目覚め
目の前の風景は、何処にでもある高校の教室で、HRが終わった所の様だ
思い思いのまま生徒達が立ち上がり、近くに居たクラスメイトに声をかけた
『平賀ぁ、ゲーセン寄ってこうぜ、ゲーセン』『お、いいね』
ブブブブ
その時、狙い澄ましたかのように、着信バイブが振動し、平賀と呼ばれた少年のポケットから携帯とPHSが普及し始めた為に絶滅危惧種のポケベルが取られ、メールを読むと誘われた生徒に対して片手で拝んで見せる
『渡辺、わり、用事押し付けられちまった。お先に帰るわ』『んだよ、付合いわりぃな。斉藤、橋本、高凪行こうぜ』
『うん行く行く。今の内に大蛇薙ぎ習得しとかないと』『平賀君うちらの中じゃ一番強いもんね』『平賀君帰っちゃうの?平賀君のキャンセルクラックシュートが見たいのに〜』
次々に言い寄られる少年少女に別れを告げ、少年は校舎を抜けると走り出した
ポケベルには51と電話番号のみが記されている
『こんな呼び出しすんのは義姉さんか?また子供の御守りの仰せかね?やってらんねぇよなぁ。やっぱり帰るか…』
途中でくるりと回ったが、少し考えてやっぱり回れ右をする
「後がこえぇから、行くか…。それに、さやかがふくれるしな」
さやかとは少年の姪っ子で、産まれた時から少年が面倒を見させられている。その為か、非常に少年に懐いているのだ
肝心の父たる兄には懐かずにそっぽを向かれてる為、ガックリ来ているのが少年的には気の毒ではある
才人が自宅とは違う方向に走って行き、バスに乗るとそのまま目的地に向かって行った


目的のバス停で降り、少年はそのまま歩きながら口笛を吹いている。なんだかんだで、姪っ子の笑顔が楽しみなのである
兄が無理して組んだローンの戸建て住宅で、ささやかながら幸せを掴んだ兄の城の玄関に入り、無造作に開ける少年
「おっす。来たぞ、さやかぁ……あれ?」何時もなら、突撃して来る姪っ子の姿が見えない
靴を脱いで、きょろきょろと見回して、暫くすると異変に気付いた。血の匂いがする
「何だこりゃ?義姉さん、さやか、居ないのか?」
部屋の扉を開けて確認し、床に血の痕が付いてる事を確認し真顔になる少年
「さやか!居るなら返事しろ!俺だ!おにいちゃんだ!」
才人がそう言いながら部屋を見回してると、リビングで倒れてる人影を見た
「…」何も言えなかった。腸がぶちまけられ、原型を留めない肉塊があったのだ
思わず口を押えるが、まだ犯人が居るかも知れないと気付いた才人は、部屋を全て開けてもう一人の死体を見ても構わず、目標を探す。「居ないか…」
警察に連絡の前にやらなきゃならない事がある
「さやか、返事しろ。おにいちゃんだ。もうやった奴は居ないから大丈夫だ!さやか!」
二階から声をかけると別の押入れからどんと音がし、才人は一階の居間の押し入れを開けると、がたがた震えながら唇を噛み締め必死に声を出さない様にしながら固まる姪の姿があったのだ。
「…」声にならない声を上げながら、才人の姪は才人に両手を広げながら涙を流して抱き付き、才人はしっかりと抱き締め、そのまま後頭部を撫でる。そんな事しか才人には出来なかったのだ

