした笑みが走る。 
 マリコルヌは、その言葉をいぶかしむ暇すらなかった。オスマンが何を言おうとしているのか、まだ理解が追いつかないのだ。 
 溜め息をつくと、老人は二回、ぽんぽんと手を打つ。その途端、廊下側ではなく、学院長室に隣接する準備室のドアが音も無く開いた。 
――そこにいたのは、全裸で佇む一人の少女。 


「だから言うておるのじゃミスタ・グランドプレ。おぬしの望むものは……“愛”じゃろ?」 


 少女が一人、そこにいた。 
 ギーシュ・ド・グラモンの恋人、モンモランシー。 
 身に付けるものは薄衣一枚纏うことなく、そして、一切の感情と思考を感じさせない、人形のような目で、マリコルヌを見ていた。 

 マリコルヌは、呆然とオスマンを振り返る。 
――おぬしが望むものは愛じゃろ? 
 確かに老人はそう言った。 
 だったら、……なぜモンモランシーなのだ? 
 彼女が愛する者は、少なくともこの自分ではない。 
 自分以外の男に愛を捧げる女を眼前に置かれて、このおれに、一体何をしろと言うのだ? 


「“寝取り”は最高じゃぞ、ミスタ・グランドプレ」 


 マリコルヌは愕然とした。 
 そして、理解した。 
 これは、取引なのだ。 
 買収といえば聞こえはいいが、要は、――自分たちの秘密をただで暴露できぬように、弱味を握らせろと言っているのだ。 
 お前が繰り返していた、深夜の覗きだけではまだ足らぬ。身の破滅に直行するような、そんな弱味を、今この場で殺さぬ代わりに、お前も持て――老人は、そう言っているのだ。 

「がっ、がくいんちょうっっ!!」 

 マリコルヌが我に返ったときには、オスマンはもう、廊下へ続くドアに手をかけていた。 
 無論その手には、いつの間にか拾った杖が握られていた。 
「そこのミス・モンモランシには、秘薬と併用して、ちょっとした催眠術がかけてある。ここでおぬしが何をやっても、ミス・モンモランシは文句を言わんし、おぬしといたことさえ思い出さぬ」 
「思い、出さない!?」 
「つまりは、あとくされがないということじゃ」 
 オスマンは、そう言いながら声を潜め、 
「ただ、暗示はすでにかけておいたからの。その娘を抱きたくなったら、耳元で『やらせろ』と言えば、いつでもその状態になる」 
「なっ!?」 
「――まあ、抱き飽きたらワシに言え。ちゃんと処女膜は再生させてやる。“水”の治癒魔法でのう」 

 マリコルヌは、絶句していた。 
 そんな彼に、皺らけのウインクを向けると、老人は学院長室から、去った……。 


 残されたのは男と女――そう呼ぶには、若すぎる少年と少女。 
「もっ、モンモランシー……」 
 とにかく羽織っていたマントを脱ぎ、見るも寒々しいモンモランシーの肩にかけてやる。 
 だが、少女は、そのマントを拒むように肩を挙げると、そのままマリコルヌに抱きついてきた。 
 ガラス玉のようだった目には、いきいきと命の輝きが宿り、花のような笑顔を浮かべながら。 


「さあ、学院長のお許しは出たわ……始めましょう」 



「モンモランシー、しっかりしてくれ!? 一体、どうしたって言うんだよっ!?」 
 マリコルヌは、全身を使って懸命にモンモランシーを振りほどいた。彼の半分程度の体重しか持たない少女の小柄な肉体は、あっさりその場に投げ出される。 
「きゃっ!」 
「あ……ごっ、ごめん……」 
 絨毯に尻餅をついた彼女に、あわててマリコルヌは駆け寄る。とっさの事とはいえ、こんな痩せぎすな女の子に、容赦のない力を加えてしまったのだ。それは紳士として許される事ではない。 
 だが、そんな彼を、モンモランシーは上目遣いに、幼い悪戯っ子でも見るような視線で迎え撃つ。 
「もう、どうしたのよ? いつもはあんなに下心剥き出しの目でわたしを見るくせに……?」 
「……っっ!?」 
「もしかして、こわいの?」 

