ゼロの使い魔保管庫
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素直ルイズ 1 205氏 誰かの吐息がかすかに鼻の頭をくすぐった。才人は小さく呻きながら目を開ける。視界一杯にルイズの笑顔がある。無理なところなど何一つない、実に自然な満面の笑みだ。 (……夢か) ぼんやりとそう判断し、また目をつむる。数秒ほどして跳ね起きた。ベッドの上に四つんばいになり、目を一杯に見開いてルイズを凝視する。横になり、体を毛布にくるんだまま、可笑しそうに笑っている。 「おはよう、サイト」 言いながら、ベッドの上でのんびりと身を起こす。毛布が細い肩を滑り落ちて、ひそやかな音を立てた。唖然としている才人を見て、ルイズは小さく首を傾げる。 「どうしたの、そんなに驚いて」 「いや、どうしたのってお前」 才人はまじまじとルイズを見た。こういうことをすると「なにじろじろ見てんのよ!」と、ちょっと赤い顔をして怒るのがいつもの彼女である。しかし、今はそんな気配は全くなく、ただ優しく目元を緩ませて見返してくるだけだ。 (……ありえねえ) 才人は首を振った。だが夢ではない。間違いなく、目の前にルイズがいて、滅多に見せない笑顔を全開にしてこちらに笑いかけている。 そういうルイズの笑顔を見るのはほとんど初めてのことだ。顔がどんどん熱くなってくる。 (落ち着け、落ち着け俺、平常心だ……!) 必死に言い聞かせる才人とは裏腹に、ルイズはいつもとは比べ物にならないほど、のんびりしている。両腕を真っ直ぐ上げて伸びをしたあと、軽やかにベッドを降りて窓際に立つ。薄らとした日差しが部屋に差し込んできた。 「いいお天気。こんな日は一緒に遠乗りにでも出かけたいわね。ねえ、サイト」 窓枠に両手をかけたまま、ルイズが声を弾ませる。「ああ、そうだな」と頷きながら、才人は考えた。 (シエスタはもう厨房の方に行ってるみたいだから、相談は出来ねえ。となると、俺一人でルイズがこんなになってる原因を考えなくちゃならないわけだな。一番可能性が高いのは……) 少しの間頭を整理して、才人は提案した。 「なあ、ルイズ。今から、ちょっと出かけないか?」 「うん、いいわよ。それで、どこに?」 「モンモンの部屋だ」 着替えたルイズを連れてモンモランシーの部屋の前に立った才人は、全く遠慮せずに扉を叩きまくった。 「おいコラ、出てきやがれモンモン! ネタは上がってんだよ!」 扉はすぐに開き、目をしょぼつかせたモンモランシーが顔を出す。 「なによ、朝っぱらからうるさいわね」 才人とルイズを見て、納得したように頷く。 「ああ、やっぱり来たの」 「やっぱりって、俺らが来るのが予想できてたのかよ」 「そりゃそうよ」 モンモランシーは大きく欠伸をすると、「で」と、セットする前らしく、少し乱れている髪を弄り始めた。 「ルイズ、どんな感じ?」 「どんな感じもなにも……ルイズ、ちょっとモンモンと話してくれ」 普通、ルイズにこんな口調で何かを頼もうものなら、「なによ、使い魔のくせに生意気!」とか文句を言われるところだが、今日のルイズは一味も二味も違う。 「うん、わかった」 素直に頷くと、才人の前に出て柔らかい微笑を浮かべる。 「おはようモンモランシー。あなたの金髪、今日もとってもきれいね。あ、そうだ、この間つけてた香水、とってもいい香りだったから、わたしにも少し分けてもらえないかしら」 モンモランシーが髪を指に絡めたまま硬直した。頬が引きつり、中途半端な笑顔が妙な具合に固まっている。ルイズが不思議そうに目を瞬いた。 「どうしたの、モンモランシー」 「ああいえ、別になんでもないわ。ルイズ、わたしちょっとサイトと話したいことがあるから、あっち行っててもらえる?」 「うん、わかった」 ルイズは素直に頷くとぱたぱた小股に駆けていって、廊下の壁際に立った。内緒話が聞こえない程度の距離を置いたらしい。 モンモランシーが髪を巻くのも忘れて才人を手招きし、声を潜めて話し出した。 「ねえ、朝からあんな感じなの、あの子?」 「そうだよ。なんだよモンモン、お前の仕業だったんじゃないのかよ」 「いや、そうなんだけど」 モンモランシーはちらりと廊下の壁際に目をやる。才人も肩越しに見やると、そこではルイズがにこにこしたまま、機嫌良さそうにこちらを眺めていた。 「実物を見るとね。まさか、あそこまでとは……あの子、薬の効きがいい体質なのかもしれないわね」 「どうでもいいよそんなことは。一体何の薬飲ませたんだよ?」 「んー……素直になる薬、ってところかしら」 「素直に……」 もう一度ちらりと見やると、ルイズもこちらを見返して嬉しそうに微笑んだ。いつもどこか刺々しい彼女に似合わぬ無垢な表情に、才人は少しどきりとしながら視線を戻す。 