カトレアは機嫌がすこぶる良かった。約束の日迄に依頼された複写図面もきっちり仕上げた モチベーションが上がりまくりであり、その状態が体調に影響したのか、体調不良を訴える機会が減ったのを素直に両親と喜んでいる 最近は、書類複写の依頼も出来る限りでシエスタからお願いされていて、成果が収入として支払われるのを口座を見てにこにこしている やっぱり、自分で稼いだ分は何物にも代え難い充実感がある 何も出来ずにエレオノールに泣きを入れてた時に比べれば、格段の進歩だ 領地収入がある為、特に何かに使う訳では無く、薬代に使ったりとか無駄に使ってる訳だ 最も、才人にたっぷり可愛がって貰ったので、結果オーライかも知れない 動物は怪我が癒えた連中は少しずつ自然に帰しており、数が減っている そろそろ冬眠準備が必要な熊を含めた動物達も野生に帰したのだが、ヴァリエール城周辺で食べ物を漁る姿がちょくちょく目撃されている 「次は何をお願いしましょうかしら?私もお側で働かせて下さい、ってのは、やっぱり駄目かなぁ?ダルシニはどう思う?」 ヴァリエール城でも、何故かそのままカトレア付きで双子メイドが働いていて、ダルシニはにこにこしている 「お嬢様は医師付きじゃないと駄目ですよ?じゃないと、イーヴァルディが困ってしまいます」 「イーヴァルディ?」 カトレアがきょとんとすると、ダルシニがにこにこしながら頷いた 「はい、彼がそう呼んでも構わないと」 「う〜ん。ヴァリエールのお医者様はお父様付きだしなぁ。フォンティーヌだと短期滞在だから、アミアスとダルシニ居れば何とかなるけど、お側付きじゃ、そうもいかないですし」 カトレアはう〜んと唸っている カトレアが楽しい悩みに頭を捻っていると、ガチャリとアミアスが扉を開けて入って来た 「お嬢様。また来てました」 そう言って手紙を渡すアミアス 双子メイドは区別を付ける為に、髪留めを逆に付けていて、装飾も別の物を付けている ヴァリエール城に入ってからは、二人共に調子が良さそうだ 「有り難う……はぁ」 カトレアが中身を読んで溜め息を付いている 「しつこいですねぇ、ラ=ラメー伯」 「あの時にあっさり負けたのに、調子が悪かっただけだから無効だ、ですって」 才人の決闘50人抜き時に居たらしい 負けず嫌いとはこう言ったものなのだろう 挫折を知らないのかも知れないし、平民に負けたのが認められないのかも知れない 「次は伯領の全力を以て迎えに………って、ええぇぇ!?」 カトレアが余りの事態に驚いた 遂に実力行使の宣言である 「どどどどうしましょう?どうしましょう?もう、才人殿と受け渡し日時約束してしまいました。私、どうしたら……」 おろおろしてしまうカトレア つい先日、父からは自由と引き替えにフォンティーヌとして自己責任と通達されてしまった。父は有言実行の塊だ、何が起ころうと絶対動かない もしかすると、ラ=ラメー伯がヴァリエールにも来るかもしれない カトレアの略奪婚は、ヴァリエールの血統と縁戚関係を手に入れるに足る、危険を冒す価値のある賭けだ おまけにカトレア自身が美女であり、性格も良い 病弱である事を差し引いても、景品も副賞も美味しすぎるのだ ヴァリエール三姉妹では、恐らく最高の当たりだろう 退く理由はヴァリエールを敵に回す可能性が高い事だが、今回父は何もしないだろう ヴァリエールの庇護がいきなり無くなってしまった 余りにキツイ自己責任、だが、此処で気張らなければ、欲しい未来は手に入らない 彼女の人生は、姉妹の誰より短い可能性が高いのだ。寄り道してる時間が無い。障害物を迂回してる時間が彼女には無い 悩んで悩んで、助けを求めようかと思い、首を振る 「イーヴァルディに助けを求めましょう。御両親は動かないと思います」 アミアスの言葉に、頷いてしまうが直ぐに首を振る 「あんなにお忙しいのに、こんな事で手を煩わせる訳には」 「匿って貰いましょう。かの空船に、居を構えさせて頂ければ宜しいのでは?」 