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アンリエッタ×ルイズ(仮称)
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窓を通したルイズ・フランソワーズの瞳に映るのは憎らしいほどの雪景色。
これが美しく見えるのは今が夜明けだからか、ルイズの耳には蚊の鳴くほどの音も聞こえてこない。
静寂の美景、それは見た者の心を癒すには充分すぎるほどだった。
故郷のトリスタニア、任務で来たアルビオン、血で争う戦争、使い魔との仲がうまくいかないこと。
しばしの間、ルイズはすべてのことを忘れていた。
となりで自分の肩を引き寄せてくれる人のぬくもりを感じながら・・・・・・。
―――いいんじゃねえか人間だし by才人―――
ルイズはそっと目を閉じて過去を思い出した。
夏季休暇に姫様から頼まれた情報集めの任務が終わった後のことを。
「お疲れ様、ルイズ・フランソワーズ。それに優しい使い魔さん」
アンリエッタは友達にしか見せない極上の笑みを見せた。
「姫様のお役に立てて光栄にございます」
ルイズは王座の前にひざまずき深く一礼をした、もちろんお辞儀の角度が足りない使い魔の頭を押さえつけながら。
「そんな他人行儀にならないで。私こそあなたにいつも任務を押し付けて申し訳ないと思っていますわ」
「もったいないお言葉にございます、姫様」
この二人がたまに会うと同じ会話が絶対起こるなぁ、と才人は呆れていた。
貴族同士の社交辞令とでも言うのか、とはいえアンは一国の皇女様なのだからルイズの態度も当然なのだが。
『親友』と二人の関係は定義されるだろうが態度は主人と使い魔、即ちルイズと才人の関係に似ているとも取れる。
「やれやれ」
誰にも聞こえないように才人はつぶやいた。
「忠誠には報いるところが無くてはいけません、今日の夜に個人的ですがささやかな晩餐会をしようと思うのです」
「そんな、そのような気遣いは無用にございます」
ルイズは申し出に対して再び一礼した。
「断んのかよ」
才人は残念そうにルイズの横に顔を覗かせてくる。
「ふん!」
「ぐほっ」
無情にも才人の顔面に鉄拳が命中、そのまま床に崩れ落ちる。
「あんたは黙ってなさい」
ルイズはオーク鬼のような世にも恐ろしい形相で首根っこを掴んできた、ここが学院なら脅迫的指導を施されるだろう。
「あなた方は仲がよろしいのですね」
変わらない笑顔でアンリエッタが仲裁に入ってくる。
「そ、そんなことありません。誰がこんな犬と!」
「犬?」
「あっいえ、なんでもありません」
ルイズは憮然とした態度で離れていく、少しくらい同意してくれたっていいだろうに。
「本当に、仲がいいですわね・・・・・・」
「それでは今夜待っていますわ」
部屋から出て行くルイズと才人を見送りながらアンリエッタは確認した。
そして王座に長く大きな息を吐きながらどっかりと座り込む。
「夜の晩餐会、一人だけで来てくれればいいのですが・・・・・・」
しかしメイジと使い魔は一心同体とも言われている、こちらの都合で離れさせるのもどうかと考えてしまう。
ましてや自分はこの国の皇女である、まったく心労ばかり溜っていって損なことばかりだ。
すべてを捨てて逃げようともした、誰かに操られているヴェールズ様とともに。
でもダメだった。生まれ持った楔から抜け出そうなんて所詮は甘い考えでしかなかった。
水の精霊に他の誰かを愛することを誓ってからずっと悩んでいた。
私にはあなたしかいないとも考えていた、あなたがいなければ生きてはいけないと。
今は思い出すたびに失った深い悲しみと操り主への強大な怒りにさいなまれる。
コンコン、ドアを叩く音が聞こえてアンリエッタはわれに返った、ずいぶん長い間感慨に浸ってしまったのだろうか。
「入りなさい」
ドレスの乱れをチェックして勤めて冷静を装ってから入室を許可した。
「お疲れのようですな、休息は大事ですぞ」
マザリーニ枢機卿が年寄りらしくゆっくりと入ってくる。
「なるべくそうしたいところですが周りは待ってくれませんわ」
「まったく持ってその通りですな」
近頃は戦争開戦間近である。国が滅びるか否かを決める大事な前哨戦と例えても遜色は無いこの期間、休む暇など毛頭無い。
「午後の予定ですが・・・・・・」
早く終わらせて晩餐会の準備をしないと、大事な話もあることですし。
「何か言いましたかな?」
「い、いえ、何でもありませんわ」
どうやら声に出てしまっていたらしい、それだけまた会えるのが嬉しいのだろう。
「どうぞ話を続けてください」
ルイズと才人は情報集めのために働いていた魅惑の妖精亭へと帰ってきた。任務は昨日で終わったので今日中に学院に戻る予定だった。
ところが夜アンリエッタに誘われたのでつい先ほどもう一泊することになったのだが。
「あらぁ〜、せっかく今夜は私たちで簡単なパーティーをしようと思ってたのに〜」
スカロンが体をくねらせながら話始める。
相変わらずの気持ち悪さに胃が競りあがってくる、どうしていまだに慣れないのか不思議でならない。
「せっかくご用意していただいたのに、申し訳ありません」
いちおうこちらは従業員なのでルイズは敬意を払って答える。
「でも皇女様にお呼ばれなんてとても名誉なことね、こっちのことは気にせずに楽しんでいらっしゃい」
「まったく、店まで休みにしようと計画していたのになぁ」
奥の厨房からジェシカが珍しく残念そうにしながら出てくる。
「なんたってあなた達はこの店にとっては英雄なんだからね」
もしかして店で忘却武人に振舞ってた役人をルイズが追い返したあれか、才人は思い出す。
「別にそこまで感謝されるような事でもないだろ」
「そんなことないわよ〜ん」
「うわっ!」
スカロンの顔が瞬時に才人の目の前に現れたので思わず後ろに飛びのいてしまった。
「あらぁ、どうしたの?」
「いえっ何でもありませんよ、はははっ」
本人の前で理由など当然言えるはずがない、この思いも今日までなので寂しいとも考えられていたが、そんなことないと考えを改めた。
無礼な態度を取ったせいか横からルイズの不機嫌オーラがひしひしと伝わってくる、何も無いことをせつに祈る。
「でもせっかく用意してもらってるのにもったいないよな」
「気にする必要なんてないわよ、こっちが勝手に計画立ててたんだし」
せっかくの好意を邪険に扱うのは失礼というものだが、アンリエッタの誘いを断ってしまうのは良いことではない。
やっぱり店のパーティーは諦めるしかないか、才人は自分を納得させた。
「でも誘いを断るのも貴族としては良くないわね」
ルイズは手をあごにつけて「う〜ん」と唸っている。
確かにそうかもしれないけどしょうがねぇだろ、まったく貴族の面子を保つってのは面倒だな。
スカロン店長もジェシカも気にしないでと言ってくれてるんだからお言葉に甘えたほうがいいだろ。
「よし、決めたわ」
ルイズが手をポンっと叩いた。
「仕方ないから私一人で姫様の晩餐会に行くわ」
なんですと?