「……どっちかって言うと、純真っていうか、なんか幼い感じがするが……素直になる薬、だって?」 「ええ、そういう薬だったんだけど……これは予想外だわ」 「お前の予想じゃ、どういう感じになるはずだったんだ?」 「そうね……もっとこう」 モンモランシーが気難しげに親指の爪を噛んだとき、寮の外から鐘の音が響いてきた。 「あ、いけない。そろそろ身支度しなくちゃ」 言いつつ、モンモランシーはそそくさと部屋の中に引っ込もうとする。才人は慌てて止めた。 「おい、説明しろよ」 「悪いけど、あとにしてちょうだい」 「あとに……って、ルイズはどうすんだよ!?」 叫ぶと、モンモランシーは扉を閉め切る寸前で止め、顔だけ出して答えた。 「心配しなくても、前の惚れ薬みたいなことにはならないわよ。常識まで失ってるわけじゃないから」 「でも、こんな風になんでもかんでも人の言うこと聞いてるじゃんか」 「なんでもってわけじゃないはずよ。今のルイズは……そうね、一時的に心を縛るものが極端に少なくなってる状態、って言うか」 「わけ分からん」 「だからあとで説明してあげるって言ってるでしょ。そんなに心配なら、ずっとついててあげればいいでしょ。じゃあね」 モンモランシーは有無を言わさず扉を閉める。おそらくそれ以上呼びかけても出てこないだろうと思い、才人は深々とため息を吐いた。 「サイト、大丈夫?」 心配そうな声に振り向くと、ルイズが眉尻を下げてこちらを見ていた。 「ごめんね、わたしのせいで」 肩を小さくして、心底申し訳なさそうだ。才人は慌ててなだめた。 「いや、そんな落ち込むなよ。別に大したことじゃねえって」 「でも、わたしのせいでいろいろ面倒なことになって……サイトにはいつも助けてもらってばっかりなのに」 ルイズがますます落ち込んでいくので、才人も焦ってしまう。所在無く中途半端に腕を上げ、なんとかルイズを元気付けようとする。 「お前のせいじゃないよ。モンモンが悪いんだって、変な薬作りやがるから」 「でもあれ、わたしが勝手に飲んだの」 「なに?」 才人は目を見張った。ルイズがもう一度繰り返す。 「あのね、昨日モンモランシーが、『素直になる薬』を作ったって言うから、こっそり飲んじゃったの」 「なんでまた」 「素直になりたかったの」 「……そりゃそうだよな、『素直になる薬』だもんな」 つい納得してしまってから、才人は頭を掻き毟った。 (つまりルイズは、そういう薬だって分かった上で飲んだってことか?) そう思ってみれば、多少思い当たることはある。昨日の夜、ルイズがそわそわしながらこちらの様子を窺っていたので、何かおかしいと思っていたのだ。 (あれは、薬が効いて自分が素直になってるのかどうか、気にしてたのか。今になってようやっと効果が現れ始めたんだから、効きが遅い薬なのかもしれねえな) だが、細かく考えている暇はない。もうすぐ朝食の時間だ。廊下の壁に並んでいるドアがいくつか開いて、学生たちがちらほらと姿を見せ始めている。こんなところであーだこーだ言い合っていては、悪目立ちしてしまうだろう。才人は焦りながらルイズの肩に手をかけた。 「とにかくさ、なにも気にすることないって! 俺なんか、今日はお前に殴られずに済みそうだし、かえって喜んでるぐらいなんだぜ!」 言ってしまってから、本人を目の前にしてこんなことを言うのはどうなんだ、と少し後悔する。しかし当のルイズは気を悪くするどころか、嬉しそうに顔を綻ばせた。 「ありがとう、優しいのね。だからサイト、大好き!」 逃げる暇もなくぎゅっと抱きつかれて、才人は硬直する。近くを歩く女生徒たちが、こちらを見て眉をひそめたり、ひそひそと囁きあったりしながら通り過ぎていく。結局悪目立ちしている現状が、今日という一日の困難さを暗示しているようで、才人はまたため息をつきたくなった。 起き出してきた生徒達に混じって食堂に向かう途中、廊下の向こうからシエスタがやって来て、目を丸くした。 「あら、おはようございます。お二人とも今日は早いんですね。今から起こしに行こうと思ってましたのに」 シエスタは基本的に二人よりも早起きだ。朝早くから厨房に出かけて、学生達に出される朝食の準 備を手伝うことが多い。その理由について、彼女はこんな風に言っていた。 「今はサイトさんのお付きですから、そんなことしなくてもいいって皆さん仰るんですけど、朝は絶対早く目が覚めちゃうんですよ……習慣なんでしょうね。それに、朝食のどれかはサイトさんのお口にも入るわけですから、毎朝サイトさんの朝食をご用意してると思えば、特におかしくはないですし」 そうやって朝食の準備を手伝ったあと、頃合を見て厨房を抜け出し、ルイズの部屋に戻って二人を起こしにくるのである。といっても、その時間帯になると大抵二人も起き出して身支度を始めているため、単に朝の挨拶を交わして終わり、となることが多いのだが。 