才人達ゼロ機関がオストラントに乗ってフォンティーヌの屋敷に着き、着陸すると、黒髪メイドが一人、必死に走って来たのを、艦橋に居た才人とエレオノールが見ていた 「…何か有ったわね」 「梯子降ろせ、下船する。俺だけだ、全員艦内待機」 〈了解〉 才人が伝声管で指示を下して、そのまま艦橋から降りて行き、エレオノールは残った 8デッキ左舷後方の扉が開いて梯子階段が降ろされ、才人がカンカンと足音を立てて降りて行き、下で息を整えている黒髪のメイドに合流して話しかけた 「こんにちは、君はアミアスさん、ダルシニさんどっちかな?カトレアさんは?」 「ぜぇっぜぇっ、ダルシニです。昨日、ラ=ラメー伯に、カリンの娘が、連れて、行かれました」 途切れ途切れに言ったダルシニの言葉に、才人は反応に困った様に聞く 「アミアスさんは?」 「カリンの娘に付いてます」 「血は?」 「ヴァリエールで、カリン達に貰ってるから、平気」 「了解。とりあえず詳しいのは艦で聞こうと思う。構わないかな?」 ダルシニは素直に頷いた * * * サロンに全員集まって、ダルシニの言葉に眉間を険しくした 特に難しい顔をしたのはエレオノールだ 「ラ=ラメー伯ねぇ。ピエール坊やだっけ?確かに一番熱心に求愛してたっけ」 正直、才人は何も言えない 「ダーリン、どうするの?確かにラ=ラメー伯の言葉も一理有るわよ?私も躊躇しちゃうわ」 そう言って、キュルケは肩を竦めた ルイズは何も言えない、言える筈が無い 周りで見ている部下達を見回すと、特に何も言って来ない 「ハルケギニアじゃ、こういう時はどうすんだ?」 才人が聞くと、一人が呟いた 「そりゃ、男の甲斐性が全てを決めるに決まってんだろ?拐うなら、きちんと責任取れ。少なくとも、向こうは本気だ」 才人はその言葉に、わしわしと頭を掻いた 「お前らは俺が行くと行ったら、馬鹿馬鹿しい争いに首を突っ込むのか?」 「そりゃ勿論。美女を賭けて戦争すんのなんざ、一番下らなくて一番格好良い理由じゃねぇか」 そう言って、皆してニヤニヤ笑っている 「拐って元の鞘って訳には」 「行かないわよ。ヴァリエールは関与しないと行動で示した。つまり、今後何度も起きうる事態ね。ヴァリエールの庇護無きカトレアには、死活問題。才人が自身の影響下にきちんと保護するしか無い」 才人はモンモランシーを見る 「モンモン、モンモランシで預かれるか?」 「お断り。あぁ見えてお父様は現役バリバリ。お母様も嫉妬深い。グラモンも止めときなさい。理由は解るでしょう?」「…納得」 才人はそのままキュルケを見た 「カトレアさんは家でもちょっとねぇ。綺麗過ぎるじゃない?正直、誰に喰われても責任負えないわよ?ゲルマニアの男は、平民貴族の別無く強引に口説き捲るの普通よ?」 結局、才人の傍しか居場所が無いと来た 「レティシアさんからは?」 「昨日の今日で返事なんか来るわけ無いでしょ?」 そう言ってエレオノールが切り捨て、才人は溜め息を付いた 「取り返す。現時点じゃ、決められんのこんだけ。今からラ=ラメーに向かう」 「反対だね」「おぅ、反対だ」「同じく」 次々に反対を口にされ、才人が見回すと、全員がニヤニヤとしている 「何でだよ?やるなら、一刻も早く態勢が整う前にが常道だろう?」 「解ってねぇ。解ってねぇなぁ。なぁ皆!」 「そうだそうだ」 皆してニヤニヤしながら言っていて、才人は首を傾げている 「良いかあ?今回は俺達は間男だ。かっ拐いに行く瞬間は、結婚式に決まってらぁ!なぁ?」 「その通りだ!」「ギャハハハハハ!」 腹を抱えて皆して笑い転げている 才人はそんな男達を見て、呆れてしまった 「ったく、そんじゃ、間男らしく、とことん悪どく行くか」 「決まりだ!」 