ゼロの使い魔保管庫
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素直ルイズ 2 205氏 私語厳禁の授業中なら問題ごとは起こるまい、と多少安心していた才人だったが、その考えは甘かった。確かに、ギトー教員が風魔法の何たるかについて講義しているときは、周りもルイズも話に聞き入っていて静かだった。問題が起きたのは、前に歩み出たド・ロレーヌが、ギトーの指示に従って風魔法を披露したときだった。 「ふむ。なかなかいい具合だ」 陰険なギトーが珍しく褒めたためか、ド・ロレーヌが調子に乗り始めたのである。 「いやだなミスタ・ギトー。この程度、ロレーヌの名を背負うわたしにとっては造作もないことですよ。この課題なら、このクラスにいる誰だってこなせるでしょう。もっとも、わたしほど簡単にやってのける者は他にはいないでしょうが」 などと、彼は自分がいかに優秀かということを早口に捲し立てた挙句、「ま、でも」とこちらに向けて嫌味な視線を飛ばしてきた。 「ゼロのルイズだけは別ですがね」 すかさず、周囲に座っていた性悪な生徒達がくすくすと笑い始める。ルイズが虚無系統の魔法を扱えることは未だに秘密なので、こういった事態もまた尽きることはない。才人は額を押さえて天を仰いだ。 (ド・ロレーヌのバカたれめ、なんだってこういうときに限ってルイズを突っつくんだよ) いつものルイズなら、ここで顔を真っ赤にして怒鳴るか唇を噛んで俯くか、もしくは無表情で無視するかのどれかだが、もちろん今日の彼女はそのどれでもない。感心した様子で、にっこり笑ってみせる。 「そうねえ。ロレーヌ家は優秀な風魔法の使い手をたくさん輩出してる名門だし、やっぱりあなたもすごいわねえ」 邪気のない口調だった。得意げかつ嫌味に笑っていたド・ロレーヌが、呆気に取られたように口を半開きにし、周囲でくすくす笑っていた生徒達も皆一様に目を剥いてルイズを見る。そんな注視の中でも、ルイズはにこにこと機嫌良さそうに笑っている。 「……ド・ロレーヌ。いつまで間抜け面で突っ立っているつもりだ。早く座れ」 「あ、ああ、すみませんミスタ・ギトー」 不機嫌そうなギトーに注意されたド・ロレーヌが、慌てた様子で席に戻る。彼の席はここより前方にある。先程のやり取りがまだ信じられないようで、肩越しにおそるおそる振り返って、こちらを見た。ルイズは才人の隣でその視線を受け止め、嬉しそうに微笑み返した。ド・ロレーヌが顔を赤くして前を向き、またちらちらとこちらに目を向けてくる。 ルイズが気になっているのはド・ロレーヌだけではないようで、今や教室中の生徒……特に女生徒たちが、こちらを盗み見ながら隣同士でひそひそ何かを囁き合っている。元々陰険で人気のないギトーの授業中ということもあって、声をひそめた噂話はなかなか止まらないようだ。 「ねえ、ゼロのルイズったら一体どうしたのかしら」 「ド・ロレーヌに色目使っちゃって」 「魔法が使えないから女の武器を鍛えようって考えなんじゃないの?」 「じゃ、あの使い魔の男の子、振られちゃったの? 本人目の前にいるのにあんなことするなんて、かわいそー」 聞きたくもないのに囁き声のいくつかが耳に入ってきて、才人は頭を抱えたくなった。 「ちょっと、ゼロのルイズ」 授業と授業の合間、短い休み時間中に声をかけてきたのは、尊大に腕を組んだ女生徒だった。その視線には冷たい敵意が込められていたが、それを投げつけられた側はきょとんとするばかりである。 「なあに」 不思議そうに目をしばたたくルイズに向かって、その女生徒は頬を引きつらせる。 「ふん、急に無邪気な振りしちゃって……! わざとらしいのよあなた。悪いけどね、ド・ロレーヌはわたしの恋人なの。あなたなんかが入り込む隙間はこれっぽっちもないのよ。お分かり?」 その割にずいぶん必死だな、と才人は思った。この女生徒、それほど悪くない目鼻立ちだが、顔だけは二枚目と言ってもいいド・ロレーヌに比べると、多少見劣りする感がある。文句なく美少女のルイズが自分の恋人を狙っていると勘違いして、かなり危機感を持っているらしい。 (ま、その辺は誤解だし、ほっときゃいいか) とりあえず静観することに決めた才人の前で、ルイズはまたもにこやかに頷いている。 「うん、そうね、あなたとっても素敵な人だもの。ド・ロレーヌも幸せだわ」 女生徒の顔が朱に染まった。 「なによ、わたしを馬鹿にしてるの、あなた!?」 「え、どうして?」 ルイズの声は心底不思議そうだ。よほどのひねくれ者でない限り、そこに邪気を見出すことは出来ないだろう。実際女生徒も怒るに怒れなくなったようで、どことなく苦しげに眉根を寄せたまま黙ってしまった。 そんな女生徒の前で、ルイズは目を輝かせながら立ち上がった。 「そうだ。ねえあなた、前にミセス・シュヴルーズの授業で、銅像作ってたわよね。土魔法で」 「え?」 すぐには思い出せなかったらしく、女生徒は最初怪訝そうにしていたが、やがて「ああ」と素っ気なく頷いた。 「前に一度、そんなことあったような気がするわね。それが、なに?」 「あのときの銅像、凄くよく出来てたから、近くで見たいなあと思ってたの。だけど、そんな暇なかったから。もし良かったら、今見せてくれない?」 身を乗り出すルイズに間近で見つめられて、女生徒は頬を染めたままわずかにあとずさる。無理もないな、と才人は思った。 (今日のルイズ、目をきらきらさせて見つめてくるからなあ。いろんな意味で耐えられんよな女生徒はどう答えていいか分からないらしく、言葉もなく口をわななかせている。ルイズはそれを拒否と受け取ったらしく、残念そうに顔を伏せた。 「だめ?」 「え? あ、いや、だめってわけじゃ……まあ、今は時間がないから無理だけど、後でだったら」 女生徒が慌てて答えると、ルイズはぱっと顔を輝かせ、相手の手をぎゅっと握った。 「ありがとう。あなた、とってもいい人ね」 心底嬉しそうに頬を緩ませるルイズの前で、女生徒は真っ赤な顔をして固まっている。どうやら揉め事は起こらないようだ、と才人は少し安心した。 昼食を終えた昼休みの時間、才人たちはヴェストリの広場の隅っこにいた。少し離れたベンチに先程の女生徒とルイズが座っていて、周りを男女入り混じった多数の生徒が取り巻いている。約束どおり土魔法で作った銅像を見せてもらっているようで、感嘆の声が聞こえてくる。 「やっぱり凄いわねえ。銅像だけど、ここのところは違う金属なの?」 「そうよ。腕輪とか髪飾りとか、装飾の部分は銅より光沢のある金属にした方が見栄えがいいでしょう。まあわたしなりの工夫っていうか、アクセントってやつね」 「そうねえ。こういうのって気をつけないと嫌味になるけど、全然そんなところがないし。それに、こんな細かいところまで細工できるなんて、やっぱり凄いわ。あなたって才能があるのね」 「そんな、褒めるほどのことでもないわよ」 そう言いつつも、声音は得意げだった。女生徒は気を良くしているようだ。「これ、もらっていい?」というルイズの願いにも、「ええそうぞ、大切にしてちょうだいね」と気分よく答えている。 