「さい、お兄様はこっちのパーティーに出なさい」
「えええぇぇぇぇ!」
そんな提案考えてもいなかった、確かに俺は使い魔だし平民だし、宮廷の優雅な晩餐会は似合わないかもしれないけど。
だからって二手に分かれるなんてありですか? ルイズさん。
というかもうばれてるんだから兄弟のふりしなくてもいいような。
「あらら、本当にいいの?」
「いいです、お兄様にはきちんとしたマナーを徹底教育しておきますので」
おいおい貴族じゃあるまいし。
「それは助かるわ、店の女の子達も喜ぶしね」
俺って実は人気あったりするのか、やっぱりセクハラしようとする役人に対して睨みを効かせたのが・・・・・・。
「何にやけてんのよ、やっぱり教育が必要なようね」
やばい! それだけは勘弁してください、決して店の子には手を出しませんから。
「あっはっは、そんなんじゃないわよ。仕事が休みになるから嬉しがるだけよ」
それならそうと最初から言ってくれよ、もう少しで地獄を見るところだった。
まぁアンリエッタに会えないのは残念だけど、堅苦しいのよりは気楽でいられるほうがいいかもしれない。
「まったくすぐ調子に乗るんだから。これでいいわね、お兄様」
「はい妹さま」
別に構わないけどさ、俺に拒否権なんてあるはずもないよな。
「さて私は晩餐会に出るために宮廷に行くけど」
そう言いながらルイズは顔を近づけてくる。
「あんたは私の使い魔なんだから、他の子に尻尾振ったらだめよ」
念を押される、すでに何十回も聞いた言葉なので耳にたこができそうだ。
「わかってるって、大丈夫だよ」
「本当かしら」
疑いのまなざしが痛いよルイズさん、俺ってそんなに信用がないのか。
「大丈夫だって」
「姫様にしたように他の子にキ、キスしたら許さないからね」
なるほどそれか、なんで置いて行かれるのか理由がわかった。
あのときのことを思い出すのと震えがきてしまう。二度としません、モグラは誓います。
いざというときのためにデルフを用意しておきます、さすがにそれは大げさか。
「まぁいいわ」
ルイズはようやく離れてそのままドアへと向かっていく。ふうっとため息がでる。
「いってらっしゃーい」
能天気に才人は見送っている。
ルイズはその様子を見てさらに心配になった。
素直になれば済む問題なのだが、どうにもそうなれないルイズのもんもんとした思いが絶えることはない。
「やっぱり連れて行ったほうがいいかしら、でも姫様とは前科があるのよね」
ルイズは息を吐き出すように弱々しくつぶやいた。
今回は公式に呼ばれているわけではなく個人的な用事ということなので馬車は無く、ルイズは徒歩で目的地までやってきた。
すでに陽は沈み、宮廷の周りということもあり騒ぐ者は当然いなく辺りは静寂に包まれている。
なのでアンリエッタとの思い出話に花を咲かそうといろいろ考えていて途中にスキップしてしまったりした。
それもそのはず、ルイズは学院で魔法成功率0パーセント、二つ名をゼロと呼ばれ常に馬鹿にされていた。
伝説の虚無の系統を唱えられる現在もアンリエッタ以外の他人には教えることはできない。
一部例外はいるものの自分の力を話せて信頼してくれる数少ない人なのだ。
姫とそれに使える貴族という壁があっても友達という仲が崩れることはないだろう。
「止まれ、この宮廷に何用だ」
入ろうとすると門を見張る衛兵に止められる。
「失礼、私はこういう者です」
ルイズはアンリエッタに早く会いたかったのでさっさと許可証を見せてあげた。
「こ、これはご無礼をお許しください!」
「お仕事頑張ってくださいね」
「はい!」
らしくもなくルイズは下っ端兵士をあしらった、魅惑の妖精亭で長い間働いていたからかもしれない。
それにますます気を良くしたのか意気揚々と門を通り抜けていった。
出入り口となる大きな扉を、仕事を忘れ眠りそうになっていた衛兵に開けてもらう。
「このことは是非誰にも言わないようにお願いいたします」
ルイズは懇願されたので一回首を縦に振った。ちなみに報告するかどうかは未定だ。
弱みは握っておけば後々役に立つ、これも魅惑の妖精亭で身に付けた教訓である。
「ルイズ・フランソワーズ様でございますか?」
メイド服姿の女性に呼び止められた。
「そうです」
「皇女様より話をうかがっております、こちらへどうぞ」
給仕がいつも通される謁見室とはちがう方向へと進んでいく。
「どこに行かれるのですか?」
ルイズは方向を間違えている可能性もあるので念のためにたずねてみる
「皇女様の寝室にございます」
部屋に通されるなんてものすごい名誉でありこんなに嬉しいことはない、改めて自分とアンリエッタの友情の深さを知った。
曲がり角の多い複雑な道だったがほどなくして一番奥と思われる部屋にたどりついた。
コンコン、と給仕がドアを軽くノックする。
「皇女様、ルイズ・フランソワーズ様をお連れしました」
「ご苦労様、入りなさい」
部屋の中からアンリエッタの声が聞こえてくる。
給仕がドアを開けながら「ごゆっくり」と言う、それに対してルイズは社交辞令として「ありがとう」と返した。
部屋の中に入るとドアが閉められる、そして気配が遠く離れていくまで待つ。
「あぁルイズ、今日は来てくれてありがとう」
「姫様のお誘いを断るはずがありませんわ」
二人は気配が消えたのを確認すると抱擁しあった。
「ありがとうルイズ、ところでサ、使い魔は来ていないのですか?」