全員が立ち上がり、顔付きを改めた 「おぅ、メイドさん。そんじゃ刺繍手伝うから、制服さっさと作ろうぜ」 「全くだ!俺達ゼロ機関での初陣は間男かよ!実に下らなくて良いね」 そう言いつつ、次々に才人の肩を叩いていき、才人は出ていった男達を見送りつつ、呟いた 「……絶対に、あいつらにハメられた」 「ま、諦めな、相棒」 カチッと出て来たデルフにそう言われ、才人はドカッと椅子に座り込んでしまった * * * 才人が艦長室に入るとダルシニが足早に付いて来て、他の女性陣に頭をぺこりと下げてお願いした 「すいません、二人きりで話がございまして」 そう言って、ぱたりと閉めてガチャっと鍵が掛かった音が鳴り響いて、エレオノールやルイズは顔を見合わせた 「ルイズ、行くわよ」 「え?だけど」 「あの人夫子持ち。心配する事は無いから安心なさい」 「あ、はい」 その言葉を聞いて、全員安心して踵を返した * * * 才人がソファーに座ると腕を出した 「何か有ると不味い。力を使うと腹が減るだろ?先に補給しといてくれ」 「あ、はい」 才人に寄ってダルシニが才人の腕に噛み付いた 暫くするとダルシニが離れる 「あの、すいません」 「構わない。多少の血抜きは体調の向上に繋がるんだ」 才人の言葉にダルシニが目を丸くした 「そんな事もご存知なのですね?」 「まぁね。で、話って?アミアスさんの事?それとも先代イーヴァルディと俺の関係?」 ダルシニが対面に座り込んで話しかけた 「そうですね。私達がイーヴァルディと過ごしたのは、ほんの一月位、あれはカリンがマンティコア隊の隊長になってから、暫くしてからでした」 才人は聞いてみた 「容姿は?」 「それが、さっぱり憶えて無いんですよ。あの時、彼に相対していた全員が憶えてないんです」 才人はその言葉に頭を捻る 「短い期間だから忘れたのか?」 「そうかもしれないし、そうじゃないのかも知れない。彼の雰囲気だけは憶えてます。そう、貴方みたいな方でした」 「はぁ、まさか……ねぇ」 ダルシニが才人の頭の捻り具合に聞いてみる 「心当たりでも?」 「まぁ、一人。でも、その人は既に故人だ」 「そう……ですか」 明らかに気落ちするダルシニ、才人は頭をガリガリ掻いて言葉を繋げた 「情報が少なくて断定が出来ないから、本当に判らない。雰囲気ってだけなら、俺以外にその時代に一人、同国人が居たって事しか知らないから」 「では、その人が先代のイーヴァルディ?」 「どうだろ?パイロットが地上戦でも滅茶苦茶強いって話は聞かないからなぁ。軍刀と拳銃は持ってただろうけど」 才人も頭を捻っており、ダルシニもそれ以上の追求は諦めた様だ 「すいません。解らないですよね?」 「あんまり役に立たないで悪いね」 「いえ」 ダルシニが少しでも手懸かりが得られた事に素直に頭を下げ、続けて話し始めた 「アミアスも私も、吸血鬼ではなく、人と扱って下さったイーヴァルディが大好きでした」 才人は黙って聞いている 「彼がゲルマニアの侵攻で総崩れになったトリステインとヴァリエールの軍勢の殿を勤めて、皆が撤退して再編した後、撃退出来たのですけど、それ以降イーヴァルディは消えてしまいまして」 「やるね、食い止めたのか」 「えぇ」 ダルシニが頷いて、才人がひたすら感心している 「消えたって言ってたけど?」 「後の停戦交渉で、戦死していない事が確認されてるんです」 「成る程ね」 そしてダルシニが続きを 「あの時にヴァリエール公が戦死して、サンドリオンが爵位を継いだのと同時に、カリンが退役と結婚を同時にしたんです」 「へぇ」 才人が相槌を打ち、ダルシニが恐る恐る繋げた 「あの……カリンとサンドリオン……お嫌いですか?」 