「すげえな、ルイズの奴」 才人がぽつりと呟くと、隣に立っていたギーシュが深く頷いた。 「全くだ。ルイズと話している彼女、いつも刺々しいというか、気難しい性質だからね。あんなに機嫌がよさそうなのを見るのはほとんど初めてだよ」 向こうのベンチを取り巻く人垣の隙間から、楽しそうに話すルイズが見える。今は先程の女生徒ではなく別の生徒と話しているようだ。相手の魔法の扱いなどを褒める声が聞こえてくる。キュルケが感心したように言った。 「あの子、褒めるの上手いわね。おべっかとかお世辞とかじゃなくて、ちゃんと相手の能力に見合った褒め方をしてるもの」 「そうなのか?」 「ええ。相手が『こう褒めてほしい』とか、『ここを評価してほしい』とか思ってるところを、的確に賞賛してる感じ。あの子にあんな能力があったなんてねえ」 意外そうなキュルケの隣で、モンモランシーが目を細める。 「それだけよく他人を見てるってことよ」 「あの雰囲気読めないルイズがか?」 才人が眉をひそめると、モンモランシーは肩をすくめた。 「雰囲気が読めないって言われるのは、相手の感情を察するのが下手だからでしょ。今あの子が褒めてるのは、ほとんど相手の能力に関することだもの。これ、どういうことか分かる?」 「どういうこと、って」 「つまりね、あの子、他人の凄いところばっかりに目が向いてるってことよ。ほら、見て」 モンモランシーが指差す先を見ると、地味な顔立ちの男子生徒に、ルイズが熱心に話しかけているところだった。 「本当よ、あのときわたし、凄いなって思ったんだから」 「いや、僕なんか……ツェルプストーの方が派手だし火勢も強かったし」 その遠慮がちな返答から察するに、どうやら男子生徒は火系統の使い手らしい。ルイズは大きく首を振った。 「ううん。確かにキュルケの方が炎は大きかったかもしれないけど、あなたは小さな炎をいくつも上手に制御していたじゃない。わたしは使えないから実感は出来ないけど、勉強してきたから分かるの。 あんな風に繊細に炎を操るのって、実は物凄く技術が必要なことなんだって」 そう言って、ルイズはそっと男子生徒の手を握った。 「あのときは言えなかったから、今この場で賞賛を送らせてもらうわ。あなたはとても、凄い人よ」 ストレートな褒め言葉に慣れていないのか、男子生徒はほとんど茹蛸状態である。 「わたしは別にそういうことが出来ないんじゃなくて、単にちまちましたのが気に入らないだけなんだけど」 ぼやくように言って、キュルケが面白がるように笑う。 「それにしても、凄いわねあの子。あんな本人すら覚えてないようなこと、よく覚えてるもんだわ」 「だから言ったでしょ。あの子、他人の凄いところは本当によく見てるのよ。下手したら、本人より もずっとよくね」 「なんでだろうな?」 ルイズの観察眼の源が分からず首を傾げる才人に、モンモランシーが複雑な表情で言った。 「多分、あの子の劣等感のせいでしょうね。『みんなは凄いけど、それに比べて自分は……』っていう感情が凄く強いのよ、きっと。自分の欠点ばかり見すぎているから、逆に他人の長所ばかり見すぎ てしまうってことね」 「素直になる薬、か」 才人はため息をつく。 「つまり、今は劣等感とか余計な自尊心とかが綺麗に消えてる状態だから、他人の凄いところを素直に褒められるってことなんだよな」 「そういうことになるわね」 モンモランシーは少し寂しそうに笑った。 「わたし、あの子があの薬を飲んだら、いつも言い返さずに我慢してる分も、全部周りに吐き散らすんじゃないかと思ってた。でも、違ったわね」 「そりゃそうだ」 才人は笑った。 「あいつ、お姉ちゃん子だもんな。本当は甘えたり可愛がられたりするのが似合う奴なんだ、きっと」 ルイズは女生徒の一人に頭を撫でられて、はにかんだ笑みを浮かべていた。 「ねえシエスタ、ここのところは、こんな風でいいの?」 手に持っている編みかけのマフラーを持ち上げながら、ルイズが首を傾げる。シエスタはにっこり笑って、ルイズの頭を優しく撫でた。 「はい、とってもお上手ですわ、ミス・ヴァリエール」 「ありがとう」 ルイズが嬉しそうに笑うのを、才人はベッドの縁に腰掛けながら眺めていた。背中が少しむず痒い。 結局、今日一日、問題らしいことは何も起こらなかった。午後の授業中もそれが終わったあとも、クラスの連中がやたらとルイズを可愛がりたがって、逆に引き剥がすのが大変だったほどだ。 今、夜になって部屋に戻ってきてから、ルイズはシエスタと並んで椅子に腰掛け、約束どおり編み物を教えてもらっている。教え方がいいのかそれとも素直に教えを聞き入れる態度が功を奏しているのか、前のものに比べると格段に出来がいいように見える。 (と言っても、完成はしねえだろうな) ルイズの目蓋が落ちかかっているのを見て、才人は少し残念に思う。モンモランシーの話では、薬の効果が持続するのは一日だけだということだ。 「それに、今日の記憶は残らないらしいの。薬に関する記憶ごと、全部頭から消えちゃうみたい」 「なんでだよ」 「最初に調合したメイジが、そんな風にしたのよ。でも正解だと思うわ。素直に感情を表した自分が、周りに受け入れられていようと、そうでなかろうと……どちらにしろ、心にしこりが残るはずだもの」 モンモランシーは、そんな風にも言っていた。明日になれば、いつも通りの頑ななルイズに戻っているのだろう。 (でもきっと、それでいいんだな) 才人が心の中で呟いたとき、シエスタが労わるようにルイズの背に手をかけた。 「さ、ミス・ヴァリエール。今日はもうこのぐらいにして、続きは明日にしましょう」 「ううん、最後までやる。だって、明日になったらまた……」 頑固に言い張るルイズだが、睡魔には勝てないらしく、こっくりこっくりと舟をこぎ始めている。 才人も苦笑しながら近づいて、彼女の肩に手を置いた。 「シエスタの言うとおりだよ、ルイズ。無理して今日完成させる必要なんかないって。俺はいつまでだって待ってやるからさ。な?」 そう言ってやると、ルイズは少し残念そうに微笑んで、頷いた。 「うん、そうする。今日はもう眠るわ」 「ああ、そうしようぜ」 「ねえサイト」 「うん?」 ルイズは机に編みかけのマフラーを置くと、椅子の上で姿勢を正して才人に向き直った。 「あのね、ありがとう」 「なにがだよ?」 「わたしのことを、守ってくれて。わたし、ずっとサイトに助けてもらってばかりだったのに、お礼言ったことってほとんどなかったから。だから、ありがとう」 真剣な顔で言うルイズを見ていて、才人は不意に気がついた。 「お前、ひょっとしてそれを伝えたいがために、『素直になる薬』を飲んだのか?」 「うん、そう」 ルイズは恥ずかしそうに頬を染めて、少し俯いた。 「いつものわたしだったら、きっと伝えられないと思ったの。だから、モンモランシーが試しに作ってみたって話してくれたとき、これを飲めばって思って」 昨日の夜、そわそわしていたルイズの姿が思い浮かんだ。 「そっか。俺に感謝の言葉を伝えたくて、か」 「そう。わたし、あなたがそばにいてくれて、本当に感謝しているの。キュルケやモンモランシー、それにシエスタと仲良くなれたのだって、全部サイトが来てくれたおかげだもの。