「つ、使い魔は仕事がありますので」
予想だにしない質問に驚くルイズ、やっぱりサイトに何かされたのかしら。
キス以上のことを無理やり・・・・・・そうだとすれば絶対許せないわ。
アンリエッタに聞くなんて失礼気回りないので、とりあえず魅惑の妖精亭に帰るまでこの疑問は取っておくことにした。
「そうですか、それでは二人で楽しみましょう」
ルイズはアンリエッタの心の内がよくわからないので不安に駆られたがひとまず微笑んだ。
アンリエッタの寝室はやはり身分相応の部屋であった。
ルイズも貴族なので家に帰れば豪邸に住んでいて、部屋に入れば平民には目移りするほどの家に住んでいる。
しかしアンリエッタの部屋はそれに加えて、部屋に誰でも知っているような有名な画家が描いた絵が飾ってあったり、
小物一つ一つにも宝石が無数ちりばめられている。才人が来ていたら卒倒していたかもしれないなどと内心笑った。
二人は部屋の中心にある円形のテーブルを囲んでそれぞれ座った。ビンに入った何かの液体が目に入る。
「姫様、このお飲み物は何ですか?」
「それは東方より取り寄せたおさけというものですわ」
「おさけ?」
ルイズは聞きなれない名称につい繰り返してしまう。
「そうです、何でも東方のワインと商人の間では呼ばれているものらしいのです」
アンリエッタがグラスにお酒を注ぎ始める。
「いけません姫様、そのようなことは私が」
「ルイズ、私たちは友達でしょう。友達に身分なんて関係ありませんわ」
いつもそう言ってくれるのはありがたいことなのだが、つい気を使ってしまう。
せっかくの晩餐会の雰囲気が自分の軽率な発言で変にならないように気を引き締めた。
「では乾杯しましょう」
差し出されたグラスをルイズは手に取った。そしてお互いに近づけていく。
「「乾杯」」
ルイズはお酒を一口飲んでみる、なんかワインとちがって上品さが無い感じがする。
見ればアンリエッタも飲むのが始めてだったみたいで、口に合わなかったというのがわずかながら顔にでていた。
寝かせる期間が足りないわね、という感想をルイズは持った。
アルコールはあまり得意ではないのだが残すのも失礼なのでゆっくりと飲み進めることにした。
出だしはなんとなくギクシャクしていた二人だったが、話し始めるとすぐに盛り上がっていった。
ルイズが店であった出来事から始まり、アンリエッタの仕事の愚痴、そして幼少のころの思い出話へと発展していった。
もちろんルイズは才人のことはなるべく伏せていたが。
いくら酔いが助けていても何時間も経てばさすがに女性同士といえど話す内容が無くなってきてしまった。
お酒のビンも何本かあったが、そのうち味になれて飲む速度も速くなったりしてすべて空になっていた。
飲む量はアンリエッタの方が圧倒的に多かったのでハラハラしたのは言うまでもない。
黙っている時間も増えてきてそろそろお開きかしら、などとルイズは予想したのだがアンリエッタにそのつもりは毛頭無かった。
「ねぇルイズ」
アンリエッタはさきほどまでのにこやかな表情とは違って真剣なオーラを漂わせている。
「はい、なんでしょうか」
また悩みを抱えていて依頼したい任務があるのかもしれない、姫様の頼みでしたらどんなことでも従うつもりである。
姫様を、友達として全力でお仕えしたいと心の底から思っているのであった。
「好きな人はいるのかしら」
「へっ」
才人が思い浮かんできたのだが、それはないと頭を横にブンブン振って忘れようとする。
それにしても突然こんな質問するなんてやっぱり姫様は才人のことを気にしている、ルイズは確信した。
「い、いません」
否定はしてみたものの声は裏返っていて誰でも嘘と見抜けてしまうのであった。
「やっぱりあなたは使い魔、いやっサイトのことを・・・・・・」
「姫様! あのような使い魔を名前で呼ぶなどと」
なんでこんなにあせっているのかルイズにはよくわからなかったが「姫様の身を案じてのことよ」と自分に言い聞かせた。
「きっとサイトも、ルイズのことを・・・・・・」
アンリエッタの顔がみるみる悲しいものへと変化していく。
「そんなことは絶対にありえません、サイトはどんな女の子の前でも尻尾を振っているんです!」
「彼は確かに普段は気が抜けたような顔をしていますが紳士ですわ」
町の宿屋でサイトと一泊した時、ヴェールズを失った寂しさを無理に埋めようとした時、才人は止めてくれた。
「紳士だなんて、あの犬が!」
乳メイドやキュルケにジェシカ、胸がでかい子にはかならず目線が山にいってた。
「サイトの気持ちは聞くことはかないません。だから今いるルイズにだけ聞くことにします」
ルイズはアンリエッタが今度何を言い出すのかとても不安になる。
多分才人のことだとは予測がつくが、もし告白でもされたらどうすればいいのかわからない。
一国の皇女と平民が結婚するなんて普通ならありえないことだし、あってはならないことだ。
いくらゲルマニアとの縁談が無くなったから、才人にやさしくされたからって前代未聞だし反乱だって起こるかもしれない。
「な、なんでしょうか」
なんとしても阻止しないといけない、アンリエッタ様と私のために。
だって私は才人のことが・・・・・・何を考えているのかしら、とにかくどうにかしないと。
「ルイズはサイトのことをどう考えているのかしら」
「私が、サイトのことをですか」