*  *  *
才人が警察に連絡を入れて近所は大騒ぎになり、才人は警察に連行され、容疑者扱いで取り調べを受ける事になった事に憤慨する
「何で、俺が犯人扱いされなきゃならないんだよ!ふざけんじゃね〜!!」
「皆そう言うのさ。やったのは俺じゃないってね。さっさと吐いたらどうだ?なんか恨みでもあったんだろう?」
「それが家族殺された人間に対する態度かよ!?さやかが現場居合わせたんだ。アイツに聞けば一発じゃないか。遺留品とか出なかったのかよ?」
取り調べの警察官はふてぶてしく才人に詰め寄る
「事件ってのはな、第一発見者が大抵犯人なんだよ。つまり、お前が一番疑わしいんだ。それとな、子供の証言は採用しない。記憶の齟齬が生じて証拠にならん。それにな、無理だ」「…何がだよ?」「ショックで失語症になってる。喋れない子から証言取れるわけ無かろう」
才人は一旦硬直した後、怒鳴ったのだ
「だったら余計俺を釈放しやがれ!さやかの状態のが大事だろうがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
才人の怒号が収まった後、警察官は面白くなさそうに言い放つ
「取り調べのが重要だ」「…てめえ」「暴れるのか?良し良し、公務執行妨害で逮捕だな」
にんまりした警察官に才人は憤慨しながらも椅子にどかっと座り直し
「黙秘権を行使する。こういう時は弁護士付くんだろ?国選弁護士って奴。呼んでくれ」
そう言ったまま黙ると「…ふん、まあ暫く飯食わせてやる。知り合いの弁護士は」「居ないよ」「そうか」
結局弁護士が到着したのは翌日で、才人が証拠不十分で釈放されるのに更に二日かかり、すっかり官憲嫌いになって出て来たのだ
「警察の糞野郎!何かあってもぜってぇ協力しねぇからな!!」
才人が警察署の出入り口でデカい声で捨て台詞を吐き、隣の弁護士が苦笑する
「とんだとばっちりでしたね、平賀君」「本当冗談じゃねえよ。弁護士さんすいません、お世話になってしまって」
「いえ、君みたいな人を助けるのが仕事ですから」「なんかホントにすいません」
才人がぺこぺこ頭を下げ、弁護士が名刺を差し出した
「何かあったらこちらに連絡下さい。相談に乗りますよ」「ありがとうございます」
そう言って弁護士とは警察署前で別れ、一人家路に着いた

*  *  *

「ただいま〜」
才人が言いながら玄関の扉を閉めると勢い良く小さな影が飛び出して来て才人に突撃して抱き付いた「さやか、今帰ったぞ」
そのまま頭をぐりぐり押し付けてる姪の頭を撫でつつ廊下に上がると母が出て来た
「やっと帰って来たの。弁護士先生から聞いてびっくりしたよ。あんた容疑者扱いされたんだって?」「洒落になんねぇよ。ったく」「捜査間違えて真犯人逃がしたら、タダじゃおかないわ」「やりそうだな。弁護士さんから焦ってると聞いたから、逃げられたんじゃねえか?」「長男夫婦を喪った上に、次男を犯人にされたんじゃ、恨んでも恨みきれないわ」
憤慨してる母がそのまま台所に戻りつつ、才人に声をかけた
「飯食って無いならご飯にしましょ」「丁度腹減ってたんだ」
ずっと才人に抱き付いたままの姪が不安そうに才人を見たのを見て「大丈夫だ。おにいちゃんの側が良いか?」こくんと頷いたので才人はそのまま小脇に抱え、台所に向かって行った

*  *  *

才人は飯を食べた後、母に案内されて仏壇に手を合わせ「兄貴、義姉さん。葬儀にすら出られなくてゴメン」
そう言って、歯を食い縛る。姪の前で泣く訳にいかない
「才人が悪いわけじゃないからね」「…あぁ」
才人に合わせて、姪も手を合わせており、才人が終わったのを見計らってぎゅっとしがみ付いて来る。完全に精神が不安定だ。暫くは好きにさせた方が良いだろうと才人は判断するが、一応母の意見を聞いてみる
「さやかはずっとこの調子か?」「私達にはやって来ないわよ。それ所か鉛筆で『おにいちゃんまだ?』って、ずっと聞いて来られて大変だったわ」「…そうか」
自分の事を聞かれてたのに気付いて才人に顔を上げて喋ろうと口を開くが、呼吸音しかしない。みるみる涙目になる姪に才人は姪を撫でてこう言ったのだ
「大丈夫だ、さやか。無理しないで良いからな。その内喋れる様になるから心配するな。おにいちゃんが居るから心配するな、な」
姪はほんの少しだけはにかみつつ、こくりと頷いた