あなたはきっと、自分で思ってるよりもたくさんのものを、わたしに与えてくれたわ。だから、ありがとう」 才人は、瞬きもしないルイズとじっと見つめあった。 「そうか。お前が何を考えてたのかは、大体分かったよ。でもな」 首を横に振る。 「今のお前の言葉は、聞かなかったことにしておく」 「どうして」 ルイズが驚き、悲しげに顔を曇らせる。 「わたしがいつも、サイトに酷いことばかりしているから? だから信じてくれないの? でも、わたしは本当に」 「違うよ、そういうんじゃないんだ」 才人は、ルイズの頭にそっと手を置いた。 「お前はさ、多分本当に、俺に感謝してくれてるんだと思う。その気持ちは凄く嬉しい。本当だ。だけどな」 少しかがんで、鳶色の瞳を真正面から覗き込む。 「それは、薬の力なんかなしに、いつも通りのお前に言ってほしいんだよ。お前はきっと、自尊心とか劣等感とかそういうのが邪魔して、素直に思いを伝えられないんだ。それを乗り越えようとして、いつも苦しんでるんだろうな。だからこそ、もっともっと頑張って、自分の力でそれを乗り越えて、俺に……いや、俺たちに、お前の本当の気持ちを伝えてほしいんだ。俺の言ってること、分かるか?」 ルイズは少し考えてから、大きく頷いた。 「うん、分かる」 「そうか。やっぱり偉いよ、お前は」 「ううん、サイトがいてくれるおかげよ。ねえサイト」 ルイズは両手を伸ばして、才人の左手をぎゅっと握った。 「わたし、頑張るから。頑張って頑張って、いつかきっと、ありのままの自分で、サイトにお礼を言えるようになるから。本当に、いつになるのか分からないけど……それまで、待っていてくれる?」 才人は笑った。 「ああ、いつまでだって待ってるさ。そのときが楽しみだよ」 「ありがとう。やっぱりあなたは、いつでもわたしのことを助けてくれるのね。これからもよろしくね」 「こっちこそ」 「うん」 微笑んだルイズの体が、小さく傾ぐ。慌てて支えてやると、彼女ははっとして首を振った。それでも眠気が消えないらしく、眠そうに目をこする。 「ごめんね、なんだかすごく眠たくて」 「薬の副作用かもな。ベッドまで運ぶよ」 才人はルイズの体を抱え上げた。幼い子供のように軽い彼女の体をそっとベッドに横たえ、毛布をかけてやる。 「サイト」 ルイズは薄目を開けて微笑んだ。 「言い忘れてたこと、あったわ。これも忘れてくれていいんだけど」 「なんだ」 「わたしね、サイトのこと大好きよ。みんなのことも」 「そんなことか」 才人は微笑み、ルイズの頬を撫でた。 「知ってるよ。みんなだって、きっと分かってくれたと思うぜ」 「そう、よかった。おやすみなさい」 「ああ、おやすみ」 ルイズは目を閉じ、静かな寝息を立て始めた。 幸せな夢を見ているように穏やかな寝顔を眺めながら、才人はそっと息をつく。 不意に鼻をすすり上げる音が聞こえてきて振り返ると、シエスタが目を潤ませてこちらを見ていた。 「どうした、シエスタ」 「だって、サイトさん」 シエスタが目元を拭いながら言う。 「ミス・ヴァリエールったら、とっても健気なんですもの」 「そうだなあ。こいつがこんなにいい子だとは思ってなかったよ」 しみじみ言うと、シエスタは決意に目を光らせながら、ぐっと拳を握り締めた。 「わたし、決めました。これからは全力でミス・ヴァリエールを応援してあげます。いえ、もちろん恋のライバルであることに変わりはありませんけど」 とりあえず後半は聞き流すことにしておいた。 「そうだな。ま、出来る限り助けになってやってくれよ。本当は俺が頼めることじゃねーんだろうけど」 「はい、もちろんです。必ずやミス・ヴァリエールを素直な女の子に」 意気込みを語ろうとしていたシエスタが、不意に眉をひそめて部屋の入り口の方を見た。 「どうした?」 「いえ、なんだか、外が騒がしいような」 「なに」 言われてみると、確かに聞こえた。扉の向こうから、誰かの泣き声。それも複数だ。 (まさか) 扉を開けてみると、予想通り、部屋の周りに人だかりが出来ていた。みなルイズのクラスメイトたちで、一様にハンカチを目に押し当てたり黙って涙ぐんだり、あるいは近くにいる者と抱き合ってさめざめと泣いていたりする。どうやら盗み聞きしていたらしい。 「なにやってんのお前らは」 「話は聞かせてもらったぞ!」 おいおい泣きながら、ド・ロレーヌが才人の肩を握り締める。 「僕らも協力する! 必ずや彼女を一人前のメイジにしてみせるぞ!」 「そうだ!」 「わたしも協力するわ!」 「僕もだ!」 「クラス全員、一丸となって彼女の力になることを約束しよう」 「あなたも頑張ってね」 「必ずルイズを幸せにしてあげるのよ」 「泣かせたら許さんからな!」 思い思いに才人の肩を叩き手を握り、勝手なことを叫びながら立ち去っていく。 「アホな奴らだなあ」 呆れて頭をかきつつも、なんとなく悪い気はしない才人だった。 これだけの騒ぎの中でも、ルイズは目を覚ます気配すらなく、無邪気な顔で眠っていた。 翌朝目を覚ましたルイズは、妙に目覚めがすっきりしていることに違和感を持った。 (なんでだろう) いつも朝が弱い自分のことを思い返しながら、ベッドの上で身を起こす。すると、なんだかいい匂いが漂ってきた。見ると、机の上にティーカップが乗っていて、そこから湯気が立ち上っている。 (紅茶? なんで?) 疑問に思っていると、机のそばの椅子に座って紅茶を啜っていたいた才人が、明るく声をかけてくる。 「よう、おはようルイズ。今日もいい天気だぜ」 「おはようございますミス・ヴァリエール。目覚めの紅茶はいかがですか?」 既にメイド服を着ているシエスタが、穏やかな声で勧めてくる。二人とも、目元がやけに優しい。その視線に妙な生温かさを感じて、ルイズは頬を引きつらせた。 「なによあんたたち、なに企んでんの?」 「何も企んでなんかいねえよ。なあシエスタ?」 「そうですよミス・ヴァリエール。あ、お体の調子はどうですか? 具合悪くありませんか?」 「別に、なんともないけど」 言いかけて、ルイズは気がついた。机の上に、ティーカップ以外のものが乗っている。ルイズはシエスタを睨みつけた。 「ちょっとシエスタ、いくら同じ部屋で暮らしてるからって、わたしの机に私物を置きっぱなしにしないでよね」 「なんのことです?」 「そのマフラーよ。あんたのでしょ?」 「違いますよ」 シエスタは優しく微笑んだ。 「あれは、昨日の夜ミス・ヴァリエールが一生懸命編まれてたものじゃないですか」 「は、わたしが? でも、ずいぶん出来がいいみたいだし」 「ミス・ヴァリエールの努力の結果じゃないですか」 「あのね、大体昨日のことなんて」 言いかけて、ルイズはふと気がついた。 「って言うか、わたし、昨日のことよく思い出せないんだけど」 才人が勢いよく音を立ててティーカップを置き、焦ったように目をそらした。 「ん。まあ、いいじゃんか。おっと、そろそろ飯の時間だぜ」 「ああ、本当ですね。さあミス・ヴァリエール。お着替えしましょうね」 「なにその赤ん坊に語りかけるような口調」 「いやですわ赤ん坊だなんて。