ゼロの使い魔保管庫
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今日はあなたがご主人さまワンッ! ぎふと氏 #br −1− 「ホントに始まっちゃったなあ。聖戦」 ギーシュの声に、一同の目が空へと向かう。 晴れ渡った空。次々と描かれる白い聖具の紋。 なんだか祭りか運動会でもはじまるみたいだな……。 才人はしみじみとつぶやいた。 「ちょっと、ゼロのルイズ。もっと詳しく聞かせなさいよ」 コルベールの調査を手伝っていたはずのキュルケが、いつのまにかルイズの横にいた。 その瞳は好奇心できらきらと輝いている。 「なんの話よ」 「だ、か、ら、“あんな格好”よ」 含みをこめてキュルケは囁いた。 「なな、なんのコトかしら?」 「とぼけないで。聞こえたわよ? あなた犬扱いされて嬉しがってたっていうじゃない? しかもベッドの上で。サイトも案外やるわよねぇ」 瞬間、ルイズの足がヨルムンガント級の破壊力で才人の腹に打ちおろされた。げぼぼ……と悲痛な呻きが漏れる。 「そそ、そんなんじゃないわよ!」 「ならどんなわけ? 白状なさいな」 「もう忘れたわよッ!」 ルイズの目が吊り上がった。 「しし知りたければ、こここいつに聞けばいいでしょこいつにっ!」 使い魔をがしがし踏みつけながら、ルイズは暴れ叫んだ。 (言えるわけ……ないよなあ……) 降りかかる火の粉を避けるように、才人はそっと目を閉じた。 いまのルイズの中にある“才人に関する記憶”は、もとは才人の中にあったもの、“才人の目から見た二人の記憶”だ。 それはべつにいいんだよ。 照れくさいけど、今までどんなふうにあいつを見てたとか、いまさら知られたところで、好きな気持ちに変わりはないし。 ルイズも嬉しがってるみたいだしさ。 けどなぁ、ブリミルさんよ。 なにも……なにも俺の“妄想領域”までバラすこたないだろぉおおおおおお!? ルイズ。俺のルイズ。可愛い俺のご主人様。 可愛くて清楚で、キスぐらいしかさせてもらってない大好きな女の子。 やっとこ恋人になれそうって時に、そりゃないんじゃないのよ、ねえ? だいたい今日はいろんなことがありすぎた。 勘弁してくれよ。へとへとだよ。現実逃避させてくれよ。 妄想か……俺の妄想……どんなだっけなぁ。犬とかベッドとか言ってたっけ。ああもうなんでもいいや…… なんだか身も心も疲れ果た心地がして、 才人は意識を手放し妄想の海に沈んでいった――― #br −2− 朝。教室に現れた才人を見て、クラスメイトたちは目を丸くした。 信じがたいものを、鎖につないで引きずって入ってきたからだ。 「サイト! きみ、何を引きずっているんだい!」 青銅のギーシュが、駆け寄ってきた。 「使い魔」 「よく見ると……いや見なくても、そうだな」 ギーシュは頷いた。 「しかしなんでまた、こんなけしからん、まったくもってけしからんッ、格好をしているんだねッ!?」 興奮に震える指で、足元にうずくまる桃色の物体を差した。 それは一人の少女だった。 しかもかなりの美少女だった。 桃色がかった流れるブロンド。宝石のような鳶色の瞳。抜けるように白い肌と華奢な手足。凛とした高貴な雰囲気はまるで血統書つきの小動物のよう。 いや、小動物そのものだった。 頭のてっぺんからは、桃色の柔毛に包まれた逆三角形の耳が二つぴょこんと突きだし、スカートの向こうからはやはり桃色をしたふさふさのしっぽが顔をだしていたのだから。 そして、才人は手に長い鎖を持っていた。 その先はと見ると、奇妙なものへとつながっていた。犬を散歩させる時に使うような首輪である。それが少女の首にはまっていた。 何の変哲もない赤茶の革製のベルト。なのになぜだろう? 少女とセットになっただけで、まったく別のイケナイナニカに見えてきた。 首輪。つまりは拘束具である。 拘束具とはすなわち、行動の自由を奪い言うことをきかせるために使われるもので、少女の首にあるそれを眺めているだけで、ギーシュは血液が逆流するような興奮を覚えた。 才人は肩をすくめてみせた。 「こいつさぁ、すっごくワガママなの。誰かれかまわず噛みつこうとするし、ちょっとかまってやらないとすぐ暴れるし、自分の寝床あるくせに気づくと俺のベッドの中にいるしさ。使い魔のくせにちっともご主人様の言うこと聞かねーの。だからね、オ・シ・オ・キ」 一斉にあがるどよめきに、男子生徒たちの羨望のため息が混じる。 いつのまにか、彼らの周りには人垣ができていた。 「……これは、純粋に学術的な興味なんだが」 こほん、とギーシュは咳払いした。 「君のようなケースでも、使い魔にとって主人の命令はやはり絶対なのかね?」 「なに、お前んとこは違うの?」 「もちろん、僕のヴェルダンデほど従順で有能な使い魔はいないよ。僕の命令は絶対だ。そして僕の命令に応えることは、ヴェルダンデにとって至上の喜びなのさ!」 恍惚と宙に手を広げると、ギーシュは続けた。 「しかしね、君、ルイズは人間だよ。しかも貴族だ。人一倍プライドの高い彼女が、いくらなんでも平民の君におとなしくしっぽを振るだろうか?」 「ちっともおとなしくねーよ。だからオシオキなんだろ?」 才人は悪びれもせずに言った。どうやら人間の首に首輪がはまっているという異常性は、欠片も感じていないらしかった。 息を荒げたマリコルヌが、体を震わせる。 「あのルイズがね。はぁはぁ……『契約』ってすごいよネ」 「あら、すごいのはダーリンよ。平民なのに貴族を召喚しちゃうんだから」 キュルケが、髪をかきあげて言った。そして才人の肩にしなだれかかり、艶のある視線を投げかける。 「いっそ私もダーリンの使い魔になっちゃおうかしら。こんな子供っぽい子よりよっぽどお役に立てるわよ。戦いはもちろんのこと、夜の方も……ね?」 「ハハ気持ちだけで嬉しいヨ」 「もう、そんな奥ゆかしいところも大好きよダーリン!」 感極まった声で立ち上がると、キュルケはぎゅうっと才人の頭を抱きしめた。豊満な胸が押しつけられる。 ぐるるる……。 机の下から獣っぽいうなり声がした。ずっと床にしゃがみこんでいたルイズが、上目づかいで歯をむいているのだった。 「いやだ。妬いてるの? ≪犬≫のルイズ」 キュルケは見せつけるように、さらにぐいぐい胸を押しつけた。 ぐるるる……。 「うなってばかりいないで何か言いなさいよ」 すまなそうに才人は首をふった。 「できないんだよ、キュルケ」 「え?」 「今のルイズは、人の言葉を話せないんだ」 「どうして、なにかの魔法?」 首輪を指差す。 「これ、マジックアイテムなんだ。つけると性格が穏やかになって、暴れたり噛みついたりできなくなる。ついでに人の言葉も話せなくなるんだって」 「まあ」 「かわいそうだけど、こうでもしないと落ち着いて生活できないからね。キュルケやシエスタや他のみんなとも、自由に話すこともできないしさ」 「ダーリンったら……、そんなにまでして、私とゆっくり愛を語らいたかったのね。嬉しいわ」 キュルケは熱っぽい眼差しで、才人の膝の上に乗りあがると、顔を寄せてきた。 「微熱のキュルケはいま、情熱のキュルケに変わってしまったの……」 瞳を閉じて唇を重ねようとしたが、別の手に引っぱり戻された。モンモランシーだった。 「まったくはしたないわね。ここは教室。あなたの寝室じゃないのよ?」 「なによ、邪魔する気?」 憮然とするキュルケを押しのけて、モンモランシーは、自分がその場所におさまった。才人の膝の上である。そして両腕を才人の首にまわして抱きついた。 「サイトはね、あなたみたいな淫乱女は好みじゃないの」 「まあ、言ってくれるじゃない。あなたこそギーシュはどうしたのよギーシュは!」 目をつりあげ、負けじと才人を取り返そうとしたキュルケだったが、その前にモンモランシーごと排除されてしまった。いつのまにか才人は、大勢の女生徒たちに囲まれて、ハーレム状態を築いていた。 「サイトさん、放課後はわたくしとお茶をご一緒してくださいますわね?」 「だめです。サイトさんにはこの後、私の手料理を食べていただくんです!」 「……先約」 返事の代わりに、才人はニコニコと明るい笑顔を浮かべていた。 ≪なんだよ……俺ってこんなかぁ?≫ 目の前に繰り広げられる光景に『心』の声はあきれかえった。 そのときふっと当時が思い返されて、仕方ないかな、とも思った。 だって俺、犬、犬ってボロクソな仕打ちされてたし……。 でも、でもね、と『心』の声は優越感たっぷりに胸を張った。 今の俺、ご主人様に想われちゃってますからー。 そんなご主人様をほったらかしって無理ですよねー? 犬ルイズかわいいじゃん? 犬上等。犬最高〜♪ で、そのルイズはいったいどこかなー、と探してみれば大変なことになっていた。 #br −3− 女子生徒たちに押し出される格好で、ルイズは才人からずいぶん離れた場所にいた。 ぶすっと押し黙って床に座りこんでいる。 その周りを男子生徒たちが取り巻き、好き勝手に感想を言いあっていた。 「こうしてみると、ルイズもなかなか可愛いよなー」 「うん、スタイルはともかく、見た目はいい線いってるし」 「あーあ、俺もこういう使い魔が欲しいよ」 犬化したルイズは、クラスメイトのおよそ半数からかつてない好感度で迎えられていた。 むすっとした口元も。不機嫌そうな目つきも。むくれた頬も。時おり神経質そうにピクピクと動く耳も。 小動物のそれだと思うと魅了の魔法をかけたように愛らしく映るのだった。 「なあ、あの耳。……触ったらダメかな」 一人が言いだした。ふさふさの柔らかそうな耳。見た目は犬のそれである。 「やめとけよ、噛まれるぞ」 「首輪してるから大丈夫って、サイト言ってなかったか?」 「そうだな。じゃあ“お手”なんてするかな?」 「あのしっぽ、気持ちよさそうだよなぁ」 皆の目つきに奇妙な光が混じり始めた。 だらんと両手を伸ばし、ふらふらとルイズに近づいていく。 そのアンデッドのような姿に気おされて、ルイズはあとじさった。 いつものルイズであれば、調子にのるんじゃないわよ! と一蹴し、噛む殴る引っ掻く蹴るのフルコースだってお見舞いしてやれたろう。 しかし今日は勝手が違った。どうにもその気力が沸いてこないのだ。 これは……いける。少年たちは、ごくりとツバを飲み込んだ。 一歩近づいた。一歩退がる。一歩近づく、また退がる。 ルイズを囲む輪が小さくなって、とうとう逃げ場所がなくなった。 追いつめられて動けなくなったルイズは、身をすくませ、才人の姿を探した。けれども見えるのは女子生徒の群ればかり。 誰かの指が、ルイズに触れようと伸びてきた。 ルイズの瞳にくやし涙が浮かんだ。 ≪おおお前ら、なに調子こいてんだ〜!?≫ ご主人様の危機的状況に『心』はたまらず声をあげた。 ちょっと、俺のご主人様、泣かしてんじゃねーよ。 誰の許し得てそんなマネしてんのよ! あーのねぇ、 「ルイズに触っていいのは、この俺だけだっつの!」 『心』の中で吼えた―――つもりだったが、なぜだか教室中に響き渡った。 気づけば、腰を抜かした男子生徒の輪ができあがっていた。 「わわわ、サイト。待て、待ってくれ!」 「ごめん、悪かった! だから剣はおさめてくれよ」 「ルイズはお前の使い魔だもんな。うん、そうだよな、うん」 輪の中央にはルイズ。そして傍らには、抜き身のデルフリンガーをかまえた才人が立っていた。 「はれ?」 才人は不思議そうにクラスメイトを見つめ、デルフを見つめた。なんで俺こんなことしてるんだ? そこへ、つんつんと服を引っ張られた気がして我に返った。 見ればルイズが伸び上がるようにして、パーカーの裾を口でくわえている。 「……なんだよ?」 見下ろしたルイズの瞳に小さく光るものを認めた才人は剣をおさめると、めんどくさそうにその体を抱き上げた。大きくため息をつく。 「お前さぁ、暴れなくなったと思えば泣くしぃ? いいかげん面倒かけんなよ」 するとルイズはむぅっとふくれて、顔を才人の胸にごしごしこすりつけた。それから何が不満なんだか、いらいらと服越しに才人の腕をかじり始めた。 「はは、わりい。こいつほんっと気難しくてさ」 クラスメイトたちは、毒気を抜かれたような顔をしていた。 普段からはとても想像できないルイズの姿である。どうやっても犬にしか見えないのである。これも首輪の効果なんだろうか。だとしたらなんと恐ろしい代物なんだろう。 その時、教室の扉がガラッと開いた。 現れたのはミスタ・ギトー。二つ名は『疾風』。 プライド高く厳しいと評判の先生である。 生徒たちは慌てて自分の席へと戻った。 #br −4− 妄想の中でも、やっぱり授業はつまらなかった。 コルベール先生のように興味のわくものもあったが、魔法を使えない才人にとっては基本的に子守唄でしかない。 始まってほどなく、うつらうつらとしていると、膝の上に何かがどすんと乗っかった。うぐっと声をつまらせて下を見ると、ルイズが我が物顔で丸くなっていた。 「重いって。降りろよ」 小さめサイズとはいえ犬猫とはちがう。押しのけようとしても、太ももに指をたてるようにしがみついて離れてくれない。 せめて頭ぐらいにしとけよーと思ったが、ルイズはおかまいなしだった。不機嫌な空気を体中から発散させたまま、石像のように動かなくなった。 「ったく……勝手にしろ」 腹立ちまぎれに、耳を指で弾いた。 ぴくん! ルイズの体が、かすかに跳ねた。 ん? 気づいた才人は、今度は期待をこめて、ふたたび同じ動作をしてみた。 ぴくん! 期待どおりの反応。これはいい退屈しのぎになりそうだ、とほくそえむ。 次に才人は、手のひらで優しくさすってみた。 太ももの指にぎゅうっと力がこもったが、それ以外に反応はない。 じゃあ、と手のひらにすっぽりおさめて、にぎにぎする。 うなり声がして太ももの痛みが増した。でもそれだけだ。つまらない。 なんとなしに才人は、ルイズの頬に手をかけてこちらに向かせてみた。 するとルイズときたら。まままま真っ赤な顔をして唇をかみしめているではないですか! そしてそれを見られたのが恥ずかしかったのか、慌ててそっぽを向いた。 おやおや、なんでしょうこの反応は。才人のイタズラ心に火がついた。 心なしかひくひく震えているような耳に顔を近づけると、そこにふうっと息を吹き込んだ。 「ひゃうん!」 奇妙な声に、教室中の目が集まる。おっと、まずい。 才人は真面目な顔をとりつくろって、真剣に授業を聞いてるフリをした。 でも左手は机の下。ルイズの柔らかな耳をいじくっている。 気づけば、キュルケとミスタ・ギトーが激しくやりあっていた。 「火傷じゃすみませんわよ?」 「かまわん。本気できたまえ。その有名なツェルプストー家の赤毛が飾りではないのならね」 授業中の一生徒と先生のものとは思えない会話だった。が、才人にはどうでもいい。これ幸いと調子にのり始めた。 長い金髪をかきわけるようにして、細い首すじに触れてみた。 触れた肌からは熱い火照りがつたわってくる。風邪で熱を出した時みたいだ、そんなことを思った。そういえば犬の体温は人間より高いっていうっけ。 そうだ、犬ってお腹をくすぐられると喜ぶよなぁ。ルイズはどうだろう? わき腹に手を伸ばした。ブラウス越しに手のひら全体で優しく何度も撫であげた。 ぶるぶるとルイズの体が震えた。口からはこらえきれなくなったような吐息がこぼれる。ふぁさりとしっぽが嬉しげにゆれた。 才人はうっとりとした。今までペットを飼ったことがないので、こういう経験は初めてだった。喜ばせる行為って、なんて気持ちがいいんだろう! #br −5− そうこうするうちに、キュルケとギトーの白熱した口論も終わりを告げた。 キュルケが自分の魔法で吹っ飛んでしまったからだ。 ミスタ・ギトーが偉そうな口ぶりで授業を再開した。 つまんね……、とあくびを押し殺したところで、ルイズがむくりと起き上がる気配がした。 てんで落ち着きのないやつだ。 いっそ床に戻すべきかと才人が悩んでいると、なにやら小声でわんわん言っている。 見れば、ルイズが恥ずかしそうに顔をゆがめながら、訴えるようにわんわんわんを繰り返していた。