カトレアは思わず頷いてしまいそうになり、そこで戦慄いてしまう 「そこまで……頼る訳には……私の問題ですのに。それに、逃げても駄目です。そんなのは何の解決にもなりません。私の口から、はっきりとお断りしないと」 そう言って、カトレアは臍を噛むがアミアスとダルシニが首を振った 「残念ですが、封建貴族相手の場合、ヴァリエールの庇護が無いお嬢様は、リスクを推して魔法を使うしか防衛方法がございません。今から衛兵を雇うには時間が無く、また、出兵前で成り手も居ないでしょう」 アミアスの冷静な指摘に、カトレアは萎んでしまう 「助けを求めて、共に相対すれば良いのです。貴女のご両親はそうやって来たのに、何故貴女はやらないのです?」 カトレアは、はっと顔を見上げてアミアスを見た 「助けを求めても……良いのですか?」 「ゼロ機関関係者の絶対の庇護を、イーヴァルディは誓ってませんでしたっけ?」 ダルシニがそう言って笑い掛けると、カトレアも頷いた 「はい……手紙を認めましょう。ですが、フォンティーヌへの移動は予定通り行います。良いですね?」 「はい、お嬢様」 * * * 才人達はラ=ロシェールで軍人達を半分降ろして一番艦に移動させた後、二艦でモンモランシに向かい、モンモランシで補給物資の移送を行い、受け渡しが完了した 石炭と風石が大量に残されており、食料も保存食と酒はかなり残された 「コイツは?」 「艦の装備品です。問題無いでしょう?」 「…ま、そうだな」 一番艦の艦長になった航海長がそう言って惚けたのに、才人も返した 細かい事は気にするなって事らしい 「では、次は戦場で」艦長を含めて全員が敬礼を才人にし、才人とエレオノールは会釈をすると、彼らは一斉に翻って、次なる我が家に歩いて行った 「賑やかなのも終わったな。さてと、このデカブツどうすっか」 才人がそう言って自分の成果に呆れ返り、エレオノールは済ましてこう言ったのだ 「あんたの移動城じゃない。王様は美姫と贅をするものよ?一人目の美姫は私」 エレオノールはそのまま腕を絡ませて才人は苦笑する 才人とエレオノールなら二人でも動かせるが、はっきり言って無駄遣いだ 「魔法学院の隣に転がすのもなんだな。とりあえずハッチ閉めるか」 「そうね。タラップ仕舞うわ」 エレオノールが引き出し式タラップを仕舞い始めると、職人達がやって来た 「お〜い、ちょっと待ってくれ!」 「何だ?何か合ったのか?」 大声で声を掛けられ、才人が大声で返すと、エレオノールがもう一度デッキ下にスライドで収納されてるタラップを伸ばして職人達が駆け上って来て、ぜぇはぁと息を付いている 「一体どうした?」 「オストラントを工場前に係留してくれないか?皆作業毎に屋敷に戻るの大変でね。実際にモンモランシ伯の屋敷はもう一杯で、テント生活者も居るんだよ。コイツなら風呂にも入れるし、洪水起きても平気だろう?暖房完備で皆楽に過ごせる。親方、使わせてくれないか?」 言われてエレオノールと才人が顔を見合わせた 「確かに」「それもそうだな」 そこで才人ははたと気付く 「八番デッキ後方両舷に出入口あっから良いけど、艦内の管理どうすんだ?料理人要るぞ?下手すりゃメイドも」 「モンモランシ伯から借りる。元々ウチラが増えた分増員してた分をこっちに回して貰う」 「それなら良いか。舟もタルいだろ?待ってるから、必要な資材と人間持って来な、さっさと運んでやるよ」 才人が頷いて了承すると、モンモランシ伯に報せる為に走って行く職人 才人は艦長室に歩いて行き、エレオノールは続いて行った * * * こうして彼ら職人達のホテルになったオストラントだが、元軍人達が思い切り喚声を上げて感激している 皆が荷物を持ってサロンに集合しており、エレオノールがサロンの大理石のテーブルが裂けてたのに眉を潜めて錬金し直した 「いやったぁぁぁ!また船乗りだぜ!親方、好きに使って良いのか?」 「壊すなよ?」 