ミス・ヴァリエールみたいな立派なレディに」 「そうそう。ルイズは実に立派な奴だ」 まるで子供を見守るような二人の温かい視線に、ルイズはまた頬を引きつらせたのだった。 おかしなことはその後も続いた。廊下の途中で会ったキュルケに「豊胸の香油」なる怪しいものを渡されたり、モンモランシーに体調のことをしつこく聞かれたり、ギーシュにセンスの悪い首飾りをプレゼントされたり、タバサから「心を開く方法」なる本を押し付けられたり。 極めつけだったのは、授業中の出来事である。 「さて、それではこの石を金属に変えてもらいましょう。誰か、やってくれる方はおりませんか?」 一時限目の担当であるシュヴルーズが教室を見回しながら言ったとき、ルイズはもちろん手を挙げるつもりなどなかった。 (虚無系統の使い手だって分かった今、上手くいく可能性はゼロだもんね。教室を吹っ飛ばして顰蹙買うのも馬鹿らしいし、黙っておきましょう) そう考えていたのだが、何故かド・ロレーヌが張り切って立ち上がり、こちらを指差した。 「はい、ミセス・シュヴルーズ! ここは是非ミス・ヴァリエールにやってもらいましょう!」 「は!? なに言ってんのあんた!?」 「そうだ、ルイズにやってもらおう!」 「ちょ!?」 「ルイズなら適任だ!」 「頑張って、ルイズ!」 「いや、だから!」 「ルイズ!」 「ルイズ!」 「あの、ちょっと待ってってば……!」 本人の抗議を飲み込むような勢いで、教室中から大音声のルイズコールが巻き起こる。それを聞いて呆然としていたシュヴルーズが、不意に目を潤ませながら深く頷いた。 「皆さん、今まで失敗続きのミス・ヴァリエールに、名誉を挽回させてあげたいのね。私、皆さんの友情に大変感動いたしました! さあミス・ヴァリエール、お友だちの期待に応えてあげましょうね」 「ええ!?」 いつの間にやら自分が実演する流れになっている。ルイズは唖然とした。 (ひょっとして、わたしの失敗をみんなで笑って楽しもうって魂胆なんじゃ) しかし、周りから飛んでくるのは祈るような切実な視線ばかりで、そこにはからかいや嘲笑など一切含まれていない。大体にして、教室が爆発するリスクを背負ってまでこちらをからかおうというのは、どう考えても理屈に合わないだろう。 (何が起こってるの一体) 混乱しつつも、ルイズは立ち上がる。階段を下りて教壇に向かう間中、周りから励ますような視線と囁き声が飛んできていた。 「頑張れ」 「しっかりね」 「負けるなよ」 自分はどこにいるんだろうかとぼんやり考えながら、ルイズは教壇に乗った石ころの前に立つ。そしてそのまま固まった。 「どうしたんですか、ミス・ヴァリエール」 「ええと、ミセス・シュヴルーズ」 ルイズは誤魔化すように笑った。 「あの、わたしはやめておいたほうがいいんじゃないかなって。ほら、いつも通り爆発するに決まってるし」 「そんなことはないぞ!」 ド・ロレーヌが机を叩きながら立ち上がり、拳を掲げて叫んだ。いつもルイズを陰で笑っている女生徒も、祈るように手を組んで立ち上がる。 「自信をなくなさないで!」 あまり話したこともない地味な男子生徒が、椅子を蹴って身を乗り出す。 「君は精一杯努力してきたじゃないか!」 「そうだ、今度こそきっとやれるさ!」 「頑張って!」 教室のほぼ全員が総立ちである。キュルケやタバサなど、こちらの事情を知っている者たちは机の陰に引っ込む準備をしているようだったが、それでもこの異様な盛り上がりを抑えようとはしない。 傍らのミセス・シュヴルーズもやけに温かい顔をして頷いているし、どうやら逃げ場はないらしかった。 (ええい、もうどうにでもなれ!) ルイズは目を瞑って杖を取り出した。無駄と知りつつも錬金の魔法を詠唱し、やけっぱちに杖を振り下ろす。 そして奇跡が起きた……ということはもちろんなく、案の定爆発が起こった。石ころが内部から光を放ちながら消し飛び、爆風が教室中をなぎ払う。自身も煤だらけになりながら、ルイズはけほ、と息を吐き出した。 (ほら見なさい。なんだか知らないけど、これであんたたちも分かったでしょ) 内心そんなことを考えながら振り返ると、さっき立っていたメンバーは相変わらずそこに立ったままだった。煤だらけで全身真っ黒になりながら、それでも瞳だけはやけに優しい光を浮かべてルイズを見つめている。ド・ロレーヌが叫んだ。 「くじけるな! 一度や二度の失敗が何だって言うんだ!」 「そうよ、負けちゃだめよ!」 「何度だって挑戦すればいいじゃないか!」 「僕達がついてるぞ!」 「諦めないで!」 教室中から飛んでくる温かい声援に、ルイズは眩暈を感じた。まるで悪夢の中に迷い込んでしまったかのような感覚。しかし、本当の悪夢はこれからだった。 「ああ皆さん、友情というものはなんて尊いものなんでしょう。教師生活数十年、わたしはこれほどの感動を覚えたことはありません」 大仰に両腕を広げながら、シュヴルーズが感極まったように叫ぶ。この妙なテンションに、すっかり飲み込まれてしまったようだ。そんな彼女が振り返り、服の中から何かを取り出した。 「さあミス・ヴァリエール、もう一度挑戦しましょうね」 「はい?」 「大丈夫、石も時間も、まだまだたくさんありますからね」 優しく語りかけながら、取り出した無数の石ころをごろごろと教卓の上に転がす。ルイズは悲鳴を上げそうになった。 結局授業が終わるまでに、ルイズはその日だけで数十回も教室に爆発を巻き起こすことになってしまった。 「もう、いったい何なのよ!」 放課後、ほうほうの体で自室に戻ってきたルイズが、ベッドに身を投げ出しながら叫んだ。今日一日中付きまとっていたであろう生温かい視線に、すっかり疲れ果ててしまったようである。 「なにこれ、なんかの陰謀? それともみんな頭がおかしくなっちゃったの?」 「おいおい、ひどいこと言うなよ。みんな心の底からお前を応援してるんだぜ。気のいい連中じゃないですか」 「それが気持ち悪いって言ってんの!」 ヒステリック気味に怒鳴ったあと、ルイズは爪を噛みながらぶつぶつと呟き始めた。 「おかしい。何かがおかしいわ。きっと昨日何かあったんだわ。大体わたし、昨日のこと全然覚えてないし……あんた、何か隠してるでしょ!?」 唐突に矛先がこちらに向いたが、才人は軽く肩を竦めて受け流した。 「知らねえな。ああでも、昨日一つだけ分かったことがあるな」 「なによ」 唇を尖らせるルイズを見ながら、笑って言ってやる。 「お前が物凄く可愛い奴だってことさ」 「な」 ルイズは絶句した。その顔が見る見る赤くなっていき、唇が何か言いたげにぱくぱくとわななく。 だが結局何もいえないまま、彼女は真っ赤な顔のまま唇を引き結んで、乱暴に毛布を被った。 「もう寝る、今日は寝る!」 「おう、好きなようにしろよ。ホント可愛い奴だなあ、お前は」 「その生温かい声やめなさいよ! わたしが可愛いのはホントだけど!」 ひどく混乱した口調で叫びながら、ルイズがやみくもに枕を投げつけてくる。それを顔で受け止め、 机の上にある編みかけのマフラーを眺めながら、才人は愉快に笑い続けた。