「わん」でもなく「わんわん」でもなく正確に「わん」が三回。 そういや何か合図を決めていたような気がするが、冗談半分だったからよく覚えていない。 うーん……。 記憶を探った。 『おさらいするぞ。【はい】のときはどうすんだっけ?』 『わん』 『うむ。わんが一回。じゃあ【かしこまりましたご主人さま】は?』 『わんわん』 『そうだ。わんが二回。【トイレに行きたいです】は?』 『わんわんわん』 『よしよし、それだけ言えれば上等だ。余計なこと言ったらオシオキだからな』 あ……。 「すみません、先生、緊急事態!」 才人はルイズを抱えると、勢いよく教室を飛び出した。 飛び出てきたものの、どっちに行けばいいかすぐには思いつけなかった。 えっと女子トイレ……、だよな。どこだっけ。 1階おきに、女子トイレと男子トイレがあるのを思い出す。 「すぐだからな。我慢してろよ」 走り出してすぐ、パーカーの襟を強くつかまれ、窒息しそうになった。ルイズが上気した顔で首を大きく振っている。 え、そんなやばいの? マジ? そうだ。ガンダールヴのスピードなら……。 けどこんな状態のルイズを抱えたままデルフを抜いて走るのはさすがに無理。じゃあどうする? こんな時、犬なら……犬なら……ペット用の“トイレの砂”とかあるんじゃねえ? 砂? 地面? それだ! ここは1階。手近な窓を乗り越え外に出る。見回すと建物の壁にそって手ごろな低木の茂みがみつかった。 ≪待て、ストップ! サイトちょっと待て!≫ 『心』の声は悲鳴をあげた。 ダメだ。妄想でもそれはダメだ。それだけはダメだ! 気持ちはわかる。いやわからないけど。じゃなくてダメなの禁止なの! その一線を越えたらヒトじゃなくなる。ケモノだからイヌだからモグラだから! っつかただの変態だってば。頼むからっっっ! 才人。ルイズを茂みの向こうに押しやって自分は外に出た。が、何かに引っ張られ引き戻された。 あーこれかと握っていた鎖を茂みの向こうに投げ入れ、今度こそ遠くに立ち去りかけたが、今度は服を思いっきり引っ張られた。ルイズの手がしっかりと袖をつかまえて離さない。 さすがの才人も頭にきた。 どうしろってのよ。なんでもかんでも主人に頼るんじゃねーよ。本物のイヌだって、しつけりゃ自分でトイレぐらいできるっつの。あーもう! 「おしっこぐらい一人でしろよ!」 怒鳴りつけると、ルイズは黙って首輪を指差した。はずせという意味らしい。 抗えない迫力のオーラを発しているあたり、やはりルイズだった。 仕方なしに才人はそのとおりにしてやった。固く締まっていてひどく手間どる。その最中にもルイズは幾度も体を震わせて、太ももをぎゅっと締めて我慢するような仕草をみせていた。 ったく首輪してたってできるだろーがよぉ。聞こえないように呟く。 ようやく首輪が外れて、才人は心底ほっとした。 「ほら、さっさと済ませちまえ」 言うやいなや、股間に強烈な一撃をくらった。火花が飛ぶ。 「なっ、なにすんだよッ!」 「………」 ルイズは無言で、全身をぷるぷるとわななかせていた。その震えは今までとは違う種類のもので、それが何を意味するかを、とっさに才人は理解した。 何でかわからないけど猛烈に怒ってる。怖い。 「ま、待て。落ち着け。な? とりあえずすること済ませてから怒ろうな?」 主人の威厳などきれいさっぱりどこへやらだ。 「………ち、ち……」 ルイズは言葉がうまく発せず、口をぱくぱくさせている。 「……ちち?」 「ち、ち、ち、違うわよっ! バカーーーーーーっ!」 大噴火と大竜巻と大地震が、同時に起きた。 #br −6− 「……バカ……バカバカっ! ……バカぁッ!」 ルイズがようやく『バカ』以外の言葉をまともに出せるようになったのは、たっぷりと才人の全身を痛めつけた後だった。 「ばかばか! さいってい!」 ルイズはわめいた。 「あんたってば、ほんとデリカシーのかけらもないんだから!」 「だ、だってお前、わんわん言ってただろが。あれってトイレの意……あぎっ!」 頬にハイキックがめりこむ。 「だぁーかーらぁー違うっていってんでしょ! あんたがこのく、くくく……」 「首輪?」 「そうよ、こんなものつけるから言えなかったんじゃない!」 「ごめん」 「だいたい貴族のこの私がなんで、い、いいい犬扱いされきゃなんないのよっ!」 じゃあそのシッポと耳はなに? 出そうになったのを危うく押さえ、本題に戻すことにした。 「だったらなんだよ」 「なにってなによ」 「いいから落ち着けって。あのな、お前の『わんわん』は何だったかって聞いてんの。おかげで授業サボっちまったじゃねえか」 「…………」 ルイズはばつの悪そうな顔をした。 「まあ、勘違いしたのは悪かったと思ってるよ。ごめんなさい。でも一応俺なりに、お前のためを考えて行動した結果なんだからな」 「わ、わかってるわよ!」 「なら、理由言えって」 うー、としばらくうなっていたが、ようやく口を開いた。 「……きがえ……たかったの」 聞き取りにくい声で、ルイズは言った。 「着替え? なんでまた」 「なんでもいいでしょっ! とにかく部屋に戻りたかったの。ああでも言わないと、あんたわかってくれないじゃない」 「って授業終わるぐらい待てなかったのかよ。あれじゃどーしたって、緊急事態と思うだろ?」 ルイズは下を向いて、つま先で地面をほじくり始めた。 「……緊急……だったんだもん」 「はぁ?」 「ああああんたのせいなんだからね! 最後まで責任とりなさいよねっ!」 「責任ってなんだよ。とりあえず、俺、教室に戻るからな。首輪はずしたからあとは自分でできるよな?」 じゃ、と行きかけたが、全力で引っ張り戻された。 「部屋までつれてって」 はいはい、と手を引いてやると、今度は動こうとしない。 「あのなあ、言いたいことあるならはっきり言えって。俺もどうしていいかわかんないだろ?」 才人は困り果てた。 ワケありっぽいし無理に問いつめるのもなぁ、と思ったけれど、でもこれじゃ拉致があかないしな、と思いなおして、奥の手を使うことにした。 両手を腰にあてて少々ふんぞり返りぎみに、ルイズに言い渡す。 「よく聞きなさい、ルイズ。お前は俺の使い魔です。そして俺はお前のご主人様です。そのご主人様たる俺が使い魔に命令します。順序だててはっきりきっちり説明しなさい。でないと……お前はクビです」 効果は抜群だった。ルイズはしぶしぶ口を開いた。 「……歩けないの」 「うん」 「……気持ち悪いの」 「うん」 「……下着が……その……」 「う……?」言葉につまった。 「あ、あ、あんたはその……男だからわかんないかもしれないけど……、女の子って、い、い、いろいろあるのよっ!」 ルイズは紅潮した顔を泣きそうに歪ませた。 そうか、才人はようやく納得した。 いわゆる女の子の日ってやつか。なるほどな、それなら無理に言わせて悪かったな、と反省していると、ルイズはさらに続けた。 「だ、だから。耳とか勝手に触っちゃ……だだだダメなんだからねっ!」 一瞬、思考が固まった。 ひとつ前の台詞といまの台詞。どうつながるんだ? 「あの……」 「なによ」 「それで俺の責任? 俺が耳触ったから?」 ルイズは必死に否定した。 「やっぱりいいわ! サイトは詳しく知らなくていいの、忘れなさい!」 そりゃ詳しくはないけどさ。でも。 (さすがにそこまで言われたら察するしかないだろ〜〜) 才人は頭を抱えたくなった。 どうしていいかわからなくて、とりあえず頭を下げた。 「ごめん! なんかよくわかんないけど、ごめんなさい!」 「謝るヒマあったら、さっさと部屋につれていきなさいよね!」 「あ、うん」 「早くなさい」 「えーと……、抱っこするのはかまわない……かな?」 ぷいっとそっぽを向きながら、ルイズは両手を差し出した。 あいかわらずわかりづらいルイズの行動だった。 勝手にイエスとみなして、才人はルイズの足と背に手を回してお姫様抱っこしてやった。 できるだけ体に触らないように苦心しながら、自分の部屋へと向かう。が、さすがに階段は無理だった。バランスを崩しそうになって、ルイズにしがみつかれてしまった。 ルイズのぺったんこの胸が体に押しつけられて、心臓が飛び出そうになった。 髪からふわりといい匂いがただよってきて、頭がくらくらしてきた。 ……これいったいなんの罰ゲームですか!? 「あのぅ……」ルイズさん、もう少し離れていただけると嬉しいのですが。 「あによ」 「いやなんでも……ないです」 そうですよね。抱っこしてるんだから、離れるの無理ですよね。 桃色の毛に包まれた柔らかそうな耳が、目の前でピクピク揺れた。 息が吹きかからないよう、才人はひたすら息を止めた。 ようやく部屋にたどりついた時、才人は窒息寸前の魚のようになっていた。 #br −7− ルイズが下着を替えている間、才人はおとなしく部屋の外で待っていた。 みっともないから中に入れと言われたが、それぐらいの礼儀はわきまえている。 それに、少なからず男の事情もあった。 ほどなく扉が開いて、ルイズが出てきた。 「いいわよ、いきましょ」 「へ? ……どこに?」 「教室に決まってるでしょ。授業サボる気なの?」 「いや、行くけどさ」 ちらりとルイズの方を見る。 “それ”がイヤでも目に入ってきて、とっさに目をそらす。 「お前はいいって。使い魔なんだし」 「ダメよ。使い魔はいついかなる時も主人のそばにいるものなんだから」 「けどお前、ぜったいおとなしくしてないだろ?」 「……なによぉ。自分の使い魔くらい信用しなさいよね」 言いながら、ルイズは自分の首すじを見せるようにあごを上向けた。何かを差し出す。 「ほらっ、さっさとつけなさいよ」 「って、お前……」 ルイズの手には、例の革製の首輪が握られていた。 さっきまであんなに怒っていたのを、きれいさっぱり忘れたかのようだ。 「それ嫌がってたじゃねーか」 「仕方ないじゃない。ご主人様の命令なんだもの。見るのも触れるのも嫌だけど、今日だけは許してあげるわ。貴族の首にこんなものつけるんだから、光栄に思いなさいよね」 「はぁ」 好意はすごくありがたい。ルイズにしては上出来すぎるぐらいだ。 しかし問題はそこじゃないんだよ……。才人は首をふった。 「やっぱりお前は残っとけ。昼寝でもしてろ」 「なんでよ」 「思い出してもごらん。静かになったってお前は騒ぎを起こすだろうが。使い魔が主人に迷惑かけてどーする」 「でも……」唇をとがらせる。 「だいだい、授業に使い魔は邪魔なだけだし」 使い魔が常に主人のそばにいるというのは建前だ。実はけっこう自由に行動しているものらしい。キュルケのフレイムやタバサのシルフィードがいつもどこで何をしているのか、才人はまったく知らなかった。 「よって、お前の仕事は昼寝に決定。他にできることないからな、うん」 ルイズの手がふるえはじめた。首輪を引き裂かんばかりに強く握りしめる。 「……ど、どうせ……」 才人は、しまったという顔をした。 「……わ、私は、つ、使えない、つ、つ、使い魔よね……」 「い、いや、そういう意味じゃ」 「……掃除も洗濯も、何一つまともにできないし……」 「し、仕方ねーだろ。貴族のお嬢様なんだから」 というか、フレイムやシルフィードもそんなことはしないし。炎を吐いてゴミを燃やしたり、羽で風を起こして洗濯物を乾かすぐらいのことはするかもしれないけど。 「……まま魔法……魔法だって……使えないし……」 「全然問題ないって。ノープロブレム」 ルイズはきっと顔を上げた。 「ダメよ! 使い魔は主人を守る存在なんだから!」 「いや、いいって。むしろ俺がお前を守ってやるし」 かっこいい台詞に才人は軽く酔いしれた。 女の子に守ってもらうなんてあまり嬉しくない。できれば頼られたいものなのだ。才人はこれで夢見るオトコノコであった。 だからさ、となだめるようにルイズの肩をたたく。 「お前はいてくれるだけでいいから。可愛い可愛いお前がいてくれたら、それだけでご主人様は元気百万倍だから。な? だから部屋でおとなしくしてなさい」 というわけで、行ってきます。反転して歩き出そうとしたが、一歩も許してもらえなかった。使い魔最終奥義が発動されたからだ。 才人の背中にぎゅっと抱きつくと、泣き出さんばかりの声でルイズは訴えた。 「ばかばかバカばかぁ、サイトのバカっ! だったらなんで一緒にいてくれないの? 使い魔の面倒をみるのは主人の義務でしょ!? その使い魔がこんなに心細い思いしてるのに、なんで放っておくのよ! バカぁっ!」 才人のサボりが決定した。 #br −8− まだ太陽が明るい光を投げかける時間だというのに、才人はベッドでごろ寝を決めこんでいた。壁の方を向いてすーすーすーと規則正しく寝息をたてている。 ずるり……ぺたっ……。 床を擦るような音が近づいてきた。つむっているまぶたがひくついた。 ずるずる……ぺたっ……。 音はすぐ近くまできて止まった。 次にベッドが沈む気配がして、背中にぺたりと何かが張りついた。 ぞくりと背筋に冷たいモノが走る。ガタガタ震えそうになるのをこらえて硬直していると、今度は柔らかい毛のようなものがするっとうなじを撫でた。 ひぃっ! 声が出そうになるのを気力でツバごと飲み込んだ。 すーすー。ただいま平賀才人は留守にしております。ご用のある方はピーという……ピーという……ぐぁあああああ! 耳をかぷっと甘噛みされて、才人はたまらず跳ねおきた。 ベッドの上には、薄手の毛布をかぶったルイズ。 臥せたまま上半身を傾け、鳶色の瞳でこちらを睨んでいる。なぜ離れるのかと不満顔をしている。 これは犬だ! 人に見えるけど犬だ! 必死に自分に言い聞かせた。でないと体が勝手に動いて、この小さなイキモノに襲いかかってしまいそうだったからである。 「お、お、お前、自分のベッドがあるだろっ!」 肩で息をしながら、才人は叫んだ。 「貴族の私があんな貧相なベッドで眠れるわけないじゃない」 「ご主人様が買い与えてやったベッドだぞ! ケチつけるなよ!」 「頼んでないもん」 「あーーーーもういいから! あっち行けって!」 いや、とルイズはそっぽを向いた。毎晩一緒に“寝て”るのに何をいまさらってふうである。 「じゃあ、せめてちょっかい出すのはやめろよ。俺は眠いんだよ!」 才人は、ベッドの真ん中に縦に直線をひく仕草をした。こっちお前。こっち俺。 そんな才人の顔を探るように見上げていたルイズだったが、這いずるように近寄ってきた。膝の上にぼてっと上半身を乗せると、猫がするように横向きに丸まった。 「……おいっ、なんのマネだよ」 「使い魔のお仕事」 ぶっきらぼうに言う。 ふさふさのしっぽが、せかすように才人の膝を叩いた。 「な、なんだよ」 「もうっ、主人なんだからわかりなさいよね」 「言われても」 「な、なでていいって言ってるの」 真っ赤っ赤な顔で、ルイズは言った。 な、撫でていいって……、 ……どどどどこを!? 言葉の代わりに“それ”がひくひくと動いて答えた。 “それ”とは三角形の柔らかそうな毛で包まれた“それ”であり、教室で才人がさんざんいじりたおした“それ”である。 才人は恐る恐る尋ねた。 「あのぅ、それがなぜ使い魔のお仕事なんでしょうか?」 「わからない?」 ごめん、才人は目を伏せた。 『真の主人と使い魔なら、言葉なんてなくても自然と気持ちが通じ合うはず』 ……なんてルイズは言うけれど、俺にはルイズの考えていることがわからない。さっぱりもってわからない。 ルイズは小さくため息をついた。 「あのね。主人の幸せに協力するのも、使い魔の大事な務めよね?」 よくわからないままに頷くと、今度は照れくさそうにベッドの上に指でルーン文字を書き始めた。 「今日のサイトの顔、あんな幸せそうな顔、初めてみたわ。なんだかうっとりしてた。その……、サイトってとても犬好きなのね。だから使い魔の私にも、こんなふうに耳としっぽが生えちゃったんだと思うの。だから……、だからね……」 ルイズは言葉をきった。 何が始まるのかと待っている才人の前で、ルイズはベッドの上に丁寧に座りなおした。 そろえた両手を前につき、腰をわずかに浮かしてしっぽと耳をぴょんとたてた。 そして、顔をあからめながら、こう言った。 