予測したとおりの質問だったが答えることができない。ルイズは今までそれを出すことができないでいた。
確かに才人を見られると恥ずかしくなってしまう、鼓動がどんどん早くなってしまう。
最初はなんとも思っていなかったのに、着替えるところを見られたくなくなった。
惚れ薬の呪いを解いてもらったときだって甘い言葉でもかけてもらえるのかと思った。
アルビオンから風竜に乗って帰るときは寝ている私にキキキ、キスしてきた。
それでも、才人はご主人様のことをいつもほっといて他の子とすぐ仲良くする。
他の子の大きな乳に目がいく、メイドと風呂に入った、魅了の魔法がかかったビスチェも効果が無い。
ろくでもないやつだわ。でも私の心にはいつも才人がいる、だからって。
「どうなのですか、ルイズ」
「わ、わた、しは」
ルイズは混乱しかけていて態度が煮え切らない。
「やっぱり、サイトのことを」
「そ、そんなことは・・・・・・」
そうです、と言いたい気持ちはもちろんあるのだが相変わらず素直になれないでいる。
才人の浮気とも取れる行動も助けてつい否定的になってしまう。
「で、では、姫様はササ、サイトをどう思っておいでですか?」
「私ですか?」
アンリエッタは深呼吸を深く一回した。
「私はサイトのことはなんとも思っておりません」
意外なほどにアンリエッタの口調ははっきりしていた。
「確かに一時期な気の迷いもありました。しかしそれは間違いでした」
気の迷い、間違いですって。ルイズの内でみるみる怒りが育っていく。
「私が本当に好きなのは・・・・・・」
誰が本当に好きだって言うのよ。
「ルイズ・フランソワーズ、あなたです」
「へっ?」
ひ、姫様、今、ルイズ・フランソワーズって、それは何かの間違いですよね。
「も、もう一度お願いしてもよろしいですか? よく聞こえなかったので」
台本を棒読みしているかのように聞き返した。
アンリエッタは何も言わずに立ち上がった、そしてテーブルを挟んで座っているルイズに近づいていく。
「ひひひ、姫様」
ルイズの視界が目をつむったアンリエッタだけになる。
窓には二人が口付けを交わしている姿が映し出されていた。
「んっ・・・・・・」
想いを遂げた相手のやわらかなぬくもりが唇を通して伝わってくる。
さきほどの怒りはどこへやら、ルイズは倒れそうになるくらい鼓動が早くなっていた。
アンリエッタは唇を離して今度は抱きついてくる。
二人分の体重でイスがぐらついたので反射的にルイズはアンリエッタのほうに体を動かす。
その結果、抱き合っているような格好になっていた。アンリエッタの髪からはいい匂いが漂ってくる。
「ルイズ、覚えていますか?」
「何を、でしょうか?」
ルイズはアンリエッタを拒むことができないでいた。
なぜかわかる気がしたのだ、内に秘めている寂しさ、複雑な感情が体から体へと伝わってくる感じがした。
孤独に悩んでいるよりもそれを分かち合ってほしい、今は関係ないかもしれないが友達として苦悩を知っていた。
ヴェールズ皇太子の死、その悲しさから錯乱しているのではないかとルイズは考えた。
「幼少のころ、雪が振る宮廷の庭園で誓ったことを」
ルイズはしばらく記憶の隅を探る、そしてハッとした。
「まさか!」
「雪まみれになりながら結婚式を執り行って、永遠に結ばれることを誓いましたよね」
ルイズは両手で慌ててアンリエッタを引き離して顔を見合わせた。
「そ、それは遊びでございます!」
「ルイズ、私はあの時本気でした」
幼少のころとはいえ本気で愛されていた? 衝撃の事実がルイズの頭の中を駆け巡る。
「でも、姫様にはヴェールズ皇太子が・・・・・・」
「確かにヴェールズ様に心を奪われてしまいました、それは認めます」
アンリエッタの表情は悲しいものへとなっていく。
「失った悲しみをサイトに埋めて貰おうとしたりもしました。私は、はしたない女です。それでもルイズのことを忘れたことは一時もありません!」
思いがけない強い口調にルイズは固まってしまった。
「ルイズ、愛しているのです。ずっと想いを抑えてきたのです。どうか・・・・・・拒まないで」
アンリエッタの瞳から涙がポロポロと流れ始める。
それにつられてなのか、告白されたせいなのか、自分でもわからないけど涙が流れてくる。
二人は肩を震わせて泣き続けた、それが収まるまで再び強く抱き合った。
指先で涙を拭い、アンリエッタはルイズから離れていった。
「・・・・・・泣いたら気分が少し晴れました」
しゃべっているアンリエッタはまるで部下に命じるかのごとく無表情だった。
「さきほどは申し訳ありませんでした」
そのようなことをおっしゃらないでください。
「今日のことは、忘れてください」
どうしてなんですか。
「もうこうして会うことも無いでしょう」
私は決して・・・・・・。
「今使いの者を呼んで外まで案内させます」
嫌なんて気持ちはまったく。
「さようなら、ルイズ・・・・・・フランソワーズ」
なかったのに。
「姫様!」
気が付けば誰かを呼ぼうとしているアンリエッタを止めていた。
「何をするのですかルイズ・フランソワーズ。これは命令です、離しなさい」
「姫様は卑怯でございます! ご自分のお気持ちを一方的に話すだけなんて」
アンリエッタの動きが静まっていく。
「私は、姫様のことを」
想いを必死にぶつけてくれた。