才人は周囲の生徒たちの邪魔にならないように廊下の端に避けながら、「おはよう」とシエスタに挨拶する。シエスタは不思議そうに言った。 「一体どうしたんですか? たまたま早く目が覚めちゃった、とかですか」 「あー、とりあえず、ルイズを見てもらえば大体のことは分かってもらえると思う」 「ミス・ヴァリエールを?」 シエスタが怪訝そうに視線を移す。ルイズは彼女ににっこりと笑いかけた。 「おはようシエスタ、気持ちのいい朝ね」 「は」 ぽかんと口を開けて固まったあと、シエスタは油の切れた人形のように、ぎこちなく首を動かして才人の方を向いた。 「……一体どうしちゃったんですか、ミス・ヴァリエール」 「どうしたもこうしたも」 才人は先程モンモランシーと会話したときのことを、手短に説明した。 シエスタが感嘆したように息をつく。 「素直になる薬、ですかあ。そんなものがあるなんて、魔法って凄いですね」 「まあ、惚れ薬なんてもんがマジで存在するぐらいだから、もうなにがあったって驚きゃしねえけど、よ」 「そうですねえ。驚きはしません、けど」 才人はシエスタと顔を見合わせたあと、ルイズに目を転じる。いつも以上に小さく、可愛らしく見えるこの少女は、二人が自分そっちのけで話し込んでいる様を機嫌良さそうに眺めていた。 「いつもだったら、『ちょっと、二人でなにコソコソ話してんのよ!』とか怒鳴ってるところですよ」 「下手すりゃ金的蹴りが炸裂してるところだぜ。それが何もないどころかご機嫌な感じでこっち見てるんだから、もうほとんど不気味なレベルだよなこれ」 「そうですねえ」 シエスタが悩ましげに頬に手を添えたとき、彼女の袖を小さな手がくいくいと引っ張った。 「ねえ、シエスタ」 「は、はい? なんですか、ミス・ヴァリエール」 シエスタが笑顔を取り繕いながら振り向くと、ルイズが無邪気に言った。 「あのね、わたし、シエスタに編み物教えてほしいの」 「あ、編み物……教えてほしいって、わたしにですか!?」 シエスタが目を見開いて自分の顔を指差す。ルイズは「うん」と大きく頷いた。 「シエスタ、とっても上手だから。わたしね、今度はサイトにちゃんとしたのプレゼントしたげるの」 「は、はあ、そうですか」 「あとねえ、お料理と、お掃除と……他にもいっぱい、シエスタに教えてほしいことあるの。だめ?」 「ええと、いえ、だめってことはないですけど」 シエスタがためらいがちに答えると、ルイズの顔が明るく輝いた。 「ありがとう。シエスタ、ちいねえさまみたいに優しいから大好き!」 ルイズがシエスタの胸に顔を埋めるように抱きつく。「はううっ!」と、抱きつかれたシエスタが激しく身悶えした。 「さ、サイトさん!」 「どうしたシエスタ!?」 「どうしましょう、このミス・ヴァリエールものすっごく可愛いんですけど!?」 「安心しろ、俺も同じ気持ちだ!」 「ですよね! なんかこう、守ってあげたくなっちゃいますよね! ああミス・ヴァリエール、わたしも大好きですぅ……」 顔を真っ赤にして相好を崩したシエスタが、ルイズをぎゅっと抱きしめ返す。周囲を通る生徒達が奇異の目線を向けてくるが、その辺に関してはもう諦めることにした。 (しかしまあ、確かに今日のルイズはなんつーか、保護欲をそそられるよな) 普段は高慢に振舞っているルイズだが、外見は非常に可愛らしい美少女である。身長が低い故に美人というよりは可愛いという表現の方が似合うため、こんな風に甘えられたらついつい守ってあげたくなるのは自明の理だ。 (……要するに、普段のこいつは自分の持つポテンシャルを全く理解してないってことなんだよな) やたらと刺々しい態度で人に噛み付きたがる普段の主をしみじみと想像していると、頭上から高らかに鳴り響く鐘の音が降ってきた。 「あ、やべえ。おいルイズ、早く行かないと飯食いそびれちまうぞ」 「そうね。それじゃシエスタ、今夜、編み物教えてね」 「はい、分かりましたミス・ヴァリエール。お気をつけて……あ、慌てて走っちゃダメですよ、転んだら怪我しますからね。悪い人にはついていっちゃダメですよー」 心配そうにはらはらしてこちらを、というよりルイズを見守っているシエスタの声を背中に受けつつ、才人たちは食堂に向かった。 特に問題なく食事を終えて(食事の間、ルイズがたまにじーっと嬉しそうにこちらを見るので非常に落ち着かなかったが)教室に向かっていると、廊下の途中で今度はキュルケに出くわした。相変わらずブラウスの胸元をはだけさせ、今日も爆乳絶好調。ティファニアの革命乳を知った今となっては別段驚くほどではないが、それでもやはり規格外の大きさだ。 「あーらお二人さん、おはよう。サイトが一緒に来るなんて、最近じゃ珍しいわね。なあに、とうとう公衆の面前でいちゃつくような関係になったのかしら?」 