痛てぇよぉ…、動けねぇ。

『一旦屋敷に戻り、事情を説明せよ。』
ルイズの実家からルイズ宛の手紙が届いたのは5日前、ガリアから帰国直前であった。
失踪騒ぎでルイズの実家も捜索隊を出し、かなり心配をしたのである。
アンリエッタはガリアよりトリステインへ帰国の途、ルイズの帰郷を許可した。
問題山積で対策の検討、態勢の建て直しが必要にであったが、情報が集まるまでは身動きの取り様が無いのである。滞在期間を10日間に限りの帰郷許可である。

帰郷を許可するにあたり、アンリエッタはルイズの両親にルイズの遅参の罰として、寺院税の収入を50%減額、期間6ヶ月間の処分とする、2人を必ず期間内に『無事に』トリスタニアへ帰すよう先行して手紙を宛てた。ルイズの母親のキツイ罰の執行を防止する為だ。

だが案の定、才人はルイズの実家に到着したその日のうちに、ヴァリエール公爵に半殺しにされた。
アンリエッタの手紙がなければ、まぁ命は無かっただろう…。
今回はまともな客室が用意され(一応は女王の近衛なのだ)、ベッドの中で才人は呻いていた。
玄関先で身動きが取れなくなり、運ぶにもどうにもならない状況で才人の周りでオロオロするルイズに救いの手を差し伸べたのは母親のカリーヌであった。
レビテーションで才人の体を浮かせ、客室まで運んでくれたのは彼女であった。

戦いの経験を積んだ才人は、そう簡単にヴァリエール公爵の攻撃魔法は命中しなかった。
相手がルイズの父親であり、負い目もあるのでガンダールヴの力には頼らずに名目上は『組み手の稽古』に臨んだ才人であった。飛んでくる攻撃魔法は正直怖い、食らったらただでは済まない。
才人は自力で公爵の魔法を最小限の動きで回避し、持ちこたえていた。
当たらない己の攻撃魔法にヴァリエール公爵は激高するばかりである。
そのうちに、飛んでくる魔法の威力が洒落では済まないとんでもないものになり、才人もカチンと切れた。
才人は腰の日本刀に手をかけ、左手のガンダールヴのルーンが輝き始める。
ルイズの父親であろうが何であろうが、もう限度を超えている。そりゃ、ルイズにはとんでもなく悪いことはした。
今の魔法は色んなことを差し引きしても、限度なんていうものは軽く超えていた。

才人が完全にプッツン来ている頃、ちょうどルイズのカリーヌからの長く厳しい説教が終わった。
アンリエッタから『罰』が与えられているので、ガリア国境を越えた時のような風魔法による厳しい仕置きは無いが、とにかく猛烈に怒られた。傍で見ていたエレオノールもそそくさと逃げ出していた。
ルイズが説教を食らっていた場所は屋敷の二階、公爵と才人の『組み手の稽古』が遠巻きに見える部屋であった。
説教中、魔法が炸裂する音にルイズは2回だけ、才人の様子をカリーヌの目を盗み横目で確かめていた。
ガンダールヴの力を用いずに器用に攻撃を避けている。この分なら父親の魔法が先に打ち止めになり、酷いことにはならなさそうなので、大人しくに母親に叱られていた。

説教が終わり二人は窓の外の『射的』に目をやった。元は武人であるカリーヌは才人の身のこなしを見て感心していた。
一介の剣士ではとても魔法を避け切ることなどできないはずであるが、才人は見事にこなしていた。
「あの人、今のはやりすぎよ。」
カリーヌがそう呟く隣で、ルイズは才人が完全に切れて日本刀に手をかけ本気で暴れるつもりであることに気づいた。
「父様が危ない!」
ルイズはテレポートで才人の所まで瞬間移動し彼の頭をはたいた。
「馬鹿!何してるのよ!」
不意に頭をはたかれ、ルイズがいつの間にか傍らに来ていることに才人はわけが判らず目を丸くした。
次に、娘が瞬間移動してきたことも目に入らないほど頭に血の上ったヴァリエール公爵のやばい威力の魔法が飛んできたが、ルイズは短く『解除』をぶつけると、公爵の魔法は中空で消滅した。
ルイズは才人の耳を引っ張り、父親には何とか会話が聞かれないであろう距離まで引っ張り、公爵に背を向けた体勢で引っ張った耳は離さないで小声で才人に言いつけた
「あんたが本気出したら父様死んじゃうでしょーが、まったく何考えてるの!
 木剣でやりなさい。絶対に力を使っちゃ駄目!今のあんたなら自力で全部避けられるでしょ。」
父親に聞こえないように言ったつもりの様だが、ヴァリエール公爵の耳には小さいながらも娘が何を不埒物の少年に言っているのかが聞きとれた。ヴァリエール公爵もここまでくると意地である。
何が何でも才人をのさないと気が済まない。娘の魔法の事は後から問えばいい。
ルイズは才人の日本刀を取り上げ、彼が木剣を手にするのを見届けるとテレポートで再び母親の傍らに飛んで戻った。