*  *  *

「おぅ、殺人事件の容疑者の登場だ」「…渡辺、笑えねぇ冗談は止めろ」「お〜こわ」
言われた瞬間才人が殴りかかったのを剣呑な雰囲気を察した他のクラスメートに止められる
「平賀落ち着け!確かにお前は悪くねぇ。渡辺、今のは言い過ぎだ。平賀に謝れ」「んだよ、ちょっとくらい」「渡辺ぇ!」そう言いながら振りほどこうとした才人を他の生徒が押し留めつつ説得する
「渡辺には謝らせるから引け。こんな事で手を出したら、お前が停学になるぞ」「自分の家族殺されて冗談にへらへら笑ってられる程人間出来ちゃいねぇよ!離せ斉藤、ぶちのめす!」
容疑者扱いされた上に、やっと学校に登校出来た初日でこれだ。誰だろうと頭に来る。才人は後ろから羽交い絞めにした生徒の足の甲を思い切り踏みつける「いでぇ!?」そのまま後頭部で頭突きをお見舞いして拘束を解くと、立ち塞がった生徒を脇に突き飛ばし、からかった生徒に躍りかかったのだ
ガシャンと突き飛ばされた生徒が机に衝突し、崩れ落ちるが才人は構わない。思い切り駆け寄ってからかった生徒を全身全霊で殴り飛ばし、相手が後方に倒れつつ机が巻き込まれ派手に音がなる中、才人は構わず相手の襟を掴んで無理やり引き上げる
「もう一度言ってみろ?あ?もう一度言ってみろよ」「ひっ」
才人が襟首掴んだまま一発殴ると、そのまま掴み上げてぶん投げる
ガシャァと派手に机が犠牲になり、女生徒の悲鳴が重なった
「きゃあああああああああ!?」「平賀を止めろ〜〜〜〜〜〜!!誰か体育教師呼んで来い」「行って来る」
女生徒が二人走って行き、その場に居た男子生徒が才人を止めようとするが完全に頭に血が上った才人は止まらない。職員室に居た教師達が到着する迄、男子生徒がぼろぼろになりながらもなんとか取り押さえようとし、渡辺と呼ばれた生徒は顔面がすっかり腫れ上がっていた

*  *  *

職員室に連行された才人は教師から詰問されてるが、一切悪びれなかった
「おい平賀、何をしたか判ってるのか?」「家族を殺された事に対し、性質の悪い侮辱をされたので、渡辺をぶちのめしました。悪いとは思えませんね。先生ならどうします?」「…あ〜…」
なんせ居合わせた生徒複数からの証言有りである。才人はぼろぼろになっても一切悪びれていなかった
「お前な、少しは反省は「家族を殺された現場を見て、原型を留めない肉塊の部屋を犯人と鉢合わせする危険を冒して姪を探し、探し当てたら警察に容疑者扱いされ、やっと釈放されたら、殺人事件の容疑者ご登場と言われましたが、何か?」「…」
教師も黙ってしまった。誰だろうと必ず怒る。怒らないのは家族と確執が有るか、感情のない輩のみだ
「確かに渡辺が悪い。悪いが、手を出したら、出した方が悪くなる。判ってるのか?」「判ってますよ。それが何か?誰が何と言おうと、法律がどうだろうと許せない行動取る奴に、何でこっちが下手にならなきゃならないんだ。先生は人を侮辱する人間の味方をするんですね?なんの為に道徳っつう授業が有るんですかね?教えてくれませんか?」
この突っ込みは教師には効く
「…暴力行為で退学にするぞ」「どうぞご自由に。そしたらこの件、教育委員会と新聞各社に振りますんで。学校は、殺人事件被害者家族より、被害者家族を侮辱する生徒の味方をしましたって言えば、食い付いて来るでしょうね」
ワイドショー絶好のネタである。教師は真っ青になるが、そのまま才人が立ち上がると慌てて教師が食い下がる
「ま、待ってくれ、話し合おう、な」「俺にはもう無いよ。退学だろうと何だろうと好きに処分すれば?じゃ、失礼します」「待て平賀、悪い様にはしない。だから、早まるな、な?」「結果出してから言って下さい。口じゃ何とでも言えるんで」「わ、判った」
才人は教師の言い分に興味を示さず、職員室を後にし、教室に戻ると生徒達から微妙な空気が漂ってるのを気付いたが無視し、渡辺の席が空なのに気付いて声をかけた
「俺を止めようとして怪我した奴、悪かった。スマン。渡辺は?」「…謝らなかったらぶん殴ろうと思ってたがね。あん時は明らかに渡辺が悪乗りし過ぎた。で、あいつは病院送りだ」「そうか」「奴に悪いとは?」「思わんね。お前らが俺の立場だったらどうよ?」
逆に聞かれたので肩を竦めて見せ「平賀の言う通りだ」そう言って、この話題を口にする者は居なくなった