キュルケは早速からかい気味に話しかけてきたが、おそらく二人の反応は予想どおりではなかっただろう。才人は主の反応が気になって仕方がなくてそれどころではなかったし、ルイズの方は「えへへ」と頬を染めて幸せそうに微笑んだだけだ。いつもなら「そそそそそ、そんなんじゃないわよバカッ!」だのと怒鳴り散らすところである。 キュルケが眉をひそめた。 「なんか張り合いがないわね。どうしたのこの子、今日は調子でも悪いの?」 「いや、あのな」 「ねえねえキュルケ」 才人が説明しようとしたら、ルイズがなにか興味津々な表情を浮かべて割り込んできた。その視線は、常時激しく自己主張しているキュルケの胸に向けられている。その視線に気付いたためか、彼女は若干気味悪そうな顔をした。 「なによルイズ、人の胸を無遠慮に……」 言いかけてから、意地悪げな笑みを浮かべる。 「さては、自分の胸があまりに哀れなものだから、とうとう羨望と嫉妬の念が抑えられなくなったのね? よくってよよくってよ、あなたの胸ったら本当に、いつまで経ってもお子様だものね」 「うん、そうなの」 「……はい?」 あっけらかんと頷いたルイズに、キュルケがぽかんと間抜けに口を開ける。いつも大抵余裕がある彼女にしては、実に珍しい表情だ。そんなキュルケを見上げながら、ルイズはおもむろに腕を伸ばした。 「あのね、わたし、前からキュルケに聞きたかったの」 言いつつ、キュルケの胸をぷにぷに突きながら首を傾げる。 「どうやったらこんなにおっぱいが大きくなるの?」 才人はぶはっと息を吐き出した。 (そりゃいくらなんでも直球すぎんだろお前!) キュルケはぷにぷにと胸を突かれたまま硬直していたが、やがてこの世の終わりが来たような表情を浮かべて才人の方に顔を向けた。青ざめた褐色の肌に鳥肌が立っている。 「さささささ、サイト。この子どうしちゃったの。頭ぶつけたの? それともあなたがやったの?」 「俺がなんかしてこんなになるかよ。実はな」 才人が手短に説明すると、キュルケは大袈裟にため息をついた。 「モンモランシーも毎度毎度面倒なことばっかりしてくれるわね」 「だよな。まあ、今回は惚れ薬のときほど問題じゃねえけど」 「だからって……っていうかルイズ、いつまでわたしの胸突いてるのあなたは」 「あ、ごめんなさい」 ルイズはあっさり手を引っ込めて、照れたように笑った。 「羨ましくって、つい」 「……ホントに素直ねこの子」 「だって、本当に羨ましいんだもん。キュルケは背が高いし胸も大きいし美人だし、とっても大人っぽいと思うわ」 「あなたにだってあなたなりの魅力があるでしょうに」 あまりに無邪気な発言に毒気を抜かれたのか、キュルケの方も珍しくルイズを褒める。 「でも」 ルイズは唇を尖らせた。 「サイトは大人っぽい女の子の方が好きだもん」 「へーえ?」 キュルケがにやけた笑みを浮かべてこちらを見る。才人は後ろを向いた。明らかに赤い顔をキュルケに見られるのがなんとなく癪だった。背後から話し声が聞こえてくる。 「じゃあ、サイト好みの女になりたいのね、あなたは」 「うん。あのね、ちいねえさまみたいになって、サイトに喜んでもらうの。だからどうやったらおっぱい大きくなるかおせーて」 「そうねえ。好きな人に揉んでもらうのがいいんじゃないかしら」 「そうなんだ」 軽い足音がこちらに近寄ってくる。肘を引かれた。 「ねえねえサイト」 「なんだ」 半ばこの後の展開を予想しながら振り向くと、ルイズは笑顔を浮かべてまっ平らな胸を張った。 「揉んで」 「揉むか!」 思わず怒鳴り返すと、ルイズはしょんぼりと肩を落とした。 「やっぱり小さいのは嫌なのね」 「そういう問題じゃないって……大体、好きな人に揉んでもらうと大きくなるってのは俗説だし… …っつーかキュルケ、今のルイズに変なこと吹き込むな、なんでもかんでもあっさり信じるんだからよ」 顔を背けて笑いを堪えているキュルケに一言警告したあと、才人は悲しそうな顔をしているルイズを見下ろした。ごほん、と一つ咳払い。 「あー、ルイズ。そういうのはな、もっと年を取れば自然に大きくなってくるもんだ……多分」 「そうなの?」 「そうなの。そういうことにしとけ。あとな」 才人は言いかけて、口を噤んだ。ルイズがあどけない表情でこちらを見上げている。彼女の頭に右手を乗せて無理矢理下を向かせ、なんとか声を絞り出す。 「……俺は、お前のなら小さくても好きだ」 「え、なに、サイト。よく聞こえなかった」 「そうか、それは幸いだ。ほら、もう授業始まるから教室入るぞ」 才人が歩き出すと、ルイズも黙ってついてきた。同じく追いついてきたキュルケが、にやにやしながら耳元で囁く。 「顔が真っ赤よ、幸せ者」 「うるせえや」 才人は歩調を速めて顔面を冷やしながら、始業間近で人通りが少なくて本当によかった、と思った。