フリッグの舞踏会でダンスに誘ってくれたときみたいに。 「……今日のルイズはご主人様の犬です。どうぞ可愛がっていただけますか?」 心臓が臨界点を一気に突き破った。 霞みそうになる意識を必死につなぎとめながら、才人は思った。 もしかしたら自分は、記念すべきハルケギニア初の『使い魔に萌え死にさせられたご主人様』になれるかもしれない、と。 #br −9− 例えば目の前に、果実のなる樹があるとする。 そこになる実は青く固い。 しかし見よ、いまやその果実は濃厚な香りを放ちたっぷりの蜜をたたえて、お召し上がり下さいと言わんばかりに、自分を待ち望んでいるではないか! それを黙って指をくわえて見ていられるのか? ―――否。 才人の中で原始的な“何か”が目覚め、才人を支配した。 進軍だ! 進軍だ! 進軍だ! 才人は正座をして背筋をぴんと張ると、礼儀正しく宣言した。 「主人想いの真摯な気持ち、この主人しっかり受け止めました。お前は今から俺の“犬”です。そういうことにします」 深々とお辞儀をした。 「それでは、ありがたく頂かせていただきます」 目の前の果実にむしゃぶりついた。 秒殺の勢いだった。 ハイエナのごとく飛びかかり、押し倒し、両手で手の自由を縛り、両膝で足を押さえつけ、首筋に吸いついた。 あまりのことに、ルイズは悲鳴をあげることさえ忘れていた。 才人の口から、意味不明の言葉が漏れた。 「ここここのめめめ雌犬がこのはしたないメス犬めががが」 呟きながら、左手で両手首をまとめあげ、右手をスカートの下にもぐりこませ、すべすべの太ももを撫であげた。 「どどどどうだ嬉しいかなななんていいいやらしいメス犬なんだっっ」 ルイズはじたばたともがき始めた。 そりゃもう必死の形相で暴れた。 その暴れ狂う足を才人は膝でおさえつけながら、襟元のタイを口でしゅるるっと一気にほどき、もどかしげに第一ボタンを噛み切り、今度は鎖骨に吸いついた。 「ききき嫌いじゃないんだろじじじつはすす好きなんだろこうされたかったんだろう」 「……な……な……な……」 ショックを受けたルイズはうまく言葉を発せなかった。 どこかで聞いたような台詞が、才人の口から滑りでた。 「おい犬こら犬ちがうだろワンだろワンと言えこらわんッわんわんわんッ」 ルイズの瞳が信じられないとばかりに見開かれた。こんな侮辱を受けたのは生まれて初めてだった。 才人は勢いに任せてブラウスに噛みつくと力いっぱい引きはがした。残りのボタンがはじけとぶ。その下に現れた薄手のキャミソールを一気にまくり上げる。ルイズの平原があらわになった。曇りひとつなく輝く白磁の肌。それがゆるやかな起伏をえがき、中央に二つ、誘うように薄桃色の果実が息づいていた。なんというエデン! 才人は嘆息をもらした。 キュルケの張りのあるメロンのごとき胸や、シェスタのふくよかな乳牛のごとき胸は、まごうことなき芸術品だ。けれども目の前の平原……目の前の禁断の果実に指をのばすことを想像しただけで、わきだしてくるこの甘い痺れはなんだろう。体の奥からあふれ出し、麻薬のように体内を侵食していく心地よさに、才人はとろけそうになった。 胸はかくも深遠な存在だったのか! この感動を才人は素直に口にした。 「こ、こ、これが……胸……?」 瞬間、ルイズの抵抗がぴたりととまった。 代わりに冷気のようなオーラがゆらゆらと立ちのぼり、体が地震のように激しく震え始めた。ごごご、と地鳴りのような効果音が聞こえてくるようだった。 才人は見事に地雷を踏んでしまったことを知った。 「………………こ……こ………」 ひいっ、才人は反射的に飛びすさった。 「……こ、ここ、こ……これ……む、むむ……」 ルイズの瞳に燃えたぎる炎が浮かんだ。火竜のごとき形相である。 「ち、ちが、待て、落ち着け、な?」 「……ここ、こ、ここれがむむむむねがなななんですってぇぇええええええ!?」 「ルイズルイズルイズっ! 頼む! お願い! ルイズ様!」 いつのまにか、ルイズの右手には鞭がにぎられていた。 胸もとをかき合わせる左手には『始祖の祈祷書』があった。 「わわ、わるかかかかったわねっっッ! ここここれがむむむ、胸でっっっッ!」 ピシピシと鞭が鳴る音を聞きながら、己が受けるだろうめくるめく仕打ちの数々を才人は思い描いた。ああ。 「かか、覚悟なさいぃっっッ! ええええええエロいぬぅぅぅっ、ばかいぬっっッ、しししししし色魔いぬぅぅぅッ!」 無理! 俺にはとても……とても耐えられそうにないっ! 目をつむり、耳をふさぎ、才人は心を閉じた。 ≪なんつー馬鹿者……。あきれて物も言えんわ≫ 飽きず繰り返される馴染みの情景をながめながら、『心』の声は上から目線でつぶやいた。 どうして俺ってやつはこうなんだろう。 過去の自分が思い返される。 幾度となく空振りに終わった、ルイズとの甘いひととき。 一度も言ってもらったことのない、たった二文字の言葉。 ルイズが自分に好意をもってくれているのは確かだと思うのに……。 なぜか二人の心はすれ違い続けているのだ。 まるで何か強大な力が、二人を近づけまいとしているかのように。 だけど……。 だけど、俺だって今までの俺じゃない。日本にいた頃のモテない自分とは違う。 ハルケギニアに来てから、ずいぶんと経験を積んだし。 女王陛下と熱いキスまで交わしたじゃないか! 今の俺のテクニックをもってすれば、妄想ルイズをオトすなど造作もあるもんか。 おい、サイト! そこでじっくり見物しておけよ。 『心』の声は、サイトに配役交代を命じた。 #br −10− 猛獣使いか闘牛士にでもなった気分で、才人は荒れ狂うルイズの前に立ちはだかった。 魔法少女がなんぼのもんじゃ! と息巻いた。 だてにガンダールヴはやっちゃいない。ずいぶんと修羅場をくぐり抜けてきた才人である。自然と不敵な笑みがこぼれた。 「な、なによ、犬。この私に歯向かう気!? いーい度胸じゃない!」 とつぜんの才人の変わりように、桃髪魔法少女はたじろいだ。が、すぐにいつもの強気を取り戻すと、今度は杖を取り出して詠唱を始めた。 <エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ……> ちょっと待て。まだそれ使えないはずだろ!? 『虚無』。エクスプロージョン。デルフでも吸い込みきれない厄介な代物だ。 しかし才人は焦らなかった。『虚無』の詠唱は時間がかかる。それを思い出した。 <オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド……> 才人は素早く無駄のない動きで、詠唱中のルイズの横をすり抜けると、なんなくルイズの背後をとった。そして両手首をつかんで動きを止め、腕ごとぎゅっと抱きしめた。 それこそ想いの限りをこめて抱きしめ、囁いた。 「聞いてくれ、ルイズ。……俺はお前が好きだ」 ルイズは顔を赤らめた。 「なな、なによ、いきなり……。そんなのでごまかされないんだからっ」 心なしか声に迫力がなくなった。それでも詠唱の声を止めようとはしない。強姦まがいの仕打ちを受けたルイズの怒りようは、その程度では収まりきらないほどに凄まじいものだった。 <オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド……> 才人はなおも囁きかけた。 「好き。こんな気持ちルイズだけだよ。嘘じゃないって。ほんとに好き……。大好き、好き……」 連射銃のごとく『好き』をつぶやいた。自分でも何言ってるかわからないぐらいに繰り返した。すると……、詠唱が止まった。 ちらっと横目で盗み見ると、ルイズは湯気が立ちのぼりそうにゆだった真っ赤な顔をしていた。才人は心の中で凱歌を上げた。 さらにたたみかけるべく、殊勝な顔で言った。 「さっきはごめんな、ルイズ」 「え?」 「俺、調子に乗りすぎたよ。ルイズがあんまり可愛かったからさ、つい」 「あ、あ、謝ったってあんなこと……ぜぜ、ぜったい許さないんだから……」 「もうしないよ。ルイズが嫌ならしない」 「あ……あたりまえでしょ。い、犬のくせに……何言ってんのよ……」 「うん。ごめん。でも」 才人はルイズの顎をつかまえると、その瞳をまっすぐにのぞきこんだ。 「俺、知ってるんだ……」 「な、なによぅ」 ルイズはなにやらかわいらしい声を出すと、頬を染めてはじらう様子をみせた。そんなルイズは、本当に女の子らしくて、才人の頭をくらくらさせた。 こんな感じのルイズ、前にも何度か見たことがある、 そうだ、ワルドやジュリオに口説かれている時だ。思い出して苦虫をかみつぶす。 あの二人に比べれば、たしかに自分ははるかに及ばないかもしれない。 だけど、と才人は首をふった。ルイズが想ってくれているのはまぎれもない自分だ。 その自信が才人に勇気と力を与えた。 才人は完璧な仕事をやってのけた。最後の一言で、魔法少女は完全に手の内に落ちた。 「お前だって……、俺に惚れてるんだよな?」 才人は優しく微笑んだ。ルイズの胸がきゅんと鳴った。 「……ち、ちが……」 言おうとするルイズの唇を、才人はゆっくりとふさいだ。 しばらくそうやって触れ合うだけのキスをしたあと。ルイズはすっと唇を離した。 そして聞いてきた。 「わたしのこと……すき?」甘えるような声。 「うん」 「ほんとに……ほんとうに……すき?」 「うん、好き」 すると、とろんとした顔で目をつむったので、才人はふたたびキスをしてやった。あわてずゆっくりと唇をなぞってゆく。 すぐにでも押し倒したかったけれど、そこは我慢した。今までの二の舞はごめんだった。 それに。 ……ソレだけじゃないんだよな。才人はしみじみと思った。好きな女の子を目の前にして抱く感情は“欲望”だけじゃない。奪いたい気持ち。守りたい気持ち。どちらも間違いなく才人の本心だ。 そんなことを考えていたら、なんだかたまらなく愛しくなって、 「ルイズ……大好き……ルイズ……」 もう一度ぎゅっと抱きしめた。 と、ある物が指に触れた。ルイズの頭の上だ。 ふわふわした柔らかい毛玉のようなもの。にぎるとふにふにと不思議な感触がする。 ……なんだこれ? “それ”が何かを才人は思い出した。なるほど。だとすると……。 ルイズの背中に回していた手を、少しずつ下へとずらしていった。細いウェストを通過しようとしたところで、期待通りのモノが才人の手を掠めた。手探りでそれをつかまえようとしたがするりと手からすり抜ける。 ルイズの頭ごしに首をのばすと、スカートの後ろが大きくめくりあがって桃色のしっぽがパタパタと揺れているのが見えた。 ごくりと唾を飲みこみ、才人は考えた。 さてどうしたものだろう。『少女(耳としっぽ付)とxxxする方法』なんて本は日本にはなかった。 困ったなぁ、と思いながら耳やしっぽとたわむれていると、 「……あ、あのね」 ルイズが恥ずかしげに口をひらいた。 「ご、ごめん。触られるの……嫌だった?」 「ううん」首をふる。「じゃなくて……あのね。貴族はね、一度約束したことを違えてはいけないの。絶対なの」 また貴族か……。少しうんざりしていると、 「だから仕方なく……なんだからね? 本当はしたくないんだけど、私はいやなんだけど、でも、貴族の在り方を平民のあんたにもきちんと教えてあげるのが、使い魔としての義務だと思うの」 「はいはい、お前は立派な貴族だよ。だからなに?」 「だ、だから、だからね…………わん」 「……わん?」 「うん。わんっ!」 不意打ちのように、ルイズは才人にじゃれつくように飛びついた。絡まりあうようにベッドの上に倒れこむ。押し倒された格好のままぽかんと口をあけている才人に、ルイズはいたずらっぽく笑いかけた。 「わんわん」 ……今日のルイズはご主人様の犬です。どうぞ可愛がっていただけますか? そんなふうに聞こえた。 参った。もうどうにでもしてくれ、と才人はつぶやいた。 #br −11− 「待て、ルイズ、待てって!」 才人は悲鳴をあげた。ぐいぐいと引っ張られるズボンを懸命に押さえる。 パーカーとシャツは胸のあたりまで引き上げられ、むき出しにされた才人の上半身には、目にも鮮やかな朱いシルシがまき散らされていた。 犬として振舞うルイズは、驚くほどに奔放だった。 (……今日のルイズはご主人様の犬です。どうぞ可愛がっていただけますか?) うそつけ、どっちが犬だよ……。才人はつぶやいた。 哀れな瞳で、自分の手を見る。 その手首には鎖が……ルイズのものだった“首輪”の鎖がきつく巻きつけられていた。 「わん」 小悪魔のような笑みを浮かべると、ルイズは杖を一振りしたのだ。するとどこからか鎖がすうっと飛んできて、才人の手首に絡まりついた。 その顔はこう言っていた。 (……この私にあんなコトやこんなコトして、ぜったい許さないんだからね。お仕置きしてあ・げ・る。) はじまりは、ただのじゃれあいに過ぎなかった。 座りこんだ才人に、ルイズはまとわりつき、嬉しげに体をすりよせてきた。思い出したように「わんわん」と口にしながらしっぽをパタパタさせる。 そんな仕草に、なんだか本物の犬みたいだなぁなんて思いながら、才人はふてくされながらも、ほっぺをぷにぃと引っ張ってみたり、髪をくしゃくしゃっと撫でてやったり、そんなふうに相手をしてやっていた。 ところが顔中をぺろぺろやりはじめたあたりで、雲行きが変わってきた。 甘いキャンディでも舐めるように、夢中で舌を這わせてくる。暖かい息が何度も肌をかすめる。果ては顔だけでは飽き足らなくなったのか、耳やら首やらまでぺろぺろとしてきたので、さすがに我慢がきかなくなってきた。 「ル、ルイズ、くすぐったいよ、おい」 やんわり押しのけた。すると顔を上げて、ダメなの? というふうにと首をかしげる。 なんだかもう『待て』を命じられてる飼い犬の気分だ。 鞭や『虚無』のような激痛はないけれど、辛いレベルはこっちの方が上じゃなかろうか。 体をむずむずさせていると、ルイズが心配そうにじっと顔をのぞきこんできた。わずかに開いた唇から可愛らしいピンクの舌がのぞいている。 また顔を舐めてくるのかな? ルイズのぽってりした唇をみつめた。 それよりもあの唇にキスしたい。すっごくしたい。でも犬にキスなんてしないよな普通。いやするか? する人もいるよな? ルイズみたいな犬ならむしろ喜んでしたいっていうか。ああ、したい。キスしたい。今したい。 ふと思いついて、ちろっと舌をつきだしてみた。誘うように小きざみにうごかす。 すると使い魔、興味をしめしたみたいで、舌の先をなめてきた。ねこじゃらしに近づく子猫のように、それはもう無邪気な様子で。 つん。触れた瞬間、才人の背筋にぞくっと電流が走った。 腹の底からつきあげるような熱い衝動。 気づくとルイズの舌を強く吸い上げていた。 「ん……んっ……」 息苦しそうな声にようやく我にかえった。 力をゆるめて放してやると、ルイズの口からはぁっと吐息がもれた。 目の前のルイズは、ワインに酔ったようなとろけきった表情をしていた。そういえば授業中にもこんな顔をしていたっけ。 ぼんやり思い出していると、ルイズは「くぅん」と切なげに鳴いて、また顔を近づけてきた。才人の唇をぺろっと舐めると、今度はちゅうちゅう吸い始める。上唇を吸い、下唇を吸い、舌を差し入れてあっちこっち探りまわったあげく、ようやく才人のそれに絡め合わせてきた。 不慣れでたどたどしくはあったけれど、いつも才人がしている手順そのままだ。 気がついて顔が赤らんだ。 これってOKってことだよな? 「……ルイズ」 唇をはなして、ルイズをみつめる。 はなれた唇をつなぐように、朝露の透明な糸がつうっと弧を描いた。それをすくい取るようにルイズの舌が動く。ケモノが舌なめずりするような色っぽい仕草。 頭がオーバーヒートした。 もう無理。死ぬ。たまらず襲いかかるようにのしかかった。鎖の存在なんかものともせずに体ごとぶつがるようにして押し倒した。 「ルイズルイズルイズ!」 白いブラウスがはだけて、目の前いっぱいに平原……エデンの園が広がった。 荒げた息のまま、才人は禁断の果実にむしゃぶりつこうとした。