ゼロの使い魔保管庫
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母として 2 せんたいさん #br 「え?何?なんでサイトだけなの?」 「そうですわお母様、その平民一人ではロクに用事もできませんわ! だから私が監視役として一緒に」 「姉さまーっ!何なのよそのミエミエのこじつけはーっ!」 「何がこじつけよっ!私がついて行けば万事うまくいくじゃない!」 「ナニを上手くするつもりなんだか!と・に・か・く!人の婚約者に手ぇださないでっ!」 「あによ!」 「なんなのよ!」 「まあまあ二人とも落ち着いて。ココは間を取ってこの私が」 「「騙されるかッ!」」 「…ちっ」 そんな三姉妹のやり取りの後、結局才人はカリーヌに命じられ、単身、王都へ使いに出たのであった。 カリーヌの古い友人に、借りていた壷を返して欲しい、という。 場所は王都の中心から少し外れた繁華街のはずれ。 その話を聞いた三姉妹は、もちろん誰が一緒に行くかで大いにもめたのだが。 カリーヌはあくまで、才人一人に行かせる、と言い切った。 「そんなお母様!このバカ犬一人じゃ、絶対迷います!」 「そうよ、平民ふぜいがちゃんと行けるとは思えませんわ! だから私が一緒に行って手取り足取り」 「だーかーらー!サイトは私のなんだってば!」 「あによ!」 「なんなのよ!」 「それじゃあ、私がこっそり見守るという事で」 「「抜け駆けすんなッ!」」 「…ちっ」 結局カリーヌの鶴の一声で才人は一人で使いに出された。 ちなみに三姉妹はこっそりついて行かない様に、別室に三人まとめて監禁された。 互いに互いを牽制しあっているので、特に監視はつけられていなかったが。 そうして才人は、単身王都へやってきた。 「ったく、一人でお遣いくらいできるっての」 三人が自分が迷うと思い込んでいると勘違いした才人はそう文句を言う。 やはり伝説級に鈍いこの男。 才人は衛視所に顔を出し、騎士の証を見せて、目的地までの道のりを衛視から聞き出す。 この東の端の衛視所からそう遠くない。 才人は衛視所に馬を預けると、徒歩でそこへ向かう事にした。 才人は木箱に入れられた壷を落とさないように、慎重に目的地へと向かう。 「まあ急ぐ用事でもないし。ゆっくり行くか」 そんな事を言いながら町の喧騒を楽しみつつ、目的地へ向かっていると。 「!!ああっと!!足が滑ったぁ!」 路地裏から、小さな女の子が突然、そんな事を叫びながら物凄い勢いでスライディングをかましてきた。 年のころなら12、3。さらさらの桃色がかったブロンドをショートに刈り込んでいる。黒いベストと白いシャツ、黒いスカートにベージュのブーツ。そのどれもが高価そうな布地だった。 貴族の子女だろうか。しかしそんなことはともかく。 「何すんだよ!危ないな!」 才人は盗塁王もかくやと言わんばかりのスライディングをとっさに避け、壷の入った木箱を守り抜いていた。 少女は悪びれたふうもなく、スカートについた土ぼこりをぱんぱんと払いながら立ち上がった。 …なかなかやるな。反射神経は合格点だ。 少女は、才人を振り返る。当然、彼は怒った顔をしている。 それを見た少女顔がぐにゃりと歪む。 才人が危険を感じた時には遅かった。 「ふぇ…ふぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇ!!」 いきなり少女は泣き出した。 「お、おい、何だよいきなり…」 大通りではないとはいえ、昼間の、しかも往来の真ん中である。 泣き出した少女の目の前にいる男に、通りすがる人々の冷たい視線が突き刺さる。 『何あの男、あんな小さい子を泣かして』『感じわるぅ』『痴情のもつれ?』