*  *  *

才人の暴走は職員会議で物議を醸し、最終的には一週間の停学処分となり、才人は黙って受け入れた。姪のさやかの状態も心配だったし、渡りに舟だったからだ
才人に殴られた生徒は打撲が酷いものの、幸い骨等には異常が無い事が精密検査で確認され、停学処分で済んだ。さやかは才人の側を離れず、常にぎゅっと服の裾を掴み、学校に行くのも嫌がったが、才人が停学中の身を利用して送り迎えをやる事で何とか登下校する様になったのだが、両親も才人も事件の尾を引いていると考えていた
「才人、送り迎え悪いわね」「別に構いやしねえよ。停学中だし」
「あんたも馬鹿な事するねぇ。ほっときゃ良かったのにさ」「ガキですいませんね」「ま、私でもやるだろうし怒っちゃいないけど」
母はそう言って気にせず、抗議に来た相手両親にも一歩も引かずに全面的に才人を庇い、相手の子の非を冷静に指摘して、逆に謝らせた位だ。才人は両親の有難味を初めて実感出来た瞬間だったと言える
そんなこんなで停学期間も残り二日になり、才人は小学校の放課後の教室を迎えに一人歩いていた。既に他の児童達は帰っていて、学校は静まっているが、さやかは才人の迎えが無いと嫌がるので、才人が迎えに行っている。それまでは担任教師がさやかの状態を心配してくれたのか快く付き添いを買ってくれていた。
才人が廊下を静かに歩いて教室をがらっと開けた瞬間、才人の時間が止まった
「………」