ヴァリエール公爵は作戦を変えた。才人の速い動きを止めるべく、地面に魔法をぶつけ砂利を散弾とし足を狙った。
足元をすくわれながらも才人も距離を詰めた。片目に砂埃が入り視界が狭まる、すねに弾けた小石が当たり激痛が走るが構うことなく突っ込んだ。木剣をおもいっきり一太刀あびせられる間合いに飛び込んだが、相手はルイズの父親であり、躊躇した。杖を絡め落とせばいい、と気がついたが才人は躊躇した間隙だらけだった。

結果、至近距離の真正面からヴァリエール公爵の魔法をもろに食らうことになった。
精神力切れ前の最後の魔法であったため幸い威力は少し落ちたものだったが、才人は盛大に吹っ飛ばされた。
ヴァリエール公爵が引き上げると、完全にのされた才人が取り残された。
父親の目が離れると、ルイズは大慌てで才人に駆け寄った。

「頭は打ってねぇ…。」

意識ははっきりしていることを伝えるために、振り絞った声だがそれ以上は続けられない。
手先、足先まで感覚はあるので背骨やら神経は大丈夫だなと、体中を痛みにやられながらサイトは思った。
表情、アイコンタクトで自分の体を動かしても問題が無いことがルイズには伝わったらしく、負傷の激しい側の足をかばうように彼の体を支え、立ち上がらせた。よたよたしながらも何とか玄関先まではたどり着いたが、体力の限界らしく、サイトは動けなくなってしまった。そしてカリーヌに助けられベッドに横たえられているのである。
条件は滞在10日間、トリスタニアに無事返せ、条件はこの2点、ヴァリエール公爵は当然とまでサイトを料理しにかかった。
魔法で治療して送り返せば何ら問題ないと考えたのだ。ヴァリエール公爵、とにかくこのお方サイトのことが大嫌いなのである。
ルイズの母親、カリーヌは少し見る目が変わってきていた。サイトの剣士としての戦いぶり、ルイズの虚無の魔法と思われる
瞬間移動と魔法解除、聞かなければならないことがかなりありそうである。
翌日、カリーヌはルイズを呼び出し、テーブルに紅茶と菓子を準備しルイズに自分たち2人が出会ってからここに至るまでの経緯を話させた。紅茶に菓子が準備して、決して怒られているのではないことをルイズに印象付け、とにかく正直に話を聞きだしたかったのだ。

かなりの長い話となったが、事情をあらかた理解したカリーヌは額に手をやり頭痛がする仕草をした。
ルイズをサイトから引き離すのは無理のようである、運命等という生易しい言葉では足りない何かの導きを感じざるを得なかった。それに、ルイズからサイトを取り上げたら、愛娘は生きてはいけないだろう。
サイトに見合う爵位はアンリエッタに申し出ればいつでも貰えるほどの手柄をサイトはあげているが、良からぬものをより呼び込むだけである。
カリーヌはエレオノールを呼び出した。ルイズと二人並べて、説教を始めた。
貴族の作法が出来ないことは問題だが、姉妹でくだらない喧嘩をするなというのが説教の趣旨だ。
婚約も解消されるなと、今更ながら見にしみる母親の姿がそこにあった。

その後、カリーヌはサイトを見舞った。その際に
・ルイズを二度と裏切らぬよう固く誓わせた
・貴族の作法の稽古は怠らぬよう言いつけた
カリーヌは使い魔のマンティコアをサイトの側に付けた。雑用兼護衛である。

どうやら母親には認められたらしい。ルイズは嬉しかった。人目を盗んでサイトの寝床に向かうと彼の首にしがみついて喜びのキスをした。

が不意に部屋の扉が開きカリーヌがやってきた。
『時々は様子を見に数日間滞在にしにいくので、屋敷の手入れでもしておくように』
と言いつけられた。急に入室してきて泊り掛けで視察発言、サイトもルイズも頭の中が真っ白になった。

まずはアレね、空いている客室に最低限ベッドとテーブルくらいは用意しないとね…
寺院税の最初の収入はそれに充てようとサイトにしがみついたままルイズは思うのだった。

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