才人が苦笑してると、皆で役職の取り合いしている 「俺、絶対航海長!航法なら此でも10年のベテラン士官だぜ!」 「ざけんな!てめえは下士官止まりの万年兵だったじゃねぇか、トビ!甲板長は俺しか居ねぇ」 「ロイも下士官止まりだったじゃねぇか!」 お互いに同じ船であったのか睨み合っていて、周りがピーピー囃し立てている 「医務官は水使いの俺の仕事だな。誰か医師持ち居るか?後、衛生兵は」 全員が首を振っているが、武器が持てない片手の人間を何人か指名して頷いた 「砲術は?砲術はねぇのか畜生」 「ミサイル付いてるぞ。試験装備で現在新型砲も順次進めてる。やたらでかい薬莢有ったろ?あれの砲積むから」 才人が答えると、うおおぉと気合いが入る 「やった!俺砲術長。絶対譲らねぇ」 「水兵は?」 「お前ら全員03式で武装しろよ。そうすりゃ全員水兵だ。セーラーと士官服仕入れて欲しいなら買うぞ?全員ゼロ機関の紋章を肩口とマントに刺繍すっか?」 才人が呆れて言うと、全員が笑っている 「あっはっはっはっ!良いね良いね。盛り上がって来た」 「ま、俺達職人は全員機関士だな。こっちの機関も扱い一緒だろう?」 「その通り。昇降機とハッチがちょっと違うだけだな」 「じゃ、そいつだけ教えてくれ」 「あいよ」 才人がやるに任せて笑ってると、メイド達がサロンにやって来て伝えたのだ 「料理人達が食事のご用意が出来たとの事です」 「親方、いや艦長!今日は盛大に呑むぞ!なぁ皆!」 「「「おおぉ」」」 才人は苦笑して頷き、全員が歩いて行った * * * 才人達がオストラントの食堂で宴会してると、ルイズ、キュルケ、タバサ、モンモランシー、シエスタが艦にやって来た 「才人さ〜ん!ミスタバサにお願いして来ちゃいました!緊急連絡事項が有るんです」 「んあ?何だ?」 才人がエレオノールと二人で、職人達の席を次々移動して乾杯しつつ思い切り酔っていて、イマイチ頭が回ってない ツカツカ寄ったモンモランシーがポーチから解毒薬を抜き出して才人とエレオノールに飲ませ、二人が一気に素面に戻る 「悪い、皆、仕事が入った。後は盛り上がっててくれ」 「おぅ、親方の分迄呑んでやるよ」 そう言って杯を掲げた職人達を背に、シエスタと共に食堂を出ていった * * * 才人が通路を歩きながら付いて来た皆に話しかける 「タバサは直ぐに帰れるからともかく、他の皆は学校は?」 「明日虚無の曜日じゃない。遊びに来たのよ」 代表してキュルケが答えて、才人は笑って頷いた 「すっかり曜日感覚無くなってたなぁ」 「あんただけ年中無休だもんね」 エレオノールは呆れて言い、シエスタも頷く 「才人さんは休むべきですね。働き過ぎです」 他のメンバーにはきちんと休みを取らせてるにも関わらず、自分だけは働きっぱなしなのが才人だ お陰で弾丸が必要数に達したのだが、やはり働き過ぎだ 艦長室に入る前に、皆に話しかけた 「ルイズは艦内解るだろ?キュルケ達を貴賓室に案内して、暫く待機しててくれ。お茶菓子や酒は食堂で貰える。一応ゼロ機関の仕事だから、解るな?」 「うん、解った」 協力貴族と言えども話せない事かも知れないので、中身を知ってから伝えるとの申し出で、ルイズは過不足無く理解し、ちょっと不満そうなモンモランシーの手を引っ張って、三人を連れて行った そしてエレオノールとシエスタを連れて艦長室に入ると魔法鍵を掛け、エレオノールがサイレンスを作り出す 才人はシエスタを促して着席させて、エレオノールが才人の隣に座ろうとしたのを笑顔で妨害し、シエスタの隣に座らせて、手紙を複数差し出した 「緊急性が高いと思ったので」 「まぁ、じゃなきゃ来ないよな」 才人が笑って頷いて受け取り、中身を読み始め、終わった物を順次エレオノールに渡して行く 「…コルベール先生は知ってる?」 「はい。先にミスタに読んで貰って、才人さんに報せるべきだと言われて来ました」 曰く、来たのは三通 一つはツェルプストー伯、合わせ鋼の試作成功の報告。