強く自分を見せているけど本当はとても弱くて。
私にとっても昔からとても大切な人だった。
「あ、ああ愛しています」
「本当? 本当に」
ルイズはお返しと言わんばかりに先に抱きしめる。
「はい、今まで寂しい想いをさせて申し訳ありませんでした」
「あぁルイズ、もっとあなたを感じさせて」
それに答えるように手の力を強めた。
子供のように小さく見えるアンリエッタが愛しくて仕方がなかった。
「ルイズ、お願いがあるのだけど」
「なんでしょうか」
「私のこと、姫様ではなくて名前で呼んでくほしいのです」
確かに恋人になっても他人行儀ではおかしいのでルイズは照れくさくなりながらも口を開く
「それでは・・・・・・アンリエッタ様」
「様なんてつけないでちょうだい」
「すみません。ア、アンリエッタさ・・・・・・申し訳ありません」
恥じらいもあって顔を真っ赤にさせてうつむいてしまう。
自分が情けないことこの上なかった。
「ルイズ、強要しているわけではないのです。ですから、私の気持ちに対しても偽りの返事はしないでください」
「そんなことは・・・・・・」
見ればアンリエッタは両手で顔を覆い隠していまにも泣きそうになっている。
「アンリエッタ!」
気付けば本名を叫んでいた。そしてアンリエッタの元へと飛び込もうとする。
しかしアンリエッタが両手を開けば子悪魔のようにくすくすと笑っていた。
「アンリエッタ」
「ごめんなさいね。ルイズがとてもかわいらしくて」
不思議と嫌な感じがしなくて私もつられて笑ってしまった。
どうしてだろうか、その自問自答に対しての解答は容易にでてきた。
私はいつも一人のような気がしていた。
皆にバカにされて、親にはいつも怒られて、才人も私の気持ちを理解してくれなくて。
アンリエッタも同じだった。この広い監獄の中で誰にも助けてもらえず孤独に苦しんでいた。
でも、もうそんなことはなくなる。私にはアンリエッタが、アンリエッタには私が付いているのだから。
「ねぇ、ルイズ」
アンリエッタが会話を再会させる。
「こんなときに言うのは不謹慎かもしれませんけど、戦争が終わったら雪を見に行きましょう」
「雪ですか」
「そう、二人の思い出だから」
アンリエッタが窓へと歩み始める。そして呪文の詠唱を始めた。
水と風の2乗、空中に発生させた氷の塊を風の刃で細かくカットする。
「わぁ!」
ルイズは思わず歓喜の声を上げて窓へと駆け寄った。
それもそのはず、季節は夏だというのに窓の外には白銀の世界が広がったのだから。
魔法の織り成す美しい世界、アンリエッタの贈り物に見とれてしまった。
程なくして暑さにより雪は溶けてしまったがルイズにはそれで充分だった。
「アンリエッタ・・・・・・ありがとうございます」
「ルイズ・・・・・・」
アンリエッタに肩を引き寄せられる。
庭師によって綺麗に整備された変哲もない景色を、まだ雪が降り注いでいると勘違いしそうなほど食い入るように眺めていた。
「パーティーの始まりよ、妖精さん達」
スカロンの大きな声が店内にこだました。
「はい、ミ・マドモワゼル!」
並んでいる従業員の女の子たちが一斉に返事をする。
「そして今日の主役はサイト君で〜す」
「きゃ〜!」
無数のクラッカーが打ち鳴らされるなか、厨房から才人が姿を現した。
ちなみに従業員の叫び声は盛り上げるためにわざとやっている。
「始める前に皆さんにいくつか言うことがあります」
「はい、ミ・マドモワゼル!」
スカロンがいつもの仕事の癖で諸注意を始めてしまう。
その時間の退屈しのぎとしてジェシカは才人にしゃべりかけた。仕事の癖で胸を強調させながら。
「一人で寂しくないの? お兄様」
「・・・・・・いいんだこれで。俺はアンの気持ちを知ってるんだから」
アンと宿で、アルビオンへの内通者の話をした後だった。
「もしあなたなら、ずっと想いを寄せている人に告白をされますか。例え普通に考えたら決してありえなくても」
「俺のことでしたら、さっきも言いましたが俺は王子にはなれませんよ」
「あなたもとても素敵なお方ですわ、ですが違うお方なのです」
「差し支えなければ、教えていただけますか」
「・・・・・・あなたにとっても、私にとってもとても身近な人ですわ」
「身近な人、ですか」
「そうです。サイト、これからもルイズのことを守ってあげてください」
「もちろんです」
「ありがとうございます。お互いに大切な人なのですから」
「まかしてください・・・・・・もしかしてアン、好きな人って」
嘘をついていなかった、言葉として聞かなくてもアンの顔がすべてを物語っていた。
そして今日の今現在ルイズとアンは二人きり、告白したってまったく不思議はない。
同性愛、確かにありえないことなのかもしれない。
でも俺の世界には少数とはいえ普通に存在していて犯罪というわけでもなかった。
恥ずかしいことじゃない、もしルイズとアンが付き合いだしたら・・・・・・俺は本気で応援してやるつもりだ。
俺はルイズのことが好きだ。でもアンを支えてあげる人がいなければいつかは壊れてしまうだろう。
ヴェールズ皇太子が死んでしまった今それができるのは、心当たりがあるのはルイズだけだ。
だからもしルイズがアンを選んでも、ワルドの時みたいにルイズから離れないといけない状況になっても。
俺は、俺は喜んで二人の幸せを・・・・・・祝福してやるつもりだ。
「アンって誰よ、もしかして浮気でもしてるの?」