『変態?ロリコンかしら』 冷えた視線が矢襖となって、才人に降り注ぐ。 はっきり言って空気が悪い。 「な、な、泣き止めよ。もう怒ってないからさ」 さすがにこうなっては分が悪い。 才人は壷の入った箱を地面に置いて、少女の前に膝を立てて少女を覗き込む。 「ほんとう…?」 軽く握られた拳の間から、泣きはらした少女の顔が覗く。 その顔は、いつかどこかで見た泣き顔に似ていた。 …まあ、優しさはこんなものか。さて、ここからが本番だ。 「ああ、怒ってないよもう。だから泣き止んで」 笑顔でそう優しく囁いた才人だったが。 「かかったな」 少女はそう言ってニヤリと笑うと、足元に置かれた箱を持ち上げ、そして走り出した。 「もーらったー!」 一瞬呆気にとられた才人だったが、自分の状況に気付くと慌てて少女を追いかける。 「こ、こら待て!それは大事な荷物なんだぞ!」 「しるかばーかばーか!まぬけー!」 少女は才人に向かってあかんべーをして、そのまま路地裏に駆け込む。 才人は勿論、その後を追って路地裏に走っていった。 「くっそ、どこに行った!」 王都といえど路地裏は入り組んでおり、才人は容易く少女を見失ってしまった。 あてもなく路地裏を探し回っていると。 『おいこらガキ!どこに目ぇつけてんだ!』 どこからともなく、柄の悪そうな男の声が聞こえてきた。 まさか。 才人はある可能性を胸に、その声のする方へと歩を進める。 間もなく、才人は少し開けた場所に出た。そこはうらぶれた酒場の前で、その入り口から少し離れた角で、言い合いをする人影が二つ。 才人の予想どおり。 先ほどの少女が、柄の悪そうな大男に絡まれていたのだった。 路地裏を駆けていて、男にぶつかったのだろう。 男は少女に覆いかぶさりながら、その巨躯を揺らして少女を威嚇する。 しかし少女は怯えることもなく、男に食って掛かる。 「ボーっとしてるあなたが悪いんでしょ! おかげで箱落としちゃったじゃないの!」 え。 少女の台詞を聞いた才人に、戦慄が走る。 よく見ると、二人の脇に、どこかで見た木箱が転がっている。 「あああああああーっ!」 才人は慌てて木箱に駆け寄る。 そんな才人を奇妙なイキモノを見る目で、二人は見下ろす。 「なんだお前?このガキの保護者か?」 まず声をかけたのは男の方。 木箱の前で四つん這いに屈みこんでうなだれる才人をつま先で軽く小突く。 その刺激に才人はゆらりと立ち上がる。 「だったらお前にオトシマエつけてもらおうか」 男はそう言って才人の胸倉を掴む。 その手を、才人の手がつかみ返した。 「お?なんだ?やるのか?」 しかし、その手に篭る力が一気に強くなり、男は思わず才人の胸倉から手を放す。 「いて!いててててててて!」 才人は俯いたまま、ドスの利いた声で男に言い放つ。 「俺は今機嫌が悪いんだ…。とりあえず、痛い目みたくなきゃこっから消えろ」 積んできた修練と潜り抜けてきた修羅場、そしてやり場のない怒りが、才人の握力を押し上げていた。 男は慌てて手をひっこめ、そして才人に背を向ける。 「お、おぼえてろー!」 あまりにテンプレな捨て台詞を残し、男は立ち去っていく。 才人はもう一度木箱を見下ろし、ハァ…と深い溜息をつく。 この様子だと、間違いなく箱の中身の壷は割れている。 そんな才人に、少女が恐る恐る声を掛ける。 「あ、あの…?その…ゴメンね?」 流石に悪いと思ったのか、少女はそう謝ってくる。 才人が怒ると思ったのか、首を縮こまらせて彼の様子を伺っている。 才人はもう一度大きくはぁ、と溜息をつくと。 少女の頭を、優しく撫でた。 少女は驚いた顔で才人を見上げる。 「いいよもう。壊れたものは元に戻らないし。 悪いと思うんだったら、もうこんな事するなよ」 言って才人は、木箱を持ち上げる。