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素直ルイズ 2 205氏 私語厳禁の授業中なら問題ごとは起こるまい、と多少安心していた才人だったが、その考えは甘かった。確かに、ギトー教員が風魔法の何たるかについて講義しているときは、周りもルイズも話に聞き入っていて静かだった。問題が起きたのは、前に歩み出たド・ロレーヌが、ギトーの指示に従って風魔法を披露したときだった。 「ふむ。なかなかいい具合だ」 陰険なギトーが珍しく褒めたためか、ド・ロレーヌが調子に乗り始めたのである。 「いやだなミスタ・ギトー。この程度、ロレーヌの名を背負うわたしにとっては造作もないことですよ。この課題なら、このクラスにいる誰だってこなせるでしょう。もっとも、わたしほど簡単にやってのける者は他にはいないでしょうが」 などと、彼は自分がいかに優秀かということを早口に捲し立てた挙句、「ま、でも」とこちらに向けて嫌味な視線を飛ばしてきた。 「ゼロのルイズだけは別ですがね」 すかさず、周囲に座っていた性悪な生徒達がくすくすと笑い始める。ルイズが虚無系統の魔法を扱えることは未だに秘密なので、こういった事態もまた尽きることはない。才人は額を押さえて天を仰いだ。 (ド・ロレーヌのバカたれめ、なんだってこういうときに限ってルイズを突っつくんだよ) いつものルイズなら、ここで顔を真っ赤にして怒鳴るか唇を噛んで俯くか、もしくは無表情で無視するかのどれかだが、もちろん今日の彼女はそのどれでもない。感心した様子で、にっこり笑ってみせる。 「そうねえ。ロレーヌ家は優秀な風魔法の使い手をたくさん輩出してる名門だし、やっぱりあなたもすごいわねえ」 邪気のない口調だった。得意げかつ嫌味に笑っていたド・ロレーヌが、呆気に取られたように口を半開きにし、周囲でくすくす笑っていた生徒達も皆一様に目を剥いてルイズを見る。そんな注視の中でも、ルイズはにこにこと機嫌良さそうに笑っている。 「……ド・ロレーヌ。いつまで間抜け面で突っ立っているつもりだ。早く座れ」 「あ、ああ、すみませんミスタ・ギトー」 不機嫌そうなギトーに注意されたド・ロレーヌが、慌てた様子で席に戻る。彼の席はここより前方にある。先程のやり取りがまだ信じられないようで、肩越しにおそるおそる振り返って、こちらを見た。ルイズは才人の隣でその視線を受け止め、嬉しそうに微笑み返した。ド・ロレーヌが顔を赤くして前を向き、またちらちらとこちらに目を向けてくる。 ルイズが気になっているのはド・ロレーヌだけではないようで、今や教室中の生徒……特に女生徒たちが、こちらを盗み見ながら隣同士でひそひそ何かを囁き合っている。元々陰険で人気のないギトーの授業中ということもあって、声をひそめた噂話はなかなか止まらないようだ。 「ねえ、ゼロのルイズったら一体どうしたのかしら」 「ド・ロレーヌに色目使っちゃって」 「魔法が使えないから女の武器を鍛えようって考えなんじゃないの?」 「じゃ、あの使い魔の男の子、振られちゃったの? 本人目の前にいるのにあんなことするなんて、かわいそー」 聞きたくもないのに囁き声のいくつかが耳に入ってきて、才人は頭を抱えたくなった。 「ちょっと、ゼロのルイズ」 授業と授業の合間、短い休み時間中に声をかけてきたのは、尊大に腕を組んだ女生徒だった。その視線には冷たい敵意が込められていたが、それを投げつけられた側はきょとんとするばかりである。 「なあに」 不思議そうに目をしばたたくルイズに向かって、その女生徒は頬を引きつらせる。 「ふん、急に無邪気な振りしちゃって……! わざとらしいのよあなた。悪いけどね、ド・ロレーヌはわたしの恋人なの。あなたなんかが入り込む隙間はこれっぽっちもないのよ。お分かり?」 その割にずいぶん必死だな、と才人は思った。この女生徒、それほど悪くない目鼻立ちだが、顔だけは二枚目と言ってもいいド・ロレーヌに比べると、多少見劣りする感がある。文句なく美少女のルイズが自分の恋人を狙っていると勘違いして、かなり危機感を持っているらしい。 (ま、その辺は誤解だし、ほっときゃいいか) とりあえず静観することに決めた才人の前で、ルイズはまたもにこやかに頷いている。 「うん、そうね、あなたとっても素敵な人だもの。ド・ロレーヌも幸せだわ」 女生徒の顔が朱に染まった。 「なによ、わたしを馬鹿にしてるの、あなた!?」 「え、どうして?」 ルイズの声は心底不思議そうだ。よほどのひねくれ者でない限り、そこに邪気を見出すことは出来ないだろう。実際女生徒も怒るに怒れなくなったようで、どことなく苦しげに眉根を寄せたまま黙ってしまった。 そんな女生徒の前で、ルイズは目を輝かせながら立ち上がった。 「そうだ。ねえあなた、前にミセス・シュヴルーズの授業で、銅像作ってたわよね。土魔法で」 「え?」 すぐには思い出せなかったらしく、女生徒は最初怪訝そうにしていたが、やがて「ああ」と素っ気なく頷いた。 「前に一度、そんなことあったような気がするわね。それが、なに?」 「あのときの銅像、凄くよく出来てたから、近くで見たいなあと思ってたの。だけど、そんな暇なかったから。もし良かったら、今見せてくれない?」 身を乗り出すルイズに間近で見つめられて、女生徒は頬を染めたままわずかにあとずさる。無理もないな、と才人は思った。 (今日のルイズ、目をきらきらさせて見つめてくるからなあ。いろんな意味で耐えられんよな女生徒はどう答えていいか分からないらしく、言葉もなく口をわななかせている。ルイズはそれを拒否と受け取ったらしく、残念そうに顔を伏せた。 「だめ?」 「え? あ、いや、だめってわけじゃ……まあ、今は時間がないから無理だけど、後でだったら」 女生徒が慌てて答えると、ルイズはぱっと顔を輝かせ、相手の手をぎゅっと握った。 「ありがとう。あなた、とってもいい人ね」 心底嬉しそうに頬を緩ませるルイズの前で、女生徒は真っ赤な顔をして固まっている。どうやら揉め事は起こらないようだ、と才人は少し安心した。 昼食を終えた昼休みの時間、才人たちはヴェストリの広場の隅っこにいた。少し離れたベンチに先程の女生徒とルイズが座っていて、周りを男女入り混じった多数の生徒が取り巻いている。約束どおり土魔法で作った銅像を見せてもらっているようで、感嘆の声が聞こえてくる。 「やっぱり凄いわねえ。銅像だけど、ここのところは違う金属なの?」 「そうよ。腕輪とか髪飾りとか、装飾の部分は銅より光沢のある金属にした方が見栄えがいいでしょう。まあわたしなりの工夫っていうか、アクセントってやつね」 「そうねえ。こういうのって気をつけないと嫌味になるけど、全然そんなところがないし。それに、こんな細かいところまで細工できるなんて、やっぱり凄いわ。あなたって才能があるのね」 「そんな、褒めるほどのことでもないわよ」 そう言いつつも、声音は得意げだった。女生徒は気を良くしているようだ。「これ、もらっていい?」というルイズの願いにも、「ええそうぞ、大切にしてちょうだいね」と気分よく答えている。 「すげえな、ルイズの奴」 才人がぽつりと呟くと、隣に立っていたギーシュが深く頷いた。 