リンゴというよりはサクランボ中実がいっぱいつまった甘い甘いものです! ところがルイズはおそろしく敏捷な身軽さで身をかわすと、才人のタックルから紙一重のタイミングで逃れた。 勢いのままシーツに叩きつけられる。さらにルイズに背中からのしかかられて、才人は顔ごと押しつぶされた。 「……うぎゅぅっ」 獲物を仕留めた雌ライオンのように、ルイズは才人の頭を押さえつけた。 「へ……へめぇ……なにふる……」 「わん」 遊んでやがる、こいつ。 ふくれあがったこの“欲情”をどうしてくれるんだよ、おい! 「わんわん、わわん」 ご機嫌なルイズは、才人のパーカーごとシャツをめくりあげると、今度はいくつもキスマークを刻みはじめた。しばらく夢中になったあと、伺うように才人の顔をのぞきこんでくる。 そんな蚊に刺された程度の刺激でどーにかなるかよ、バカ犬っ! 「なっ、なめんなよ〜〜」 にらみつけ、体を反転し仰向けになった。鎖でしばられた手でルイズの左腕をむんずとつかむと、それを支えに上体を起こす。 ここまでコケにされて黙ってられっかっての。なあ、ねーちゃん。犯されても文句は言えねーよなぁ? 股間のモノはすっかり準備万端なのだからして。 このコナマイキな雌犬に、男の恐ろしさってものを味あわせてやるああ体に教えこんでやるともマジやってやる! 「わん」 右手が動いた。 一振り。すると鎖は生き物のように形を変え、ヘビのようにするするっと伸びるとベッドの柱に巻きついた。ものすごい勢いで腕をひっぱられ、ベッドに叩きつけられた才人はうめき声をあげた。 #br −12− ああ、こういうのってなんていうんだっけ。……SM? ……ちょっと違うか。そうでないと信じたい。 なんにしても、はたからみればすごい光景であることは間違いなかった。 両手首を鎖でひとつかみに拘束された男があお向けに寝転がされ、その上をブラウスをはだけた美少女が馬のりになり、夢中で肌に吸いついているのだ。 獣の耳と尾をもつその少女は、波うつ桃色がかったブロンドをいっぱいに広げ、男のシャツをまくりあげながら上に上にと唇をすべらしていた。 じりじりと焦燥感に焼かれながら、才人は待った。 もう少し……もう少し……。 そしてその瞬間がきた。少女の頭にある“それ”すなわち“耳”がすぐ目の前でひくついている。 才人は手首に鎖がくいこむのも気にせず、思いっきり首をのばして、その耳にむしゃぶりついた。ねっとりと唾液をからめた舌で、内側の柔肌を舐めあげる。 ひゃうん! 少女の体が大きくはねた。同時に胸のあたりに軽く焼けるような痛みを感じた。とっさに歯をたてられてしまったらしい。 上目づかいで、ルイズがじっとこっちを見ている。 頬はすっかり上気して、口を半開きに、はぁはぁと息を弾ませている。 それはもはや“犬”でも“少女”でもない。匂いたつような、感じている女の顔だ。 「おいで……ルイズ」 優しい声で言う。舌をゆらして誘う。 迷う瞳。 「かわいがってあげるってゆってんの、ご主人様が」 ねだるような色が混じりはじめる。 そろそろとルイズは近づいてきた。感じやすい場所をさらけだすように、無防備に才人の胸に顔をうずめる。 生暖かいその場所にふぅっと息を吹きこんで、今度は舌先で繊細に刺激をくわえてやった。 弱く……強く……奥を探り、時には甘噛みをして、思考のすべてを“それ”に注ぎこむ。 「んっ……んんっ……はぁっ……」 せきを切ったように、甘い声がルイズの唇からあふれだした。 その調べにあわせるように、身をよじり、細い腰をゆらす。 『だ、だから。耳とか勝手に触っちゃ……だだだダメなんだからねっ!』 恥らうように言ったルイズの顔。 クラスメイトに囲まれ怯えるルイズの顔。 フラッシュバックのように、次々と脳裏に浮かんでくる。 そして今ルイズがしているだろう顔。……俺だけのものだ。そう思った。 「……っ!?」 いきなり太ももの内を撫でられたような感触に、才人は体をふるわせた。 ルイズが腰をゆらすたびに、その感触が戻ってくる。 やべ……。 しっぽ……ルイズのお尻から生えているふさふさの毛束が、才人の股間を刺激している。まるでルイズの指でまさぐられているみたいだ。苦しいぐらいに熱く衝動がふくれあがっていく。 衝動をおさえるように、懸命に舌を動かした。そのたびに揺れ動くルイズの腰。ぴちゃぴちゃという自分が与えている湿った音が、他のあるモノを連想させる。 たまらなくなって、腰を浮かせてつよくルイズに押しつけた。ズボンの中でふくれあがったそれが、柔らかな少女の太ももの合間にあてがわれる。触れた場所が焼かれたように熱くなった。 「あ……や……ぁッ」 驚いたルイズが逃げようとするのを、足を絡みつかせてがっしりと捕らえた。 すりつけるように腰を動かすと少しずつルイズの太股が開いて、とうとう服越しにぴったりと重なり合った。ぐちゅ……と湿った音がして、ズボンを通してじっとりと潤ったものが肌を濡らす。 ルイズはといえば、ショックのせいか呆けたような表情をしていた。 それもそうだ。ずっと隣で寝ていた男の体がこんなふうだなんて知りもしなかったんだろう。 もどかしさに狂いそうになりながら、才人は呼びかけた。 「ルイズ!」 遠くをみるような焦点の合わない瞳。 才人は手をがちゃがちゃいわせた。 「これ取ってくれよ。頼む」 ぼんやりと首を傾げてから、スローモーションのように首をふった。 そして無邪気な笑みを浮かべて「わん」と鳴いた。 この状況でまだ犬ごっこかよ。なりふりなんて構ってられない。 「ルイズぅ、ルイズちゃん。取ってくれないと、ご主人様、もうかわいがってあげないぞ? 使い魔クビにしちゃうかもよ?」 「わん」 どこまでも“犬”で通すつもりらしい。なんて意地っ張りなんだ。 それとも……自己催眠にでもかかってしまったんだろうか? 才人は不安になった。 そういえばどこか様子がおかしい気もする。 そんなふうに“心”がルイズを気づかう一方で、才人の“体”は正直にもルイズの内にある熱を求め続けていた。すりつけ、打ちつけ、時にねじこむようにして、己の荒らぶりをしらしめる。 ようやくショックから抜けだして、行為に馴染んできたらしいルイズは、口を半開きに舌を見せながら、はぁはぁと気持ちよさげに揺れていた。ときどき自分から擦りつけてきさえする。白い肌に上気した頬が、蜜をたたえた白桃を思わせた。 拘束されて思い通りにならない体のまま、そんなあられもない姿をみせられてはたまらない。あまりの苦しさに才人はのたうちまわった。 「ほぅぁああああああああっ」 体中の血が沸騰しそうだ。ズボンははちきれんばかりに盛り上がり、強く圧迫されたその部分は快感よりむしろ痛みを感じるほどで、ちぎれんばかりに腕を振り回したが、鎖はゆるむ気配すらない。 まるで拷問だ。 「ルイズ、ルイズっ! ルイズ!」 つい声を荒げて叫ぶと、びくっとルイズは動きを止めた。 そして叱られた子犬のような瞳でじいっと才人の様子をうかがってくる。 な、なんだ? もしかして俺が怒っているとでも思ってんのか? 「こらルイズ」 試しとばかりに厳しい顔を作って叱咤すると、ルイズはくぅんと鼻を鳴らして泣きそうなすまなそうな顔をした。くるんと丸まったしっぽが太ももの内に逃げ込む。 ルイズらしくもないもそんな弱気な仕草に、才人は突破口を見出した気がした。 思いつくまま言葉を並べたてる。 「お前、俺がなんで怒ってるかわかってんのか?」 ルイズは首をふる。 「お前な、また粗相しただろ。さっき着替えたばかりなのに、見ろ。俺はそんなふうにしつけた覚えはありません」 きょとんとした顔で、ルイズは膝立ちして下をのぞきこんだ。 すると大事なご主人様のお召し物が、自分のせいでぐっしょりと濡れてしまっている。 うつむいたルイズの口もとがふにゃっとくずれて、瞳に涙が溜まった。 「よし、反省してるなら許してやるから。この鎖をだな……だぁああああッ!」 激痛が才人を襲った。 ルイズが渾身の力でズボンを脱がそうとしたからだ。 「待て、ルイズ、待てって!」 才人は悲鳴をあげた。ぐいぐいと引っ張られるズボンを体重をかけて押さえつける。 これ以上、俺のせつない部分をいじめないでやってくれ! 「ボタン、ボタン! はずせって!」 必死にいいつのると、やっとわかってくれたのか、ルイズは三たび杖を振った。 アンロックの呪文。まさかこんな使い道があろうとは。 犬語ではない詠唱が終わると、ぷちんと勝手にボタンがはずれ、するっとファスナーが降りた。 その瞬間才人は限りない解放感を感じた。才人の男としての機能はかろうじて守られた。 #br −13− 才人の下半身を素っ裸にしたあと、ルイズはふらりと立ち上がった。 よろよろと足元を危なっかしくしているのは、足場がひどく不安定だというばかりでなく、愛の行為で体がゆるみきっているせいだろう。 あやつり人形のように手を泳がせて、ルイズは腰に手をやった。 ふぁさりと音をたてて、スカートがすべりおちた。 次にシルクの下着に指をかけると、ためらうことなく足から抜き取った。 すっかり湿って汚れてしまったそれを見つめて、ルイズは涙を浮かべて唇を噛んだ。ううっと嗚咽のような声がもれる。 その姿はおねしょを見つかって叱られた子供のように頼りなさげで、才人は抱きしめてやりたい衝動にかられた。けれど抱きしめる腕は自由を奪われてしまっている。 「泣くなって……怒ってねーから」 溢れた蜜がひとすじ、ルイズの内ももを伝ってぬらした。その瞬間ふと、 『おいで、ルイズ。綺麗にしてやるから』 そんな台詞がよぎって、あわてて胸のうちに飲み込んだ。 いくら今のルイズ相手とはいえ、恥ずかしすぎる台詞だ。頭が沸いているとしか思えない。 ああ、こんなときルイズが言ってたみたいなテレパシーが使えればなぁ、と才人は思った。主人と使い魔の『絆』はことあるごとに感じる時があるけれども、そのくせ肝心の気持ちひとつ伝えることのできない自分たちだ。 「ルイズ……」 ルイズは、じっと何かを見つめていた。 下を向いて、不思議そうに目をみひらいて見つめている。 と、いきなり才人の体に馬のりになり、さらにじぃっと眺めだした。 目の前でふるふると揺れる物体に心を奪われたのだ。 それは才人の股間から天に向かって屹立していた。 才人は心の拳をふるわせた。 ……こ、こンのバカ犬。 さっきの涙はなんだよ。てか空気読めよ。てか俺の独白を返せよこら! 「わん」 変なところで心を読んだかのように、ルイズは鳴いた。 そして目の前のグロテスクな腸詰のような物の先端に透明なしずくがこぼれているのをみとめると、ぺろっとなめ取った。 「はうぁっ」 思わず声をあげてしまい、その不覚さに才人は奥歯をかみしめた。なんかもうここまでされて声をあげたら負けだと思った。男のプライドの問題だ。 とはいえここで止められたらそれこそ地獄なので、才人はできるだけ美味しそうにみえるように注意を払って、ぴくぴくと己の物を震わせた。 案の定、ルイズは嬉しそうにそれに飛びついた。口いっぱいに頬張るとむぐむぐと感触を確かめるように舌で先から奥まで舐めまわす。 まるで最高のオモチャを見つけたかのように、長いシッポが持ち上がって才人の鼻先をかすめてパタパタゆれた。 すると今までひっそりと隠されていた森の泉がしっぽの下から現れでた。泉はあふれるほどの清水をたたえてなお、さらなる透明なしずくを少女の内腿にこぼし続けている。 才人の顔からほんの数サントのところで、蜜はきらめきを放ち、泉をとりまく花畑はひくひくと震えていた。飢えた蜜蜂のようにその甘い蜜を味わんとしたが、繋がれた手首がぎりりと痛んで、上向け続けていた首はとうに限界を超えていた。 そして気まぐれな使い魔はといえば、そんな才人の苦しみなど我関せずとばかりに、自分の好奇心のままに才人の部分をもてあそんでいる。 生き地獄だ……。才人は思った。 これなら鞭や『虚無』の方がどれだけマシかしれない。 夢なら覚めてくれ……。切実に祈った。 #br −14− サイト……サイト……。 自分を呼ぶ声に、才人は意識を取り戻した。 「もうサイトったら、いつまで寝てる気? そろそろ移動なんだからね」 「……ああ?」 呆けたように辺りを見回す。 瓦礫となった家々。すぐ向こうにロマリア軍の兵士や、水精霊騎士隊の友たちが見える。 まだ日は高く、さして時間は過ぎていないようだった。 戦車を背もたれにして、才人はねむりこけていたのだった。 「うーん、たしか俺、地面に……」 ぼんやりとした頭をさする。すぐ横にルイズがいた。 「バカね。あんなとこにいられたら邪魔じゃない」 「そっか」 どうやらルイズが動かしてくれたらしい。 「ったく、あんたがちっとも起きないもんだから、ヒドい目にあっちゃったわよ」 「なんだよ、ヒドい目って」 「あの話、みんなの前で説明させられたの。失礼だわ。あんなに笑うなんて」 「あの話……って、お前が犬の格好してどうのってやつ?」 「決まってるでしょ。他に何があるっていうのよ」 「お、お前っ。話したのかよ。あれ。全部?」 夢うつつで見た妄想の場面の数々が思い出される。 とても人さまに明かせるようなシロモノではない。 「仕方ないじゃない。でないと、もっととんでもないことを想像されそうだったんだもの」 あれよりとんでもないって、どんなだよ!? 一人ツッコミ入れてから、才人はなんだか温度差があることに気がついた。 話しているルイズは、格別照れているようでも怒っているようでもない。 「あーあのさ。それってどんな話だっけ」 「どんなって?」 「なんでだろ。思い出せないんだよな」 「これあんたの記憶よ? 思い出せないなんてヘンじゃない」 「仕方ないだろ、実際そうなんだから」 んー、としばらく考えてから、ルイズは口を開いた。 「ほら、前に私の部屋で話したの覚えてない? 黒猫の……その……」 「アルビオンのか?」 黒猫の衣装。アルビオンの宿でルイズが着ていたやつ。 妖精亭のみんながいたりで一瞬しか拝めなかったけど、よかったよなぁ、あれ。 ルイズ、また着てくんないかな、と才人は内心やにさがった。 「そうよ。そのことであんた聞いたじゃない。なんで猫なんだよって。使い魔なら犬じゃないのかって」 「あー!」 才人はぽんと膝を打った。 記憶がよみがえった。まったく予想していない方向の“記憶”だったので、脳が勝手に排除していたみたいだ。 「そうだ。で、俺が絵を描いたんだよな。でっかい犬の着ぐるみ着て『ご主人様〜』って言ってるお前の絵。あっはは、そうか、あれか!」 急におかしくなって腹を抱えて笑い転げていたら、ルイズに殴られた。 「あんたのお陰でいい笑い者よ、ふんとにっ!」 ぷりぷり怒っている。 「いいじゃねーか、それぐらい。あいつらだってしんどい目にあったんだぜ。和ませてやれよ」 「なんで私がそんなことまで」 「命張って守ったってのにこれだもんな。浮かばれないよなーあいつらも」 ちょっぴり逞しくなったように見える我が友らの姿を、才人は遠目から眩しくながめた。 「ねえ、サイト」 「あん?」 「あんた、ちょっと部下の指導がなってないわよ」 「そーか? たしかに弱っちいけど、だいぶマシになったと思うぜ」 「戦いはいいのよ、戦いは。問題は精神的な部分よ。まだ戦地にいるというのに、あの人たちときたら、すっごくいやらしいこと考えてるの」 「いっ!?」 「しかもね、みんなが言うには、副隊長はお酒が入ると、さらにとんでもなくいやらしい話をするって……それって、ほんとなのかしら?」 「はは、まさか、そんなわけないって、そうだ、ルイズ、みんなにからかわれたんだよ、ルイズとても素直だからさ、うん」 じりじりと才人は後じさった。いい加減この展開は卒業できないもんだろうか。 大勢の前で『好き』って告白までさせられて、この扱いはないよなぁ。 けれど、いくら待っても拳も蹴りも飛んではこなかった。 代わりに、ルイズは才人の首に手を回した。 「男の子だもの。少しは許すわ。でも」 頭を引き寄せると、そっと唇を重ねた。 「私以外を相手にそゆこと考えたら、ぜったいに許さないんだからね」 〜 FIN 〜