予想通り、中でがしゃ、と陶片の擦れあう音がした。 壷は確実に割れていた。 「で、でも、大事なものなんでしょ?」 心配そうにそういう少女に、才人は力なく笑う。 「まあそうだけどもさ。でも、今更どうにもなんないだろ?」 「わ、私弁償する!弁償するから!」 「いいよ。弁償してもらっても代わりがあるわけじゃなし。 そもそも盗られた俺が悪いんだし。 もう気にするな」 言って才人は少女に背を向けて、手を振りながらその場を立ち去った。 …やっべー。どーしよーオレ…。 正直、その内心がびくびくものだったが。 カリーヌの昔の知人の屋敷は、その路地裏を抜けるとすぐの場所にあった。 その古ぼけた屋敷は貴族の屋敷にしては小ぢんまりとしていた。 才人はその門に着くと、門衛に用件を告げる。 やけに重装備の門衛は用件を聞くと、才人を屋敷へ通す。 あまり手入れの行き届いていない庭を抜け、古ぼけた玄関をくぐり、才人は応接間に通される。 古ぼけた屋敷の外観とは裏腹に、そこにあったテーブルとソファの応接セットは妙に新しかった。 そう、まるで昨日今日買ってきたような…。 「遅かったですわね」 そして、奥の扉から現れたのは。 才人に、この木箱を預けた当人。 カリーヌ・デジレその人だった。 カリーヌは薄桃色の髪を優雅に揺らし、才人の前のソファに腰を下ろす。 「え?なんで?どうして?」 才人は混乱する。 カリーヌは自分にこの壷をこの屋敷に届けるよう命じた。その当人が届け先にいるこの理不尽。 「理由は追って話します。 それよりも、壷は無事ですか?」 キタ。死の宣告キタ。 才人は覚悟を決め、木箱を机の上に乗せる。 カリーヌはふむ、と箱の外観を観察する。 外観は特に渡された時と変わりはない。 そして、カリーヌの手が上蓋にかかる。 木箱の蓋は少しひっかかって、カリーヌの手で外される。 カリーヌは木箱を覗き込み、そして言った。 「…割れていますね」 壷は、大きな欠片になって、木箱の中で散乱していた。 「…はい」 「何故?気をつけて運べ、と命じたはずですが」 カリーヌの言葉に、才人は深々と頭を下げて、謝罪した。 「すんません!俺のミスで割ってしまいました!」 「どのようなミスをしたのです?」 「落として、割ってしまいました!」 「…なるほど」 頭を下げる才人からは見えなかったが、カリーヌは笑顔だった。 …言い訳もせず、か。なかなかの責任感。 これで、よく分かった。 そしてカリーヌは続けた。 「顔を上げなさい、騎士殿」 「へ?」 思いのほか優しい声に、才人は間抜け面で顔を上げる。 「さて。後で私がここにいる理由を話すといいましたね? その理由を話しましょう」 てっきり叱咤されるものと身構えていた才人だったが、そのカリーヌの言葉にほっとする。 そして、カリーヌは話しはじめる。 壷を届けさせる用事は狂言であること。 町で出あった少女、あれは実はカリーヌが魔法の薬で化けた姿であること。 あのゴロツキは、マンティコア隊の一員であること。 そして、その全てが、才人を試すための試練であったこと。 「…俺の何を試してたんですか…?」 才人の質問に、カリーヌは笑顔のまま応えた。 「あなたが、私の娘たちを差し出すに相応しい人物かどうかをね。 あの子たちの話を聞くと、どうやらあなた、みんなに気に入られてるみたいじゃないの」 話の途中から、カリーヌの態度はずいぶん砕けたものになっていた。 そう、それは、彼女がお気に入りの者にだけ見せる、素の顔であった。 「ずいぶんな女たらしなのかと思ったけど…。 でも、違うみたいね」 「…な、何がっすか?」 『女たらし』の部分に過剰反応しながら、才人は怯えたようにそう尋ねる。 …ひょっとしてお母さん、全員とシタって知ってるんじゃ…? 