さすがの鋭い町娘も皇女様は想像つかないようだった。それに俺はまだ結婚してない。
「それでは妖精さんたち、パーティーを始めまーす」
俺は盛り上がるその場を無言で立ち上がった。
「ちょっとどこ行くのよ」
「便所」
ある結末が頭に浮かんで、ジェシカにこれ以上追及されると涙をこらえられそうにないからだった。
「べんじょって・・・・・・何?」
始めて見る相手の生まれたままの姿、初めて見せる自分の生まれたままの姿。
二人はベッドでアンリエッタを上にして裸のままで向き合って寝ている。
恥ずかしくて互いに視線を合わせようとせず、沈黙に身を任せていた。
「ア、アンリエッタ」
ルイズは声をかけてみたものの、どうすればいいのかわからない。
「あ、あのだ、抱いてくださいまし」
「はい」
ルイズはガチガチな動きでアンリエッタの背に手を回してふわりと包み込んだ。
「暖かい、です。ルイズの温もりが感じられて」
アンリエッタは唇を重ねた。それも優しく何度もである。
「んっ、むっ・・・・・・」
続けていくうちにルイズの力が抜けていき自然と口が開き始める。アンリエッタも口を開いて舌をルイズの中に入れていく。
「んむっ、んん」
初めはアンリエッタにされてばかりだったが、ルイズも時折舌を絡ませ始める。
顔を離すと二人は糸で繋がっていた。しかしその糸はすぐに切れて口元から胸にかけてこぼれ落ちる。
アンリエッタは口元からそっと下を這わせてそれを舐めとっていく。
「やっ・・・・・・はぁ」
「ふふふっ」
すべて綺麗にし終わった後、アンリエッタは胸を撫でようとする。
「いやっ」
ルイズはとっさに声を出して両手で胸を隠す。
「どうしたんですか」
「だって、私の胸・・・・・・」
「胸が、どうかしましたか」
ルイズがとてもかわいく見えてアンリエッタはついつい悪態してしまう。
「う〜、アンリエッタのいじわる」
ルイズは眉を吊り上げて睨みつける、ただ顔が真っ赤なので逆に微笑ましい光景になっている。
「ごめんなさい、でも気にすることなんてありませんわ。とってもかわいいから」
「そうでしょうか」
アンリエッタは「そうよ」と言わんばかりに微笑んだ。
「そ、それじゃあ」
ルイズはまだ何か反論したいようだったが、ゆっくりと胸の上から手を離していった。
再び小さくてかわいい乳房があらわにされる。
アンリエッタは胸に指ではなく顔を近づけていく、そして口に含んだ。
「それはやめっ」
片方の先端を軽く噛むと、もう片方は指でやさしくつまみ上げた。
「んあぁぁ」
時折口は舐めて、手で撫でまわす。経験が無いので動きはちぐはぐだったがそれが逆にルイズを更なる快感へ導く。
「あっ、はぁ・・・・・・ふぁ」
気が付けばルイズは抱きしめる力が強くなっていた。それを肌で感じ取っていたアンリエッタは嬉しくなり興奮の度合いも高まっていく。
アンリエッタの口はふと胸から離れていき、下のほうへと撫でていく。
もう少しで秘部にたどり着きそうだったのだがルイズがしっかりと足を閉じているので到達できなかった。
「アンリエッタは、やっぱり、卑怯ですわ」
すでに息も途切れ途切れなルイズが声を出す。
「私ばっかり、責められて、ふ、不公平ですわ」
ルイズの意外な言葉にアンリエッタは笑ってしまった。
「くすくす」
「な、どうして笑ったりするんですか」
だんだんと音量が低くなりながらも反論する。ルイズの表情が曇っている。
「やっぱりあなたってどこか変わっているわね」
「う〜」
再びうなり始めるルイズをよそにアンリエッタは体を反転させた。
「アンリエッタ!」
ルイズは驚いてしまった、目と鼻の先にアンリエッタの下半身があるのだから。
「こうすれば一緒に気持ちよくなれますわ」
そうは言ってもやっぱり恥ずかしいのか両足は締り気味だったが、ルイズはそのわずかな隙間に思わず手を伸ばしていた。
「ひあっ!」
予想していなかった責めにアンリエッタは一瞬のけぞったが、すぐに力が抜けて体を沈めていく。
アンリエッタの体が下がってきたことにより、ルイズの顔が丁度股の間に入り込んだ。
ルイズは窮屈なのでは手を抜き、そして躊躇することもなく舌を割れ目にそってなぞる。
「あんっ、ル、ルイズゥ」
すでに秘部は蜜によって濡れており、溢れている甘い匂いがルイズをさらに刺激する。
しばらく快感に浸っていたが、アンリエッタも舌をルイズの秘部に挿しこむ。
責めに夢中になっていたために足のほうまで力が入りきっていなかったのだ。
「ふあっ」
お互いが大事なところを責め合い、二人の声と蜜の音だけが部屋内にこだまする。
「あっ、うっ、あ・・・・・・はぁ」
「あふぅ、んんっ、んあっ、ああ」
味わい尽くすように舌を動かし、相手を求めていく。
その動きはだんだん速くなり、それに合わせて裂け目から聞こえてくる音も強く奏でられていく。
「ふあ!」
アンリエッタの舌が何かの突起に触れたとき、ルイズは体をビクッとさせていっそう甲高い悲鳴をあげた。
弱点と感じ取ったその場所を集中して舐め続ける。
「ああっ、いあ、すごいの!」
雷にでも打たれたかのような快感に、ルイズはただ声を荒げて体をくねらせることしかできなくなる。
「あっ、いやあ、なにか、おか、おかしくなっあああぁぁぁ!!!」
容赦ない責めにルイズは一直線に上り詰めてしまった。しばらくの間感電したかのように体を震わせる。