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今日はあなたがご主人さまワンッ! ぎふと氏 #br −1− 「ホントに始まっちゃったなあ。聖戦」 ギーシュの声に、一同の目が空へと向かう。 晴れ渡った空。次々と描かれる白い聖具の紋。 なんだか祭りか運動会でもはじまるみたいだな……。 才人はしみじみとつぶやいた。 「ちょっと、ゼロのルイズ。もっと詳しく聞かせなさいよ」 コルベールの調査を手伝っていたはずのキュルケが、いつのまにかルイズの横にいた。 その瞳は好奇心できらきらと輝いている。 「なんの話よ」 「だ、か、ら、“あんな格好”よ」 含みをこめてキュルケは囁いた。 「なな、なんのコトかしら?」 「とぼけないで。聞こえたわよ? あなた犬扱いされて嬉しがってたっていうじゃない? しかもベッドの上で。サイトも案外やるわよねぇ」 瞬間、ルイズの足がヨルムンガント級の破壊力で才人の腹に打ちおろされた。げぼぼ……と悲痛な呻きが漏れる。 「そそ、そんなんじゃないわよ!」 「ならどんなわけ? 白状なさいな」 「もう忘れたわよッ!」 ルイズの目が吊り上がった。 「しし知りたければ、こここいつに聞けばいいでしょこいつにっ!」 使い魔をがしがし踏みつけながら、ルイズは暴れ叫んだ。 (言えるわけ……ないよなあ……) 降りかかる火の粉を避けるように、才人はそっと目を閉じた。 いまのルイズの中にある“才人に関する記憶”は、もとは才人の中にあったもの、“才人の目から見た二人の記憶”だ。 それはべつにいいんだよ。 照れくさいけど、今までどんなふうにあいつを見てたとか、いまさら知られたところで、好きな気持ちに変わりはないし。 ルイズも嬉しがってるみたいだしさ。 けどなぁ、ブリミルさんよ。 なにも……なにも俺の“妄想領域”までバラすこたないだろぉおおおおおお!? ルイズ。俺のルイズ。可愛い俺のご主人様。 可愛くて清楚で、キスぐらいしかさせてもらってない大好きな女の子。 やっとこ恋人になれそうって時に、そりゃないんじゃないのよ、ねえ? だいたい今日はいろんなことがありすぎた。 勘弁してくれよ。へとへとだよ。現実逃避させてくれよ。 妄想か……俺の妄想……どんなだっけなぁ。犬とかベッドとか言ってたっけ。ああもうなんでもいいや…… なんだか身も心も疲れ果た心地がして、 才人は意識を手放し妄想の海に沈んでいった――― #br −2− 朝。教室に現れた才人を見て、クラスメイトたちは目を丸くした。 信じがたいものを、鎖につないで引きずって入ってきたからだ。 「サイト! きみ、何を引きずっているんだい!」 青銅のギーシュが、駆け寄ってきた。 「使い魔」 「よく見ると……いや見なくても、そうだな」 ギーシュは頷いた。 「しかしなんでまた、こんなけしからん、まったくもってけしからんッ、格好をしているんだねッ!?」 興奮に震える指で、足元にうずくまる桃色の物体を差した。 それは一人の少女だった。 しかもかなりの美少女だった。 桃色がかった流れるブロンド。宝石のような鳶色の瞳。抜けるように白い肌と華奢な手足。凛とした高貴な雰囲気はまるで血統書つきの小動物のよう。 いや、小動物そのものだった。 頭のてっぺんからは、桃色の柔毛に包まれた逆三角形の耳が二つぴょこんと突きだし、スカートの向こうからはやはり桃色をしたふさふさのしっぽが顔をだしていたのだから。 そして、才人は手に長い鎖を持っていた。 その先はと見ると、奇妙なものへとつながっていた。犬を散歩させる時に使うような首輪である。それが少女の首にはまっていた。 何の変哲もない赤茶の革製のベルト。なのになぜだろう? 少女とセットになっただけで、まったく別のイケナイナニカに見えてきた。 首輪。つまりは拘束具である。 拘束具とはすなわち、行動の自由を奪い言うことをきかせるために使われるもので、少女の首にあるそれを眺めているだけで、ギーシュは血液が逆流するような興奮を覚えた。 才人は肩をすくめてみせた。 「こいつさぁ、すっごくワガママなの。誰かれかまわず噛みつこうとするし、ちょっとかまってやらないとすぐ暴れるし、自分の寝床あるくせに気づくと俺のベッドの中にいるしさ。使い魔のくせにちっともご主人様の言うこと聞かねーの。だからね、オ・シ・オ・キ」 一斉にあがるどよめきに、男子生徒たちの羨望のため息が混じる。 いつのまにか、彼らの周りには人垣ができていた。 「……これは、純粋に学術的な興味なんだが」 こほん、とギーシュは咳払いした。 「君のようなケースでも、使い魔にとって主人の命令はやはり絶対なのかね?」 「なに、お前んとこは違うの?」 「もちろん、僕のヴェルダンデほど従順で有能な使い魔はいないよ。僕の命令は絶対だ。そして僕の命令に応えることは、ヴェルダンデにとって至上の喜びなのさ!」 恍惚と宙に手を広げると、ギーシュは続けた。 「しかしね、君、ルイズは人間だよ。しかも貴族だ。人一倍プライドの高い彼女が、いくらなんでも平民の君におとなしくしっぽを振るだろうか?」 「ちっともおとなしくねーよ。だからオシオキなんだろ?」 才人は悪びれもせずに言った。どうやら人間の首に首輪がはまっているという異常性は、欠片も感じていないらしかった。 息を荒げたマリコルヌが、体を震わせる。 「あのルイズがね。はぁはぁ……『契約』ってすごいよネ」 「あら、すごいのはダーリンよ。平民なのに貴族を召喚しちゃうんだから」 キュルケが、髪をかきあげて言った。そして才人の肩にしなだれかかり、艶のある視線を投げかける。 「いっそ私もダーリンの使い魔になっちゃおうかしら。こんな子供っぽい子よりよっぽどお役に立てるわよ。戦いはもちろんのこと、夜の方も……ね?」 「ハハ気持ちだけで嬉しいヨ」 「もう、そんな奥ゆかしいところも大好きよダーリン!」 感極まった声で立ち上がると、キュルケはぎゅうっと才人の頭を抱きしめた。豊満な胸が押しつけられる。 ぐるるる……。 机の下から獣っぽいうなり声がした。ずっと床にしゃがみこんでいたルイズが、上目づかいで歯をむいているのだった。 「いやだ。妬いてるの? ≪犬≫のルイズ」 キュルケは見せつけるように、さらにぐいぐい胸を押しつけた。 ぐるるる……。 「うなってばかりいないで何か言いなさいよ」 すまなそうに才人は首をふった。 「できないんだよ、キュルケ」 「え?」 「今のルイズは、人の言葉を話せないんだ」 「どうして、なにかの魔法?」 首輪を指差す。 「これ、マジックアイテムなんだ。つけると性格が穏やかになって、暴れたり噛みついたりできなくなる。ついでに人の言葉も話せなくなるんだって」 「まあ」 「かわいそうだけど、こうでもしないと落ち着いて生活できないからね。キュルケやシエスタや他のみんなとも、自由に話すこともできないしさ」 「ダーリンったら……、そんなにまでして、私とゆっくり愛を語らいたかったのね。嬉しいわ」 キュルケは熱っぽい眼差しで、才人の膝の上に乗りあがると、顔を寄せてきた。 「微熱のキュルケはいま、情熱のキュルケに変わってしまったの……」 瞳を閉じて唇を重ねようとしたが、別の手に引っぱり戻された。モンモランシーだった。 「まったくはしたないわね。ここは教室。あなたの寝室じゃないのよ?」 「なによ、邪魔する気?」 憮然とするキュルケを押しのけて、モンモランシーは、自分がその場所におさまった。才人の膝の上である。そして両腕を才人の首にまわして抱きついた。 「サイトはね、あなたみたいな淫乱女は好みじゃないの」 「まあ、言ってくれるじゃない。あなたこそギーシュはどうしたのよギーシュは!」 目をつりあげ、負けじと才人を取り返そうとしたキュルケだったが、その前にモンモランシーごと排除されてしまった。いつのまにか才人は、大勢の女生徒たちに囲まれて、ハーレム状態を築いていた。 「サイトさん、放課後はわたくしとお茶をご一緒してくださいますわね?」 「だめです。サイトさんにはこの後、私の手料理を食べていただくんです!」 「……先約」 返事の代わりに、才人はニコニコと明るい笑顔を浮かべていた。 ≪なんだよ……俺ってこんなかぁ?≫ 目の前に繰り広げられる光景に『心』の声はあきれかえった。 そのときふっと当時が思い返されて、仕方ないかな、とも思った。 だって俺、犬、犬ってボロクソな仕打ちされてたし……。 でも、でもね、と『心』の声は優越感たっぷりに胸を張った。 今の俺、ご主人様に想われちゃってますからー。 そんなご主人様をほったらかしって無理ですよねー? 犬ルイズかわいいじゃん? 犬上等。犬最高〜♪ で、そのルイズはいったいどこかなー、と探してみれば大変なことになっていた。 #br −3− 女子生徒たちに押し出される格好で、ルイズは才人からずいぶん離れた場所にいた。 ぶすっと押し黙って床に座りこんでいる。 その周りを男子生徒たちが取り巻き、好き勝手に感想を言いあっていた。 「こうしてみると、ルイズもなかなか可愛いよなー」 「うん、スタイルはともかく、見た目はいい線いってるし」 「あーあ、俺もこういう使い魔が欲しいよ」 犬化したルイズは、クラスメイトのおよそ半数からかつてない好感度で迎えられていた。 むすっとした口元も。不機嫌そうな目つきも。むくれた頬も。時おり神経質そうにピクピクと動く耳も。 小動物のそれだと思うと魅了の魔法をかけたように愛らしく映るのだった。 「なあ、あの耳。……触ったらダメかな」 一人が言いだした。ふさふさの柔らかそうな耳。見た目は犬のそれである。 「やめとけよ、噛まれるぞ」 「首輪してるから大丈夫って、サイト言ってなかったか?」 「そうだな。じゃあ“お手”なんてするかな?」 「あのしっぽ、気持ちよさそうだよなぁ」 皆の目つきに奇妙な光が混じり始めた。 だらんと両手を伸ばし、ふらふらとルイズに近づいていく。 そのアンデッドのような姿に気おされて、ルイズはあとじさった。 いつものルイズであれば、調子にのるんじゃないわよ! と一蹴し、噛む殴る引っ掻く蹴るのフルコースだってお見舞いしてやれたろう。 しかし今日は勝手が違った。どうにもその気力が沸いてこないのだ。 これは……いける。少年たちは、ごくりとツバを飲み込んだ。 一歩近づいた。一歩退がる。一歩近づく、また退がる。 ルイズを囲む輪が小さくなって、とうとう逃げ場所がなくなった。 追いつめられて動けなくなったルイズは、身をすくませ、才人の姿を探した。けれども見えるのは女子生徒の群ればかり。 誰かの指が、ルイズに触れようと伸びてきた。 ルイズの瞳にくやし涙が浮かんだ。 ≪おおお前ら、なに調子こいてんだ〜!?≫ ご主人様の危機的状況に『心』はたまらず声をあげた。 ちょっと、俺のご主人様、泣かしてんじゃねーよ。 誰の許し得てそんなマネしてんのよ! あーのねぇ、 「ルイズに触っていいのは、この俺だけだっつの!」 『心』の中で吼えた―――つもりだったが、なぜだか教室中に響き渡った。 気づけば、腰を抜かした男子生徒の輪ができあがっていた。 「わわわ、サイト。待て、待ってくれ!」 「ごめん、悪かった! だから剣はおさめてくれよ」 「ルイズはお前の使い魔だもんな。うん、そうだよな、うん」 輪の中央にはルイズ。そして傍らには、抜き身のデルフリンガーをかまえた才人が立っていた。 「はれ?」 才人は不思議そうにクラスメイトを見つめ、デルフを見つめた。なんで俺こんなことしてるんだ? そこへ、つんつんと服を引っ張られた気がして我に返った。 見ればルイズが伸び上がるようにして、パーカーの裾を口でくわえている。 「……なんだよ?」 見下ろしたルイズの瞳に小さく光るものを認めた才人は剣をおさめると、めんどくさそうにその体を抱き上げた。大きくため息をつく。 「お前さぁ、暴れなくなったと思えば泣くしぃ? いいかげん面倒かけんなよ」 するとルイズはむぅっとふくれて、顔を才人の胸にごしごしこすりつけた。それから何が不満なんだか、いらいらと服越しに才人の腕をかじり始めた。 「はは、わりい。こいつほんっと気難しくてさ」 クラスメイトたちは、毒気を抜かれたような顔をしていた。 普段からはとても想像できないルイズの姿である。どうやっても犬にしか見えないのである。これも首輪の効果なんだろうか。だとしたらなんと恐ろしい代物なんだろう。 その時、教室の扉がガラッと開いた。 現れたのはミスタ・ギトー。二つ名は『疾風』。 プライド高く厳しいと評判の先生である。 生徒たちは慌てて自分の席へと戻った。 #br −4− 妄想の中でも、やっぱり授業はつまらなかった。 コルベール先生のように興味のわくものもあったが、魔法を使えない才人にとっては基本的に子守唄でしかない。 始まってほどなく、うつらうつらとしていると、膝の上に何かがどすんと乗っかった。うぐっと声をつまらせて下を見ると、ルイズが我が物顔で丸くなっていた。 「重いって。降りろよ」 小さめサイズとはいえ犬猫とはちがう。押しのけようとしても、太ももに指をたてるようにしがみついて離れてくれない。 せめて頭ぐらいにしとけよーと思ったが、ルイズはおかまいなしだった。不機嫌な空気を体中から発散させたまま、石像のように動かなくなった。 「ったく……勝手にしろ」 腹立ちまぎれに、耳を指で弾いた。 ぴくん! ルイズの体が、かすかに跳ねた。 ん? 気づいた才人は、今度は期待をこめて、ふたたび同じ動作をしてみた。 ぴくん! 期待どおりの反応。これはいい退屈しのぎになりそうだ、とほくそえむ。 次に才人は、手のひらで優しくさすってみた。 太ももの指にぎゅうっと力がこもったが、それ以外に反応はない。 じゃあ、と手のひらにすっぽりおさめて、にぎにぎする。 うなり声がして太ももの痛みが増した。でもそれだけだ。つまらない。 なんとなしに才人は、ルイズの頬に手をかけてこちらに向かせてみた。 するとルイズときたら。まままま真っ赤な顔をして唇をかみしめているではないですか! そしてそれを見られたのが恥ずかしかったのか、慌ててそっぽを向いた。 おやおや、なんでしょうこの反応は。才人のイタズラ心に火がついた。 心なしかひくひく震えているような耳に顔を近づけると、そこにふうっと息を吹き込んだ。 「ひゃうん!」 奇妙な声に、教室中の目が集まる。おっと、まずい。 才人は真面目な顔をとりつくろって、真剣に授業を聞いてるフリをした。 でも左手は机の下。ルイズの柔らかな耳をいじくっている。 気づけば、キュルケとミスタ・ギトーが激しくやりあっていた。 「火傷じゃすみませんわよ?」 「かまわん。本気できたまえ。その有名なツェルプストー家の赤毛が飾りではないのならね」 授業中の一生徒と先生のものとは思えない会話だった。が、才人にはどうでもいい。これ幸いと調子にのり始めた。 長い金髪をかきわけるようにして、細い首すじに触れてみた。 触れた肌からは熱い火照りがつたわってくる。風邪で熱を出した時みたいだ、そんなことを思った。そういえば犬の体温は人間より高いっていうっけ。 そうだ、犬ってお腹をくすぐられると喜ぶよなぁ。ルイズはどうだろう? わき腹に手を伸ばした。ブラウス越しに手のひら全体で優しく何度も撫であげた。 ぶるぶるとルイズの体が震えた。口からはこらえきれなくなったような吐息がこぼれる。ふぁさりとしっぽが嬉しげにゆれた。 才人はうっとりとした。今までペットを飼ったことがないので、こういう経験は初めてだった。喜ばせる行為って、なんて気持ちがいいんだろう! #br −5− そうこうするうちに、キュルケとギトーの白熱した口論も終わりを告げた。 キュルケが自分の魔法で吹っ飛んでしまったからだ。 ミスタ・ギトーが偉そうな口ぶりで授業を再開した。 つまんね……、とあくびを押し殺したところで、ルイズがむくりと起き上がる気配がした。 てんで落ち着きのないやつだ。 いっそ床に戻すべきかと才人が悩んでいると、なにやら小声でわんわん言っている。 見れば、ルイズが恥ずかしそうに顔をゆがめながら、訴えるようにわんわんわんを繰り返していた。「わん」でもなく「わんわん」でもなく正確に「わん」が三回。 