才人が怯えるのもむべなるかな。 「優しすぎるのよ、あなた。相手が女の子だからって、あそこまで優しくすることはないと思うわよ。 それと、女が惚れるには十分いい男だわ。強くて優しい。普通の女の子ならほっとかないわね。 まあ、私の好みはもう少し母性をくすぐるタイプだけども」 ウチの旦那くらい情けないタイプじゃないと、守ってあげたいなんて思わないわね。 彼女と二人きりの時でないと見せない間の抜けたヴァリエール卿の顔を思い出し、カリーヌはくすりと笑う。 「は、はぁ」 とりあえず打った才人の相槌に、カリーヌは続ける。 「でもあなた、あの子たち皆に言い寄られて、選べてないみたいね。 優柔不断も伝説級、なのかしら?」 言ってそこで、元の『烈風カリン』の顔に戻る。 才人はそれに気付き、慌てて背筋を正す。 「あなたに選べないのなら、いい方法があります」 「え?それってどういう…」 才人の疑問に、しかしカリーヌはその場では答えなかった。 「それは、あの子達と一緒に話します。 覚悟を決めておきなさい、騎士殿」 そう言って、にっこり笑っただけだった。 そしてヴァリエール邸に帰ったカリーヌは、取っ組み合いの喧嘩をしている長女と三女を止め、傍で共倒れを狙っている腹黒い次女をたしなめて。 整列させた四人に向けて、言った。 「一人の男を貴族の子女が取り合うなどと、醜いことをするものではありません。 あなたたちの気持ちはよく分かりました。サイト殿を想う気持ちは、一緒なのでしょう。 はいそこ反論禁止。そこまで必死に食い下がって好きじゃないとか言っても聞きません。私とて女の端くれですよ。 さて、そこで私にいい考えがあります」 四人はカリーヌの次の言葉を直立不動で待ち構える。 カリーヌは、全員の呼吸が揃ったところを見計らって、言った。 「お父様は、結局ヴァリエールに世継ぎが欲しい。それでサイト殿を婿にきめた。 なら話は簡単です。 最初に世継ぎを孕んだ子が、正妻になりなさいな。 そうすれば何も問題はないでしょう?」 四人の目が点になっていた。 カリーヌは構わず続ける。 「正直、あなたたちがサイト殿にお熱な理由はとてもよくわかりました。 諦めろ、なんていうのは酷な話だと思います。 でも序列は決めたい。だったらこうするのが一番でしょう?どこかの王家もそうしているようだし」 そして最初に復活したのはカトレアだった。 「あらあら。なら早速仕込みに行きましょうかサイト殿♪」 あっという間に才人の腕を豊満な胸の谷間に挟み、ロックする。 「ちょっと待ってカトレア、あなた病気ちゃんと直ってんのっ? 病気持ちの子が跡継ぎなんてとんでもない! さ、平民、子種の準備よ!私が孕んであげるからっ!」 カトレアを押しのけ、才人の頭を胸の谷間に挟み込むエレオノール。 「ちょっとお姉さま、ご心配いただかなくても私はもう健康ですわ。 双子でも三つ子でも四つ子でも、バッチコイですわ!」 「何人産む気よっ!いーからあなたはすっこんでなさい、コレは私のなんだからっ」 「ダレがダレのよっ!サイトの子を産むのは私なんだからっ!」 そしてルイズも参戦する。 それを見ていたカリーヌは、黙って部屋を出て行こうとする。 最後の希望の退出に、才人が声を上げた。 「あ、あの、お母さんなんとかしてっ!?」 しかしカリーヌはにっこり笑って。 「流石にそこまでは面倒見きれないわね。 なに、誰かが孕むまでの辛抱だ。頑張りたまえ、シュヴァリエ」 最後は隊に命令を下す『烈風カリン』の顔で応えて。 阿鼻叫喚の様相を呈し始めた部屋から、出て行ったのだった。 …さて。今夜あたり、旦那に四人目の催促でもしてみようかしら。〜fin