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素直ルイズ 1 205氏 誰かの吐息がかすかに鼻の頭をくすぐった。才人は小さく呻きながら目を開ける。視界一杯にルイズの笑顔がある。無理なところなど何一つない、実に自然な満面の笑みだ。 (……夢か) ぼんやりとそう判断し、また目をつむる。数秒ほどして跳ね起きた。ベッドの上に四つんばいになり、目を一杯に見開いてルイズを凝視する。横になり、体を毛布にくるんだまま、可笑しそうに笑っている。 「おはよう、サイト」 言いながら、ベッドの上でのんびりと身を起こす。毛布が細い肩を滑り落ちて、ひそやかな音を立てた。唖然としている才人を見て、ルイズは小さく首を傾げる。 「どうしたの、そんなに驚いて」 「いや、どうしたのってお前」 才人はまじまじとルイズを見た。こういうことをすると「なにじろじろ見てんのよ!」と、ちょっと赤い顔をして怒るのがいつもの彼女である。しかし、今はそんな気配は全くなく、ただ優しく目元を緩ませて見返してくるだけだ。 (……ありえねえ) 才人は首を振った。だが夢ではない。間違いなく、目の前にルイズがいて、滅多に見せない笑顔を全開にしてこちらに笑いかけている。 そういうルイズの笑顔を見るのはほとんど初めてのことだ。顔がどんどん熱くなってくる。 (落ち着け、落ち着け俺、平常心だ……!) 必死に言い聞かせる才人とは裏腹に、ルイズはいつもとは比べ物にならないほど、のんびりしている。両腕を真っ直ぐ上げて伸びをしたあと、軽やかにベッドを降りて窓際に立つ。薄らとした日差しが部屋に差し込んできた。 「いいお天気。こんな日は一緒に遠乗りにでも出かけたいわね。ねえ、サイト」 窓枠に両手をかけたまま、ルイズが声を弾ませる。「ああ、そうだな」と頷きながら、才人は考えた。 (シエスタはもう厨房の方に行ってるみたいだから、相談は出来ねえ。となると、俺一人でルイズがこんなになってる原因を考えなくちゃならないわけだな。一番可能性が高いのは……) 少しの間頭を整理して、才人は提案した。 「なあ、ルイズ。今から、ちょっと出かけないか?」 「うん、いいわよ。それで、どこに?」 「モンモンの部屋だ」 着替えたルイズを連れてモンモランシーの部屋の前に立った才人は、全く遠慮せずに扉を叩きまくった。 「おいコラ、出てきやがれモンモン! ネタは上がってんだよ!」 扉はすぐに開き、目をしょぼつかせたモンモランシーが顔を出す。 「なによ、朝っぱらからうるさいわね」 才人とルイズを見て、納得したように頷く。 「ああ、やっぱり来たの」 「やっぱりって、俺らが来るのが予想できてたのかよ」 「そりゃそうよ」 モンモランシーは大きく欠伸をすると、「で」と、セットする前らしく、少し乱れている髪を弄り始めた。 「ルイズ、どんな感じ?」 「どんな感じもなにも……ルイズ、ちょっとモンモンと話してくれ」 普通、ルイズにこんな口調で何かを頼もうものなら、「なによ、使い魔のくせに生意気!」とか文句を言われるところだが、今日のルイズは一味も二味も違う。 「うん、わかった」 素直に頷くと、才人の前に出て柔らかい微笑を浮かべる。 「おはようモンモランシー。あなたの金髪、今日もとってもきれいね。あ、そうだ、この間つけてた香水、とってもいい香りだったから、わたしにも少し分けてもらえないかしら」 モンモランシーが髪を指に絡めたまま硬直した。頬が引きつり、中途半端な笑顔が妙な具合に固まっている。ルイズが不思議そうに目を瞬いた。 「どうしたの、モンモランシー」 「ああいえ、別になんでもないわ。ルイズ、わたしちょっとサイトと話したいことがあるから、あっち行っててもらえる?」 「うん、わかった」 ルイズは素直に頷くとぱたぱた小股に駆けていって、廊下の壁際に立った。内緒話が聞こえない程度の距離を置いたらしい。 モンモランシーが髪を巻くのも忘れて才人を手招きし、声を潜めて話し出した。 「ねえ、朝からあんな感じなの、あの子?」 「そうだよ。なんだよモンモン、お前の仕業だったんじゃないのかよ」 「いや、そうなんだけど」 モンモランシーはちらりと廊下の壁際に目をやる。才人も肩越しに見やると、そこではルイズがにこにこしたまま、機嫌良さそうにこちらを眺めていた。 「実物を見るとね。まさか、あそこまでとは……あの子、薬の効きがいい体質なのかもしれないわね」 「どうでもいいよそんなことは。一体何の薬飲ませたんだよ?」 「んー……素直になる薬、ってところかしら」 「素直に……」 もう一度ちらりと見やると、ルイズもこちらを見返して嬉しそうに微笑んだ。いつもどこか刺々しい彼女に似合わぬ無垢な表情に、才人は少しどきりとしながら視線を戻す。 「……どっちかって言うと、純真っていうか、なんか幼い感じがするが……素直になる薬、だって?」 