そういや何か合図を決めていたような気がするが、冗談半分だったからよく覚えていない。 うーん……。 記憶を探った。 『おさらいするぞ。【はい】のときはどうすんだっけ?』 『わん』 『うむ。わんが一回。じゃあ【かしこまりましたご主人さま】は?』 『わんわん』 『そうだ。わんが二回。【トイレに行きたいです】は?』 『わんわんわん』 『よしよし、それだけ言えれば上等だ。余計なこと言ったらオシオキだからな』 あ……。 「すみません、先生、緊急事態!」 才人はルイズを抱えると、勢いよく教室を飛び出した。 飛び出てきたものの、どっちに行けばいいかすぐには思いつけなかった。 えっと女子トイレ……、だよな。どこだっけ。 1階おきに、女子トイレと男子トイレがあるのを思い出す。 「すぐだからな。我慢してろよ」 走り出してすぐ、パーカーの襟を強くつかまれ、窒息しそうになった。ルイズが上気した顔で首を大きく振っている。 え、そんなやばいの? マジ? そうだ。ガンダールヴのスピードなら……。 けどこんな状態のルイズを抱えたままデルフを抜いて走るのはさすがに無理。じゃあどうする? こんな時、犬なら……犬なら……ペット用の“トイレの砂”とかあるんじゃねえ? 砂? 地面? それだ! ここは1階。手近な窓を乗り越え外に出る。見回すと建物の壁にそって手ごろな低木の茂みがみつかった。 ≪待て、ストップ! サイトちょっと待て!≫ 『心』の声は悲鳴をあげた。 ダメだ。妄想でもそれはダメだ。それだけはダメだ! 気持ちはわかる。いやわからないけど。じゃなくてダメなの禁止なの! その一線を越えたらヒトじゃなくなる。ケモノだからイヌだからモグラだから! っつかただの変態だってば。頼むからっっっ! 才人。ルイズを茂みの向こうに押しやって自分は外に出た。が、何かに引っ張られ引き戻された。 あーこれかと握っていた鎖を茂みの向こうに投げ入れ、今度こそ遠くに立ち去りかけたが、今度は服を思いっきり引っ張られた。ルイズの手がしっかりと袖をつかまえて離さない。 さすがの才人も頭にきた。 どうしろってのよ。なんでもかんでも主人に頼るんじゃねーよ。本物のイヌだって、しつけりゃ自分でトイレぐらいできるっつの。あーもう! 「おしっこぐらい一人でしろよ!」 怒鳴りつけると、ルイズは黙って首輪を指差した。はずせという意味らしい。 抗えない迫力のオーラを発しているあたり、やはりルイズだった。 仕方なしに才人はそのとおりにしてやった。固く締まっていてひどく手間どる。その最中にもルイズは幾度も体を震わせて、太ももをぎゅっと締めて我慢するような仕草をみせていた。 ったく首輪してたってできるだろーがよぉ。聞こえないように呟く。 ようやく首輪が外れて、才人は心底ほっとした。 「ほら、さっさと済ませちまえ」 言うやいなや、股間に強烈な一撃をくらった。火花が飛ぶ。 「なっ、なにすんだよッ!」 「………」 ルイズは無言で、全身をぷるぷるとわななかせていた。その震えは今までとは違う種類のもので、それが何を意味するかを、とっさに才人は理解した。 何でかわからないけど猛烈に怒ってる。怖い。 「ま、待て。落ち着け。な? とりあえずすること済ませてから怒ろうな?」 主人の威厳などきれいさっぱりどこへやらだ。 「………ち、ち……」 ルイズは言葉がうまく発せず、口をぱくぱくさせている。 「……ちち?」 「ち、ち、ち、違うわよっ! バカーーーーーーっ!」 大噴火と大竜巻と大地震が、同時に起きた。 #br −6− 「……バカ……バカバカっ! ……バカぁッ!」 ルイズがようやく『バカ』以外の言葉をまともに出せるようになったのは、たっぷりと才人の全身を痛めつけた後だった。 「ばかばか! さいってい!」 ルイズはわめいた。 「あんたってば、ほんとデリカシーのかけらもないんだから!」 「だ、だってお前、わんわん言ってただろが。あれってトイレの意……あぎっ!」 頬にハイキックがめりこむ。 「だぁーかーらぁー違うっていってんでしょ! あんたがこのく、くくく……」 「首輪?」 「そうよ、こんなものつけるから言えなかったんじゃない!」 「ごめん」 「だいたい貴族のこの私がなんで、い、いいい犬扱いされきゃなんないのよっ!」 じゃあそのシッポと耳はなに? 出そうになったのを危うく押さえ、本題に戻すことにした。 「だったらなんだよ」 「なにってなによ」 「いいから落ち着けって。あのな、お前の『わんわん』は何だったかって聞いてんの。おかげで授業サボっちまったじゃねえか」 「…………」 ルイズはばつの悪そうな顔をした。 「まあ、勘違いしたのは悪かったと思ってるよ。ごめんなさい。でも一応俺なりに、お前のためを考えて行動した結果なんだからな」 「わ、わかってるわよ!」 「なら、理由言えって」 うー、としばらくうなっていたが、ようやく口を開いた。 「……きがえ……たかったの」 聞き取りにくい声で、ルイズは言った。 「着替え? なんでまた」 「なんでもいいでしょっ! とにかく部屋に戻りたかったの。ああでも言わないと、あんたわかってくれないじゃない」 「って授業終わるぐらい待てなかったのかよ。あれじゃどーしたって、緊急事態と思うだろ?」 ルイズは下を向いて、つま先で地面をほじくり始めた。 「……緊急……だったんだもん」 「はぁ?」 「ああああんたのせいなんだからね! 最後まで責任とりなさいよねっ!」 「責任ってなんだよ。とりあえず、俺、教室に戻るからな。首輪はずしたからあとは自分でできるよな?」 じゃ、と行きかけたが、全力で引っ張り戻された。 「部屋までつれてって」 はいはい、と手を引いてやると、今度は動こうとしない。 「あのなあ、言いたいことあるならはっきり言えって。俺もどうしていいかわかんないだろ?」 才人は困り果てた。 ワケありっぽいし無理に問いつめるのもなぁ、と思ったけれど、でもこれじゃ拉致があかないしな、と思いなおして、奥の手を使うことにした。 両手を腰にあてて少々ふんぞり返りぎみに、ルイズに言い渡す。 「よく聞きなさい、ルイズ。お前は俺の使い魔です。そして俺はお前のご主人様です。そのご主人様たる俺が使い魔に命令します。順序だててはっきりきっちり説明しなさい。でないと……お前はクビです」 効果は抜群だった。ルイズはしぶしぶ口を開いた。 「……歩けないの」 「うん」 「……気持ち悪いの」 「うん」 「……下着が……その……」 「う……?」言葉につまった。 「あ、あ、あんたはその……男だからわかんないかもしれないけど……、女の子って、い、い、いろいろあるのよっ!」 ルイズは紅潮した顔を泣きそうに歪ませた。 そうか、才人はようやく納得した。 いわゆる女の子の日ってやつか。なるほどな、それなら無理に言わせて悪かったな、と反省していると、ルイズはさらに続けた。 「だ、だから。耳とか勝手に触っちゃ……だだだダメなんだからねっ!」 一瞬、思考が固まった。 ひとつ前の台詞といまの台詞。どうつながるんだ? 「あの……」 「なによ」 「それで俺の責任? 俺が耳触ったから?」 ルイズは必死に否定した。 「やっぱりいいわ! サイトは詳しく知らなくていいの、忘れなさい!」 そりゃ詳しくはないけどさ。でも。 (さすがにそこまで言われたら察するしかないだろ〜〜) 才人は頭を抱えたくなった。 どうしていいかわからなくて、とりあえず頭を下げた。 「ごめん! なんかよくわかんないけど、ごめんなさい!」 「謝るヒマあったら、さっさと部屋につれていきなさいよね!」 「あ、うん」 「早くなさい」 「えーと……、抱っこするのはかまわない……かな?」 ぷいっとそっぽを向きながら、ルイズは両手を差し出した。 あいかわらずわかりづらいルイズの行動だった。 勝手にイエスとみなして、才人はルイズの足と背に手を回してお姫様抱っこしてやった。 できるだけ体に触らないように苦心しながら、自分の部屋へと向かう。が、さすがに階段は無理だった。バランスを崩しそうになって、ルイズにしがみつかれてしまった。 ルイズのぺったんこの胸が体に押しつけられて、心臓が飛び出そうになった。 髪からふわりといい匂いがただよってきて、頭がくらくらしてきた。 ……これいったいなんの罰ゲームですか!? 「あのぅ……」ルイズさん、もう少し離れていただけると嬉しいのですが。 「あによ」 「いやなんでも……ないです」 そうですよね。抱っこしてるんだから、離れるの無理ですよね。 桃色の毛に包まれた柔らかそうな耳が、目の前でピクピク揺れた。 息が吹きかからないよう、才人はひたすら息を止めた。 ようやく部屋にたどりついた時、才人は窒息寸前の魚のようになっていた。 #br −7− ルイズが下着を替えている間、才人はおとなしく部屋の外で待っていた。 みっともないから中に入れと言われたが、それぐらいの礼儀はわきまえている。 それに、少なからず男の事情もあった。 ほどなく扉が開いて、ルイズが出てきた。 「いいわよ、いきましょ」 「へ? ……どこに?」 「教室に決まってるでしょ。授業サボる気なの?」 「いや、行くけどさ」 ちらりとルイズの方を見る。 “それ”がイヤでも目に入ってきて、とっさに目をそらす。 「お前はいいって。使い魔なんだし」 「ダメよ。使い魔はいついかなる時も主人のそばにいるものなんだから」 「けどお前、ぜったいおとなしくしてないだろ?」 「……なによぉ。自分の使い魔くらい信用しなさいよね」 言いながら、ルイズは自分の首すじを見せるようにあごを上向けた。何かを差し出す。 「ほらっ、さっさとつけなさいよ」 「って、お前……」 ルイズの手には、例の革製の首輪が握られていた。 さっきまであんなに怒っていたのを、きれいさっぱり忘れたかのようだ。 「それ嫌がってたじゃねーか」 「仕方ないじゃない。ご主人様の命令なんだもの。見るのも触れるのも嫌だけど、今日だけは許してあげるわ。貴族の首にこんなものつけるんだから、光栄に思いなさいよね」 「はぁ」 好意はすごくありがたい。ルイズにしては上出来すぎるぐらいだ。 しかし問題はそこじゃないんだよ……。才人は首をふった。 「やっぱりお前は残っとけ。昼寝でもしてろ」 「なんでよ」 「思い出してもごらん。静かになったってお前は騒ぎを起こすだろうが。使い魔が主人に迷惑かけてどーする」 「でも……」唇をとがらせる。 「だいだい、授業に使い魔は邪魔なだけだし」 使い魔が常に主人のそばにいるというのは建前だ。実はけっこう自由に行動しているものらしい。キュルケのフレイムやタバサのシルフィードがいつもどこで何をしているのか、才人はまったく知らなかった。 「よって、お前の仕事は昼寝に決定。他にできることないからな、うん」 ルイズの手がふるえはじめた。首輪を引き裂かんばかりに強く握りしめる。 「……ど、どうせ……」 才人は、しまったという顔をした。 「……わ、私は、つ、使えない、つ、つ、使い魔よね……」 「い、いや、そういう意味じゃ」 「……掃除も洗濯も、何一つまともにできないし……」 「し、仕方ねーだろ。貴族のお嬢様なんだから」 というか、フレイムやシルフィードもそんなことはしないし。炎を吐いてゴミを燃やしたり、羽で風を起こして洗濯物を乾かすぐらいのことはするかもしれないけど。 「……まま魔法……魔法だって……使えないし……」 「全然問題ないって。ノープロブレム」 ルイズはきっと顔を上げた。 「ダメよ! 使い魔は主人を守る存在なんだから!」 「いや、いいって。むしろ俺がお前を守ってやるし」 かっこいい台詞に才人は軽く酔いしれた。 女の子に守ってもらうなんてあまり嬉しくない。できれば頼られたいものなのだ。才人はこれで夢見るオトコノコであった。 だからさ、となだめるようにルイズの肩をたたく。 「お前はいてくれるだけでいいから。可愛い可愛いお前がいてくれたら、それだけでご主人様は元気百万倍だから。な? だから部屋でおとなしくしてなさい」 というわけで、行ってきます。反転して歩き出そうとしたが、一歩も許してもらえなかった。使い魔最終奥義が発動されたからだ。 才人の背中にぎゅっと抱きつくと、泣き出さんばかりの声でルイズは訴えた。 「ばかばかバカばかぁ、サイトのバカっ! だったらなんで一緒にいてくれないの? 使い魔の面倒をみるのは主人の義務でしょ!? その使い魔がこんなに心細い思いしてるのに、なんで放っておくのよ! バカぁっ!」 才人のサボりが決定した。 #br −8− まだ太陽が明るい光を投げかける時間だというのに、才人はベッドでごろ寝を決めこんでいた。壁の方を向いてすーすーすーと規則正しく寝息をたてている。 ずるり……ぺたっ……。 床を擦るような音が近づいてきた。つむっているまぶたがひくついた。 ずるずる……ぺたっ……。 音はすぐ近くまできて止まった。 次にベッドが沈む気配がして、背中にぺたりと何かが張りついた。 ぞくりと背筋に冷たいモノが走る。ガタガタ震えそうになるのをこらえて硬直していると、今度は柔らかい毛のようなものがするっとうなじを撫でた。 ひぃっ! 声が出そうになるのを気力でツバごと飲み込んだ。 すーすー。ただいま平賀才人は留守にしております。ご用のある方はピーという……ピーという……ぐぁあああああ! 耳をかぷっと甘噛みされて、才人はたまらず跳ねおきた。 ベッドの上には、薄手の毛布をかぶったルイズ。 臥せたまま上半身を傾け、鳶色の瞳でこちらを睨んでいる。なぜ離れるのかと不満顔をしている。 これは犬だ! 人に見えるけど犬だ! 必死に自分に言い聞かせた。でないと体が勝手に動いて、この小さなイキモノに襲いかかってしまいそうだったからである。 「お、お、お前、自分のベッドがあるだろっ!」 肩で息をしながら、才人は叫んだ。 「貴族の私があんな貧相なベッドで眠れるわけないじゃない」 「ご主人様が買い与えてやったベッドだぞ! ケチつけるなよ!」 「頼んでないもん」 「あーーーーもういいから! あっち行けって!」 いや、とルイズはそっぽを向いた。毎晩一緒に“寝て”るのに何をいまさらってふうである。 「じゃあ、せめてちょっかい出すのはやめろよ。俺は眠いんだよ!」 才人は、ベッドの真ん中に縦に直線をひく仕草をした。こっちお前。こっち俺。 そんな才人の顔を探るように見上げていたルイズだったが、這いずるように近寄ってきた。膝の上にぼてっと上半身を乗せると、猫がするように横向きに丸まった。 「……おいっ、なんのマネだよ」 「使い魔のお仕事」 ぶっきらぼうに言う。 ふさふさのしっぽが、せかすように才人の膝を叩いた。 「な、なんだよ」 「もうっ、主人なんだからわかりなさいよね」 「言われても」 「な、なでていいって言ってるの」 真っ赤っ赤な顔で、ルイズは言った。 な、撫でていいって……、 ……どどどどこを!? 言葉の代わりに“それ”がひくひくと動いて答えた。 “それ”とは三角形の柔らかそうな毛で包まれた“それ”であり、教室で才人がさんざんいじりたおした“それ”である。 才人は恐る恐る尋ねた。 「あのぅ、それがなぜ使い魔のお仕事なんでしょうか?」 「わからない?」 ごめん、才人は目を伏せた。 『真の主人と使い魔なら、言葉なんてなくても自然と気持ちが通じ合うはず』 ……なんてルイズは言うけれど、俺にはルイズの考えていることがわからない。さっぱりもってわからない。 ルイズは小さくため息をついた。 「あのね。主人の幸せに協力するのも、使い魔の大事な務めよね?」 よくわからないままに頷くと、今度は照れくさそうにベッドの上に指でルーン文字を書き始めた。 「今日のサイトの顔、あんな幸せそうな顔、初めてみたわ。なんだかうっとりしてた。その……、サイトってとても犬好きなのね。だから使い魔の私にも、こんなふうに耳としっぽが生えちゃったんだと思うの。だから……、だからね……」 ルイズは言葉をきった。 何が始まるのかと待っている才人の前で、ルイズはベッドの上に丁寧に座りなおした。 そろえた両手を前につき、腰をわずかに浮かしてしっぽと耳をぴょんとたてた。 そして、顔をあからめながら、こう言った。 フリッグの舞踏会でダンスに誘ってくれたときみたいに。 