 マリコルヌは凍りついた。 
 そう、確かに彼は恐怖していた。 
 この情況に。眼前の彼女に。そして何より、自分自身に。 
 モンモランシーは微笑んだ。 
「ふふふ……いいわ、分かった。そんなにわたしが怖いのなら、もっともっと怖がらせてあげる。思いっきり叱って、苛めて、罰を与えてあげる」 
「モ、モンモランシー……」 
 それは、マリコルヌが初めて見る、モンモランシーの蠱惑的な笑顔だった。 
「――もう、泣いても許してあげないわよ……!!」 

もぞり。 

「――ひゃうっ!!」 
 マリコルヌの股間を、蛇のようなものがのたうつ。 
 痺れるような刺激が背骨を貫く。 
「んふふふ……、まだまだこれからなんだからね」 
 とろん、と酒に酔ったような眼をしたモンモランシーは、膝を着くと、不器用な手つきでマリコルヌのベルトを外し始めた。 
「ちょっ!! 何やってんだよモンモランシーっ!?」 
 だが、彼女は、その叫びにはこたえない。 
 慣れていないのだろう。マリコルヌのベルトは一向に外れる事無く、やがて焦れたように叫んだ。 
「ああもう!! いいからズボンを下ろしてお尻を出しなさいっっ!!」 
「はっ、はいっ!!」 

 反射行為だった。 
 その瞬間に、マリコルヌは自らのベルトを外し、ブリーフごと膝まで下ろしてしまう。 
「あ……?」 
 なっ、なんで……っっっ!? 
 それは、肉体に刻み込まれたマゾヒストの因子のなせる業であったろう。 
 生まれて初めて“支配者”を得た、彼の肥満体は、理性の声すら聞かず、その丸々と熟れた尻を、モンモランシーに差し出してしまった。 

「んふふふ、よく出来ましたっ」 
 お褒めの言葉の次に来た刺激は、――神経が灼けるほどの衝撃だった。 

 びっし〜〜ん!! びっし〜〜ん!! びっし〜〜んっ!! 

「ひっ、ぎゃぁぁ〜〜〜〜〜っっっ!!」 
 突然のスパンキングに思わず体勢を崩したマリコルヌは、カーペットに膝と手をつき、期せずして、四つん這いになってしまっていた。 
「ははっ! それいい! やっぱり苛められたかったら、ブタの格好よねっ!!」 
 いかにも嬉しそうに言う、その台詞にマリコルヌの牡器官は最大限の反応を示す。自慰ではありえないほどの興奮が、かつてないほどの膨張率を、彼の砲身に与えたのだ。――だが、モンモランシーは彼のペニスなど見向きもしない。 
 ただひたすらに、彼の尻を叩きつづける。 
「どう、気持ちいい? ブタみたいに扱われて、気持ちいいの!?」 
「はっ、はいっ、きもち、いい……」 

 がりっ!! 



「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!」 
 叩かれて真っ赤になったマリコルヌの尻に、モンモランシーが爪を立てている。 
「だぁれが、人間の言葉を喋っていいって言ったの? ブタはぶぅぶぅでしょぉ?」 
「ぶっ、ぶうぶう」 
「聞こえないっっ!!」 
 再び爪が立てられた。 
「ぶううっっ!! ぶうううっっ!! ぶうううううっっ!!」 
「きゃははははははっ、すごいすごぉい!! やっぱあんたって、Mの才能が有ったんだね!!」 

 才能があったどころではない。 
 まさかモンモランシーが、これほどのサディスティンの才能を埋蔵していようとは、さすがのマリコルヌも予想外の事態であった。オールド・オスマンは、彼女の秘められたSの素養を見抜いた上で、自分の前に彼女を連れてきたのだとしたら……。 
(まさか、じゃない) 
 これは確信犯だ。 
 さっき老人は言ったではないか。 
 望むものを望むがままに与える事こそが、最も容易く従者を得る道であると。 
 マゾヒストとしての自分に、オスマンは仕えるべき“女王”を与えてくれたのだ。富でも名誉でもない。飢えるがごとく捜し求めていた、おれだけの“支配者”を!! 
「あああっ、モンモランシーさまぁっ!!」 
 あられもない声を上げて、屈辱の快感を甘受したマリコルヌに、彼の女王は微笑する。 