アンリエッタの顔には蜜がこびりついている、それを指ですくって舐めてみる。
それは甘みと苦みが混じるビターな味だった。
アンリエッタは今までの人生で一番幸せな時間を過ごしていた。
幼少時代のような遊びではなく、ヴェールズ皇太子のようにかなわない夢ではなく、才人のように一時期の気の迷いでもない。
何も欠けていなかった。望んだことがすべて現実へと浸透しているかのようだ。
「ふふっ」
アンリエッタは思わず笑みをこぼしてしまった。
「何がおかしいのですか」
振り向いてみるとルイズはもじもじと体を動かしている。
アンリエッタよりも先に、それも一人だけで達してしまったという恥じらい感。
それに加えて早すぎるから笑われたのではないかと考えるとどうにも不安なのであった。
問いの返事をするためにアンリエッタは体を反転させてルイズと顔を見合わせる。
「何でもありませんわルイズ、ただ・・・・・」
「ただ、なんでしょうか」
「とても暖かいのです」
ずっと空いていた心の隙間がルイズによって埋まっていく。ルイズによってまんべんなく満たされていく。
それはアンリエッタにとって幼少のころから待ち望んでいたことだった。
王族という鎖に縛られることの無い自由であり、進化への愛想笑いのような嘘でもない。
「暖かい・・・・・・あっ」
アンリエッタはルイズの顔に付いた自分の蜜に舌を這わせていく。
「さぁルイズ、夜はまだ長いのですから」
夜も更けてきた頃、アンリエッタはベルを鳴らして使いの者を呼んだ。
「愛していますわ、ルイズ」
「私もでございます、アンリエッタ」
ルイズは帰るためにドアを開けた、名残惜しそうにいつまでもアンリエッタを見つめている。
「ルイズ・フランソワーズ様、こちらへ」
廊下から迎えの声が聞こえてくる。
「戦争が終わったら、また会いにきます」
そう言い残しルイズはドアを閉めた。『戦争』その言葉が耳に届いた瞬間からアンリエッタは自責の念に襲われる。
戦争なんて・・・・・・しないほうがいいのはわかっている。ルイズをどうして危険な目にあわせる必要があるのだろうか。
これもヴェールズを失った現実から逃避したかっただけなのかもしれない、もしかしたらルイズのことだって。
「そんなことはありませんわ・・・・・・ルイズへの愛は、本物なのです」
何が本当で何が嘘なのか、今は自らのしている行為を信じるしかないのかもしれない。
ルイズは暗闇に明かりが差し始めた頃、魅惑の妖精亭へと帰ってきた。
もうパーティーは終わったようですっかり静まっていてスカロンとジェシカは後片付けをしていた。
出席できなかったのを改めて謝ったあと、階段を昇っていき借りている部屋に戻った。
才人はすでにベッドでのんきに寝ていた。
顔を覗き込んでみると、まったくではなかったのだが不思議と鼓動は高まらなかった。
昨日まであんなにドキドキしたのにどうしてかしら。アンリエッタと一夜を過ごしてしまったから?
今だからはっきりしたけど、私は才人のことが好きだったのね。それにしたってこんなに早く心変わりしてしまうなんて。
「これで・・・・・・間違ってないわよね」
自分の本心に問いただすかのごとく胸に手を当てた。確かに聞こえたのは心臓の鼓動だけだった。
「ねぇルイズ、二人だけの結婚式をあげたいの」
「はい、では私は花を摘んでまいります」
「私はワインの代わりを探してきます」
二人の約束だった雪の振る景色をアルビオンの宿で一人寂しく見ている。
ルイズの横にいる幻が薄くなっていく、偽りのぬくもりが消えていく。
「えーと、なんて言うのでしたかしら」
「私も忘れてしまいました。では途中まで飛ばしましょう」
「まずは誓いの杯を」
「アンリエッタ・・・・・・また会えるの?」
誰もが不安を抱えている、それを紛らわすために無理をしている。
悲しみはいつか晴れる日がやってくるのでしょうか。
重圧に耐えればいつか報われる日はやってくるのでしょうか。
離れた分だけ私の中で想いが濃くなっていく、あなたが恋しくてたまらない。
「私はルイズを愛することを誓います」
「私はアンリエッタを愛することを誓います」
「では誓いのキスを」
朝だというのに気が付けば兵士のバカ騒ぎが聞こえてくる、得体の知れない何かを覆い隠すかのように。
「う〜ん」
・・・・・・才人がもうすぐ起きるようね。ご主人様より遅く起きた罰として顔でも洗わせようかしら。
アンリエッタは執務室にある始祖ブリミルの像に祈りを捧げていた。
全身黒のドレスに身を包み、戦死者への追悼をしているかのようである。
それはもちろんのことであったが半分ほどは違っていて、二人の安全をお願いしていたのである。
「私の愛するルイズとその使い魔であるサイトをお守りください」
あの一夜から結構な日にちが経って、冷静な頭で自分の気持ちを整理した。
自分のしてしまったこと、それは間違いではなかった。
もし間違いだったとしても後悔は決してしない。
どれか正しい道かなんてだれにもわかるはずもない。
だから真っ直ぐ進もう、ヴェールズ様の遺言を守るために。
そして何よりも・・・・・・私を受け入れてくれたルイズの為に。
遠く離れてしばらくたっているが、近頃はそう前向きに考えられるようになっていた。
二人しかいない教会、二人だけの結婚式、綺麗なドレス。そして屈託の無いあなたの笑顔・・・・・・終わってしまうの?