「ええ、そういう薬だったんだけど……これは予想外だわ」 「お前の予想じゃ、どういう感じになるはずだったんだ?」 「そうね……もっとこう」 モンモランシーが気難しげに親指の爪を噛んだとき、寮の外から鐘の音が響いてきた。 「あ、いけない。そろそろ身支度しなくちゃ」 言いつつ、モンモランシーはそそくさと部屋の中に引っ込もうとする。才人は慌てて止めた。 「おい、説明しろよ」 「悪いけど、あとにしてちょうだい」 「あとに……って、ルイズはどうすんだよ!?」 叫ぶと、モンモランシーは扉を閉め切る寸前で止め、顔だけ出して答えた。 「心配しなくても、前の惚れ薬みたいなことにはならないわよ。常識まで失ってるわけじゃないから」 「でも、こんな風になんでもかんでも人の言うこと聞いてるじゃんか」 「なんでもってわけじゃないはずよ。今のルイズは……そうね、一時的に心を縛るものが極端に少なくなってる状態、って言うか」 「わけ分からん」 「だからあとで説明してあげるって言ってるでしょ。そんなに心配なら、ずっとついててあげればいいでしょ。じゃあね」 モンモランシーは有無を言わさず扉を閉める。おそらくそれ以上呼びかけても出てこないだろうと思い、才人は深々とため息を吐いた。 「サイト、大丈夫?」 心配そうな声に振り向くと、ルイズが眉尻を下げてこちらを見ていた。 「ごめんね、わたしのせいで」 肩を小さくして、心底申し訳なさそうだ。才人は慌ててなだめた。 「いや、そんな落ち込むなよ。別に大したことじゃねえって」 「でも、わたしのせいでいろいろ面倒なことになって……サイトにはいつも助けてもらってばっかりなのに」 ルイズがますます落ち込んでいくので、才人も焦ってしまう。所在無く中途半端に腕を上げ、なんとかルイズを元気付けようとする。 「お前のせいじゃないよ。モンモンが悪いんだって、変な薬作りやがるから」 「でもあれ、わたしが勝手に飲んだの」 「なに?」 才人は目を見張った。ルイズがもう一度繰り返す。 「あのね、昨日モンモランシーが、『素直になる薬』を作ったって言うから、こっそり飲んじゃったの」 「なんでまた」 「素直になりたかったの」 「……そりゃそうだよな、『素直になる薬』だもんな」 つい納得してしまってから、才人は頭を掻き毟った。 (つまりルイズは、そういう薬だって分かった上で飲んだってことか?) そう思ってみれば、多少思い当たることはある。昨日の夜、ルイズがそわそわしながらこちらの様子を窺っていたので、何かおかしいと思っていたのだ。 (あれは、薬が効いて自分が素直になってるのかどうか、気にしてたのか。今になってようやっと効果が現れ始めたんだから、効きが遅い薬なのかもしれねえな) だが、細かく考えている暇はない。もうすぐ朝食の時間だ。廊下の壁に並んでいるドアがいくつか開いて、学生たちがちらほらと姿を見せ始めている。こんなところであーだこーだ言い合っていては、悪目立ちしてしまうだろう。才人は焦りながらルイズの肩に手をかけた。 「とにかくさ、なにも気にすることないって! 俺なんか、今日はお前に殴られずに済みそうだし、かえって喜んでるぐらいなんだぜ!」 言ってしまってから、本人を目の前にしてこんなことを言うのはどうなんだ、と少し後悔する。しかし当のルイズは気を悪くするどころか、嬉しそうに顔を綻ばせた。 「ありがとう、優しいのね。だからサイト、大好き!」 逃げる暇もなくぎゅっと抱きつかれて、才人は硬直する。近くを歩く女生徒たちが、こちらを見て眉をひそめたり、ひそひそと囁きあったりしながら通り過ぎていく。結局悪目立ちしている現状が、今日という一日の困難さを暗示しているようで、才人はまたため息をつきたくなった。 起き出してきた生徒達に混じって食堂に向かう途中、廊下の向こうからシエスタがやって来て、目を丸くした。 「あら、おはようございます。お二人とも今日は早いんですね。今から起こしに行こうと思ってましたのに」 シエスタは基本的に二人よりも早起きだ。朝早くから厨房に出かけて、学生達に出される朝食の準 備を手伝うことが多い。その理由について、彼女はこんな風に言っていた。 「今はサイトさんのお付きですから、そんなことしなくてもいいって皆さん仰るんですけど、朝は絶対早く目が覚めちゃうんですよ……習慣なんでしょうね。それに、朝食のどれかはサイトさんのお口にも入るわけですから、毎朝サイトさんの朝食をご用意してると思えば、特におかしくはないですし」 そうやって朝食の準備を手伝ったあと、頃合を見て厨房を抜け出し、ルイズの部屋に戻って二人を起こしにくるのである。といっても、その時間帯になると大抵二人も起き出して身支度を始めているため、単に朝の挨拶を交わして終わり、となることが多いのだが。 才人は周囲の生徒たちの邪魔にならないように廊下の端に避けながら、「おはよう」とシエスタに挨拶する。