量産に入ってグラモンに渡す段取りが記されていた 次は王政府アンリエッタ直筆の、閣議後に決まったゼロ機関の体制変更の通知 直属には変わり無し、モンモランシ伯領にて勤務する職人達の契約は、全員ゼロ機関に移籍、役職は所長達に一任。其に伴う予算の拡充を現在出来る範囲で支払い。人事権も幹部4人に一任し、政府はこれ迄通り監査以外の干渉は基本的に無し 職人達の給料分含めて約城5個分の予算で、なるべく採算性を重視する事。所長のシュヴァリエ就任へのお願いと共に書かれていた 「職人達は、全員才人の正式な部下になったわね」 「…だな」 そして最後は、カトレアからのSOSだった 才人殿、お父様から自己責任と言われて庇護が無くなってしまい、悪い事に戦死したラ=ラメー伯の跡を継いだ新伯爵に求婚され、実力行使を宣言されてしまいました どうか…… 「……書けなかったみたい」 エレオノールがそう言って、溜め息を付いている 「…」 才人は言葉を発しなかった エレオノールは不穏な態度にギンと睨む 「まさか、見捨てたりしないでしょうね?」 「そんな事は無い。でも、恋愛沙汰ならお呼びじゃねぇ様な気も……」 パァン! 本気で二人に両側から叩かれ、才人は手形を両頬に生産されてしまう 「今、何か言った?」 「才人さん、ハルケギニアでは愛人持ちは当たり前だって事、いい加減に納得して下さい。私、ミスフォンティーヌのお世話なら喜んでしますよ?」 「……悪かった」 才人は素直に頭を下げて二人に謝る 「カトレアさんの場合、医師が居るんだよなぁ。レティシアさんに預けるか」 「名案ね。又は敢えてツェルプストーに頼むのも手よ?国外なら手を出し難いからね」 才人は頷いて繋げる 「機密的にはツェルプストー伯の分だけだな。体制変更は別に構わないな。じゃあルイズ達も呼んで職人達に報せるか」 才人は立ち上がると二人も立ち上がった 「じゃあ、貴賓室に行くか」 才人の言葉に二人は素直に従い、貴賓室に向かって扉を開いた * * * 「もう、何よ!才人ったら、モンモランシの話で私を除け者にしないでよ!」 そう言ってプンプンしてるのはモンモランシーだ キュルケはどこ吹く風である 「あら、モンモランシに関係有るとは限らないわよ?才人も中身知らなかったんだから」 うぐっと詰まるモンモランシー 「…教えて良い奴なら教えてくれる」 本を片手にタバサが突っ込み、モンモランシーも不承不承頷いた ガチャっと扉が開いて、ルイズがお酒とお茶と菓子を持って入室して来た 「艦内は才人の命令は絶対よ。あんまり我が侭言ってると吊るされるわよ」 「あらあら、もしかして吊るされたの?ルイズ」 キュルケが聞くと、ルイズがカタカタと並べながら頷いた 「私達相手でも容赦しないわよ。貴女達も5000メイルでアッパーデッキに吊るされたく無いでしょ?女のコだから、何とか4番デッキで許して貰えたわ」 「お〜こわ」 キュルケが本気で身震いし、モンモランシーも嫌な顔をした 「艦長の才人は仕事モードなのね…」 「そうみたい。人の命預かってる時は、本当に怖いわ」 ルイズはそう言って、不器用にお茶を淹れて皆に差し出し、皆が飲んで 「不味い」「……あんたお茶も淹れられ無いの?ヴァリエール?」「…」 無言なのはタバサだ 「やっぱり不味い?おっかしいなぁ、母さまにきちんと教わったのに」 そう言って真剣に首を捻っている 「ルイズ、貴女もしかして、手芸全般的に母親に習ってる?」 モンモランシーが聞いたら頷いた 「うん、皆そうでしょ?」 「まぁ……ね。家は習いきる前に死んだけど」 キュルケはそう言って肩を竦め 「あんたの不器用は全部母親の仕込みか」 そう言ってモンモランシーは天井を見上げた そう適当に団らんをしつつお茶菓子に手を伸ばしてると、ガチャっと開いて才人が入って来た 「悪い、待たせた。じゃあちょっと食堂集まってくれ。発表一気に済ませるわ」 「なになになに?」 