ルイズは詠唱していた『エクスプロージョン』の魔法を発動させた。
少し離れた場所にある7万もの敵陣で巨大な爆発が巻き起きる。
戦争に来る前のささやかな晩餐会。
「愛しています、ルイズ」「いつか雪を見に行きましょう」
涙が流れてくる、どうして・・・・・・こんなときに。
春先での久しぶりに再開したとき。
「あの頃は毎日が楽しかったわ」「昔の気持ちを思い出したわ」
魔法、唱えなくちゃ、いけないのに。
無邪気に遊んでいた小さいころ。
「これは二人だけの約束ですわ」「いつか結婚しましょう、ルイズ」
目の前にせまる7万の敵勢、殿という役目、恐怖が心を支配していく。でも逃げることは出来ない。
もしそうすれば国が滅びる、ヴェールズ皇太子のようにアンリエッタも殺される。
もう、悔しいけど、バカ犬の言うとおり名誉なんて・・・・・・全然役に立たないじゃない!
「魔法を唱えなさい、私」
複雑な心のうちを無理やり無という境地で塗りつぶそうとする。
「ルイズーーー!」
いきなりの怒鳴り声に後ろを振り返ると竜のアーズロに乗ったジュリオと才人が見えた。近くに着陸してくる。
「ばかやろう! 殿を引き受けるなんて、そんなに名誉が大事なのか!」
「そんなことわかってるわよ! それでも私が引いたら、国が滅んじゃうじゃない・・・・・・」
アンリエッタだって、という言葉はなんとか飲み込んだ。
自分は普通ならありえない同性愛者ということは才人にまだ恥ずかしさがあって教えていなかった。
才人とジュリオが竜から飛び降りてくる。
「だからって、死んだらそれで終わりなんだぞ!」
死んだら終わり、その台詞はあなたとギーシュの口げんかの時に聞いたわ。
あなたは私のことなんか考えずに自分の本能で生きてるくせに、使い魔のくせに。
「アンリエッタのことはどうする!」
「えっ・・・・・・」
どうして知っているの? サイトは店に残っていたはずなのに、まだ話していないのに。
「お前の帰りを待ってるんだぞ」
「あんたねぇ、姫様のことを名前で呼ぶなんて」
「そんなもんは関係ないだろ!」
ルイズの言葉は才人によってかき消される。
「また一人で寂しい思いをさせる気か?」
寂しい・・・・・・そうよね。ヴェールズ皇太子を失った本当の悲しさを知っているのは私だけ。
宮廷という名の広くて白い迷宮で日々迫りくる皇女という壁に押しつぶされそうになって。
私だけが理解している。大切な友達だから、恋人だから。
ルイズはうつむいてしまった。
「それでも・・・・・・私が逃げたら」
そんなことはできない。例えここで逃げてアンリエッタの元に戻ってもいつかは敵が攻めてくる。
国外逃亡なんてできるはずはない。貴族としても皇女としても。
「やっぱり私」
これでいいのよ、私は伝説の虚無の担い手と呼ばれても所詮はトリスタンの一貴族にすぎないんだから。
「・・・・・・勝手にしろ。俺もやりたいようにやるからな」
ドッ、鈍い音とともにルイズの視界が暗くなっていく。
才人がデルフリンガーの柄をルイズのお腹にぶつけていた。
「姫様にお願いされてたんだ。ルイズを守るようにってな」
「サイト・・・・・・」
気絶して崩れ落ちるルイズを才人が抱えこんだ、ジュリオにそっと手渡す。
「ジュリオ、後は頼む」
「まかせてくれ、責任もって船まで送り届けるよ」
ジュリオは壊れ物を扱うかのようにルイズをお姫様だっこした。
「行くよ、アズーロ」
竜は鳴き声を発しながら翼を起用に羽ばたかせた、二人と一匹が空高くへ舞い上がっていく。
「さよならルイズ。アンリエッタと幸せ・・・・・・幸せに、暮らして、くれ」
才人の瞳からはいつか我慢したはずの涙が止まることなく溢れ続けていた。
#br
後日談。
「いいんじゃねえか、人間だし」
「なんだそりゃあ。まぁ俺にはよくわからなねぇが相棒が言うならそうなんだろうよ」
誰にでも間違いはあるなんて昔の人はいいこと言ったもんだ。
その間違いをまさしく今俺がしようとしているんだから。
でもよ・・・・・・こういうのも悪くないかな。
才人はテファニアとアニエスに別れを告げた。
「行こうぜデルフ、東のロバ・カ・・・・・・なんだっけ?」
「ルイズ、本当にいいのですか?」
「はい、才人の死をいつまでも悲しんでいられません」
ルイズは大きく一回深呼吸した後詠唱を開始する。
才人・・・・・・あなたのおかげで私は生きている。何回感謝しても足りないくらい。
私はあなたの死を無駄にしない、もちろんアンリエッタも。
「われの運命に従いし使い魔を召喚せよ!」
目の前に白いゲートが現れる。
通るのは果たして彼なのか、それとも新たに資格を持つ者なのか・・・・・・。