「いんや、特には。利害が一致すりゃ、組んでくれると助かるしね」 「あの人達、本当に優しいんです!ちょっと意地っぱりで引っ込みつかなくなってるだけなんです!じゃなきゃ、私達を娘の護衛に付かせたりしません!」 力説するダルシニに、才人は手の平を向けて制止してみせた 「力説しなくても解るよ。エレオノールとルイズの親なんだ。彼女達の親が馬鹿な訳が無い」 その発言にダルシニが喜色を浮かべたのを、才人が無表情に言い切る 「だからこそ判った。絶対に向こうから頭下げなきゃ許さん。一連の糸引いてんのは全部ヴァリエール公だ。俺達含めて、娘達すら掌の上だ。しかも、逃げ出す術が無いのが質が悪い」 「……え?」 才人の言い分にダルシニがきょとんとし、更に才人が吐き捨てた 「次は絶対に叩きのめす。手加減なんざしてやらねぇ」 才人の言い分が解らないダルシニが、何とか翻して貰おうと試みた 「あの……何を言ってるか解らないんですけど、サンドリオンはそんな人じゃ無いです」 「あぁ、解らなくて良い。胸糞悪い話にしかならない」 才人は余りに不機嫌になった為に、立ち上がってワインセラーから瓶を一本抜き出し、コルク栓を抜くと歩きながららっぱ飲みを始め、そのままソファーにドカッと座り込んだ 「カトレアさんは俺が出来る限り保護するけど、俺が死んだ場合はヴァリエールで引き受けてくれ。それと、糞親父に伝言。何時までも、人形師やれると思うなってな」 才人がそう言って、ダルシニは溜め息を付く 「私の夫を、そういう風に言わないで下さい」 「そうか」 才人が関心を払わないので、ダルシニは不意打ちに失敗した事を理解する 「驚かれないのですね」 「ダルシニさんは幸せなんでしょ?なら、それで良いじゃないか。俺が口出しする事柄じゃないよ」 才人の言い分は突き放してる様であり、本当に幸せにしているなら問題としていない度量を示している様でもあり、ダルシニはちょっと判らなかった 「変な人。普通は驚きますよ?」 「そう?」 才人はそう言って、フッと微笑んでみせた 「それで、アミアスなんですけど」 「うん?」 才人がらっぱ飲みで瓶を口に含んだまま返事をし、ダルシニが繋げた 「あの、30年イーヴァルディを待ってました。ですから、アミアスをお願いします」 「……俺は、君達の好きだったイーヴァルディじゃない。イーヴァルディを演じなきゃならない屑だ」 才人がそう言って、また瓶を口に含んで飲み、ダルシニは涙を浮かべて訴える 「なんでそういう風に言うんですか?イーヴァルディなんでしょう?イーヴァルディは、イーヴァルディは……」 ぐすっぐすっと涙を浮かべて拭うダルシニに、才人は瓶をテーブルに置いて、静かに喋った 「俺はさ、女のコに甘いだけの屑なんだ。知識を与えてハルケギニアを破滅に導くかも知れない悪魔なんだ。俺と一緒じゃ、命幾つあっても足らないよ。そんな路に、君達を連れて行けない。苦労してる分、誰より幸せにならないと駄目だ。俺と一緒じゃ、叶えられない」 ダルシニはそんな才人をキッと睨んで、決然と言い放った 「私達はいつ殺されても仕方無いです、吸血鬼ですから。ですから、そんな嚇しになんか屈しません。そして、決めるのはアミアスです。貴方は、アミアスが決めた時に、受け入れて下されば良いんです」 才人はその発言に首を竦めた 「本当にハルケギニアの女のコは意志が強いね。俺じゃ勝てねぇわ」 * * * 才人達はその足のままトリスタニア郊外に着陸し、トリスタニアに買い物に出た 制服に使う御古の軍服とか、秘薬の材料の仕入れである 先頭に立つのは勿論シエスタだ ゼロ機関のメンバー相手に、胸を張って訓示を始めた 「さぁ、皆さん。私の指示に従って買い物です!