キュルケが食い付いたが、才人は何度も同じ説明するのがタルいのか、さっさと食堂に向かってしまったので、皆も立ち上がって食堂に向かう事にし、食堂で馬鹿騒ぎしてる職人達を見回した才人が手を叩いて注目させると、皆が振り向いた 「全員居るか?」 「夜勤連中と機関見張り以外は」 「じゃあ、発表だ。お前達全員王政府からゼロ機関に移籍。つまり正式な俺の部下だ。給料の出所もゼロ機関からになる。気の毒だなお前ら、ご愁傷様だ」 「全くだ!冗談じゃねぇぞ畜生!」「そうだそうだ!」「ぎゃははははは」 皆が笑って乾杯を重ねてる 「つまり、俺達は親方の私兵って事にならぁな。まんま艦が家だしよ。宜しく頼むぜ!司令官」 「使い魔連れて来て良いか?あんたの兵なら、幻獣騎兵は必要だろ?」 「戦争する気かよ?お前ら」 才人が呆れて返しているが、周りの女性達は逆に拳を握りしめている 惚れた男が一軍の頭なら、もう自分の眼力が正しい事の証明に他ならない 才人はそんな積もりが更々無いのにも関わらず、男達が自分が兵になりたいから動こうとしてるのだ 結局、喧嘩好きが集まっているのだろう 才人を御輿として、喧嘩のネタにしたいだけなのだ 才人も男達も承知の上で笑っており、才人は頷いた 「解った。本当にセーラーと士官服、其に機関士作業服と衛生兵服を注文する。シエスタ、一任するわ」 「はい、解りました。マントと制服類は、全て所属を示すゼロ機関の紋章を誂えます」 シエスタがニコニコと笑って頷き、彼らの遊びに付き合う事にした才人に追随し、男達がピューピュー口笛を鳴らしている 「使い魔や騎獣が居るなら連れて来い。連絡役を頼む場合が有るかもしれん。馬なら8番、幻獣なら4番。普段は外、世話出来るな?」 「任せろ。交代でやる」 「オストラントでの階級と職人との階級の組み合わせで給与支払い体系を考える。エレオノール、頼む」 才人の言葉にエレオノールが頷いた 「了解。私の機関長職は降りるわ」 「あ、私も司厨長降ります。やっぱり、私はメイドが分相応です」 そう言って、二人が階級を降りる事を宣言するが、才人は少し考えて男達を見た 「やりたい人間は?」 「司厨も機関長も無理だな。俺達は航法と戦いが専門だ。班長達が機関長に相応しくないか?」 そう言って肩を竦めて否定する 才人は思考を纏めて宣言した 「シエスタの司厨長降板は許可。エレオノールの機関長降板は却下。艦長として決定だ」 二人はその宣言に頷いた 「あらあら、ダーリン私兵持っちゃったじゃない?」 キュルケがそう言ってニコニコし 「ゼロ機関の発明品で武装したら、ハルケギニア最強部隊になるわね」 そうモンモランシーが締め括る 「役職決まったら報告してくれ」 才人の言葉に杯で返し、そして才人は更に報告を皆に重ねる 「ゼロ機関の協力者にして取引先のフォンティーヌから、保護要請が来たからこちらで預かる事にする。病弱な女性なので主治医が必要だ」 その途端、全員目が座った 「んだぁ?ゼロ機関の関係者に手を出すたぁ、何処の馬鹿だ?親方、今度は俺達にも遊ばせろ」 才人はその言葉に苦笑する 「馬鹿かよおい。死ぬかも知れねぇぞ?」 「ハッハッハ!馬鹿じゃなきゃ軍人なんざやってねぇや!なぁ!」「その通りだ」 全員が笑いながら肯定し、才人は肩を竦める 「ハルケギニアの連中は、皆喧嘩っ早いな」 「その通りよぉ、ダーリン」 そう言ってキュルケが才人の肩に肘を置いて妖しく微笑み、ルイズがギンと才人を睨んだ 「ちい姉さまは誰に狙われてるの?何でサイトに保護要請をしてるの?ヴァリエールに居るならお父さまが怖くて誰も手出ししないでしょ?おかしいじゃない」 ルイズの疑問に才人が答えた 「フォンティーヌとして自己責任なんだと。今まであったヴァリエールの庇護が消えた。カトレアさんは本当の意味で一人じゃ暮らせない人だ。