「全くだ。ルイズと話している彼女、いつも刺々しいというか、気難しい性質だからね。あんなに機嫌がよさそうなのを見るのはほとんど初めてだよ」 向こうのベンチを取り巻く人垣の隙間から、楽しそうに話すルイズが見える。今は先程の女生徒ではなく別の生徒と話しているようだ。相手の魔法の扱いなどを褒める声が聞こえてくる。キュルケが感心したように言った。 「あの子、褒めるの上手いわね。おべっかとかお世辞とかじゃなくて、ちゃんと相手の能力に見合った褒め方をしてるもの」 「そうなのか?」 「ええ。相手が『こう褒めてほしい』とか、『ここを評価してほしい』とか思ってるところを、的確に賞賛してる感じ。あの子にあんな能力があったなんてねえ」 意外そうなキュルケの隣で、モンモランシーが目を細める。 「それだけよく他人を見てるってことよ」 「あの雰囲気読めないルイズがか?」 才人が眉をひそめると、モンモランシーは肩をすくめた。 「雰囲気が読めないって言われるのは、相手の感情を察するのが下手だからでしょ。今あの子が褒めてるのは、ほとんど相手の能力に関することだもの。これ、どういうことか分かる?」 「どういうこと、って」 「つまりね、あの子、他人の凄いところばっかりに目が向いてるってことよ。ほら、見て」 モンモランシーが指差す先を見ると、地味な顔立ちの男子生徒に、ルイズが熱心に話しかけているところだった。 「本当よ、あのときわたし、凄いなって思ったんだから」 「いや、僕なんか……ツェルプストーの方が派手だし火勢も強かったし」 その遠慮がちな返答から察するに、どうやら男子生徒は火系統の使い手らしい。ルイズは大きく首を振った。 「ううん。確かにキュルケの方が炎は大きかったかもしれないけど、あなたは小さな炎をいくつも上手に制御していたじゃない。わたしは使えないから実感は出来ないけど、勉強してきたから分かるの。 あんな風に繊細に炎を操るのって、実は物凄く技術が必要なことなんだって」 そう言って、ルイズはそっと男子生徒の手を握った。 「あのときは言えなかったから、今この場で賞賛を送らせてもらうわ。あなたはとても、凄い人よ」 ストレートな褒め言葉に慣れていないのか、男子生徒はほとんど茹蛸状態である。 「わたしは別にそういうことが出来ないんじゃなくて、単にちまちましたのが気に入らないだけなんだけど」 ぼやくように言って、キュルケが面白がるように笑う。 「それにしても、凄いわねあの子。あんな本人すら覚えてないようなこと、よく覚えてるもんだわ」 「だから言ったでしょ。あの子、他人の凄いところは本当によく見てるのよ。下手したら、本人より もずっとよくね」 「なんでだろうな?」 ルイズの観察眼の源が分からず首を傾げる才人に、モンモランシーが複雑な表情で言った。 「多分、あの子の劣等感のせいでしょうね。『みんなは凄いけど、それに比べて自分は……』っていう感情が凄く強いのよ、きっと。自分の欠点ばかり見すぎているから、逆に他人の長所ばかり見すぎ てしまうってことね」 「素直になる薬、か」 才人はため息をつく。 「つまり、今は劣等感とか余計な自尊心とかが綺麗に消えてる状態だから、他人の凄いところを素直に褒められるってことなんだよな」 「そういうことになるわね」 モンモランシーは少し寂しそうに笑った。 「わたし、あの子があの薬を飲んだら、いつも言い返さずに我慢してる分も、全部周りに吐き散らすんじゃないかと思ってた。でも、違ったわね」 「そりゃそうだ」 才人は笑った。 「あいつ、お姉ちゃん子だもんな。本当は甘えたり可愛がられたりするのが似合う奴なんだ、きっと」 ルイズは女生徒の一人に頭を撫でられて、はにかんだ笑みを浮かべていた。 「ねえシエスタ、ここのところは、こんな風でいいの?」 手に持っている編みかけのマフラーを持ち上げながら、ルイズが首を傾げる。シエスタはにっこり笑って、ルイズの頭を優しく撫でた。 「はい、とってもお上手ですわ、ミス・ヴァリエール」 「ありがとう」 ルイズが嬉しそうに笑うのを、才人はベッドの縁に腰掛けながら眺めていた。背中が少しむず痒い。 結局、今日一日、問題らしいことは何も起こらなかった。午後の授業中もそれが終わったあとも、クラスの連中がやたらとルイズを可愛がりたがって、逆に引き剥がすのが大変だったほどだ。 今、夜になって部屋に戻ってきてから、ルイズはシエスタと並んで椅子に腰掛け、約束どおり編み物を教えてもらっている。教え方がいいのかそれとも素直に教えを聞き入れる態度が功を奏しているのか、前のものに比べると格段に出来がいいように見える。 (と言っても、完成はしねえだろうな) ルイズの目蓋が落ちかかっているのを見て、才人は少し残念に思う。モンモランシーの話では、薬の効果が持続するのは一日だけだということだ。 「それに、今日の記憶は残らないらしいの。薬に関する記憶ごと、全部頭から消えちゃうみたい」 「なんでだよ」 「最初に調合したメイジが、そんな風にしたのよ。でも正解だと思うわ。素直に感情を表した自分が、周りに受け入れられていようと、そうでなかろうと……どちらにしろ、心にしこりが残るはずだもの」 モンモランシーは、そんな風にも言っていた。明日になれば、いつも通りの頑ななルイズに戻っているのだろう。 (でもきっと、それでいいんだな) 才人が心の中で呟いたとき、シエスタが労わるようにルイズの背に手をかけた。 「さ、ミス・ヴァリエール。今日はもうこのぐらいにして、続きは明日にしましょう」 「ううん、最後までやる。だって、明日になったらまた……」 頑固に言い張るルイズだが、睡魔には勝てないらしく、こっくりこっくりと舟をこぎ始めている。 才人も苦笑しながら近づいて、彼女の肩に手を置いた。 「シエスタの言うとおりだよ、ルイズ。無理して今日完成させる必要なんかないって。俺はいつまでだって待ってやるからさ。な?」 そう言ってやると、ルイズは少し残念そうに微笑んで、頷いた。 「うん、そうする。今日はもう眠るわ」 「ああ、そうしようぜ」 「ねえサイト」 「うん?」 ルイズは机に編みかけのマフラーを置くと、椅子の上で姿勢を正して才人に向き直った。 「あのね、ありがとう」 「なにがだよ?」 「わたしのことを、守ってくれて。わたし、ずっとサイトに助けてもらってばかりだったのに、お礼言ったことってほとんどなかったから。だから、ありがとう」 真剣な顔で言うルイズを見ていて、才人は不意に気がついた。 「お前、ひょっとしてそれを伝えたいがために、『素直になる薬』を飲んだのか?」 「うん、そう」 ルイズは恥ずかしそうに頬を染めて、少し俯いた。 「いつものわたしだったら、きっと伝えられないと思ったの。だから、モンモランシーが試しに作ってみたって話してくれたとき、これを飲めばって思って」 昨日の夜、そわそわしていたルイズの姿が思い浮かんだ。 「そっか。俺に感謝の言葉を伝えたくて、か」 「そう。わたし、あなたがそばにいてくれて、本当に感謝しているの。キュルケやモンモランシー、それにシエスタと仲良くなれたのだって、全部サイトが来てくれたおかげだもの。