買い物は1に見切り、2に値切り!34で悶えさせて、5で成立です!行きますよ!」 「あいよ〜」 二人のメイドが先頭に立ってぞろぞろと向かって行く列に、才人とエレオノールは居なかった ルイズも付いて行こうかとしたのだが 「悪い、こっちは本当に機密級。シエスタの手伝いしてやって」 才人にそう言われて渋々と離れた 仕事に関しては非情な事を散々教えられたルイズは、こう言われてしまったら引き下がるしかない 才人達は別の所に向かっていた 最初は宝石職人の場所である 虚無の曜日なので市の出店に向かうと出ていなかったので、直接向かった こちらはちょっとスラムの雰囲気が強い為、ルイズが来るには危険過ぎた 「マルクさん、邪魔するよ」 「……旦那ですか。ちょっと待って貰えますかね」 「解った」 才人とエレオノールが黙って客席にとすんと座って、時計の音が響く中、エレオノールの手が手持ちぶさたで才人にのこのこ悪戯をし始めるが才人は特に反応せず、マルクがじっと作業をするのを見詰めている 暫くするとコトリと道具を置いて、作業眼鏡を外してニコリと如才ない笑顔を二人に向けた 「良い時に来て下さいました。そちらの貴族様に、受け取って頂きたいのが出来ましてね」 「え?私?」 思わずずれた眼鏡をついと上げてマルクを見たエレオノールだが、マルクは引き出しを開けて指輪を幾つか取り出した 「いやぁ、水晶硝子の磨きを手紙で旦那に頼まれた時に、指のサイズを聞きまして」 そう言って、取り出したのは銀の指輪だ 径は小さく、小指に嵌めるピンキーリングである 才人にそのまま手渡し、才人がエレオノールの右手を取り、小指に嵌めるのを黙って受け入れ、呆然としている その指輪の台座には、暗殺騒動時に切り分けた金剛石が輝いていた 「外国から伝わったんだけど、俺の国じゃ、銀の指輪を小指に嵌めるのは、魔を退け、災いを退けるって言い伝えがあってね。魔法を使うメイジには、真反対の物かも知れないけど」 まさか、才人の国の言い伝えに託つけて、こんなプレゼントを貰えるとは思わなかったエレオノールが感極まってしまい、思わず口に手を当ててしまう 「お気に召したかな?」 瞳を潤ませたエレオノールはしきりに頷き、嵌められた指輪を胸に抱いて、その上から左手を大事そうに添えた 「いや、旦那の国の言い伝えと聞いて張り切りましたわ。しかし、旦那も粋だねぇ」 「マルクさんの仕事には勝てねぇよ。頼んだブツは?」 「あいよ。きちんと小型望遠鏡レンズ、要求精度出しましたぜ。型作って結像して、3リーグ先の人迄見えたの確認しましたぜ。墨入れもバッチリ。ちょくちょく望遠鏡はやりますが、やっぱり旦那の仕事が一番煩いですなぁ」 そう言ってニヤニヤしながら才人に油紙にくるんだレンズを手渡した 才人は出したレンズを見て、口笛を思わず吹いてしまう 「ピュー、良い仕事するわ。精密レンズはあんたに任せりゃ完璧だな。近々顕微鏡って奴作るから、そん時にも宜しく」 「勿論。あっしも遣り甲斐有りますわ。で、二線級を硝子職人連中にやらせる積もりですね?」 「全部お見通しかよ。マルクさん、時計の軸とかもやってません?」 「そっちもお見通しですか」 二人してくっくっくっくっと笑っている 「また宜しくな。後は何時も通り、請求書は纏めて回してくれ。指輪分はっと」 「あぁ、コイツは金剛石加工代分でペイですわ」 そう言ってニヤニヤしている 才人もニヤリとし、お互いに職人同士が通じる意思表示でコンタクトを終え、才人は席を立った 「貴族様。中々面白い見立てをする旦那ですから、大切に願います」 マルクの言葉に、エレオノールが頷いた 「勿論。