「……今日のルイズはご主人様の犬です。どうぞ可愛がっていただけますか?」 心臓が臨界点を一気に突き破った。 霞みそうになる意識を必死につなぎとめながら、才人は思った。 もしかしたら自分は、記念すべきハルケギニア初の『使い魔に萌え死にさせられたご主人様』になれるかもしれない、と。 #br −9− 例えば目の前に、果実のなる樹があるとする。 そこになる実は青く固い。 しかし見よ、いまやその果実は濃厚な香りを放ちたっぷりの蜜をたたえて、お召し上がり下さいと言わんばかりに、自分を待ち望んでいるではないか! それを黙って指をくわえて見ていられるのか? ―――否。 才人の中で原始的な“何か”が目覚め、才人を支配した。 進軍だ! 進軍だ! 進軍だ! 才人は正座をして背筋をぴんと張ると、礼儀正しく宣言した。 「主人想いの真摯な気持ち、この主人しっかり受け止めました。お前は今から俺の“犬”です。そういうことにします」 深々とお辞儀をした。 「それでは、ありがたく頂かせていただきます」 目の前の果実にむしゃぶりついた。 秒殺の勢いだった。 ハイエナのごとく飛びかかり、押し倒し、両手で手の自由を縛り、両膝で足を押さえつけ、首筋に吸いついた。 あまりのことに、ルイズは悲鳴をあげることさえ忘れていた。 才人の口から、意味不明の言葉が漏れた。 「ここここのめめめ雌犬がこのはしたないメス犬めががが」 呟きながら、左手で両手首をまとめあげ、右手をスカートの下にもぐりこませ、すべすべの太ももを撫であげた。 「どどどどうだ嬉しいかなななんていいいやらしいメス犬なんだっっ」 ルイズはじたばたともがき始めた。 そりゃもう必死の形相で暴れた。 その暴れ狂う足を才人は膝でおさえつけながら、襟元のタイを口でしゅるるっと一気にほどき、もどかしげに第一ボタンを噛み切り、今度は鎖骨に吸いついた。 「ききき嫌いじゃないんだろじじじつはすす好きなんだろこうされたかったんだろう」 「……な……な……な……」 ショックを受けたルイズはうまく言葉を発せなかった。 どこかで聞いたような台詞が、才人の口から滑りでた。 「おい犬こら犬ちがうだろワンだろワンと言えこらわんッわんわんわんッ」 ルイズの瞳が信じられないとばかりに見開かれた。こんな侮辱を受けたのは生まれて初めてだった。 才人は勢いに任せてブラウスに噛みつくと力いっぱい引きはがした。残りのボタンがはじけとぶ。その下に現れた薄手のキャミソールを一気にまくり上げる。ルイズの平原があらわになった。曇りひとつなく輝く白磁の肌。それがゆるやかな起伏をえがき、中央に二つ、誘うように薄桃色の果実が息づいていた。なんというエデン! 才人は嘆息をもらした。 キュルケの張りのあるメロンのごとき胸や、シェスタのふくよかな乳牛のごとき胸は、まごうことなき芸術品だ。けれども目の前の平原……目の前の禁断の果実に指をのばすことを想像しただけで、わきだしてくるこの甘い痺れはなんだろう。体の奥からあふれ出し、麻薬のように体内を侵食していく心地よさに、才人はとろけそうになった。 胸はかくも深遠な存在だったのか! この感動を才人は素直に口にした。 「こ、こ、これが……胸……?」 瞬間、ルイズの抵抗がぴたりととまった。 代わりに冷気のようなオーラがゆらゆらと立ちのぼり、体が地震のように激しく震え始めた。ごごご、と地鳴りのような効果音が聞こえてくるようだった。 才人は見事に地雷を踏んでしまったことを知った。 「………………こ……こ………」 ひいっ、才人は反射的に飛びすさった。 「……こ、ここ、こ……これ……む、むむ……」 ルイズの瞳に燃えたぎる炎が浮かんだ。火竜のごとき形相である。 「ち、ちが、待て、落ち着け、な?」 「……ここ、こ、ここれがむむむむねがなななんですってぇぇええええええ!?」 「ルイズルイズルイズっ! 頼む! お願い! ルイズ様!」 いつのまにか、ルイズの右手には鞭がにぎられていた。 胸もとをかき合わせる左手には『始祖の祈祷書』があった。 「わわ、わるかかかかったわねっっッ! ここここれがむむむ、胸でっっっッ!」 ピシピシと鞭が鳴る音を聞きながら、己が受けるだろうめくるめく仕打ちの数々を才人は思い描いた。ああ。 「かか、覚悟なさいぃっっッ! ええええええエロいぬぅぅぅっ、ばかいぬっっッ、しししししし色魔いぬぅぅぅッ!」 無理! 俺にはとても……とても耐えられそうにないっ! 目をつむり、耳をふさぎ、才人は心を閉じた。 ≪なんつー馬鹿者……。あきれて物も言えんわ≫ 飽きず繰り返される馴染みの情景をながめながら、『心』の声は上から目線でつぶやいた。 どうして俺ってやつはこうなんだろう。 過去の自分が思い返される。 幾度となく空振りに終わった、ルイズとの甘いひととき。 一度も言ってもらったことのない、たった二文字の言葉。 ルイズが自分に好意をもってくれているのは確かだと思うのに……。 なぜか二人の心はすれ違い続けているのだ。 まるで何か強大な力が、二人を近づけまいとしているかのように。 だけど……。 だけど、俺だって今までの俺じゃない。日本にいた頃のモテない自分とは違う。 ハルケギニアに来てから、ずいぶんと経験を積んだし。 女王陛下と熱いキスまで交わしたじゃないか! 今の俺のテクニックをもってすれば、妄想ルイズをオトすなど造作もあるもんか。 おい、サイト! そこでじっくり見物しておけよ。 『心』の声は、サイトに配役交代を命じた。 #br −10− 猛獣使いか闘牛士にでもなった気分で、才人は荒れ狂うルイズの前に立ちはだかった。 魔法少女がなんぼのもんじゃ! と息巻いた。 だてにガンダールヴはやっちゃいない。ずいぶんと修羅場をくぐり抜けてきた才人である。自然と不敵な笑みがこぼれた。 「な、なによ、犬。この私に歯向かう気!? いーい度胸じゃない!」 とつぜんの才人の変わりように、桃髪魔法少女はたじろいだ。が、すぐにいつもの強気を取り戻すと、今度は杖を取り出して詠唱を始めた。 <エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ……> ちょっと待て。まだそれ使えないはずだろ!? 『虚無』。エクスプロージョン。デルフでも吸い込みきれない厄介な代物だ。 しかし才人は焦らなかった。『虚無』の詠唱は時間がかかる。それを思い出した。 <オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド……> 才人は素早く無駄のない動きで、詠唱中のルイズの横をすり抜けると、なんなくルイズの背後をとった。そして両手首をつかんで動きを止め、腕ごとぎゅっと抱きしめた。 それこそ想いの限りをこめて抱きしめ、囁いた。 「聞いてくれ、ルイズ。……俺はお前が好きだ」 ルイズは顔を赤らめた。 「なな、なによ、いきなり……。そんなのでごまかされないんだからっ」 心なしか声に迫力がなくなった。それでも詠唱の声を止めようとはしない。強姦まがいの仕打ちを受けたルイズの怒りようは、その程度では収まりきらないほどに凄まじいものだった。 <オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド……> 才人はなおも囁きかけた。 「好き。こんな気持ちルイズだけだよ。嘘じゃないって。ほんとに好き……。大好き、好き……」 連射銃のごとく『好き』をつぶやいた。自分でも何言ってるかわからないぐらいに繰り返した。すると……、詠唱が止まった。 ちらっと横目で盗み見ると、ルイズは湯気が立ちのぼりそうにゆだった真っ赤な顔をしていた。才人は心の中で凱歌を上げた。 さらにたたみかけるべく、殊勝な顔で言った。 「さっきはごめんな、ルイズ」 「え?」 「俺、調子に乗りすぎたよ。ルイズがあんまり可愛かったからさ、つい」 「あ、あ、謝ったってあんなこと……ぜぜ、ぜったい許さないんだから……」 「もうしないよ。ルイズが嫌ならしない」 「あ……あたりまえでしょ。い、犬のくせに……何言ってんのよ……」 「うん。ごめん。でも」 才人はルイズの顎をつかまえると、その瞳をまっすぐにのぞきこんだ。 「俺、知ってるんだ……」 「な、なによぅ」 ルイズはなにやらかわいらしい声を出すと、頬を染めてはじらう様子をみせた。そんなルイズは、本当に女の子らしくて、才人の頭をくらくらさせた。 こんな感じのルイズ、前にも何度か見たことがある、 そうだ、ワルドやジュリオに口説かれている時だ。思い出して苦虫をかみつぶす。 あの二人に比べれば、たしかに自分ははるかに及ばないかもしれない。 だけど、と才人は首をふった。ルイズが想ってくれているのはまぎれもない自分だ。 その自信が才人に勇気と力を与えた。 才人は完璧な仕事をやってのけた。最後の一言で、魔法少女は完全に手の内に落ちた。 「お前だって……、俺に惚れてるんだよな?」 才人は優しく微笑んだ。ルイズの胸がきゅんと鳴った。 「……ち、ちが……」 言おうとするルイズの唇を、才人はゆっくりとふさいだ。 しばらくそうやって触れ合うだけのキスをしたあと。ルイズはすっと唇を離した。 そして聞いてきた。 「わたしのこと……すき?」甘えるような声。 「うん」 「ほんとに……ほんとうに……すき?」 「うん、好き」 すると、とろんとした顔で目をつむったので、才人はふたたびキスをしてやった。あわてずゆっくりと唇をなぞってゆく。 すぐにでも押し倒したかったけれど、そこは我慢した。今までの二の舞はごめんだった。 それに。 ……ソレだけじゃないんだよな。才人はしみじみと思った。好きな女の子を目の前にして抱く感情は“欲望”だけじゃない。奪いたい気持ち。守りたい気持ち。どちらも間違いなく才人の本心だ。 そんなことを考えていたら、なんだかたまらなく愛しくなって、 「ルイズ……大好き……ルイズ……」 もう一度ぎゅっと抱きしめた。 と、ある物が指に触れた。ルイズの頭の上だ。 ふわふわした柔らかい毛玉のようなもの。にぎるとふにふにと不思議な感触がする。 ……なんだこれ? “それ”が何かを才人は思い出した。なるほど。だとすると……。 ルイズの背中に回していた手を、少しずつ下へとずらしていった。細いウェストを通過しようとしたところで、期待通りのモノが才人の手を掠めた。手探りでそれをつかまえようとしたがするりと手からすり抜ける。 ルイズの頭ごしに首をのばすと、スカートの後ろが大きくめくりあがって桃色のしっぽがパタパタと揺れているのが見えた。 ごくりと唾を飲みこみ、才人は考えた。 さてどうしたものだろう。『少女(耳としっぽ付)とxxxする方法』なんて本は日本にはなかった。 困ったなぁ、と思いながら耳やしっぽとたわむれていると、 「……あ、あのね」 ルイズが恥ずかしげに口をひらいた。 「ご、ごめん。触られるの……嫌だった?」 「ううん」首をふる。「じゃなくて……あのね。貴族はね、一度約束したことを違えてはいけないの。絶対なの」 また貴族か……。少しうんざりしていると、 「だから仕方なく……なんだからね? 本当はしたくないんだけど、私はいやなんだけど、でも、貴族の在り方を平民のあんたにもきちんと教えてあげるのが、使い魔としての義務だと思うの」 「はいはい、お前は立派な貴族だよ。だからなに?」 「だ、だから、だからね…………わん」 「……わん?」 「うん。わんっ!」 不意打ちのように、ルイズは才人にじゃれつくように飛びついた。絡まりあうようにベッドの上に倒れこむ。押し倒された格好のままぽかんと口をあけている才人に、ルイズはいたずらっぽく笑いかけた。 「わんわん」 ……今日のルイズはご主人様の犬です。どうぞ可愛がっていただけますか? そんなふうに聞こえた。 参った。もうどうにでもしてくれ、と才人はつぶやいた。 #br −11− 「待て、ルイズ、待てって!」 才人は悲鳴をあげた。ぐいぐいと引っ張られるズボンを懸命に押さえる。 パーカーとシャツは胸のあたりまで引き上げられ、むき出しにされた才人の上半身には、目にも鮮やかな朱いシルシがまき散らされていた。 犬として振舞うルイズは、驚くほどに奔放だった。 (……今日のルイズはご主人様の犬です。どうぞ可愛がっていただけますか?) うそつけ、どっちが犬だよ……。才人はつぶやいた。 哀れな瞳で、自分の手を見る。 その手首には鎖が……ルイズのものだった“首輪”の鎖がきつく巻きつけられていた。 「わん」 小悪魔のような笑みを浮かべると、ルイズは杖を一振りしたのだ。するとどこからか鎖がすうっと飛んできて、才人の手首に絡まりついた。 その顔はこう言っていた。 (……この私にあんなコトやこんなコトして、ぜったい許さないんだからね。お仕置きしてあ・げ・る。) はじまりは、ただのじゃれあいに過ぎなかった。 座りこんだ才人に、ルイズはまとわりつき、嬉しげに体をすりよせてきた。思い出したように「わんわん」と口にしながらしっぽをパタパタさせる。 そんな仕草に、なんだか本物の犬みたいだなぁなんて思いながら、才人はふてくされながらも、ほっぺをぷにぃと引っ張ってみたり、髪をくしゃくしゃっと撫でてやったり、そんなふうに相手をしてやっていた。 ところが顔中をぺろぺろやりはじめたあたりで、雲行きが変わってきた。 甘いキャンディでも舐めるように、夢中で舌を這わせてくる。暖かい息が何度も肌をかすめる。果ては顔だけでは飽き足らなくなったのか、耳やら首やらまでぺろぺろとしてきたので、さすがに我慢がきかなくなってきた。 「ル、ルイズ、くすぐったいよ、おい」 やんわり押しのけた。すると顔を上げて、ダメなの? というふうにと首をかしげる。 なんだかもう『待て』を命じられてる飼い犬の気分だ。 鞭や『虚無』のような激痛はないけれど、辛いレベルはこっちの方が上じゃなかろうか。 体をむずむずさせていると、ルイズが心配そうにじっと顔をのぞきこんできた。わずかに開いた唇から可愛らしいピンクの舌がのぞいている。 また顔を舐めてくるのかな? ルイズのぽってりした唇をみつめた。 それよりもあの唇にキスしたい。すっごくしたい。でも犬にキスなんてしないよな普通。いやするか? する人もいるよな? ルイズみたいな犬ならむしろ喜んでしたいっていうか。ああ、したい。キスしたい。今したい。 ふと思いついて、ちろっと舌をつきだしてみた。誘うように小きざみにうごかす。 すると使い魔、興味をしめしたみたいで、舌の先をなめてきた。ねこじゃらしに近づく子猫のように、それはもう無邪気な様子で。 つん。触れた瞬間、才人の背筋にぞくっと電流が走った。 腹の底からつきあげるような熱い衝動。 気づくとルイズの舌を強く吸い上げていた。 「ん……んっ……」 息苦しそうな声にようやく我にかえった。 力をゆるめて放してやると、ルイズの口からはぁっと吐息がもれた。 目の前のルイズは、ワインに酔ったようなとろけきった表情をしていた。そういえば授業中にもこんな顔をしていたっけ。 ぼんやり思い出していると、ルイズは「くぅん」と切なげに鳴いて、また顔を近づけてきた。才人の唇をぺろっと舐めると、今度はちゅうちゅう吸い始める。上唇を吸い、下唇を吸い、舌を差し入れてあっちこっち探りまわったあげく、ようやく才人のそれに絡め合わせてきた。 不慣れでたどたどしくはあったけれど、いつも才人がしている手順そのままだ。 気がついて顔が赤らんだ。 これってOKってことだよな? 「……ルイズ」 唇をはなして、ルイズをみつめる。 はなれた唇をつなぐように、朝露の透明な糸がつうっと弧を描いた。それをすくい取るようにルイズの舌が動く。ケモノが舌なめずりするような色っぽい仕草。 頭がオーバーヒートした。 もう無理。死ぬ。たまらず襲いかかるようにのしかかった。鎖の存在なんかものともせずに体ごとぶつがるようにして押し倒した。 「ルイズルイズルイズ!」 白いブラウスがはだけて、目の前いっぱいに平原……エデンの園が広がった。 荒げた息のまま、才人は禁断の果実にむしゃぶりつこうとした。