「んむっ!!」 
 不意をついたようにモンモランシーが、四つん這いになったマリコルヌの唇を、猛烈なキスでふさいだ。粘膜が触れた瞬間には、彼女の舌が侵入し、彼の口内を思う存分侵略し、蹂躙し、凌辱する。 
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!」 
 彼女の舌は、たっぷり二分は少年の口内で踊り狂ったであろう。 
 支配者は、哀れな下僕の口内に、大量の唾液を送り込み、その代償として捧げられた、もがき苦しむ下僕の舌を甘噛みし、さらに自分が流し込んだ以上の量の唾液を吸引し、最後に、喉から搾り出した痰を、男の口中に餞別し、ようやく口を離した。 
 彼はもう、四つん這いの姿勢すら維持できない。 
 極度に搾取された体力は、男に、踏み潰されたカエルのように、床に這いつくばった惨めな姿を強制する。 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、……」 

 呼吸困難に悲鳴をあげる眼前の男を解放した少女は、紫色に染まった、その頬を優しく撫でると、 
「わたしの痰はおいしかった?」 
 と微笑み、そのまま石のように硬くなったペニスに、初めて手を伸ばした。 

「はうっっっ!!」 

「んふふふ、手コキっていうのよね、これ?」 
 上下に扱かれる砲身は、いまにも暴発を起こしてしまいそうになっている。 
「だっ、だめっ!! でるっ!!」 
「だぁめ」 
 モンモランシーはそのまま、マリコルヌの腰をまたぐように立つと、 
「出すのは、わたしの、な・か、でしょ?」 
 と言いながら、じわじわと自分の下半身を、降下させてくる。 
――たぎりにたぎった、服従者のペニスへと。 

「ふふふ……どう、興奮したでしょ? これだけ熱くなったら、赤ちゃんなんかすぐに出来ちゃうかもね……?」 

 その一言は、そこにいた卑屈な従者を『マリコルヌ・ド・グランドプレ』へと引き戻すのに充分な威力を持っていた。 

「だっ、だめだっ!!  
 あわてて、少女の身体を拒もうとするマリコルヌだったが、――遅かった。 


 つぶっ、じゅっ、じゅぶぶぶっ……。 
 女性としては、まだまだ未成熟に過ぎるスレンダーなボディは、――しかし、一切の躊躇や逡巡もなく――男の象徴器官を自分の肉孔に呑み込んでしまったのだ。 
 みちっ、みちみちっ、めりめりめりめりっ!! 
(きっ、きついっ!!) 
 マリコルヌは声すら出せず、うめき声をあげる。 
 モンモランシーも、彼女なりに興奮はしていたのであろう。入口部分はまぎれも無く粘液で湿り気を帯びていたが、やはり内部の狭さ固さは、いかんともしがたい。そして――。 

「ぎいいいぃぃっっっ!!」 

「モンモランシーっっ!!?」 
 反射的に顔を上げたマリコルヌの目に、激痛の余り白目をむいた金髪の少女の貌が飛び込んできた。 
 男には絶対に理解できない、内臓組織を破壊される激痛をリアルタイムで味わう瞬間――破瓜。 
 だが、彼女が泣き叫んだのは、その一瞬だけだった。 
「……きゅるけは……そんなにいたくないって……いってたのに……うそばっかり……」 
「モンモランシー……」 
 自分の身を気遣うように見上げる少年を、慈しむように見下ろすと、彼の童貞を奪った騎乗位の女王は、ゆっくり微笑した。 

「うごいて……いいよ?」 
「なっ!?」 
 いいわけがない。彼女の肉体がいま、どれほど凄まじい痛覚の暴風にさらされているか、まさしく一目瞭然だったからだ。 
「いいの、わたしは……大丈夫。いま、あなたが心配してくれた……それだけでもう、じゅうぶん……だから」 
「でっ、でも……」 
「……そっか、そういえば」 
 少女は、そこで何かを思い出したような目をすると、 
「リードするのはわたし、だったよね?」 

 そう言うと、モンモランシーは、自らの腰を動かし始めた。破瓜の血にまみれたマリコルヌのペニスが、いまだ旬と呼ぶには青すぎる果実を、深く深く貫く。 
 思わずマリコルヌは瞠目した。 
「ぐっ……!!」 
 間違いない。 
 モンモランシーは、この情交に於いて、エクスタシーなど1mmすら感じていない。 
 だが、彼女は激痛をこらえて、微笑する。 
「平気よ、耐えられる。あなたに抱かれていると思えば、痛くなんてないわ」 
「そんな……」 
「いいのよ、もう我慢しなくて。出したくなったら、いつでも出して頂戴」 