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母として 2 せんたいさん #br 「え?何?なんでサイトだけなの?」 「そうですわお母様、その平民一人ではロクに用事もできませんわ! だから私が監視役として一緒に」 「姉さまーっ!何なのよそのミエミエのこじつけはーっ!」 「何がこじつけよっ!私がついて行けば万事うまくいくじゃない!」 「ナニを上手くするつもりなんだか!と・に・か・く!人の婚約者に手ぇださないでっ!」 「あによ!」 「なんなのよ!」 「まあまあ二人とも落ち着いて。ココは間を取ってこの私が」 「「騙されるかッ!」」 「…ちっ」 そんな三姉妹のやり取りの後、結局才人はカリーヌに命じられ、単身、王都へ使いに出たのであった。 カリーヌの古い友人に、借りていた壷を返して欲しい、という。 場所は王都の中心から少し外れた繁華街のはずれ。 その話を聞いた三姉妹は、もちろん誰が一緒に行くかで大いにもめたのだが。 カリーヌはあくまで、才人一人に行かせる、と言い切った。 「そんなお母様!このバカ犬一人じゃ、絶対迷います!」 「そうよ、平民ふぜいがちゃんと行けるとは思えませんわ! だから私が一緒に行って手取り足取り」 「だーかーらー!サイトは私のなんだってば!」 「あによ!」 「なんなのよ!」 「それじゃあ、私がこっそり見守るという事で」 「「抜け駆けすんなッ!」」 「…ちっ」 結局カリーヌの鶴の一声で才人は一人で使いに出された。 ちなみに三姉妹はこっそりついて行かない様に、別室に三人まとめて監禁された。 互いに互いを牽制しあっているので、特に監視はつけられていなかったが。 そうして才人は、単身王都へやってきた。 「ったく、一人でお遣いくらいできるっての」 三人が自分が迷うと思い込んでいると勘違いした才人はそう文句を言う。 やはり伝説級に鈍いこの男。 才人は衛視所に顔を出し、騎士の証を見せて、目的地までの道のりを衛視から聞き出す。 この東の端の衛視所からそう遠くない。 才人は衛視所に馬を預けると、徒歩でそこへ向かう事にした。 才人は木箱に入れられた壷を落とさないように、慎重に目的地へと向かう。 「まあ急ぐ用事でもないし。ゆっくり行くか」 そんな事を言いながら町の喧騒を楽しみつつ、目的地へ向かっていると。 「!!ああっと!!足が滑ったぁ!」 路地裏から、小さな女の子が突然、そんな事を叫びながら物凄い勢いでスライディングをかましてきた。 年のころなら12、3。さらさらの桃色がかったブロンドをショートに刈り込んでいる。黒いベストと白いシャツ、黒いスカートにベージュのブーツ。そのどれもが高価そうな布地だった。 貴族の子女だろうか。しかしそんなことはともかく。 「何すんだよ!危ないな!」 才人は盗塁王もかくやと言わんばかりのスライディングをとっさに避け、壷の入った木箱を守り抜いていた。 少女は悪びれたふうもなく、スカートについた土ぼこりをぱんぱんと払いながら立ち上がった。 …なかなかやるな。反射神経は合格点だ。 少女は、才人を振り返る。当然、彼は怒った顔をしている。 それを見た少女顔がぐにゃりと歪む。 才人が危険を感じた時には遅かった。 「ふぇ…ふぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇ!!」 いきなり少女は泣き出した。 「お、おい、何だよいきなり…」 大通りではないとはいえ、昼間の、しかも往来の真ん中である。 泣き出した少女の目の前にいる男に、通りすがる人々の冷たい視線が突き刺さる。 『何あの男、あんな小さい子を泣かして』『感じわるぅ』『痴情のもつれ?』『変態?ロリコンかしら』 冷えた視線が矢襖となって、才人に降り注ぐ。 