私の所長は、ハルケギニア随一だからね」 才人が出る時に腕を自然に絡めたエレオノールの後ろ姿を見送り、マルクは鼻唄を出しながら作業に戻った 次は、あの男がもっと面白い仕事を抱えて来てくれるだろう事を楽しみにしつつ * * * 才人とエレオノールは他のギルドに顔を出して発破をかけつつ、職人達に嫌な顔をされるのを笑って受け入れ、一緒にお茶をした後、開店前の魅惑の妖精亭に赴いた 「邪魔するよ」 「あら、才人ちゃんじゃない」 スカロンがすかさず反応して、二人を席に案内して座らせ、スカロンがすかさず平伏し、周りの妖精さん達が思わず目を見張る 「あのボンクラは思い切り殴り倒しました。本当に申し訳ない。助けて頂いて……本当に……本当に」 才人は失敗したと顔に出しており、エレオノールがその様子を見て、貴族としての反応を見せる 「我が所長はそんな態度を欲していない。それ以上やると、付き合いが出来なくなるから、止めて欲しいのよ」 だが、スカロンは聞いても平伏の姿勢を崩さない 「少しだけ、けじめをさせて下さい。後は何時も通りにしますので」 そう言われてしまっては何も言えない 才人は居心地の悪さを感じても暫くそのままで、そんな才人に檸檬水を二人分作ってジェシカが持って来てウィンクしてみせた 「いらっしゃい、ルイズちゃんのお兄さん。そちらの貴族様は久しぶりです」 「まだ開店前でしょ?」 「あら、貴方方を歓待しないだなんて恥知らずを、私達にさせないで」 気が済んだスカロンは顔を上げてうふんとウィンクし、何時もの状態に戻り、才人はちょっと顔をひくつかせたが、用を切り出した 「ちょっと、今から50人位来るから予約したいんだ」 「まぁまぁ、トレビアン!聞いたでしょ?皆、席を用意して頂戴な」 パンパン手を叩いて、妖精さん達がばたばたとやり出し、ジェシカとスカロンがそのまま席に座り込んだ 「あれ以来どう?」 才人はタルブに直接行けない為にスカロン達に聞き、スカロンが答える 「ん、現アストン伯は断絶処置で現在王家直轄。ワルド子爵領と同じく、今度の武勲の拝領にすると政府の発表ね。武勲著しい者は平民でも貴族にすると宣言したし、あれは皆ヤル気出るわ」 そう言って更にジェシカが繋げた 「タルブの村じゃ、元アストン伯の行状の被害家族って事で、皆つついて無いってさ。何くれと親切にして貰ってるみたいよ」 「そうか。喧嘩とかは?」 才人の言外の意図を汲み取ったジェシカが、あっけらかんとし 「ちぃっとも、問題無いって。9人目仕込むもんって、叔母さんから手紙来たわ」 才人のホッとした表情に、ジェシカが微笑んでみせた 「大丈夫よ。私も皆も、大丈夫。才人さんは何も心配しないで大丈夫よ」 才人は背もたれに寄り掛かり、スカロンが笑い出した 「もう、何でもかんでも背負わないで大丈夫よ。私達を甘く見ないでね」 才人は息を深く吐いて、エレオノールはそんな才人が少し哀れで、そして誇らしくて、その才人から先程貰った贈り物が嬉しくて、ついつい見せたくて何気ない仕草を装って、右手の指輪を光らせながら檸檬水を飲み、ほぅと満足の溜め息をしている あくまでもさりげなくを装っているが、ジェシカは直ぐに気付いていたが、さて、指摘は明らかに地雷だ そう、あれは指摘した途端に陶酔の雨あられになる前段階である スカロンも暫くして気付いたが、どうするか才人に耳元で囁いて聞いて見た 「あれ、才人ちゃんのプレゼントでしょ?」 「…まぁ」 「…本人の目の前で惚ける気満々よ」 「…好きにやらせてやって」 「良いの?」 「…出来れば聞きたく無い」 「だよねぇ」 才人達がひそひそ話をしているのを、エレオノールは今か今かと聞かれるのを待っていて、そんな最中、別行動の連中が妖精亭に入って来た 「はいは〜い。