(あああ……) 
 全身を包む多幸感で、マリコルヌは脊髄がとろけてしまったような気がした。 
 これがセックスなのか。 
 金を払えば、いつでも娼婦を抱く事は出来る。そして、それなりに気持ちいいのだろう。 
 そういう意味では、彼女の肉体は、お世辞にも男を悦ばせる「器」とはいえない。きつくて、固くて、正直言ってペニスに与えられる刺激だけなら、あるいは一人でする方がマシかもしれない。 
――でも、全然違う。 
 彼女はいま、心からおれの事を思ってくれている。おれが与える断続的な苦痛を、明らかに赦してくれている。――それが、物理的な快感に勝る、至上の快楽なのだ。 
 女を抱く、とはこういうことなのか? いや、こういうことなのだ。男と女が身体を重ねるとは、こういう事なのだ。――このぬくもりこそが“愛の営み”と呼ばれる行為の真髄なのだろう。 
 その時だった。 



「あなたの子供を産みたいの、――ギーシュ」 



 マリコルヌの脳髄は停止した。 



「ああ、ギーシュ、大好き……愛してるわ、心から愛してる……本当よ……」 
 モンモランシーの瞳から、大粒の涙がこぼれる。 
「ふふっ、……おかしいわね……さんざん、あなたにキツくあたったのに、いまはこんなに素直になれる……。なんでもっと早く、こうしてあげなかったのかしら……? 我ながら信じられない……」 
 快楽による随喜の涙ではない。 
 これはただ、愛する男との想いをついに果たした、恋する少女の純粋な涙なのだ。 
 しかし、彼女が想いを捧げる当の男は、……おれではない。 
 このマリコルヌ・ド・グランドプレではないのだ。 

「ああああっ!! ギーシュッ!! ギーシュゥゥゥッッ!!」 

 これはセックスではない。 
 想いの有無さえもはや問題ではない。何しろ彼女は、おれをおれとすら認識していないのだ。 
 これは自慰――そう、自慰だ。 
 互いの体を使った自慰にすぎない。 

「“寝取り”は最高じゃぞ」 
「おぬしが望むものは“愛”じゃろ?」 

 何が寝取りだ!! 
 何が愛だ!! 
 おれが誰を寝取ったと言うんだっ!! 
 誰がおれを愛したというんだっ!! 
 いまのモンモランシーにとって、マリコルヌという人間は、存在していないに等しい、空気のような価値しか持っていないのだ。おれのペニスを受け入れていながら、彼女にとっておれなど、それこそ路傍の石ころに等しい、無意味な物体でしかないのだ。 
 これ以上の屈辱があるか!!  
 これ以上の孤独があるか!! 
 これ以上の業苦があるか!! 

「あああ、ギーシュ!! ギーシュ!! あなたの子供を産ませて!! 産ませてぇぇぇっっ!!」 

 やめろ!! やめてくれ!!  
 なんでだ!? なんで、こんな、非道い目に遭いながら、こんな屈辱を味わいながら、 
――お れ は こ う ふ ん し て い る ん だッッッ!? 


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっ!!」 


 どくんっ、どくんっ、どくんっ、どくんっ! どくんっ! どくんっ! どくんっ!  





「本当に、あのような事で、あの少年が口をつぐむとお思いですか?」 
 ビダーシャルが、オスマンの背中に問う。 
 が、老人はそんなエルフに刺すような視線を以って、返答をかえす。 
「……」 
「ワシがあの小僧に、どれだけ残酷なことをしたのか、貴様らにはしょせん理解できぬじゃろう。じゃが、――それでもワシは、貴様らに教え子の命を差し出す気は無い」 
「わかりませんな、あなたのおっしゃる事は。……まあ、ともかく、これであの蛮人の口が塞がったと、あなたはおっしゃるが、――もし万一のことがあったら、いかがなさる?」 
「そのときは……」 
  
 オスマンは、苦渋に満ちた目を床に向け、 

「ワシの首をネフテスに持って帰るがよい」 

 そう呟いた。 



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