*  *  *

ロンディニウムとロサイスを繋ぐ街道から西に外れた小さなウエストウッド村。二年前から王党派と貴族派での内戦が始まったおかげで戦禍に見舞われた戦災孤児達が居ついていた。子供達だけでは元から住んでいた村人達は相手にしなかった。理由は生きる為に農作物泥棒等をやり、迷惑でしかなかった為だ。そんな中、やはり戦禍に見舞われた女性二人組が村に現れ、現金と引き換えに離れのおんぼろ小屋を手に入れ、子供達の面倒を見始めた。最初は怪訝な顔をした村人達だったが、泥棒被害が無くなったのでやるに任せた。だが、彼女達が来る前に泥棒が見つかって折檻され死んだ子供もおり、女性達が引き取った当時は全員荒んでいたのだが、今は笑いながらやんちゃをするのを受け入られる位にはなっていた
年上の女性は暫くすると出稼ぎに出てしまい不在になったが、年下の少女が慣れないながらも頑張って面倒を見てるのが好印象で、年若いのは全員戦争に駆り出された村に、若い女性は目立ったが、特に問題を起こす訳でも無かったので誰も気にしなかったのだ
なんせ二人共杖を持っていたので、触らぬ神に祟り無しで有る。積極的に関わろうとする者は皆無だった訳だ
実は一つ重大な問題が有ったのだが、その事を指摘する者は村人達には何故か皆無だった
生活基盤を確保した少女は暫くすると負傷した兵士を運び込み、子供達と治療し始めたがやはり村人達は関知しなかった。メイジの酔狂に付き合う程暇ではないし、落ちぶれたと言え、税といって作物を無理やり持って行く連中の片割れだ。正直付合いたくないのである。そんな最中、黒髪の外国人の遺体と思われるモノが運び込まれたのは、新年が明けた時の事だった。死んだ場合は埋葬しているので、誰も何時もの事と気にしなかったのだ
子供達に朝ご飯を食べさせた後、少女は洗濯を水瓶から汲み出した水で行い、洗濯物を干した後、家の中に入って行った。外では子供達が寒いのにも拘らず、元気にはしゃいでいる。家の中に入った少女は、招かるざる客人の寝室に入ると、ベッドの脇に立て掛けてあった剣がかちゃかちゃと独りでに鳴り出したのだ
「おう、エルフの嬢ちゃんいつもスマンね。支払いは相棒から直接取り立ててやってくれや」
「もう、剣さんたら、頼んだのは貴方なのに、支払いは怪我人からだなんてちょっとおかしいんじゃない?」
そう言って、むすっとしてからくすりとする
「俺っち剣なんだからしょうがねえじゃん。売った所で二束三文だぜ、実際」「あらそうなの?」「事実だしよ、売れねえで何年武器屋にガラクタセールに出されてたか記憶にねえ位だしな」「あはは、剣さんそれじゃ、今の持ち主が余程気に入ってるのね」「相棒には言ううなよ」「はいはい」
少女は知っている。自分が彼を見た時は完全に手遅れだったのを、自身に溜めてた魔力を形見の指輪に提供して、蘇生に全力を尽し、一週間ぴくりとも喋れなかった位、この小憎らしい剣は主人の為に全力を尽したのだと。たまたま世話をしていた際に剣の独り言がかちゃりと聞こえて来てのだ
「…冗談じゃねっつの。なんでこのデルフリンガー様がちっぽけな人間程度にここまで尽さなきゃならんのよ。いつも通り、適当なとこでお別れすんのが筋だろうが。死んだらお別れがデルフリンガー様のやり方だろうが。俺っちはホントに相棒のがきんちょ見たいのか?」「剣さん、聞こえてるよ」「おわっ!?…わりいな嬢ちゃん、変なもん聞かせちまったわ、忘れてくれや」「…ふうん」
才人の身体を拭き、血の滲んだ包帯を取り換え、スープを口移しで飲ませ、股間に置いてた木の器で出来た細長い花瓶を予備と交換し、排便が無いかも確認し、問題無い事を確かめた後、口を開いた
「剣さんって、この人の事、とても気入ってるんだね」「なあに言ってるんだよ?この野郎のお陰で俺っちはとんでもねえ苦労ばかりしょい込まされてんだよ。おさらばしてえに決まってるじゃねえか」「そう言う事にしとくね」「俺っちが苦労してんのはホントだぞ!」「そうだね、くすくすくす」少女は笑いながら部屋を出て、非常に憎たらしい剣が此処まで尽す主人が目を覚ますのが楽しみになったのだ