あなたはきっと、自分で思ってるよりもたくさんのものを、わたしに与えてくれたわ。だから、ありがとう」 才人は、瞬きもしないルイズとじっと見つめあった。 「そうか。お前が何を考えてたのかは、大体分かったよ。でもな」 首を横に振る。 「今のお前の言葉は、聞かなかったことにしておく」 「どうして」 ルイズが驚き、悲しげに顔を曇らせる。 「わたしがいつも、サイトに酷いことばかりしているから? だから信じてくれないの? でも、わたしは本当に」 「違うよ、そういうんじゃないんだ」 才人は、ルイズの頭にそっと手を置いた。 「お前はさ、多分本当に、俺に感謝してくれてるんだと思う。その気持ちは凄く嬉しい。本当だ。だけどな」 少しかがんで、鳶色の瞳を真正面から覗き込む。 「それは、薬の力なんかなしに、いつも通りのお前に言ってほしいんだよ。お前はきっと、自尊心とか劣等感とかそういうのが邪魔して、素直に思いを伝えられないんだ。それを乗り越えようとして、いつも苦しんでるんだろうな。だからこそ、もっともっと頑張って、自分の力でそれを乗り越えて、俺に……いや、俺たちに、お前の本当の気持ちを伝えてほしいんだ。俺の言ってること、分かるか?」 ルイズは少し考えてから、大きく頷いた。 「うん、分かる」 「そうか。やっぱり偉いよ、お前は」 「ううん、サイトがいてくれるおかげよ。ねえサイト」 ルイズは両手を伸ばして、才人の左手をぎゅっと握った。 「わたし、頑張るから。頑張って頑張って、いつかきっと、ありのままの自分で、サイトにお礼を言えるようになるから。本当に、いつになるのか分からないけど……それまで、待っていてくれる?」 才人は笑った。 「ああ、いつまでだって待ってるさ。そのときが楽しみだよ」 「ありがとう。やっぱりあなたは、いつでもわたしのことを助けてくれるのね。これからもよろしくね」 「こっちこそ」 「うん」 微笑んだルイズの体が、小さく傾ぐ。慌てて支えてやると、彼女ははっとして首を振った。それでも眠気が消えないらしく、眠そうに目をこする。 「ごめんね、なんだかすごく眠たくて」 「薬の副作用かもな。ベッドまで運ぶよ」 才人はルイズの体を抱え上げた。幼い子供のように軽い彼女の体をそっとベッドに横たえ、毛布をかけてやる。 「サイト」 ルイズは薄目を開けて微笑んだ。 「言い忘れてたこと、あったわ。これも忘れてくれていいんだけど」 「なんだ」 「わたしね、サイトのこと大好きよ。みんなのことも」 「そんなことか」 才人は微笑み、ルイズの頬を撫でた。 「知ってるよ。みんなだって、きっと分かってくれたと思うぜ」 「そう、よかった。おやすみなさい」 「ああ、おやすみ」 ルイズは目を閉じ、静かな寝息を立て始めた。 幸せな夢を見ているように穏やかな寝顔を眺めながら、才人はそっと息をつく。 不意に鼻をすすり上げる音が聞こえてきて振り返ると、シエスタが目を潤ませてこちらを見ていた。 「どうした、シエスタ」 「だって、サイトさん」 シエスタが目元を拭いながら言う。 「ミス・ヴァリエールったら、とっても健気なんですもの」 「そうだなあ。こいつがこんなにいい子だとは思ってなかったよ」 しみじみ言うと、シエスタは決意に目を光らせながら、ぐっと拳を握り締めた。 「わたし、決めました。これからは全力でミス・ヴァリエールを応援してあげます。いえ、もちろん恋のライバルであることに変わりはありませんけど」 とりあえず後半は聞き流すことにしておいた。 「そうだな。ま、出来る限り助けになってやってくれよ。本当は俺が頼めることじゃねーんだろうけど」 「はい、もちろんです。必ずやミス・ヴァリエールを素直な女の子に」 意気込みを語ろうとしていたシエスタが、不意に眉をひそめて部屋の入り口の方を見た。 「どうした?」 「いえ、なんだか、外が騒がしいような」 「なに」 言われてみると、確かに聞こえた。扉の向こうから、誰かの泣き声。それも複数だ。 (まさか) 扉を開けてみると、予想通り、部屋の周りに人だかりが出来ていた。みなルイズのクラスメイトたちで、一様にハンカチを目に押し当てたり黙って涙ぐんだり、あるいは近くにいる者と抱き合ってさめざめと泣いていたりする。どうやら盗み聞きしていたらしい。 「なにやってんのお前らは」 「話は聞かせてもらったぞ!」 おいおい泣きながら、ド・ロレーヌが才人の肩を握り締める。 「僕らも協力する! 必ずや彼女を一人前のメイジにしてみせるぞ!」 「そうだ!」 「わたしも協力するわ!」 「僕もだ!」 「クラス全員、一丸となって彼女の力になることを約束しよう」 「あなたも頑張ってね」 「必ずルイズを幸せにしてあげるのよ」 「泣かせたら許さんからな!」 思い思いに才人の肩を叩き手を握り、勝手なことを叫びながら立ち去っていく。 「アホな奴らだなあ」 呆れて頭をかきつつも、なんとなく悪い気はしない才人だった。 これだけの騒ぎの中でも、ルイズは目を覚ます気配すらなく、無邪気な顔で眠っていた。 翌朝目を覚ましたルイズは、妙に目覚めがすっきりしていることに違和感を持った。 (なんでだろう) いつも朝が弱い自分のことを思い返しながら、ベッドの上で身を起こす。すると、なんだかいい匂いが漂ってきた。見ると、机の上にティーカップが乗っていて、そこから湯気が立ち上っている。 (紅茶? なんで?) 疑問に思っていると、机のそばの椅子に座って紅茶を啜っていたいた才人が、明るく声をかけてくる。 「よう、おはようルイズ。今日もいい天気だぜ」 「おはようございますミス・ヴァリエール。目覚めの紅茶はいかがですか?」 既にメイド服を着ているシエスタが、穏やかな声で勧めてくる。二人とも、目元がやけに優しい。その視線に妙な生温かさを感じて、ルイズは頬を引きつらせた。 「なによあんたたち、なに企んでんの?」 「何も企んでなんかいねえよ。なあシエスタ?」 「そうですよミス・ヴァリエール。あ、お体の調子はどうですか? 具合悪くありませんか?」 「別に、なんともないけど」 言いかけて、ルイズは気がついた。机の上に、ティーカップ以外のものが乗っている。ルイズはシエスタを睨みつけた。 「ちょっとシエスタ、いくら同じ部屋で暮らしてるからって、わたしの机に私物を置きっぱなしにしないでよね」 「なんのことです?」 「そのマフラーよ。あんたのでしょ?」 「違いますよ」 シエスタは優しく微笑んだ。 「あれは、昨日の夜ミス・ヴァリエールが一生懸命編まれてたものじゃないですか」 「は、わたしが? でも、ずいぶん出来がいいみたいだし」 「ミス・ヴァリエールの努力の結果じゃないですか」 「あのね、大体昨日のことなんて」 言いかけて、ルイズはふと気がついた。 「って言うか、わたし、昨日のことよく思い出せないんだけど」 才人が勢いよく音を立ててティーカップを置き、焦ったように目をそらした。 「ん。まあ、いいじゃんか。おっと、そろそろ飯の時間だぜ」 「ああ、本当ですね。さあミス・ヴァリエール。お着替えしましょうね」 「なにその赤ん坊に語りかけるような口調」 「いやですわ赤ん坊だなんて。ミス・ヴァリエールみたいな立派なレディに」 「そうそう。