誰かに頼らないと駄目なんだよ」 そして才人は、息を付いて更に言葉を繋ぐ 「例え気に入らない男に、無理矢理モノにされようともだ」 ルイズはその言葉で気付いてしまった カトレアは、他の誰よりも、才人に頼りたいのだと 更なるしがらみになるのを知りながら、才人はそれでも手を差し伸べる決心をしたのに、ルイズは気が付いた でも、やっぱり自分以外の女にそこまでする才人は嫌だ その気分が顔に出てしまうルイズ 才人は目線を合わせる為に屈み、ルイズを下から見上げる感じで覗き込んだ 「ルイズはカトレアさんの事が好きか?」 こくりと頷いて、ルイズは返事をする 「大好き。ハルケギニアで、一番ちい姉さまが好き。でも大嫌い。だって、あたしからサイトを取ろうとするんだもの」 才人はそのまま更に問い掛ける 「ルイズは好きでもない人と、無理矢理結婚したいか?」「絶対嫌」 ルイズの即答に、才人は頷く 「じゃあ、エレオノールやカトレアさんがそうなったらどう思う?」 ルイズは、むむむっと唸り出してしまう 「…うぅぅ。姉さまやちい姉さまがそうなったら、多分喜んでしまう。……あたし、嫌な女だ」 そう言って、しゅんとするルイズ。エレオノールは頬をピクピクしてるが、話の腰を折らぬ様に口を出さず、シエスタ達が本音を隠さずに言うルイズに苦笑をしている 才人の部下達は興味津々で、思春期真っ盛りの少女貴族の言動を見守っている 皆がルイズに注目していた 「ルイズ、人間は誰一人、聖人君子なんざ居やしない。ごく自然な発想だ。反省出来るだけ大したもんだぞ」 「…うん」 才人の言葉は何よりも深くルイズの身に染み込む。それは多分、自身が苦労の上に体得した言葉ばかりだからだ だから、彼が居なくなるのだけは嫌だ その瞳に込められた願いに気付かぬ才人は、更に言葉を紡いだ 「今回は、今ルイズが即答した事態に陥った。カトレアさんはどれ位の美女だ?」 「ハルケギニアで一番。私達、ヴァリエール姉妹の中でも一番よ。姉さまだってそう思ってる。ツェルプストーなんて、ちい姉さまの美貌に比べたらちんけなモノよ」 キュルケがこめかみをヒクヒクしながら杖を抜いて、すかさずシエスタが後ろから抱え込んだ 「ちょっと、ミス落ち着いて!」「あれ燃やす!絶対燃やす!止めるなシエスタ!」「お願い、抑えて下さい!」 外野が五月蝿いが才人は無視し、更にルイズに語りかける 「ルイズ、俺はさ、本当は貴族同士の恋愛にちゃちゃを入れて良い立場じゃない気もする。でもさ、やっぱり女のコのお願いは断れない、甘い男なんだ。こんな俺は嫌か?嫌だって言うなら、俺は行かずに全部エレオノールと部下に任せる。でもその代わり、部下達やエレオノールが死ぬかも知れない。どうする?」 ルイズは泣きそうになった。こんな酷い選択肢、中々無い。貴族の名誉なんか、何処にも無い。恋慕と其をネタにした、命懸けの喧嘩が待ってるだけだ 「……サイトはいっつも……こんな選択をしているの?」 ルイズの問いに、才人は黙って頷いた そして、ルイズはおろか、周りの少女達も全員気が付いた 才人は好きで厳しくしているわけじゃなく、周りを死なせない為に、最大限の努力の結果、そうなってしまっただけなんだと 本当に、損な男である 「サイトが行けば、誰も死なない?」 「嫌……味方が死に難くなるだけで、敵に死体が積み重なる可能性が高い。つまり、どっちに転んでも死者が出る。杖で押し通す場合、無傷じゃ済まない。自分も、相手もだ」 ルイズは主人として不快を示してしまった。だから使い魔は主人の意向に添う様に選択肢を示した どんな結果が待ち受けようと、ルイズは自身の態度に責任を持たねばならなくなった 今更、やっぱり任せるじゃ、何の為に自分の意思を尊重してるのか、才人の態度に部下達も友達も疑念に思い、自分を本当の意味で無視する様になるだろう そう、この選択は、ルイズ自身の真価がゼロか主人に値する原石に成り得るかを、命をチップにして舞台に上がる役者達に見せる、ソロの演題である 「姉さま、質問です」 「…何?」 