*  *  *

少女の家に担ぎ込まれた青年が目覚めず、もう一週間以上経過し降臨祭はとうに終了し、通常営業を開始した
少女の家に担ぎ込まれた青年の容体は変化せず、今もベッドの中から起きそうもない
子供達も様子を見に来る位だ「ねぇ、テファ姉ちゃん、この人起きないね。駄目かな?」「大丈夫よ。なんだかんだで傷も治りつつ有るし、その内目を覚ますわよ」「…うん」「看病するから遊びに行ってなさい」「わかった」
頷いた最年長の少年が小さい子の手を引いて部屋から出て行くと、少女は開けてた下開きの木窓にぼろカーテンをし、扉を紐で内側から閉めてから(安普請の為、扉に鍵が無い)世話をやりだした
毛布を捲り、包帯があちこちに巻かれた全裸姿の青年が寝ていて、脚がやや開かれ、股間に小便受け止め用に置いてる木製の花瓶を取り、性器が露出するが気にしない。看病していれば慣れっこだ「うん、おしっこ出てるし、順調かな?」
そう言って花瓶の中味を見てニコリとする少女。それだけ経験をつんだ証拠だ。以前小便が出ない負傷者は死んだのだ「おっきい方は…まだみたい…助かるけど」
流石に大便をされたらシーツ全替えに水とお湯大量動員の大騒ぎになる。大人用おむつなんてものは無い
最初見た時は焼け爛れていて骨迄露出していた右腕は火傷の傷こそ残ったものの、何とか体液が滲む程度に迄回復し、大穴開いた腹部にも包帯が巻かれ、やはり大きな傷が残っていて、そこからも血が滲んでいた。顔や頭、脚にも傷が残り、寝ている人相は優しげなのに、どこか怖さを感じてしまう。そして、彼が着ていた服装は、右袖は焼け落ち内着は大穴が開き、全体としては使用不能、ズボンもズタズタで原型をかろうじて留めている状態で、無事な物はブーツのみと言える状態になっており、彼が起きた時の為に、背格好の近い死んだ負傷者の服が用意されている
「さてと、やりますか」そう言って、少女は手足の包帯から外し始め、慣れた手つきで包帯の交換と身体を拭き上げ始めた
包帯を一か所外すとお湯で絞った手拭いで拭き上げ、新しい包帯と交換し、四肢と頭部を終えると、一番大変な胴体に取りかかる。身体を青年の上に乗り上げ、包帯を外す際に両脇から手を背中に回して受け渡しつつ外し、ごろりと横向きにしてから背中を拭き上げ、また仰向けに戻すと乗り上げたまま今度は正面を拭き上げ始める
「この人、傷だらけで勿体無いなあ。こんなに綺麗な肌、見た事無いのに…」
彼が他の男と違う点は、髭に限らず体毛が手入れされている点だ。最初は体毛の少なさにちょっと驚いたが看病中に伸びて来たので、自身か誰かが手入れをしていたのだろう事は窺える。伸びて来た上半身でも、体毛ははっきり少ないと言える量しかないので、肌を合わせると少女にもとても心地良いのだ。おまけに体臭も強くなく、それでいてばっちり男くさい。ついつい拭いた後の手拭いを鼻に当ててくんくん嗅いでしまう「うん、いい匂い」
尖った耳がでれりと下がり、うっとりする少女。起きていたら絶対見ている前では出来ない仕草だ。紐で扉を括り、木窓といえぼろカーテンをするには訳が有る
上半身から拭いて行き、下半身を拭いてる時に身体がピクリとして少女は「え?」と一時止まり
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」「きゃあぁぁぁぁぁ!?」
大声と共に上半身を跳ね上げて飛び起きた青年の胸に頭から突っ込む形になり、「あうあうあう」そう言いながら胸の上で固まってしまったのだ
「……あれ?夢か?ここは?」「よう、やっとお目覚めだな、相棒よう」
青年がきょろきょろ周りを見回し、身体中の悲鳴に思わず顔をしかめるが口には出さない。そんな事より現状把握が大切だからだ。声を掛けたインテリジェンスソードに話しかけた