シエスタは不思議そうに言った。 「一体どうしたんですか? たまたま早く目が覚めちゃった、とかですか」 「あー、とりあえず、ルイズを見てもらえば大体のことは分かってもらえると思う」 「ミス・ヴァリエールを?」 シエスタが怪訝そうに視線を移す。ルイズは彼女ににっこりと笑いかけた。 「おはようシエスタ、気持ちのいい朝ね」 「は」 ぽかんと口を開けて固まったあと、シエスタは油の切れた人形のように、ぎこちなく首を動かして才人の方を向いた。 「……一体どうしちゃったんですか、ミス・ヴァリエール」 「どうしたもこうしたも」 才人は先程モンモランシーと会話したときのことを、手短に説明した。 シエスタが感嘆したように息をつく。 「素直になる薬、ですかあ。そんなものがあるなんて、魔法って凄いですね」 「まあ、惚れ薬なんてもんがマジで存在するぐらいだから、もうなにがあったって驚きゃしねえけど、よ」 「そうですねえ。驚きはしません、けど」 才人はシエスタと顔を見合わせたあと、ルイズに目を転じる。いつも以上に小さく、可愛らしく見えるこの少女は、二人が自分そっちのけで話し込んでいる様を機嫌良さそうに眺めていた。 「いつもだったら、『ちょっと、二人でなにコソコソ話してんのよ!』とか怒鳴ってるところですよ」 「下手すりゃ金的蹴りが炸裂してるところだぜ。それが何もないどころかご機嫌な感じでこっち見てるんだから、もうほとんど不気味なレベルだよなこれ」 「そうですねえ」 シエスタが悩ましげに頬に手を添えたとき、彼女の袖を小さな手がくいくいと引っ張った。 「ねえ、シエスタ」 「は、はい? なんですか、ミス・ヴァリエール」 シエスタが笑顔を取り繕いながら振り向くと、ルイズが無邪気に言った。 「あのね、わたし、シエスタに編み物教えてほしいの」 「あ、編み物……教えてほしいって、わたしにですか!?」 シエスタが目を見開いて自分の顔を指差す。ルイズは「うん」と大きく頷いた。 「シエスタ、とっても上手だから。わたしね、今度はサイトにちゃんとしたのプレゼントしたげるの」 「は、はあ、そうですか」 「あとねえ、お料理と、お掃除と……他にもいっぱい、シエスタに教えてほしいことあるの。だめ?」 「ええと、いえ、だめってことはないですけど」 シエスタがためらいがちに答えると、ルイズの顔が明るく輝いた。 「ありがとう。シエスタ、ちいねえさまみたいに優しいから大好き!」 ルイズがシエスタの胸に顔を埋めるように抱きつく。「はううっ!」と、抱きつかれたシエスタが激しく身悶えした。 「さ、サイトさん!」 「どうしたシエスタ!?」 「どうしましょう、このミス・ヴァリエールものすっごく可愛いんですけど!?」 「安心しろ、俺も同じ気持ちだ!」 「ですよね! なんかこう、守ってあげたくなっちゃいますよね! ああミス・ヴァリエール、わたしも大好きですぅ……」 顔を真っ赤にして相好を崩したシエスタが、ルイズをぎゅっと抱きしめ返す。周囲を通る生徒達が奇異の目線を向けてくるが、その辺に関してはもう諦めることにした。 (しかしまあ、確かに今日のルイズはなんつーか、保護欲をそそられるよな) 普段は高慢に振舞っているルイズだが、外見は非常に可愛らしい美少女である。身長が低い故に美人というよりは可愛いという表現の方が似合うため、こんな風に甘えられたらついつい守ってあげたくなるのは自明の理だ。 (……要するに、普段のこいつは自分の持つポテンシャルを全く理解してないってことなんだよな) やたらと刺々しい態度で人に噛み付きたがる普段の主をしみじみと想像していると、頭上から高らかに鳴り響く鐘の音が降ってきた。 「あ、やべえ。おいルイズ、早く行かないと飯食いそびれちまうぞ」 「そうね。それじゃシエスタ、今夜、編み物教えてね」 「はい、分かりましたミス・ヴァリエール。お気をつけて……あ、慌てて走っちゃダメですよ、転んだら怪我しますからね。悪い人にはついていっちゃダメですよー」 心配そうにはらはらしてこちらを、というよりルイズを見守っているシエスタの声を背中に受けつつ、才人たちは食堂に向かった。 特に問題なく食事を終えて(食事の間、ルイズがたまにじーっと嬉しそうにこちらを見るので非常に落ち着かなかったが)教室に向かっていると、廊下の途中で今度はキュルケに出くわした。相変わらずブラウスの胸元をはだけさせ、今日も爆乳絶好調。ティファニアの革命乳を知った今となっては別段驚くほどではないが、それでもやはり規格外の大きさだ。 「あーらお二人さん、おはよう。サイトが一緒に来るなんて、最近じゃ珍しいわね。なあに、とうとう公衆の面前でいちゃつくような関係になったのかしら?」 キュルケは早速からかい気味に話しかけてきたが、おそらく二人の反応は予想どおりではなかっただろう。