皆さん到着で〜す」 シエスタの大声と共にぞろぞろ入って来たのを機に、才人はこれ幸いと立ち上がり、他のメンバーと情報交換を始め、エレオノールの席には少女達が座って、やいのやいのやり出した 「ふぅ、すんごい量だったわ。あれはちょっと一仕事以上になるわね……ヴァリエール、あんたその指輪何よ?」 「ん?これ?良くぞ聞いてくれたわね。こっれっは、ゼロ機関所長秘書たる、わったっしっが、才人にプレゼントされたのよ。何と、才人の国の言い伝えに合わせて作ってくれたのよ?どう?良いでしょ?」 ムカッとしたキュルケがそのまま手をグイっと引っ張って覗き込み、エレオノールが恥じらいの表情を見せる 「ほら、ゼロ機関所長秘書って、特別じゃない?才人のサポート出来るの私だけじゃない?私だけなのよ!もう、そう!わ!た!し!だ!け!なのよね!」 キュルケはその出来具合の良さに明らかに機嫌を悪くし、モンモランシーも同じく嫉妬する 才人が戻って来たら、少女達がガタッと立ち上がって、才人に本気で涙目で訴え始めた 「ダーリン、ヴァリエールばっかりずるい!私も欲しいぃぃぃぃぃ!」 「私も欲しい!」 「…」 訴えられた才人自身、こうなる事は予測していた だから、あんまりひけらかして欲しくなかった訳だが 才人は皆の機嫌を取る為に、一人一人の好み聞き出した 「キュルケは金持ちだろう?」 「ダーリンから欲しいの!」 女とはそんなものである。貴族も平民も関係無い ルイズがやって来てエレオノールの指輪を見て固まり、才人におねだりしてる友達の姿を見て関節が軋み、ギギギと錆び付いた扉の様な動きをして見せた 「ルイズ、あんたは以前貰ったでしょ?だからあんたは無し。ダーリンの懐は有限なのよ」 そう言ってキュルケはルイズを邪険に扱い、納得出来る理由だが、納得など絶対しないのがルイズだ 「あたしは主人だもん」 「使い魔に給料払わない主人のお陰で、自力で稼いじゃったわよね。貴女、使い魔の稼ぎ食い潰す穀潰しになりたいの?ちょっと前代未聞だわ」 モンモランシーの指摘にうぐっと詰まるルイズ 「使い魔の価値を金の稼ぎで判断するのは良くないですよねぇ〜」 シエスタが料理を抱えて持って来て、テーブルに置きながらちくりと刺し、再び消えていく ルイズはぷるぷると、皆と違う意味で涙目だ なんと言うか、何で何時もこう全てが墓穴になるのか、ルイズ自身も実に不思議だ 「…今回は装飾品は一人ひとつで、良いね?」 少女達がぶんぶん頷いて才人に絡み付き、其を見てたジェシカとスカロンは肩を竦めた 「本当にモテるんだ。しかも貴族相手……」 「シエスタって、本当に命懸けなのね。ちょっと、尊敬出来ちゃうかも」 そんな感じで盛り上がり始めた店内で、才人とシエスタでスカロンと支払いのやり取りをし、皆が満足の内に店を後にしたのである * * * ラ=ラメー伯領で、カトレアはラ=ラメー伯と対面していた 「この様な事をして、私の心が手に入るとお思いですの?」 「それに付いては、もう諦めた。伊達に10年も求婚してないよ。君はヴァリエール一族に相応しい意思の強さを持っている。僕が何を言っても無駄だろう」 そう言って、肩を竦めるラ=ラメー伯にカトレアは顔をしかめる 「だけど、それでも僕は、君が僕の子を産んで、慈しむ姿を見たいんだ。残念ながら、君に時間が無い事は僕にも解っている。だから、手荒な真似をするしかないんだ」 カトレアは、彼が自分の身体を慮って行動に移さざるを得なかった事は理解したが、だからと言って、はいそうですかと従う訳にはいかない 「ピエール」 「久し振りに呼んでくれたね」 カトレアに名前を呼ばれて本当に嬉しそうにするラ=ラメー伯に、カトレアは更に言葉を紡いだ 「何度も言ってるでしょう?