「デルフ、俺はどれ位寝ていた?と言うか、今回ばかりは完全に死んだろ?何故生きてる?」「そりゃお前ぇ、助けて貰ったからに決まってるじゃねぇか」「…余計な事を」「ま、相棒はそう言うよな、苦労したんだぜ、おい」「そいつはどうもありがとさん。で、どれぐらい寝てた?」「10日だな。とうの昔に降臨祭は終了したぜ」「そうかい。戦局は?」「知らね」「…成程な」
そう言って口を閉じて考え始める青年を見て、少女はパニックだ
『な、何でわたしの事無視するの?まさか気付いてないの?わ、わたしどうすれば、あう〜』
青年の胸の上で何も出来ず固まってぷるぷる震えていると、やっと青年がこちらに気付いて顔を向けたのだ。顔の表情は困惑である。少女は自身が涙目になってるのを自覚し、更に真っ赤になっている
「え〜と、初めましてかな?幾つか質問有るけど、良いかな?」「あうっ!!はっはい」
声に反応して耳が跳ね『どどどどうしよ、きき緊張する』心臓バクバクだ。彼は、自分の容姿に憎悪も恐怖も抱かなかったのだ。少女にとって一大事件である
「君が俺を助けてくれたの?」「ひゃっひゃいっ!?そっそこの剣さんに頼まれて」緊張してる自分の事をくすりとしながら笑顔を向けてくれる『こんな人、見た事無い』
「ありがとうね。お陰で助かった。きちんとしたお礼は後程で」「おおおお礼なんて全然、これっぽっちも、い、イラナイです」ぶんぶん頭を振って恥ずかしいので、つい彼の胸に顔を隠してしまう
ぷっと吹く音が聞こえて来たが、顔を出す方が恥ずかしい
「それでさ、俺、全裸なんだけど、もしかして、イタズラしてた?」ビクンと思い切り身体が跳ね「あう、し、してないです。か、か、看病してまし…た」「…ふうん、ありがと」
『あうぅ、し、信用されてない』寝ている時に、あちこちくんかくんかしてにへぇとしてた記憶がくっきり蘇り、余計顔を出せない
「気になったらまた質問するけど、とりあえず最後だ」そう言って、彼は、自分の脇に手を入れて軽く持ち上げて、そのまま頭の両脇から手で押さえて、自分を逃げられない様にして真剣に凝視する『何?一体なんなの?』思わず目を瞑ってしまうと「駄目、きちんとこっちを見て」「あ、あう」
『もう、この人一体何なの?』そう思いながらも彼を見る。今まで見た事ない瞳にどきどきする。そもそも相手は全裸で自分と密着してるので余計どきどきする
どきどきしながら彼の気の済む迄真っ赤になりながら付き合ってると、今度は自分の手を取って見始め、そして足の甲と脚を見始めて自分には訳が分からない
「記憶に有るのとほぼ一緒だな。先ず間違いなさそうだ。デルフ、どうだ?」「俺っちはいちいち骨格迄覚えちゃいねえよ」「…骨格?」
自分には分らない事を言い出した彼、一体何を話してるんだろう?
「君の母親、エルフでしょ?」「何で、判るんですか?あてずっぽうでも、当たりますけど、わたし、耳尖ってるし…」「そうだね、じゃあもう一つ。君以上に胸が大かったでしょ?」流石にびっくりした「…なんで、わかるんです?わたしの胸が大きいから?」「胸はあんまり関係無い。重要なのは顔立ちと手足の骨格だね。多分、俺は君の母親に会ってるよ」「えぇ!?」
思わず彼を凝視し、真剣に問い出してみる「母と会ったって、何処でですか?母は無事なんですか?」
彼は、ん〜と唸ってから「トリステインだね。後、申し訳ないが、故人だ。ラグドリアン湖畔に埋葬してる」言葉を一つ一つ選びながら喋ってるのは様子で判った。けど、生きてるとは思って無かった、でも、やっぱり死んでしまった結果に思わず涙が溢れ出てしまうのが抑えられなかった
「お、お母さん、い、生きてたんだね、ひっく、また…会いたかったよう…」
ぽろぽろ零れる涙を両手を使って拭いてると、彼が頭にポンと手を乗っけてくれたので、子供の時に母に対してやった様に、彼に母に対してやってた泣きながら抱き締める動作をやってしまい嗚咽が止まるまで甘えてしまう
『悲鳴よ、もっとあげろ。こんなの拷問じゃねえか』