才人は主の反応が気になって仕方がなくてそれどころではなかったし、ルイズの方は「えへへ」と頬を染めて幸せそうに微笑んだだけだ。いつもなら「そそそそそ、そんなんじゃないわよバカッ!」だのと怒鳴り散らすところである。 キュルケが眉をひそめた。 「なんか張り合いがないわね。どうしたのこの子、今日は調子でも悪いの?」 「いや、あのな」 「ねえねえキュルケ」 才人が説明しようとしたら、ルイズがなにか興味津々な表情を浮かべて割り込んできた。その視線は、常時激しく自己主張しているキュルケの胸に向けられている。その視線に気付いたためか、彼女は若干気味悪そうな顔をした。 「なによルイズ、人の胸を無遠慮に……」 言いかけてから、意地悪げな笑みを浮かべる。 「さては、自分の胸があまりに哀れなものだから、とうとう羨望と嫉妬の念が抑えられなくなったのね? よくってよよくってよ、あなたの胸ったら本当に、いつまで経ってもお子様だものね」 「うん、そうなの」 「……はい?」 あっけらかんと頷いたルイズに、キュルケがぽかんと間抜けに口を開ける。いつも大抵余裕がある彼女にしては、実に珍しい表情だ。そんなキュルケを見上げながら、ルイズはおもむろに腕を伸ばした。 「あのね、わたし、前からキュルケに聞きたかったの」 言いつつ、キュルケの胸をぷにぷに突きながら首を傾げる。 「どうやったらこんなにおっぱいが大きくなるの?」 才人はぶはっと息を吐き出した。 (そりゃいくらなんでも直球すぎんだろお前!) キュルケはぷにぷにと胸を突かれたまま硬直していたが、やがてこの世の終わりが来たような表情を浮かべて才人の方に顔を向けた。青ざめた褐色の肌に鳥肌が立っている。 「さささささ、サイト。この子どうしちゃったの。頭ぶつけたの? それともあなたがやったの?」 「俺がなんかしてこんなになるかよ。実はな」 才人が手短に説明すると、キュルケは大袈裟にため息をついた。 「モンモランシーも毎度毎度面倒なことばっかりしてくれるわね」 「だよな。まあ、今回は惚れ薬のときほど問題じゃねえけど」 「だからって……っていうかルイズ、いつまでわたしの胸突いてるのあなたは」 「あ、ごめんなさい」 ルイズはあっさり手を引っ込めて、照れたように笑った。 「羨ましくって、つい」 「……ホントに素直ねこの子」 「だって、本当に羨ましいんだもん。キュルケは背が高いし胸も大きいし美人だし、とっても大人っぽいと思うわ」 「あなたにだってあなたなりの魅力があるでしょうに」 あまりに無邪気な発言に毒気を抜かれたのか、キュルケの方も珍しくルイズを褒める。 「でも」 ルイズは唇を尖らせた。 「サイトは大人っぽい女の子の方が好きだもん」 「へーえ?」 キュルケがにやけた笑みを浮かべてこちらを見る。才人は後ろを向いた。明らかに赤い顔をキュルケに見られるのがなんとなく癪だった。背後から話し声が聞こえてくる。 「じゃあ、サイト好みの女になりたいのね、あなたは」 「うん。あのね、ちいねえさまみたいになって、サイトに喜んでもらうの。だからどうやったらおっぱい大きくなるかおせーて」 「そうねえ。好きな人に揉んでもらうのがいいんじゃないかしら」 「そうなんだ」 軽い足音がこちらに近寄ってくる。肘を引かれた。 「ねえねえサイト」 「なんだ」 半ばこの後の展開を予想しながら振り向くと、ルイズは笑顔を浮かべてまっ平らな胸を張った。 「揉んで」 「揉むか!」 思わず怒鳴り返すと、ルイズはしょんぼりと肩を落とした。 「やっぱり小さいのは嫌なのね」 「そういう問題じゃないって……大体、好きな人に揉んでもらうと大きくなるってのは俗説だし… …っつーかキュルケ、今のルイズに変なこと吹き込むな、なんでもかんでもあっさり信じるんだからよ」 顔を背けて笑いを堪えているキュルケに一言警告したあと、才人は悲しそうな顔をしているルイズを見下ろした。ごほん、と一つ咳払い。 「あー、ルイズ。そういうのはな、もっと年を取れば自然に大きくなってくるもんだ……多分」 「そうなの?」 「そうなの。そういうことにしとけ。あとな」 才人は言いかけて、口を噤んだ。ルイズがあどけない表情でこちらを見上げている。彼女の頭に右手を乗せて無理矢理下を向かせ、なんとか声を絞り出す。 「……俺は、お前のなら小さくても好きだ」 「え、なに、サイト。よく聞こえなかった」 「そうか、それは幸いだ。ほら、もう授業始まるから教室入るぞ」 才人が歩き出すと、ルイズも黙ってついてきた。同じく追いついてきたキュルケが、にやにやしながら耳元で囁く。 「顔が真っ赤よ、幸せ者」 「うるせえや」 才人は歩調を速めて顔面を冷やしながら、始業間近で人通りが少なくて本当によかった、と思った。
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