ルイズは実に立派な奴だ」 まるで子供を見守るような二人の温かい視線に、ルイズはまた頬を引きつらせたのだった。 おかしなことはその後も続いた。廊下の途中で会ったキュルケに「豊胸の香油」なる怪しいものを渡されたり、モンモランシーに体調のことをしつこく聞かれたり、ギーシュにセンスの悪い首飾りをプレゼントされたり、タバサから「心を開く方法」なる本を押し付けられたり。 極めつけだったのは、授業中の出来事である。 「さて、それではこの石を金属に変えてもらいましょう。誰か、やってくれる方はおりませんか?」 一時限目の担当であるシュヴルーズが教室を見回しながら言ったとき、ルイズはもちろん手を挙げるつもりなどなかった。 (虚無系統の使い手だって分かった今、上手くいく可能性はゼロだもんね。教室を吹っ飛ばして顰蹙買うのも馬鹿らしいし、黙っておきましょう) そう考えていたのだが、何故かド・ロレーヌが張り切って立ち上がり、こちらを指差した。 「はい、ミセス・シュヴルーズ! ここは是非ミス・ヴァリエールにやってもらいましょう!」 「は!? なに言ってんのあんた!?」 「そうだ、ルイズにやってもらおう!」 「ちょ!?」 「ルイズなら適任だ!」 「頑張って、ルイズ!」 「いや、だから!」 「ルイズ!」 「ルイズ!」 「あの、ちょっと待ってってば……!」 本人の抗議を飲み込むような勢いで、教室中から大音声のルイズコールが巻き起こる。それを聞いて呆然としていたシュヴルーズが、不意に目を潤ませながら深く頷いた。 「皆さん、今まで失敗続きのミス・ヴァリエールに、名誉を挽回させてあげたいのね。私、皆さんの友情に大変感動いたしました! さあミス・ヴァリエール、お友だちの期待に応えてあげましょうね」 「ええ!?」 いつの間にやら自分が実演する流れになっている。ルイズは唖然とした。 (ひょっとして、わたしの失敗をみんなで笑って楽しもうって魂胆なんじゃ) しかし、周りから飛んでくるのは祈るような切実な視線ばかりで、そこにはからかいや嘲笑など一切含まれていない。大体にして、教室が爆発するリスクを背負ってまでこちらをからかおうというのは、どう考えても理屈に合わないだろう。 (何が起こってるの一体) 混乱しつつも、ルイズは立ち上がる。階段を下りて教壇に向かう間中、周りから励ますような視線と囁き声が飛んできていた。 「頑張れ」 「しっかりね」 「負けるなよ」 自分はどこにいるんだろうかとぼんやり考えながら、ルイズは教壇に乗った石ころの前に立つ。そしてそのまま固まった。 「どうしたんですか、ミス・ヴァリエール」 「ええと、ミセス・シュヴルーズ」 ルイズは誤魔化すように笑った。 「あの、わたしはやめておいたほうがいいんじゃないかなって。ほら、いつも通り爆発するに決まってるし」 「そんなことはないぞ!」 ド・ロレーヌが机を叩きながら立ち上がり、拳を掲げて叫んだ。いつもルイズを陰で笑っている女生徒も、祈るように手を組んで立ち上がる。 「自信をなくなさないで!」 あまり話したこともない地味な男子生徒が、椅子を蹴って身を乗り出す。 「君は精一杯努力してきたじゃないか!」 「そうだ、今度こそきっとやれるさ!」 「頑張って!」 教室のほぼ全員が総立ちである。キュルケやタバサなど、こちらの事情を知っている者たちは机の陰に引っ込む準備をしているようだったが、それでもこの異様な盛り上がりを抑えようとはしない。 傍らのミセス・シュヴルーズもやけに温かい顔をして頷いているし、どうやら逃げ場はないらしかった。 (ええい、もうどうにでもなれ!) ルイズは目を瞑って杖を取り出した。無駄と知りつつも錬金の魔法を詠唱し、やけっぱちに杖を振り下ろす。 そして奇跡が起きた……ということはもちろんなく、案の定爆発が起こった。石ころが内部から光を放ちながら消し飛び、爆風が教室中をなぎ払う。自身も煤だらけになりながら、ルイズはけほ、と息を吐き出した。 (ほら見なさい。なんだか知らないけど、これであんたたちも分かったでしょ) 内心そんなことを考えながら振り返ると、さっき立っていたメンバーは相変わらずそこに立ったままだった。煤だらけで全身真っ黒になりながら、それでも瞳だけはやけに優しい光を浮かべてルイズを見つめている。ド・ロレーヌが叫んだ。 「くじけるな! 一度や二度の失敗が何だって言うんだ!」 「そうよ、負けちゃだめよ!」 「何度だって挑戦すればいいじゃないか!」 「僕達がついてるぞ!」 「諦めないで!」 教室中から飛んでくる温かい声援に、ルイズは眩暈を感じた。まるで悪夢の中に迷い込んでしまったかのような感覚。しかし、本当の悪夢はこれからだった。 「ああ皆さん、友情というものはなんて尊いものなんでしょう。教師生活数十年、わたしはこれほどの感動を覚えたことはありません」 大仰に両腕を広げながら、シュヴルーズが感極まったように叫ぶ。この妙なテンションに、すっかり飲み込まれてしまったようだ。そんな彼女が振り返り、服の中から何かを取り出した。 「さあミス・ヴァリエール、もう一度挑戦しましょうね」 「はい?」 「大丈夫、石も時間も、まだまだたくさんありますからね」 優しく語りかけながら、取り出した無数の石ころをごろごろと教卓の上に転がす。ルイズは悲鳴を上げそうになった。 結局授業が終わるまでに、ルイズはその日だけで数十回も教室に爆発を巻き起こすことになってしまった。 「もう、いったい何なのよ!」 放課後、ほうほうの体で自室に戻ってきたルイズが、ベッドに身を投げ出しながら叫んだ。今日一日中付きまとっていたであろう生温かい視線に、すっかり疲れ果ててしまったようである。 「なにこれ、なんかの陰謀? それともみんな頭がおかしくなっちゃったの?」 「おいおい、ひどいこと言うなよ。みんな心の底からお前を応援してるんだぜ。気のいい連中じゃないですか」 「それが気持ち悪いって言ってんの!」 ヒステリック気味に怒鳴ったあと、ルイズは爪を噛みながらぶつぶつと呟き始めた。 「おかしい。何かがおかしいわ。きっと昨日何かあったんだわ。大体わたし、昨日のこと全然覚えてないし……あんた、何か隠してるでしょ!?」 唐突に矛先がこちらに向いたが、才人は軽く肩を竦めて受け流した。 「知らねえな。ああでも、昨日一つだけ分かったことがあるな」 「なによ」 唇を尖らせるルイズを見ながら、笑って言ってやる。 「お前が物凄く可愛い奴だってことさ」 「な」 ルイズは絶句した。その顔が見る見る赤くなっていき、唇が何か言いたげにぱくぱくとわななく。 だが結局何もいえないまま、彼女は真っ赤な顔のまま唇を引き結んで、乱暴に毛布を被った。 「もう寝る、今日は寝る!」 「おう、好きなようにしろよ。ホント可愛い奴だなあ、お前は」 「その生温かい声やめなさいよ! わたしが可愛いのはホントだけど!」 ひどく混乱した口調で叫びながら、ルイズがやみくもに枕を投げつけてくる。それを顔で受け止め、 机の上にある編みかけのマフラーを眺めながら、才人は愉快に笑い続けた。
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