そう思いながら、身体中に走る痛みのお陰で脂汗を垂らしつつ、今迄で最高の女体の感触に歓喜の悲鳴が加わるのを、文字通りやせ我慢している青年。負傷してないならギンギンで本人の意思を無視して押し倒すかと聞かれたら、イエスと答える選択しかない
『本当に負傷してて良かった。生きてる桃源郷とはこの娘だな』
柔肌の感触、胸の感触太ももと尻の感触、サラサラの髪の下に隠れる頭部の均整さと肌触り、背中に回した手の中に伝わる布越しですら判る柔らかい肌触り、彼女が自分の背中に回した腕の感触、胸に押し付けた顔ですら、全部気持ちいい。呼吸で身体が脈動し、息を吸ったり吐いたりする度に鼻息や口から出る吐息に、彼女の呼吸で胸の圧力が自然に肌をくすぐり、我慢が効かない。正に甘美と激痛の地獄である。口の端が引きつりつつ、悲鳴を上げるのだけはしない。そんな青年の様子を見ていた剣は、カタカタ刀身を震わせるが何も言わない。どう転ぶか見物しているのだろう
やっと落ち着いた少女が、胸から離れて恥ずかしそうにしながら青年を上目使いに覗き込み青年に問いかける
「母の最期を看取って頂けました?」「ああ」青年ははっきり答えたので、遺言が有るか聞いてみた「あの何か遺言みたいなのは?」「君の事をとても心配していたよ。見ず知らずの俺にまで、宜しくと言ってたからね」「そうですか…」
少女はきゅっと息を詰めてから一気に吐き出した
「あの、あの、あの!!わたし、ティファニアと言います!テファと呼んで下さい!」
今迄とは違うはっきりした物言いに、青年がにこっとしながら返礼する
「俺は平賀才人、才人でもなんでも好きに呼んでくれて構わないよ」その言葉に自らをテファと名乗った少女は首を傾げてはてなを浮かべるのに、才人と名乗った青年は疑問に答える為に口を開いた
「色んな呼び方されてるんで、気にしてないから好きに呼べばいいよ」「は、はい、じゃあ、サイトで良いですか?」「あぁ、構わない」
才人は先程彼女の頭に手を当てた際に気付いた左手の甲を見て、特に感慨を浮かべず眺めているのをテファは不思議そうに見ていて、視線に気付いた才人が軽く微笑んだ「気になった?」
「は、はい。気になります。色々と」「ま、おいおいね。それと」「?」『あんま不用意に男に乗っかるな、犯すぞ』「え?あの、今なんて?」「ああ、いや、何でもない」
才人が発したガリア語以外の発音に首を傾げつつテファは、未だに膝の上からどかない
才人はとりあえず下着を探すために視線をあちこちに移したのでテファが聞いてみた
「あの、何をお探しですか?」「まずは下着、それと俺が持っていたであろう装備一式。特に刀を何処にやった?アイツは非常にマズイから何処にあるか教えてくれ」
「えっと、下着は無いです。サイトの服は全てボロボロで、剣さんに残せって言われた奴以外はその、薪にしちゃいました」「…あ、そう」「残してる物も有るんで持ってきますね」
そう言って、テファはやっと才人の上から降り、とたとたと扉まで走り寄って紐を外すと、かちゃりと開けて飛び出して行った
後に残された才人はデルフに話しかける
「…デルフ」「…おう」「使い魔契約終了したな」「おう。感想は?」「色々言いたいが、使い魔時代に何を忘れさせられたか、今ならはっきりわかんぜ。ホントに糞だな、使い魔契約は」「…ま、相棒にしか判らん事だな。嬢ちゃんの事はどう思ってんだ?」「ルイズか?何も…だ。はっきり言って興味ない」「ってぇと、何か?今までのは、全部使い魔契約がさせてた行動っつう訳か?」「そうみてぇだな」「…最悪だな。そこまで頭弄られるっつうのかよ」「…全くだ」「所でよ、さっきちょっと話した言葉は何だ?」「日本語、使い魔契約の魔法が切れてるか確認したのよ。最初の頃は日本語で喋ってたが、今はガリア語話せるからな」「そうかい」

*  *  *



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