はっきり言って空気が悪い。 「な、な、泣き止めよ。もう怒ってないからさ」 さすがにこうなっては分が悪い。 才人は壷の入った箱を地面に置いて、少女の前に膝を立てて少女を覗き込む。 「ほんとう…?」 軽く握られた拳の間から、泣きはらした少女の顔が覗く。 その顔は、いつかどこかで見た泣き顔に似ていた。 …まあ、優しさはこんなものか。さて、ここからが本番だ。 「ああ、怒ってないよもう。だから泣き止んで」 笑顔でそう優しく囁いた才人だったが。 「かかったな」 少女はそう言ってニヤリと笑うと、足元に置かれた箱を持ち上げ、そして走り出した。 「もーらったー!」 一瞬呆気にとられた才人だったが、自分の状況に気付くと慌てて少女を追いかける。 「こ、こら待て!それは大事な荷物なんだぞ!」 「しるかばーかばーか!まぬけー!」 少女は才人に向かってあかんべーをして、そのまま路地裏に駆け込む。 才人は勿論、その後を追って路地裏に走っていった。 「くっそ、どこに行った!」 王都といえど路地裏は入り組んでおり、才人は容易く少女を見失ってしまった。 あてもなく路地裏を探し回っていると。 『おいこらガキ!どこに目ぇつけてんだ!』 どこからともなく、柄の悪そうな男の声が聞こえてきた。 まさか。 才人はある可能性を胸に、その声のする方へと歩を進める。 間もなく、才人は少し開けた場所に出た。そこはうらぶれた酒場の前で、その入り口から少し離れた角で、言い合いをする人影が二つ。 才人の予想どおり。 先ほどの少女が、柄の悪そうな大男に絡まれていたのだった。 路地裏を駆けていて、男にぶつかったのだろう。 男は少女に覆いかぶさりながら、その巨躯を揺らして少女を威嚇する。 しかし少女は怯えることもなく、男に食って掛かる。 「ボーっとしてるあなたが悪いんでしょ! おかげで箱落としちゃったじゃないの!」 え。 少女の台詞を聞いた才人に、戦慄が走る。 よく見ると、二人の脇に、どこかで見た木箱が転がっている。 「あああああああーっ!」 才人は慌てて木箱に駆け寄る。 そんな才人を奇妙なイキモノを見る目で、二人は見下ろす。 「なんだお前?このガキの保護者か?」 まず声をかけたのは男の方。 木箱の前で四つん這いに屈みこんでうなだれる才人をつま先で軽く小突く。 その刺激に才人はゆらりと立ち上がる。 「だったらお前にオトシマエつけてもらおうか」 男はそう言って才人の胸倉を掴む。 その手を、才人の手がつかみ返した。 「お?なんだ?やるのか?」 しかし、その手に篭る力が一気に強くなり、男は思わず才人の胸倉から手を放す。 「いて!いててててててて!」 才人は俯いたまま、ドスの利いた声で男に言い放つ。 「俺は今機嫌が悪いんだ…。とりあえず、痛い目みたくなきゃこっから消えろ」 積んできた修練と潜り抜けてきた修羅場、そしてやり場のない怒りが、才人の握力を押し上げていた。 男は慌てて手をひっこめ、そして才人に背を向ける。 「お、おぼえてろー!」 あまりにテンプレな捨て台詞を残し、男は立ち去っていく。 才人はもう一度木箱を見下ろし、ハァ…と深い溜息をつく。 この様子だと、間違いなく箱の中身の壷は割れている。 そんな才人に、少女が恐る恐る声を掛ける。 「あ、あの…?その…ゴメンね?」 流石に悪いと思ったのか、少女はそう謝ってくる。 才人が怒ると思ったのか、首を縮こまらせて彼の様子を伺っている。 才人はもう一度大きくはぁ、と溜息をつくと。 少女の頭を、優しく撫でた。 少女は驚いた顔で才人を見上げる。 「いいよもう。壊れたものは元に戻らないし。 悪いと思うんだったら、もうこんな事するなよ」 言って才人は、木箱を持ち上げる。予想通り、中でがしゃ、と陶片の擦れあう音がした。 