話を振られるとは思わなかったエレオノールの反応が遅れたが、返事をする 「ゼロ機関の教育って、大変なんですか?」 「採用率10%未満。随時募集してるけど、試験担当の班長達が才人基準で判定してバシバシ切ってる。元軍人達は軍務経験のお陰かな?辛くも全員生き残ったわ」 10人に1人も採用されない。つまり此処に居る連中は正に精鋭だ。失う訳にはいかない大事な人材って事だ だが、彼らはあっさり戦死のリスクを受け入れて、戦うと言っている そう、大好きなちい姉さまの為にだ 機材を完全に使いこなせる上に、ガンダールヴの才人が加われば、彼らの犠牲を大幅に減らせる ルイズはキュッと唇を噛み締めてから、才人に言い放った 「サイト、ちい姉さまを助けて。あたしも行く」 「イエス、マイロード」 そう言って才人がしゃがみ込んで手を取り、甲に口付けをし、すっくと立ち上がった 「美女を出迎えるぞ、手前ら。夜勤終わった奴を約束期日の明日の朝収容次第離陸して、フォンティーヌに向かう。宴会そこそこに終わらせて明日に備えろ。良いな?」 「「「ウィ!」」」 バババ 全員が才人に敬礼し、才人は踵を返した 艦長の仕事は、彼らの邪魔をしない事だ お互いに、戦気が立ち上っていたのである 男達の意気を目の前で見た少女達も、その気に当てられて、いやが応にも興奮してきたのだ * * * で、彼らの邪魔をしない為に貴賓室に戻ると、ルイズはエレオノールに取っ捕まった 目尻がヒクヒクしている 余程腹に据えかねてるのだろう 片手には酒瓶を持っている 「さぁて、ちびルイズ。さっきの言動は本気かしら?さっさと飲んで薄情しなさい!」「えっ!?ちょっと酷っ!」 ルイズを操りで拘束してワインをガボガボと注ぎ入れるエレオノール 中々に酷い姉だ ちなみに酒瓶を持って手伝ってるのはタバサで、美味しいポジションの嗅覚は鋭いと見える 出遅れたキュルケが思わず舌打ちし 「ちっ、タバサに美味しい役持ってかれた」 一瓶丸々飲まされ、出来上がるルイズ 「……ひっく」 一気にルイズは真っ赤になっている。そんなルイズに指を突き付けて、エレオノールは険しい剣幕で一気に捲し立てた 「私はね、あんたの幸せを此でも望んでるし願ってるのに、何よ?私の幸せは願えないって言うの?ふっざけんじゃないわよ!惚れた男と一緒になるって、女達共通の夢でしょうが!あんたの我が侭本気で最低ね!見損なったわよ、ルイズ!」 エレオノールの責めに、ルイズは真っ赤に成りながらも思い切り叫んだ 「ふざけてるのは全員じゃない!何よ何よ何よ!いっつもあたしを除け者にしてヴァリエールの立場をあたしに無理矢理強制して、姉さまもちい姉さまもキュルケもモンモランシーもタバサもシエスタもサイトサイトサイトサイト!いっつもサイト!」 「使い魔達すらサイト!あたし惨め過ぎるわよ!確かに失敗ばかりだけど、そんなにいけないの?サイトも失敗沢山してるって言ってるのに!あたしの事庇ってくれるのサイトだけよ!サイトはあたしだけにしか言えない悩みを打ち明けてくれるの!あんた達なんかにあたしの使い魔!ハルケギニアで最高の使い魔を渡すもんかぁ!!!!」 絶叫、正に絶叫 だが、エレオノールは全く怯まない 「だから欲しいんでしょうが!あんたに独り占めなんかさせるもんか!やっと見つかったんだ!私の英雄が見付かったんだ!私のイーヴァルディをあんただけのモノにさせるもんか!才人の苦悩も知らない癖に!才人の使い魔の悩みも知らない癖に!自分が自分で無くなっていく苦悩がどれだけの人間が解るのよ!私達全員解らないわよ!」 こちらも絶叫 そして二人が取っ組み合いを開始した時には、周りには誰も居なかった ドタンバタンと辺りに音が鳴り響いているが、お互いにお構い無しだ 天下の美女と美少女が醜い醜い姉妹喧嘩である 髪を引っ張り、引っ掻き、平手を打ち、酒を無理矢理飲ませて、酔わせて呂律が回らなくなった所を蹴っ飛ばしてそのまま自分もひっくり返る 「ふっざけんじゃないわよぉ〜〜!