貴方では震えないのよ。私の身体と心が違うって言ってるの。悪いけど、貴方じゃないのよ」 「だから君には意に沿わぬ結婚になるね。まぁ、貴族同士には良く有る話の一つだ。彼とは一時の火遊びだったと思ってるよ」 そう言って悪びれないラ=ラメー伯 少なくとも、事実になりつつある現実に、カトレアは息苦しさを感じている 「アミアスはどうしたのです?」 「あぁ、あの吸血鬼?殺したよ」 ごく当たり前に言い切ったラ=ラメー伯にその瞬間、目を見開いたカトレアが杖を抜いて突き付けた 「お母様が紹介して下さった方なら、間違いは有りません。我が縁者を殺した報い、受け取り「待った!待った!冗談!冗談だよ!」 両手を掲げて降参の意を示して、慌てて喋る 「君が家に来た時に、感激の余り手を出そうとしたら、約束が違うって牙を剥いた時には驚いたけど、強くないね、あの娘。今の所、幽閉してるだけだ」 「本当でしょうね?」 「見に来ると良いよ」 そう言って立ち上がったので、カトレアも付いて行く為に立ち上がった * * * 暗い牢の中で、アミアスは両手両足を拘束されて幽閉されていた 口には猿轡を噛まされて、先住の詠唱と噛み付きを防止している キィ そんな折、鉄格子の扉が開いて二人入室して来た 「吸血鬼と言えど、可愛いからね。家の馬鹿が手出ししない様、逆に頑丈な牢屋にしてある」 「……感謝するわ」 そう言って、カトレアはアミアスに駆け寄り、猿轡を外して語りかけた 「アミアス、大丈夫?私のせいでごめんね。貴女が吸血鬼と気付かなくてごめんなさい。お腹空いてない?」 アミアスは首を疲れた様に振って、力無く微笑んでみせた 「大丈夫ですよ、慣れてますから。捕まるの何度も有りましたし。ちょっとだけお腹空いたかな」 「なら、私の血を」 アミアスは毅然と首を振って答えた 「貴女の血は駄目。貴女が弱ってしまう。私がイーヴァルディに顔向けが出来なくなる」 「今、君に死なれても困るな。僕の血を」 「要らない、不味いもの。男の血はもう、イーヴァルディ以外飲まない」 アミアスの決然とした決意に、こめかみをピクピクさせるラ=ラメー伯 「捕まってるのに、随分生意気だな」 「だって、私は何もしなくても平気だから。イーヴァルディは、必ず来るの知ってるから」 そう言って、一切媚びないアミアスの態度に憮然とする 「普通は取られたら、態勢を整える前に直ぐに取り返しに来るもんだ。もう四日経ってる。彼は来ないよ」 「来る、絶対よ。多分、一番劇的なタイミングで。貴族に負けない見栄を張って、貴方なんかチンケに見えちゃう事を絶対にする」 そう嘯き、アミアスはカトレアにウィンクしてみせた 「一番綺麗な格好で待っててあげて。きっと、楽しい事になるから。貴女の冒険で、一世一代の名演が待ってる。だから、挫けちゃ駄目。カリンの子なら出来る。サンドリオンの子なら出来る。私達が産まれた時から見守り続けた貴女は、こんな障害位でめげたりしない」 カトレアはハッとして彼女を見た 「産まれた時から……ずっと?」 コクリと頷くアミアス 「だから、大丈夫。お姉さんの言う事信じなさいな。貴女達より人生ずっと長いんだから、年寄りの言う事聞きなさい」 その言葉に、カトレアはクスリと笑って頷いた 「はい、お姉様」 「では僕も、年寄りの忠告に従って、警戒を強めよう。君を殺すとヴァリエールと事を構える事になるから殺せないけど、出す事は出来ない。無事に結婚式が終わったら解放するよ。そしたら、ヴァリエールに帰るが良い」 「充分よ。貴方も貴族の中では優しい人ね」 「褒められてるのかな?それは?」 首を捻ってるラ=ラメー伯に、笑ってアミアスが頷いた * * *