壷は確実に割れていた。 「で、でも、大事なものなんでしょ?」 心配そうにそういう少女に、才人は力なく笑う。 「まあそうだけどもさ。でも、今更どうにもなんないだろ?」 「わ、私弁償する!弁償するから!」 「いいよ。弁償してもらっても代わりがあるわけじゃなし。 そもそも盗られた俺が悪いんだし。 もう気にするな」 言って才人は少女に背を向けて、手を振りながらその場を立ち去った。 …やっべー。どーしよーオレ…。 正直、その内心がびくびくものだったが。 カリーヌの昔の知人の屋敷は、その路地裏を抜けるとすぐの場所にあった。 その古ぼけた屋敷は貴族の屋敷にしては小ぢんまりとしていた。 才人はその門に着くと、門衛に用件を告げる。 やけに重装備の門衛は用件を聞くと、才人を屋敷へ通す。 あまり手入れの行き届いていない庭を抜け、古ぼけた玄関をくぐり、才人は応接間に通される。 古ぼけた屋敷の外観とは裏腹に、そこにあったテーブルとソファの応接セットは妙に新しかった。 そう、まるで昨日今日買ってきたような…。 「遅かったですわね」 そして、奥の扉から現れたのは。 才人に、この木箱を預けた当人。 カリーヌ・デジレその人だった。 カリーヌは薄桃色の髪を優雅に揺らし、才人の前のソファに腰を下ろす。 「え?なんで?どうして?」 才人は混乱する。 カリーヌは自分にこの壷をこの屋敷に届けるよう命じた。その当人が届け先にいるこの理不尽。 「理由は追って話します。 それよりも、壷は無事ですか?」 キタ。死の宣告キタ。 才人は覚悟を決め、木箱を机の上に乗せる。 カリーヌはふむ、と箱の外観を観察する。 外観は特に渡された時と変わりはない。 そして、カリーヌの手が上蓋にかかる。 木箱の蓋は少しひっかかって、カリーヌの手で外される。 カリーヌは木箱を覗き込み、そして言った。 「…割れていますね」 壷は、大きな欠片になって、木箱の中で散乱していた。 「…はい」 「何故?気をつけて運べ、と命じたはずですが」 カリーヌの言葉に、才人は深々と頭を下げて、謝罪した。 「すんません!俺のミスで割ってしまいました!」 「どのようなミスをしたのです?」 「落として、割ってしまいました!」 「…なるほど」 頭を下げる才人からは見えなかったが、カリーヌは笑顔だった。 …言い訳もせず、か。なかなかの責任感。 これで、よく分かった。 そしてカリーヌは続けた。 「顔を上げなさい、騎士殿」 「へ?」 思いのほか優しい声に、才人は間抜け面で顔を上げる。 「さて。後で私がここにいる理由を話すといいましたね? その理由を話しましょう」 てっきり叱咤されるものと身構えていた才人だったが、そのカリーヌの言葉にほっとする。 そして、カリーヌは話しはじめる。 壷を届けさせる用事は狂言であること。 町で出あった少女、あれは実はカリーヌが魔法の薬で化けた姿であること。 あのゴロツキは、マンティコア隊の一員であること。 そして、その全てが、才人を試すための試練であったこと。 「…俺の何を試してたんですか…?」 才人の質問に、カリーヌは笑顔のまま応えた。 「あなたが、私の娘たちを差し出すに相応しい人物かどうかをね。 あの子たちの話を聞くと、どうやらあなた、みんなに気に入られてるみたいじゃないの」 話の途中から、カリーヌの態度はずいぶん砕けたものになっていた。 そう、それは、彼女がお気に入りの者にだけ見せる、素の顔であった。 「ずいぶんな女たらしなのかと思ったけど…。 でも、違うみたいね」 「…な、何がっすか?」 『女たらし』の部分に過剰反応しながら、才人は怯えたようにそう尋ねる。 …ひょっとしてお母さん、全員とシタって知ってるんじゃ…? 才人が怯えるのもむべなるかな。 