才人が言ってた悩みを言いなさいよぅ!わらしは秘書なんだからぁ!」 ひっぱたきながらエレオノールが馬乗りになりながら怒鳴り、ルイズがひっくり返して馬乗りになって言い返す 「主人の特権らもん!姉さまらんかに教えないんらからぁ!姉さまこそサイトの使い魔の悩みを言いなさいよぉ!あらしは主人なんらからぁ!」 脚を腹の下に潜り込ませてそのままエレオノールが蹴り飛ばし、ルイズが巴投げの要領でひっくり返った 「うきゃん!?」「教える訳ないれしょう?わらしの!秘書のわらしの特権なんらからぁ!」 二人ともぜぇはぁ言いながら酒の回った頭でぐるぐるに動き回ったせいで一気に回り、そのままきゅうと沈んでしまった * * * 才人は艦長室で風呂に入ってたのだが、風呂から上がるとモンモランシー達が艦長室に入っていた 才人は基本的に鍵をかけない、日本人的部屋感覚の賜である 「あぁ、いらっしゃい……ルイズとエレオノールは?」 「姉妹喧嘩の真っ最中」 そう言ってキュルケとモンモランシーが肩を竦めてシエスタは苦笑していて、タバサはローブ姿の才人にぱたぱたと駆け寄って引っ付いた 「…ん」「ん?あぁ」 タバサの甘えに才人はそのまま抱え込んでソファーに座り込む 「…ったく、あの二人はどんどん仲悪くなってんな」 「違いますよ、才人さん」 シエスタがそう言いながら、皆がソファーに座っていて、シエスタがワインを皆に注いでから自身も座り込んだ 「え?違うのか?」 「えぇ、そうですよ。身近にならなきゃ喧嘩なんて出来ません。姉妹って言っても、本当に隔意があったみたいですよ」 「そう言う意味じゃ、ちょっと羨ましいわね」 一人っ子のモンモランシーがそう言い、タバサも頷いた 「あ〜そうか……そうかもな。タバサ、シルフィードは?」 タバサの手が才人の手を愛撫させるべく誘導していて才人も応えてたのだが、タバサが答えた 「服持って来て着替えさせた。多分食堂で食べてる」 「そうか、って事はモンモンも知ったんだな」 「そうよ。びっくりしちゃったわ」 タバサが頷いてモンモランシーも同意すると、才人はタバサをそのままに立ち上がった タバサの目に非難の色が濃くなる 構って欲しいと訴えてるのだ 「ちょっと二人を見て来る。直ぐに戻るよ」 タバサの額に口付けして約束し、才人は艦長室の扉を開いて出ていった * * * ガチャ 才人が貴賓室の扉を開いたら、二人がボロボロの状態で床に伸びていた。完全に意識を無くしている 「あぁあぁ、ったく。美人がぼろぼろじゃねぇか」 才人は二人の服を脱がして綺麗に畳むとルイズを先ずベッドに運び、そしてエレオノールをベッドに運び、同じベッドに姉妹並べて仲良く就寝させると、手がガッと動いて腕を拘束された 「へいみん……わらしにいえないなやみ、あるの……?」 エレオノールの瞳が不安を訴えていて、才人はエレオノールの唇に口付けして、囁いた 「大丈夫、心配すんな。お願い聞いて欲しいか?」「うん」 「喧嘩すんなとは言わないからさ、妹を大事にしなよ」「うん」 「今はオヤスミ。明日からも頼むな」「…いっしょにねて」 才人はエレオノールの身体をまさぐり、エレオノールがピクピクし「ルイズが居ると可愛いがれないぞ」 エレオノールがその言葉に不満を表明する 「やら。かあいがってくれないの、や」「我慢出来るか?」 「むぃ」「じゃあ、明日な」 「うん」 エレオノールがほにゃあとなりながら頷いて、せめてキスをとせがむので才人がもう一度口付けしてから離れた ぱたんと扉が閉まると、エレオノールは本当に嬉しそうに意識を手放しつつ、呟いた 「わらし、つちでよかったぁ。さいとといっしょならぁ、なんでもできるぅ。だからぁ、ずうっとずうっといっしょのおねがいするんだぁ。わらしはぁ、かあさまのちをひいてるから、ずっとずうっとびじんだもん。ずうっと……ずうっと……かあい…がって…もら…う……すぅ」 * * *