リンゴというよりはサクランボ中実がいっぱいつまった甘い甘いものです! ところがルイズはおそろしく敏捷な身軽さで身をかわすと、才人のタックルから紙一重のタイミングで逃れた。 勢いのままシーツに叩きつけられる。さらにルイズに背中からのしかかられて、才人は顔ごと押しつぶされた。 「……うぎゅぅっ」 獲物を仕留めた雌ライオンのように、ルイズは才人の頭を押さえつけた。 「へ……へめぇ……なにふる……」 「わん」 遊んでやがる、こいつ。 ふくれあがったこの“欲情”をどうしてくれるんだよ、おい! 「わんわん、わわん」 ご機嫌なルイズは、才人のパーカーごとシャツをめくりあげると、今度はいくつもキスマークを刻みはじめた。しばらく夢中になったあと、伺うように才人の顔をのぞきこんでくる。 そんな蚊に刺された程度の刺激でどーにかなるかよ、バカ犬っ! 「なっ、なめんなよ〜〜」 にらみつけ、体を反転し仰向けになった。鎖でしばられた手でルイズの左腕をむんずとつかむと、それを支えに上体を起こす。 ここまでコケにされて黙ってられっかっての。なあ、ねーちゃん。犯されても文句は言えねーよなぁ? 股間のモノはすっかり準備万端なのだからして。 このコナマイキな雌犬に、男の恐ろしさってものを味あわせてやるああ体に教えこんでやるともマジやってやる! 「わん」 右手が動いた。 一振り。すると鎖は生き物のように形を変え、ヘビのようにするするっと伸びるとベッドの柱に巻きついた。ものすごい勢いで腕をひっぱられ、ベッドに叩きつけられた才人はうめき声をあげた。 #br −12− ああ、こういうのってなんていうんだっけ。……SM? ……ちょっと違うか。そうでないと信じたい。 なんにしても、はたからみればすごい光景であることは間違いなかった。 両手首を鎖でひとつかみに拘束された男があお向けに寝転がされ、その上をブラウスをはだけた美少女が馬のりになり、夢中で肌に吸いついているのだ。 獣の耳と尾をもつその少女は、波うつ桃色がかったブロンドをいっぱいに広げ、男のシャツをまくりあげながら上に上にと唇をすべらしていた。 じりじりと焦燥感に焼かれながら、才人は待った。 もう少し……もう少し……。 そしてその瞬間がきた。少女の頭にある“それ”すなわち“耳”がすぐ目の前でひくついている。 才人は手首に鎖がくいこむのも気にせず、思いっきり首をのばして、その耳にむしゃぶりついた。ねっとりと唾液をからめた舌で、内側の柔肌を舐めあげる。 ひゃうん! 少女の体が大きくはねた。同時に胸のあたりに軽く焼けるような痛みを感じた。とっさに歯をたてられてしまったらしい。 上目づかいで、ルイズがじっとこっちを見ている。 頬はすっかり上気して、口を半開きに、はぁはぁと息を弾ませている。 それはもはや“犬”でも“少女”でもない。匂いたつような、感じている女の顔だ。 「おいで……ルイズ」 優しい声で言う。舌をゆらして誘う。 迷う瞳。 「かわいがってあげるってゆってんの、ご主人様が」 ねだるような色が混じりはじめる。 そろそろとルイズは近づいてきた。感じやすい場所をさらけだすように、無防備に才人の胸に顔をうずめる。 生暖かいその場所にふぅっと息を吹きこんで、今度は舌先で繊細に刺激をくわえてやった。 弱く……強く……奥を探り、時には甘噛みをして、思考のすべてを“それ”に注ぎこむ。 「んっ……んんっ……はぁっ……」 せきを切ったように、甘い声がルイズの唇からあふれだした。 その調べにあわせるように、身をよじり、細い腰をゆらす。 『だ、だから。耳とか勝手に触っちゃ……だだだダメなんだからねっ!』 恥らうように言ったルイズの顔。 クラスメイトに囲まれ怯えるルイズの顔。 フラッシュバックのように、次々と脳裏に浮かんでくる。 そして今ルイズがしているだろう顔。……俺だけのものだ。そう思った。 「……っ!?」 いきなり太ももの内を撫でられたような感触に、才人は体をふるわせた。 ルイズが腰をゆらすたびに、その感触が戻ってくる。 やべ……。 しっぽ……ルイズのお尻から生えているふさふさの毛束が、才人の股間を刺激している。まるでルイズの指でまさぐられているみたいだ。苦しいぐらいに熱く衝動がふくれあがっていく。 衝動をおさえるように、懸命に舌を動かした。そのたびに揺れ動くルイズの腰。ぴちゃぴちゃという自分が与えている湿った音が、他のあるモノを連想させる。 たまらなくなって、腰を浮かせてつよくルイズに押しつけた。ズボンの中でふくれあがったそれが、柔らかな少女の太ももの合間にあてがわれる。触れた場所が焼かれたように熱くなった。 「あ……や……ぁッ」 驚いたルイズが逃げようとするのを、足を絡みつかせてがっしりと捕らえた。 すりつけるように腰を動かすと少しずつルイズの太股が開いて、とうとう服越しにぴったりと重なり合った。ぐちゅ……と湿った音がして、ズボンを通してじっとりと潤ったものが肌を濡らす。 ルイズはといえば、ショックのせいか呆けたような表情をしていた。 それもそうだ。ずっと隣で寝ていた男の体がこんなふうだなんて知りもしなかったんだろう。 もどかしさに狂いそうになりながら、才人は呼びかけた。 「ルイズ!」 遠くをみるような焦点の合わない瞳。 才人は手をがちゃがちゃいわせた。 「これ取ってくれよ。頼む」 ぼんやりと首を傾げてから、スローモーションのように首をふった。 そして無邪気な笑みを浮かべて「わん」と鳴いた。 この状況でまだ犬ごっこかよ。なりふりなんて構ってられない。 「ルイズぅ、ルイズちゃん。取ってくれないと、ご主人様、もうかわいがってあげないぞ? 使い魔クビにしちゃうかもよ?」 「わん」 どこまでも“犬”で通すつもりらしい。なんて意地っ張りなんだ。 それとも……自己催眠にでもかかってしまったんだろうか? 才人は不安になった。 そういえばどこか様子がおかしい気もする。 そんなふうに“心”がルイズを気づかう一方で、才人の“体”は正直にもルイズの内にある熱を求め続けていた。すりつけ、打ちつけ、時にねじこむようにして、己の荒らぶりをしらしめる。 ようやくショックから抜けだして、行為に馴染んできたらしいルイズは、口を半開きに舌を見せながら、はぁはぁと気持ちよさげに揺れていた。ときどき自分から擦りつけてきさえする。白い肌に上気した頬が、蜜をたたえた白桃を思わせた。 拘束されて思い通りにならない体のまま、そんなあられもない姿をみせられてはたまらない。あまりの苦しさに才人はのたうちまわった。 「ほぅぁああああああああっ」 体中の血が沸騰しそうだ。ズボンははちきれんばかりに盛り上がり、強く圧迫されたその部分は快感よりむしろ痛みを感じるほどで、ちぎれんばかりに腕を振り回したが、鎖はゆるむ気配すらない。 まるで拷問だ。 「ルイズ、ルイズっ! ルイズ!」 つい声を荒げて叫ぶと、びくっとルイズは動きを止めた。 そして叱られた子犬のような瞳でじいっと才人の様子をうかがってくる。 な、なんだ? もしかして俺が怒っているとでも思ってんのか? 「こらルイズ」 試しとばかりに厳しい顔を作って叱咤すると、ルイズはくぅんと鼻を鳴らして泣きそうなすまなそうな顔をした。くるんと丸まったしっぽが太ももの内に逃げ込む。 ルイズらしくもないもそんな弱気な仕草に、才人は突破口を見出した気がした。 思いつくまま言葉を並べたてる。 「お前、俺がなんで怒ってるかわかってんのか?」 ルイズは首をふる。 「お前な、また粗相しただろ。さっき着替えたばかりなのに、見ろ。俺はそんなふうにしつけた覚えはありません」 きょとんとした顔で、ルイズは膝立ちして下をのぞきこんだ。 すると大事なご主人様のお召し物が、自分のせいでぐっしょりと濡れてしまっている。 うつむいたルイズの口もとがふにゃっとくずれて、瞳に涙が溜まった。 「よし、反省してるなら許してやるから。この鎖をだな……だぁああああッ!」 激痛が才人を襲った。 ルイズが渾身の力でズボンを脱がそうとしたからだ。 「待て、ルイズ、待てって!」 才人は悲鳴をあげた。ぐいぐいと引っ張られるズボンを体重をかけて押さえつける。 これ以上、俺のせつない部分をいじめないでやってくれ! 「ボタン、ボタン! はずせって!」 必死にいいつのると、やっとわかってくれたのか、ルイズは三たび杖を振った。 アンロックの呪文。まさかこんな使い道があろうとは。 犬語ではない詠唱が終わると、ぷちんと勝手にボタンがはずれ、するっとファスナーが降りた。 その瞬間才人は限りない解放感を感じた。才人の男としての機能はかろうじて守られた。 #br −13− 才人の下半身を素っ裸にしたあと、ルイズはふらりと立ち上がった。 よろよろと足元を危なっかしくしているのは、足場がひどく不安定だというばかりでなく、愛の行為で体がゆるみきっているせいだろう。 あやつり人形のように手を泳がせて、ルイズは腰に手をやった。 ふぁさりと音をたてて、スカートがすべりおちた。 次にシルクの下着に指をかけると、ためらうことなく足から抜き取った。 すっかり湿って汚れてしまったそれを見つめて、ルイズは涙を浮かべて唇を噛んだ。ううっと嗚咽のような声がもれる。 その姿はおねしょを見つかって叱られた子供のように頼りなさげで、才人は抱きしめてやりたい衝動にかられた。けれど抱きしめる腕は自由を奪われてしまっている。 「泣くなって……怒ってねーから」 溢れた蜜がひとすじ、ルイズの内ももを伝ってぬらした。その瞬間ふと、 『おいで、ルイズ。綺麗にしてやるから』 そんな台詞がよぎって、あわてて胸のうちに飲み込んだ。 いくら今のルイズ相手とはいえ、恥ずかしすぎる台詞だ。頭が沸いているとしか思えない。 ああ、こんなときルイズが言ってたみたいなテレパシーが使えればなぁ、と才人は思った。主人と使い魔の『絆』はことあるごとに感じる時があるけれども、そのくせ肝心の気持ちひとつ伝えることのできない自分たちだ。 「ルイズ……」 ルイズは、じっと何かを見つめていた。 下を向いて、不思議そうに目をみひらいて見つめている。 と、いきなり才人の体に馬のりになり、さらにじぃっと眺めだした。 目の前でふるふると揺れる物体に心を奪われたのだ。 それは才人の股間から天に向かって屹立していた。 才人は心の拳をふるわせた。 ……こ、こンのバカ犬。 さっきの涙はなんだよ。てか空気読めよ。てか俺の独白を返せよこら! 「わん」 変なところで心を読んだかのように、ルイズは鳴いた。 そして目の前のグロテスクな腸詰のような物の先端に透明なしずくがこぼれているのをみとめると、ぺろっとなめ取った。 「はうぁっ」 思わず声をあげてしまい、その不覚さに才人は奥歯をかみしめた。なんかもうここまでされて声をあげたら負けだと思った。男のプライドの問題だ。 とはいえここで止められたらそれこそ地獄なので、才人はできるだけ美味しそうにみえるように注意を払って、ぴくぴくと己の物を震わせた。 案の定、ルイズは嬉しそうにそれに飛びついた。口いっぱいに頬張るとむぐむぐと感触を確かめるように舌で先から奥まで舐めまわす。 まるで最高のオモチャを見つけたかのように、長いシッポが持ち上がって才人の鼻先をかすめてパタパタゆれた。 すると今までひっそりと隠されていた森の泉がしっぽの下から現れでた。泉はあふれるほどの清水をたたえてなお、さらなる透明なしずくを少女の内腿にこぼし続けている。 才人の顔からほんの数サントのところで、蜜はきらめきを放ち、泉をとりまく花畑はひくひくと震えていた。飢えた蜜蜂のようにその甘い蜜を味わんとしたが、繋がれた手首がぎりりと痛んで、上向け続けていた首はとうに限界を超えていた。 そして気まぐれな使い魔はといえば、そんな才人の苦しみなど我関せずとばかりに、自分の好奇心のままに才人の部分をもてあそんでいる。 生き地獄だ……。才人は思った。 これなら鞭や『虚無』の方がどれだけマシかしれない。 夢なら覚めてくれ……。切実に祈った。 #br −14− サイト……サイト……。 自分を呼ぶ声に、才人は意識を取り戻した。 「もうサイトったら、いつまで寝てる気? そろそろ移動なんだからね」 「……ああ?」 呆けたように辺りを見回す。 瓦礫となった家々。すぐ向こうにロマリア軍の兵士や、水精霊騎士隊の友たちが見える。 まだ日は高く、さして時間は過ぎていないようだった。 戦車を背もたれにして、才人はねむりこけていたのだった。 「うーん、たしか俺、地面に……」 ぼんやりとした頭をさする。すぐ横にルイズがいた。 「バカね。あんなとこにいられたら邪魔じゃない」 「そっか」 どうやらルイズが動かしてくれたらしい。 「ったく、あんたがちっとも起きないもんだから、ヒドい目にあっちゃったわよ」 「なんだよ、ヒドい目って」 「あの話、みんなの前で説明させられたの。失礼だわ。あんなに笑うなんて」 「あの話……って、お前が犬の格好してどうのってやつ?」 「決まってるでしょ。他に何があるっていうのよ」 「お、お前っ。話したのかよ。あれ。全部?」 夢うつつで見た妄想の場面の数々が思い出される。 とても人さまに明かせるようなシロモノではない。 「仕方ないじゃない。でないと、もっととんでもないことを想像されそうだったんだもの」 あれよりとんでもないって、どんなだよ!? 一人ツッコミ入れてから、才人はなんだか温度差があることに気がついた。 話しているルイズは、格別照れているようでも怒っているようでもない。 「あーあのさ。それってどんな話だっけ」 「どんなって?」 「なんでだろ。思い出せないんだよな」 「これあんたの記憶よ? 思い出せないなんてヘンじゃない」 「仕方ないだろ、実際そうなんだから」 んー、としばらく考えてから、ルイズは口を開いた。 「ほら、前に私の部屋で話したの覚えてない? 黒猫の……その……」 「アルビオンのか?」 黒猫の衣装。アルビオンの宿でルイズが着ていたやつ。 妖精亭のみんながいたりで一瞬しか拝めなかったけど、よかったよなぁ、あれ。 ルイズ、また着てくんないかな、と才人は内心やにさがった。 「そうよ。そのことであんた聞いたじゃない。なんで猫なんだよって。使い魔なら犬じゃないのかって」 「あー!」 才人はぽんと膝を打った。 記憶がよみがえった。まったく予想していない方向の“記憶”だったので、脳が勝手に排除していたみたいだ。 「そうだ。で、俺が絵を描いたんだよな。でっかい犬の着ぐるみ着て『ご主人様〜』って言ってるお前の絵。あっはは、そうか、あれか!」 急におかしくなって腹を抱えて笑い転げていたら、ルイズに殴られた。 「あんたのお陰でいい笑い者よ、ふんとにっ!」 ぷりぷり怒っている。 「いいじゃねーか、それぐらい。あいつらだってしんどい目にあったんだぜ。和ませてやれよ」 「なんで私がそんなことまで」 「命張って守ったってのにこれだもんな。浮かばれないよなーあいつらも」 ちょっぴり逞しくなったように見える我が友らの姿を、才人は遠目から眩しくながめた。 「ねえ、サイト」 「あん?」 「あんた、ちょっと部下の指導がなってないわよ」 「そーか? たしかに弱っちいけど、だいぶマシになったと思うぜ」 「戦いはいいのよ、戦いは。問題は精神的な部分よ。まだ戦地にいるというのに、あの人たちときたら、すっごくいやらしいこと考えてるの」 「いっ!?」 「しかもね、みんなが言うには、副隊長はお酒が入ると、さらにとんでもなくいやらしい話をするって……それって、ほんとなのかしら?」 「はは、まさか、そんなわけないって、そうだ、ルイズ、みんなにからかわれたんだよ、ルイズとても素直だからさ、うん」 じりじりと才人は後じさった。いい加減この展開は卒業できないもんだろうか。 大勢の前で『好き』って告白までさせられて、この扱いはないよなぁ。 けれど、いくら待っても拳も蹴りも飛んではこなかった。 代わりに、ルイズは才人の首に手を回した。 「男の子だもの。少しは許すわ。でも」 頭を引き寄せると、そっと唇を重ねた。 「私以外を相手にそゆこと考えたら、ぜったいに許さないんだからね」 〜 FIN 〜
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