「優しすぎるのよ、あなた。相手が女の子だからって、あそこまで優しくすることはないと思うわよ。 それと、女が惚れるには十分いい男だわ。強くて優しい。普通の女の子ならほっとかないわね。 まあ、私の好みはもう少し母性をくすぐるタイプだけども」 ウチの旦那くらい情けないタイプじゃないと、守ってあげたいなんて思わないわね。 彼女と二人きりの時でないと見せない間の抜けたヴァリエール卿の顔を思い出し、カリーヌはくすりと笑う。 「は、はぁ」 とりあえず打った才人の相槌に、カリーヌは続ける。 「でもあなた、あの子たち皆に言い寄られて、選べてないみたいね。 優柔不断も伝説級、なのかしら?」 言ってそこで、元の『烈風カリン』の顔に戻る。 才人はそれに気付き、慌てて背筋を正す。 「あなたに選べないのなら、いい方法があります」 「え?それってどういう…」 才人の疑問に、しかしカリーヌはその場では答えなかった。 「それは、あの子達と一緒に話します。 覚悟を決めておきなさい、騎士殿」 そう言って、にっこり笑っただけだった。 そしてヴァリエール邸に帰ったカリーヌは、取っ組み合いの喧嘩をしている長女と三女を止め、傍で共倒れを狙っている腹黒い次女をたしなめて。 整列させた四人に向けて、言った。 「一人の男を貴族の子女が取り合うなどと、醜いことをするものではありません。 あなたたちの気持ちはよく分かりました。サイト殿を想う気持ちは、一緒なのでしょう。 はいそこ反論禁止。そこまで必死に食い下がって好きじゃないとか言っても聞きません。私とて女の端くれですよ。 さて、そこで私にいい考えがあります」 四人はカリーヌの次の言葉を直立不動で待ち構える。 カリーヌは、全員の呼吸が揃ったところを見計らって、言った。 「お父様は、結局ヴァリエールに世継ぎが欲しい。それでサイト殿を婿にきめた。 なら話は簡単です。 最初に世継ぎを孕んだ子が、正妻になりなさいな。 そうすれば何も問題はないでしょう?」 四人の目が点になっていた。 カリーヌは構わず続ける。 「正直、あなたたちがサイト殿にお熱な理由はとてもよくわかりました。 諦めろ、なんていうのは酷な話だと思います。 でも序列は決めたい。だったらこうするのが一番でしょう?どこかの王家もそうしているようだし」 そして最初に復活したのはカトレアだった。 「あらあら。なら早速仕込みに行きましょうかサイト殿♪」 あっという間に才人の腕を豊満な胸の谷間に挟み、ロックする。 「ちょっと待ってカトレア、あなた病気ちゃんと直ってんのっ? 病気持ちの子が跡継ぎなんてとんでもない! さ、平民、子種の準備よ!私が孕んであげるからっ!」 カトレアを押しのけ、才人の頭を胸の谷間に挟み込むエレオノール。 「ちょっとお姉さま、ご心配いただかなくても私はもう健康ですわ。 双子でも三つ子でも四つ子でも、バッチコイですわ!」 「何人産む気よっ!いーからあなたはすっこんでなさい、コレは私のなんだからっ」 「ダレがダレのよっ!サイトの子を産むのは私なんだからっ!」 そしてルイズも参戦する。 それを見ていたカリーヌは、黙って部屋を出て行こうとする。 最後の希望の退出に、才人が声を上げた。 「あ、あの、お母さんなんとかしてっ!?」 しかしカリーヌはにっこり笑って。 「流石にそこまでは面倒見きれないわね。 なに、誰かが孕むまでの辛抱だ。頑張りたまえ、シュヴァリエ」 最後は隊に命令を下す『烈風カリン』の顔で応えて。 阿鼻叫喚の様相を呈し始めた部屋から、出て行ったのだった。 …さて。今夜あたり、旦那に四人目の催促でもしてみようかしら。〜fin
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